第一話 委員長と部活

 真は目を覚ました。

 さくら寮に来た次の日の朝だった。

 元来より寝起きが悪い真。

 隙あらばまた眠ろうとしていたが。

 だれかが扉を叩いている。
 
 そう認識した。

「はいはい、今あけますよ〜っと」

 真が扉を開ける。

 眠気眼のままだったが。

 扉の向こうの人を見た瞬間目が覚めた。

「おはようございます」

 ひなただ。

 何をしているのだろうこんな所で。

「あの……?」

 不安そうに見ている。

「大丈夫ですか?」

 やばい。

 考えがまとまらない。

 で、咄嗟に出たのが。

「らいひょうぶれす!!」

 そう言うと真は改めて「大丈夫です! 待っていてください!」と言い、着替えた。

 その時間僅か20秒。

 再び扉を開ける。
 
 ひなたがいる。

「なかなか起きてこないから起こしに来たんですよ」

 なるほど。

 そう言うことか。

「すいません……。昔から朝は弱くて……」

「あ、じゃあ私と一緒ですね」

 どうやらひなたも朝が弱いらしい。

 だが今日のこの状況を見るにそうは思えない。

 少なくとも真よりは早起きだ。

「特に冬場とか毛布の中で包まっていたいですよね〜」

「ああ……分かりますよ、その気持ち」

 妙な所で気が合う。

 二人で歩いていると洗面所から涼子と亜貴、杏里が出てきた。

「お、やっと起きたわね〜。このねぼすけ」

「茶化さないでくださいよ。朝は弱いんですから」

 真が返すが涼子はどこ吹く風。

 全く無視していた。

 5人で大食堂に向う。

 大食堂の机にはすでに朝ごはんが並んでいた。

 絵に描いたような和食である。

 さんまに白ご飯に味噌汁。

 沙耶と和日が座っていた。

「お待たせ〜」

「遅いですよ。せっかくのご飯が冷めます」

 沙耶が言うが、まだご飯からは湯気がたっている。

 まだまだ温かいようだ。

 全員が席に着き、ご飯を食べ始める。

「あ、塚原君。醤油とって」

「はい、どうぞ」

「ありがとう。そうそう、昨日言い忘れたけどこの寮の最低限のルール、話してなかったわ」

 涼子が話し始めた。

 自主性に全てを任せる学校とは言え、寮にくらいはルールがないとそれこそ。

「1つ、必ず夕方の6時30分までには戻る事」

「2つ……朝ご飯と夕ご飯は皆で食べましょう……」

「3つ、ご飯の手伝いは必ず手伝いましょう、ってね。そう言うことだ」

「なるほど……」

 真はさんまを口に運んだ。
 
「あ、でも」

 ひなたが箸を置く。

「もし忙しかったら結構ですので……」

「いや、そうはいかないさ。俺もさくら寮の一員なんだから。忙しくてもやるよ」

 そんな真の言葉にひなたは少し感動したようだった。

***

 1年4組。

 真はそのクラスの窓際の一番前だった。

 今日の予定は午前中はLHR(ロングホームルーム)。

 午後は部活見学の予定だ。

 どんな部活があるのか見てみたい。

 入るかどうかは未定であるが。

 そんな中、真に近づく人影が。

「よう、そこの眠そうな兄ちゃん」

「ん……?」

 眠そうではなく実際半分寝ていた。

 そこにいたのは真と同じくらいの、170cmくらいの男子だった。

「何の用だよ」

「冷たいねぇ。皆は一生懸命友達作っているって言うのに……なあ「真」?」

「……?」

 名乗った覚えは無い。

 なのにどうしてこの男は自分の名前を知っているのか。

「何だよ、覚えてねぇのか。つまんね」

「は?」

「ったく、俺だよ。中学の時転校したからって……そりゃないだろ」

 記憶を手繰り寄せる。

 中学の時。

 転校。

 そこで該当したのはただ一人。

「あ! お前、木藤か?」

「そ。ようやく思い出したか、このバカ」

「いやぁ、お前の事なんかすっかり記憶の彼方だったからなぁ」

「言うじゃねぇか……」

 木藤 彼方。

 真の中学時代の友人。

 中学2年の最初に転校していまい、それっきりだった。

 意外なところで意外な人に出会う。

 それが人生の不思議と言うもの。

「はい、席に着けー。HR始めるよー」

 真由が教室に入ってきた。

 慌しく席に着く生徒達。

「じゃあな」

「おう」

 真由が黒板に日程を書く。

 この後話し合いでクラス委員長、副委員長を決めるらしい。

「自薦他薦は問わない。誰かやりたい人は?」

 当然いるわけがない。

 こんな所で手を挙げるのはよっぽどの物好きだろう。

 何しろ自分には関係の無いこと。

 眠くなってきた。

 真は眠りこけた。

 そして。

「んぁ……?」

 目が覚めたときにはすべて終わっていた。

 黒板には話し合いの結果が書かれている。

 誰が委員長になったのか、興味があった。

「どれどれ……」

「お、やっと起きたか。ねぼすけ委員長」

「は?」

 彼方だ。

 彼の言葉に真は眉をひそめた。

 黒板には真の名前が。

 そして大多数の表を得て彼がはれて、委員長になった。

「えー…………? 何で俺が?」

「お前寝てたから」

「なーる……って、ちょっと待て! 生徒の自主性に任せるって言うのがここの……」

「校訓だけど仕方ないだろ? 埒が明かなかったんだからさ。で、話し合いの中で眠っているのはお前だけで、先生が「寝ている奴に任せてしまえ」と言うことで」

 押し付けじゃないか。

 そう言おうと思ったが非は自分にもある。

 言えなかった。

「ま、せいぜい頑張れよ。委員長」

「てめ……」

「あの」

 二人が振り向く。

 そこにいたのは気の弱そうな女子。

 めがねの向こうの大きな瞳がやけに印象的だ。

「塚原さん……ですよね」

「そうだけど?」

 その女子の表情が一気に明るくなる。

「私、副委員長の有馬 遥です。よろしくね」

「ああ……うん」

 遥がぱっと笑う。

 何だか大変な事になったな、と真は心底悔やんだ。

***

 昼。

 この時間になると生徒達は一斉に活気付く。

 一斉に学食へ向う。

 そこではいわゆる「給食のおばちゃん」が調理を行なっている。

 流石に学食まで生徒の自主性に任せて入られないのだろう。

「Aランチ一つ」

「はいよ」

 Aランチとは。

 この学食で一番安い定食の事。

 今の真に手持ちはあまり無い。

 これで暫くは乗り切らなければ。

「お、つっかはらく〜ん」

「ぎゃあ!」

「何よ、ぎゃあって。人をお化けみたいに」

 涼子だ。

「急に頬に冷たいものが……」

「ああ、ペットボトルね。ごめんね、驚いた?」

「そりゃあもう」

 出来上がったAランチを受け取り席を確保する。

 そこへ相席する涼子。

 もぐもぐと無言で食べる真。

 その箸を追う涼子。

 何だか奇妙な光景だ。

 そこで何か思い当たったように涼子が口を開いた。

「ねえ、この後ヒマ?」

「はい?」

「ヒマ?」

「まあ部活を見学するくらいで他には……」

「じゃあ私が案内したげる」

 涼子の方が年上で部活にも詳しい。

 一人で見て歩くよりもその辺のことに詳しい(と思われる)彼女が一緒なら色々分かりそうだ。

「で、君は何か部活の希望とかは?」

「いえ、別に」

「じゃあ知り合いとかいた方がいいかな?」

「そりゃあ、まあ……」

 うん、と涼子は何かを決めたように。

 手早く昼食を済ませて、真に言う。

「はい、行くわよ」

「ええっ!?」

***

 最初は語学研究部。

 各国の色々な語学を勉強する部活動だ。

 この部活では映画などでも語学を学ぶ。

 映画が好きと言うだけで入部する生徒もいるらしい。

「何でここに?」

「まあまあ。おーい!」

 声の先には杏里がいた。

 そして真由も。

「お、委員長。どうした?」

「………その件については何も言いませんよ、俺は」

「………」

 杏里はただ真を見ていた。

 相変わらず彼と話そうとしない。

「何? ここに入部希望?」

「そう言うわけじゃないんです。ただ見学で、見て回っているんです」

「そっか。ま、気が向いたら入部しなよ?」

「は〜い」

 語学研究部の部室を後にする。

 次に向うのはバスケ部。

 体育館へ向う通路で真は涼子に質問をした。

「ところで、真奈瀬先輩は部活に入ってないんですか?」

「やぁねぇ」

「はい?」

「涼子でいいわよ。それか涼子様」

「様!?」

 そこは「さん」では?

 そう突っ込んでみる。

「いやねぇ、冗談よ、冗談」

「そうですか……じゃあ、涼子さんって部活に入ってないんですか?」

 その質問。

 涼子にとってはタブーなのだろうか。

 何故か答えようとしない。

 何か深い理由でもあるのだろう。

「さ、着いたよ」

 体育館だ。

 かなり大きい。

 バスケ部を覗いて見る。

 そこにいたのは亜貴だった。

 レイアップを決める。

 そのたびに周りから黄色い歓声が湧き上がる。

 さすがバスケ部。

 女子にももてるのだろう。

 そんな中亜貴が真達に気付いた。

 駆け寄る亜貴。

「よっ。何やってんだお前」

「部活見学ですよ。涼子さんが案内してくれるって言うんで……」

「なるほどね。で、入部すんのか?」

「それはまだ決まってないですけど……」

 その返答を聞いて少しがっかりする亜貴。

「入部したらみっちりしごいてやるからな。覚悟しとけよ?」

***

 次に寄ったバトミントン部では沙耶がいた。

 沙耶のバトミントンを暫く見た後、二人は踵を返した。

 最後は弓道部。

 何だか堅苦しい感じがする。

 その時だ。

「あー! いっけなーい! 私教室に忘れ物しちゃった! ごめんね〜。ちょっと戻るわ」

「え……ちょっ……」

「こを真っ直ぐ行けば弓道場に着くから。じゃっ!!」

 そう言うと涼子はさっさと帰ってしまった。

 わざとらしすぎる。

 何かあるなと、真は考えた。

 一体弓道部に何があるのか。

「それにしても………」

 こうしてここにいる自分が何だか不思議だった。

 ひなたと出会い。

 さくら寮の皆とふれあい。

 彼方と再会。

 委員長任命。

「最後のは違うか」

 とにかくここに来て色々なことが動き始めた。

 この事に関してはあの父親に感謝すべきなのだろうか。

 したくはないが。

 すると。どこからともなく声が聞こえてきた。

 同時に何かが物に当る音も。

「近いのか?」

 早足で歩いた。

 弓道場が見えてきた。

 射場には袴を着た15人ほどの生徒がいた。
 
 弓を引く者。

 弦の手入れをする者。

 それは様々だ。

 その生徒たちの中、真はある人を見つけた。

 ひなただ。

 彼女は両足を肩幅までに開く。

 流れるようなその動作。

 真は見入っていた。

 ひなたが矢を放つ。

 矢は真っ直ぐに。的へ向う。

 しかし寸での所で的を外した。

 ひなたは射場を出て、外に姿を現わした。

 思いっきり伸びをする。

 そしてふと彼女の視線が真を捉えた。

「つ………塚原…さん?」

「どうも……」

 思わぬ来客に慌てるひなた。

「あうあう……」

 今にも気を失いそうになる。

「ど……どうしたんですか?」

「その、部活見学をしていて……」

「そうなんですか。宜しかったら中へ……」

 ひなたに言われて射場に案内されそうになるが、生憎部の関係者ではない自分が入るわけにはいかない。

 真は外で見ていることを告げた。

「うにゅ……そうですか」

「おい、桜井。「合わせ」をするから射場に入れ」

「はーい。それじゃ、行きますね」

 ひなたが射場に入る。

 それと入れ替わりに9人の生徒が外に出てくる。

「あの、今から何が?」

「ん? 合わせさ。とりあえず今のシーズンだと3人立ちだから」

「そ……そうなんですか」

 専門的なことはよく分からないが、ようは今のこの練習は3人で試合に挑むための模擬戦のようなものらしい。

 ちなみにひなたは第2射場の中。

 ボーっとしながら見ていた真だが。

「よしっ!!」

「!?」

 矢が的に当った瞬間、周りの部員が一斉に声を放った。

 驚く真。

 的に当った時の掛け声のようだ。

 圧倒されながらも真は最後まで練習を見届けた。

***

「あー、疲れたー……」

 自室にて休む真。

 最後まで弓道部の練習を見ていたが、結局何部に入るかまでは決まらなかった。

 部活登録の申請は今週末。

 今日は水曜日。

 まだ時間はある。

「食堂に行くか」

 部屋を出る。

 階段を降りたところで、涼子と鉢合わせた。

「あ、やっほーい」

「涼子さん……」

「言ったでしょー、呼び捨てか「様」だって」

「もう何回も「涼子さん」と呼んでから、そう言うツッコミは止めてください」

 的確すぎる返答に涼子は笑うしかなかった。

「あ、そうそう。部活の方、どうだった?」

「うーん……まだ決まってないんですよ……」

 涼子には悪いが本当に何も決まっていない。

 必至に考え込む真。

 涼子はそんな真を面白い眼で見ていた。

「君って意外と優柔不断なのね。ま、迷ったりする事は良い事よ。ただ、部活には入っていた方がいいわよ。後々絶対後悔するから……」

 そのときの涼子はいつもの涼子ではなかった。

 心底後悔している表情。

 部活に対してよっぽどのことがあったのだろう。

「あの、部活で何か……」

「さ、食堂に行くんでしょ? 私も行くわ」

「え、でも……」

「ささ」

 無理やり連れて行かれる真。

 まあ今はいいか。

 そのうち明らかになるかもしれないし。

 今の時点での問題はどの部活に入るか。

 最終的に困ったら入らないと言う手もあるが。

(さっきの涼子さんの反応を見た限りじゃあなぁ……)

 入るしかないだろう。

 どこか悲しげな涼子の顔を見ながら、真は食堂に入った。



(第一話  完)


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