第二話  ひなたとカツサンド

 真は迷っていた。

 部活見学から2日が過ぎた金曜日のこと。

 今日は部活動登録締切日。

 あれから全く何も進まなかった。

 教室でうな垂れる真。

「どうしたんですか、委員長」

 顔を上げる。

 遥だ。

 このごろ彼女はやたら積極的に真に声をかける。

 何なんだろうか。

「いやね、部活が決まってなくて……」

「でも、別に入らなくても良いって……」

「それがそうも行かないんだよなぁ……」

 なるべく部活に入った方が良い。

 そうしなければきっと後悔する。

 それは涼子のあの言葉だった。

 いやにあの言葉が脳裏に残る。

 あの時の涼子のいつもとは違う雰囲気に、ここまで鬱になってしまった。

「てか、委員長っての止めてよ」

「遅いですね」

「それど頃じゃないしな」

 悩む真。
 
 が、そこへ現れたお気楽脳が天気な男。

「よう、真! 部活は決めたか〜? 俺か? 俺はサッカー部にするぜ! サッカー部なら女子にももてそうだしなぁ〜」

「うっせ、黙れ、バカ」

 冷たい真の反応。

 流石の彼方もその様子に、

「どうした? 腹でも痛いのか?」

 別段気付いていないようだった。

「もういいよ、消えろ」

 それだけ言うとふいっと顔を背けた。

「何だよ、変なの。なあ?」

「え……? そうですね……」

 突然振られた遥は焦った。

(どうしたものかなー……)

 真は悩んだ。

 それはもう心底。

***

 午前中は色々な決め事で過ぎていった。

 考え中の真にとってはどうでも良かった(実際はそうでもないが)。

 今日も今日で学食へ。

 しかも隣には今なら漏れなく彼方付き。

 一人で考えたいのに。

 そんなことを思っていた。

「お前、今「一人で考えたいのに」って思ったろ」

「な……どうして!? お前さてはNTか!?」

「ちげぇよ。お前って昔から顔に出やすいタイプだからな」

 彼方がAランチを受け取る。

 何時の間に頼んだのか。

 今日の真の昼食はBランチ。

 ちょっと豪華な定食である。

「んじゃ、俺は先に席を確保しておくから。後で来いよ」

「ああ」

 彼方が席の確保に向う。

 さて、どうしたのものか。

 最終手段としてどこにも入らない、と言う選択肢がある。

 が、今の自分はそれを選んではいけないような気がした。

「はぁ〜……今日中だもんなぁ……さっさと決めときゃ良かった」

 ボーっとしながら歩いていた。
 
 そしてお約束な出来事が起きた。

「きゃっ!」

「っと、ごめんなさい……あれ、ひなた先輩?」

「はう……」

 奇跡的にご飯はひっくり返していないようだ。

 軽く肩がぶつかったくらいだったのが救いか。

「ごめんなさい……。俺、ボーっとしていて……」

「あ、大丈夫ですよ。それより悩み事ですか?」

 ひなたに言われ、頷く。

「相談に乗りますよ? どんと来い、です!」

「そうですか……。じゃあ、お願いします」

 真は日向についていった。

***

「遅いなぁ……アイツ」

 彼方はひたすら真を待っていた。

 木藤 彼方。

 実はかなり几帳面な男だった。

***

 彼方が真のことを待っているころ、真はひなたと昼食を食べていた。

「なるほどなるほど〜。部活が決まらないんですね」

 真は静にうなづいた。

「私も迷ったなぁ……部活決めるの」

「ひなた先輩も?」

「うん」

 ひなたは語り始めた。

 自分が弓道部に入った理由を。

 ひなたが1年生の頃、つまりは1年前である。

 やはりその時、ひなたも部活を決めかねていた。

 料理部か、家庭科部か。

 迷っていた。

 この際どちらも同じと言う事に彼女は気付いていない。

 で、ひなたは構内をぶらぶらしていた。

「うう……入るのやめよかな……」

 ひなたは何故か半泣きの状態で校内を彷徨っていた。

 途方にくれるひなた。

 どうしよう。

 そんな事ばかりが頭に浮かぶ。

「もう、入るのやめようかなぁ。入部はしてもしなくても良いんだし……」

 と、その時である。

 ひなたは丁度、ある人の前を通り過ぎた。

 その瞬間、ひなたの鼻を刺激する臭いが。

「………いい匂い……何かしら」

 辺りを見ると、袴を着た女子がカツサンドをほおばっていた。

 時計を見ると12時過ぎ。

 その事を考えたら、空腹が急にひなたを襲った。

 ひなたはじっとそのカツサンドを見ていた。

 流石に相手も気付いた。

 ひなたにカツサンドを渡す。

「良かったら、どうぞ」

 ひなたはぱっと笑い、カツサンドを食した。

「あの、その格好……コスプレですか?」

「あはは、違うよ。私はね、弓道部なの」

「ほへぇ……」

 弓道部。

 弓道部? 

 弓道部!

 これだ!

 彼女は決めた。

 何部に入るかを。

「私、弓道部に入ります!!」

***

「………と、言うわけなんです」

「えぇぇぇぇぇぇっ!? カツサンドで弓道部に入ったんですか!?」

 呆気に取られる真。

 運動部にカツサンドで入部する人なんて聞いた事が無い。

「確かにこの話を聞いた人は全員驚いてました」

 ひなたが言う。

「でも」

 真は彼女の話に耳を傾けた。

「卒業した時に入部してよかったな、って思えるような部活に私は入部したと思うんです。だから塚原さんもそう言う部活に入れるといいですね」

 そうだ。

 だから彼女は弓道部に入った。

 経緯はどうあれ。

 ひなたが食器を片付けようと立ち上がる。

 今言わなければ。

 真は決心した。

「俺、弓道部に入ります!!」

「………ふぇ」

「俺、先輩とだったらそう言う気持ちになれる気がするんです! だから弓道部に入る! うん、そうしよう!!」

 その決意は本物だった。

「あの……そんなに簡単に決めちゃっても良いのですか……?」

「まあ…そうかもしれないですけど」
 でも。

 真はそう言う。

「少なくとも俺はさっき言ったとおりの気持ちが生じるかと」

「分かりました。それはそれで良いとして……」

 ひなたが言葉を詰まらせる。

「何だか告白のように聞こえるのは私だけでしょうか……」

「おおう」

***

「では部活登録の方は私から中沢先生に言っておきます」

「あ、お願いします」

「ちなみに練習は明日から出てください。今日の今日出ろと言っても大変でしょうから」

 確かに今日の今日出ろというのも少し酷と言うもの。

 ちなみに明日は土曜。

 練習は午後から。

 ひなたと一緒に部活に行くことに。

 これで少しは話が進んだか。

 真は明日が微妙に待ち遠しくなっていた。


(第二話  完)


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