第三話 亜貴とライバルと

 土曜日。

 真は眠っている。

 世間のPTAはゆとり教育に少しながら反感を抱いているようだが。

 真達学生にとっては嬉しい限り。

「うへへへへ……」

 正直気持ち悪い声を出す。

 これが寝言でなかったら周囲から引かれているだろう。

 ぷに。

 何かが真の頬をつついている。

 むに。

 今度は引っ張っている。

 ぎう。

 つねられる。

「痛い!!」

 真が目を覚ます。

「なっ……なななな……」

「………」

 杏里だ。

 杏里がそこにいた。

 何をしているのか訊ねようとしたところ。

「………」

 逃げられた。

「何だったんだ……一体?」

 起き上がる真。

 つねられた所をさすってみる。

「………痛」

***

 食堂に下りた真。

 皆揃っていたが……。

「………あれ、一人足りない」

「ああ、あっきーね」

 亜貴がいないのだ。

 真は納得した。

 話によると亜貴はもうバスケ部の練習のために出たという。

 ま、寝坊した塚原君は知らないわよねぇ」

「言わないでくださいよ、和日先輩」

「ねー、涼子先輩」

 和日が涼子に言う。

 そのやり取りを軽く流して、真は杏里に声をかけた。

「杏里先輩、さっき……」

「……」

 避けられた。

 嫌われている?

 何かしたっけ?

 真はそんなことばかり頭に浮かんできた。

「んにゃ? どしたの?」

「何か杏里先輩が避けてんですけど……」

「ああ、彼女なりの愛情表現なのよ」

 どうもそうは思えない。

「頬をむにむにしたりとか?」

「イエス」

「頬をぷにぷにしたりとか?」

「イエス」

「頬をつねられたりとか?」

「それは違うかもね」

 やっぱりそうか。

 流石に最後のは違うだろうと。

「……」

 杏里が真を見ている。

「何か?」

「……起きなかったから」

 頬をつついたり何をしても起きなかったから、杏里は真の頬をつねったのだ。

 真が悪い。

「みなさーん、ご飯出来ましたよ〜」

「今日は私が手伝いました」

 ひなたと沙耶が出てきた。

 朝食を並べていく二人。

 今日の朝ごはんはごはんと鮭、ほうれん草の胡麻和え。

 さすがひなた。

 どれもこれも美味しそう。

「それでは皆さん、いただきます!」

 朝食を食べ始める。

「そうそう、塚原さん」

 ひなたが箸を置く。

「今日から部活ですね」

「あー、そうですね。今日の午後からでしたよね?」

「はい! 良かったら一緒に行きましょう?」

 そうしてくれるとありがたかった。

 正直今日が初めてなので少し心細いのだ。

 真がほうれん草の胡麻和えに箸を伸ばす。

 が。

 和日の箸とぶつかった。

「…………」

「……あの」

「箸をどけなさい」

「ええっ!?」

***
 
 その頃の亜貴。

「へぶし!」

 くしゃみをしていた。

 四月とは言えまだまだ肌寒い。

 亜貴は寒いのが苦手なのだ。

「よく体を温めとけよ。午後から他校との練習試合なんだからな」

「あ、はい」

 部長に言われる。

 亜貴は現在バスケ部おレギュラーとして頑張っている。

 それもこれも努力の賜物だった。

 彼が得意としているのはステップ。

 特に横ステップ、つまりはフェイントをかけるのが得意なのだ。

 他は特に秀でた物は無い。

 しかし彼はステップに関しては、並々ならぬ努力を積み重ねていたのだ。

 それに関しては、彼には超えなければならない奴がいるから。

「はぁ……」

 ため息をつく。

「どうした? お前がため息をつくなんて珍しいな」

「まあ、な」

 あいつの事を思い出しただけでも、ため息が出てくる。

 どうしてこんな関係になったんだろう、と。

 そもそもどうして自分はあんな奴と関わったのか。

 分からない。

 気が付けば既に10時半。

 そろそろ午後に備えての休憩時間だ。

 これからの休憩時間、皆それぞれ好きなことをするだろう。

 大富豪をする者。

 ババ抜きをする者。
 
 ゲームをする者。

 寝る者。

 亜貴は。

「………」

 一人で練習をしていた。

 ボールの音が体育館に響く。

「亜貴、練習か。午後まで体力残しとけよ? ほどほどにな」

「ああ」

 亜貴が走る。

 ステップを踏み、ゴールにレイアップを決める。

 まだだ。

 まだこんな物じゃあいつを超えられない。

 あいつは、この学校で唯一「ダンク」の出来る男だから。

「くそっ……」

 皆くつろいでいた。

 そこへ。

「へぇ、まだ練習やってたんだな」

 空気が凍る。

 忘れるものか、この声を。

 亜貴は振り向いた。

 彼の表情が凍る。

 そこにいたのは、通院していたはずの北条 智樹がいた。

「お前……」

「ハッ、驚いているな、亜貴。もうリハビリも終わった」

 智樹は昨年の12月に左足首を骨折。

 全治1ヶ月の怪我を負い、その後は血反吐が出るようなリハビリを行なっていると聞く。

「そこで、だ。お前、ちょっと俺の相手しろよ。なまっていたら嫌だしな」

 バッシュを履く。

 体を動かし、準備万端といったところだ。

「………後悔するなよ?」

「ハッ、その言葉……そのまま返してやるぜ!!」

 亜貴がボールを受け取る。

 そのまま攻める。

 智樹に対して戦術などは無用。

 己の意思が赴くままに攻めなければ負ける。

 ステップで智樹を翻弄する。

 やはりリハビリを終えたとしても、まだ本調子ではないらしい。

 前まではしつこくついてきたものだったが。

 智樹を抜いた。

 彼のステップが本領を発揮した瞬間だった。

 そのまま一直線に走る。

 このままいけば勝てる。

 そう思っていたが。

 亜貴はステップが得意。

 それと同じように智樹にも得意なものがある。

 それは。

「………しまっ」

 驚異的なダッシュで追いつき、ボールを奪う。

 そう、智樹の得意なものはダッシュ。

 この加速力は試合でもかなりの脅威となっている。

 それは敵も味方も同じ。

 これだけのダッシュの持ち主。

 敵陣を切り開くには最高の逸材。

 もっともこの加速力も亜貴のステップと組み合わせれば更に効果は上がるのだが。

 二人は犬猿の仲。

 組むことは無い。

 さて試合の方は、亜貴がゴールに迫っている。

 そして勢いよく跳び、ダンクを決めてみせる。

「ふむ……、ま、なまっちゃいないな。今日のところはこの辺にしておく。次回の練習からは俺も出るからな。覚悟しとけよ、亜貴」

 智樹が去った。

 亜貴にとっても午後の試合前に良い運動になったが。

 何故かすっきりしない。

 負けたことに対してではない。

 4ヶ月。

 4ヶ月ものブランクがあった智樹に負けた。

 自分は何をやっているのだろう。

 亜貴はその場に座り込んだ。

***

 午後。

「ささ、早く行きましょー」

「あ、はい」

 真はさくら寮を出た。

 道場まで、歩いて7分ほど。

 てくてくと、道を歩く。

「それにしても、本当に良かったんですか? 弓道部で」

「まあ……その……良かったんですよ、ええ」

 挙動不審になる真。

 ひなたを見る。

 完全に彼はひなたに惚れていた。

 と、まあそんなこんなで弓道場が見えてきた。

 さてさて、今日の練習はどうなっているか。

 と、彼女はある異変に気付いた。

「どうしたんですか、ひなた先輩」

「ちょっと、良いですか?」

「ふへ!?」

 急ぐひなた。

 道場はしまっていた。

 もう練習時間だ。

 開いていなければならないはずだが。

 と、道場の入り口に張り紙が。

『今日の練習は無しよ(ハート)』

 二人は凍った。

「あぅ、よーちゃん先輩の字だ」

 そもそもどうして自分の所に連絡が来なかったのか。

 彼女は頭をかしげた。

***

「あー、そう言えば」

 涼子が声をあげた。

「どうかしたんですか、涼子先輩」

「実は弓道部の陽ちゃんから伝言預かっていたんだわ」

「伝言……? お姉ちゃん、それって…」

 沙耶は嫌な予感がした。

「うん? 今日の部活休みだって」

「……何時聞いたの、それ」

「昨日よ」

 犯人は彼女だった。


(第三話 完)


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