第十六話  真と一日ぶりの再会

 風華が戻った次の日。

 5月10日金曜日。

 今日もいい天気だが。

「あーあ……」

 真の心はどんより曇っていた。

 もう1週間もすれば中間テスト。

 本当ならば風華に地理の勉強を教えてもらうはずだった。

 その風華も今は実家。

 戻る気になれば戻る事もできるのだが、色々と面倒である。

 いよいよ持って危なくなってきた。

 明日から休み。

 しっかりと勉強をしなければ。

「いってきまーす」

 力なく寮を出る。

「どうしたの、塚原君は?」

「さあ? 大方テストで危ない目にでもあいそうなんじゃないのかしら。それより姉さん」

 沙耶が涼子を睨む。

 涼子は何をしたのか。

「これ、使ったとはちゃんと蓋を閉めてって言ってるじゃない!」

 彼女が取り出したのは真奈瀬姉妹が使用している歯磨き粉。

 チューブの先の蓋が開いている。

「使ったらちゃんと閉じる! 常識でしょうが!」

「分かってるわよ、それくらい。きょうはたまたま。ね?」

「本当かしら……」

 いまいち信用できない。

 涼子はそんな沙耶をさておき、学校へ向った。

 鞘も杏里と和日、ひなたに亜貴が来るのを待ち寮を出た。

 さてさて、今日も何があるのやら。

***

「えぇー……?」

 情けない声を上げる真。

 今は数学の授業中。

 何でも今から抜き打ちテストをするとの事。

 しかも観点にこのテストは含まれるという。

 良い点をとれば問題なし。

 逆に酷い点だと。

 そう考えるのはよそう。

 出来ることをすれば良いのだ。

 そう、出来ることを。

 チャイムが鳴り響く。

「無理だったー……」

 ボロクソな出来に落ち込む真。

 解いていて手ごたえと言うものが全く無かった。

 やはり授業だけで理解しようとしていたのが間違いだった。

「よう、どうだった? 抜き打ちテストは」

「ダメだった。無理無理。全然分かんねぇでやんの」

 彼方に声をかけられ、答える。

 地理に続いてまたしても不安要素が。

 このままでは本当にやばいかもしれない。

「こりゃあ、マジで休みは勉強するしかねぇかな」

「はっはっ、頑張れよ」

 こう見えて彼方の方が頭がいい。

 高校入試のときも危なかったが、今回も相当危ない事になりそうだ。

 彼はそんな予感がしていた。

***

 放課後。

 基本的にテスト一週間前からどの部活も活動停止になる。

 早速勉強に取り掛かることにする。

「今日数学やって、土日で地理か……。うへぇ、大変だな」

 教科書を開く。

 一応彼方からポイントになりそうなところを教えてもらい、マーカーで線を引いている。

 ここを押さえ、あとは問題を解いていくしかない。

 ルーズリーフに問題を解いていく。

 きちんと彼方から教えられたポイントを参考にすれば、意外とすらすらと解けていく。

 これは何とかなるか。

 そう思っていた矢先。

 携帯が鳴った。

 ディスプレイには見慣れない番号が。

 ワン切りと言うわけでは無さそうだ。

 延々と鳴り響く電話。

 本当は一分一秒でも惜しい時だが。

 こうも鳴っていては出ないわけにはいかない。

 仕方なく出る事に。

「はい、もしもし?」

『あっ、しんちゃ〜ん? お姉ちゃんだよ〜』

「ふーねえ? どうしたの?」

 風華からの突然の電話だった。

 今思えば、出なければ良かったとあとで後悔する事になるのだが。

***

 ひなたが帰ってきた時、何故か居間には風華がいた。

 ボストンバッグが転がっている。

「風華さん? あの、実家に帰ったんじゃ……」

「ひなた先輩……それが」

 真もどこか困っている。

 それもそうだ。

 彼女は言い張っていた。

「だーかーらー、お姉ちゃんもここに住むのー!」

 そもそも何故こうなったのか。

 あの電話の最中に風華がこんなやり取りが。

『お姉ちゃんもここに住む事にしたの』

「ここって?」

『ここはここよ?』

 ここと言う言葉に些かの不安を覚えた真は急いで玄関に出た。

 玄関の向こうには大きなボストンバッグと共に風華が立っていた。

「やほー」

「………」

 開いた口が塞がらないとはこの事。

 あとは風華が中に入り、居間の椅子に座った。

「て、ここに住むって言って聞かないんです」

「そうなんですか。あ、とりあえずお茶をどうぞ」

「ありがとぉ」

 出されたお茶に口をつける。

 しかし真はどうしても納得できなかった。

「ここに住むって言うけどさ、出来るわけないじゃん。学校の関係者でもないふーねえがさ。てか、何でここに来たのよ? まずはそれからでしょ」

「何でって……」

「ちゃんと親父達と話したの?」

「うん」

 どこか自信の無さそうな風華。

「何を話したの?」

 話しの内容を聞こうとした真。

 しばらく考えた風華が発したのは。

「うー……忘れちゃった」

「はぁっ!?」

「だって眠かったから何を話したのか良く覚えてないのよぉー。と、言うわけでここから回想ね」

***

 真と分かれた風華は各駅停車の普通電車に乗り、実家のある三島市へ。

 蒼橋市から三島市までは各駅停車の電車でおよそ20分。

 実に3年ぶりの自分の家。

 風華はチャイムを鳴らした。

 程なくして母が姿を現わし、風華の姿に驚いていた。

「あなたー、あなたー! ちょっと来て下さいなー!!」

 大声で父を呼ぶ。

 置くから父が現れ、やはり母と同じ反応を。

「ただいま……」

 それだけ言うとうつむいた。

 両親は風華を中へ入れ、話を聞くことに。

 3年前の事故のあと、蒼橋市の施設で働いていた事。

 つい最近全部思い出したこと。

 真は元気でやっているという事。

 3年分の全てを両親に話していた。

「なんにしろ、風華が無事で安心したわ」

「お母さん」

「で、風華。お前はこれからどうするつもりだ?」

「え?」

「学校にも行かずに、就職もしないで。どうするつもりだ?」

 父から告げられる。

「どうなんだ?」

「うーんとね。私、しんちゃんと一緒に住む事にしたの」

「なんだと!?」

「真はそのこと了承しているのかい?」

「…………」

 黙る風華。

 答えは見えていた。

「ダメだ! 許さんっ!」

「あなた!」

「今の今まで親に心配かけていて、少しも家にいないで真と一緒に暮らすだと!? そんなふざけた話があるか!」

 激怒する父の言う事も分からないでもなかった。

 今の今まで自分がどれだけ心配かけていたか。

 3年もの間風華は家に帰らず、音信不通になっていたから。

「とにかく、俺は反対だからな!!」

 父がその場から去った。

 重苦しい空気になってしまった。

「ああは言っているけど、お父さんも風華の事心配していたのよ? その事は察してあげてね」

「うん、分かってるよ」

「そうよね、風華は優しい子だものね。よし、今日は風華の好きなもの作ってあげる。何がいい?」

「えとー、ハンバーグ」

「りょーかい。あと」

 母が付け加える。

「そろそろ真のこと「しんちゃん」って呼ぶの、止めにしたら?」

「い・や」

「でしょうね。貴方は変なところでお父さんに似て頑固だから」

 それから晩御飯を食べて、お風呂に入って、3年ぶりの家の毛布に包まって。

 夜は更けていき、朝が来た。

 父は朝から仕事のため風華が起きてきた時には既にいなかった。

「はぁ……」

「そんなところでボーっとしてるのなら、手伝ってくれないかしら?」

 母が風華の前に洗濯物が山のように入ったかごを出す。

 風華は文句も言わずに干していく。

「でもまさか風華が施設で働いていたなんてね」

「うん。私もどうやって施設まで言ったかは覚えてないんだけど、楽しかったよ」

「そうよねぇ。風華は子供、好きだもんね」

「うん」

 それは遠まわしに風華は子供っぽいという意味を込めたのだが気づいていないようで。

「そうそう。西野さんのところの亮くん、もう小学1年生だって」

「あの亮くん? へぇ、早いのねぇ」

 西野さんちの亮くんとは。

 昔から風華と真がお世話になっている西野さんと言う人がいる。

 そこの一人息子が亮なのだ。

 亮が生まれた時、真と風華はよく世話をしていたのだ。

「良い天気ねぇ……」

***

 昼。

 フジテレビのニュースを見ながら昼食を食べている。

「どう? 美味しいでしょ?」

 今日の昼食は風華が作った。

 味噌汁に白いご飯、もやし炒めを作った。

「うん、美味しい。施設でけっこう学んだんでしょ?」

「そうなの。もやし炒めとかならもうね、負けないんだから!」

 一体誰に負けないのかと。

 真なら突っ込んでいたところだが。

「これならすぐにでもお嫁さんにいけるわね」

「ふ……はぇぁっ?!」

「どうかした?」

 その後はバラエティ番組を見て、昼ドラを見てすごしていた。

「ただいま」

 午後2時半、父が帰ってきた。

 父は朝が早い代わりに、帰ってくる時間が早いのだ。

 それから一時間、午後3時半。

 風華はボストンバッグに荷物を詰めていた。

(やっぱり私は無理だよ……)

 ボストンバッグを手に玄関を出る。

 一日だけだが両親と一緒に入れて久しぶりのぬくもりを風華は感じていた。

「どこへ行くつもりだ?」

 後ろを向くと窓から父が顔を出していた。

「………言わなくても、分かるでしょ?」

「真のところか。ダメだと言ったはずだが?」

「うん、分かってる。でも、やっぱり私はしんちゃんと一緒にいたい! だって、お姉ちゃんだから」

 いつもの風華とは違う眼。

 ごめんなさいと、一言行って彼は塚原家を出た。

「やれやれ……」

「普通に送ってあげればよかったのに、あなたも」

「ダメだと言った手前、そうはできないだろう?」

「そうですね」

「また、寂しくなるなぁ……」

 そして20分かけて、風華は蒼橋市に戻ってきた。

***

「と、いうわけなーのでーす」

「いやいやいや、ふーねえは全く語ってないでしょ」

 所変わってさくら寮。

「まあ、大体の事情は分かったよ。でも、やっぱり住む事は無理じゃないかなぁ」

「あ、大丈夫ですよ?」

 ひなたが言う。

 実を言うと蒼橋学園の寮は、許可さえ取れば学校関係者以外の人間が住む事が許されているのだ。

 もちろん色々と面倒な事があるのだが。

「ねー? 意外とどうにかなるものなのよぉ」

 ボストンバッグを手に取り、風華は改まる。

「と、言うわけで。これからもよろしくねぇー。しんちゃん」

***

 その日の夜は風華の歓迎会をする事になった。

 歓迎会と入っても料理は風華が作る事に。

 何でも早くなじみたいからとのこと。

 もうすでに馴染んでいるんじゃないのか?

 そういう突っ込みを考えた真。

「はぁーい! お姉ちゃん特製カレーよぉー!」

 鍋を開けるとそこにうは山のようなカレーが。

 付け合せはボウルに山盛りのサラダ。

 何とも凄い量の料理である。

 そう言うわけでカレーパーティと半ば化した。

 だが、事件が起きた。

「ん……変な匂いがする。ふーねえ、何か変なの入れたでしょ」

「あー、あれかもぉ」

「何?」

「台所にあった緑色のビンに、何か得体の知れない液体を入れたの」

「ちょ、おま!」

 すると涼子がそのビンを持ってきた。

 緑色のビンには「料理酒」と書かれている。

 この間買ったばかりだと涼子が言うが。

 どう見ても半分以上減っている。

「まさか半分以上酒が入っているんじゃないの?」

「怖いこと言わないでくださいよ、沙耶先輩」

「………風華先生?」

「…………………しんちゃん!」

「はい!?」

「ん〜〜〜〜〜〜〜」

(ひぃぃ、何このデジャヴ!? てか、何で?)

 酔っていた。

 これからも何かと大変な目にあいそうな、真だった。


(第十六話 完)


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