第十二話  真とゴールデンウィーク(5月5日)

 彼は本当に日本は狭い国だと思った。

 こうして目の前にいなくなったと思っていた人が現れたから。

「ん〜〜〜」

 風華は真を見ている。

 もの凄い笑顔で。

「あのさ、ふーねえ。体、大丈夫なの?」

 真が問う。

 ひなたも不安そうに見ている。

 そう言われて体を動かしてみる。

 多少痛みはあるものの、普通に動く。

「うん、大丈夫みたい」

「みたいって……」

「あの……、風華さんって一体……」

 一応真からは姉と聞いたが、いまいち信じられない。

 顔立ちは似ているものの、真の姉だから大人しいのかと。

「ふーねえは俺の3つ上、現在では18。何と言うか………重度のブラコンです……」

「ブラコン……ですか?」

 風華は小さい時から真にべったりだった。

 普通は逆だろうに。

 そう、あれは小学校の頃。

 給食の時間の後の昼休み。

 必ず真の教室に来ていた。

 そして喋ったり、喋ったり喋ったり。

「ああ、思い出したくねぇ……」

 中1の頃。

 もう年頃の真。

 その時、風華は中3だった。

 その時も真にべったりで周りから冷やかしを受けていた。

「……一種のトラウマだよな、これ」

 が、その数ヵ月後。

 彼女は休みを利用して先輩と友達と一緒に行った旅行で事故にあい、記憶を失い現在に至る。

「大変だったんですね、風華さん」

「ん。ところで」

 風華がひなたを見る。

 ひなたは何事かと思った。

「あなたは誰?」

「あう」

 ひなたは自己紹介をした。

 自分が寮の管理人である事。

 真が寮生であること。

 その他諸々。

「今までしんちゃんがお世話になりました」

「いえいえ、こちらこそ」

「いえいえいえ」

「いえいえいえいえ」

「いえいえいえいえいえ」

 何時まで続くのか。

 微妙にこの二人って波長が合ってるのかも。

 ひなたも風華もどこか抜けたところがある。

 似た物同士のこの二人。

 すぐに仲が良くなっていた。

***

 今日部活、真は欠席と言う事になった。

 昼ごろには退院できると説明を受けた。

 ひなたは寮に戻ったあと、部活に出ると。

「それじゃあ、安静にしていなきゃダメですよ?」

「分かってますよ」

「また昼頃に来ますので」

 ひなたが病室を出た。

 風華と二人きりとなった。

「ねえねえ、しんちゃん」

「なに?」

「おねーちゃんいなくて寂しかった?」

「………」

 言葉が詰まる。

 この人はそう言う恥ずかしい事を平然と聞いてくる人だから。

「まあ……ね。いなけりゃいないで結構寂しかった」

 それでも蒼橋学園に入ってからはそんな事を思う暇なんてなかったが。

「ふーねえは運の良い人だからって、割り切っていたけど……。日に日に不安になって……」

 自分でも分かっていた。

 もしかしたら風華は死んだんじゃないかと。

 それでも諦め切れなかった。

 警察の捜索で風華の死体だけが出なかった時、生きてると。

 必ず生きてると真は自分に言い聞かせたが。

 時が経つにつれ、不安は大きくなるばかり。

「でもさ。やっぱり生きていて嬉しかったよ、ふーねえ」

「しんちゃん……」

 涙目になる風華。

 精神年齢が幼いというか、素直な所がある。

 ボロボロと涙を流し始める。

 まるで子供のように。

 それをあやす真。

 どっちが年上何だか分からない状況に。

「私……もうしんちゃんから離れないから!」

「いや、適度に離れてくれないとこちらとしても困るんだけど……」

「絶対だからね!」

「はい……」

 と、病室の扉が開いた。

 現れたのは彼方と遥だった。

 突然の来客に真は目を丸くした。

「え……あ、彼方に有馬さん? どしたの?」

「いやな。今日な、部活が休みだからお前と遊ぼうと思って寮に行ったら入院しているって……。だから有馬さんに話をしてきたんだ」

「心配したのよ、塚原君」

 遥がフルーツの盛り合わせを置く。

「いや、でも昼ごろには病院を出れるから……」

「そうなの?」

「何だよ、つまんねぇな」

「つまるつまらないの問題じゃねぇだろうか」

 真と二人のやり取りを風華は見ていた。

 そこで彼方が気づいた。

「あれ、この人……あの時施設にいた」

「うー……まあ、何と言うか」

 真は初めから説明した。

 最初は冗談と思っていた彼方と遥。

 しかし話を聞いていくうちに段々と真顔に。

「まさか……本当にそんな事があるなんてなぁ……。信じらんね」

「信じる信じないは勝手さ。でもこうして目の前には現実がある。それだけだ」

「でも、木藤君は中学の時、塚原君と友達だったのよね? 知らなかったの?」

 そう。

 彼方は中学の頃、真と友達だった。

 中2の頃、転校するまでは。

「いや、こいつに姉がいることも、行方不明になった事は知っていたけどさ……。何せ中1の頃だから。どんな顔かもおぼろげにしか覚えてねぇよ」

 初め施設で風華を見た時、引っかかる物を感じていた彼方だが。

 それがなんだかは今の今まで思い出せなかったようだ。

「何にせよ、良かったな、真」

「……そう思えるお前は幸せだよ、彼方」

「ねぇねぇ、しんちゃん。これ、食べて良い?」

「良いよ、食べても」

 フルーツの盛り合わせの中からりんごを取り、かじりつく風華。

「何ていうか……確かにこんな感じの人だったなぁ、風華さん。精神年齢が幼いと言うか、妙に子供っぽいんだよな」

「思い出したか、彼方」

「でも良い人には変わりないんだよなぁ」

 彼方が風華をみる。

「皆も食べるぅ〜?」

「ちょっ……ふーねえ、汚ねぇ! 食べながら喋るな!」

「いや、俺は果物食べれないし……」

 彼方は果物が苦手と言う事で食べるのを拒否した。

 遥は果物が好きだった。

「あ、じゃあ私が食べても良いですか?」

「はい、どうぞ」

 風華がりんごを渡す。

 こうしていると嘘のようだった。

 風華がいる。

 その事がまるで夢のような。

 だが、これから風華はどうするのか。

 施設で前のように働いて暮らすのだろうか。

 いや、それよりも親に報告をしなければならない。

 さぞ驚くだろう。

 今まで行方不明になっていた風華が現れたのだから。

「しんちゃんは、食べないの?」

「俺は良いよ」

「うぅ……」

***

 彼方と遥が帰った。

 真も私服に着替え、病院を出る準備に。

「本当に行っちゃうんだねぇ……。お姉ちゃん、寂しいわ」

 左手を頬に添える。

 そしてため息。

「時間を見てお見舞いには来るからさ。それで勘弁してよ」

「絶対だからね!」

「おおう……」

 どうも真は風華には勝てない。

 と言うよりも勝てる気がしなかった。

 マイペースだから。

「それじゃあね、ふーねえ」

「うん。気をつけてね」

 彼女の「気をつけてね」を聞くのは実に3年ぶりくらいだった。

 それほどまでに彼女は真の事を大切に、大事に思っているのだ。

 病院から寮までは歩いて15分ほど。

 帰ったら何を言われるか。

 涼子辺りには確実にいじられる。

 何て言って返そうか。

「ああ……怖い。特に涼子先輩と和日先輩……」

 気落ちする真。

 さくら寮。

「ただいまー……………」

 さくら寮の玄関に顔を出す。

「あら、お帰り塚原君。大変だったわね」

「……」

 思わぬ涼子の反応に口を開けたままの真。

 何かの冗談かと。

「どうしたのよ」

 涼子が問う。

 どっきりかと。

 不安めいた物を感じながら、中へ。

 自室に戻り、着替える。

 流石に火事現場に入った服装ですごすわけにはいかない。

 すっきりした服装で下に顔を出す。

『退院おめでとー!』
 
 クラッカーが鳴り響く。

 その音に真は驚き、2〜3歩後ろに下がった。

 テーブルの上にはケーキが。

 そしてなにやら豪勢な料理が。

「いやー、良かったわねー! 早めに退院できてさ!」

「いや、その……」

「命に別状はなくて、良かったわね」

「だから、あの………」

「………………おめでとう」

「うう……」

 皆からお祝いされる真。

 何かが間違っている。

 何かが。

「いやね、退院って……。そんな大げさな。入院とかそう言うレベルじゃなくて、ただ休んでいたみたいな……そんな感じで」

「うん、知ってるわ。全部ひなちゃんから聞いたもの」

「なら、どうして……」

「それほど塚原はこの寮の皆にとって大切な人ってこった」

 亜貴がケーキを切っていく。

「だから例え半日の入院でも、心配なんだ。俺たちはな」

 ケーキを食器に乗せ、並べていく。

 何か勘違いをしていたようだ。

 皆、自分のことを心配してくれていた。

 一堂席に着く。

「それではー、カンパーイ!!」

***

「ぐふぅ……食べ過ぎた」

 調子に乗って真は食べ過ぎていた。

 グロッキー状態の真。

 部屋に向って休む事に。

「あー……気持ち悪い」

 ごろごろする。

 こうして午後のたっぷりある時間をごろごろして過ごすのは何日ぶりだろうか。

 特にやる事もない。

 と言うよりも今までが忙しかった。

 今日くらいは。

 今日くらいは………。

「うっはぁ! 寝てたぁぁぁっ!!」

 次に気が付いたのは夕方の5時30分。

 と、慌ててみた所で別段やる事などなかった。

「ふーねえ、大丈夫かな……」

 風華の事を思い出した。

 真にべったりの彼女。

 今頃泣いているんじゃ……。

「いや、ねぇな。それじゃマジで子供だわ、うん」

 一人で勝手に納得した。

「あ、そうだ。親に連絡しといた方が良いか……」

 一回に備えてある電話の受話器を手に取った。

 番号を押していく。

 こうして親と話すのは1ヶ月ぶりとなる。
 
 高校に落ち、蒼橋学園の話を聞いたとき以来か。

「あー、母さん。俺、真だけど」

『オレオレ詐欺かしら』

「ちっげぇよ!! 息子の真だよ! 息子の声を忘れたとか言うなよ!?」

『うんうん、そのツッコミは間違いなく真だわ。どうしたの?』

 ツッコミで判断する親も親だ。

 半ば呆れていたが、用件を話す。

 が、何て伝えたら良いか、なかなかまとまらない。

「良いか、落ち着いて聞いてくれ。ふーねえが生きてた!」

『…………』

「母さん?」

『あなたー、真がご乱心よー』

「ちょっと待てえええええっ!!」

 そんなことがありまして。

『じゃあ何か、本当に風華が生きてたと、お前は言うのか! 真!』

「落ち着けよ親父。今こっちの学校の近くの病院にいるんだ。見舞いに来てくれたらきっと喜ぶと思うんだ」

 真がいう。

 3年もの間、家族に会っていなかったのだ。

 きっと両親に会えばボロボロ泣くに違いない。

「じゃあそう言うことで、言う事は言ったから」

『そうか。分かったまた時間を見つけてそっちに行くと、伝えてくれ』

「はいよ、じゃあな」

 受話器を置いた。

 ため息をつく真。

 さて、これから風華はどうするのか。

 真は頭を抱えた。


(第十二話  完)


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