〜第4章 決意の光〜

 

「開け、・・・・ゴマ!!」

「コウ君・・・まじめにやんなさいよ!」

 

 コウの投げやりな呪文の言葉に、隣でブルーセイヴァーの整備をしていたアイリーンのツッコミが入る。

 

「アイリさん、そうは言いますけどね・・。」

「ハイハイ、覚えてないんでしょ、暗証コード。そんなの分かってるわよ。でも、あの状況で『開け、ゴマ!』なんていう人間はいないでしょ!普通。」

 

 コウは今、スサノオのコクピットに座って、パイロットロック解除のための暗証コードの入力を試みていた。

 シャクスの言うとおり、指紋、声紋、D.N.A.までの照合はすんなり終わったのだが、最後の暗証コードの入力がどうしてもうまくいかなかった。

 それもそのはず、激昂してスサノオに乗り込んだコウには、そんなものを入力した記憶などなかったのである。

 実際、スサノオが勝手に認識したものが暗証コードとなっているようなのだが・・・。

 やり始めてもう、かれこれ3時間になろうとしていた。

 

 あのディスクの衝撃的なメッセージを聞いてから既に2日たっていた。

 父をなくし大分落ち込んでいたコウも、まだ心なしか暗いがなんとか普通に生活できる程度には立ち直っていた。

 

 目的地であるアフリカは現在ザフトの勢力圏内である。

 そのため、途中2つのポイントで補給と休憩を取ることになっていた。

 その1つである中国の補給基地は既に通過してしまっている。

 

 本当はスサノオのパイロットロックを解除して、コウには中国基地で降りてもらう計画だったらしいのだがこの通り解除の目途が立たず、ギリギリまでこの艦に乗る事となっていた。

 次の補給基地はロシア最南西端の基地であり、グルジアとの国境付近に位置する。

 そこから南下を始めるとじわじわとザフトの勢力圏へと変わっていくため、いつ攻撃を受けるか分からない。

 

 コウはそのロシアの基地に到着するまでにこのパイロットロックを解除しなければならなかった。

 その到着まで、あと2時間。

 

 既に絶望的な空気がコウの周りに流れている。

 投げやりなのが、その何よりの証拠であった。

 

「やっぱり、だめですか?」

 

 見かねたシャクスが自分のジンの調整の手を止め、コウとアイリーンの元へとやってくる。その傍らには、ナターシャの姿もあった。



「ちょっと聞いてよ、シャクス!コウ君ったら、暗証コードわかんないからって適当な言葉言ってんのよ?」

「・・・コウさん。適当は、よくないです。」

「うん、ナターシャの言う通りですねぇ。でも、忘れてしまったものは、仕様がありませんよねぇ。」

「・・・・。すみません、オレのせいで。」

「まあ、まあ、気にしないで下さい。知らなかったんですから。何とかなりますって。私もこうならないようにとっておきの暗証コード、考えてたんですけどねぇ。」

「え、シャクスさんもミコトシリーズのパイロットだったんですか?」

 

うなずくシャクスにコウとアイリーンは驚いた。

「私はアマテラスに乗る予定だったんですよ。エ〜クセレントな機体だったんですけどねぇ・・・、くぅ〜〜残念です。」

「・・・先生は、緑のジンの方が似合っていると思われますが。」

 

ナターシャの何気ない一言に、『どういう意味なんだろう』と少しだけ凍りつく3人。

 

「あはは・・・、そうかも、ですねぇ・・・。さて、整備に戻りますか、ナターシャ。」

「はい、先生。」

 

作業に戻るシャクスにアイリーンが素朴な疑問を投げかけた。

 

「ちなみに、『とっておきの暗証コード』って、どんなの?」

 

コウとアイリーンはまさかな、と思いながらつばを飲む。

 

「『開け、ゴマ!』ですけど?」

「「おい!」」

 

2人のつっこみが美しくハモった。

 

 

 

 

「ちっ、退屈だぜっ!」

 

 隠密偵察型輸送艦「バズヴ」のブリーフィングルームにいるカルラの機嫌は、すこぶる悪かった。

 この4日間ただ『リトルジパング』の後を尾行するだけだったからである。

 しかし、それも当然の事であった。

 ザフトの勢力圏ならまだしも、連合の勢力圏での戦闘は極力避けるべきであったからである。

 

 この隠密偵察型輸送艦「バズヴ」はその名の通りMSを搭載したまま隠密潜航や偵察をするために開発された艦であり、武装はほとんど付いていない。

 加速性能も皆無に近い。

 その代わり、何日間も敵機や敵艦を尾行追跡することができるように燃費はすこぶるよく、7日間連続で飛行し続ける事すら可能であった。

 

 4日間の尾行追跡で、『リトルジパング』が西へ西へと向っている事だけは確認できたが、まだその最終目的地は判明していなかった。

 

 というのも、今回の指令は『リトルジパング』の撃沈から、その動向を探る事に変更されていたのである。

 どうやら、先日奪取したアマテラスという機体にある情報で、どうしても外部からのデータ入力が必要な部分があるため、それを探るための様子見といったところだろう。

 

 つまり、『リトルジパング』の動向、即ち目的地が判明しなければ、例えザフト圏内であっても攻撃する事は隊務違反となってしまうのである。

 

 その回りくどいやり方に、カルラは無性にイラついていた。


「あの金ぴかぶっ壊して、連合の奴らに拷問でもしてはかせりゃいいんだ!めんどくせぇ!!」

 

愚痴をこぼしながらカルラは側にあった椅子を蹴り飛ばす。


「・・・ずいぶんと、元気なことだな・・・。」

「・・・フン、何が悪い!?」

「・・・・。」

 

青い軍服をまとった赤髪の少年が、ブリーフィングルームに入ってきた。

 

ザフト地上侵攻特務隊の一人、メイズ・アルヴィースである。

 

 メイズは、元々はザフトレッドのエリートパイロットであった。

 しかし、どういうわけか自ら進んで地球派遣兵に志願し、カーペンタリア配属となる。

 冷静沈着かつ正確な指揮とMS操縦を誇り、彼の駆る赤紫の専用機、ディン・ハイマニューバはカーペンタリアの「紫翼の堕天使」として地球軍に恐れられた。

 宇宙から率先して地球に来たこの英雄に皆敬意の念を持ったが、そんな周囲の評価とは裏腹に、メイズはただ面倒な事が嫌いなだけであった。

 いうなれば、自分が楽なことをする以外に興味を持たない性格なのだ。

 宇宙から地球に来たのも、ただそちらの方が楽そうだったから。

 そして、青服の任命を受けたのも自由に動く事ができると考えての事であった。

 だが、他人に冷たい人間と言うわけではなく、これでも仲間の事はそれなりに大事に思っていた。

 

 しかし、燃えるような色とは裏腹に深く冷たい輝きを秘めている真紅の瞳は、片方の瞳が髪で隠れている事も手伝って、そんな彼の心を誰もうかがい知れないものにしていた。

 

 カルラは、この男が苦手であった。

 物事をずばずば言う上に何を考えているのか、一向に分からなかったからである。

カルラがいらいらする原因はメイズのせいでもあったのかもしれない。

 

「・・カルラ、吉報だ。」

 

メイズの言葉に、カルラはうなった。

 

「あん?吉報?」

「・・・先ほど、地球連合軍と『リトルジパング』の通信を傍受した。」

 

メイズの思わぬ報告にカルラの目が輝く。

 

「って事ぁ、金ぴかの目的地が分かったってことかよ!?」

「・・・・ああ。」

 

カルラの顔に邪悪な笑みが広がる。

メイズは気にせずに話を続けた。

 

「・・Nジャマーの影響で傍受した通信は飛び飛びだが、今までに傍受した情報をまとめると、こうだ。

『リトルジパング』はこれより後、グルジアとの国境付近にあるロシアの補給基地に寄航。明日早朝に出航し、そのままアフリカ大陸の紅海沿岸にあるなんらかの施設に向うらしい。」

 

「よ〜し、なら早速落としてもいいんだよな!?メイズ!!」

「いや、ダメだ。」

 

 メイズの即答にカルラは喰らいついた。

 

「なんでだ!!もう奴らの動向はつかんだんだろぉが!!!」

 

 熱くなるカルラとは逆に、メイズは淡々と答える。

 

「まだここは連合軍の勢力圏内だ。攻撃は、奴らがアフリカ大陸に入ってからかけることになる。」

「まだ待てっていうのか!?グルジア近辺っつったら、もうほとんどザフト圏内みたいなもんだろぉが!!!」

「・・・・もう一度言う。攻撃は、奴らがアフリカ大陸に入ってからかける。以上だ・・・。」

 

「〜〜〜〜〜〜〜!!!ちっ!!!」

 

カルラはまた側にある椅子を派手に蹴飛ばしてブリーフィングルームを出て行った。

 

「・・・・・・・・。」

 

メイズは無言のまま、別の椅子に腰掛け読みかけの本を読み始めた。

 

 

 

 

「『おのれぇー、ザフトめぇ!』なんてどう?」

「『燃え上がれ、燃え上がれ、燃え上がれスサノオォ!!』はどうかな?」

「『スーパーミラクルワンダーバケーションスペシャル!!』なんて、エ〜クセレントじゃないですか?」

「う〜ん、私には面白いの思いつかないなぁ。」

 

 スサノオのコクピットにはアイリーン、シュン、シャクス、サユがコウを囲んでわいわいと暗証コードを考えていた。

 

「う〜〜〜〜ん、当然とは思ったけど、全部だめだぁ〜!!!!」

 

大の字に伸びをするコウに、アイリーンが食いつく。

 

「『当然とは思ったけど』って何よ!!人がせっかく考えてあげてんのに!!」

「ああ、すみません!感謝してますよ、アイリさん。」

 

「『死ね』・・・・・っていうのはどうです?」

 

整備中のジンの影から顔を出したナターシャの言葉に、一同は凍りつく。

(でも、コウは生真面目にこれを試す。)

 

「これ以上はもう難しそうだよね。ラジエル艦長、艦長のメカニックとしての力で何とかならないんですか?」

 

シュンの言葉に自分の無力さを感じたシャクスは、苦笑いをして肩を落とす。

それを見たナターシャがシュンに言った。

 

「・・・シュンさん。いくら先生でもできないものはできません。むしろ(メカニックなんて)できない事の方が多いんです。」

 

 フォローしたつもりが『メカニックなんて』を付け忘れてしまったため、さらに落ち込むシャクス。ナターシャはそれをみて、目をぱちくりする。

 

 全員にこれはだめだなという空気が流れたとき、ブリッジのマナから艦内アナウンスが入る。

 

『総員に入電!本艦はこれより、ロシア最南西端の特別補給基地に寄航する。ラジエル艦長、スメラギ軍曹、ミシマ軍曹は至急ブリッジへ!』

 

急いでMSドックを出て行く3人を見つめながら、コウはがっくりと肩を落とす。

 

「間に合わなかったか。」

「ま、仕方ないわね。」

 

煙草に火をつけながらアイリーンもうなだれた。

 

「・・・なら、コウさんがこのまま乗ってしまえばいいのでは?」

「ナ、ナターシャちゃん、それは・・・。」

 

ナターシャの突然の言葉に、アイリーンはくわえていた煙草をうっかり落とす。

 

「・・・・・・・。」

 

いつの間にか日は落ち、満天の星が広がっている空をコウは無言で見つめていた。

 

 

 

「がっはっはっは、よくきやがったなぁ!たいした歓迎はできねぇがな。」

「お久しぶりです、ザガン大佐。一晩ですが、お世話になります。」

 

滑走路に着艇したスローンのクルー達を出迎えたのはこの補給基地を統括している

地球軍ユーラシア連邦のバルバトス・ザガン大佐だった。

 

「ところで、シャクス!ガキどもは元気にやってるか。」

「ええ、彼らなら・・・・。」

「あー!!!ザガン先生ぇー!!!!」

 

シャクスの声を遮って、艦から降りたサユが走ってきた。

 

「おー!!サユかぃ!達者にやってたかぁ!?」

「はいっ。でも、フエンとは離れちゃって・・・。」

「おうおう、聞いたぞ!月基地でパイロット候補生だってなぁ!大出世だなあいつぁ!」

「むー。あたしも行きたいのに・・・。先生ぇの力で何とかしてくださいよぉ!」

「がっはっはっはっは、そいつぁ無理な相談だぜ。それができりゃ、オレも今頃、『月人』よぉ。」

 

 サユにはフエン・ミシマという弟がいた。元々軍に志願したフエンが心配で、自分も軍属になる事を決めたというほど、サユはこの弟の事がかわいくてしょうがなかった。

 

 そして、バルバトスはつい最近まで軍の士官学校の教官をやっていたのである。そんなわけで、サユとフエンは姉弟そろって、この鬼教官に世話になっていた。

 サユたちだけではなく、スローンのクルーであるシュンも、そしてレヴィンも。

 

「先生!!ご無沙汰しております!!」

「んん?そのでけぇ声は・・・やっぱりシュンか!!おう相変わらず達者そうじゃねぇかぃ!」

「はいっ!健康だけが取り柄でありますので!」

「がっはっはっは、結構結構。ところで、レヴィンの奴ァ、どしたい?」

 

・・・・一瞬の殺気だった。

 

「てめぇら伏せろ!!」

 

言ったバルバトスに数発の弾丸が打ち込まれた。

否、バルバトスのいた場所に。

 

素早く、前転をしながらバルバトスも腰の銃を抜き正確無比に撃ち返す。

シュンとサユ、そして艦を下りてきたばかりのコウは必死に伏せ、

アイリーンも物陰に隠れて不利ながらナイフを構えた。

しかし。

 

「がっはっはっは、腕を上げたなぁ!袖に一発かすっちまったぃ!」

「おいおい、なまったんじゃないかい、マスター?そりゃクールじゃないぜ。」

 

そういうとバルバトスを襲った本人が、物陰から姿を現した。

 

「レ、レヴィンさん!?」

 

腹ばいの体勢のまま頭を起こしたコウは、その意外な犯人の姿に驚いた。

 

「なんて格好だよ、コウ?そりゃクールじゃないな!」

 

一瞬呆然としていたアイリーンだったが、ものすごい剣幕でレヴィンに食いついた。

 

「あんた、何やってんのよ!!銃を使ったりして!!驚くじゃないのよ!!」

「ソーリー、アイリ。でも、これじゃ人は殺せないよ。」

 

 そういってレヴィンが見せた銃は、エアガンだった。しかも出力はかなり抑えられており、弾丸はBB弾の形をした発泡スチロール。

 

「やれやれ、やるとは思いましたがねぇ。」

「・・・、まったく毎回やられるこっちの身にもなってもらいたいわ。」

 

 シャクスとマナの反応にも、いまいちピンと来ないコウとアイリーン。

 

「がっはっはっは、悪ぃな、べっぴんさん!こりゃ、オレとレヴィンの恒例の挨拶みてぇなもんなんだ。すまんすまん!」

 

「「は?」」

 

またもやハモるコウとアイリーンだった。

 

 

 ザガン大佐に連れられてシャクスとマナが指令本部に行く事になり、そのほかのクルー達は仮眠が取れる宿舎の方へと通された。

 

「なるほど、レヴィンさん達とザガン大佐は士官学校時代の教え子と教官と言う事ですか。」

 

宿舎のミーティングルームで、コウが納得したようにレヴィンに話しかける。

 

「ああ、いけすかねぇ教官連中の中でも、あのおっさんだけは特別でな。いろんな奴から好かれてたよ。」

「それで、レヴィン君の射撃の腕が一級品なのはあの人の指導のおかげ、ってことなのね。」

 

 レヴィンの後輩であるサユとシュンの話では士官学校時代はさっきのような光景は日常茶飯事であったらしい。

 食事中だろうと睡眠中だろうと。一度だけ講義中にやってしまい、2人とも2週間の謹慎をくらった事もあるほどに。

 それだけ、実践的な訓練をつめば強くなるわ、とアイリーンは納得した。

 しかし、レヴィンはそれを軽いノリで否定する。

 

「アイリ、それは違うよ。君は勘違いをしている。この技能も、天がオレに授けてくれた贈り物さ。そして、君との出会いも、ね!」

「・・・・はいはい、そーですね。」

 

気のない返事を返すアイリーンと、「また始まった」と脱力する一同。

スローンに乗艦してからと言うもの、レヴィンは会えば必ずアイリーンを口説いている。

 かつてはマナやサユにももうアタックをかけていたが、今は811の割合でアイリーンに特攻をかけていた。

(ナターシャは反応が全くないのでレヴィンでも話しかけにくいらしい。)

 それでも、マナやサユにもアタックを忘れないところがレヴィンらしい。

 どうやら、『女性を見かけたら口説く事が礼儀である』と言うのがレヴィンの持論らしい。

 どこかで聞いたような持論ではあるが・・・。

 

「私、シャワー浴びてもう寝るわね。」

 

 そそくさとミーティングルームを後にするアイリーンの後をレヴィンは懲りずに追いすがる。

 

「シャワーの後は、オレのベッドに特等席を用意できるけど・・・。」

「結構です!!」

 

 レヴィンが口説ききる前に、アイリーンは特等席のキャンセルを入れて早足でその場を去った。

 

「はあ、あいつもこれくらい積極的になってくれたらいいのに・・・。」

 

 他の2人の仲間と共に別の任務中の大人しい物まね好きな男の顔を思い出し、アイリーンは深くため息をついた。

 

「絶対に・・・・ないわね・・・・。」

 

 

 

 その頃、司令室ではバルバトスとシャクス、アイリーンが向き合い、話をしていた。

 

「・・・そうか、アモンの奴、逝ったのか。」

「・・・はい。」

「いい男だったのになぁ、もったいねぇ・・・・。」

 

 マナから兄のアモンの報告を受け、バルバトスはおもむろに窓の外の星空を見上げた。

 

「空や、風が好きな男だったな。最高の飛行機乗りだった・・。」

「ええ、まったくです。私も彼とは親友でしたから・・・。悔しいですねぇ。」

 

 シャクスとマナも同じく星を仰ぐ。

 

「・・・それで、アモンの後継はどうなってる?」

「それが、通信でお話した通りでして・・・私たちの力ではこればかりはどうにも。」

 

 困るシャクスにバルバトスは続ける。

 

「・・・ケインの、忘れ形見らしいな。」

「!・・ケイン先生をご存知なんですか?」

「まあ・・・腐れ縁だな。それより、やってはくれなさそうなのか。」

 

 シャクスとバルバトスの会話に、マナが意見した。

 

「しかしながら、ザガン大佐。コウ・クシナダは民間人の学生です。例え、今スサノオを使えるのが彼しかいないといっても、民間人を軍に巻き込むなんていう事は・・・・・。」

「あいつが、そういったのか?」

「えっ?」

 

マナの言葉を遮ったバルバトスの言葉に、マナは動揺した。

 

「それは、一体?」

「・・・ケインとアリアの血を引いてるんだ。これも運命なのかも知れねぇな・・・。」

「・・・は?」

 

一呼吸おいてバルバトスは再び空を見上げた。

 

「いや、なんでもねぇさ。とにかく本人次第って事・・・・・んん!?」

 

突然バルバトスは窓を開けて目を凝らし空を睨んだ。

シャクスとマナも空を睨む。

 

満天に輝く星空の中に星のない部分が見える。

その闇の固まりはどんどん大きくなり、やがて・・・・。

 

「ちぃぃ!!敵襲か!!!この厄介なときに!!!」

「私はMSドックへ向います!!」

「私はスローンへ!!」

 

部屋を弾丸のようにとびだすシャクスとマナ。

 

「・・・ケイン。アリア。・・・わりぃが借りる事になるかも知れねぇぜ・・・。」

 

バルバトスのつぶやきは、緊急警報の音に掻き消えた。

 

 

 

その少し前の時間――――――。

 

整備も終わり、静かなMSドックにコウは足を運んでいた。

そしてスサノオを見上げ、話しかける。

 

「おまえは、なんでオレなんかを呼んだんだ?」

 

ここまでの長いようで短い時間の出来事を思い返す。

リューグゥの実施設計をし、リトと喧嘩し、笑い、・・・父が死に・・・

怒りに任せて、オレは・・・・人を・・・。

 

コウは怖かった。このスサノオに乗れば何でもできる気がしてしまう。

戦う事も、守る事も、そして殺す事も・・・。

 

怒りに我を忘れたら、世界を滅ぼす事だってできそうな気にさせる。

 

だから、自分からは決して言い出す事はないと思っていた。

それは、父も望まない事だと、分かっていたから。

でも・・・。

 

「・・・何をしているのですか?」

「うわあ!!」

 

急に背後から声をかけられて、コウは死ぬほど驚いた。

その瞳に映った少女は、ナターシャだった。

 

「ナ、ナターシャか、びっくりしたよ。」

「すみません。」

 

2人の間の言葉が途切れる。

 

その空気に負けたコウは再びスサノオに目を逃がす。

 

「・・・とても綺麗な機体です。」

 

見ると、ナターシャの銀色の瞳もまた、スサノオの姿を映していた。

その表情は心なしか、優しく微笑んでいる。

コウがはじめて見るナターシャの顔だった。

 

「うん、そうだね。赤銅色の綺麗なフレームだよね。」

「そうじゃありません。」

 

ナターシャのその言葉に、コウは首をかしげた。

 

「じゃあ、何が?」

「光です。この機体にはとてもあたたかい力を感じます。乗り手を守ってくれるような、そんなあたたかい光・・・・。それが私には、とても綺麗に見えるんです。」

 

 コウには見えなかったが、ナターシャの瞳には確かにそんな不思議な光が宿っているかのようで、とても安らかな表情をしていた。

 

「・・・そう。」

 

そういって、ドックを後にしようとしたコウに、ナターシャは言葉をつなげる。

 

「スサノオが守りたいのは、コウさんです。・・・コウさんの、機体です!」

「・・・!・・」

 

立ち止まり、ナターシャの方を向き直ろうとした時だった。

ドック内にサイレンのけたたましい音が鳴り響く。

そして、荒々しい声の艦内放送が流れ出した。

 

『オレだ!バルバトス・ザガンだ!野郎どもよく聞けよ!!現在この基地に殴りこんできたMS(バカ)がいる。今のところ機影は1つ!総員第一戦闘配備だ!!ぬかるんじゃねぇぞ!!』

 

 軍のものとは思えない山賊ばりのアナウンスが終わるや否や、MSドックにシャクスとマナが駆け込んできた。

 

「!コウ君、聞いての通りです!私たちは出撃しますからあなたは安全な場所へ!ナターシャ、マナと一緒にスローンへ乗艦しなさい!!」

 「はい、先生!」
 

 そう言いながら、専用のジンの元へシャクスは駆けた。

 

 悲痛な表情を浮かべるコウに気づいたマナが声をかける。

 

「大丈夫よ、コウ。敵は一機。私たちとシャクス、アイリが出れば問題ないわ。」

 

そういいながら、マナはナターシャと共にスローンに駆け込む。

そしてドックに続々とクルー達が集まってくる。

 

シュンが、

「コウ、安心して!僕達がやっつけてくるから!」

サユが、

「も〜、フエンと一緒の夢見てたのに〜!許さないんだから!」

レヴィンが、

「マスターの砦を荒らすゲスな野郎は、このオレが撃ち落してやる!!」

 

疾走し、スローンの艦内に消える。

 

 

「総員配置についたか!」

「・・・はい。」

「つきました!!!!」

「はいっ!」

「いつでも出れるぜ!マナ姉!」

「スローン発進!!微速上昇!!」

 

「私の愛機の力、お見せいたしましょう・・・!!」

 

 黄金に輝く小型輸送戦艦スローンとシャクス・ラジエル専用の緑色のジンが、ドックから満天の星空とコンクリートの大地へとその姿を溶かし込む。

 

 呆然とその姿を見つめ続けるコウの後ろには青い髪の女性が立っていた。

 

「・・みんなね、それぞれが自分の信じた事を、正しいと思った事を、やらなくちゃと思った事を、一生懸命に選びながら生きてるの。」

 

優しく語るその女性に、コウは向き直る。

 

「それは、多分いい結果を求めているからではないと思うわ。・・・多分それは、後悔したくないから・・・!後悔する事が怖いから、だから、戦うの・・・・・!私もね。」

 

心に戦う決意の刃を持つその女性は、巨大な青い剣士に乗ってシャクス達の下へと駆けた。

 

ドクン、ドクン。

心臓の音がやけに大きく聞こえた。

自分の体が自分のものではなくなったような、奇妙な感覚。

 

わかっていたはずだ。こうなる事は。

いつから?

・・・いや、今本当に大事なのは、一つだけ・・・・

 

後悔、しない事・・・・!

 

 コウの心はもう、決まっていた。それを待っていたかのようにスサノオのカメラアイが光りを放つ。

 

「おまえも、戦ってくれるんだな・・・・!」

 

 コウはその新たな相棒のコクピットの中に乗り込んだ。

 

 エネルギー生成装置≪トコヨノクニ≫によってスサノオの体にエネルギーが充填される。

 

 そして――――――。

 

 

 

「ひゃはははは、落ちろ、落ちろぉ!!全部落ちろぉ!!!」

 

 無数の星空の中、漆黒の闇をまとったMSツヴァイを駆るカルラは至福の時を過ごしていた。

 

 暗闇を照らしていた基地のサーチライトをことごとく破壊したカルラにとって、この闇夜は格好の隠れ蓑だった。

 

 まるで、夜空を高速で舞うコウモリの如きその俊敏な動きは、シャクスのジンも、アイリーンのブルーセイヴァーも、もちろん小型とはいえ戦艦であるスローンも誰もが捕らえきれなかった。

 

「くくくくく!だから言ったのさ、メイズめ!こんなザコども、ザフトの勢力圏外でもタコれるってなぁぁぁぁ!!」

「くっ、速い上にこの暗闇じゃ不利ね!!!」

「これは文字通り・・・闇雲に斬るしかありませんかね・・・!!」

 

 15.75メートル対艦刀≪シュベルトゲベールMk.2≫と振動子付き重斬刀≪スーパーシャクスソード≫をそれぞれ構えたブルーセイヴァーとジンだったが、刃はむなしく虚空を切り裂くばかりであった。

 

 それどころか、硬質メタルブレードを両腕に、縦横無尽に飛翔するツヴァイの豪快な攻撃はじわじわとスローン、ブルーセイヴァー、ジンにダメージを蓄積させる。

 

 それは、一体のMSの力とは思えないほどの型にはまった戦術であった。

 

「副艦長!装甲限界です!」

「こんなに暗くちゃ、何がなんだかっ!!」

「ちくしょう!!このザフト野郎め!!」

 

 シュンが、サユが、レヴィンが叫ぶ。

 

「くっ、MS一機にこれほど!!!」

 

 マナも悔しさに声を振り絞る。

 絶望的な空気の流れる中、一人だけ平然としている少女がいた。

 

「・・・光が、来ます。」

「え、来るって・・・!?」

 

 マナが問いかけたその瞬間だった。

 

 荒々しい風と共に、一機の神が星空を背に飛び出した。

 

「あれは・・・!」

「スサノオ!?」

「コウ君・・・?」

 

 マナ、シャクス、アイリーンが叫ぶ中、MIHASHIRAシステムを起動したスサノオは9.98m対PS超高熱空斬剣≪ツムハノタチ≫を抜き、その無機質な大地の上で構えた。

 

「・・・やってみるさ!父さんと母さんの・・・真実を知りたいから。・・・そして今、手の届く大切な人たちを、守るために!!」

 

スサノオの瞳には、ゆるぎなき決意の光が宿っていた。

 

 

〜第5章に続く〜

 



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