第二十二話  真とレンと風華とひなたと

 さて5月25日。

 今日は土曜日。

 かなり早めの梅雨入りになりそうなのが朝から空は曇っている。

 亜貴、沙耶、杏里の3人は部活。

 涼子と和日はショッピング。

 寮に残っているのは真と風華とひなたの3人と。

「にゃー」

 レンだった。

 ここのところテストで勉強三昧だったから今日くらいは遊んでも良い。

 真は部屋でごろごろしていたのだ。

 遊んでも良いと思っても、実際は遊ぶものなど何もない。

 ゲームボーイは実家にあるし、漫画も読みつくしてしまった。

 かといって買うほど購買意欲があるわけでもない。

 だから彼は部屋でごろごろしていた。

「あー……だりぃー……眠いー……」

 とてつもなくやる気のない声を出し。

 ゴロンゴロンと部屋の中を転がる。

 これが他人の家ならば迷惑極まりないのだが。

 そういえば、と。

 ふと真は思い出した。

 宿題があったはず。

「確かこの辺に……」

 あった。

 手にはぐしゃぐしゃになったプリントが。

 しまった、やる気が出ない。

 考えた結果、後回しにすることに。

 後でやればいいやというその考え、誰でも一度は持ったはず。

 後で出来たためしがないのだが。

 そんな感じで惰眠に入ろうとしたとき、部屋のドアがかすかに揺れている。

 何か、いる。

 第6感が告げている。

 何かがそこにいる。

 昔からさくら寮のような木造の建物には何かが住んでいるという。

 科学では証明できない何かが。

 真はけだるいその体を起こし、恐る恐るドアを開けた。

「ひっ……」

 すぅ、と息を吸い込んで。

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああっ!!」

 吐くと同時に叫び声をあげた。

 下から風華とひなたが駆けつけた。

 何か大惨事でも起きたのだろうか。

 が、実際は違った。

 大惨事どころか大した事件でもなかった。

 ただ単にレンが真の顔に飛びついたのだ。

 つまりは驚いた真があんな声を出したという情けない真実がそこにはあった。

「もー、うるさいよー」

「塚原さん、大丈夫ですか?」

「レン……は・な・れ・ろぉぉぉ……っ!」

 レンを引き剥がす。

 じたばたと暴れている。

「どうして俺にこんなに懐いてんだよ、この猫は!」

「きっと、塚原さんのことが好きなんですよ」

 ひなたが言う。

 まあ、猫は嫌いじゃあない。

 どちらかといえば好きだが、これは少し異常ではないか?

 元々は風華が拾ってきたレン。

 風華にだってもっと懐いていいはず。

 いや、懐いてはいるのだが。

 真にだけ異常なまでに懐いている。

 何かしたのか、真よ。

「いや、別に何もしてねぇけど」

 そういった矢先、レンが真の足元で丸くなっている。

「ふーねぇが拾ってきたんだからさー、どうにかならない?」

「どうにもならないよー? だって目を離すとすぐにしんちゃんのところに行くんだもん」

 これはいよいよもって対策を練らねば。

 このままではせっかくの休日が散々なものになりそうだから。

***

「と、言うことで第1回さくら量会議を開きます」

「はい、はーい!」

 風華が手を挙げる。

「はい、ふーねえ」

「会議って言っても私たち3人しかいないんだけど……」

 現在、寮にいるのは真とひなたと風華の3人。

 ちなみにレンはソファーの上で寝ている。

「あのー、会議をするほどのことでもないと思うんですけど……」

 ひなたがおずおずと口を開いた。

 確かに真が我慢すればそれでよいのだが。

 だが先日のテストのときのように部屋の前でみゃーみゃー鳴かれたら集中できるものも出来なくなる。
 
 それだけは勘弁だった。

 幸いその後すぐにテスト勉強を再開できたから良かったものの、あのまま戯れていたら……。

「でもそれって私がレンちゃんを連れてったんだよー?」

 そうである。

 風華がレンをつれて一階に下りたから事なきを得たのもまた事実。

「考えれば、しんちゃんが我慢すればいいのよねぇ」

「は……えっ?!」

「塚原さん」

 ひなたが親指を立てる。

「ファイトですっ!」

 負けるものか。

 真は心に誓った。

 休日を無駄にしないためにも、自分は必ず勝ってやる。

***

 まずは部屋の前に水が入ったペットボトルを置いてみた。

 猫はこの手の物に苦手だという。

 さあ、どう出るレンよ。

 早速レンが真の部屋にやってきた。

 真は扉を少しだけ開け、隙間からのぞいている。

 さあ、どうする。

 するとレンは少し後退し。

 勢い良くペットボトルに突進した。

「にゃー!」

 ペットボトルが倒れた。

「うぉぉぉぉいっ!?」

 まるで漫画のような声を上げる。

 レンにはペットボトルが効かなかったのだ。

 次に決行したのはとにかく自分が部屋にいなければいいのだ。

 部屋から出る真。

 隠れた場所はトイレ。

 ここならきっと大丈夫だ。

 レンが部屋に自分がいると思い込み、真の部屋に向かいこっちには気づかないはず。

 まさに完璧。

「ふふふ……ここならば………ぉ?」

 カリカリカリ。

 そんな音がトイレの中に響いている。

 よく聞くと扉の向こうから。

「ま、さ……か」

 扉を開いた。

 レンがいた。

 真は倒れた。

 へんじがない。ただのしかばねのようだ。

***

 結局のところ何をしても無駄だということがわかった。

 せっかくの土曜日という休日を棒に振ったわけである。

「無駄にしないって決めたのに……結局無駄になったなぁ」

 もうちょっと早くに気づいておけ。

 何だかんだでレンには遊ばれているような気がした。

 こっちは必死なのに向こうはそんなことお構いなしにこっちに懐いてくる。

 つくづく無駄だったんだなぁと、痛感した。

 ああ、疲れた。

 ちょっとだけ眠ろう。

 現在午前の11:40分。

***

「んが……」

 目が覚めた。

 変な時間に寝るものではない。

「いま、なんじだよ……」

 目覚まし時計を手に取る。

 現在午後2時。

 午後2時。

 午後2時?

「はぁぁぁぁっ!?」

 どたどたどたと、一階に降り。

「おはよー」

「……」

「一応起こしには行ったんだよ? ねぇ?」

「はい。でも塚原さん、よく眠っていたので……」

 そう言われれば仕方が無い。

 サランラップが蒔かれている昼食を食べる。

 微妙に冷めていた。

***

 さて、午後も午後とて別にやる事は無かった。

 先ほど寝たばかりだから昼寝をするわけにもいかない。

 ただ部屋でボーっとしていた。

 こんなにも休めたのは実に久しぶりだった。

 今日は幸い部活も休み、テストも終わったためじっくり休もうと思ったが。

「午前はもうつぶれたしなぁ……」

 休めるのはいいが、やる事が無さすぎるのも考え物。

 ごろごろするしかないのか。

 いや、一つだけ暇つぶしになることがあった。

「ビデオ?」

「そう、あの……何て言ったっけ? ふーねえが火曜日に見てるロボットアニメ」

「スカイラグーン?」

「そうそう、それそれ」

 ビデオをセットする。

 まさか姉弟揃ってロボットアニメを見ることになるとは。

 しかも微妙に十四話から。

「好きですねぇ、風華さん」

「ん。ロボットものなら何でも見るよ〜?」

 風華は昔からアニメが好きだった。

 特にロボットもの、勇者シリーズやガンダムなどなど。

 ひなたも特にやる事が無かったので、一緒に見ることに。

 何だか変な構図である。

「あのー、何で主人公さんは戦うんですか?」

「悪の秘密結社に改造されたのよー。それで戦うの」

 主人公は改造人間だった。

 ありがちであるが

『貴様ら、許さんぞ!』

 主人公が叫ぶ。

『フォーーーーーーーーーーーーーース!!』

「ゆにおーん!」

「うぉ、何だ!?」

 いきなり風華が叫んだ。

 ビックリた拍子にリモコンを踏んだ。

 勢いよく早送りされるビデオ。

「あああああああっ!」

 急いで止めようとするも間に合わなかった。

「何するのー!!」

「ひぃぃ、ごめんなさい!」

 ここに姉弟喧嘩が勃発した。

***

 姉弟喧嘩に敗北した真は部屋に撤退した。

 勝てるはずがないだろう。

 と言うよりも風華を殴れるはずが無い。

「ああ、もう」

 負けて悔しいが、勝ったところでうれしい気持ちにすらならないだろう。

 さて、どうしようか。

 やる事が無い。

 やる事がないときにすることといえば一つだろう。

「寝るか」

 そう言うと枕を用意して。

 何気に一時間のうち4分の1を寝てそうである。

 すると、半開きの扉の向こうからレンが顔を出している。

「んにゃー」

「何だよ。まったく、お前のせいで今日は散々な目にあった」

「んにゃ、にゃー」

「…………………………………」

 何かもの凄い目で真を見ている。

 寝ようと思ったのに。

 ぐっすりと寝ようと思ったのに。

 ネコの魔力には勝てなかった。

「おいでおいでー」

「にゃー」

 真が横になるとそれに寄り添うようにレンが丸くなった。

 こうして真の土曜日は終わっていった。

 余談だが彼は宿題をしていない。

(第二十二話  完)


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