プロローグ 「出会いと始まりとさくら寮」
彼は古い木造二階建てアパートのような建物の前に立っていた。
何故こんなことになったのか。
全てはあの男が悪いのだ。
そう、自分の父親が。
さかのぼる事4日前。
この物語の主人公といえる塚原 真は高校に落ちた。
腹痛で。
勉強もスポーツも人並み程度に出来る。
真は途方にくれた。
そして中学校生活を振り返った。
「ダメじゃん、俺……」
思い出すだけで虚しくなったのでそこでやめることに。
「つーか、あそこで腹痛が起きるとは……」
責任転嫁も良いところ。
だが結果的に本当に真はどうする気なのか。
齢15にして浪人生になるわけにはいかない。
そんな真だったが。
「蒼橋学園? なんだそれ」
聴きなれない学校の名前を聞いた。
それを伝えたのは父親だった。
「そう、そこならお前の知能でも入れるだろう」
「テメェ……さりげなく失礼なこと言ってるな?」
「父親に向ってテメェとは……! そんな子に育てた覚えはないぞ!」
「うっせ、バーカ!!」
今日も今日とて親子喧嘩。
そんな様子をため息をついて見守る母。
が、気付いた時には真の父親は蒼橋学園に入学届けを出していた。
真に断り無く。
そんなこんなで今日に至る。
「なーんか、華やかな学校だなぁ……。場違いな感じがぷんぷんする……」
蒼橋学園。
入学審査は書類選考のみ。
普通にしていればどんな生徒でも入学の出来る学園。
校訓は「生徒が自主的に活動できる環境作り」である。
なんだかアレな校訓である。
入学式を終えた真は早速担任に呼ばれた。
担任は広瀬真由。担当は国語。
「で、君は寮に入る気とかあるの?」
「寮……ですか?」
「まあこの学園の9割の生徒は寮に入っているんだけど……どうする?」
真は考えた。
この学園、家から微妙に遠い。
寮生活が出来ればいくらか楽かもしれないが。
如何せん資金は親持ちになっている。
その辺りに事を真由に聞いてみる。
「でも寮に入るのってお金が必要なんじゃ………」
「ああ、いらないわよ、そんなの」
あっさり言ってのける。
真由と言うこの女性。
性格はかなりさっぱりしているようだ。
「金がかからないんじゃ良いか……。分かりました、寮に入ります」
「そっかそっか。とりあえず寮についてはまた後日連絡するから、今日のところは帰りなさいな」
真由に言われ、今日のところは帰ることに。
明日からどんな学校生活が始まるのか、真は少しどきどきしていた。
***
3日後。
あれ以来真由から寮についての連絡が無い。
うやむやにされたのだろうか。
「そんなことはないな。あの先生、かなりさっぱりした性格だけど一応先生の端くれだし」
そんなことを言っておく。
「お、いたいた。塚原、ちょっと」
真由に呼ばれる。
「この間言っていた寮の事だけど、とりあえずこれが塚原の生活する寮の資料」
資料に目を通す。
そこには寮についての資料が事細かに載っていた。
その資料の最後の方、寮の名前に目がいった。
「さくら寮……? ここが俺の生活する寮なんですか?」
「そ」
「え、でもここって……」
「ま、ついてきな」
幸いこの後は授業が入っていない。
これから自分が住む寮について見ておく必要がある。
真はカバンを手に真由の後ろを歩く。
学校の正門を抜け、暫く道を進む。
10分ほど歩いた時、前方を歩いていた真由が止まった。
「ここだよ」
そこには古い木造二階建てアパートのような建物が建っていた。
かなりの年代物のようだ。
ここで生活する事にいささか不安を覚えた真。
その建物の入り口には古びた看板に「さくら寮」と書いてあるが。
「何だ、これ?」
看板には「さくら寮」の他にも何か書いてある。
そこに書かれていたのは「さくら寮へようこそ!」と。
まるで小学生のような無邪気な筆運び。
汚いというわけではないがかなり崩れた文字。
そしてピンクのペンキ。
誰がどう見ても小学生が書いたとしか思えない。
しかし生憎ここは高校。
小学生がいるはずも無い。
「荷物とかはまた後日実家から送ってもらえ」
「そうですね。今のままだと何もなさそうですし……」
そう言うと。
「あれー、何々。新しい人?」
さくら寮の二階の通路から。
「おお、真奈瀬。今日から新しく入る塚原だ。仲良くな」
「分かってるよ、真由ちゃん先生! さ、君! 上がってきなよ」
「は……はぁ…」
真は真奈瀬と呼ばれた彼女に押されて二回へ上がる階段を上った。
「じゃあ、私はこれで」
「あ、ありがとうございました」
真由は軽く手を振りかえっていった。
さくら寮の二階はやはり古かった。
少し暴れたら穴が開きそうな木造の床。
心底不安になる。
「で、君は何年生よ」
「1年です。この間入学式でした」
「そっかそっか。まあ良かったわ。ようやく男が来てくれて」
「はい? ようやく?」
その言葉に引っかかるものを感じた真。
「ようやく」と言う言葉の意味がその直後に明かされる。
さくら寮の住人を集めた真奈瀬。
そこで真は愕然とした。
そこの住人は5人。
真奈瀬と真を含めると7人だが。
男は真のほかに2人、そして他は全員女子。
何故か。
元々この学園は女子高だった。
それが近年の少子化により経営難に。
そこで打開策として女子高から男子との共学にしたのだ。
他の寮は男子女子がバランスよく。
が、このさくら寮だけはそんなこと無かった。
さくら寮。
その名前が嫌で他の男子は別の寮に移ったのだ。
確かにさくら寮と言う名前の響きは男子は苦手だろう。
それにしても。
(この状況は………)
気まずい。
そんなことはお構い無しに真奈瀬が進行役となって自己紹介を。
「私は真奈瀬 涼子よ。ま、よろしくね」
先ほどから真を案内してくれた真奈瀬と言うこの女性。
若干青色のかかった髪を肩のあたりまで伸ばしている。
そして瞳はカラーコンタクトだろうか。
蒼かった。
みたまんま真よりも年上である。
2年だろうか。
「で、この子が私の妹の真奈瀬 沙耶」
「よろしく……」
対照的な姉妹だな。
真はそう思った。
姉の涼子は明朗快活。
対して妹の沙耶は大人しい。
黒い髪と黒い瞳。
これが彼女に大人しいという印象を与えているのだろう。
表裏と言う言葉がこれほどに合う姉妹もいないだろう。
「て、気になってたんですが………涼子さんって何年生ですか?」
「私? 3年だけど」
「じゃあ沙耶さんは……?」
「2年です」
涼子が自分よりも上と言うことは薄々気づいていたが、沙耶までも自分より上だとは思わなかった。
「じゃあ次ね。日野原 和日。2年生で愛称はかっちゃん」
「和日よ。よろしくね、新入りさん」
何だか掴み所の無さそうな人だな、とぼんやり考えていた。
和日は茶色の髪をポニーテールとして縛っている。
瞳は何だか眠たげである。
「何? 私の顔に何か付いてる?」
「いえ、そう言うわけじゃ……」
「ふぅん。ま、いいや」
放置される真。
まともと思っていたが前言撤回。
この人は危ない。
彼の脳がそう危険信号を送っている。
まともな人はいないのかと。
辺りを見回す。
「じゃあ俺、良いか?」
そういうと手を挙げる男が一人。
長身の男だった。
「俺は桐原 亜貴。2年だ。よろしくな、新入り」
心は見た目軽そうな男だが、意外としっかりしている。
そんな感じの男だった。
この人とは気が合いそう。
真はようやく安心できる人に出会えたわけだ。
さて、自己紹介も終盤。
残るは女子2人。
その内の一人の紹介に入った。
「神奈 杏里。2年よ」
杏里はそれだけ言うと、自室と思われる部屋に戻ってしまった。
「あちゃー、始まっちゃったか……」
涼子が髪をくしゃくしゃにかき回す。
「何がです?」
「彼女の今のイメージは?」
「へ? イメージ? いや、冷たそうな人だなって……」
「ふっ、甘いわね」
鼻で笑った後。
「彼女は人見知りが激しいのよ。初めて私達と出会った時もそうだったし」
「いやいやいや、人見知りとかそう言う問題じゃ……」
何だか突き放されたような錯覚に陥りそうになるが、それが人見知りによるものだと言う。
まあそのうち慣れていくだろう。
そう割り切る事に。
そうでもしなきゃ、この寮でやっていけない気がするから。
ここまで寮の住人を見てきたが、一癖も二癖もありそうな人ばかり。
まともな人は亜貴くらいかなと。
が、最後の一人で奇跡が起きた。
「あれ? 管理人は?」
「そう言えばいないですね」
涼子と和日が管理人を探すことに。
そこでぼーっとしていた真が覚醒した。
管理人?
探す?
まだ自己紹介で一人残っているのに?
どういうことか。
「あ、いたいた。ひなちゃーん!」
ひな?
その時、真の脳で自動的に推理が始まった。
まだ一人残っている自己紹介。
管理人。
答えは簡単。
涼子が一人の少女を連れてきた。
腕には「管理人」と書かれた腕章をしている。
「彼女がこのさくら寮の管理人兼2年の桜井 ひなた。愛称はひなちゃん」
「桜井です。貴方が新しく入ってきた方ですか? よろしくお願いしますね」
真は心の中でガッツポーズをした。
しかし。
「でも生徒が管理人って……普通先生とかそう言う人が」
「塚原君、ここの校訓何か知ってる?」
校訓。
そう言われて思い出してみる。
「生徒が自主的に活動できる環境作り」
確かそんな感じだった。
「この学園ではね、寮の管理人は全員学生の中から選ばれるのよ。何もかも生徒の自主性に任せる。そう言う学校だから」
「なるほど……。でもそれって微妙に違くないですか?」
「あはは……。そこは突っ込んじゃダメよ」
それが涼子の返事。
「それでは私は歓迎会用の料理を作ってきますね」
「私も手伝うわ、ひなちゃん」
和日がひなたについていく。
これから歓迎会が始まるとの事。
会場はさくら寮の1階、大食堂。
その食堂に真は涼子と沙耶に案内された。
***
大食堂。
長いテーブルに7つのイスが置かれている。
そこからキッチンはすぐである。
ふと、良い匂いがしてきた。
「この匂いは……」
「カレーです」
沙耶に言われ悔しそうな涼子。
「そういえば、塚原君はどうしてこの学園に?」
来た。
少なからずこの質問は来ると思っていた。
「まあ……ちょっと訳があって……」
「何よ、はっきりしないわね〜」
「……はっきりした方がいいですよ」
二人に詰め寄られる。
言いたくない。
まさか高校に落ちたからここに来たとは。
言いたくないし、知られたくない。
特に。
(彼女にはなぁ……)
そう思ってちらりとキッチンを見る。
ひなたにだけは知られたくない。
「お、何やってんだ?」
亜貴だ。
隣には杏里がいる。
妙に冷たい杏里の視線。
これも人見知りの成せる業なのだろうか。
明らかに違う気がする。
どちらかと言えば軽蔑の眼差しにもとって見える。
とりあえず声をかけてみる。
「ど……どうも」
「……」
そっぽを向かれた。
ちょっとショック。
「あ、皆さん」
ひなたが顔を出す。
奥では和日が大きな鍋を持っている。
「歓迎会用の料理が出来ましたよ」
***
それはカレーだった。
まごう事なきカレー。
大きな鍋一杯にカレーが作ってある。
とても7人では食べられないと思うが。
「ちょっと作りすぎちゃいましたが……美味しいと思いますよ?」
「そ。私とひなちゃんの自信作よ」
作りすぎたとかそう言うレベルの問題じゃあないだろう。
真は声に出さずに突っ込んでみる。
その歓迎会は談笑がほとんどだった。
たまに酒を飲んだ涼子と和日が暴走する事があったが、亜貴と沙耶の的確な行動で真に被害は無かった。
さて、歓迎会が終わった後。
真は部屋に案内された。
8畳の部屋。
そこには何も無い。
当たり前だ。
ただ、布団とかあっても良いかなと性も無い事を考える。
今度の休みまでに親に荷物を送ってもらわないと。
コンコン―――――――――。
扉が叩かれた。
「はい?」
扉の向こうにはひなたが。
彼女は毛布を抱いていた。
「あの、これ……使ってください。急な事と聞いたのでまだ荷物とかありませんよね?」
「確かに何も無いけど………いいの?」
「はい!」
何となく。
本当に何となくだが。
真は彼女がここの管理人になった理由と言うのが分かった気がした。
彼女は優しい。
底抜けに優しい。
「じゃあ、使わせてもらうよ」
真は毛布を受け取った。
ひなたは踵を返した。
「あの……」
振り向く。
何かと。
真はただひなたを見ていた。
「さくら寮へ、ようこそ!」
(プロローグ 完)
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