第三十一話  涼子と問題多数

 6月16日、火曜日、朝。

 3年2組。

「関東大会が終わったら進路相談があるから。それまでに進路を書き込んでおくように」
 
 そう言われてまわされた進路相談のプリント。

 第1希望から第3希望まである。

 別に第3まで埋める必要は無いが。

 今日の授業は一時間目が公民。

 涼子は教科書を出す。

 いつもは適当な事ばかりしている涼子だが、一応授業に出ないと。

(進路……ねぇ)

 進路の紙を適当にいじり倒し。

 正直進路になんて興味はなかった。

 机の中に押し込む。

「リョーコー」

「ん、どうした? みっちん」

 みっちんとは彼女の親友の名前。

 彼女もまた進路で悩んでいるものの一人だった。

 みっちんが涼子にへばりついた。

「進路が決まらないー。何とかしてぇー」

「そんなの私に言ってどうすんのよ。私だって決まってないのに」

「そうだよねぇ。リョーコも決まってないもんねぇ」

「………何でかしら。今ふつふつと殺意が芽生えたわ」

 みっちんを睨み。

「そうだ、みっちんも決まってないのよね」

「にゅ」

「だったらこの相談会一緒に出ない?」

「ん、一緒に出る」

 まあ進路が決まっていない人はこういう会議に出た方がよい。

「お、先生だ。それじゃあねぇ」

「んー」

 先生が入ってきて、授業が始まった。

 つまらない。

 何もかもが。

 ふと、涼子は窓の外に視線を向けた。

 良い天気だ。

 グラウンドではどこのクラスだろう。

 体育の授業で校庭を走っている。

 その中の一人の生徒に目が向う。

(あら、沙耶じゃないの)

 黒い髪い眼鏡をかけたその生徒−沙耶がグラウンドを走っていた。

(頑張ってんじゃないの、あの子)

 昔から勉強一筋だった沙耶だが。

 最近ではそうもなくなってきたらしく。

 運動にも力を入れてきた。

(結構速いわね)

 こうしてまじまじと沙耶が走るのを見るのは、初めてだった。

「真奈瀬。真奈瀬!」

「……はい?」

***

 地理の先生に怒られた涼子。

 最初は授業の事だけだったが。

 次第に色々な事をいわれ。

 終いには進路の事につなげられた。

 はっきり言ってイライラ以外の何ものでもなかった。

 別に怒られるのはいいのだが。

 別の用事まで注意されるのは嫌だった。

「リョーコ、機嫌悪いねぇ」

「あー……うん」

「ねぇねぇ、次体育だよ? 早く行こうよ」

「そだね。よし、体育で鬱憤晴らすか」
 
 体育着に着替える。

 そして教室を出て暫くのところで。

 とある生徒と肩がぶつかった。

「っと、ごめんねー」

「……………っ」

 その生徒との間に不穏な空気が流れ始めた。

 みっちんも原因を察しているらしく。

 二人を止めようと間に入る。

「ふんっ!」

「はんっ!」

 互いに鼻で挨拶をし、そのまま歩き始めた。

「ねぇ、リョーコォー。まだあの事で仲直りして無いのぉ?」

「してないし、する必要も無い」

「だめだよ、仲良くしなきゃ。仲の良かった部活の仲間でしょ?」

 今すれ違ったのは涼子が2年の時の部活の仲間だった生徒。

 今はその部活をやめてしまったが。

 当時はとても仲がよく、二人で組んでいた。

 そんな涼子が所属していたのは卓球部だった。

「ねぇ、リョーコォー……」

「しないったらしない! しつっこいわね!」

 珍しく彼女が声を荒げた。

 廊下中の視線が涼子に集まる。

 みっちんも流石に驚いたのか、ピクリとも動かない。

 しまった、と後悔した涼子。

「………ゴメン。ちょっと言い過ぎたわ」

「ううん、良いの。私も掘り返しちゃだめだよね。あんな事」

 今のような状況になったのは。

 思い出したくも無い過去だった。

***

 さて、昼休み。

 涼子は学食にいた。

 みっちんは放送委員の仕事で昼休みの放送をするために放送室に。

 涼子は今日もBランチを食べようと思っていた。

「この時間なら、あの子がいるはずなんだけど……」

 そう言って周囲を見回す。

 いた。

 友達四人とたむろっている。

 塚原 真がいた。

 そろりそろりと背後に近づく。

 その中の一人、金髪の少女が涼子に気付いたようだが、言わないように唇に人差し指を当てる。

 さあ、気付いていない。

「つっかはらくぅーん!」

 ひっ、と息を飲む声がして。

「何するんですか!」

「ちょっと来て」

「はいぃ!?」

「ちょっと彼借りるわね」

 真が連行された。

***

「で、何なんですか。いきなり」

「ちょっと聞きたいことがあってね」

「聞きたいこと?」

 どうも真剣に悩んでいるらしい。

 真も付き合うことにした。

「ねぇ、進路ってどう考えてる?」

「進路ですか? ………正直何も。て言うか、俺一年ですよ? 一年の時から進路を考えるだなんて」

「そうよねぇ……」

「何? 進路で迷っているんですか?」

 涼子は無言で頷いた。

 この涼子はここまで悩むのは珍しい。

 よほど進路で迷っているのだろう。

「何か趣味とか無いんですか? それを延長するとか」

「趣味の延長を仕事にしたくないのよ」

「はぁ」

「趣味は趣味、仕事は仕事でしょ?」

 意外とまともな答えが返ってきた。

「それに」

「何よ」

「進路なんて俺に頼まなくても、自分の中にあるんじゃないですか?」

「私の?」

 涼子は考えた。

 一体自分は何をしたいのか。

 それが分からないのだが。

 でも、相談して少し気分が晴れた気がした。

「ついでにもう一個良いかしら?」

「もう一個?」

「ん。こっちはちょっと深刻かな」

***

「なるほど……」

「そ」

「友達と重大な事でケンカした時に仲直りの方法……ねぇ」

 いつの間にか悩み相談になっていた。

 正直真は彼方と大きなケンカをしたことがなかったし。

 それは時間が解決してくれると、涼子に告げる。

「ダメなのよ、それじゃ」

「ダメって……その友達が転校するとか?」

「そうじゃないけど、とにかく時間が解決しちゃダメなのよ!」

 これほどまでに真剣な涼子を真は見たことがなかった。

「あの、涼子さん……?」

「あ、あー。ゴメンね。うん、ゴメン」

「……何か、変ですよ」

 適当に返事をする。

 ちょっとだけ元に戻ったようだ。

 その後も涼子はいつもと変わらない様子を見せていた。

 そうして、午後の授業に差し掛かった。

***
 
「じゃーねー、リョーコー」

「あー、うん」

 みっちんが教室から出た。

 午後3時50分。

 残っている生徒は少ない。

 皆部活か委員会の仕事で教室を出たのだ。

 涼子も帰るために教室を出る。

「あーあ、なーんか気乗りがしないわ」

 一人で廊下を歩く。

 ふと、無効からも女性とが歩いてきた。

 その生徒と目が合った。

 それは体育の時にすれ違ったあの生徒だった。

「あ」

「………何よ」

「べ、別に」

「ふんっ」

 その生徒が去ろうとした時。

「………あの時の事、忘れてないわ」

「で、でもアレは!」

「今更言い訳する気なの? 私は」

 生徒が涼子を睨み。

「貴方を許さない!」

 強く吐き捨て、生徒は立ち去った。

***

「あ、おかえりぃ〜」

 寮に戻ってきた。

 風華が出迎えるが涼子は元気が無い。

 階段を静かに昇り、部屋に閉じこもった。

 何時だろう。

 何時からだろう。

 こんなにも辛くなったのは。

 自分の犯した過ちが怖くて。

 それが後から追ってくるのが怖くて。

「浩之………か」
 
 そこには今の状況の鍵を握る男と涼子、先ほど別れた生徒が写っている。

 この頃は良かった。

 皆仲良く、過ごしていた。

 でも。

 あの曇りの日だけは忘れない。

 いや、忘れてはいけない。

 あの日を境に全てが狂ったのだから。

「涼子ちゃーん? りょーおーこーちゃーんー!」

「あ、ああ、はい?」

「入るよー」

 風華が入ってきた。

 その手には2つのドラ焼きが。

「食べる?」

***

 風華と涼子がドラ焼きを食べる。

「何があったか知らないけど、元気だそうよ」

「そうですけど……ね」

 やはり元気が無い。

 いつものハチャメチャっぷりから見るとかなりへこんでいるみたいだ。

 風華にはただそれを聞くしか出来なかった。

 そうすることで寮の皆が明るくいられるのなら。

「だけど、ごめんね、風華さん。ちょっとこれだけは今は話せないのよ」

「そーなの……。辛くなったらいつでも声かけてね。相談にのるから」

「大丈夫かなぁー……」

「む」

 風華が膨れる。

 少しづつだが調子が戻ったか。

「冗談よ。頼りにしてるわ、風華さん」

「任せろー」

「ふふ、そうね」

 風華と涼子は一緒に部屋を出て、一階に降りた。

 もうちょっと、皆を頼ってみよう。

 涼子は心の中で考えていた。


(第三十一話  完)



  トップへ