第二十五話  真と風華の姉弟ゲンカ

 6月5日、水曜日。
 
 その日は朝から曇っていた。

 そろそろ梅雨入りだろうか。

 もそもそと起き上がると、真はだるそうに制服に着替える。

「おはよー……」

「ん、しんちゃん、おはよ」

 風華が朝ごはんを用意していた。
 
 眠そうに目をこする真を横目に、風華は食事の用意をしていた。

 今日の朝ごはんは白米、味噌汁。

 そしてサバ味噌。

「……サバ味噌? 何で?」

 特に理由は無い。

 真は白米を口に入れ、味噌汁を飲む。

「おはよー」

「涼子ちゃん、おはよ」

 他の皆も起きてきた。

 唯一和日が寝坊していたが。

「ちょ、ふーねえ!」

 突然真が声を荒げる。

 風華はお玉を手に顔を出す。

 何事かと。

 見ると真は肩を震わせている。

「これ、なに!?」

 真が指差したのは。

「お味噌汁」

「そうじゃなくて!」

 細かく言うと真が指差したのは、味噌汁の具だった。

 そこには紫色の野菜が浮かんでいた。

 ナスだ。

「俺、ナスが嫌いだってこと……忘れてた?」

「ん」

「しっかりしてくれよ……」

「しっかりしてるもん。お姉ちゃんだから」

「どこが!?」

 何だか危ない雰囲気に。

 最初は小言の言い争いだった。

 終いには。

 そっぽを向いてしまった。

 どたどたと上に上がりかばんを取り。

「行ってくる!」

「いってらっしゃい!」

 見事に息のあった掛け合い。

「ねえ、あれってケンカしてるの? そうじゃないの?」

「さあ、そんなこと知らないわよ、姉さん」

 真は寮を出た。

 ケンカと言うのは実に些細な事でおきやすい。

 しかしながら真はこの後、色々と災難に会うこととなる。

***

 教室。

 真は机に突っ伏した。

「よう、真! 朝からローテンションだな、おい!」

「……ああ、彼方か」

 ローテンションと言うよりも、元気が無いというか。

「おはようございますですわ〜、彼方様」

「あ、おおおおおおっ!?」

「朝から見せ付けてくれるな」

「お黙りなさいな、下僕一号」

 冷たい視線。

 何だ、この扱いの差は。

「で、何でそんなにテンションが低いんだ?」

「あー、ちょっとな」

「どうせ寝坊でもして、朝ごはんを食べそびれたのでしょう? 朝ごはんはちゃんと食べないと体が弱まるだけですわ」

「違う」

 だけどそこから先は言わない。

 風華とケンカしたとは言えない。

 そのあとも七海のお小言が延々と続く。

 暫くして遥も合流して。

「そっか、塚原君朝ごはん食べてないんだ」

「まあね」

「お昼まで乗り切れるの?」

 正直不安だった。

 絶対途中でバテると思う。

 まあサイフがあれば学食で朝ごはん分ガッツリ食べればいい。

 そう言うことにしておこう。

***

 さくら寮。

 風華は寮の掃除をしていた。

「でねー、しんちゃんったらひどいんだからー」

「にゃー」

 レンに対して愚痴っていた。

 ネコに愚痴を言っても仕方ないというのに。

 二階に上がり、掃除のために布団を片付ける。

「あーあー、もうぷんぷんだよ」

「にゃー、にゃ」

 レンが何かを加えてきた。

 風華はそれを手に取る。

 黒い外見で、ジッパーがついている。

「これってー……」

 風華はそれをポケットに入れた。

***

 さて、午前の授業が終わった。

 今から昼休み。

 真は彼方と学食へ行こうとしていた。

「おう、真。いこーぜ」

「ああ、ちょっと待ってろ。サイフサイフー……を?」

 カバンをひっくり返す。

 中からはビックリマンチョコやジャンプが出てくる。

「うお!? サイフがねぇ!」

「マジか! 盗られたんじゃねぇの?」

「うはー……マジかよ……」

「自業自得ですわー、そんなの」

「塚原くん……」

 遥は自分の席に戻り、鞄の中から弁当箱を二つ取り出した。

(今がチャンスよ。今日「ちょっとだけ」作りすぎちゃったこのお弁当を塚原くんにあげれば……)

 もちろんわざと作りすぎたのだが。
 
 こんなに活動的だったのか、遥よ。

 さあ、仕掛けよう。

 遥は二つの弁当箱を手に真のところへ。

「つっ、塚原クーン。あのね、今日ね」

「おーい、いいんちょ」

「佐野? どした」

 遥の声がかき消された。

 その場に座り込む遥。

 七海が「何をしてるんですの?」を声をかけても無反応。

 負けた。

 遥は負けてしまった。

「お客さんだけど」

「客? 涼子先輩かしら。それともひなた先輩?」

 残念。

 そのどちらでもない。

 そこにいたのは、風華だった。

「んなっ、ふーねえ!」

「………」

 見るからに不機嫌な風華。

 気まずい。

 朝のことが尾を引いているのだ。

 重い空気が流れる。

「はい」

 打ち破ったのは風華だった。

 そう言うと重箱を差し出す。

 重箱を。

「……何、これ?」

「お弁当と……ん、忘れ物」

 そう言うと小さな入れ物を差し出す。

 それは。

「うお、サイフだ! どこに……」

「お部屋にあったよ?」

 ただ単に真が忘れただけだった。

 朝、イライラしていたから忘れたのだ。

 今回の事、全面的に真が悪い。

 そのことに真も気づいたようで。

「ふーねえ、ごめんなさい」

「ん、もういいよ。ねー」

 何だかあっさり許してくれた。

 すっかり気が抜けてしまったが。

「あー、ふーねえ?」

「なーにー」

「その、さ、飯くらいここで食ってけば? 来たんだし」

***

 真由は廊下を歩いていた。

 これからホームルーム。

 今日はいうことがたくさんある。

 まずは学園祭の事。

 そして関東大会地区予選時の学校の事など。

「はいー皆、せきに」

 その教室の状況を見た真由は表情が固まった。

 なぜか教室がバイキング会場になっていた。

 説明すると、風華の作ってきた5段重箱と遥がわざと作りすぎた弁当で、教室は盛り上がっていた。

「な、な……」

「あー、あの時の先生! どうもー」

「えと、いいんちょのお姉さん……」

 もう他のクラスはホームルームを始めている。

「先生もどうですかー?」

 せっかくなので呼ばれてみる。

「まあ、美味しい。これ、どうやって?」

「秘密ですー」

***

 授業が終わり、部活へ行こうと真は靴を履いた。

「塚原さん」

「ひなた先輩」

「部活、行きましょー」

 明るく振舞っているが。

 どこか様子がおかしい。

 二人並んで道場へ。

「何か、あったんですか?」

「ふぇ。別に、何も」

 怪しい。

 いつもならば色々な話で盛り上がるのだが。

 最近何かあったかと。

 頭の中で色々考えてみるが。

 特に何も無いか。

 道場が見えてきた。

「あの、何かあったら言って下さい。俺、出来る限り相談に乗りますから」

「ありがとうございます」

 いつもの笑顔。

 それが逆に痛々しくて。

 ひなたは道場の中の更衣室に入っていった。

 

(第二十五話  完)


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