第十話  真とゴールデンウィーク(5月3日)

「姿勢を正して、礼!」

 午前9:00。

 弓道部が始まった。

「塚原、ちょっと良いか?」

「はい?」

 あの部長に呼ばれる。

 何をされるのか。

 少し不安だった。

「倉庫に行ってホワイトボードマーカー取ってきてくれ」

「あ……はい」

「それくらい自分で行けば良いのに………」

 陽が言う。

 これではパシリだ。

 そう言う意味である。

「はっはっはぁ! 俺は色々と忙しいからな!」

「嘘を」

 陽の拳が握られる。

「つくなっ!!」

 みぞおちにパンチを入れる。

 重低音が響く。

「おおぅっ……な……ないすぱんち」

「ふん」

 そのやり取りを遠めで見ていた真。

 そのパンチの破壊力に若干引いていた。

「それじゃ、いってきまーす……」

 道場を出て倉庫に向う。

 外では陸上部、野球部などの運動部が活動していた。

 意外とこの学園は部活動が盛んである。

 と、ふとサッカー部に目が向う。

 サッカー部といえば彼方が入部するとか言っていた。

「あいつ、本当に入部したのか?」

 彼方は真が弓道部は言った事を知っている。

 しかし真は彼方がサッカー部に入ったとは聞いていない。

 彼方を探してみる。

「あ、いた」

 すぐに分かった。

 赤に近い茶色の髪。

 彼方がいた。

 彼方もこちらに気付いたのか、ボールをあらぬ方向に蹴り飛ばし真に近づく。

「何してんだよ、お前」

「パシリ」

「…………お前弓道部だよな?」

 思わず聞き返す彼方であった。

***
 
 ホワイトボードマーカーを取りに行き、道場に戻った時。

 ひなたと会う。

「塚原さん、お疲れ様です」

「……いえ」

 ただマーカーを取りに行っただけなので疲れるとかそう言う話はない。

「あの、矢取りを手伝ってもらえませんか?」

「良いですよ?」

 真とひなた、真と同じ1年の矢野が並ぶ。

 矢取りに入り、矢を抜いていく。

 矢に付着した泥をふき取る。

「私が持っていきますので、練習に戻ってください」

「はーい」

 間延びした返事とともに練習に戻る真。

「なあ、お前」

 矢野が声をかけてくる。

「あの先輩となんかあんのか?」

「はぁ?」

「だってさ、何か雰囲気良いし……。なあ教えろよ」

「なんもねぇよ」

 ここで真は何かを考えた。

 この矢野と言う男のノリ。

 どこかで。

 そう、どこかで……。

***

「ぶへっくしょん!!」

 彼方がくしゃみをした。

***

 合わせが終了し、今日の部活は終了した。

 弓道部は午前のみに活動。

 ぱっぱと着替える。

「塚原さん、戻ったらすぐにご飯作ります」

「あー……手伝いますよ」

「そうしてくれると嬉しいです」

 ひなたと真の姿を見た部長。

 丁度近くに陽がいる。

「よ、う〜! 一緒に帰ろうぜ〜!」

「よ……よるな、バカァっ!!」

 平手が飛ぶ。

「はっはっは、俺の愛を受け入れろ〜?」

「言い切るか、疑問形にするかはっきりする!!」

 拳が入る。

(仲が良いなぁ……)

 その場にいた全員がほのぼのとした目で二人を見ていた。

***

 寮に戻った時にいたのは涼子、和日、杏里の3人だった。

 亜貴はバスケ部の練習、沙耶は図書館で調べものと言う。

「すぐにご飯にしますね」

「私たちも手伝うわよ、ひなちゃん」

「ほら、塚原君はテーブルを拭いて」

「うぃ」

「私もやる」

 杏里もふきんを持つ。

「それじゃ、二人でやりますか」

「うん」

 二人でテーブルを拭く。

 何しろ結構な大きさのテーブルなので二人で拭いた方が早い。

「ただいまー。あー……疲れたわぁ」

 沙耶が帰ってきた。

「おかえり、沙耶先輩」

「あら、塚原君に杏里ちゃん。姉さんたちは?」

「向こうでひなちゃんの手伝いしてる」

「そうなの……。足手まといにならなければ良いけど」

 苦笑する真。

 沙耶も荷物を部屋に置き、手伝いをする。

 こうしてこの寮は成り立っていた。

 料理が運ばれてくる。

 午後からの予定のない真は特にすることも無く。

 料理を食べ終えた真は食器を洗い自室に。

 本当にする事がなかった。

「んー……暇だな」

「塚原さーん! お手紙です!」

 一階からひなたが呼ぶ。

 手紙。

 真が降り、その手紙を受け取る。

「………封筒じゃないか」

 小さく突っ込む。

 届いたのは手紙ではなく封筒だった。

 差出人は塚原由紀子。

 真の母親から。

 封筒の中身は現金とメモが入っていた。

 現金は2万円。

 高校生にしては少し大金である。

『真、元気ですか? この封筒に入っているお金は生活費として使用してください。食費とかかかるでしょうから。ちなみに携帯代はこちらで払います』

 母からの手紙を読んでいく。

『これから毎月1日には届くようにします。遅れたらごめんなさいね(´・ω・)』

「顔文字つきかよ!」

 思わず突っ込む。

 昔から母親はこういう小ネタが好きだった。

『体に気をつけて頑張ってね』

「……か」

 その現金を封筒に入れ、見つからないように隠す。

 盗られたらシャレにならない。

「………で、どうするかな」

 考えた結果、真は近くのスーパーに向かう事に。

 別に何をするわけでもない。

 ぶらぶらとしたかった。

 それだけである。

 寮に備え付けてある自転車に乗る。

 涼しい風が心地よく過ぎていく。

 スーパーは昼過ぎだというのににぎわっていた。

 主に学生に。

 書籍コーナーに立ち寄り、何かめぼしい本が無いか探していく。

「ジャンプもまだ発売じゃないし……」

 今のところ欲しいマンガはない。

 でも読みたいマンガはたくさんある。

 とりあえず週刊誌を手に取り読んでいく。

 それでもすぐに読み終わってしまう。

「……暇ー……」

 真は次に菓子コーナーに。

 何をするわけでもなく。

 ガムを買い、外に出る。

 そこである人物を見つけた。

 杏里が失踪した時、施設で真と彼方がであったあの人。

 塚原 風華。

 彼女がスーパーから出てきた。

「あのっ!」

 思わず声をかけた。

「風華さん!」

 風華が、振り向いた。

***

「ごめんなさいね、手伝ってもらっちゃって」

「いえ、別に。それより、買いましたねずいぶんと」

「ええ。今日は施設の方で誕生会があるので」

 誰のかまでは言わず。

「そうだ、コーヒー飲む?」

「コーヒー……ですか?」

「ええ。この間良い喫茶店を見つけたのよ」

 誕生会の準備はどこへやら、風華は真を連れて行く。

 商店街を過ぎ、人影がまばらになってくる。

 やがてたどり着いたのは河川敷に程近いちいさな喫茶店。

 その名も。

「喫茶店……砂漠の虎……ねぇ」

 怪しい雰囲気だった。

「ここのマスターの入れるコーヒー、美味しいのよ」

 そう言うと足早に中に入る。

 性格はまるで違うが、こういうところは似ている。

 真の脳裏に大切な人の姿が浮かぶ。

 ドアベルがなり、中に入った真。

「いらっしゃーい」

「うわぁ……」

 外見も怪しかったが、中身も怪しかった。

「こっちこっち」

「はぁ……」

「マスター、私コーヒー。塚原さんは?」

「俺も同じので」

「あいよー」

 気前が良い主人のようだった。

 見れば見るほど似ている。

 でも、違う。

 目の前にいるのは「風華さん」であり「あの人」ではない。

 そう言い聞かせるが。

(無理ー! 無理ー! 似すぎだっつーの……)

「どうかいした?」

「い……ひえ!!」

 噛んだ。

「おまたせしました。コーヒー二つです」

 ウェイトレスが運んできた。

 運ばれてきたコーヒーは良い香りを放っている。

 すこし茶色のかかった黒いコーヒー。

 砂糖とミルクを入れようとするが。

「待って!」

「な……何ですか?」

「まずはコーヒーだけで飲んでみて? 美味しいから」

 そういわれてまずは一口。

 ほろ苦い味が口の中に広がっていく。

 それは不快な苦さではなく、暖かい苦さだった。

 正直、苦いが美味しい。

 不思議な感覚だった。

 次に砂糖を少々とミルクを入れる。

 先ほどの苦さに甘みが加わり、深い味わいになった。

「………うま」

「でしょー。んふふ〜」

 そういって笑った顔は。

『真ちゃん』

 やはりあの人を連想させて。

 まるで戻ってきたかのような。

「ん?」

 真は風華の左手の甲を見た。

 思わず息を呑んだ。

 そこには約3センチほどの傷があった。

「その……傷は?」

「ん? ああ、この傷? 何時つけたか分からないのよねぇ……。あまり痛くも無いから放っておいているんだけど」

 風華が傷を触る。

「痛そうだった?」

「ええ、まあ」

「不思議ね」

 風華がそう言いカップを置く。

「この傷を見てると、なんだか不思議な気分になるの」

「不思議な気分……?」

「そ。何か……大切な何かを、忘れている気がするの」

 そこで真は確信した。

 この人は間違いない。

 間違いなくあの人だと。

***

「ごちそうさまでしたー」

 真と風華は喫茶店を出た。

「あの、ありがとうございました」

「良いのよ。荷物を持ってくれたお礼よ」

 一応施設まで持っていく約束をしているので、運ぶ。

 自転車のスタンドを倒し、牽いていく。

「………どうしたの、そんなにじろじろ見て」

「いえ。俺の知人に似ているもので」

「知人? もしかしてもう……」

「あ、いえ、そういうん人じゃないんです。ちゃんと生きています………きっと」

 真は話し始めた。

 その人について。

***

 その人は真より3歳年上だった。

 3年前、2002年の7月。

 その人は友達と当時の先輩と温泉旅行に向うために先輩の運転する車で出かけた。

 しかしその車は峠道でハンドルを取られ事故に。

 その車に乗っていた友達と先輩は死んだが、その人だけは行方不明。

 その後の捜索もむなしく、発見される事はなかった。

「その人はいつも俺と一緒にいて、優しくしてくれたんです」

「…………ごめんなさい。辛い事を思い出させてしまって」

「いえ、大丈夫ですから」

「昔から運だけは良かったですから……きっと、今もどこかで生きてると思います」

 一通り話していると施設に着いた。

 荷物を降ろしていく。

「良かったらパーティに出てみない?」

「いえ、俺はもう帰りますよ」

「そう……残念だわぁ」

 本気でがっかりしていた。

 そんな風華の頭を真は撫でた。

 どうして自分がこんな行動に出たのか分からない。

 風華のあの人の面影を重ねていたのは間違いなかった。

「また、来ますね」

「待ってるわ」

 真は自転車を漕いで寮に戻った。

 もう寮を出てから一時間以上過ぎていた。

(第十話   完)


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