第十八話  歴史とカレー戦争

 5月15日、水曜日。

 今日から学園は半日となる。

 これもテストに専念させるためであるが、大抵の生徒はこれを良い事に遊びまわるのである。

 真も本当はそうしたかった。

 しかし彼には時間が無い。

 今日は彼方と遥、佐野と図書館で勉強する事に。

 今日も風華が勉強といっていたが、これでは帰れそうに無い。

 帰ったら何と言えば良いか。

「それじゃ、始めようか」

 それぞれの苦手な教化を勉強していく中、真は参考書を探していた。

 地理の参考書は数学などと違い、地図でも何でも参考書になる。

 もちろん本格的に勉強をするならば、ちゃんとした物が必要だが。

 と、そこで真はある本を見つけた。

 それには「蒼橋学園」と書かれていた。

 中を見るとどうやらこの学園の歴史をまとめた物らしい。

 一ページ目をめくってみた。

***

 蒼橋学園。

 元は蒼橋女学園と言う名前だった。

 設立、昭和56年8月15日。

 終戦より丸10年経過した時、この学園は設立された。

 10年が経過しても戦争の爪痕は酷く、この蒼橋市も酷く建造物等が壊されていた。

 当然の事だが家を失った学生も多く町に溢れていた。

 そこで考え出されたのが寮である。

 当時はコンクリートで寮を作れるほどの資金は無く、木造2階建ての寮が検討された。

 昭和56年9月3日、寮の建築が始まった。

 翌年昭和57年4月30日、蒼橋女学園第一号寮が完成した。

 自宅から通うのが困難な生徒、何らかの事情で通う事ができない生徒がこの寮に住む事となった。

 昭和63年、寮に住みたいという生徒の数が増えたために寮を増設する事になった。

 平成と年号を改めた時代、平成元年の事。

 鉄筋式の第2号寮が完成、更に3年後に第3号寮が完成した。

 第1号寮をこの時「さくら寮」、第2号寮を「もみじ寮」、第3号寮を「まつば寮」と呼ぶ事になった。

 その後、蒼橋女学院は経営的に困難になり男女共学製と言う道を歩む事になった。

 そんな感じでパラパラと読み進めていた。

「何してるの?」

 咄嗟に身がすくむ。

「……沙耶、先輩?」

「驚く事はないでしょう? 勉強しに来てるんだから」

 そういって教化書を見せる。

「それより、何してるのって聞いてるの」

「あ……これ、読んでたんです」

「ああ、この学校の歴史でしょ? 私もそれ、読んだわ」

 沙耶も目を通した事があるという。

 歴史をまとめた書物にしてはもう少しボリュームがあっても良いとか。

 ただ、軽く見る分にはこれ以上ないくらい手軽なのだが。

「というよりも、塚原君はここにそれを見に来たの?」

「え……、わーすーれーてーたー……。それじゃ!」

 慌しく戻っていく真。

 ため息をつく沙耶。

「全く……もう少し落ち着いて行動で機内のかしらね、あの子」

***

 戻った真は彼方にこっぴどく絞られた。

 結局真は何も出来ずに図書館を後にする事となってしまった。

 そんな傷心のまま戻ったさくら寮。

 まだ午後の2時。

 勉強するには十分時間はある。

 今日も地理をやり、その後は現代文・古典。

「彼方から参考書も借りたし、まだ時間はある。やるか」

 ノートを開く。

 すると。

「しんちゃーん」

「アイタタタタタタ………」

 どうして勉強をしようとすると入ってくるのか。

 まさか狙っているんではないだろうか。

 ノートを閉じる。

「どしたの、ふーねえ」

「今日、カレーにするんだけど〜、こくまろでいいよねぇ?」

「は?」

 こくまろとはこくまろカレーの事。

 ちなみに甘口。

 ニコニコと笑顔の風華に対し、真の顔は渋い。

 真の好きなカレーは。

「俺、バーモントが良かったー……」

「ダメぇ〜。バーモントの中辛でしょ? 辛いの食べれないもん」

「じゃあ甘口でも」

「いやぁ〜」

 あくまでこくまろにしたらしい。

 そこで現時点で寮にいるひなた、杏里、和日、亜貴、涼子に意見を求める。

「と、言うわけでみんなの好きなカレーを言ってねー」

 突然のアンケートに戸惑うひなた達。

 ここらで慣れておかないと後々もの凄く大変だと、真のアドバイス。

 風華の独特のテンポについていけるのは家族くらいだと、その場にいた誰もがおもったかもしれない。

「では最初私からで良いですか?」

 まずはひなたから。

「どぞー」

「私はこくまろです」

「やたー、同じぃ〜」

「こくまろハヤシが好きなんです」

 こくまろハヤシはその名のとおりこくまろカレーのハヤシライスバージョン。

 全員が固まった。

「それ、カレーじゃないよぉ」

「え、でもハヤシってカレーの一種ですよね?」

「ハヤシライスとカレーライスは別物ですよ、ひなた先輩」

 どうも知らなかったらしい。

 後々分かった事だが、どうやらハヤシライスとは林さんが作ったカレーの事とおもっていたらしい。

 かなり別物だが。

「………」

 静かに杏里が手を上げる。

「私……ククレカレーが好き」

「ククレー」

 意味の分からない声を出す風華。

 次は和日。

「私はボンカレーだな。手軽だし」

「俺も同じく。手軽で美味しいし」

「ボンカレー入りまーす」

 どこのホストか。

 最後は涼子。

 こう見えて彼女は甘いものが好きなので、真と同じこくまろ甘口かククレだと思った。

 だが。

「私はLEEの30倍」

「LEE? なになにそれぇ」

「ん? 激辛カレーよ」

 こう来たもんだ。

 しばらく討論は続いた。

 最初はどのカレーで夕食を作るかを話していた。

 四枚にはどのカレーが一番美味しいかまで発展していた。

「だーかーらー! りんごとはちみつが一番だって!!」

「違うよぉ。コクとまろやかさが大事なのぉ!」

「はやしさーん……」

「ククレー……」

「もうさボンカレーでいいじゃない」

「だよなー。手軽だし」

「やっぱカレーは辛いのに限るわよ! それ以外は邪道ね」

 と、まあ不毛な言い争いが続いて。

 沙耶が帰ってきた。

「何してるの、皆」

「さやちゃーん! 丁度いいところに帰ってきたわぁ!」

「風華さん?」

「ねね、好きなカレー何?」

 燻し気な顔をする。

 それはそうだろう。

 図書館から帰ってきたらいきなりカレーの事を訊ねられた。

 誰もがそう言う顔をするだろう。

 そして彼女は全てを聞いたのだ。

「なるほどね……。そんな事で争っていたのね」

「何よ、沙耶。あ、一人だけハブられたから」

「違うわよ。手っ取り早い解決方法があるじゃない」

 そういって飲んでいたウーロン茶をテーブルに置く。

「ジャワカレーにすればいいのよ」

 彼女はジャワカレー派だった。

***

 カレー戦争は6時まで続いた。

 全く収まる気配がない。

「ねえ、良い事考えたんだけど」

 風華の提案。

 嫌な予感がした。

「全部混ぜようよ。ね?」

「アイター……」

 そう言うと台所にあるカレールーを全部出してくる。

 見事に全員の食べたいカレールーがおいてある。

 それらを適当に開いていく。

「あー! 私のジャワカレー!!」

「ククレー……」

「はやしさんが……」

「あーあ、明日ボンカレーにしようと思ったのに」

 野菜を切り、煮込んでいく。

 ルーを無造作にかつ適当に、豪快に放り込んでいく。

 どこか嫌な予感がしているが、本当は少し興味が湧き始めていた。

 カレールーを複数混ぜるとどうなるのか。

 これはトリビアになるかもしれない。

 メモを取る和日。

 ぐつぐつと煮込まれるカレールー。

 辺りになんともいえない香りが充満してきた。

 予想に反してかなり良い匂いだ。

「出来たー! ふーかオリジナル!」

「まあ、ごちゃ混ぜにしただけよね……」

 ご飯を盛り、カレーをかける。

 人数分の食器をテーブルに置く。

 今日の夕食はカレーのみ。

「いただきまーす!」

 一斉に口に入れる。

 と、動きが止まる。

「に……にゃあああああああああああああああっ!?」

「ぶふぅっ!! 辛い! 辛い辛い!!」

「く……口がひりひりします」

「………………痛いよぉ」

「げふっ、ごふっ! 何これ……辛い!」

「死ぬ、死ねるわこのカレー!」

「なーにがいけなかったのかしらねー。私は普通に食べれるけど」

 涼子だけが普通に食べている。

 原因は涼子のカレー、LEEの30倍。

 何と言うか、地獄のような辛さなのである。

「みずーみずーみずー!! しんちゃん、みずー!!」

「もう、勘弁してくれ!!」

***

 地獄のようなカレー戦争から一時間後。

 自室に戻った真。

 結局何も出来なかった。

 しかもまだ口の中が痛い。

 辛いのではなく痛いのだ。

「しんちゃーん……」
 
 半開きになった扉から風華が顔を出す
 
「ふーねえ」

「ごめんねぇ」

 それだけ言うと、顔を引っ込める。

 本人も一応の自覚はあるらしい。

 まああのカレーのお蔭で眠気も取れた。

 今日は徹夜が出来そうだった。


(第十八話   完)


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