第三十四話  関東大会地区予選2日目

 さくら寮の朝は早い。

 少なくとも大会の日だけは。

 昨日の関東大会地区予選1日目より夜が明けた、6月20日の土曜日。

 朝も早くから真は風華にたたき起こされた。

「ほらー、早く起きなさーい! 皆起きてるんだからー」

「………なまじ早く起こされるのが一番眠いんだけどなぁ」

 顔を洗うために洗面所に向う。

 その洗面所はもう涼子達がいた。

 早い。

 と言うよりも真が遅いのか。

「あ、塚原くん。おはよ」

「おはようございますー……」

「しゃきっとしろよ、まったく…………」

 寝ぼけ眼では応援にも身が入らない。

 顔を洗う。

「塚原さん、おはようございます」

 たまたま洗面所の前を通りかかったひなたに声をかけられた。

 何時もと変わらないひなた。

 昨日の事で落ち込んでいるかと思ったが、杞憂だったのか。

 それともただ単に隠しているのか。

「早くしないとご飯が冷めちゃいますよ?」

「あ、はい」

 真もどこか気の抜けたような返事。

 顔を洗いさっさと着替えて。

 昨日と同じくらいの時間に出る。

 ただし、今日は涼子と和日、杏里が留守番。

 亜貴と沙耶は決勝に出るらしい。

 なので。

「あー、ついてくるんだね」

 真とひなたと一緒に出たのは風華。

 昨日の続きが気になってしょうがないのか。

 部活の皆の分まで弁当を作るという気合の入りよう。

 それだけ風華も気合が入っているということだ。

「気合をいれる場所を間違えているような気がするけどねぇ……」

「良いじゃないですか。嬉しい事です」

 ひなたにそう言われては反論できない。

 駅に着くと、やはり皆そろっていた。

 そして一斉に注目を集めたのはやはり風華だった。

「えーと……誰?」

 陽が訊ねる。

 風華が自己紹介をする。

 実のところ昨日もいたのだがそんな雰囲気ではなかった。

 自己紹介が終わると納得したように頷く部員達。

 どこでどう納得したのかは分からないが。

「いいなーいいなー。塚原にはあんな可愛い姉ちゃんがいてさー」

「俺にも姉がいるけどあんなんじゃないもんねー」

 と、部員達からのブーイング。

 風華はと言うと陽やひなたと話している。

 もうなじんでいる。

「いや、そうは言うけどな。疲れるぞ、結構」

 言われっぱなしは癪だ。

 反論する事に。

「起こす時は力ずくだし」

「良いじゃないか」

「料理はピンポイントで俺の好みに合わせるし」

「良いじゃないか」

「勝手に人の部屋の押入れはあさるし」

「良いじゃないか」

 どんな憧れを彼らは抱いているのだろう。

 間違っている。

 姉はそんなに憧れるものではない。

 真はそう言いたかった。

 ちなみに作者も姉に憧れていると言う事は伏せておく。

***

 さてさて、試合会場に着いた。

 今日は昨日決定したベスト8の中から、関東大会に出場する2チームを選抜する。

 そのため参加校も少ない。

 応援も8チーム分しか来ていない。

 が、近隣の住人が駆けつけベンチを占拠していた。

 もちろんその中には風華も。

 少ないとは言え、残っているのは予選を勝ち抜いた競合ぞろい。

 気を抜いたら負けるだろう。

 2日目の開会式は昨日よりも早い9時30分に始まった。

 その分参加校が少ないので早く帰れそうだが。

 基本的なことは昨日と全て同じ。

 2立の合計で決まる。

 男子1チーム目は2立目の第一射場、2チーム目は4立目の第一射場。

 女子の1チーム目は3立目の第一射場、そして2チーム目は同じく3立目の第二射場である。

 開会式後、すぐに試合は開始された。

 今回は女子からである。

 一体どういう基準で決まっているのか分からないが。

 女子の一立目は優勝候補とも言われているチームだった。

 的に命中した時の乾いた音が射場に、会場に響く。

 その様子をひなたは裏から見ていた。

 関東大会にすすめるのは、男子・女子共に2チームのみ。

 ここまで来て落ちたくない。

「ひーなーちゃん」

「んひゃ! ちょ、鈴ちゃん……」

「何気張ってるの? 何時もどおりやればいいのよ」

 そうは言うが。

 自分たちと同じ立のチームがまさか仲間のチームとは思わなかった。

 そして、また失敗したらどうしよう。

 やはり彼女は昨日のことを気にしていたのだ。

 もし、昨日のように失敗したら。

 今度こそ申し訳が立たなくなる。

「失敗するのを気にしてるの?」

「……うん」

「大丈夫よ、そんなの」

 鈴が言う。

「そのために私達なんだから。失敗してもフォローしてあげるわよ。ね、先輩」

「そう言うこと」

「ま、私たちも負けないけどね」

 2つのチームの選手が出会う。

 本当なら、この2チームで関東大会に出ることが出来たら良いのだが。

 と、一立目の選手が出てきた。

 的中数は一射場のチームが12射8中、第二射場のチームが12射6中。

 女子としてみれば8中と言うスコアは破格である。

 6中と言うスコアも決して無視できない。

 2立目のチームが射場に入った。

 さあ、いよいよ迫ってきた。

 緊張が、高まる。

***

 気がつくと、自分は射場の椅子に座っていた。

 失敗するかもしれない。

 でも大丈夫。

 そう、自分に言い聞かせる。

「起立!」

 立ち上がる。

「始め!」

 さあ、始まった。

 別に当てようと思うな。

 ベストを尽くせばいいんだ。

 大前の鈴が弓を引いていく。

 そして、矢を放つ。

 惜しくも矢は的を外したが。

 お願いね。

 そう言われた気がした。

 ひなたが集中する。

 弓を引く。

 弦がかすかに振動する。

 矢が口元に来る。

 外さない。

 矢を放つ。

 射場に乾いた音が響き渡り、的中した事を知らせる「○」が表示される。

「よしっ!」

 応援席から声が響く。
 
 まずは一中。

 その後もテンポ良く的中数を稼いでいく。

 結果ひなたのチームは12射9中と、現在最高位に位置する事ができた。

 そして2チーム目も12射7中と大健闘。

 このままいけば関東大会に出ることが出来る。

 女子の全チームが終わった時点で、蒼橋学園女子第一チーム(ひなたたち)は一位。

 女子第2チームは、4位。

 どちらも何事もなければ関東大会に進む事が出来る。

 そう、女子は。

 続いては男子の部。

 男子は女子よりもハイレベルな戦いとなりそうだ。

 そのため勝ち残るのは難しい。

 果たして。

 2立目、男子が入場した。

 やはり女子よりもハイレベルだった。

 何時もはおちゃらけている部員たちも、真剣そのもの。

 故に的中数もかなりのもので。

 12射9中と言う結果を残した。

 男子の2立目。

 こちらも健闘して、12射8中と言う結果を残した。

 これで午前の部は終わり。

 残りは午後に。

***

 さて、他の部活はどうしているかと言うと。

 バスケット部。

 ベンチには智樹が座っていた。

 コートでは他の部員が走り回っている。

 その中の一人、亜貴を見ていた。

「どうして今回お前を試合に出さなかったか分かるか?」

「…………」

「確かにお前には技術がある。だが、お前が休んでいた時にあいつらも必死でレギュラーを取ろうと頑張っていた。それを尊重したんだ」

「ふん……」

「それに」

 ホイッスルが鳴り響く。

 亜貴のフリースローだった。

 ライン上に立ち、狙いを定める。

「今のお前には足りないものがある」

「足りないものだと? 誰に? 俺にか?」

 亜貴のボールは弧を描いて、リングへと吸い込まれていく。

 それが決定点だった。

 蒼橋学園バスケ部が勝利した。

「そう、今のお前に足りないものがな。それが分かれば、無条件でレギュラーにもなれるのにな」

 智樹はただその言葉の意味が分からなかった。

 バスケにおいて必要なものは全て習得したつもりだった。

 だが、まだ足りないものがあるという。

 それに気付くのは、1年後の最後の試合の事。

***

 バドミントン部の試合。

 蒼橋学園は沙耶のシングルス。

 だが押されていた。

 どうにも相手のペースに飲み込まれていた。

 現在14−9。

 あと一点取られたら終わってしまう。

 相手のサーブ。

 右に飛んでくる。

 反応がやや遅れたが、何とか飛びつく。

 が、そのまま膝を突いたのが仇だった。

 逆にスマッシュを叩き込まれた。

 ため息をついた。

 沙耶の健闘もむなしく負けてしまった。

「ゴメン……負けちゃった」

「いや、まあ、次があるさ」

 関東大会に出れなくなった。

 しかし沙耶の健闘を、皆は理解していた。

***

 所戻って弓道部。

 風華が皆を集めていた。

「じゃーん!」

 風呂敷をあけると5段重箱。

 正直真はまたか、と言う心境になった。

「皆にがんばってもらうために作ってきたよー」

『あざーす!』

 一斉にかぶりついた。

 がつがつと。

 午後も集中力を使う。

 そのためには今のうちにたくわえておかないと。

「お姉さま、これどうぞ!」

「あ、てめ! 抜け駆けなんてずるいぞ!」

「お姉さま、お口が汚れています!」

「ありがとぉ〜」

 何、この酷い状況。

 真は軽い目眩がした。

 風華も風華でちょっとは断ればよいものを。

 だが重箱をつつく真。

 やはり風華の料理は美味しい。

「ひなた先輩? 食べないんですか?」

 先ほどからちっとも箸が進んでいない。

 そんなひなたを見る。

「ええ、ちょっと……緊張して」

 無理も無い。

 現在1位と言うプレッシャーが、あるのだから。

「大丈夫ですよ。先輩たちがいますし、俺たちも一生懸命応援しますから」

「塚原さん…………」

「はい、ふーねぇの出汁巻き卵。美味しいんですよ、コレ」

 そう言うとひなたの皿に置いた。

 出汁巻き卵を食べる。

 何だか落ち着く、そんな味だった。

***

 さて午後の部の立ち順も変わらず。

 やはりと言うか何と言うか、1立目のチームが強力で。

 最終的な的中数は24射19中。

 そう3人のうち2人が皆中、すなわち全ての矢が的中したのだ。

 これは痛い。

 ひなた達も10中以上をたたき出せば進めないことも無い。

 2立目のチームのうち、第二射場のチームが15中を出し、第二位に。

 さあ、いよいよこの一回で全てが決まる。

 ひなた達が入場した。

 だが、異変はすぐに起きた。

 午前より調子が出ないのか、実力が全く奮わない。

 ひなたが辛うじてつなぐものの、やはり午前に比べると。

 その結果、12射8中。

 24射17中と言う結果に終わった。

 それでも第2位。

 あとは他のチームがどう出るか。

 3立目は問題なかった。

 問題は4立目だった。

 4立目開始直後から、次々と的中数を重ねていったのは第一射場のチームだった。

 9射終わった時点で7中。

 そのあと、安心したのか的中に繋がらない。

 このチーム、全体の的中数は現在17中。

 同中の場合はそのチーム同士の再戦となる。

 一人目が外した。

 二人目は、外れ。

 三人目。

 ゆっくりと弓を引く。

 結果。

***

 試合の帰り道。

 真とひなた、風華は寮へ向かっていた。

 夕日が眩しい。

「………惜しかったね」

 そう言ったのは風華で。

 試合の結果、蒼橋学園は男女共に関東大会に出ることは出来なくなった。

 男子も男子でもう一歩といったところで。

「はい。でも、今日の試合で分かりました。もっと鍛錬が必要だって。いつか」

 立ち止まって。

「いつか皆さん一緒に全国大会で優勝したいですね」

 そうだ。

 真もいつか、ひなたを支えるくらいの選手になって。

「ただいまー」

 寮についた。

 何しろ大変な2日間だった。

 今日はゆっくり休もう。

 真は、眠かった。


(第三十四話  完)


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