第十一話  真とゴールデンウィーク(5月4日)

 今日も部活が終了した。

 今日の午後は何をしよう。

 真は考えていた。

「………あ、そうだ」

 思いついた。

 風華さんのところへお礼にいかないと。

 色々と話も聞いたし。

 あの時はただ頭を下げただけだった。

「うん、そうするか」

 午後から施設に顔を出すことにした。

 彼方もつれて行こうかどうか迷ったが、やめた。

 色々と面倒な事になりそうだし。

「と、言うわけで午後から俺は出かけてきます」

「はい、了解です」

 ひなたに伝える。

 なるべく早く帰ると付け加えて。

「あら、なぁ〜にぃ? デート? デート?」

「涼子さん……」

 はやし立てる涼子を横目で見る。

「姉さん、ちょっと落ち着いたら? ま、最初は焦らずじっくりと……」

「何の話ですか」

「……がんばって」

「杏里先輩まで……」

 皆にからかわれる真。

 それほどまでに彼は寮に溶け込んでいたのだ。

「良いわねぇ、若いって。お姉さん、塚原君の事誘惑しちゃうぞ?」

「……」

 その場にいた皆が引いた。

 空気が凍る。

 重い。

「そ……それじゃあご飯にしましょうか」

「そう……ですね」

 いそいそと食器を運ぶ。

 いたたまれなくなった涼子だった。

***

 昼飯を手早く片付け、寮を出る。

 何か買っていったほうが良いのだろうか。

 そう思った真はスーパーでカルピスを買っていく。

 これから暑くなる季節、これは必需品だ。

 ただ、カルピスを飲んだ後に出来る「タン」のような物が彼は苦手だった。

 施設では今日も元気に子供達が外で遊んでいた。

 まるで普通の子供達を見ているようだった。

 しかし子供達も杏里と同じような傷を負った過去を持っている。

 この施設にいる子供達は15人。

 これだけの数の子供が虐待などによる傷を持っていると思う都心は悲しくなってきた。

 ただ彼自身も傷を負った。

 大切な人を失って初めて。

「風華さん!」

 風華を見つけた。

「あら、いらっしゃい。どうしたの?」

「いえ、特に用は無いんですけど……これ、差し入れと言うか何と言うか……」

 カルピスを受け取る。

「ありがとうね。ささ、あがって」

 スリッパを用意する。

 外から見るのは何度かあったものの、こうして施設の中を見るのは初めて。

 何故か緊張してきた。

「すぐにお茶にするわね」

「いえ、昼飯を食べてきたばかりですので……」

「そうなの……がっかりだわぁ」

 そういって左手を頬に当てる。

 そのしぐさに思わず口が緩む。

「やっぱり……な」

「ん?」

「いえ、何でも」

 麦茶が運ばれてくる。

 胸元が光る。

 ペンダントが輝いていた。

「このペンダント……」

「どうかしたの?」

「……綺麗ですね」

 風華がペンダントをいじくる。

「これ、綺麗よね」

「よね? 買ったんじゃないんですか?」

 かまをかけてみる。

「うん。気付いたら持ってたの」

 それを再び首から下げる。

「不思議よね」

「はい?」

「貴方とは前にもどこかで一緒にいた気がするの」

「それって……」

「私……私ね」

 風華の顔が近づく。

 鼓動が早くなる。

 そこへ。

「あーーーーーーーーーーっ!!」

 そんな声が響く。

 子供達が中に入ってきた。

「ちゅーだ、ちゅー! ちゅーしてるぅー!」

「なっ……! ちがっ……! ちょっ、おま!」

「あらあら、そんなぁ」

 てれる風華。

 あれ、おかしくないか?

「………」

 凄い勢いで麦茶を飲み干す。

「お替りください」

「ちょっと待っててね」

***

 その後は子供達と戯れたり、風華と話したり。

 最終的に戦隊ごっこをして大ボスとして真は遊んでいた。

「ふははははははっ!! この町を破壊してくれるわ!!」

「でたなー! 悪の親玉! 喰らえ、ビーーーーーーーーーーーム!!」

 子供が構える。

 ぎゃああああ、と声を上げて真は倒れた。

 その上に子供達が勢いよくのしかかる。

 とどめのつもりだろう。

 真の体が悲鳴を上げる。

「ぎゃああああああああああ!! 痛い痛い痛い!! ギブギブギブ!!」

 その真を見ていた風華。

 ふと、何かが脳裏によみがえる。

「真……ちゃん……か」

 何故そんな言葉が出たのか自分でも分からない。

 自分と真の間に何があるのか。

 何か忘れている。

 大事な何かを。

 しかし思い出せない。

 いつも良いところまで来ているのだが……。

「と、俺もう帰りますね。あまり遅くなっても寮の皆に心配かけるわけには行きませんし」

「そう。また、良かったら寄ってね?」

「はい、是非」

 真は施設を後にした。

 子供と風華、そこで働く先生達に見送られて。

***

 真が帰ってから、3時間。

 午後6時30分。

 皆で夕飯を食べていた。

「で、どうだったの? デート」

「ぶふぅっ!」

「お前、今日デートだったのか?  良いなぁ。俺も涼子先輩と……」

「ふふん、まだまだよぉ。良い男になったらね」

 涼子が笑う。

 彼女も案外、冗談では無さそうだが。

「ねえねえ、誰とデートだったのよ?」

 和日が言う。

 その目は興味の光で溢れていた。

「いや、だから……デートじゃないって……」

「あら?」

 ひなたが窓から顔を出す。

 サイレンが鳴っている。

 消防車、救急車のサイレンだ。

「商店街の方でしょうか……?」

「……違う! あの方向……施設だ!」

 真が走り出す。

 続いて杏里も。

 彼女も施設には思い入れがある。

 放ってはおけない。

 冷たい空気が二人の体を駆け抜けていく。

「私……嫌な予感がするの……」

「……先輩」

 施設の周りは人で溢れていた。

 消防車が放水しているものの、火の勢いはなかなか落ちない。

「何があったんですか?」

「放火だよ、放火」

「放火……!?」

 火の粉が空へ舞い上がる。

 日の落ちた暗い空が赤々と染まっている。

「あら、貴方は……」

 声をかけたのは施設の先生だった。

「山下先生!」

「杏里ちゃん!」

「あの、風華さんがいないようですけど……」

 風華がいない。

 逃げ遅れたのか。

「塚原さんなら、まだ中に……」

「はいっ!?」

 ごうごうと燃える炎。

 このままだったら、本当に死んでしまう。

 また会いに来ると約束した。

 なのに。

「くそっ……いつも手のかかる!!」

 真が走る。

 消防員の制止を振り切る、炎の中へ。

***

 中は酷い有様だった。

 瓦礫が落ちてくる。

 よくドラマなどでは見られる光景だが。

 実際にもこうなっていたとは思わなかった。

「ふーねえ! ふーねえ!!」

 叫ぶが反応が無い。

 思わず叫んでしまった。

 違うかもしれないのに。

「どこに……いるんだ?」

 炎が燃える音。

 それが真の耳を貫く。

 かすかに何かが聞こえてきた。

「……ふーねえ!?」

「……て……。………すけ……て! 助けて!」

 声がしたのは寝室。

 子供達が寝ている部屋。

 そこに風華はいた。

 逃げ遅れた子供を抱きかかえていた。
 
 真が来た時には既に気を失っていた。

 先ほどの助けてと言う叫び。

 気力を振り絞ったものだろう。

 頭から風華は血を流していた。

 木の破片で切ったのだろう。

 そしてこの火事だ。
 
 貧血と酸欠になりかけている。

「………考えている暇は無い……!」

 風華と子供を背負い、炎の中を突き進む。

 転びそうになっても、何度気を失いそうになっても。

 彼はひたすらに進んだ。

***

「大丈夫か、君!」

 気が付いたときには外にいた。

 そして救急車に乗るところだった。

「外……。出れたんだ」

「塚原くん……ひなちゃんたちにもさっき連絡しておいたから」

 杏里が言う。

 ひなた達も病院へ向うとのこと。

 真を乗せた救急車は病院へ。

「ところで……ふーね、風華さんは?」

「……病院に運ばれたわ。何しろ酷い出血で、気を失っていたわ……」

 とりあえずは助かったようであるが。

 今思えば自分は血液恐怖症だった。

 なのに風華を助けた時はそんな事もかまわず。

 これが火事場のバカ力と言うやつだ。

***

 病院に着いたとき、診断された真。

 擦り傷などがあったため、消毒液をかけられる。

 痛さに顔をしかめる。

 診察室を出たところで寮の皆と合流した。

 心配したのだろう、皆顔が真っ青だった。

「良かったです……無事で……」

「すいません、心配かけて」

 謝る真。

 何より彼は無事だった。

 問題は風華の方。

 いまだ予断を許さぬ状況である。

 真達の前に医師が現れる。

「先生! 風華さんは……?」

「危険な状態にいます。それも、血液が足りないのですよ」

「血液が……?」

「輸血用の血くらいあるでしょう?」

 涼子が言うとおり、病院ならば輸血用の血があるはず。

 なのにそれでも足りないとは。

「あの、何型なんですか?」

「彼女は、BのRH(-)なんです」

 RH(-)。

 通常、人間の血はRH(+)である。

 ごく稀にRH(−)の人間がいる。

 つまりB型にはB型の血液しか輸血できないのと同じように、RH(-)を持つ血液はRH(-)を持つ血液しか受け付けないのだ。

「どなたかいませんか?」

「そう言われても……」

 皆、RH(+)である。

 そう思っていたが。

「俺なら」

 真が手を挙げる。

「俺ならB型のRH(-)です。だって俺とあの人は、同じ血をひいているんですから」

***

 すぐさま輸血の準備が進められる。

 隣には風華の姿が。

 今度は俺が守る番だから。
 
「そろそろ麻酔が効いてくるはずです。次に貴方が目覚めるのは明日の朝でしょう」

 それが、彼が聞いた最後の声だった。

***

 確かに朝だった。

 眩しい日差しが彼の顔を照らしている。

「んあ……」

 真が目を覚ました。

 ベッドの横にはひなたが座っていた。

「大丈夫ですか?」

「ええ、何とか。頭がクラクラしますけど。てか、ずっとここに?」

「はい。塚原さんのことも心配でしたけど……」

 隣のベッドに目線が向う。

 そこには風華が眠っていた。

 すやすやと寝息を立て、何も無かったかのように。

 額に包帯が巻かれている。

 そして点滴が静かに1滴ずつ落ちていた。

「………全く、いっつもこうなんだからな」

「はい?」

「いや、こっちの話で……」

 声が途切れる。

 風華が目を覚ましたのだ。

 目をぱちぱちさせ、寝ぼけているのだろうか。

 真が声をかける。

「おはようございます、風華さん。体の方は大丈夫ですか?」

「………んにゅ」

「良かったですね、骨折とかしてなくて。あの火事の中でよく生きていましたよね。皆、驚いてましたよ」

 真が語りかけるが風華からの反応は無い。

 ただその目は真っ直ぐに真を見ている。

「……ん」

「どうしたんですか?」

「しんちゃん……?」

 刹那。

 真は息を呑んだ。

「どうしたんですか、塚原さん?」

「しんちゃん、どうしたの? お姉ちゃんに敬語使うなんて」

「お姉……ちゃん? 塚原さん、風華さんって……」

 口を開くのがやっとだった。

 真はひなたに分かるように説明した。

「塚原、風華……。俺の姉です……」


(第十一話  完)


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