第十三話  真とまつば寮

 今日は火曜日。

 今日も変わらず真は机に突っ伏していた。

「よ、真」

「おう、彼方。どうした?」

 彼方がニヤニヤしながらやってきた。

 何か悪巧みをしているのだろうか。

「お前、大丈夫なのか?」

「何が?」

「もうすぐ中間テストだろ?」

「ああ、そっか。もう来週の金曜からだっけ」

 中間テストが迫っている。

 そのためか勤勉な生徒は慌しく過ごしている。

 少なくとも真も彼方もそれほど勤勉な生徒ではない。

 だが、テストが近くなれば話は別。

 死に物狂いで勉強するしか方法はない。

 彼方は苦手な教化など特にない。

 が、真の場合は違った。

「あー……地理危ないなぁ……」

 そう。

 真は地理が苦手だった。

 かといってこの学校に入学して1ヶ月が過ぎた。

 あと1週間で1か月分の地理を処理するのは真にとっては無理難題だった。

「しょうがない……ふーねえに頼るかな」

「風華さんにか? やめとけ」

「お?」

「何かとろそうだし」

 彼方がいう。

 確かに風華はとろい。

 どこか抜けているところがある。

「お前知らなかったのか?」

「何?」

「ふーねえ、ああ見えて頭良いんだぜ?」

「うを、マジか!?」

「ああ」

 それには彼方も意外だった。

 あの風華からは想像もつかない事。

 よもや風華が秀才だったとは。

「しかも教え方が凄い上手い」

 幾度となく真は風華に助けられたが、それも中1のときの話。

 最近は教えてもらう事は無かったが。

 今度の休みに病院へ行って教えてもらう事に。

 そして真は教科書を机に置いた。

***

 亜貴は体育着に着替えていた。

 亜貴の2組とひなた、和日、杏里の3組と1組の合同体育授業。

 今日は男子はバスケ、女子はバレー。

 ちなみに。

「そういや、お前、1組だったけなぁ……」

「ふん、貴様こそ3組だったな」

「まさかここでも一緒になるなんてなぁ……智樹?」

「こっちのセリフだ、亜貴! 今日こそ!」

「ああ!」

『決着をつけてやる!』

 二人がバスケットボールを奪い合う。

 先に走ったのは亜貴。

 そのダッシュに、智樹との距離は広がっていく。

「舐めるなよ、亜貴!」

 智樹も走る。

 亜貴に負けじとも劣らない走り。

 この二人のバスケに他の男子生徒はただただ口をあけて見ていた。

 試合は互角。

「もらった!」

 シュートをしようと亜貴が跳ぶ。

 しかし上手くタイミングを合わせた智樹がシュートをカットする。

 そのまま走る。

 亜貴のダッシュなら追いつけた。

 そう、右手を伸ばせば届きそうだったが。

 ゴールから数メートルはなれたところで、智樹は跳んだ。

 そのまま軽くボールを放つ。

 ボールは弧を描いて、リングに吸い込まれた。

「ハッ、お前じゃ俺には勝てないんだよ!」

「……ヤロウ!」

 第2ランド開始とばかりに亜貴がボールを取る。

「良いぜ、相手になってやる!」

 再び走る二人。

「せんせー、俺達はどうすれば良いですか?」

***

「そーれ!」

 和日がトスをあげる。

「りゃっ!」

 ひなたがアタックを繰り出す。

 その右手は空を切った。

 つまりは空振り。

「ひなちゃん……」

 見事なまでの空振りに和日は肩を落とした。

「あう、すいません」

「良いのよ、別に。次ぎ取れば良いんだから」

 ソフトバレーボールを相手に渡す。

 現在20対15。

 負けている。

 ここから反撃といきたいが。

「ひなちゃん!」

「はい!」

 ひなたが跳ぶ。

 そして右手を振るう。

 その右手はまたも空を切った。

 というよりも攻撃に向かないひなたにアタックをさせるのが間違っているのだ。

 どちらかと言えば和日の方が向いている。

 ひなたよりも長身の和日だ。

 その身から繰り出されるアタックは強烈だろう。

 結局そのままひなたたちのチームは負けてしまった。

 次は杏里のチームだが。

「………あ」

 杏里のチームメイトは杏里を自殺寸前にまで追い込んだあの二人だった。

 重い空気が流れるが。

「……よろしく」

 杏里が右手を差し出した。

「あ……えと、その……」

「大丈夫」

「へ?」

「もう、気にしてないから」

 そういって口元を緩めた。

 女子二人も、笑みをこぼした。

***

 放課後。

 真は道場へ向かっていた。

 その道の途中、陽に会った。

「副部長? 何してるんすか?」

「ああ、塚原君。良いとこに来たわ。うん、君に決めた」

 あー、また巻き込まれるんだなぁ。

 口が開きかけたが。

「な……ナンデショウ?」

 辛うじて別の言葉を口に出来た。

「これ、部長に届けてくれない?」

 渡されたのは教科書。

 裏には神田と名前が書かれている。

「部長、どこに?」

「多分寮にいると思うわ」

「これから部活なのに……?」

「そ。あいつ、必ず6時間目の授業を休んで寮で寝てるのよ」

「えー……」

 呆れた。

 とは言え寮といってもさくら寮の人間ではない事くらい分かっている。

 ではどこに?

「あー、知らないの? まつば寮」

***

 この学園には寮が3つ存在している。

 一番規模が大きいのはまつば寮。

 次がもみじ寮。

 そして一番小さく、施設的に見ても一番古めかしいのがさくら寮である。

 真が向かっているまつば寮は、学園の敷地内ではなく少し離れた場所にある。

 歩いて3分ほどの場所にあるまつば寮。

 真はその光景に驚いた。

 そこにあったのは清潔な白の外壁をしている寮。

 ぱっと見、アパートと間違えてしまう。

 そんな寮がまつば寮だった。

「はー、デケェ」

 まつば寮の入り口をくぐる。

 エレベーターまで完備している。

 どこまで豪勢なのだろうか。

 陽の情報では部長は4階の403号室に住んでると言う。

 エレベーターが止まり、ドアが開く。

 そしてドアの向こうには2人の女生徒が立っていた。

「あ」

「あ。お前ら!」

 そこにいたのは杏里に罵声を浴びせたあの二人。

 重い空気が流れる。

「……どけよ」

「な、なによ!」

「通りたいんだよ、そこ」

 真がいう。

 もはや相手が上級生と言うことなど頭にない。

 おずおずとその場を空ける二人。

 ちなみにこの二人もまつば寮の生徒である。

「403、403……」

 あった。

 ネームプレートには「神田 輝彦」と書かれている。

「きったねぇ字だなぁ……。ぶちょー、ぶちょー?」

 ドアをどんどんと叩く。

 が、反応がない。

「ぶちょー、ぶちょー、ぶちょー!!」

「うるせぇー!! 聞こえてる!!」

 輝彦が顔を出した。

「て、陽かと思った」

「男と女の声の区別も付かないんですか」

「で、どうした?」

「これ、副部長から」

 教科書を手渡した。

「あー、貸してたんだっけなぁ。ありがとうな、塚原」

「いえ」

「これから部活か?」

「ええ、そうです」

「頑張れよ?」

「いやいやいやいやいや。ほら、行きますよ?」

 真が引っ張り出す。

 輝彦はされるがままに引っ張られていた。

***

「へぇー、まつば寮に行ってきたんだ?」

 その夜。

 居間に集まったさくら寮の面々。

「で、どうだった?」

「いや、どうも何も……桁違いに大きかったですよ」

「だろうな。ま、ここはここで居心地が良いんだけどな」

「そうね。別に便利なのが一番良いってわけでもないしね」

 皆この寮が気に入っているのだ。

 別に便利でなくても良い。

 居心地が良いのが一番なのだ。

 真も、いつの間にかこの寮が居心地良いと思えるようになっていた。


(第十三話  完)


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