第三十二話  試合前夜

 6月18日、木曜日。

 いよいよ関東大会地区予選が明日に迫っていた。
 
 この日は授業は午前で切り上げ。

 午後の1時から全ての部活は活動可能となる。

「おはよー……」

 真が眠そうに降りてきた。

 朝ごはんを軽く済ませ、制服に着替える。

「ねぇねぇ、しんちゃん」

「なーに、ふーねぇ」

「明日、応援に行ったげる」

 手に持った洗濯物を干しながら、風華が言う。

「応援って、弓道部の? 俺、出ないのに?」

「うん!」

「応援するのは良い事よ、ありがたく受け取っておきなさいな」

 近くにいた沙耶が言う。

 沙耶も明日はバトミントン部の試合。

 部長などといった役には着いていないが、1年の時からひたむきに頑張ってきた。

 それを発揮するのに良いチャンスである。

「そうそ。応援してくれる人がいるだけいいじゃないか」

 亜貴はバスケ部の試合でスタメン。

 ちなみに仲の悪い智樹もそうだったりする。

「あーあ、良いよなー。塚原は」

「亜貴先輩……」

 何にせよ応援してくれる人がいるのはとても心強い。

 それだけで嬉しかった。

「さ、皆さん行きましょ。遅刻しますよ?」

 見ると既に8時を過ぎていた。

 あまり話をしているとすぐに遅刻してしまう。

 風華に見送られて寮を出る。

 こうして今日も一日が始まる。

***

 正門をくぐったところで、彼方が真達と合流した。

 隣に七海、そしてやや遅れて遥が姿を現わす。

「おはようございます」

「おはようございます、えと……遥さん?」

 ひなたと遥が挨拶を交わす。

 ひなたと真が話しているのを、遥は横目で見ていた。

 それをさらに横目で見る沙耶。

 彼方と七海はいつものように騒がしかった。

 それを亜貴にからかわれて。

 昇降口で真達一年とひなた達2年は別れた。

 が。

「ちょっと、良いかな」

「はい?」

 遥に声をかけたのは沙耶だった。

「何でしょうか」

「塚原くんのこと、好きなんでしょ?」

「ぴっ!?」

 奇声を上げる。

 いきなりな事を言われたので頭の中が真っ白になった。

「好きとか嫌いとか、付き合いたいとか付き合いたくないとか、その、あの、えと……」

「傍から見てれば一発で分かるわよ、そんなの」

「そうなんですか……」

 しょげる遥。

「塚原くんはどう思っているか分からないけど、一度は気持ちを聞いておいたほうがいいんじゃないのかしら?」

 なかなか的確なアドバイスだが。

 果たして遥にその度胸があるかどうか。

***

 午前の授業は終わり、昼休み。
 
 今日も彼方たちと学食へ。

 気のせいか、皆そわそわしている。

 やはり明日の地区予選が気になって仕方が無いのか。

「俺、Aランチ1つ」

 真がAランチを頼み、出来上がるのを待つ。

 彼方は午後の部活に備えてガッツリと食べるらしい。

 七海はそんな彼方の応援。

 遥は吹奏楽の方で打ち合わせがあるらしい。

 出来上がったAランチを運び、食べていく。

「真も明日は試合なんだよな」

「そ。試合には出ないけど、応援で行ってくるよ」

 彼方も応援。

 一年で出られる方が凄いのだが。

「瑞希はもしかしたら出れるかもしれないんだっけ」

「おう。何か、部員が少なくてなぁ……うちのバレー部」

 どこの部にも悩みはあるものなのだ。

「七海、お前はどうする?」

「私は彼方様について行きますわ」

 そんな七海はどこかそわそわしている。

 この間の一件以来、学食に来るとどこかそわそわしている。

 理由は簡単。

 杏里を探しているのだ。

「…………そうそう何度も杏里先輩がくるわけ無いじゃないか」

「塚原さーん」

 ご飯を吹いた。

***

 ひなた、杏里、沙耶、涼子、和日、亜貴と寮の皆が合流した。

 こうして見ると凄い光景であるが。

「…………」

 杏里はどこか怪訝そうな表情をしている。

 その視線の先には七海が。

「いや、威嚇はしないほうが……」

「お黙りなさい、下僕一号のくせに!」

「………っ!」

 涼子の陰に隠れた。

 どうにもならない。

「何でそこまで杏里先輩にこだわるかなー……」

「簡単ですわ。小さくて、可愛いから。至極単純な理由ですのよ?」

 確かに言い分は分かるが。

 これは酷い。

「まさに、人類の宝ですわ!」

「七海、そこまでいくのか……?」

 あまりにも常人には理解しがたい考えだった。

***

 昼食を食べ終えると、彼方は部活のために外へ。

 真も教室で教科書を鞄の中にしまっていた。

「ねぇ、塚原くん」

「有馬さん? どうかしたの?」

 もうそろそろ部活の時間だが。

「その……頑張ってね!」

 それだけ言うと逃げるように教室を出た。

 残された真。

「………俺は出ないって、言ってるのに………」

 ぼやきながらも、皆がそれだけ応援してくれるのは嬉しかった。

 それに答えるために、はやく射場に立って色々な試合をこなしていきたい。

 いつもどおりひなたと合流して、弓道場へ向う。

 やはり明日が試合だと考えているのか、ひなたの顔も少し緊張の色が見られる。

「ひなた先輩も、試合に出るんですよね」

「そうなんですけど……」

 何か悩みがあるのか。

 いまいちはっきりしない。

 それは弓道場で明らかになる。

***

 連取は1時半から午後の5時まで。

 途中3時から30分の休憩を挟む。

 まずは1時30分からの練習は通常の練習。

 真もなるべく邪魔をしないように端で練習をしている。

「塚原は寮から会場まで行くのか?」

「さあ? その辺りは今日話されるんじゃないのか?」

 あまり別々に会場に向うと、他の人の迷惑になりかねない。

 そこはまとまって向うのだろうか。

 何にせよ真にとって初めての試合。

 慣れるまでは、邪魔をしないように。

「一年、誰か矢取りに入れ」

 先輩の指示に従い、2人が矢道に入る。

 こういう仕事も試合会場では一年がするという。

「隣町だからなぁ、電車か」

「会場がか?」

「そうだ。この蒼橋市にはデカイ弓道場なんてねぇよ」

 言われてみれば聞いたことが無い。

 その後も通常練習は続き、休憩に。

 息抜きの貴重な時間。

 特に試合を控えている選手にとっては肩肘張っていた練習なのでここで息を抜いておかないと後々もたない。

 外に出て喋るものや、水を飲むものなど。

 それは様々だった。

 真達一年も休憩をし、休憩後の練習では応援練習となる。

 ちょっとトイレに行きがてら、他の部活を覗いて見る。

 とは言え見る部活は一つ。

 サッカー部。

 彼方を探すと。

「……………おおぅ」

 七海に追われていた。

 見なかったことにする。

 ご愁傷様、彼方。

***

「ほーら、声が小さいよー」

 副部長の陽に練習を受けている。

 と言うよりも試合に向けての練習はいいのか、陽。

「ん、今から合わせだからね。声が出てなかった人は居残り練習かもよ」

 とたんに皆から声が漏れる。

 ため息や、明らかな不満など。

「なーに、大きい声出せばいいんだから。簡単じゃない」

 それが意外と難しい。

 4時から合わせが始まった。

 皆居残りはしたくないのだろう、必死に声を出している。

 それに呼応するかのように、射場で矢を放つ生徒の表情も一際引き締まる。

 その日の合わせは皆良いコンディションだったらしい。

 いつも以上のスコアを出していた。

 練習が終わった後は明日の詰め込み作業。

 弓や矢などは顧問の先生の車に積み込み明日、直接会場にもってきてくれる事になっている。

 その積み込み作業を進めていく。

 それが終わったのは、もう6時になりかけていた。

「それじゃあ、今日は解散。明日に備えてしっかり休んでおくように」

 こうして試合前の練習は終了となった。

 いつものように真は一人で更衣室の前にいた。
 
 どうにも出遅れてしまう。

 早く着替えたいのに。

「塚原さん、着替えたら待っていてくださいね」

「あー、はい」

 帰ったら帰ったでゆっくり休ませてくれなさそうだ。

「塚原ー、空いたぞー」

「おう、悪いな」

 即行で着替える。

 外に出た時にはもうひなたがいた。

 どんなスピードで着替えたのだろう。

 ひなたと一緒に帰る。

「明日って7時30分に寮を出るんですよね?」

「そうですよ。それから駅で電車に乗って……。9時の開会式に間に合えばいいんです」

 それから夕方の5時まで、試合は続く。

 もしも明日良い所に残れば土曜日も試合となる。

「やるだけのことはやろうと、思いますけど」

 ひなたの声が震える。
 
 何回出てもあの空気だけはなじめない。

 上手く弓も引けなくなる。

「失敗したときの事を考えると……」

 自分の失敗が結果的に部の負けに繋がりかねない。

 それが弓道。

 真には何もいえなかった。

 少なくとも今は何もできない自分には。

 ひなたに何も言えない。

 全ては明日。

 それにかかっているのだ。


(第三十二話  完)


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