第三十八話  豚汁喫茶

 6月28日、日曜日。

 この日、朝から涼子は悩んでいた。

 それも電話の前で。

 さて、どうしたものか。

「あらあら、何してるの?」

「風華さん」

 風華が声をかける。

 その手には溢れんばかりの洗濯物。

 涼子手には一枚のメモ。

「それって、昨日の夜の?」

「そ。そうなんだけど……」

 昨夜。

 涼子と風華は二人で話し合っていた。

 豚汁喫茶に制服についてである。

 案をまとめたものがこのメモである。

 皆が着れて。

 一目で豚汁喫茶と若生制服が出来た。

 で、今から発注しようとしてるところだが。

「んぅ〜〜〜……」

「涼子ちゃん? 何悩んでるの? あ、分かったぁ。電話番号が思い出せないんでしょ?」

 電話番号くらい分かるわよと、返された。

 では何で悩んでいるのか。

 あの涼子がここまで悩むのは珍しい。

 風華が息を呑む。

 すると涼子の口が開いた。

「はっくしょん!」

 くしゃみが出た。

「あー、すっきりした。さて、発注でもするかー」

 どうやらくしゃみが出ないでその場で止まっていたらしい。

 一段落して、風華が外に出るのと入れ替わりで真がやってきた。

 電話を使いたいらしい。

「携帯は? あるでしょう?」

「今充電中です」

「あそ。でもダメー」

 小悪魔涼子。

 真がブー垂れる。

「今から私も電話するから。あ、すいませーん」

 口を尖らせる真。

 仕方がないので終わるまで待つしか。

「ええ、ええ、そうです8人分発注したいんですけど。あ、イメージですか。また電話が終わった後送りますので」

「ちょ」

 まだ使えないらしい。

 しかし発注とは。

 何かの注文?

 受話器を置いて、ファックスを起動させる。

 手に持っていたメモを送信する。

「それ、何スか?」

「知りたい?」

「はい」

「うん、ダメ」

 酷い。

 酷すぎる。

 涙が出てくる。

 で、どうしても知りたいのならじゃんけんで勝ったら、教えてもらえることに。

「じゃーん」

「けーん」

「ぽん!」

 真は、グー。

 涼子はグー。

 あいこだった。

 もう一度。

 真はグー、涼子はチョキ。

「勝ったぁぁぁっ!」

「さて、部屋に戻るか」

「ちょ、待ってー!」

 涼子の袖を掴んだ。

 この日とは約束をすでに忘れたのか。

 真がメモを奪い取る。

 そこには絵が描かれていた。

 隅に小さく「豚汁喫茶コスチューム」と書かれている。

 その絵を見て真は固まった。

「え、これを着るんですかー!?」

「そうよん。悪い〜?」

 真が膝をついた。

 そんな、まさか。

 こんなこと、あって良いはずがない。

「ま、到着するのをお楽しみにー。それじゃあねぇ〜ん」

***

 ああ、皆に伝えたほうがいいのだろうか。

 それとも伝えないほうがいいのだろうか。

 真は悩んでいた。

 リビングでテレビを見ながら。

「はぁ……」

 ため息をついた。

 すると、誰かが頭をなでている。

 その顔を見る。

 杏里だった。

「……大丈夫?」

「先輩……」

 なおも頭をなで続ける杏里。

 ちょっと嬉しくなった。

「あらぁ〜、仲良いわねぇ」

「ふーかせんせー」

「あたしも混ざるー」

「アッー!」

 なんかよく分からないことになった。

「ところで、どうしてため息ついたの? 食べすぎ?」

 杏里が聞いてきた。

 別に食べすぎじゃあない。

「いや、違いますよ。ちょっとね」

 真が立ち上がる。

 が、なにやら腰が重い。

 風華が引っ付いていた。

「んぎゅぅ」

「うあっ!? 重っ!」

 そのまま転んだ。

 そんなどたばた騒ぎが繰り広げられていた。

 すると。

「うるっさいわよ!!」

 沙耶が出てきた。

 2階にまで響いていたようだ。

 しかも沙耶は勉強中だったらしい。

 一気に静まる真と風華、杏里。

 ちょっと騒ぎすぎていた。

「まあまあ、そんなに怒ると、眉間にしわが出来るわよー?」

「さやちー、出かけない? 私暇なのよ」

 きゃあきゃあと涼子と和日が。

 頼みの亜貴は部活でいない。

 図書館でも行こうかしら。

 そう考えた。

***

 さて、1週間後。

 7月5日の日曜日。

 皆がリビングでテレビを見ていた。

 寮のチャイムが鳴った。

「はーい」

 ひなたが出る。

 聞こえてきた会話から察するに宅配便のようだ。

「あの、涼子さんのお届けものです。現金引換えなんですが」

「あー、アレね。アレが来たんだわー」

 嫌な予感がしてきた。

 真が玄関に向かう。

 その後ろを風華がついて歩く。

「はい、お金です」

「毎度ー」

 それは3箱のダンボール。

 その大きさに真と風華は驚いた。

「これってアレですか……? 先週の日曜日の」

「そうよん。やっと来たわねー」

 手分けしてリビングに運ぶ。

 ひなたたちもそのダンボールに群がった。

 びりびりと箱を開けていく。

 中には豚汁喫茶のコスチュームが入っていた。

 それを配っていく。

「さぁ、早速着てみよー!」

 20分後。

 そこにいたのは豚の着ぐるみを着たさくら寮の面々だった。

 ピンク色の豚の着ぐるみ。

 皆沈黙した。

「ぎゃああああああああああああっ!! 何コレー! 予想以上に変ー!」

「可愛いじゃないですか」

「……姉さんのセンスを疑うわ」

「何よ、考えたの私だけじゃないわよ」

「はいはーい」

「これ、着心地いいですよ、涼子先輩」

 とりあえず今日一日、この着ぐるみを着て過ごすことになった。

 着ぐるみの動きにくいここといったらない。

 手のところの「ひづめ」はマジックテープで固定されており、自由に取り外しが出来る。

 足のひづめは安全対策のため、つけられていない。

 何とまあこっけいな光景である。

 もちろん来客が来てもその格好である。

 豚汁喫茶を運営する上で、制服になれることも必要。

 そうして何時間経過しただろうか。

 すっかり疲れてしまった真たち。

 それはそうだ。

 着ぐるみは重い。

 午前中少し動いただけでも、へとへとだった。

 リビングの床に皆倒れていた。

「あーうー、疲れたよぉー。しんちゃぁーん」

「これは……豚汁喫茶なんてしたら体がもたないかも……」

 ひなたも杏里も、作った張本人である涼子ですらへばっている。

「ただいまー」

 亜貴が帰ってきた。

 リビングに足を踏み入れる。

 そして、何かを踏んだ。

「ん?」

「いたいー、いたいー」

「ふ、風華さん!? って……」

 その光景に亜貴は叫んだ。

「豚が死んでるーっ!?」

***

 ようやく皆が起き上がり、いすに座った。

 今こうしてカレーを食べているのだが、着ぐるみは着ていない。

「何であんな格好していたんですか……」

「アレが豚汁喫茶のコスチュームだからよ」

「……………………え?」

「うん、だからアレが豚汁喫茶のコスチューム」

 亜貴が固まる。

 アレを着るのか。

 絶対馬鹿にされる。

 間違いない。

「あの、俺着たくな」

「あらん、ダメよぉー。全員参加」

 死のう。

 こうなったら。

「己の運命を呪うがいいー」

「まだだ、まだ終わらんよ!!」

 あがく亜貴だが、どうにかなるものではない。

 その後も涼子VS亜貴の口げんかは続いたが。

 けっきょく亜貴が折れた。

「よーし、目指せ10万円ー!」

「ちょ、目標跳ね上がってる!」

「そういえばコレの費用ってどこから出したんですか?」

 ひなたの問いに涼子が固まる。

「それはね寮の費用からちょいと……」

「え?」

「どれくらいかかったのよ」

「20万」

 卒倒しそうになった。

 寮に与えられた費用は何に使うも自由ということになっている。

 が、月40万の費用が与えられる。

 この日すでに7月上旬で半分つかったことになる。

「あ、あははー……ごめんね」

「………こうなったらマジで10万稼がないとピンチですよね?」

「まあね……」

「とにかく姉さんには頑張ってもらわないとねぇ」

 沙耶がニヤついている。

 涼子がしぼんだ。

 さて学園祭まで一週間。

 期末テストまで残り二週間。

 怒涛の展開となりそうだ。


(第三十八話   完)


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