第三十三話  関東大会地区予選1日目

 6月19日、金曜日。

 今日は関東大会地区予選が行なわれる。

 皆張り切っているのだが。

「すぅ……ぐぅ………」

 真は普通に眠っていた。

 目覚まし時計もなんのその。

 そこへひっそりと入ってくる一人の女が。

 真の頬をつついてみるが。

 起きない。

 つねってみる。

 よく伸びる。

「しんちゃぁ〜ん、起きなきゃダメだよ?」

 ビンタをしてみる。

 起きた。

 風華に起こされた真は時計を見た。

 現在朝の6時30分。

 出発は7時30分。
 
 良い時間に起こしてくれたけど。

「何か頬が痛い……」

 妙な痛みが真の頬には生じていた。

 風華を部屋から追い出して、制服に着替える。

 その後、朝食を摂り歯を磨く。

「はい、おべんと」

「んぇ……作ってくれたんだ」

「うん。応援する時力が出ないといけないからねぇ」

 コンビニ弁当よりも、手作り弁当の方が嬉しかったりする。

 風華の作ってくれた弁当をカバンの底にいれる。

「それじゃ、行ってくるわ」

 沙耶と亜貴が一緒に出た。

 沙耶はバトミントンのラケットを手に。

 亜貴はバッシュを手に。

 二人とも選手で試合に出場する。

 負けるわけにはいかない、といった面持ちだ。

 続いて応援組みの涼子、杏里、和日。

 和日は水泳部だが、まだ試合の時期ではない。

 よって今回は応援組みである。

「んじゃ、私たちも行こうか」

「うん」

「それじゃあ、頑張って応援してくるわ」

 3人が出てすぐに。

「それじゃあ、行ってくるよ。ふーねぇ」

「行ってきますね」

「はいはーい。気をつけてねぇ」

「にゃー」

 風華とレンに見送られる。

 真にとっては初めての試合である。

 いつも以上に気を引き締めていかなければ。

***

 電車で会場に移動するため、駅に向う。

 学生でごった返している。

 切符を買うのも一苦労である。

 試合のときはいつもこんな感じである。

「もうすぐ電車が来ますね」

「ですねー」

 二人はホームに並んで電車を待つ。

 そこへ。

「よ、真」

 彼方が顔を出した。

 その後には七海と遥、瑞希がいる。

「あれ、一緒の会場だっけ?」

「そうみたいだな。もしかしたら昼飯の時にもう一度会うかもしれねぇな」

 そんな話をしていると電車がホームにやってきた。

 電車に乗ると中はやはり学生でいっぱいだった。

 もちろん、席に座れるはずが無い。

 会場までは3つ後の駅で降り、タクシーで向う。

 会場には9時に入れれば良いのだが。

 早めに入って準備をしなければならない。

 色々と大変なのだ、選手も応援も。

 揺れる電車の中で、遥は真を見ていた。

 昨日、沙耶に言われた事を思い出していた。

(塚原君のことが……好き………なのかなぁ? よく分からないけど)

 でもどこかで真の事を見ている自分がいる。

 好きかどうかは関係なしに。

***

 さて、会場へ行きために最寄の駅で降りた真達。

 ここで輝彦達と合流、彼方たちと別れて会場へ向う。
 
 タクシーの代金は割り勘だが、後で顧問に請求すればもらえるという嬉しいシステム。

 駅から会場までは約20分の道のり。

 会場が近いと思うと、自然と緊張が高まる。

「あー、早く終わらないかなぁ」

 そう漏らしたのは、共に乗っていた他の一年だった。

 面倒と思う人間には確かに面倒なのかもしれない。

 でも、真はそうは思わない。

 いつかは自分が通る道を前もって知っておく。

 いかにこれが大切な事か。

 後で公開しても、遅いのだから。

 流れていく景色を眼で追い、気がつくと大きなドームが見えてきた。

 そのドームのあるスポーツ公園こそが、試合の会場。

 このどこかで彼方も試合を見ているはず。

 ちなみに亜貴のバスケ部、沙耶のバトミントン部もこの会場らしいのだが。

 会場に着くが早いが、顧問の車から弓などの道具を降ろす。

 一年生が道具を運搬、二年生が保管場所の場所取り、三年生が指示を出す。

 顧問は会場運営の打ち合わせ。

 保管場所は広いロビーの一角。

 そこに弓立てを置き、弓を立てかける。

 矢筒から矢を取り出し、矢立に置いていく。

「じゃあ俺達は着替えてくるから。一年は準備を進めておけよ」

 二、三年生が着替えのためにその場所を後にした。

 せっせと準備を進めていく。

 が、男子は相変わらず遊んでいる。

「ちょっと、ちゃんとやりなさいよ」

 ほらきた。

 当然男子も面白くないのか突っかかる。

 そんなやり取りは尻目に、真は準備を進めていく。

「塚原、お前も五月蝿いと思わないか?」

「は?」

「ちょっと、塚原くんをそっちに引き込む気?」

 引き込むって。

 ぶっちゃけるとどうでも良いのだが。

 とにかくあまり巻き込まれたくないので、双方共に軽く無視をすることに。

 あまり自分が関わってこれ以上ややこしくするのも嫌だから。

 先輩達がいなくなったら、どうなるんだろう。

 ぎゃあぎゃあと、男子と女子のちょっとした抗争があってから30分。

 先輩達が帰ってきた。

 袴に着替えた先輩達。

「お前ら……準備しないで何してんだよ!」

 怒られた。

***

 開会式が始まるのは10時から。

 そこから20分の間を空けて、午前の部。

 今日は明日の本戦に出場する高校を決める予選。

 予選で8位までに入ることが出来れば、明日の本戦に出場できる。

 ちなみに蒼橋学園は六立目(1回戦、2回戦のようなもの)の第二射場。

 この大会では1立で第四射場まで使う。

 1つの高校につき、二立が許されている。

 全二十五校が今回の予選に出ており、二十五校全てが終わった時また最初の一立目に戻ると言う仕組み。

 そんな中真達一年生は他農耕工の試合を見るため、外に出ていた。

 弓道と言うものは見たことはある。

 しかしこうして間近で見るのは初めて。

「お前ら、静かにしろ」

 そう言われると、一立目の高校が入場してきた。

 ぴりぴりと張り詰めた空気。

 すり足で入場する選手。

 これが、弓道の試合。

 その圧倒的なまでに張り詰めた空気。

「起立!」

 その掛け声で椅子から立ち上がり。

「始め!」

 礼をして、3歩前へ。

 4本あるうちの2本の矢を床に置き、残りの2本を弦にかけていく。

 静まり返る会場。

 第一射場の選手が矢を放つ。

 ひゅっ、と空気を作音が響き、直後に的に命中する。

 乾いた音と共に矢は的に突き刺さっている。

 それを皮ぎりに、他の高校もそれぞれのペースで矢を放つ。

 命中する矢。

 惜しくも外れる矢。

 凄い。

 当っても外れても凄い。
 
 こんな風に、自分も射場に立って矢を射るときがくるのか。

 早く、射場に立ってみたい。

***

 いよいよ蒼橋学園の順番。

 まずは男子から。

「起立! 始め!」

 一斉に立ち上がり、矢を番えていく。

 射形を乱すことなく、弓を引く。

 矢を放つ。

 放たれた矢は真っ直ぐに的へ。

 命中した。

 続いて中の選手が矢を放つが、惜しくも的の右に。

 3人目。

 ここで流れを戻さなければならない。

 弓道と言うスポーツ、筋力よりもメンタルな部分が左右する。

 前の人間が的を外すと、次に自分が当てなければならないというプレッシャーに襲われる。

 そこでプレッシャーに負ければチームの雰囲気が傾く。

 プレッシャーに勝ち、流れを取り戻せばあるいは。

 一人目に戻るが、矢はまたしても的を掠める。

 調子が悪いのか、なかなか命中しない。

 段々と空気が悪くなる。

 が、その後何とか持ちこたえ、12射6中と言う結果だった。

 一立目で6中とはまずまずの結果である。

 次に男子の2チーム目。

 ちなむところ蒼橋学園のように部員が多いところは2チームまで出場が許されているという。

 男子の2チーム目は12射5中と言う結果に。
 
 大体上位を狙うチームは1立目を7〜9中と言う結果にしている。

 後者のチームはやや厳しいか。

 だが、2立目で挽回出来る可能性もある。

 ここで諦めたら終わってしまう。

 皆その気になってきた。

***

 男子の部が終わった次は、女子の部。

 女子といえど、当てるところは当てる。

 蒼橋学園女子チームもやはり2チーム。

 1チーム目は2立目。

 2チーム目は5立目。

 そのうちひなたは5立目である。

 自然と応援にも力が入る。

 真はそんな応援の席から周りを見渡した。
 
 どの高校も独特の応援をしている。

 そして一般の人も見にきている。

 その一角に、真の視線は向った。

 ピンク色の上着。

 青のロングスカート。

 頭には白い猫。

「…………………」

 頭痛がした。

「ちょっとすいません」

「塚原?」

 真はその席を離れる。

 他人の空似ではない

 確かにそこにいるのは。

 間違いない。

「ふーねぇ?!」

 風華だった。

「あ、しんちゃーん。やほー」

 聞きたい事は色々ある。
 
 まず聞きたいのは。

「どうしてここに?」

「あのねぇ、しんちゃんの担任の先生に聞いたのよ。弓道部の試合はどこでしてるのかって」

 がっくりとうな垂れる真。

 そんな彼女の膝の上には弁当箱が置かれている。

 昼食も一緒に食べるつもりなのだろうか。

「………まぁ、多くは言わないけど、静かにね。試合中だから」

「うん」

「にゃー、にゃー」

「レンも静かにな。頼むから」

「にゃぁ」

 一応釘を刺していれば大丈夫だろう。

 真が戻るとほぼ同時に、女子の部が始まった。

 男子と違いどこかしなやか。

 そんな女子の試合だった。

「そろそろ来るぞ」

 蒼橋学園の1チーム目が入場した。

 ひなたは次の立である。

 号令で起立し、弓を引き始める。

 一番最初の選手が命中させ、次の陽も命中。

 そのおかげか順調にスコアを伸ばしていく。

 最終的に8中と言う女子の中では上のほうの結果を残す事ができた。

***

 ひなたは射場の裏にいた。

 いよいよ自分の番。

 実を言うとひなたが試合に出始めたのはつい最近の事。

 やはり経験不足は否めない。

 緊張が高まってきた。

 大丈夫と自分に言い聞かせるが。

「大丈夫よ」

「すず、ちゃん」

「ひなたは頑張ってきたでしょ?」

 やや間をおいて。

「うん」

「いつもどおりやれば良いのよ」

 そんな話をしていると、入場の時間が来た。

 どうやら1チーム目は8中と言う結果だったらしい。

 残るには自分たちも同程度命中させなければならない。

「入ります!」

 先頭の鈴が言う。

 入場するひなた。

 このぴりぴりとした空気。

 何時来ても自分の集中力が吸われていく。

 椅子に座る。

 深呼吸をする。

「起立!」

 立ち上がる。

「始め!」

 礼をする。

 3歩前に出て、矢を番える。

 鈴が弓を引き、矢を放つ。

 的の1時の方向に突き刺さる。

 ここで流れを止めるわけにはいかない。

 ひなたが弓を引く。

 力まないでいい、矢に神経を集中させる。

 矢を、放つ。

 ひなたの放った矢は真っ直ぐに的へ。

 的の真ん中に、矢は突き刺さった。

 このままの調子ならば。

 2射目は外れたが、3射目は命中。

 そしてチーム全体のスコアは4射目の時点で、5中。

 直後に鈴が的中させ、6中に。

 ここでひなたが当てれば7中となり、決勝に残れるかもしれない。

 弓を引く。

 ひなたのこの一射に全てがかかっている。

 が、不意に矢が弦から外れた。

「あっ……」

 矢こぼれ。

 弓を引く途中に矢が弦から外れ、床に落ちてしまうことをいう。

 こうなったらその一射は問答無用で記録なし、はずれになってしまう。

 やってしまった。

 弦から手を離す。

 床に落ちた矢を拾い、射場を後にする。

 動揺したのか、最後の一人も的を外してしまった。

***

 その後、男子も女子も決勝へ進む事ができた。

 明日の決勝に進む事ができたが。

 ひなただけは、違った。

 大切なところでミスをした。

 そのせいで2立目も調子が奮わず。

 4射中わずか1中と言う結果に終わった。

 先述したように、弓道と言うスポーツはメンタル部分が非常に左右される。

 ひなたは、そのプレッシャーに勝てなかったのだ。

 部員もかける声が無い。

 何故か一緒にいる風華も流石に深刻な顔をしている。

 そして試合は二日目へと続いていく。


(第三十三話  完)

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