〜第9章 王道ではない冒険者達〜

「ゴウが、きがういあんえぶが!!? 」

マナの報告に、口から食べ物を撒き散らしながらシュンが立ち上がった。

「ちょっと、シュン君! 汚いわよ!! 」
「きゃっ、こっち飛んだぁっ!! もうっ、シュン〜!!! 」

アイリーンとサユのその言葉にスローンの食堂にいたクルー達は皆苦笑した。
しかし、その場にはレヴィンとシャクス、ナターシャの姿が見えない。

レヴィンはブリッジにて艦の操縦とCIC座席での周辺の索敵チェックをしており、ナターシャはMSドックの方にいたからである。
もちろん先に食事は済ませていた。

「コウ君が目を覚ましたと言うのは、本当ですか! いや〜、よかったですねぇ!! 」

カウンター越しに食堂とつながる厨房からエプロンと三角巾をまとい、右手にフライパンを持ったシェフが顔を出した。
いや、この艦に専属のシェフなど乗ってはいない。

満面の笑みを浮かべたそのシェフの男はシャクスであった。
元々器用なこの男は、メカいじりの次に料理が好きであり、この艦に乗艦してからというもの、クルーの食事は大体シャクスが作っていた。

最初はクルーの中でローテーションを決め、順番に料理を担当していた。

月シャクス
火マナ
水シャクス
木シュン
金レヴィン
土シャクス
日サユ

このように。
料理好きなシャクスがナターシャと一緒にやると言う事で週の内3日を担当していた。
しかし、この完璧であるかと思われた料理番表には開始一週間目にして致命的な欠点が発覚した。
それは、まともな食事を取ることができるのが週3日のみ、という悪魔の料理番表だったのである。

マナは士官学校時代からシャクスやアモンに料理の事は頼りきりであり、シュンの料理は火力が強すぎて全メニューが黒い塊。
レヴィンの料理は『素材そのものを表現した』と言ってキャベツ丸々一つが皿の上におかれる斬新さ。
そして、サユのつくった愛情たっぷりの味噌汁は、蜂密のように甘かった。

その頃は居候だったコウや雇われ傭兵のアイリーンもその地獄の一週間には絶句した。
今では、仕方なくアイリーンが昼食を、朝食と夕食をシャクス&ナターシャが担当する事となっていた。
(コウも料理は全然ダメであったので。)

余談ではあるが、甘い味噌汁が受けなかった事ではじめて自分の味音痴に気がついたサユは、最近ではアイリーンについて料理の勉強を始めていた。

話は戻る。
マナは厨房から顔を出したシャクスに言葉をかけた。

「シャクス、『あのブルーコスモス』の子はどこにいるの? 」

『あのブルーコスモス』という言葉に棘を感じるが、気にせずシャクスは答えた。

「フルーシェさんなら、MSドックですよ。ナターシャと一緒だと思います。」
「ナターシャと? 」
「ああ、マナさんには言ってませんでしたっけ? フルーシェさんはナターシャのお姉さんだったんですよ。私もあの時はじめて知りましたが。」
「ええっ!!? 」

マナ以外のクルーは既にその事を知っていた。
あの時――――――。


「フルーシェ!! 大変だよぉ!! あの白いモビルスーツのパイロットがぁ!!! 」

ランドグラスパーで駆けつけたその声の主は、ブルーコスモス・アフリカ清浄化同盟ピュリフィケイションの一人、ユガ・シャクティだった。

「「「「「「「「!! 」」」」」」」」

アイリーン、シャクス、ナターシャは急ぎスローンに帰還し、レヴィンの駆るスローンは、先導するユガのランドグラスパーとガルゥについて砂漠を急いだ。

刃を振り下ろした状態のまま固まるスサノオの足元にはもう一機のランドグラスパー。
そして、横たわる少年とそれを介抱する青年の姿が見えてきた。

「コウ君!! 」
「コウ!! 」

スローンから下りてコウの元へ駆け寄ろうとするクルー達を、ブロンドの青き清浄なる乙女が制止した。

「お待ちなさい!! 動かしては危険です!! 」

釈然としないスローンのクルー達を尻目に、介抱していたガルダと入れ替わり、フルーシェはコウの腕を手に取った。

「脈は・・・正常ですわね。瞳孔は・・・・・ふむ。」

いくつかの簡単なチェックをコウに施したフルーシェは目のあったマナに向かって言った。

「至急タンカをお持ちなさい! 命に別状はないと思いますが、肉体が極限まで疲労しているようですわ。おそらく、精神も。・・・何をしていますの!? さあ、早く!! 」
「あ、あなた一体・・。」

言いかけるマナの手をとり、ナターシャが走り出した。

「・・・タンカなら、ドックにもありました。行きましょう。」
「ナ、ナターシャ! ・・・もう!! 」

そういって二人はスローンのMSドックに駆けた。



その時、マナを除いたクルー達はフルーシェの自己紹介を受けたのだった。

フルーシェ・メディール―――――。
アフリカ清浄化同盟ピュリフィケイションの若きリーダーである。
メカと紅茶、美しいものをこよなく愛し、その潔癖な性格がゆえに遺伝子を操作してつくりだされたコーディネーターを自然の摂理に反する不条理な人種だと考えているようだ。
メカニックとしても非常に有能で、シャクスたちを救ったあのMSガルゥも、捕獲したザフトの3機のバクゥの使える部分を寄せ集め、自らが大改造したものであった。

ガルダの話では、メカだけでなく医学にも多少精通しているらしく、その育ちの良さがうかがえる。
どのような経緯でブルーコスモスとなったのかはその時は語らなかったが、ナターシャの姉だったと言う事だけでもスローンのクルー達は大いにおどろいた。


そして、なぜ彼女が今このスローンに乗っているのか。
それこそがマナが彼女を探す理由であった。


砂漠にて昏睡状態にあるコウを診たフルーシェはとんでもない事を言い出したのである。

「わたくし、このスローンに乗艦いたしますわ。」

「「「「「「はあ!? 」」」」」」

驚くスローンとピュリフィケイションの面々を気にも留めず、フルーシェは話を続けた。

「だって、見たところあなた達の中には衛生兵も担当軍医もいらっしゃらないのでしょう? わたくし、医学の方も少々たしなんでおりますの。このままあの黒髪の男の子を医者もなしに旅をさせる事は危険ではなくって? それにわたくしメカの整備も得意中の得意ですのよ! 」

フルーシェの以外にも筋の通った提案にスローンの面々は「一理ある」と思ってしまった。
実際、コウはこの先スサノオで戦うごとに心身を痛めてゆくことになる。
それを戦闘以外にサポートできる人材は、正直欲しいところであった。

もちろんフルーシェはMIHASHIRAシステムのことなど知らないし、単にこのスローンという船と一時でも長くいたいと考えただけなのであるが。

その事が筒抜けになっている男が一人いた。
フルーシェの右腕的存在であるガルダ・サンジュマーである。

実際カリスマはあるものの天上天下唯我独尊お嬢様であるフルーシェがピュリフィケイションのリーダーを務めることができているのも、このガルダの補佐があってのことだった。
そのガルダが、お嬢様に確認する。

「おい! リーダー、本気かよ!! 」
「フ、フルーシェ〜。」

気の弱そうな少年、ユガ・シャクティも困った顔を浮かべた。

「あら、わたくしは本気ですわよ。そちらのほうはガルダ、ユガ。あなた達にお任せいたしますわ。・・・いかがかしら? シャクスお兄様? 」
「いかがと・・・いわれましても、ねぇ。」

シャクスも困った表情を浮かべたその時だった。

「いいじゃないですか、旦那! こんなに有能な方が仲間になってくださるなんて。それに、お美しい! 」

フルーシェの前に歩み寄ったのは・・・・・いわずと知れたレヴィンであった。

「姫。金の船を駆り、貴女をお迎えに参上いたしました騎士(ナイト)・レヴィン・ハーゲンティと申します。共に戦う仲間として、よろしければ私が船内をご案内させていただきますが? 」
「・・まあ! ご親切に、ありがとうございます。それでは、ガルダ、ユガ、後の事は頼みましたわね、ごきげんよう! 」

フルーシェはレヴィンの差し出した手をとり、独特の世界を周囲に展開させながらスローンの中へと消えていった。

「「「「「「・・・・・・。」」」」」」

その場に取り残された者達は絶句したが、大きなため息をついてガルダが話を切り出した。

「シャクス大尉、わりぃがウチの姫を頼みますわ。ああいったら聞かないんだ、これが。」
「い、いやしかしそれでは・・。」
「なに、こっちは心配いらねぇし、フルーシェもああ見えて本当に有能だ。メカニックとしてでも軍医としてでもこき使ってやってください! ああ、それからガルゥと、せっかくなんでアレをお貸ししますよ。」

ガルダが指差したのは、ガルダが乗ってきたランドグラスパーであった。

「い、いいのですかガルダさん。」
「ええ、オレはユガと戻ればいいですし。あのじゃじゃ馬の面倒賃ということで。」

逆にガルダの申し訳なさそうな表情をみてシャクスも笑って引き受けた。

「わかりました。ザガン大佐のお知り合いの方ですし、責任持ってお預かりいたしましょう。」
「いいのでありますか!? ラジエル艦長? 」
「フルーシェちゃんかあ。女の子が増えて私は嬉しいけどなあ。」

シュンとサユがそれぞれの思いを口にする中タンカを持ってきたナターシャとマナが駆けつけた。

「? 何の話をしていたの? 」



スローンのMSドックではフルーシェとナターシャが半壊したスサノオ専用空戦型背部換装パック≪ヤクモ≫の修繕を行っていた。

金色の姉は鼻歌交じりに生き生きと、銀髪の妹は黙々、淡々と作業を進めている。
おもむろに手を止めて話しかけたのはなんとナターシャの方だった。

「・・・姉さんにこんなところで会えるなんて、思いませんでした。」
「わたくしもですわ。5年前、わたくしが家を飛び出したとき以来ですものね。」
「ホントです。父様も母様もずいぶんと探してたんですよ。・・・・私もです。一体なんで出て行ってしまったのですか・・・?」

ナターシャの言葉に、フルーシェの顔が少しだけ真剣になった。

「ナターシャ。わたくしにも、いろいろありますのよ。イロイロ・・・。そんな事より、貴女こそなぜ軍なんかに入ったのです?」
「・・・・。姉さんがいなくなってからあの町、一度だけザフトの襲撃を受けたんです。」
「!!? 」

ナターシャの言葉にフルーシェは絶句する。

「ま・・・まさか・・・・。」

察したナターシャは首を横に振る。

「いえ、父様も母様もお元気です。ただ、学校に一つの爆弾が誤って落ちて・・・・。忘れ物をして一度家に帰った私は助かりました。でも・・・・・。友達は、みんな。」

ナターシャの体は小刻みに震えていた。
フルーシェは震える妹を抱きしめ、言った。

「・・・・そうでしたの。がんばりましたわね、ナターシャ。そばにいてあげられなくてごめんなさいね。でも、もう大丈夫ですわ。これからはわたくしがついてますから。」
「・・・・はい、姉さん。」

ポーカーフェイスの銀髪の少女は金髪の姉の温かい言葉に涙をこぼした。

「フルーシェ! フルーシェはいませんか!? 」

マナの呼ぶ声にフルーシェは≪ヤクモ≫の影から顔を出し答えた。

「わたくしならここですわ、マナさん。」
「フルーシェ、悪いんだけどコウが目をさましたの! 診てあげてくれないかしら。」
「! ・・・コウさん、気がついたんですね!」

妹の喜びの声を聞いて、フルーシェは重そうなその腰を上げた。

「わかりましたわ。すぐに医務室に参ります。」


医務室には既に全員がコウの横になるベッドの周りに集まっていた。
マナも既にここに戻っており、危険ながらもレヴィンも操縦と索敵をオートに切り替えて駆けつけている。

「お待たせいたしましたわ! 」

いつの間にか、そしてどこから持ってきたのかその身を白衣に包み、伊達眼鏡をかけたフルーシェが医務室に入ってきた。
そして、これまたどこにあったのか、ナース服を着させられたナターシャが後ろに続く。
ナターシャの表情はいつも通りポーカーフェイスだが、どことなく頬を赤らめているように見えた。

「「「「「「・・・・・・・・・。」」」」」」

唖然とする一同を気にも留めず、フルーシェはコウの前に近づいた。

「はじめまして、コウ・クシナダ。わたくし、フルーシェ・メディールと申しますわ。『ビューティホー先生』と呼んでもよろしくてよ? 」
「・・・・・・・は、はあ。よ、よろし・・く。」

既にクルー達からフルーシェの事は大体聞いていたコウであったが、その想像を絶する個性に、この旅の中である意味一番の衝撃を受けていた。
おーっほっほっほと高笑いをするフルーシェ。

「それでは、『オペ』を始めますわ。」
「「「「「「オ、オペェ(手術)!!!? 」」」」」」

驚くコウ達。
コウの体はそんなに悪いのか!?
と誰しもが衝撃を受けたその時、銀髪の即席ナースが口を開いた。

「・・・姉さん、オペは手術の事です。『診察』を始めてください。」
「あら、そうでしたかしら? まあいいですわ。では、『診察』を始めます。」
「「「「「「・・・・・・・・・。」」」」」」

ため息をつき力が抜けるクルー達。
本当にこの子に任せて大丈夫なのだろうかという不安が膨らんだ。

「あの・・・よろしく・・・・お願いします・・・。」

診てもらうコウもいろんな意味で緊張した。


一通りの診察を終えた後、フルーシェはその結果を語った。

「外傷もないし、臓器などの内臓にも目立った異常はありませんわ。ただ・・・。」

フルーシェはコウの瞳を真剣に見つめながら続けた。

「・・目立った異常はありませんが、逆に全体的には非常に弱っています。一体何をすればこのようになるのか・・。戦闘でのストレスだけとは考えにくいですわ。もし、心当たりがあるのなら教えていただけません事? 」
「! 」

コウがシャクスに視線を送るとシャクスはうなずいた。
それを見たマナが口を挟む。

「シャクス! 彼女は軍の人間ではないわ! 」
「・・・ですが、まがりなりとも今はコウ君の主治医です。コウ君の命にかかわる事ならばお話せざるを得ないでしょう? 」
「でも! 」
「それに、コウ君がこの話を耳にしたときも軍の人間ではありませんでしたよ。大事なのは私達がこれから何をしなければならないかでしょう? 責任は私が持ちます。」

シャクスのその言葉にマナはしぶしぶながら納得した。
そしてシャクスはフルーシェを真剣に見つめて問いかけた。

「フルーシェさん。今から話す事は軍の機密事項であるという以上に、コウ君の命にかかわる大切な事です。それを理解した上で聞いてください。」

ナターシャもフルーシェに無言の視線を送る。
そして、フルーシェも意を決したようにシャクスに自分の胸のうちを語った。

「・・・正直な話、わたくしはただこのスローンが好きという理由だけでこの船に乗りたいと思いました。ですが、今は妹のいるこの船でわたくしにできる事があるのなら喜んで協力したいと思っておりますの。そして今この船の即席船医である以上、そのお話、『責任』を持って聞かせていただきますわ。」
「・・・姉さん。」

微笑むナターシャ。そしてクルー達もフルーシェの嘘のない本音の言葉を聞いて、少し見直した。

シャクス達は自分達の今までの全てを語った。


「そうでしたの・・・。あの機体にそのようなシステムが・・・・大変でしたのね。」

フルーシェはその金色の瞳を少し潤ませながらコウの顔を見つめた。
悲しそうな顔で見つめられたコウは照れくさそうに微笑を返した。
そして、真剣な表情に戻ったフルーシェはコウにこう告げた。

「コウ。これは主治医としての命令です。今後、スサノオには搭乗しないでいただきます。」
「え・・・・? フルーシェ・・・? 」

フルーシェの下したその診断結果にクルー一同も少し驚いた。

「皆さんも落ち着いて聞いてください。話を聞いた限りではコウは今まで2度、戦闘中に意識を失っていますわね。一度目は吐血、二度目は全身からの発汗と目の下のクマ、そして全身にしびれるような衝撃が走って体が動かなくなった。そうですわね? 」

コウはうなずき、フルーシェは続けた。

「一度目の吐血は内臓に一時的かつ部分的な負担がかかったものとおもわれます。しかし、二度目のものは確実に体全体の生体機能が壊れるような症状です。今回は奇跡的に何の後遺症もなく回復したようですが、もし、次に同じような症状が起こったときは二度と体が動かなくなる可能性だって否定できません。」

「そ、そんな!!! 」
シュンが

「そんなのって・・・! 」
サユが

「・・・ちぃ! 」
レヴィンが

「・・・・! 」
シャクスが

「コウ君なしで・・・って事になるのね。」
アイリが

「でも・・・。」
マナがそれぞれにつぶやく。

だが、フルーシェの衝撃の発言に体を少し震わせながらもコウは言った。

「オレは・・・・それでも、スサノオに乗るよ。もう、決めた事だから。」
「コウ、わたくしの話を聞いていただけます? 」
「何を言っても無駄だよ! オレは・・・真実を知りたいんだ。だから・・!! 」

コウの振り絞るような言葉を遮ってフルーシェは語った。

「何もずっと乗るなとは言ってませんわ! MIHASHIRAシステムが完成するまではお控えなさいと言っているのです! 」
「・・・え・・・・。」

フルーシェの言葉に全員が聞き入った。

「お伺いした話ですと、これから向う『ネブカドネザル』という研究所にMIHASHIRAシステムを完成させる2枚目のディスクがあるのでしょう? そして、コウのお父様のお話ではそれがないとパイロットは確実に死ぬと・・! つまり、総合して推測しますとそのディスクは、システムのライフイーター効果を何らかの要因で緩和するものだと思われますわ。」

「「「「「「!!! 」」」」」」

フルーシェの鋭い洞察力に全員が感心し、納得する。

「そ、そうかそれを使えばスサノオに乗っても大丈夫になるかも! 」
「そうよっ! 」

シュンとサユが嬉しそうに叫ぶ。

「確かに、その可能性はあるわね、シャクス? 」
「ええ、フルーシェさんの推測通りだと私も考えます。」

アイリーンとシャクスが答えた。

「って、こたぁ、さっさとその研究所行って、ディスクをいただこうぜ! ねぇ! マナ姉!! 」
「ふぅ、そうね。コウ君のためにも急ぎましょう。」

にわかに活気だつクルー達にナターシャは素朴な疑問を投げかけた。

「・・・でも、研究所に行ってアリアさんと会って全てを知ったら、コウさんはどうするのですか? 」

その言葉に全員がはっとする。
もちろんコウも。
すべてがここで分かったら、オレは・・・。

「なんですの? そんな先のことはその時に考えればよろしいですわ!? 」

静寂を破ったのはフルーシェの明るい声であった。
その声に皆がうなずく。
そして、シャクスが珍しく号令をかけた。

「クルー全員に告ぎます。我々の当面の目標は戦闘を極力回避しながら『ネブカドネザル』に到着し、ディスクをアリア・クシナダ氏から至急譲り受ける事です! 目的地まであとわずか・・・。それまでは各員ブリッジにて待機! パイロット、メカニックはMSドックにて各機の整備に当たること!! 」
「「「「「「「「はい! 」」」」」」」」

新たな決意をしたスローンの面々達が医務室からそれぞれの配置場所に四散した。




「まさか、『リトルジパング』の向う先がこんな所とはね・・・。」

エリスが立っていたのは今にも崩れそうな年季の入った小さな建物の前であった。
その建物には砂に埋もれるかのように薄汚れた小さな看板が入り口らしきところについていた。

ネブカドネザル研究所――――。
そこは数年前に廃棄されたザフト所有の研究所跡地であった。
報告では今は廃墟になっているはずだった。

もちろん、レジスタンス『明けの砂漠』やブルーコスモス『ピュリフィケイション』等のザフトに反抗する勢力の根城にならないように、ザフト・アフリカ方面軍が週に数回巡察に訪れており、今ではそんな巡察兵達の休憩場所のひとつとなっていた。

「・・ここに私のアマテラスを強くするものがあるのか・・・? 」

悔しいがスサノオは強かった。
そして、あの驚異的な力を持つ敵がエリスは怖かった。
しかし、そんな自分の感情などかき消すほどの想いが、エリスに新たな力を求めさせていた。
ミゲルの、ダヌー、ノイッシュ、ディランの、そしてメイズの仇をとる為の力を。
エリスにはもう、止まる事はできなかった。
そして、悲壮な覚悟を胸に廃墟の研究所の中にエリスは足を踏み入れた。




「副艦長! 前方に複数の熱源感知!! 」

シュンの声に極力隠密走行をしていたスローンのクルー達の間に衝撃が走った。

「なんですって!! 所属は!!? 」
「・・・いえ、ザフトではありません! ・・・熱源は2、いや3! ・・・一つは大型の装甲車と思われます・・・・もう一つは・・・MS! ・・ジャンク屋ギルド所属の信号を出しています。・・・3つ目は熱源の大きさから恐らく陸上戦艦・・いやそれにしては熱源がまばらだ・・・・? 」
「ジャンク屋さん? 」

サユが疑問の声を上げた。

「マナ姉、どうする? 」

スローンの操舵ハンドルを握りながらレヴィンが問う。

考え込んだ末にマナは決断した。

「レヴィンなるべく気づかれないように距離を取り目視できる位置まで接近! 様子を探ります! 」
「了解! 」

サンドブラウンの保護色をしたスローンは、進路をその熱源の方に向け陸上を走った。



『お前たちに警告する! 』

砂漠のど真ん中で作業をしていたロウ達の耳に通信が入る。

『我々はブルーコスモス! 自然の摂理に逆らうコーディネイターよ! お前たちはすでにミサイルの標的としてロックオンした!! 今から自決のための時間をやる!!! ・・・その間に自ら消えろ!!!! 』

「ここから3km先にトレーラーがあります!! 」
「そんなぁ!修理はほとんどできてるのに・・・!!! 」

リーアム・ガーフィールドとキサト・ヤマブキは焦りの声をあげた。

ブルーコスモスを名乗るその集団は、対艦弾道ミサイルを搭載した大型トレーラーを、その通信を入れた艦に向けて構えていた。
いや、正確には『艦だった』ものに、と言う方が正しい。

その艦の名は、レセップス―――――。
ザフト・アフリカ方面軍の将、アンドリュー・バルトフェルドの旗艦である大型地上戦艦である。
連合軍の最新型の強襲機動特装艦アークエンジェルとの死闘により大破し、この砂漠に放置されていた。
ザフト軍もその所有権をもはや放棄し、砂上の残骸と化していたのである。

つい最近、大型のデブリと共に地上に降下したジャンク屋ロウ・ギュール達は、母艦であるホームが壊れてしまったため、地上での新しい足を捜していた。
パナディーヤという近くの町で、とある情報屋からいい艦があると聞きつけ、ロウ達がやってきたのがこのレセップスであった。

この無人の残骸を譲り受け自分達の新母艦として修理を始めたロウたちであったが、そこには先客がいた。

そう、その先客こそがブルーコスモス達の標的なのであった。
『砂漠の虎』バルトフェルド隊の副官、マーチン・ダコスタ。

ひょんなことからロウたちと打ち解け、ともにレセップスの修理をしていたマーチンはブルーコスモスの非情ともいえる勧告に対し、一つの決意をしていた。

『わかった、撃つな!!! 私が出て行く!! だからそのミサイルを撃つのはやめろ!! 』

広い砂漠にレセップスからアナウンスされたマーチンの悲痛な声が響き渡る。



隠密走行して接近していたスローンのクルー達もそのやり取りの全てを聞いていた。

「な、なんて勧告なんだ!!! 頭にくるよ!! 」
「信じらんない!!自決だなんてっ!! 」
「ちぃ! むなくそわりぃ連中だぜ!! 」

シュン、サユ、レヴィンはそれぞれに怒りを口にした。

「これだから、ブルーコスモスなんて!!! 」

マナの行った言葉に、MSドックからブリッジに駆け込んできたフルーシェは言い返す。

「あれは、違いますわ!! わたくし達ピュリフィケイションはあのような非情なことなどいたしません!! 」
「でも、『ブルーコスモス』であることには変わらないじゃないの!!!? 」

マナは興奮しながらフルーシェに叫ぶ。
そのあまりの勢いにたじろぐフルーシェの前にシャクスが立った。

「マナ・・・! フルーシェさんに当たるのはよしなさい。・・・そうでしょう? 」

シャクスの言葉にマナははっとしてフルーシェに謝った。

「そ、そうね。ごめんなさい。フルーシェ・・・・。」

皆マナの様子を疑問に思ったが、アイリーンがすぐに口を開いた。

「で・・・・、どうするの? 」

その時だった。MSドックからナターシャの通信が入る。

『マナさん!! 先生!! コウさんが!! 』
「「「「「「!? 」」」」」」

全員が驚く中、スローンのハッチが勝手に開いた。

そしてブリッジに通信が入る。

『・・・・コウ・クシナダ、スサノオ、出ます・・・!!! 』

満身創痍の風の神が砂漠に飛び出し、レセップス目掛けて砂上を滑るように加速する。

「「「「「「コウ!! 」」」」」」

クルーの叫びはもはや届かなかった。


〜第10章に続く〜


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