第十四話 風華とさやか
蒼橋市内にある病院。
午前6時。
風華は寝ていた。
「すぴ……」
ここに入院してから2日が過ぎた。
時間を見て真も見舞いに来てはくれるが。
やはり病院とは暇なところである。
「んにゃ。むー……」
風華が半身を起こす。
今日も暇な一日が始まる。
***
午前7時。
朝ごはんが運ばれてきた。
病院食はうす味が多い。
今日の朝食はお粥と薄味の焼き魚。
ひょいぱくとそれを食べていく。
「塚原さん、検診です」
「はーい」
「はい、体温計」
体温計が渡される。
脇に挟み体温を測る。
別に風邪とかでもないので体温は至って平常。
「あ、そうそう。今日個室からここに一人、移ってくるから」
「ここにですか? 誰だろ」
「昨日手術をして、移るってことになったのよ」
「ほへぇ〜」
風華が居間いるのは大部屋。
四人が入る事が出来る。
その部屋に風華は今まで一人でいた。
午前9時。
早くも暇をもてあましていた。
やはり彼女にとって真がいないと暇で暇でしょうがないのだ。
「ひ〜ま、ひま〜。おひまな〜の〜よ〜」
意味の分からない歌まで歌い始める始末。
しかも微妙に音程がずれていた。
「うん、売店に行ってこよう」
ベッドから降り、部屋を出た。
9時過ぎ辺りから売店は開いている。
売店は地下にある。
売店とは言え、品揃えはコンビニよりも多少悪い程度。
病院で過ごすのには十分すぎる品揃えである。
そこでプリンとはちみつレモンを購入。
どちらも風華の好物。
早速病室に戻り、プリンの蓋を開ける。
「ん〜、やっぱりプリンの蓋の裏に付いたプリンは美味しいわ〜」
蓋の裏に付いたプリンをプラスチックのスプーンですくって食べる。
ちなみに彼女が買ってきたのはデカプリン。
一個135円の高めのプリン。
「んまんま〜。やっぱプリンよね」
ご機嫌でプリンを食べていく。
と、病室の扉が開いた。
車椅子に乗った少女が入ってきた。
その後ろには数名の看護婦が。
「塚原さん、この子が朝言っていた子よ」
「この子が?」
「そ。鈴原さんよ」
鈴原と呼ばれた少女は軽く頭を下げる。
どこか冷めた感じのする少女だった。
***
午前11時30分。
昼食が運ばれてきた。
この昼食から風華の食事はほぼ元に戻ることになった。
昼食は白ご飯にのりたま、漬物である。
「いっただきまーす!」
朝と同じように調子よく食べていく。
「……」
「食べないの?」
「さっき間食したから」
「へぇ、何食べたの?」
「デカプリン」
どこかで聞いたような間食である。
***
午後1時。
「ふあ……」
「眠いんですか?」
鈴原が訊ねる。
目がしょぼしょぼしている。
施設で働いていた時、この時間は施設の子供との昼寝の時間だった。
おそらく体が覚えているのだ。
「ん〜……眠い」
「ところで」
「ん」
「塚原さんて」
「風華で良いよ?」
話を横切る。
「じゃあ、風華さんって何歳なんですか?」
「何歳に見える?」
「あの言っちゃいけないような気がするんですが……」
鈴原が口ごもる。
何が言いたいのか。
風華はただまっていた。
「トロい、ですよね?」
「あう」
「それにどこか抜けてる」
「ひう」
「トドメに頭がユルい」
「……」
「18と見た!」
「……当りだけど、何かすっごくバカにされたような気がする……」
どうして今日あったばかりの人にこう言われなきゃならないのか。
それでもその3つの特徴で18とあてたのは凄い。
その特徴のどれも風華の人柄の的を得ているものの、年齢に結びつかない。
風華は頬を膨らませ、ふて寝した。
「たすけてー、しんちゃん」
***
午後4時。
丸々3時間風華は寝ていた。
「んにゃ」
「おはようございます」
「ああ、鈴原ちゃん」
半身を起こす。
まどからオレンジ色の光が差し込む。
「さやかで良いですよ」
「ん〜……」
寝ぼけているのだろう。
全く頭が働いていない。
目をぱちぱちさせる。
今日もこうして終わっていったのだ。
「ところで」
「何?」
さやかが聞く。
風華は何かと首をかしげた。
「しんって誰ですか?」
「………え?」
「いえ、寝言で」
「あたし、寝言言ってたの?」
首を縦に振られ、風華の顔が真っ赤に染まる。
寝言を言っていたのも恥ずかしいが、真の名前を出していたのも恥ずかしい。
「で、誰なんですか?」
答えるにも頭が働かない。
寝言を言った恥ずかしさなど色々相まって。
やっと答えた時、既に15分が過ぎていた。
「弟なの、あたしの」
「弟さんなんですか?」
「そ。この町の学校に通ってるのよ。とって優しい子なの」
そう語る風華の顔は笑っていた。
彼女にとって真はとても大事なのだ。
昔から、弟が生まれたと聞いたときから彼女は真を大事にしてきた。
ケンカをしたこともない。
と言うよりも風華相手では真もケンカをしたくても出来なかったのであるが。
小学生の頃、一度だけこんなことがあった。
真が3年生、風華が6年生の時。
いつも風華は真と一緒に家に帰っていた。
その時も、いつもと同じように真を迎えに向った。
真が風華と一緒に教室を出た時。
どこにでもいるような悪ガキが二人の事をまくし立てたのだ。
小学3年生といえば色々と多感な年頃。
小学3年生になって女子と帰るとなると、最高のネタになるのだ。
その帰り道、真は風華にもう来ないでくれと告げた。
彼も男だ。
バカにされたら悔しい。
ならばバカにされないようにすれば良いと考えた。
だからもう来るな、と。
帰るなら一人で帰ってくれ。
真の口からそんな言葉が出た時、風華は泣いていた。
「ごめ……んね……」
嗚咽とともに吐き出されたその声は震えていて。
「もう……迎えに、行かないから……嫌いにならないで……」
「姉ちゃん、何も泣かなくても……」
「わた、し……もう迎えにいかないから、嫌いに、ならないで……」
何度も何度も繰り返される言葉。
このまま帰ったらどうなるか。
真もこうなるとは思っていなかった。
「ごめ……な、さ……。ごめ、んな……さ」
いつまで経っても泣き止まない風華。
真も泣きたくなってきた。
結局、真が折れた。
先ほどの言葉を取り消し、また一緒に帰ろうと告げる。
すると先ほどまで号泣していた風華に笑みがこぼれた。
「そんな事があってね」
「大変なんですね。私にも姉がいるんです」
「へぇ、お姉ちゃんがいるの?」
「はい。高校一年なんです。今は別の町の高校に通っているんですけど」
「けど、何で貴方だけこの町に来たの?」
今度は風華が訊ねる。
「私の町の病院では病気を治せなくて……。大きな町の病院じゃないとって事で」
「さやかちゃんも大変なのね」
「ええ。でも昨日の手術で摘出したのであとは退院するだけですよ」
さやかの笑みにつられて風華が笑う。
***
午後6時。
この時間になると風華はテレビを見ていた。
今見ているのはロボットアニメ。
『天・空・騎・兵! スカイ、ラ・グーン!!』
「ラ・グーン!!」
一緒にテレビの前で叫ぶ。
「あー、やっぱロボアニメは良いよねぇ」
「はは……」
さやかは半ば呆れていたが、それでも一緒に見ていた。
そのあとはバラエティー、ドラマと見た。
電気を消して眠りに付いた風華。
また明日もこうして過ごすのであった。
「すぴ……んにゃあ」
(第十四話 完)
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