第三十五話「ひなたと食事会」

 6月21日、日曜日。

 無念の関東大会地区予選が終わった次の日のこと。

 この日、ひなたが起きてきたのは9時過ぎだった。

 本当はもっと早くに起きていた。

 けど、もうちょっと眠っていたかった。

 だから布団の中にもぐっていたのだが。

 布団から出て、着替えを済ませる。

 いつものように皆はリビングにいた。

「あ、ひなちゃん……」

 杏里が近づいてきた。

「おはよう」

「うん、おはよう、杏里ちゃん」

 そんな感じで一言二個と交わし。

 ひなたは朝食を食べた。

「あーん、ひなたちゃーん!」

 風華が泣きついてきた

 何事だろう。

「しんちゃんが、しんちゃんがー!」

「あーらら。女の子泣かせてるわ、あの子」

「やーねぇ」

 涼子と和日がひそひそと話をする。

 真は何をしたのだろう。

 詳しく事情を聞くことに。

 それによると、こういうことだ。

***

「しんちゃーん、朝だよー」

 反応がない。

 いつもならば起きるのだが。

 この2日の疲れが彼を安眠に誘っているのか。

 真の体をゆさゆさと揺らすが、あまり効果はない。

 と、その時だ。

 真が寝返りをうった。

 その表紙に真の左手が風華の頭に直撃。

「ふぇっ!」

「ぐぅ……すぴー」

 そのまま半泣きで降りてきた。

***

「と、いうことなのよ」

「だーかーらー、謝ったじゃないか!」

 真は何回も謝ったと言う。

 というよりも。

 いつも風華は真を起こすときに無茶なことをしている。

 これくらいはおあいこだと思うが。

「あの、謝っているのなら許してあげたらどうですか? 悪気があって塚原さんも叩いたわけではないでしょうから」

「確かに、塚原くんって女の人に手を上げることはないわよね」

「悪気があって手を上げるのもどうかと思うけどー」

 何か、微妙な空気になってきた。

 うん、とりあえず。

「…………ごめんなさい」

 謝っておこう。

***

 朝食を済ませて、それぞれの好きなところで好きなようにすごしていた。

 そんな中でひなたは玄関にいた。
 
 靴を履く。

 どこかへ行くのだろうか。

「ひなた先輩? どっか行くんですか?」

「ええ、ちょっとその辺をぶらぶらしてきます」

 そうですか、と。

 真は見送った。

 が、この行動に実は理由があって。

「え、ひなちゃん、ぶらぶらしに出かけたの?」

 その旨を涼子たちに伝えた。

 別に驚くほどでもないと、真は考えていた。

「うーん、やっぱりねぇ……」

 和日が首をひねる。

「ああ、そうか。お前は知らないんだっけな」

「何がですか」

「ひなたはな、何か失敗とかへこんだりすることがあると気を紛らわすために散歩に出るんだ」

「良いじゃないですか、それくらい」

「ただねぇ、心配なのよ……私たちとしてはね」

 沙耶が俯く。

 いつも笑顔なひなた。
 
 そんな彼女がへこんでいるのだ。

 真よりも長い間一緒にいる彼女たちなら心配にもなる。

「まあこればっかりは、本人の問題だからどうのこうのできないけど」

「出来るよ?」

 風華が提案する。

 そんな簡単に出来るなんて。

 また唐突な提案だが。

「元気になればいいのよね?」

「まあ、そうだけど……」

「ちょっとこういうことを考えたんだけど……ごにょごにょ」

***

 ひなたは学校に来ていた。

 今日も校庭では、野球部やサッカー部ががんばって部活をしている。

 その足で道場に向かう。

 シャッターが閉まっているため中に入ることは出来ない。

 だが、ひなたは外のコンクリートの部分に座った。

 そこから見る景色が好きだった。

 山は緑。

 空は青。

 それは実に落ち着く景色。

 いつも何か失敗したり、へこんだりするとここに来る。

 何故だろう。
 
 それは本人にも分からない。

 今日はどのくらいここにいよう。

 一時間?

 二時間?

 それとも。

「あー、いた!」

 そんな声が響いた。

 見ると真が走ってくる。

「塚原さん? どうしたんですか?」

「今すぐ出かけますよ」

 今すぐ出かけるとはどういうことだろうか。

 その辺りのことを真に問う。

 そこで先ほどの風華の提案につながってくる。

***

「食事会?」

「うん。大会も終わって、ひといきつきません会? みたいな」

「……ネーミングセンスが絶望的だけど、悪くはないかもね」

 別に悪いことではない。

 食費などは風華が出すという。

 そんなに金を持っていることに驚きだが。

「で、どこに行くの? フレンチとか無理でしょ?」

「ん? ファミレス」

 結局そこか。

***

「と、いうことで」

「そうですか。分かりました、帰りましょう」

 ひなたと一緒に寮に戻る。

 その途中でいろいろと話した。

 試合のときの心境や、弓道部に入って変わったことなど。

 真もいずれはこうして人に話すことが出来るのだろうか。

「お、帰ってきたぞ」

 寮に戻ると皆外にいた。

 ひなたと真が合流するとすぐにファミレスへと向かう。

「で、ふーねぇに問う」

「なに?」

「よくそんなにお金もってたね」

「うん。お母さんに入れてもらったの。口座に」

 この何とか詐欺が流行っているご時勢に、母もよく口座に金を入れるな。

 つくづく真は疎いこの2人に嘆いていた。

 ファミレスまでは徒歩で駅まで向かい、一駅乗ることになる。

 そこは皆それぞれ自分で払うのだが。

 隣町の駅前にはさまざまな建物が建っている。

 英会話教室、コンビニ、CDショップなどなど。

 蒼橋市にも色々あれば良いのに。

 真たちが立ち寄ったのは全国チェーンのファミレス。

「いらっしゃいませー。何名さまですか?」

「8名ですー」

「おタバコは」

「あ、吸いません」

「こちらへどうぞー」

 机を3つほど並べて、彼らが座る。

 食事会なので、何を頼んでも良いという。

 真と風華はハンバーグ。

 涼子はスパゲッティ、沙耶はオムライス。

 和日と杏里はミックスピザ。

 亜貴はジャンバラヤ。

 そしてひなたはまぐろ丼。

 意外と重いものを食べる。

 それらを頼む。

 料理が来るまで適当に話をする。

「それにしても、珍しくふーねぇにしてはまともな提案だったねぇ」

「………おねえちゃんビンター!」

「ぶっ!」

「「まとも」は余計ー」

 下手に喋らないほうが真の身のためなのかもしれない。

「実はね、前々からちょっと考えていたのよ。みんなといつかご飯食べたいなーって」

「そうなんだ。言ってくれれば良かったのに、ねぇ?」

「……うん」

「んー、驚かそうと思ったんだけどねぇ。失敗だったかなぁ……」

 驚かすも何も、自分から言ったのではないか。

 そうこうしているうちにまずはまぐろ丼が来た。
 
 うん、普通においしそうだ。

 しかしひなたは食べようとしない。

「食べないの?」

「いえ、皆さんと一緒に食べようと思って」

「えらいわ、えらいわ、ひなたちゃん!」

 風華が頭をなでる。

 その後も次々と料理が運ばれてきた。

 全員分並ぶのに30分経過していた。

「それでは食べましょー。いただきます」

 皆が料理を食べる。

 こうしてみると何だか良い雰囲気になっている。

 ただ、心配なのは。

「ねえ、風華さん」

「なにー?」

「いくら持ってるんですか?」

「心配ないよー。お財布の中にねぇ……」

 風華が財布を取り出し、中身を確認する。

 が、固まる。

 まさか。

 まさかまさか、そのまさかである。

「ふーかせんせー、どうしたの?」

「……………」

「ごめん。何だか嫌な予感がしてきたわ」

「私も……」

 真が風華の財布を手にし、中を見る。

 中には、千円札が2枚と五百円玉が1枚。

「……足りてねぇ!」

「ごめん、下ろし忘れちゃった……。ちょっと銀行に行ってくるね!」

 席を立ち、慌しく店を出る。

 何だか、やっぱりいつもの風華だった。

 残された真たちは風華が来るまで談笑していた。

 そして人のおごりと言うことならばここぞとばかりにジュースやらデザートを頼み込む。
 
 その大半は涼子だったが。

「……さすがに食べすぎよ、姉さん」

「ありゃ、ひょう?」

「食いながら話さないでください……」

 そしてどれくらい経過しただろう。

 風華が戻ってきた。

「ごめーん。銀行が混んでいてねー」

「まったく……忘れるなんてね」

「あーん、怒っちゃやだー」

 気がつけばもう午後の1時。

 店を出る。

「お会計は6270円になります」

 そんなに金がかかっていなかった。

 電車で蒼橋市に戻る。

 その電車の中。

「塚原さん」

「何ですか?」

 ひなたに声をかけられた。

 何かしただろうか。

 そんなことばかりが頭に浮かぶ。

「あの、ご心配をおかけしました」

「……はい?」

「いえ、あの、午前中……」

「あーあー、はいはい。いいっすよ、別に」

 別段気にすることでもなく。

 誰にだってへこむことくらいあるし、それを紛らわすために何かをすることだってある。

「心配をかけられるのはふーねぇで慣れてますから」

 そういうと眠りこけている風華を見る。

 涼子たちも眠くなったのか眠っている。

「そうですか。塚原さんらしいです」

「…………そうですか?」

「……今度」

 窓の外に目を向けたまま。

 ぽつりと。

「また今度、こうして皆さんと一緒にお食事ができると良いですね」

「……ですね」

 程なくして蒼橋に着いた。

 眠っている皆を起こして、寮に戻っていった。

***

「にゃー! にゃー、にゃーん!!」

「ふわっ!?」

 レンがひなたに懐いてきた。

「きっと、マグロ丼のにおいだと思うよ?」

 そういうことである。

 この日、寝るまでレンはひなたのそばにいたと言う。


(第三十五話 完)


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