〜第8章 黒い風の伝説〜
「・・・・そうか。メイズが、な・・・・。」
ザフトアフリカ方面軍、ジブラルタル基地のミーティングルームの一つで、拳を握り締め、悔しそうにブリフォーは震えた。
「私がついていながら・・・・こんな事に・・・!! 」
「エリス。君のせいじゃない。君とメリィが無事帰還しただけでも、本当によかった。」
「ブリフォー・・・。」
「・・・失礼します! 」
悲しみに暮れる2人のいるその部屋に一人の少女が入ってきた。
その姿は、地上での精鋭の証である青い軍服に包まれている。
「・・・認識番号57693、メリリム・ミュリン、本日付けでザフト地上侵攻特務隊所属となりました。・・・・改めてよろしくお願いします。」
新たな決意をその小さな胸にかかえた少女の姿には、もはやかつてのあがり症のそれはなく、トップエリート『青服』としての張り詰めたオーラが漂っていた。
「・・そろったな。それでは、作戦を説明する。」
ブリフォーの言葉にエリスとメリリムはその耳を傾ける。
「やつらの最終目的地の研究所、というものを捕捉した。我々は先行してそこを押さえ、『リトルジパング』を一気に叩く・・・! それと、エリス。」
一呼吸おき、ブリフォーはエリスに話を続ける。
「君のアマテラスに外部入力されるはずの特殊システムの情報も、その研究所にあるそうだ。」
「・・・特殊システム・・・。」
「ああ。君も知っての通り、あの通称ミコトとよばれる『アマテラス』には解析の結果外部入力が必要ななんらかの領域があるという事だったのだが、どうやらそれはOS系にかかわる特殊なシステムの追加インストールのためのものらしい。」
「・・・それは、一体何なのです? ブリフォー。」
メリリムの問いにブリフォーは答えた。
「・・・詳細はわからない。が、その情報が今から向う研究所にある限りは我々の手で掴む必要があるだろう。」
エリスとメリリムもうなずく。
「そこで、オレとメリリムの二人で『リトルジパング』をひきつける隙にエリスはその研究所に潜入し、情報を探し出し奪取する。これが今回の作戦だ。・・・私情は挟みたくはないが・・・・これは、ダヌー、ノイッシュ、ディラン、そしてメイズの弔い合戦だ。ここで全ての決着をつける! ・・・・・ザフトの、そして散って逝った同志のために! 」
「はい、ブリフォー。ザフトと・・・・メイズのために!!! 」
「目的地は、アフリカ紅海沿岸の研究所・・・・『ネブカドネザル』ね! 待ってなさい・・・白いミコト・・・。」
ジブラルタル基地の飛行船発着滑走路から、隠密偵察型輸送艦「バズヴ」が3人の青き精鋭を乗せて飛び立った。
コウはまた、深い闇の中にいた。
・・・ああ、また来てしまったのか・・・
まどろむ意識の中、その青く淀んだコウの瞳の端に小さな光が映った・・・。
『・・・・・・・ぃ。』
なにか、懐かしい声がする。
『・・・ぉ・・・・・・い・・・。』
・・オレを・・・呼んでる・・・?
けだるく闇に溶け込んだその体を無理やり起こし、その光の方へとコウは無意識に泳いでいた。
そのセピア色の光は近づくにつれ大きく、そして鮮明なものとなった・・・・・!
コウの目は、なんらかの建物の中らしき長い廊下を走る、一人の黒髪の少女の姿を捉えていた。
左右にポニーテールがゆれ、その顔立ちは小柄な身長のわりには大人びて見える。
「お〜い、そんなに焦るなよマナ・・・大丈夫さ。」
そういいながら、黒い瞳をした黒髪の青年はあくびをかきながらのんびりと歩いている。
「そうですよ。次はザガン先生の航空演習でしょう? そんなにあせらなくったって。ねぇアモン? 」
アモンと呼ばれた黒髪の青年の隣には今起きたのかと思えるような豪快な寝癖のたった緑髪の青年が笑顔を浮かべながら並んで歩いていた。
そんなのんびりとした2人の言葉に、マナは立ち止まり振り向きざまに叫ぶ。
「な、何のんきな事言ってんのよ! お兄ちゃん、シャクス! 掲示板を見ていないの!? 次の時間の航空演習、ザガン先生が謹慎になったから別の教官がくるのよ!! 」
「謹慎? ・・・ああ、例の幼年部のガキと授業中に『西部劇ごっこ』したっていうアレね。ザガン先生らしいよなあ、オレも誘ってくれればよかったのに。」
「何を言うんです、アモン。ただでさえあなたは単位がギリギリなのに。」
シャクスの言葉にアモンは自慢げに答えた。
「それは、わざとさ! 生きるか死ぬか、ギリギリのところを全力で切り抜ける。そういうスリルがないと、人生つまらないだろう? 」
「もう!! そんな事どうでもいいのよ!! 馬鹿兄貴! 問題は代わりに来る教官なのっ!! 」
「一体誰が来るというんです? マナ。」
シャクスの問いに、マナは叫ぶように答えた。
「地球連合軍第31東アジア守備艦隊の艦長よ!! 」
マナの言葉にさすがのアモンとシャクスも驚いた。
「現役の・・・しかも第31東アジア守備艦隊のマクノール・アーキオ中佐が、ですかぁ!? 」
「あの、『青雷のマクノール』が・・・!! うおおおお!! マナ、シャクス、ぐずぐずするな!! 急ぐぞ!!! 」
猛然と全力疾走するアモン。
「ま、待ちなさいよ!! お兄ちゃん!! 」
「無理もないですよねぇ。アモンの尊敬する、『青雷のマクノール』の実習指導なんですから。」
二人もその後を追って走った。
カリフォルニアの空は、今日も高く澄んでいた。
演習用戦闘機の並ぶその滑走路で、既に整列して歴戦の勇者を迎えていた同期生の列の最後尾にアモン達は急いで合流する。
「アモン!! マナ!! シャクス!! 遅いぞ!! 何をしていた!!! 」
教官補佐としてその隊列の指揮をとっていたゼパル・ガープ少佐はその遅刻した3人を見逃さなかった。
他の士官候補生である生徒たちは、またはじまったよと少しざわめき始める。
しかし・・・。
「申し訳ございません!! ガープ教官!! 私の遅刻は申し開きする事はできません!! しかし、シャクス・ラジエル、マナ・サタナキアの両名は私のせいでの止むを得ない遅刻であります!! 従って、私、アモン・サタナキア! 罰として腕立て伏せ200回、やらせていただきます! 」
「あ? ・・・・ああ、・・・・よろしい・・・???? 」
あたりのざわつきがどよめきに変わる。
「お兄・・・・ちゃん? 」
「・・・・それは・・・変わりすぎでしょう・・・・・。」
マナとシャクスの言葉の意味。
それは本来ならアモンお得意の言い訳の羅列が始まり、アモンVSゼパルの壮絶な口論が幕開けるはずだったからである。
そして、いつも大体講義の時間を気にしてゼパルの方が仕方がなく身を引く。
ちなみにアモンのとったゼパルの講義の単位は今まで最低ランクのEのみであった。
(それでも、『不可』のFを与えないだけゼパルも良心的ではあるが・・・。)
そのどよめきを鎮めたのは、ゼパルの横に立つ一人の男であった。
「・・・アモンといったかな、君は。」
英雄マクノールの発言に、腕立て伏せをはじめたアモンはその動きを止めて立ち上がり敬礼する。
マナとシャクスもその横に並び同じく敬礼した。
「はい! アモン・サタナキアであります! 」
真摯なまなざしでアモン達を見渡しながらマクノールは問いかけた。
「アモン君、君は君のせいで仕方なくこの2名が遅刻をしたというが、それは遅刻の正当な理由足るべきものなのかね? 」
マクノールの問いかけに、マナとシャクスは凍りついた。
マナが口を開こうとする前に、アモンはマクノールに言った。
「申し訳ございません! 理由は・・・・言えません!! 」
アモンの答えにマクノールだけでなく、シャクスとマナも驚いた。
あのアーキオ中佐に対して、遅刻の理由を言えませんなどと堂々と口にしているのだから。
まあ、実際自分が遅刻したから他の二人も遅刻しましたなどとは、もっといえないことであるが。
シャクスとマナは冷や汗をかいていた。
「ほう、言えないとはどういうことかね。」
「はい! 私の私的な事ですので!! 申し訳ございません! しかし、この両名がそのために致し方なく遅刻した事は私の士官としての誇りをかけて証明いたします!! 」
「お・・お兄ちゃん。」
「アモン・・・。」
シャクスとマナは言葉をなくした。
マクノールはアモンに続けた。
「士官としての誇りにかけて、と言ったなアモン君。ならば、今の君はこの2名の命を預かる上官といえるだろう。部下の責任は君が取るということだな。」
「そ、そんな・・・。」
マクノールの最後勧告的発言に口を挟もうとするマナの口をアモンは右手で優しくふさぎ、答えた。
「・・・・はい! 覚悟は、できています。」
アモンとマクノールの真剣なまなざしが交錯する。
そして、先に目元をゆるませたのはマクノールの方だった。
「よし! それでは腕立て『300回』を3人分、計900回やりたまえ。」
もっと士官生命を左右するような事を言われるのかと思っていたアモン、シャクス、マナが見たその英雄の顔は、なんとも気持ちのいい笑顔を浮かべていた。
にわかに、喜びがこみ上げるアモン。
「はい! 了解しました。」
というと勢いよく腕立て伏せをしはじめた。
「そ、そんなお兄ちゃんだけにさせられないわ! 」
「そうですね、アーキオ中佐。私たちも・・・」
「ダメだ。」
言いかけたシャクスの言葉を遮るようにマクノールは言葉を続けた。
「いいかい、君達。部下の責任は隊長が責めを追わなければならない。そして、部下はその重みを知らなければならない・・・!! 」
「「!!! 」」
「今回の事は、察するに少し違うとは思うが、仮にも今彼は君達の上官である事を認め、責任を負うと進言した。それなら、君たちもそれを尊重し、その重みを知るべきだ。今後のためにもね。」
マクノールの言葉の重みが、マナとシャクスの胸に響いた。
もちろん、腕立て伏せをするアモンにも。
たかが、士官学校での講義。されど、それは命をかけた戦場へと直結する道。
たわいもないやり取りの中にも、戦場で生きるものはこうあるべきであると言う信念を教えてくれているようで、そこにいる誰もがこの男の偉大さをひしひしと感じていた。
今まで、言い訳ばかりをしていたアモンも男ならこうあるべきだと今までの自分を恥じながら一心不乱に腕立て伏せに励んだ。
アモンが腕立て伏せに励む中マクノールの指導の元、着々と航空演習が行われていた。2人一組になり、パイロットと戦闘機管制の2種類を交代で行う。マクノールは管制補佐を勤め、そこから管制役とパイロットの生徒に指導を行っていた。
アモンがふらふらになりながらそれに合流した頃にはもう既に演習は終了し、ほとんどの生徒は昼食休憩のために撤収していた。
「残念ね。お兄ちゃん。もう終わっちゃったみたい・・・。」
「すみませんね、アモン。」
マナとシャクスは申し訳なさそうにアモンに話す。
「い、・・・いいさ。また・・・・機会もあるさ・・・・。」
肩で息をしながら前向きに考えるアモンの言葉を、後ろから声をかけてきたマクノールは否定した。
「いや、残念ながらもう機会もないかも知れんぞ? 」
「そ、・・そんなこと、・・・言わないで下さいよ〜・・・。」
本気でがっかりするアモンを見てマクノールはにっこりと笑った。
「これは独り言だ・・・私はこれから自分の機体の調整を兼ねてテスト飛行をするのだが・・・カリフォルニアの空は初めてでな。誘導飛行してくれるものがいると助かるのだがなあ、さて困った。どこかにいないものかなあ。」
「!!!! じ、自分にやらせて下さい!! 」
「お、そうか。やってくれるか、アモン。任せてもいいのだね? 」
つばを飲み込み、アモンは答えた。
「はい!!! 」
その姿に、マナとシャクスもとても喜んだ。
「計器のチェックは入念にやりたまえ。何が起こるのかわからないのが戦闘機乗りの空の世界だ。」
「はい! アーキオ中佐! 」
「お兄ちゃん、気をつけてよね。サタナキア機、発進どうぞ! 」
「準備はよろしいでしょうか。・・・では、アーキオ機、発進してください。」
管制のマナとシャクスから発進シークエンスが伝えられ、演習用戦闘機と『青雷』の名を持つ歴戦の戦闘機が一機ずつ、カリフォルニアの大空に飛翔する。
今自分は、最高の目標としてあこがれていた『青雷のマクノール』と並んで空を飛んでいる。
アモンにとってこんなに嬉しい事はなかった。
そして、マクノールもまた、有望なこの青年と空を飛ぶ事を純粋に楽しんでいた。
「アーキオ中佐、中佐にとって空での戦闘とはどのようなものかお聞かせ願えませんか。」
アモンのその言葉に、マクノールは少し考えながら答えた。
「・・・・我々の当面の相手は誰だね? アモン。」
「・・・ザフト軍、です。」
一呼吸おいて、マクノールは話を続けた。
「残念だが、その通りだ。つまり、我々の相手は非常に優れた科学力をもっていると言う事だ。地球軍の戦闘機でザフトの強力な兵器を備えた戦闘機と戦うためには大きな技量を必要とする。私の場合は『空を裂く戦闘』。」
「『空を裂く・・・戦闘』!? 」
「そうだ・・・。いうなれば、小回りの利くMSのさらに上を行く速さを持って、何もさせないままに撃墜する。性能の差を補うために、音の壁を破る世界で戦うのさ。」
「そ、そんな事が可能なのですか!? 」
アモンの疑問は最もだった。
音の壁を越えて飛行したとしてもどうやって攻撃をかけるのか。
放ったミサイルだって確実に追い越してしまう事になるだろう。
できる事は・・・・。
「特攻・・・ですか!? 」
「半分あたりで、半分はずれだな。」
「!!? 」
その時だった。
『・・・ら・・・・・き・・・・・・・すか・・・? 』
「どうした? 管制!? 応答せよ!! ・・マナ!! 」
カリフォルニアの演習場からの通信が乱れ、混濁する。
「・・・これは。アモン! どうやらどこからか妨害電波が出ているようだ!! 」
「ええ!? 」
マクノールの言葉にアモンは驚いた。
「・・・つまり、どういうことか分かるかね。」
「中佐は敵が、・・・ザフトがこの空域にいると? 」
その答えにマクノールは口元をニヤリとさせ、
「・・・物分かりが早くて助かるよ。私はこのまま先行して探りをかける! 君は急速転換し、この電波状態の悪い空域を離脱! この事をカリフォルニアに知らせて索敵に当たらせろ! ・・・・今の君は、私の直属の部下だ! できるな? 」
「しかし、それでは中佐が! ・・・いえ、了解しました。自分は直ちにカリフォルニア演習場へ向い、索敵の指示をいたします! 」
「うむ、よい返事だ! 頼んだぞ、アモン・サタナキア訓練兵!! 」
そういうと、マクノールの青い戦闘機は音の壁を突き破るようにして稲妻のように加速して行った。
そして、アモンも演習場へと戻っていく。
「・・・みつけたぞ。こんなところまで偵察とは、ザフトもご苦労な事だな。」
その空にはザフト軍VTOL戦闘機インフェストゥスと軍用ヘリコプター・アジャイルの2機の姿があった。
「『青雷』の走るこの空域で、好き勝手な真似ができると思うなよ!!! 」
マクノールは操縦桿を勢いよく倒し、2機の戦闘機目掛けて飛んだ。
『・・・・ちゃん! ・・・・応答し・・て・・・お兄ちゃん!! 』
アモンはようやく妨害電波のあった空域から離脱し、管制のマナに報告を入れた。
「こちらサタナキア機! 管制、よく聞いてくれ!! ポイントA-3882付近にて妨害電波を感知!敵軍存在の可能性あり!! 現在、アーキオ中佐が先行し様子を探っているがそちらでも索敵頼む!! 」
アモンの声にこたえたのはゼパルであった。
『こちら管制!! やはり、通信が途絶えたのはそういうことか。マナとシャクスの言うとおりだったようだな。Nジャマーと簡易妨害電波の影響で乱れてはいるが索敵は既に完了している!! 恐らくザフトの新型戦闘機が2機だ! 』
「新型戦闘機が、2機もですか!? ガープ教官! 」
いかに『青雷のマクノール』が英雄だといっても戦闘機一機でザフトの新型戦闘機を2機も同時に相手にするなど無謀の沙汰だ、とアモンは焦りを感じていた。
『アモン! お前は、今すぐ帰投せよ!! 今第31東アジア守備艦隊のアーキオ中佐直属の戦闘機部隊にスクランブル要請を出している。』
ゼパルの要請に、アモンは首を横に振る。
「それでは遅すぎます!! あの機体速度なら今頃中佐は2機と既に交戦中です!! 自分が、援護に行きます!! 」
アモンの言葉に、叫び声を挙げたのはマナだった。
『無茶よ!! 演習用戦闘機じゃあ、武装だって演習用ミサイルが一基ずつしかないのよ!? 行ってどうなるのよ!!! 』
「アーキオ中佐は、空の戦闘とは、空を裂く戦闘だとおっしゃっていた。なぁに、飛べさえすれば何とかなるさ! 」
シャクスも叫ぶ。
『何を馬鹿な事を!! 空を裂いて戦闘なんて!! あなたとアーキオ中佐は違うのですよ!!? 』
『お願いだから、戻って! お兄ちゃん!! 』
しばらくの沈黙の後、アモンはマナにこういった。
「見てろよ、マナ。オレはやってやるさ。なぁに、空を裂いて飛ぶ事なんて・・・・・・・・・・・・・・・・簡単さ! 」
一体誰に見せたのだろうか。
マナ達になのか、自分自身の心になのか、それとも同じ黒髪を持った青い瞳の少年になのか・・・。
その戦闘機乗り候補の黒髪の青年は屈託ない笑顔を見せながら操縦桿を勢いよく倒す。
「くぅぅ!!! 」
いつもの倍以上のGがアモンの体を締め付けながら、先ほど飛んだ空域へと演習用戦闘機は飛んだ。
その頃、2機の新型戦闘機は自分たちに近づく一筋の稲妻の影を捕捉していた。
「あの青い戦闘機・・・『青雷』か!? なんで、こんなところに!!? 」
「ち、少し足を伸ばしすぎたようだな。このあたりにはやましい軍事施設もないし、やはり情報どおり士官学校とその演習場があるだけなのか・・・? だが、『青雷』が手土産となれば悪くはない!! やるぞ!! 」
2機のコーディネイトされた科学の結晶が、青い戦闘機に迫り来る。
「連合のおんぼろ戦闘機風情が、コーディネイターをなめるなよぉ!! 」
インフェストゥスが飛行しながら対空バルカンを乱射し、アジャイルの翼端から一機のミサイルが火を噴く。
しかし。
「鉄の蝿如きが、雷を捕らえられると思ったか!! 」
ひらりと全ての攻撃をかわした青い雷の戦闘機はザフトの2機を旋回しながら十分な距離をとり、そして狙いを定めて加速する。
音速を一気にぶち破った青い戦闘機がインフェストゥスに迫る。
「う、うわあああああああああ!!!! 」
そのあまりの接近スピードにインフェストゥスは微動だにできず、青い戦闘機がその近くを通り過ぎたときにはすでにその機体を四散させ、墜落して行った。
「なんなのだ! あの戦闘機!! 一体何をしたぁ!!! 」
アジャイルは目の前の理解不能な現象に動揺していた。
そう。
その青い戦闘機は音速で飛行し、すれ違いざまにミサイルをインフェストゥスに着弾させていたのだ。
まるで、冥土の土産をそっとその懐に置いてくるかのように。
その戦闘は、通常の空の戦闘の常識を確実に逸したものであった。
それはまさに、青い雷そのもの。
「あと一機か!! 一気にしとめてくれる!! 」
マクノールは反転し最後の戦闘ヘリコプター・アジャイルに加速する。
「く、くそぉぉぉぉ!!!! 来るならこい!! 向い討ってやる!! 」
焦りながらも、翼端のミサイルを構えるアジャイル。
これでも彼もザフトのエースパイロットなのだ。
たかが連合の戦闘機などに負けられないと言うプライドがあった。
しかし。
音の壁を破るその機速を目で追う事はできなかった。
気づいて砲の引き金に手をかけたときは既に青い戦闘機の姿はアジャイルの目前にあった。
「終わりだ!! 」
ミサイル発射ボタンに手をかけるマクノール。
しかし・・・・。
「な、何!! ミサイルが出ない・・不発だと!? 」
それは、不運だった。
ミサイル発射装置の整備不良によって攻撃不可能のままディンの横をすり抜ける青い戦闘機。
そして一瞬の油断から、その際アジャイルと接触し右翼を損傷してしまう。
体勢を崩しながらも無我夢中のアジャイルは、一気にスピードが落ちるその手負いの雷に無常にもミサイルで狙いを定める。
「死ねぇー!!! 『青雷』!!! 」
「し・・・しまっ・・・!!! 」
その時だった。
遥かかなたの空から一機の戦闘機が飛来する。
「アーキオ中佐ぁぁぁ!!! 」
アモンの漆黒の瞳の中で、大いなる力がはじけた。
アモンは最大加速し、空気の壁を切り裂いた。
そして、そのまま自分の方に向って飛ぶ青い戦闘機のすぐ上をニアミスしてすり抜け、ミサイルを構えるアジャイルに迫る。
「くらえぇ!!!!!! 」
アモンの演習用戦闘機の演習用ミサイルが2基同時にアジャイルの懐においてゆかれる。
そして、轟音!
演習用ミサイル2基はその音速の速度を得た事でアジャイルの装甲を破砕し、見事に撃墜した。
「はあ、はあ、はあ・・・・。」
肩で息をするアモンをみて、マクノールは驚愕する。
「・・・・なんというパイロットだ! ・・・・私の素養を遥かに上回る逸材・・・。」
次の瞬間、マクノールは微笑んだ。
若者達の中にも、次代を担う事のできる者達が育っている事を感じて。
演習場に帰還したマクノールとアモンの元に、マナ、シャクス、ゼパルの3人が駆けつけた。
「お兄ちゃん!!! この、馬鹿ヤロウ!!!!! 」
マナがアモンに飛びつき、
「まったく。心配させないで下さいよ。さすがの私も怒りますよ? 」
シャクスが笑顔を浮かべながら駆け寄った。
「アーキオ中佐、ご無事で何よりです!! 」
「ああ。すまなかったな。」
そう言ってマクノールに敬礼をしたゼパルはアモンの方に向き直る。
「・・・アモン! 貴様、分かっているのだろうな。」
ゼパルの言葉を受け、アモンが一歩前に出た。
喧嘩になる!
と思ったマナはアモンを止めようとするが、シャクスがそれを無言で止めた。
そして、アモンが口を開く。
「ガープ教官。先ほどの命令無視は全て私の責任です。戦場での命令違反がどれほど危険な事かを顧みず、私は独断で・・。申し訳ありません。この処分、如何様にも受ける所存です・・・!」
真摯な目をゼパルに向け、敬礼をするアモン。
いつもなら、喧嘩を吹きかけるはずのアモンの心は既に、一人の大人へと変わりつつあった。
生徒の成長を内心嬉しく思いながらも、ゼパルは軍人としての裁定をアモンにせねばならなかった。
「・・・そうだな。アモン、残念だがお前は今後パイロット候補から・・・・。」
「待ちたまえ、ガープ少佐。」
ゼパルの下そうとしたその発言を遮ったのはマクノールだった。
「彼に演習場に戻り、索敵を指示したのは私だ。そして、その瞬間から彼は私の直属の部下に配属させた。・・・部下の責めは上官である私が負おう。」
「な・・・アーキオ中佐!! それは・・・!! 」
「それに、少々アクシデントがあってね。彼が来てくれなければ私は確実に空の藻屑と消えていただろう。彼は優秀な・・・私の自慢の部下だ! 」
その言葉を聞いて、アモンの瞳から涙があふれた。
その様子を見たマクノールはニカっと笑いながら上着を脱ぎ、こう言った。
「よし! それではマクノール・アーキオ!! 腕立て『300回』を私と部下の2人分、計600回やらせてもらおう!! 私の部下として、その重みをそこで見届けてくれるかね? アモン。」
「!! はい!! アーキオ中佐!! 」
次の日の早朝、マクノール率いる第31東アジア守備艦隊は急な任務が入り、東アジア共和国方面へと帰還する事となった。
港では、イージス艦が3隻停泊しており、その波止場にマクノールとアモン、マナ、シャクスの姿があった。
「お世話になりました! アーキオ中佐!! 」
敬礼するアモン達3人に、マクノールも敬礼で返した。
そして、アモンに思わぬ言葉をかける。
「あの、青い戦闘機なのだが・・・。昨日の戦闘で右の翼が損傷していてな。すぐには任務に使えない。・・・そこで、君に預かってもらいたい。」
驚く3人にマクノールは続けた。
「君にはいい風を見る力があるようだ。あの戦闘機も使いこなす事ができるだろう。そうだな、機体は私の青い雷でも、両翼は君の駆る翼だ。翼の部分を君のその瞳と髪のように漆黒に塗って君のパーソナルカラーとしなさい。私からの手向けだ。」
思いがけない贈り物にまた瞳を潤ませるアモン。
「あ、ありがとうございます!!! 」
イージス艦に乗り込みながらマクノールはアモンに告げる。
「いつか、私の艦隊の戦闘機部隊の一員として返しに来なさい。約束だぞ? アモン! 」
「はい! いつか・・・必ず!!! 」
後に黒と青の戦闘機を駆り、『カリフォルニアの黒い風』と呼ばれるその青年は精一杯の敬礼をして、そのイージス艦を見えなくなるまで見送り続けた。
景色がまた、セピア色に包まれてゆく・・・。
そして・・・。
コウの瞳にぼんやりと黒髪のポニーテールの少女の顔が浮かんだ。
いや、それは心配そうな表情を浮かべているものの、少女と言うよりも凛とした女性の顔だった。
「マナ・・・・さん・・・? 」
「コウ! よかった、気がついたのね!! よかった!! 」
そこは、陸海空兼用輸送戦艦スローンの医務室の中。
クルー達は交代で、昏睡するコウにつききりの看病をしていた。
そして、今そこにいるマナの目からは大粒の涙が零れ落ちる。
「夢を・・・・・見ていました・・・・。不思議な・・・夢を。」
「夢? ・・・そう。ちょっと待ってて、みんなを呼んでくるから。」
そう言って部屋を出ようとしたマナは、コウの次の言葉に足を止める。
「・・・アモンさんに・・・・会いました・・・・。カリフォルニアの演習場で・・・。」
「え・・・!!!? 」
マナは自分の耳を疑いながら、その場に立ち尽くした。
〜第9章に続く〜
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