第二十八話  雨の降る日

 木曜日。

 来週は各部活で関東大会地区予選がある。

 もちろん真の所属する弓道部も。

 この日も依然として雨が降り続いていた。

 雨脚は弱くならない。

「えー、今日は全ての部活は活動を休止し、授業も4時間目で終わりとします」

 と、真由の知らせ。

 それに沸き立つ1年4組。

 ちなみに今は一時間目の前の休み時間。

 帰るのが楽しみである。

 さて一時間目は国語。

 このまま真由は授業をする事に。

 ちょっと早めに始まり、ちょっと早めに終わる。

「じゃあ前に出て漢字を全て書いてもらおうかしら〜」

 いつもどおりどこか軽い真由。

 ん〜ふ〜ふ〜、と不気味な笑いを浮かべ。

 眠っている生徒を指名する。

「いいんちょに決めた!」

「くー……」

 が、真は寝ている。
 
 こんな事だから委員長と言う役を押し付けられるのだ、真。

 後ろの席に座っていた瑞希が真をゆする。

「くー……」

「起きなきゃまずいって、真!」

「くー…………んぎゅ」

 何かがつぶれたような声。

 目を覚ました。

 そして真由に誘導され黒板の前へ。

 漢字を書いていくが。

 汚い字、読めない。

 結局そのまま真は朗読をしていた。

***

 二時間目、数学。

 今回は方程式の問題。

 ちんぷんかんぷん。

 分からない。

 が、どうにか瑞希や遥のアシストで乗り越えることが出来た。

 本当に委員長としてどうなんだ、真。

***

 その後雨脚は強まるばかり。

 急遽次の3時間目で帰らされることに。

「次の3時間目で帰れるのか。いやぁ、楽だったな」

 彼方が言う。

 彼のサッカー部も雨では活動できない。

「では、私の家にでも来ませんか? 彼方様」

「へ?」

 何か微妙な展開に。

 瑞希も真もいそいそと帰り支度をする。

 まだ3時間目があるのに。

 雨なのでどうしてもだるくなるが、これで帰れると思うと。

「あーぁ……あふ」

 あくびが出た。

「塚原くん、大丈夫? 何だか眠そうだけど……」

「大丈夫、大丈夫……」

 どこが大丈夫なのか。

「はい、お前ら席につけぇーい」

 先生が入ってきた。

 地理か。

 真が一番憂鬱になる授業。

 頭の中で別のことを考えてみる。

 そんなことだから地理の平常点が4点と低いのであるが。

 で、いつの間にか眠っていた。

「ん……やめ、……。ふーねぇ、さゆねぇ……。んきゃあああああああああああっ!?」

 びくん、と体がはねる。

 はっとなる。

 授業は、終わっていた。

「どうかしたか、真。なんか、ずいぶん顔が悪いぞ?」

「それを言うなら顔色だと思うけどな、彼方」

 瑞希が突っ込む。

 確かに今の真は顔色が悪い。

 汗がダラダラと流れている。

 冷や汗だろうか。

「それにしても、寝言、凄かったですわよ? 下僕一号のくせに」

「何か、言っていたのか……」

「うん。ふーねぇとか………それって風華さんのことよね?」

 遥が人差し指をあごに当て考える。

 不思議なのはもう一人の方。

「さゆねぇって……」

「きゃああああああああっ! やめてやめてやめてー!」

 真が叫び、震え上がる。

「何があったんだ?」

「思い出したくも無い……」

 軽いトラウマだった。

 幼少の頃真はいつも風華ともう一人の女性に巻き込まれていた。

 真よりも6つ年上、今だとちょうど21か22になっている。

 そんな人。

「さ・ゆ・ね・ぇ」

「ひいいいいいいいいいああああああああああああああああっ!」

 面白い。

 真がここまでおびえる人。

 ちょっと見てみたい彼方たちだった。

***

 そんなやり取りが終わり、真は彼方と瑞希、七海と遥のいつものグループで昇降口にいた。

 外の雨は依然として強い。

 真は自分の傘を手に取る。

「と、これは他人の傘だわ……。俺の俺のー」

 と良い調子で探していくが。

 数分すると顔が青ざめてくる。

 必死になっていろいろなところを探す。

 そう、傘が無いのだ。

 彼方が試しに「忘れたんじゃねぇの」と言ってみるが。

 あいにく真も雨が降っているのに傘を差さないで出てくるようなバカじゃない事を付け加えておく。

「とられたのではなくて? よくそういう輩がおりますのよ?」

「鈴原さんの言う通りかも……」

 目の前が暗くなる。

 このままどしゃ降りの中、帰るのだろうか。

 そんな事すれば風華が確実に怒る。

 ダース単位のビンタが飛んでくる………………ことはないか。

「どうしよう……」

 と、遥が動いた。

(はっ! 塚原くんが困ってるわ………。ここで助けたらもしかして……)

 きゃーきゃー、と首を振る。

 傍から見ると結構怖いぞ、遥よ。

「つ……ちゅかはらきゅん!」

 噛んだ。

 言い直す。

「塚原くん!」

「んぁ? どうかしたの、有馬さん」

「あの、良かったら……私の傘、使っても……良い……よ?」

 小声で彼方と瑞希が「おぉっ!」と呟く。

 その申し出を断る理由など無い。

「ありがとう! いやぁ、助かるよ」

 傘を受け取り、外に出る。

 目的を達成できた事で、遥は至上の笑みを浮かべた。

「あ、そうだ」

 真が戻ってくる。

「ん」

「はい?」

「いや、だって傘無いでしょ? どう見ても」

 真が傘を差し出す。

 この繋がりはもしや。

「一緒に入れば良いのに………」

 ぽつんと呟く真。

 その言葉に一瞬だが遥の脳が真っ白になる。

 一緒に?

 入れば?

 で、彼方と瑞希は「キターっ!」と叫んだ。

 その意味を理解した瞬間。

 遥は卒倒した。

「ちょ、有馬さん!? 有馬さーん!?」

***

 雨が振るなか、遥は目を覚ました。

 昇降口で倒れ、その後の記憶が無い。

「ん、ん……にゅ」

 気が付くと外だった。

 見ると誰かの背中が目の前に。

「気が付いた、有馬さん?」

「塚……原くん? あれ、どこ?」

「あー、寮に帰るとこ。大変だったんだから。ここまで背負ってくるの」

「あの、大丈夫だよ? もう大丈夫だから」

 遥が降りようとするが。

「いや、もうすぐ寮だからさ。何か飲んでけば? 冷えてるでしょ」

 言うと、木造の建物が見えてきた。

 真が指を指す。

 さくら寮が、そこにある。

***

「ただいまー……よいしょ、と」

 遥をおろし、玄関に腰を下ろす。

 靴を脱いで。

「さ、上がって良いよ」

「あの、でも……」

「ん〜ふ〜ふ〜、しんちゃーん。お・か・え・りぃ」

「んぎゃっ!」

 風華だ。

 何故か背中にへばりついてきた。

 一緒にレンが頭に乗る。

「あら、お友達? ……えと、有馬さんだ!」

「あ、はい。その節はどうも」

 この間風華が教室に来て簡単なバイキングになった時以来だ。

 風華がその様子を見てタオルを用意する。

「どうぞ、上がっていーよ」

「じゃあ、お言葉に甘えて……」

 遥が靴を脱ぐ。

 どこか古風な感じのするつくりに遥は見とれていた。

 彼女は新しい物よりもちょっとだけ古い建物などに興味があるとか。

 リビングに足を運ぶ。

 そこには涼子が寝転がっていた。

 いつもの事ながら、何故涼子が一番にいるのか。

 まあそれ以上気にはしないが。

「あら、塚原くん。おかえりぃー」

「あー、ただいまです」

「あら……? あらあらあらぁ〜?」

 涼子が立ち上がり、遥を上から下からじろじろと見る。

「あ、あの……?」

「ふむふむ……。ちょっと、良い? 塚原くん」

 真をつれて部屋の隅に。

 そして小声で話し始めた。

「やるじゃないの。隅に置けないわねぇ」

「…………何か勘違いしてませんか? 俺はただ傘を貸してくれたお礼に寮によって行かないかって、誘っただけで」

「いーのよ、いーのよ。皆まで言うな」

 ふと涼子の熱い視線が真に注がれる。

 で、こんな事を言った。

「………頑張りなさいよ?」

「はぁっ!?」

 涼子は足早に真の隣から去った。

 何だかへんな誤解をされているようだが。

 遥は椅子に座って風華の入れてくれたお茶を飲んでいる。

 すると玄関の扉が開く音が響いた。

 顔を出したのはひなたと杏里、和日だ。

「あら、お客様ですか」

「どうも、お邪魔してます」

「ふーかせんせー、ただいまー」

「ん〜、おかえりぃ〜」

「あらなーに、塚原くんのこれ?」

 和日が小指を立てる。

 その場にいた皆が固まった。

 空気が凍る。

「あ、あら? 何、この空気……」

「ち、違いますよ、和日先輩!」

「え、違うの?!」

 和日が驚く。

「じゃあ将来の彼女だー!」

「えー! しんちゃんの彼女はお姉ちゃんだよぉー?」

「ちょ、あんたもドサクサに紛れて何言ってるの!? やめてよ!」

 またいつものパターンだ。

 今回は涼子がいないだけマシだが。

「それも良いかも……」

 小声で言うがとりあえず誰にも聞こえていないようだ。

 ふと遥の横にひなたが立つ。

 その表情は柔らかく笑っている。

「すいません、落ち着けなくて……」

「あ、大丈夫です」

 遥とひなた。

 どこか似ているこの二人。

 すぐに仲良くなれそうだ。

***

 外の雨が少し弱くなったようだ。

 遥はそろそろ帰ることに。

「えー、お昼ご飯食べていけば良いのにぃー」

「でもあまり遅くまでいても悪いですから……」

 遅くといってもまだ昼。

「それじゃあね、塚原くん」

「あ、うん。また明日」

 玄関を出る。

 すると沙耶と亜貴と遭遇した。

「……」

「あ、どうも」

「こちらこそー」

 軽く挨拶をして別れた。

「ねえ、今の、誰?」

「さあ? 俺が知ると思う?」

「ううん、全然」

「ああ、そう」

***

 家に着いた遥。

 今までのことを頭に浮かべた。

「はふ……」

 思い出しただけでも頬が赤くなる。

 初めてさくら寮に入ったがあれほど楽しい場所だったとは思わなかった。

「私もさくら寮に入ろうかなぁー……」

 そんなことを考える。

 少しづつ。

 少しづつだが遥は真に惹かれているのだろうか。


(第二十八話  完)


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