〜第6章 青き清浄なる乙女〜

 一人の少女がスローンの通路の窓から空を見つめていた。

「・・・サユ? 」

 MSドックから戻ってきたコウがぼんやりとたたずむサユに声をかける。
 はっとしたようにコウの方に向き直るサユはどことなく照れくさそうだ。

「スサちゃんの整備の方は終わったの? クシナダ少尉? 」
「少尉はやめてよ、サユ。・・・整備の方は、何とかね・・・。ホント疲れたよ。」

 一介の建築学専攻のカレッジ学生にとって、MSの整備などは未知のものであった。
 とはいえ、今日付けで軍属の扱いとなったコウにとって、それは避けては通れない試練の一つである。

 コウ・クシナダ少尉。

 M Sパイロットであるための階級措置であった。
 今日はみんな面白がって、コウの事をからかうように階級付けで呼んでいた。

「・・・それにしても、スサちゃんって何? 」

 恐る恐る聞くコウにサユは即答する。

「何って、コウの乗ってるMSの事よ? スサちゃん。ダメ? 」

 ダメかといわれると、なんとも答えにくい・・・・。
 返す言葉に困ったコウはとっさに話題を摩り替えた。

「そういえば、サユはここで何見てたの? 」
「ん。」

 コウの問いに、手を後ろに組んでいたサユはその小さなあごで窓の外を指した。

 どこまでも晴れ渡る青空に浮かぶ、白い星。
 月である。

 昼間の月は夜のそれとは異なり、純白の光で空のブルーに綺麗な丸い穴を開けていた。

「あそこにね、私の弟がいるの。」
「月?・・・もしかして月基地? 」

 コウの問いにサユは目を月に向けたままうなずく。

「フエンっていうの。優しくて、とってもいい子なんだ。・・・そ〜だっ、コウと同じでね、月のMSのパイロット候補生なの! 」
「へぇ、そうなんだ。」

 嬉しそうに話をするサユを見てコウの表情も自然に緩む。
 しかし、そのサユの表情が一瞬曇った。
 
「・・でもね、私は行けないんだ。何度転属願いをだしても。」

 サユが月基地に転属したいといっている事は、コウも知っていたがその理由は今はじめて知った。 気休めとは分かってもコウはサユに話しかける。

「・・・いつか、行けるよ。きっと。それまでは頑張らないとね! オレも協力するよ。」
「ほんとぉ!? 」

 サユの表情が輝いた。
 そのあまりの可愛らしい笑顔に、コウは少し頬を赤らめ視線をそらす。

「・・・あ、ああ。素人パイロットのオレにできる事なんかそんなにないだろうけど・・・。オレにも弟がいるからサユが心配する気持ち、少し分かるんだ。」
「そうなんだぁ。ねぇ、コウの弟さんって、どんなヒトなの? 」

 コウは窓の外の空に視線を移す。

「人前では無口な奴でね。でも面白い奴なんだよ。そうだなあ、シャクスさんとナターシャを足して2で割ったような感じかな? 」
「ぷっ、あはははははははは。」

 おなかを抱えて笑い出すサユにコウは驚く。

「ご、ごめんなさいっ! 想像したら可笑しくなっちゃっ・・・ぷくくくくっ。」

 サユは案外笑い上戸なのかなぁとコウは思った。
 ひとしきり笑ってから、サユが話を元に戻す。

「ふぅ〜、で、弟さん今どこにいるの? 」

 コウは深いため息をついてゆっくりと答えた。

「わからないんだ。母さんと日本にいるって聞いていたから。」
「! 」

 コウの母・・・・アリア・クシナダは、父・ケインの話では今この船が向っている最終目的地、研究所『ネブカドネザル』にいるという事になっていた。

 なぜ、ケインがコウに嘘をついていたのかは分からないが、その複雑な現状をサユも察した。
 そしてサユはこう言った。

「じゃあ、アフリカで会えるかもしれないね、お母さんと弟さんに・・・。」

 その一言にコウははっとした。
 そして、心がとても穏やかな気持ちで満たされた。
 『不思議な空気をもつ子だな。』
 コウはそう思いながらサユに礼を言った。

「そうだね、ありがとうサユ。」

「君はどこでもデートできるのね?リトちゃんに言いつけるわよ?」

 煙草をふかしながらやってきたのはアイリーンだった。

「ア、アイリさん! リ、リトは関係ないじゃないですか!!? 」
「あら、じゃあなんで動揺するわけ? 」

 そう言いながらアイリーンは意地悪な笑みを浮かべる。

「えっ? リトって誰なんですぅ? 」
「コウ君の恋人よ! 」
「ア、アイリさん!! 」

 サユの質問に即答するアイリをコウは止め切れなかった。
 ・・・・終わった・・・。コウはそう思い、サユの方を見た。

 案の定サユの顔はこれ異常ないくらいの満面の笑みに輝き、好奇の目をコウにぶつけている。
 そして、サユは元気よく挙手した。

「はいはいは〜い! クシナダ少尉! その件についてじっくりお聞きしたいで〜す! 」

 こうなったサユは誰にも止められなかった。
 こういう恋愛話には目がなく、昔シュンが根掘り葉掘り聞かれて酷い目にあったという事を聞いていた。
 シュン曰く、「サユには尋問の才能があるよ」との事である。

 コウが逃げ場を探そうとしたその矢先の事であった。

「はいはいは〜い! 『カラーズ』アイリーン・フォスターもその特別任務に参加しまーす。」
「・・・アイリ・・・さん・・・。」

 それだけではなかった。

「それでは、自分シュン・スメラギもクシナダ少尉の事がもっと知りたく思いますので、参加させていただきます!!! 」
シュンが手を上げ、

「・・男の昔話ほど退屈なものもないが、リトさんのことを知るためにも、ま、付き合うさ」
レヴィンも軽く手を上げ、

「クシナダ少尉。同じ部隊の仲間に秘密はよくないわ。早速取調べを行います。」
マナが、

「いや〜、なんだか楽しそうですねぇ。ね、ナターシャ。」
シャクスが、

「はい、先生。・・・私も、聞きたいです。」
そしてなんとナターシャまでもが手を挙げる。

 いつの間に集まったのか、クルー全員が廊下に揃い、コウ・クシナダ尋問大会の参加を求める挙手をしていた。

「・・・・レヴィンさん、操縦は? 」
「野暮だなお前は。今はオート操縦さ。」
「・・・そう・・・ですか・・・。」

 生真面目に無駄な質問をしたコウのずり落ちる眼鏡を尻目に、マナが声を上げる。

「それでは、総員ブリッジに集合! コウ・クシナダ少尉の取調べを行う! 」

 歓声の挙がる中、コウは目をうつろにしてつぶやいた。

「・・・もう、・・・・なんでもいいや・・・。」

 かくして、スローンのブリッジにて長時間にわたる尋問(暇つぶし)が幕を開けた。




 激しい砂塵が吹き荒れる、アフリカ大陸のとある砂漠に張られたピンクのテントの中に、一人の男が入ってきた。

「・・今やっと連絡が取れたよ。もうすぐ『物資』を積んだ輸送戦艦が到着するようだ。」
「そうですの。本当に、待ちくたびれましたわ。」

 場違いとも思える中世のアンティーク風の椅子に腰掛けるその少女は、輝く金色の瞳で渡された書類に目を通す。

 その佇まいはまるでどこかの国の貴族のようであり、カールを巻いたブロンドの美しい髪が彼女の高貴な雰囲気を高めていた。
 ただし、サンドブラウンを基調とした迷彩服を除けばの話であるが。

「輸送船の名は・・・・『スローン』、と言いますの? かわいらしい名前ですわね。わたくし、気に入りましてよ。」
「・・気に入るも何も、ただ『物資』の引渡しをするだけだぜ? 」
「・・・でもこの黄金色の船の姿を見る事はできるのでしょう? 」
「まあな。」
「ああっ。楽しみですわっ! こんなに幻想的な艦を間近で見られるなんてっ! 」
「はぁ、また始まったよ。リーダーのメカ妄想が。」

 外では一向に止みそうもない砂嵐が吹きすさんでいた。



「この砂嵐はすごいですねぇ。」
「・・・・・・・。」
「あ・・・・。その・・・。」

 ブリッジにてシャクスの言葉にマナは無言を返した。
 マナはシャクスに怒っていたのだ。
 理由は、このスローンにあった。

 現在スローンはアフリカ大陸に入り、砂漠地帯の砂嵐の中をランドモードで走行中であった。
 そもそもスローンは陸海空兼用の輸送戦艦であり、空を飛行するだけでなく海中でも潜水艦と同等なスクリューをもったマリンモードに変形でき、陸上では高速走行が可能なキャタピラ付きの車輪をもったランドモードに変形できた。

 ここまでは、クルーの誰しもが知っている事だった。
(コウは知らなかったが。)

 しかし、もっと重要な事をシャクスは黙っていたのである。
 それは、スローンの装甲にあった。
 スローンの装甲はラミネート装甲を採用しており、本来は白色に彩色されるはずであったのだがシャクスの好みで金色に塗られてしまっていた。
 だがスローンの装甲にはもう一つ、大きな機能があった。

それは、保護色。
 
 状況に応じて、周囲の環境に一番近く同化できる色彩を装甲に展開できる機能である。
 シャクスはどうしてもこの黄金の勇姿に拘ってしまい、今日まで言い出せなかったのである。

 これがあれば、先日ロシアの補給基地を襲ったザフト軍の尾行も撒けていたのかもしれない。
 そう考えると、マナはシャクスの軽率な行動に無償に腹が立った。
 まあ、それがあったからこそコウという新たな仲間が増えた事は確かなのだが・・・。

 そういうわけで、現在スローンは砂漠を模したサンドブラウンの装甲色をしていた。

 無言のプレッシャーに耐え切れなくなったシャクスはついでとばかりにコウにスサノオの話をした。

「そうそう、コウ君。このスローンにはスサノオ専用の背部換装パックも搭載されているんですよ。」
「ああ、ディスクの映像で、父が言っていたヤツですか? 」

 コウはディスクの内容を思い出した。
 スサノオは元々陸戦型のMSで、空中戦用と海中戦用の背部換装パックがあると言う事を。

「そうです。一つは『ヤクモ』。これをつける事でスサノオは大気圏内の単独飛行が可能となります。かなり高性能なジャイロスコープが搭載されていますので、恐らく竜巻発生装置『テング』を使っても安定した飛行が可能となるでしょう。まさに嵐の神にふさわしい換装パックです。」
「もう一つは、何なんです? 」

 シュンの質問にシャクスは目を輝かせて答えた。

「もうひとつは『ワダツミ』。海中戦用のパックです。高出力のスクリューとホーミング魚雷を装備していて海中での機動性、攻撃力共に最高です。また、空気を噴出する事で驚異的な加速も可能です。大容量の空気ボンベも積んでいますのである程度の時間なら海中でもエネルギーを作り出せます。」
「へぇ、そりゃすげぇぜ。なあ、コウ。」

 レヴィンの言葉にコウも素直にうなずいた。
 ブリッジの空気が変わり始めた事にシャクスがほっとした矢先にマナが言い放つ。

「でも、砂漠じゃ必要ありませんね。」
「・・うっ・・・・。マナ・・・さん。」

 シャクスは大きくうなだれた。
 その時通信が入った。

「副艦長、マルタイ(対象のヒト)から入電です! 今から言う場所で、物資の受け渡しを願うとの事! ポイント・・・・B、1063です! 」
「そう、了解したわ。レヴィンお願いね。」
「了解・・・!」

 急速で右前方へ艦を転換させるレヴィン。

「これから合う人たちって、誰なんですかぁ? 」

 サユの質問にシャクスが答える。

「これから会うのは、ザガン大佐の知り合いの方だそうです。ネブカドネザルまでのコース上にいらっしゃると言う事で、ついでに頼まれた物資を渡すだけなのですが・・・。その・・・。」

 言葉を詰まらせるシャクスを皆が疑問に思う。マナだけは既に知っているようだが。

「・・・相手は、ブルーコスモスの方々です。」

「「「「「「えぇ!!? 」」」」」」

 さすがにそれには、今まで黙って話を聞いていたアイリーンやナターシャも驚いた。

「ザ、ザガン先生は、ブルーコスモスだったんでありますか!? 」
「う、うそ〜!!? 」
「あのもうろくジジイが、ブルーコスモスのはずあるか! 」

 教え子達が騒ぎ出す。

「ブルーコスモスって、あのコーディネイターを全面否定する・・・テロリストですよね? 」
「まあ、平たく言えばそうね。でも全員が全員過激な人間ばかりとは限らないと思うけど・・・。」

 コウとアイリーンも顔をいぶかしめた。

「ザガン大佐はブルーコスモスではないわ。ただ、よくは分からないけど今から行くところでリーダーをやっている人と知り合いらしいのよ。受け渡す物資も兵器じゃなくて水や食料の支援物資だって言うし、断りきれなかったのよ。」

 マナはちらりとシャクスに目を向け、話を続けた。

「それもこれも派手な金色の輸送艦でザフトにつけられて基地内でどんぱちやってしまったからかもね!! 」

 クルー一同は、マナが怒っていた理由にやっと納得した。
 まあ、尾行の件は保護色を使っていたとしても実際どうだったかは分からないが、ブルーコスモスに支援をするということ自体、マナをイライラさせていたのであった。

 重苦しい沈黙を保ったまま、スローンは目標の地点目指して走行する。



「ん〜、そろそろ時間ですわね。」

 ポイントB1063にあるのはオアシスであった。
 激しかった砂嵐も一段落し、輝く太陽がじりじりと大地を焦がしている。

 ブルーコスモス・アフリカ清浄化同盟ピュリフィケイションのリーダーであるフルーシェは、スローンの到着を心待ちにしていた。

「ああ、待ち遠しい! あの優美な黄金の船が!! 」

 まるでバレリーナのようなポーズで妄想にふけるフルーシェのいるテントに、吉報が届く。

「リーダー、来たみたいだぜ。」

 部下を押しのけて、ものすごい勢いで走ってゆくフルーシェは外を360度見回した。

「どこ! どこですの!? わたくしの天使ちゃんは!!? 」

 フルーシェの意味不明の言葉に頭を抱えながら、ピュリフィケイションの一人であるガルダ・サンジュマーは指差した。

「リーダー、あれだよ。」

 その指差す先に見えるものは、薄汚いサンドブラウンの陸上装甲車と寝癖のたった緑髪の男。
 ・・・それ以外は果てしなく広がる砂漠のみ・・・・・。
 ということは・・・・。

「え〜〜〜〜!!! 約束がちがいますわ!!!!! 」

 さらに意味不明な言葉を発しながらフルーシェはシャクスの胸倉をつかんだ。

「な、な、な、なんですかぁ!? 」

 フルーシェはそんな様子にも目もくれず、胸倉をつかんだままシャクスの体をゆすり続ける。

「せっかく、せっかく、せ〜〜〜〜〜っかく、楽しみにしておりましたのにっ!! あんな薄汚い見慣れたサンドブラウンの陸上装甲車が来るなんて、あんまりですわ〜〜〜!! ああ、わたくしの金色の天使ちゃんを返して〜〜!!! 」
「は、はああ? 」

 意味の分からないままシャクスはゆすられ続け、フルーシェの部下達が慌ててそれを止めた。


「・・・では、約束のもの確かに渡しましたよ、ガルダさん。」
「かたじけない。助かりますよ。ザガン大佐にはよろしく伝えといてください。」

 笑顔でうなずくシャクス。
 そして、オアシスの水辺の側で体育座りをしてすっかりいじけてしまった、バルバトスが知り合いだと言っていた少女に話しかける。

「あの〜、フルーシェさん、でしたよねぇ。」
「・・・・なんですの?」

 フルーシェの声は明らかに機嫌が悪そうだった。

「いえ、ザガン大佐からよろしく伝えるように言付かっておりまして。それより、金色のスローンが見たかったんですか? 」

 シャクスのその言葉にフルーシェはピクリと反応した。

「・・ええ。あんなにエレガントでビュ〜ティホ〜なんですもの。ああ、残念ですわ・・。」

 フルーシェのその言葉に、シャクスはいたく感動した。

「そうでしょう、そうでしょう!いやぁ、分かる人にはわかるものですねぇ!!あの色の良さが!!分かりました!お見せしましょう!!」
「・・・・え!?どういうことですの?」


 フルーシェを筆頭にしてピュリフィケイションの面々がスローンの周辺に集まった。

『みなさ〜ん、よく見ていてくださいね〜!! 』

 スピーカーからシャクスの声が響き渡る。
 次の瞬間、スローンの装甲が砂漠を模したサンドブラウンから輝く黄金色に変化した。

 おお〜、と砂漠に歓声があがる。

「ああ、・・・・ビュ〜ティホ〜・・・・・。」

 至福の笑顔を浮かべ、機体をまじまじと見つめるフルーシェを見ながら、ブリッジにいたシャクスは満足げに何度もうなずいた。

「・・・・。それでは、出発しても? 」

 マナの冷たい視線がシャクスに突き刺さる。

「え、ええ。すみませんでした。行きましょう。」
「・・・・レヴィン、発進よ。」

 そういうとランドモードのスローンは再び保護色を展開し、オアシスを発進した。

「はぁ〜、ため息が出るくらいビュ〜ティホ〜な船でしたわねぇ〜。バルバトスおじ様に感謝しないとですわ〜。」
「・・・・・いや、感謝するのはそこじゃないだろう・・・・。」
「何か言いまして? ガルダ? 」
「・・・い〜え、何も。」

 そういうとピュリフィケイションの面々はテントの中に引き上げていった。



「・・・・捕捉した。」

 周囲の光学映像をくまなくチェックしていたメイズの口から、待ちわびていた知らせがエリスとメリリムに届いた。

 エリスが合流して2日目。
 ツヴァイと共に別任務(まずは謹慎)に回される事となったカルラを欠いた隠密偵察型輸送船「バズヴ」は、不覚にもあの目立つ金色の機体の姿を完全に見失っていた。
 それもそのはず、メイズ達はスローンの保護色機能の事などまったく知らなかったのだから。
 なまじ目立つ機体であるが故に、よもや色が変わっているとは思わず発見まで時間がかかってしまっていたのである。

「まさか、『リトルジパング』にそんな機能があるなんてね。ナチュラルめ! 」

 メイズの目視により確認されたスローンの保護色機能に、エリスは舌打ちした。

「で、で、でも、捕捉出来たんですよね? じゃ、じゃあ・・・。」
「ああ、ここは既にザフトの勢力圏内だ。・・一気に攻撃をかけよう。」
「そうね。でも、あのブルーコスモスのキャンプはどうする? 」

 スローンがオアシス周辺に停泊しているところを捕捉した為、一緒にいたブルーコスモスのピュリフィケイションのアジトがそこにあると言う事が、既に判明していた。

「・・・我々の任務は、『リトルジパング』の撃沈ともう一機のミコトの回収だ。ブルーコスモスの方は、アフリカ方面軍にでも通信を入れておくさ。」
「そうね、『砂漠の虎』がいなくなったとはいえ、あの程度の規模の拠点制圧ならなら十分でしょうしね。」

 砂漠の虎、アンドリュー・バルトフェルド――――。

 アフリカ方面軍きっての名将で、スエズ攻防戦ではユーラシア連邦の強力な大戦車部隊に対して、陸戦型MSバクゥを投入した奇策を講じ多大な戦果を挙げた。

 地上空母レセップスを旗艦に、MS部隊を率いて地球に降下した連合軍の新造戦艦アークエンジェルに激しい攻撃をかけたが、ヘリオポリスでの強奪を唯一まぬがれた連合のMSストライクとの戦闘で、愛機であるラゴゥとともにMIAとなった非業の将である。

「・・・・ストライク。ミゲルを、殺した・・・・・!!! 」

 エリスの瞳に憎しみの炎が燃える。
 何人の同志の命を奪ってゆくつもりなのだ、ナチュラルは。

「? ・・・ど、ど、ど、どうしました? エリス? 」
「・・・なんでもないわ。さあ、行きましょうか! 」
「・・・ああ、行こう。」

『ストライクもいずれ私が消してみせる。でもその前に、ダヌー、ノイッシュ、ディラン。あなた達の仇を、今日こそ討つ!! 』

 不和の女神を名に持つ復讐鬼となったエリスは、コウとはまた異なる種類の決意を胸にしていた。

 MSドックの3機のモビルスーツのカメラアイに命が宿る。

「メイズ・アルヴィース、ディン・ハイマニューバ、発進する・・・! 」
「メリリム・ミュリン、ドライ、行きます!! 」

 2機の堕天使が灼熱の空に舞う。
 そして、

「エリス・アリオーシュ、アマテラス、行くわよ!! 」

 太陽色の装甲を持つ光の神の如きそのミコトの姿が、空にひときわまばゆく輝いた。
 そして攻防兵装システム≪トクサノカンダカラ≫の一つ、脚部装着型空中飛行ユニット≪ハチノヒレ≫を両足に装着し、アマテラスは空中を自由自在に駆けてゆく。
 もう一機のミコトを、破壊するために。
 それが、憎しみの連鎖を断ち切る唯一の方法であると信じて・・・。



「かろうじてですが・・・・レーダーに機影!! 数・・・2、いや3です。データ照合・・・・ディンと、恐らく先日の黒いモビルスーツと同型のもの・・・それから・・・!! ・ア、アマテラス!!? 」
「なんですって!? 」

 シャクスも驚きの声を上げた。

「・・・くっ、すみません皆さん、私が保護色を解いたばっかりに・・・・。」
「シャクスのせいではないと思うわ。これは、傭兵としての勘だけどね・・・。そんな事より、出るわよ2人とも!! 」
「はい! 」

 返事をし、ドックに走りかけたコウをマナが呼び止めた。

「コウ君! 今回はあなたもパイロットスーツを着なさい!! 」
「え、でもオレのがあるんですか? 」

 コウの質問に、マナは息を飲み込んで答えた。

「兄のパイロットスーツがドックにあるの。君と同じくらいの体格だから着れると思うわ。」
「!! ・・・・分かりました!!! 」

 そのパイロットスーツを着る事の重みを理解したコウは、アイリーンと共にMSドックへと駆けた。

「・・・失敗は、行動で返します!! 」

 マナに一言告げて、シャクスも後を追う。

「シャ、シャクス! 私は別に!! ・・・もう!! ・・・総員第一戦闘配備!! 」

 シャクスが思いつめて変な事をしないか不安になりながらマナはクルーに檄を飛ばす。


「ハッチ開きますっ!! 」

 サユの元気な声とともにハッチが開き、3機のMSが出撃体制に入る。

「カタパルト接続、システムオールグリーン! フォスター機発進、どうぞっ! 」
「アイリーン・フォスター、ブルーセイヴァー、出るわ! 」

 青い剣士が、

「シャクスさん、マナさんがあまり気負わないようにだそうです! 」
「マナさん・・・。了解ですと伝えてください・・・。」
「はいっ。ラジエル機発進、どうぞっ」
「シャクス・ラジエル、ジン、行きますよ!!」

 緑の勇士が、太陽の照りつける大地へと投げ出された。

 アモンの形見である黒と青のパイロットスーツに身を包んだコウは、スサノオのコクピットからブリッジのサユに通信を入れる。

「サユ! 『ヤクモ』を出してくれ! 」
「『ヤクモ』を? 了解! ・・・空戦型背部換装パック『ヤクモ』、装着・・・! 」

 空を舞う2機の堕天使と全局地対応型の太陽の神を相手にするため、コウはスサノオの機動力を高める翼を選んだ。

「コウも、気をつけてね! クシナダ機発進、どうぞっ! 」
「コウ・クシナダ、スサノオ、出ます!! 」

 新たな翼を得た荒ぶる風の神が、灼熱の大空へと飛翔する。
 スサノオのその瞳は、オレンジ色に輝くその宿敵の姿を捉えていた。

〜第7章に続く〜



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