第十七話  風華と特別授業

 5月13日、月曜日。

 真は発表されたテストの予定を見ていた。

 そして彼は絶句した。

「あ〜……ああっ!? あぁ……」

「大丈夫か、お前」

 ひょいとプリントを取り上げる彼方。

 テスト1日目の1時間目。

 そこにははっきりと地理と書かれていた。

「それでお前、あんなゾンビみたいな声出していたのか」

「仕方ないだろ。あーあ、もういっそ放棄したい気分だ」

「一年でか? そりゃ結構な事で。それはそうと、廊下。見てみ」

 真が廊下を見る。

 そこには何故か風華がいた。

 実は今日、風華がさくら寮に住むための許可を貰いに行く約束をしていた。

 いくら自由な校風が特色のこの学校でも、むやみやたらに外部の人間を寮に済ませるわけにはいかない。

 何せこの世の中だ。

 部外者が入ってきて人が死ぬという事件が多発していたから。

 風華がそんな事をする人間では無いことは外見からでも、発しているほんわかオーラでも見て取れる。

「ああ、ふーねえ。もう行くの?」

「ん」

 重い腰を上げる真。

 二人は職員室へ。

「それにしても」

 残された彼方は、遥に声をかける。

「どう見てもあの二人って姉弟じゃあないよな?」

「へ? あ、うん。そうだね。プリンは美味しいね」

「……話、聞いてなかった?」

「う、ゴメン……」

 どこからどう見ても真のほうが兄に見える。

 風華が姉とは言われなければ分からない。

 それはこれから二人が向う職員室でも同じ事で。

「そう。許可は今すぐにでも出すわ」

 真由が言う。

 そしてちらりと風華を見る。

 風華は出されたお茶をただ見ていた。

 彼女は猫舌。

 熱い物は冷まさなければ飲めない。

「しかし、いいんちょに姉がいたとはね……。それも」

 再びちらり。

「いいんちょのほうが年上っぽいのね」

「あー、それは言わないでください……」

「むむむ! わ・た・しが! お姉ちゃんです!」

 いきなり力強く力説を始める風華。

 自分が姉と言われないことにどうやら軽い怒りを覚えたらしい。

「ごめんねー」

 真由の平謝りで風華も落ち着きを取り戻す。

 何だか居たたまれない真。

 早く終わらせたかった。

「じゃあここにサインと、印鑑を押して……」

「つーかーはーらーふーうーかーっと。ぽんっと」

 無事許可証が発行された。

 これで風華もさくら寮の一員に。

「ところで、風華さんだっけ? 何時まで寮にいるつもりなのかしら?」

「えと、しんちゃんが卒業するまで」

「はぁっ!?」

 素っ頓狂な声を彼が上げるのも無理はない。

 そんな事、初めて聞いたのだから。

 3年も風華は寮にいる。

 これでは対して家にいるのと変わらない。

 周囲の視線がいたいことに気付いた真は、風華に耳打ちする。

「そんな事、聞いてないよ!」

「ん? そうだっけぇ〜?」

「この人は……!」

 どっちにしろ楽しそうな二人のやり取りに真由は。

「本当に仲が良いんだねぇ、二人とも」

「えぇっ!?」

「そうなんですよ〜。昔からしんちゃんは「おねーちゃん、おねーちゃん」って懐いてきて……」

「ちょっ、捏造してる!?」

 しかしあながち間違ってなかったりする。

***

「じゃあ、私帰るねー」

「分かった、と。ふーねえ、頼みがあるんだけど」

 真の頼みとあらば断れないのが風華。

 何々と訊ねてくる。

「地理を教えてほしいんだ。今週の金曜がテストだからさ」

「おけー。お姉ちゃんにお任せなのでーす」

 これが一番微妙だったりするのである。

 しかし風華の頭の良さは真が一番知っている。

 頭はユルいが、結構成績は良いのだ。

「うん、これで大丈夫……かなー? 不安だわ」

 教室に戻った真を待っていたのは質問攻めだった。

 何せ風華が教室まで来ていて、授業終わりの10分休み。

 教室にいたほとんどの生徒が目撃していた。

 以下は寄せられた質問の数々と真の返答である。

Q、あの美人さんは誰よ?

A、俺の姉ですが、何か?

Q、本当に?

A、本当。

Q、嘘じゃねぇの?

A、嘘じゃない! 断じて嘘じゃない!

Q、どっちかと言うといいんちょの方が兄って感じが……。

A、それは職員室でも言われたのでノーコメント。

 と、まあこんな感じで質問攻めにあっていた。

 元凶は彼方であるのは言うまでも無いが。

***

 さて、テストが近い学校は大帝が部活は休みと言う場合がある。

 蒼橋学園も例外ではなく。

 もう4時といえばちらほらと下校する生徒がいた。

 真も同じで昇降口でひなたと杏里と遭遇した。

「今から帰るんですか?」

「ええ。帰ったらふーねえに地理の勉強を教えてもらうんです」

「もう中間テストですもんね。どうですか? はかどってます?」

 正直に首を横に振る。

 ひなたも苦笑いをして同じだと答える。

 その横の杏里も首を横に振る。

 その後真はこんな事を訊ねた。

 さくら寮で一番頭がいいのは誰かと。

 ひなたは答えた。

 1番頭がいいのはやはり沙耶で次が亜貴。

 3番手が和日である。

 正直和日がそんなに頭がいいとは思わなかった。

 その後は杏里とひなたが同じくらい、涼子と続く。

 真は果たしてどの位置に入ってくるのか。

「ただいまー」

「しんちゃーん!」

「ひぃぃっ!? 助けてー」

 いきなり懐かれた。

 すぐにカバンを置いて、風華を部屋に入れる。

 目を輝かせる風華とは逆にどこか生きる気力をなくしたような状態の真。

 まあこれで勉強を教わる事が出来るのなら安いのだが。

 と、準備をしているとひなたと杏里、涼子が入ってきた。

 正直涼子が自分に接近した時は何かされると、記憶していた。

「風華さん、お願いがあるんだけど〜?」

 涼子が照れくさそうに言う。

「私たちにも勉強、教えてください」

「……風華せんせー」

「いいよ〜。ただ、私もそんなに教えるの上手くないよ〜?」

 そう言うのも訳が。

 風華は中3の時に事故で記憶をなくした。

 頭がいいとは言え、言うなれば学力は中3からあまり進んでいないのだ。

 ならば彼女の頭の良さはなんなのか?

 ちなみに高校の勉強は小・中の勉強の延長のような物である。

 あとはいかにして問題をこなしていくか。

「それじゃあ、始めるよぉ〜? 特別授業ー!」

「何でこんなに盛り上がってんの?」

 風華の頭の良さ。

 それは基本問題を繰り返し解いていった賜物。

 何事も基本が大事。

 いくら新しい事を詰め込んでも、基本がしっかりしていないとどうにもならないときがある。

 特に高校入試は基本問題から出る事が多い。

 基本をいくらおさえていくか。

 テストではこれが真価を発揮するのである。

 また良い点を取ろうと気張るのではなく、自分の持てる力を出そうと思うのも重要だと風華は言う。

 気張ると余計な力が入り、頭の回転が悪くなる。

 それならば良い点ではなく、持てる力を出そうと思えば多少は楽になる。

 まあ自然と良い点を取ろうと思うのが人なのだが。

 特別授業が始まって20分が過ぎた。

「はい、休憩〜」

「え、もう休憩ですか……? いくらなんでも早いような」

「ちっちっちっ〜。甘いわね、ひなたちゃん」

「え、え?」

「人の集中力って20分かそこらなのよ。いくら量をこなしてもそれ以上はあまり持続しないの。ならば20分みっちり質のある勉強の方が良いじゃない?」

「確かに一理あるわね、それ」

 意外とまともな発言に驚くひなた達。

 20分やったら5分は絶対力を抜く。

 そしてまた20分頑張る。

 これが風華の勉強方だった。

 あとは勉強する方の努力しだい。

「普段使わない脳だから頭痛いわ……」

 嘆く涼子。

「……私も頭痛い」

 杏里は机に垂れている。

「そのための5分休憩なのよ。急に頭を使うと痛くなるから」

「ふーねえはいつもこういう勉強してたんだよなぁ。ありがとね、色々と」

 真の突然お感謝表明に、風華は涙目になった。

「うわ、泣かないでよ!」

「うえぇぇ……しんちゃん〜〜〜」

「ちょっ、鼻水鼻水!! 付くから! 付着するから!」

 ティッシュを差し出し、鼻をかませる。

「………」

「どしたの? ふーねえ」

「あげるぅ」

「いや、いらない」

 鼻をかんだティッシュを差し出される。

 誰が受け取るというのだろうか。

 彼女にとってはお礼のつもりなのだろうか。

 捨ててくれと言う意味だったのかもしれない。

 と、5分が経過した。

 再び20分みっちりやる事に。

 初めは20分とは言え、長く感じていた。

 しかし3度目からは慣れてきたのか、少しづつ短く感じてきた。

 気が付けばもう5時30分。

 そろそろ夕食の支度の時間。

「あ、夕食の支度……」

「だいじょーぶだよ。お姉ちゃんにお任せなのでーす」

「でも……」

「とりあえずひなたちゃん達は切りよく6時まで頑張ってみて?」

「だわね。丁度お腹も空いてきたし」

「しんちゃん」

 個別に呼ばれた真。

 ノートから目を離す。

「何?」

「寝ちゃだめだよ?」

「寝ないよ」

「絶対だよ?」

「うい」

 風華が部屋を出る。

 残りは20分。

 6時まではそれぞれのペースで勉強をする事に。

 ちなみに真の取り組んでいる地理。

 実を言うと中身はそんなに小・中と変わりはないのだ。

 ならば何が違うのか。

 小・中に比べて高校の地理は覚える事が多い。

 ただそれだけの事。

 それもきちんとポイントを抑えて勉強し、暗記していけばどうと言う事は無い。

(やっぱり、ふーねえ頭良いんだなぁ。これではっきりしたわ)

 改めて風華の頭の良さを理解した。

 普段はあんなにユルいのに。

***

「ただいまー。っだぁぁっ、疲れた……」

 亜貴が返ってきたのは6時10分の事。

 ほぼ同時に沙耶、和日が姿を現わした。

「おかえりー」

「あれ、風華さん? その格好……」

 風華は施設の制服を着ていた。

 そして右手にはステンレス製のお玉。

「施設を出た時にもらったのよー。結構お気に入りだから」

「……そうしているとやっぱし塚原の姉、感じがするな」

「あっきー君?」

「何か?」

「惚れちゃダメよぉ」

 急なことに返答が遅れ、言葉が詰まる亜貴。

「んなっ、げ……はい!?」

「んふふ〜」

 狙って言っているのか。

 それとも天然なのか。

 少なくとも今の亜貴には分からなかった。

「それにしても、あっきー君って……」

「何か、変だわ」

 ほんの少しの違和感を覚えた。

 夕食が出来上がったのは亜貴たち帰宅から15分後。

 真達も降りてきた。

 今日の夕食は肉じゃが、厚焼き玉子、そして何故かナポリタン。

「……組み合わせが変」

 杏里の的確な言動。

 と言うか、これは全部真の好きなもの。

「何で皆で食べるのに、ピンポイントに俺のすき物を作るかなー……」

「でも美味しそうですよ?」

「そうそ。文句を言うなら食べるなー」

 和日に言われる。

 腹が減っていたので言い返すことは出来ない。

 肉じゃがをつまんでいく。

 風華がさくら寮にすむと言う事は皆も知っていた。

 が、やはり真と同じで3年もいるとは知らなかった。

「でもこれで安心じゃない? 私達がいない時でも風華さんが家事とかしてくれるんでしょ?」

「うん。お任せよー」

「今までは色々お大変だったからね。布団とか、洗濯とか」

「結構ギリギリだったもんな」

 これまでは布団は昼休みに戻ってきて干したり、洗濯は放課後帰ってきた人が行なうなど、かなり時間的にギリギリだった。

 しかし風華が寮にいるとなると、そういったことに困らなくて住む。

「何か家政婦を雇ったような気分だな」

「家政婦? 市原悦子?」

「ふーねぇ……ドラマの見すぎ」

***

 8時まで休み、そこからまた勉強をする事に。

 ひなた達は自室にこもって勉強をするという。

 真の部屋に風華が来た。

「ん、今は地理じゃなくて数学なのね」

「まあね。地理だけやりたかったけど……他の強化もミスりたくないし」

 数学は授業中に担当教師がポイントなどを言ってくれていたおかげで、すらすら進んでいた。

 問題集から何問か出すといっていたので、今は問題集を解いている。

「何かお姉ちゃんの出番ないかも……。と言うわけでちょっと寝てるからわかんないことあった起こしてー」

 そう言うと布団の上に横になる風華。

 何をしに来たんだか。

 すぴすぴと寝息を立てる風華。

 起こすのは可哀想だ。

 真は問題集と向き合った。


(第十七話  完)


   トップへ