第三十七話 真と風華のぶらり二人旅
6月27日、土曜日。
さて今日も楽しい週末がやってきたが。
「………」
真は朝から若干鬱な気分だった。
午前は部活で時間をつぶせるのだが、午後から風華が出かけようと誘ってきた。
場所はどこか。
彼女はこういった。
「風の吹くまま気の向くまま〜」
適当なことを言われた。
故に心配でならない。
ちなみに今日から部活では弓を引くことができる。
よりいっそう気を引き締めないといけないのだが。
「塚原のやつ、元気なくね?」
「だいじょぶじゃね?」
そんな声がちらほらと聞こえる。
もし帰ってこれなくなったらどうしよう。
そしてそのまま白骨。
「いやああああああああああああああああああっ!!」
「おい、一年! うるせーぞ!!」
***
さて、真は外を走っていた。
先ほどはしゃいでいたせいである。
あの状況を見るに「真だけ」が騒いでいたと判断。
彼だけが外を走っていた。
「はふー、何でこんな……俺が」
文句を言いながらきちんと走るあたり、まじめなのだが。
如何せん運が無いと言うか何と言うか。
そんな彼の目の前を、2匹の猫が通り過ぎていく。
「ああ、ちくそう……お前たちは良いよなぁ……。どうせ俺なんて……」
やさぐれてしまった。
と、まあ冗談はおいといて。
真に化せられたのは外回り2週。
走るのが若干苦手な彼にとって、外回りは苦痛以外の何者でもない。
たとえそれがたった2週だったとしても。
「はぁー、やっと終わった……」
戻ってきた真。
走り始めてから10分が経過していた。
「遅いぞ、塚原!」
「いや、無茶言わないでくださいよ。俺、走るの苦手なんですから……」
「じゃあ今から合わせをするぞー」
地獄じゃないか。
走った後での合わせ。
声が出るかどうか。
合わせが始まった。
肩で息をしている今の彼に、声を出せるはずがない。
「どうした、塚原。声出てないぞ?」
何かピンポイントで狙われているような気がしてならない。
この間の地区予選の借りを返さんとがんばる部員たち。
ひなたももう吹っ切れたのか気合が違う。
そんな面々を見た真も、気持ちを変えた。
辛いのは皆一緒だ。
自分だけではない。
的に矢が的中する。
「ぃよしっ!」
そんな声が青空に響いた。
***
部活が終了し、寮に戻った。
さっさと着替えなければ、また風華が文句をぶーぶー垂れてしまう。
手早く着替えて、一回に降りる。
すでにリビングでは風華が待機していた。
「あ、しんちゃん。準備できたー?」
「何とかね。で、本当にどこにいくか決めてないんだね……」
「うん」
そんなにあっさり返されるとこちらが困るわけだが。
そういうわけだ、昼食を食べている時間は無い。
「ひなた先輩、すいません」
「いえいえ、大丈夫ですから。それよりも」
「はい?」
「お土産忘れないでくださいね?」
意外と期待しているようだ。
買っている暇があれば自分お財布から出そう。
風華が先に玄関に向かう。
その後を真が追うが。
「ちょーっと待ったぁっ!」
「涼子先輩? 何スか」
涼子にとめられた。
また無茶なことを言われるのではないだろうかと内心ひやひやしていた。
が、今日はそんなことはなく。
渡されたのは茶封筒。
「その中にメモとお金が入っているから、メモに書かれているものを買ってきて欲しいのよ」
「はぁ……」
何が書かれているかは見てからのお楽しみだという。
外はもう7月に近いためか、心地よい風が吹いていた。
何だかんだ言って今年はそんなに雨も降らなかった。
どこに向かうでもなく、二人はぶらぶらと歩き始めた。
「ねぇねぇ、その封筒の中身なんだったの」
「あー、そう言えば……」
歩き始めて数分。
真は渡された封筒を開いた。
確かに中には3万円とメモが入っていた。
メモには「画用紙」と「色つきマジックペン」、「メタルテープ」など。
何か工作でもするのだろうか。
他には「ガスコンロ」と書かれている。
本当に何をする気なのだろうか。
「じゃあ今日はそれを買いに歩こう!」
「えー……? じゃあ今日出かけようなんていわなくても良いじゃない」
ここまでノープランだと思わなかった。
まあ最低限、このメモにあるものを買っていかなければ確実に怒られる。
「じゃあまずは文具屋だね」
***
蒼橋文具店。
そこには筆箱から書道用の高級筆まで色々売っているという品揃えの店。
「画用紙って何色なの?」
「特に指定はないみたい」
「じゃあ金色とー」
「マテ」
何故そこで金色なのか。
せめて最初は色々な色が入っているセット用の画用紙を買うのに。
「えー、だって目立つもん」
「目立つとかそういう問題じゃ……」
「じゃあ赤。3倍だよ?」
赤といえば3倍。
ああ、単純思考。
じゃあ金色は7年後か。
何が3倍なのかはっきり説明をしてもらいたいところだが、あいにくこの後も色々なところを回らなければならない。
余計なツッコミをしている暇は無い。
その後も画用紙、カラーマジックペンを探していた。
「ねぇねぇ、ガンダムマーカーだって。これってマジックペンとどう違うの?」
「さぁ? こういうのって亜貴先輩に聞いたほうが良いかもね」
次はメタルテープ。
メタルテープとは、テープの表面がメッキのようにピカピカしているテープのことである。
そんなテープ、果たしてどうするのか。
「あったー!」
「すげぇ。赤とか青とか。ここは無難に赤と青と黄色で」
「金色にー、銀色にー、銅色ー」
またか。
そんなに派手にすると、逆に目が痛くなるのに。
しかし3万円もあればちょっとくらい大目に買っても罰は当たらないだろう。
目当てのものを一通り買い、文具店を後にした。
***
次に向かったのは、ホームセンター。
ここではガスコンロを買う。
寮でキャンプにでも行くのだろうか。
「ガスコンロ、高いんじゃないのかなぁ」
風華が言う。
ガスコンロと言ってもピンキリである。
もちろん高いものもあれば、安いものもある。
残っているのは2万7千円。
ちょっとは良いやつが買えるかもしれない。
ガスコンロのコーナーは店の奥にあった。
さすがに危険物指定を受けているので表立って売ることは出来ないらしい。
子供が壊したりして、事故につながったりしたら。
大変な惨事となるだろう。
「あったよ、ガスコンロ」
「色々売ってるなぁ。これも特に指定はないから、簡単なやつでいいんじゃないのかな。まだ買うものあるし」
「簡単なやつね。簡単なやつ……これとかは?」
それはシングルタイプのガスコンロだった。
確かに簡単だが、如何せんセットで4500円は安すぎやしないだろうか。
もうちょっとしっかりしたものを探すことに。
さすがにダブルタイプのガスコンロは高性能すぎて買えない。
シングルタイプでもうちょっと良いやつを。
「結局これしかなかったか……」
手に取ったのは8000円のシングルタイプガスコンロ。
次はお玉、まな板、包丁。
これくらい寮にもあるのに、わざわざどうして新しいものを買う必要があるのか。
これはちょっと安めでもいいだろう。
あるものが使えるのに、新しく買う必要がないのだから。
「1万と670円になります」
1万1000円を払う。
風華がお玉などを持ち、真がガスコンロを持つ。
意外とガスコンロが重い。
これを持って、今からも歩くのだろうと思うと。
憂鬱である。
「いいさ、どうせ俺なんて……」
真の目の前を犬が通り過ぎていく。
通り過ぎる直前、犬がほえた。
「わん!」
「……お前、俺のこと笑ったな?」
「早く行くよー」
「あ、はーい!」
***
その後、真と風華は街中を歩き回った。
手には大量の荷物を持って。
「次向こうにいってみよー!」
「あ、はーい!」
「そしたらむこー」
「あ、はーい!」
そんな感じのやり取りの連発だった。
もう真は限界だったのかもしれない。
結局、寮に帰ったのは2時半のことだった。
「だっしゃらー……疲れたぁー……」
「乙、カレー」
「妙な区切り方やめてくださいよ、涼子先輩」
真は買ってきたものを玄関に広げた。
涼子が一つ一つ点検していく。
買いもらしたものはほとんど無い。
で、今がチャンスだ。
「こんなもの、何に使うんですか」
「何って、学園祭の出し物に決まってるじゃない」
出し物でこれらのものを使うということは、飲食関係だろう。
何をするかはまだ想像できない。
「今年はねー、豚汁喫茶するわよ!」
「豚汁喫茶……」
響きが何か妙である。
「もちろん、ユニフォームというか制服アリね」
「着るんですか!? メイド服!」
「……そこまで言ってないわよ」
一瞬でも自分がメイド服を着ているところを想像して吐き気がした。
死にたくなった。
それはおいといて、どうして豚汁喫茶なのか。
喫茶という割には豚印か出せないような気がするが。
それとも風華のトンでも豚汁でも出すのだろうか。
それだけはやめてくれ。
「いやね、去年の射的は正直失敗だったなと、思ったわけですよ」
「人のプラモを使っておいて!?」
「うん」
亜貴が聞いていたら卒倒しそうなほどの割り切り方である。
で、今回は意外と人気の高い飲食系にしようということである。
だが豚汁。
果たして客は来るのだろうか。
「まあ今年はなんたって風華さんがいるから、大丈夫よ」
「うん、まかせてー」
先に引っ込んだはずの風華が顔を出す。
聞いていたのか。
「よーし! 今年も頑張っていこー! 目指せ、売り上げ5万円ー!」
初めての学園祭。
何だか妙なことになりそうで怖い真だった
(第三十七話 完)
トップへ