〜第37章 清浄なる魂〜

タケミナカタがディナ・エルスを出航してから、既に数日が経っていた。
さらに厳密に言えば、ケットが来たあれから破損したヴァイオレントの修理やその他のMSの整備などに4日ほどかかっており、その後での出航となった。
しかし、たった4日で全MSの整備を完了してしまうあたり、さすがはディナ・エルスといったところだろう。
新しい乗員として加わったのは、ラウムとアリアであった。―グラーニャも船医としてそのまま残留している。
ケットは改心したようだったが、ディナ・エルスでしばらく拘束される事となった。
また、フルーシェもディナ・エルスに残す事となった。その方が、安全であったためだ。

一向は、最終決戦の為に一路・・・・・月面基地、ノースブレイドに向かっていた。
それは、預けていた戦力を再びタケミナカタに加えるためであった。
そう、ナターシャ達である。
マナがかっこよく檄を飛ばしたのが少し拍子抜けな感じにはなるものの、この艦が最終的にアメノミハシラまで走る事には変わりはない。


MSドックから食堂に入ってきたのはデュライドだった。
完修したヴァイオレントの整備やOSの再調整で最近のデュライドはMS
ドックにこもる事が多い。
それは、ヴァイオレントの機体の癖が非常に強いためであった。今まで誰も乗りこなす事ができなかったほど、その扱いは繊細で難しい。

「あら、デュライドさん。お疲れ様。ちょっと待っててね・・・・デュライドさんのは・・・・これね。はい、どうぞ。」

イツセに食事のトレイを手渡され、デュライドは席に着こうとする。
そこに手招きする少女達の姿。マヒル、ハウメア、エリスの3人であった。
デュライドもその近くに座る。
マヒルが食事を取るデュライドに話しかけた。

「どうだい? ヴァイオレントの調子は。」
「・・・ああ、ぼちぼちだ。まだ、少しかかりそうだけどな。」
「あの機体、そんなに微妙なOS調整が必要なの?」
「・・ああ。ヴァイオレントは天邪鬼でな。部品が少し変わっただけでも機嫌を損ねる。『そういう点だけ』で見れば、『ミコト』はうらやましいよ、エリス。」
「確かに、そうね。OS調整の指示もミゲルがしてくれるし。やるのは結局私だけど。」

そんなことを言うエリスにデュライドは食事の手を止めて聞いた。

「・・・体は、大丈夫なのか? 」
「! ・・・え、ええ。大丈夫よ。なんで? 」
「いや、それならいいが・・・。」
「・・・それより、早よう食べーや! デュライド!! 特にそれや!! 」

ハウメアが指差したものは、一品だけ和食の料理にそぐわない汁物だった。

「・・・・クリームシチュー? 」
「ええから、ほれほれ!! 」

ハウメアの強引な進めにデュライドはそのシチューを口に運ぶ。

「!! ・・・・・・うまい。」

あっという間に、そのクリームシチューはなくなった。
3人の少女たちもにっこりと微笑む。

「うまいに決まってるだろ! 」
「そうね。」
「それなー、メリーナがつくったやつや! あんたがディナ・エルスでも忙しそうにしとったから、『このクリームシチュー食べさせてあげて』って渡されたんよ。」
「・・・メリーナが・・・。」

あれから結局メリーナの家には行くことができなかったのであった。恐らく楽しみにしていたのだろうが、メリーナはその事に文句も言わずにただデュライドを見守っていた。そんな健気なメリーナを想って、デュライドの心が熱くなった。

「ええなー、あんたは。あんなええ子がおって! 」
「本当だよな。うらやましいぜ。」
「なんや! マヒルもカレシが欲しいんかいな!! 驚きや!! 」
「な・・なんだよ!! あたしだって女だぞ。・・一応。」

そんなやり取りにデュライドも微笑んだ。
すると、おもむろにエリスが席を立った。

「私は先に部屋に戻るわね。それと、デュライド。」
「・・・なんだ? 」
「・・・心配してくれて、ありがとう。」

そう言うと、エリスは部屋を後にした。
自室に戻ったエリスは、ベッドの上で頭を抱えるようにしてうずくまる。
その息はとても荒かった。

「また・・・・偏頭痛か・・。最近周期が短くなってきているわね。・・・こんな状況でコウとディノは今まで・・・・。たいした奴等ね、まったく・・・! 」

MIHASHIRAシステムの爪痕は、着実に3人の体を蝕んでいた・・・。



「こんなところで、何をしているんだい? ブリフォー。」

宇宙空間を一望できるタケミナカタの通路の一角で外を見つめるそのエメラルドグリーンの髪の少年に、白髪の少年が話しかけた。

「ディノ・・・。」
「いつまで、『らしくない』、を続ける気だい? 」

ディノのその言葉を、ブリフォーは否定した。

「そんなのじゃないさ。オレはもう大丈夫だ。やるべき事も、出来たしな。」
「ペルセの事か・・・。」

ディナ・エルスにはペルセポネの医療データが残っていた。遺伝子研究の第1人者であったアリアとグラーニャの2人は、彼女に合うドナーを徹底的に探す・・・つもりでいた。
しかし、調べてみるとそれはあっさり見つかったのだった。
それは偶然なのだろう。しかし、同じ目的で生み出された者として共通のものがあったのかもしれない。

「ああ。フルーシェの骨髄を移植すれば、彼女は助かるのだろう? なら、それをやるのはオレの仕事さ。」
「・・・そうか。なら、心配は・・・・いら・・・ないね。」
「どうした? ディノ! 」

ディノは懐に持っていた薬をほうばり、荒くなった呼吸を落ち着ける。

「・・・なんでも、ない。大丈夫だ。」
「まさか、MIHASHIRAの後遺症か・・・? 」
「まあ、そんなとこさ。もう大分前から周期的な偏頭痛に襲われている。慣れっこさ。」
「ディノ・・・。」

無理をして微笑むディノにブリフォーはかける言葉が見つからない。
それは、心配や同情などはディノが望んでいない事を知っていたからである。
ブリフォーは無理に言葉をつむいだ。

「そうか。なら安心だ。頼りにしてるんだからな、元特務隊の『孤高の月神』の力をな。」
「・・・フン。もう、孤高じゃなくなってしまったようだけどね。」

それを聞いて、2人は微笑んだ。

「ディノ、あとでエリスにもその薬をやってくれないか。あいつの事だ、同じ症状が出ていても人には見せないようにするだろう。・・・お前のそれを見るまで、オレも考えもしなかった・・・。」
「ああ、わかった。多分グラーニャ博士が渡してるとは思うけど、念のためにボクも確認してみるさ。」

そう言うと、二人は分かれた。



コンコン。
部屋をノックする音がした。

「どうぞ。」

エアロックが開き、一人の少年が中に入る。
ベッドの上では盲目の少年が上体を起こして座っていた。顔色はそれほど悪いようには見えない。

「フエンです。食事を持ってきました。食べられますか?」
「ありがとう。悪いね。」
「いえ! 全然!! 今日の料理は和食ですよ、コウさん。コウさんも、東アジアにいたんでしょう? 」
「ああ、そうだよ。長くはないけどね。東京の工業カレッジに通ってたんだ。フエンも東アジア? 」
「はい。偶然ですね。」
「そうだね。でも久しぶりに食べるな、和食なんて。」

コウはフエンに箸と茶碗を持たせてもらい、味噌汁をすすった。

「おいしい。」
「それは、姉さんが作ったんですよ。」
「サユが!? ・・・へえ、あの『甘い味噌汁』をつくったサユが・・・。」
「? なんです、それ。」

コウはスローンに乗っていたときの料理の話をフエンに語った。
フエンもそれを聞いて笑い出す。
ひとしきりコウが食事を終えたところで、フエンは話を切り出した。

「コウさんは、怖くはないんですか? 」
「え? 」
「あんな得体の知れないシステムをつかって・・・その・・・命まで、削って・・・。怖いとは感じないんですか? 」
「怖いよ。とても怖い。スサノオやイザナギに乗るたびに、今でも体が震えるよ。」

コウが即答した答えにフエンは目を丸くした。

「でも、もっと怖いことがあるんだ。」
「・・・何ですか? 」
「自分が怖がることで、周りにいる人たちを傷つけたり失ったりする方が・・・・もっと怖いと思う。だから、自分が怖いくらいで済むんなら、いいかなって開き直れるんだよ。」
「開き直れる・・・。」

コウは一息ついてフエンに言った。

「オレのダブルフェイスには、導いてくれるアモンさんがいる。でも、君のM.O.Sの場合はそうはいかないよね。君自身の心が、イルミナを強くするんだから。」
「! どうして、その事を!? 」
「・・・サユから相談されたよ。デュライドから聞いたんだって。サユ、なんて言ってきたと思う? 」
「? 」
「『私は例えそれがどんなに恐ろしいシステムでも、フエンが選んだ力なら信じることに決めたの。でも、心配で・・・。』ってさ。君の前では決して動揺した姿は見せないって。だから、オレからアドバイスをしてくれって・・・。」
「姉さんが・・・そんな事を・・・。」
「だから、話ができてよかった。もう、君なら分かるだろう? サユが想っている様に、君にも想う力があるのなら、あのイルミナはそれを力に変えることができるんだから。きっと友達の事だって、助けることができるよ。」
「ありがとうございます、コウさん。」

フエンの心に迷いはもうなかった。一つだけではあったが、フエンは戦士として成長した。
食器を持って部屋を出て行くフエンにコウは最後にこう言った。

「フエン! オレがしゃべったって事、サユには内緒だよ! ・・ばれたら大変なことになりそうだから! 」
「はい! 了解です! 」

フエンは元気にその場を後にした。



「どうだ、シュン。把握できたか? 」
「はい、大体は。それにしてもすごいですね、この艦は。ガルダさん。」

タケミナカタのブリッジではオペレーター席に座るシュンにガルダがレクチャーをしていた。
それは、この艦に備わる驚異的なレーダー機能であった。
通常広範囲の索敵には大型のレーダーレドームを搭載する事が一番効率のよい手法であったのだが、この艦にはそれなしでさらに高感度の通信を可能にするシステムが搭載されていた。
それは、高感度通信リンクシステム≪シンタク≫。
レーダーレドームの代わりに、艦橋の上のアンテナに浮かぶ光の輪によってかなり広範囲の高精度通信が可能となるというシステムである。これは、量子通信技術を応用したものなので、NJ下でもそれに左右される事なく通信が可能だという。パナマを脱出した後、バルバトスからの通信を受ける事ができたのも、そのおかげであった ―ただ、そのときバルバトスがどこから通信を入れてきていたのかは謎であるが・・・。

その機能をディナ・エルスではじめて知ったクルー達は、早速それ用にシステムを再調整していたのである。
ガルダはこういうものの飲み込みが非常に早く、シュンに教える形で使い方のレクチャーをしていた。

「!? ・・・『シンタク』に反応1! 距離2600、グリーン30マーク8、チャーリー! 」
「そうそう、そうやってやるんだよ、シュン。」
「ち、違いますよガルダさん!! 本当に反応なんです!! 反応状態から、恐らく大型の宇宙艦だと思われます! こちらにまっすぐ向かってきている模様! 」
「ち、敵襲か? この距離だと機種特定は難しいな・・・。感度がよすぎるのも考え物か?しかたねぇ、シュン放送を流す! 入れろ! 」
「・・・どうぞ! 」

『現在所属・正体不明の艦影を『シンタク』により確認。機種特定はまだ不可能だが、こちらに接近中との事! 総員、第2戦闘配備!! ブリッジ要員はブリッジへ、パイロット達は各MSで待機!! 』

ガルダのアナウンスで総員がそれぞれの配置に付いた。

「状況は!! 」
「あ、マナさん。どうしたんです? 髪? 」

ブリッジに最後に入ってきたマナはいつものようにポニーテールをしていなかった。長い黒髪が腰まで伸びている。それをサユがとっさに聞いてしまった。

「これは、・・・仮眠してたのよ! ヘアバンドが見当たらなかったから・・・って、そんなことより状況を!! 」
「所属は特定! ジャンク屋ギルドの宇宙艦や! 」
「ジャンク屋ギルド!? 」
「・・・艦長! 通信がつながっています。どうぞ。」

シュンの操作でモニターに映像が映し出される。
そこに映ったのは、長髪の青年と白衣の美女の姿だった。。

「久しぶりね、サタナキア中尉、いえ少佐になったんだったわね。」
「プロフェッサーさんとリーアム!? 何でここに!!? 」
「詳しいお話は後でします。今はそれどころでは・・」
「そうなのよぅ!! ロウを、ロウを助けて!! 」

リーアムを押しのけるようにキサトが顔を出す。

「月基地が・・・ノースブレイド基地が、襲われているの!! ロウも、そこに!! 」
「「「「「「なんだって!!!? 」」」」」」

月基地から修理資材の発注を受けたロウ達ジャンク屋は、母艦であるこのリ・ホームでノースブレイド基地を訪れていたのだ。そこにいたナターシャとの再会にジャンク屋たちは喜び、今までの事の運びを聞いていた。
修理を無事に終え、ついでに月基地の他のMSを見ていたときだった。
突如、謎のMSが2機現れ、ノースブレイドに攻撃を仕掛けてきたという。その内の一機をナターシャは知っているらしく、月式を先頭にマステマ、イカロスが中心となって防衛に励んだが、たった2機であるにもかかわらず、敵は非常に手強い。月基地のダガーでは話にならなかった。
ロウもレッドフレームで出撃し加勢に回る。
見ていることしかできなかったキサト達は母艦リ・ホームを全速力で駆り、ディナ・エルスに救援を頼みに出ていたのだった。例え間に合わなかったとしても、もしかしたらこちらに向かうタケミナカタを発見できるかもしれないという望みを託して。
プロフェッサーの感 ―感なのか、確信犯なのかは不明だが― が当たり、見事にこうして合流したのである。

2艦は急いでノースブレイドを目指した。
このまま最大船速でいけば、およそ20分で付くほどの距離まで既に来ていた。
しかし、戦闘の20分というのはすこぶる長い時間である。全員が祈るように基地の無事を祈った。

『ブリフォー・バールゼフォンはパイロットスーツを着て直ちにMSドックへ! 繰り返す、ブリフォー・バールゼフォンは直ちにMSドックへ! 』

館内放送の声に導かれ、ブリフォーがやって来るとそこにはマヒルとパイロットスーツを来たコウが立っていた。

「ブリフォー! 向こうの艦、ホームにあんたの愛機があるってさ! 彼ら、もって来てくれたんだ!! 」
「本当か! マヒル。」
「ああ、だから、ちょっと無茶だけどイザナギで向こうに乗り移るよ、ブリフォー。」
「今すぐか!? 」
「ああ。OS調整とか色々あるだろう? 」
「・・・20分で全部やれって事か・・・フン、面白い。」
「あの時の風呂の配線みたいにならないようにね。」
「ハハっ、風呂とMSじゃ違うからな。・・・任せろ! 」

ブリフォーを乗せたコウはイザナギを駆り、最大船速で並走するホームに乗り移った。
そのMSドックで待っていたのは、キサトだった。

「これが、ブリフォーさんの機体よ。」

それは蒼い魔神・・・・ではなかった。

「な・・・・これは・・・。」
「もしかして・・・・スサノオ? 」
「目が見えないのに、分かるのか? コウ。」
「・・・ああ。なんとなくね。」

直撃は避けたとはいえ、イザナミの空間転移砲≪ヨモツヘグイ≫を食らって大破したコウのかつての愛機は、その姿を完全に再生していた。
いや、違うのはそのグレーの色・・・。

「このミコト、もしかして・・・! 」
「そうよ、PS装甲が追加されているわ。しかも、パワーエクステンダーの改良で従来のものよりも高性能なものにね。これが、あなたの機体、『スサノオ・ルージュ』! 」

ブリフォーのザナドゥはザフトの技術を使ったものであり、月基地では修理するのに非常に時間がかかると判断された。それとはうって変わってスサノオの方は技術的にも時間的にも予備パーツでもう一体作れるほどであり、それならという事でスサノオにPS装甲とザナドゥの主砲を搭載させたのである。
スサノオ・ルージュの背部には真っ蒼の4本のマニュピレーター。その先端にはグラシャラボラス内臓ヒートクロウ≪シンリュウ≫。
そして宇宙戦型背部換装パック≪ゲツト≫を装備している。
この≪ゲツト≫には月基地開発の大容量空気生成装置が内蔵されており、これとスサノオの空気からエネルギーを生成する動力≪トコヨノクニ≫を合わせることによって、ツクヨミの≪アマツクニ≫と同じ原理の永久動力となり、宇宙でも自由に活躍することができる。

「さあ、乗ってください! これで、ロウを、ナターシャちゃんを助けてあげて!! 」
「ブリフォー、スサノオを頼むよ。」
「ああ、分かった! 」

2人に後押しされるように、ブリフォーはその『ミコト』のコクピットに乗り込んだ。
そして、OSを立ち上げるとパイロット認識登録が施される。
パスワードをブリフォーは『フルーシェ』とした。

「・・・これは・・・。」

そして、ブリフォーがおもむろに一つのボタンに手を伸ばす。

「・・・何も起こらないか・・・。」

『何をぼさっとしてますの? さっさとOSの調整を始めないと、間に合いませんわよ? 』

その声に、ブリフォーは微笑んだ。
もしかしたら・・・・そう思っていたから・・・。

「うるさい! 今からやろうと思っていたところさ、フルーシェ!! 」
『そうですの、じゃあ早速おはじめなさい。トロトロしているヒトは嫌いですわ。』
「別にお前に好かれたくなんかないね。」
『あら! では、何で先ほどパイロット認証パスにわたくしの名前を入れたのかしら? 』
「あ・・あれは、その、それはだな・・・。ムカつく女の名前をパスにしたかっただけだよ!! 」
『ま・・・なんて事いうんですの!! 酷すぎるわ・・・・。』
「お、おい、冗談だって。フ、フルーシェ! 」
『フフ、こっちも冗談ですわ。・・・・わたくしは偽者のAIですけど、会えて嬉しいですわ、ブリフォー。』
「・・・・オレもさ、フルーシェ。会いたかった・・・。すまない、オレのせいで。」
『やめて。そんなことよりも、今はOSを直しましょう。ナターシャやメイズ、メリィを助けに行かないと! 』
「そうだったな、フルーシェ。指示を頼む!! 」

蘇った荒ぶる風の神を新たな愛機とし、青き清浄なる魂を宿す最愛のパートナーを得た『ボアズの蒼竜』は、一心不乱に戦闘に備えた。



ノースブレイド基地では激しい戦闘が繰り広げられていた。
輝く肢体を持つ従神・アストレイコスモフレームと銀麗の月の女神・月式が対峙する。

「なかなか粘りますねぇ。予想以上ですよ、強くなりましたね。」
「シャクス先生・・いいえ、シャクス・モア・イソラ!! あなたは何がしたいんです!! 教えてください!! 」
「・・さして特別に教える事など何もない。ただ、この世界を統べるにふさわしいのは『主神』ただ一人だということです。分かったら、消えてくださいナターシャ。あなたは『主神』の認めたメンデルズチルドレンの生き残り。あなたが死ねば、主神もお喜びになる! そう、フルーシェのようにね・・。」
「お姉ちゃんは・・・・死なないわ!! 」

月式は強襲型MA変形機構≪フェンリル≫に変形し、7つの重力場展開型量子通信操作ビット≪トラベリングプラネット≫を展開させて星空を文字通り駆けた。
そして、両肩から高速連射型ビームアロー≪アマノハバヤ≫を放ち、狼の口からは電撃を走らせた。

「それは私が作ったものですよ? 造物主には何者も逆らえないのです。・・・思い知りなさい!! 」

コスモフレームの宇宙色のフレームがまばゆく輝いた。
高出力拡散ビーム放射装甲≪シャイニングフレーム≫から周囲全天に向かってビームの光が迸る。
コスモフレームを狙う全ての攻撃はその光の膜に全て遮られ届く事はなかった。
しかも、

「・・・どこにいったの!? 」

その光の幕を目くらましに、コスモフレームの姿が消える。
目で追ってしまったナターシャの背後から再びビームの膜が襲い掛かった。

「きゃあああ!! 」

多少被弾しながらも、≪トラベリングプラネット≫の重力場を全開にしてその場を駆ける様に離れる月式。しかし、コスモフレームはその銀麗の月狼を追いすがり、体を輝かせる。
全天を覆う攻防一体のそのビーム膜に月式の攻撃も防御も通用しなかった。

「どうです? 私のアストレイコスモフレームは。強力すぎる兵器でも、使い勝手が悪かったり致命的な弱点があっては無意味。何にでも応用が利くシンプルなものが一番なんですよ、ナターシャ。」

ほぼ漆黒に近い紫に無数の星のような輝きを湛えるそのフレームからは、高出力のビームが放出される。それによって、コスモフレームは攻守共に優れた能力を発揮する。また、常に展開しているわけではないので廃熱やエネルギーチャージなどの問題もほぼないといってよかった。
これが、シャクスの最高傑作、高出力拡散ビーム放射装甲≪シャイニングフレーム≫だった。

「確かに、強いです!!でも!! 」

両肩のヒートサーベルを前方に構え、≪フェンリル≫が星空を疾走する。

「何度きても無駄です! 消えなさい!! 」

≪フェンリル≫が全天を優美に駆け回るが、その全天に向けて≪シャイニングフレーム≫が放たれる。

「月の力よ! 私を守って!! 」

その瞬間、≪フェンリル≫の体を紫色の光が包み込み、ビーム流がそこを避けるようにして流れてゆく。
そして、そのままコスモフレームにヒートサーベルで斬りかかった。

「! ここは月基地・・・・・試作型反重力フィールド発生装置『ヤタノカガミ』を追加武装したのか!! 」

コスモフレームもそれをかわすが、今度は≪フェンリル≫の口から強力な凍結ガスが噴出され、その動きが止まる。

「シャクスゥゥゥ!!!! 」

凍りついたコスモフレームに≪フェンリル≫のヒートサーベルの刃が振り下ろされる!

「ナターシャァァァ!!! 」

凍りついた装甲を弾き飛ばすかのように≪シャイニングフレーム≫の光が迸る!
閃光!!
距離をとった二機はそれぞれにビーム膜の被弾と斬撃による損壊を受けていた。

「・・本当に・・・強くなりましたね。ナターシャ。」
「・・あなたを・・・連れ戻すためです! マナさんのためにも!! 」
「・・・それは、無理です。叶なわないんですよ、ナターシャ。・・・・叶うことのない夢だという事を、今分からせてあげましょう!! 」

ぶつかり合う師弟の閃光が宇宙に輝く。



「・・・く、大丈夫か? ロウ!! 」
「ああ、メリィの援護射撃のおかげだ、助かったぜ。」
「いいえ! それより、手強いわ。あの白いMS!! 」

マステマ、イカロス、そしてアストレイレッドフレームの3機の前に立ちふさがったのは今までに見た事のないMSだった。いや、そのデザインはどことなくザフトのものであることが伺える。

「シャクスは遊んでいるようだが、私は容赦しない。覚悟しろ、メイズ・アルヴィース! 」
「・・・エレイン! 」
「知っているの? メイズ!? 」
「・・ああ。昔、ちょっとな・・・。」

その白いMS、パニッシュメントを駆るエレインが叫んだ。

「ちょっとだと!!? 私を『捨てて』地球に降りる事を選んだお前が、そんなふうに言う権利があるのか!!! メイズ!! 」
「・・・え・・・・・。」

エレインのその言葉にメリリムは酷く動揺した。

「・・違う! オレは、お前を捨てたわけでは・・・。」
「どんな理由があろうと私にとっては同じ事だ!! ・・・・まあ、どちらにせよ今は感謝しているがな。私はおかげで優秀な軍人になる事ができた。そして、真理も掴んだ! この腐った世界を変えることができるのは、『主神』ただ一人だとな!! 」
「エレイン!! 」
「最早、問答無用!! 地獄王の舞の前にひれ伏せ!! メイズ!! 」

パニッシュメントが機体分裂機構≪アスモデウス≫を起動させ、その体を12に分けて宇宙を舞った。

「メイズ! メリィ! 事情は知らないが、今はこの基地を守るためにいるんだろう、オレ達は!! 」
「「! 」」

ロウの言葉に2人ははっとした。

「そうよ。例えあなたが誰だろうと、この基地はやらせません!! 」
「・・・エレイン。分かってもらえないなら、分かるまでやってみせる!! 」

イカロスが操作型独立リフターユニット≪フォーリングエンジェル≫を切り離して独立飛翔させ、本体が強襲形態変形機構≪アイオーン≫に変形して2機の舞を奏でる。

そして、高速で飛行する12基の≪アスモデウス≫と同程度の速度で攻撃をかけた。
≪フォーリングエンジェル≫からは、フェザー型炸裂弾機銃≪ニードルフェザー≫を放ち、≪アイオーン≫からはそれに加えて頭頂部に追加武装された短距離プラズマ砲 ≪アフラマズダ ≫を撃ち放った。
PS装甲でもプラズマ砲と装甲に鋭く突き刺さって爆裂する炸裂弾を食らえば、さすがにダメージを受ける。
しかし、パニッシュメントの12基は翻弄するかのようにそれらの砲撃をかわしたり迎撃したりして防いで行く。高速飛行する2機―2基の天使と12基の悪魔―の高速戦闘に、マステマとレッドフレームは隙ができるのをじっと待つ。

「らちがあかない! こうなったら・・・」
「・・待て、ロウ! オレが、あの12基を包囲する。隙を見て狙ってくれ!! 」

突如その宙域に無数のマステマの姿が投影された。
その数なんと20機。
そして、20機のマステマの胸部が輝き出す。
それを見たエレインは嘲笑した。

「確か、『ファントムコロイド』だったな!! データは既に確認済みだ!! 幻影の攻撃など・・・」

言い終わるよりも早く、パニッシュメントは真紅の光の弾を被弾した。しかも、12基の内、7基もが。

「・・・残念だが、幻でも攻撃ができるのさ。この『ファントムドラグーン』はな!! 」

月基地で追加された特殊兵装、20基の量子通信型光学偽装ビット≪ファントムドラグーン≫はそれぞれが≪ファントムコロイド≫を展開し、マステマ本体の胸部の砲よりも出力は落ちるものの、ビーム光弾を連射する。(余談だが、正式名称は『ファントムガンバレル』であったが、メイズが勝手に変えた。)
そしてそのビーム弾とともに、改造された本体の胸部連射型誘導プラズマ弾≪ヴェズルフェルニル≫の真紅の光弾がうねる様にパニッシュメントに被弾する。


「おのれ、メイズ!! 姑息な真似を!! 」
「あなたの相手は、メイズだけじゃないわ!! 」

≪フォーリングエンジェル≫と≪アイオーン≫も≪ファントムドラグーン≫に呼吸を合わせるかのように攻撃を繰り出した。

「・・・・私を・・・・この『従神』、エレイン・ホワイトをなめるなぁ!!! 」

エレインの体から淡い光が輝き出す。そして、

キィィィィ・・・キィィィィィン!!!!

エレインの両の瞳に、純白と漆黒の種が『一つずつ別々に』、はじけた。

「人と一体となり完成したMIHASHIRAシステム、『従神』の真の力・・・・『ダブルシード』の力を見せてくれる!! 」

パニッシュメントを襲う無数の光弾と弾丸は、被弾する前に全てバラエーナ・プラズマ収束ビーム砲改とクスィフィアスレール砲改で打ち落とされた。的確に、その芯を捉えられ、真紅の光弾は飛散し、羽根型の弾丸は爆砕した。
そしてすぐさま≪アスモデウス≫の12基が驚異的な動きで宇宙(ソラ)を舞い、≪アイオーン≫―イカロスの本体―を包囲した。

「まずは、神にたてつく蝿の本体から処刑する!! 」
「メリィ!!! エレイン、やめろ!!! 」
「・・・!! 」

12基のパニッシュメントから内蔵型ビームサイズ≪タルタロス≫が発生し、罪人を罰するギロチンの如く一斉に襲い掛かった。
機体が刃によって薙ぎ払われる!

「・・・甘かったな! 白いヤツ!! 」

飛行中の≪フォーリングエンジェル≫に隙を見てつかまったレッドフレームが、どうやったのか配線をつないだらしく、8のコントロールでそれを操り、イカロスを襲うパニッシュメントの冥府の鎌の群れを≪ガーベラスレート≫で薙ぎ払ったのだった。
PS装甲をしていたため損傷は軽微であったが、パニッシュメントの美しい純白の装甲に一様に刀傷が走る。

「やったぜ! 8!! 」
『大成功!メリリム! 『フォーリングエンジェル』、借りてるぞ!! 』
「・・・なるほど、蝿は3匹いるんだったな。・・・・・神にたかるとは、身の程を知れ!! 」
「・・・エレイン、どうしてもやらなければいけないのか!! ・・くそ!! 」

メイズ達と白い悪魔との戦いが激しさを増してゆく。
しかし、真の力を解放したエレインの前に、徐々に押されていった。

「・・・エレイン、お前は一体!? 」
「なんだ・・あいつ!! 半端じゃないぞ!! 」
「強さの桁が・・・違う!! 」
「・・・ここまでだな。メイズ。蝿達。以前の私と同じだとでも思ったか? 『従神』となったこの私が!! 」

冥府の鎌≪タルタロス≫を携えた12の悪魔が、一斉に3機に襲い掛かる! その機速にイカロスや≪フォーリングエンジェル≫に乗るレッドフレームすら付いてゆけず、ファントムドラグーンの幻影も見抜かれていた。

その時、一陣の風と光。

荒れ狂う宇宙風と燃え盛る太陽がその12基の行く手を遮った。
そこに現れたのは・・・。

「ブロンズフレーム!! 間に合ったのか!! それに・・・あれがイエローフレームか!! 」

ロウの言葉の示す、2機の『ミコト』から通信が送られる。

「大丈夫? メイズ、メリィ!! 」
「エリス! それに・・・ブリフォーか!? 」

そのルージュ色のPS装甲と蒼い竜を飼いならす荒ぶる風の神は言った。

「遅れてすまなかったな! だが、もう大丈夫だ!! 」
『そうですわ! わたくしとブリフォーのビュ〜ティホ〜なこの『ピンク』の機体、スサノオ・ルージュがお相手いたしますわ!! 』
「おい、フルーシェ! 『シンリュウ』は蒼だ! 本当は、全部蒼がよかったが。・・・とにかく! 青服の4人が揃ったからには、・・・分かってるな! みんな!! 」
「「「任務は確実に遂行する!! 」」」



「久しぶりですね・・・コウ。」
「ええ、シャクスさん。おとなしく、投降してくれませんか。オレのイザナギを含めて6機を一度に相手するのはさすがに無茶でしょう。」

月式と『戯れていた』コスモフレームの元にも、イザナギ、ツクヨミ、イルミナ、ヴァイオレント、クラウディカデンツァの5機が駆けつけていた。
シャクスは笑いながら言った。

「はっはっはっはっは! いや〜、言うようになりましたねぇ、あなたも。いいでしょう。投降はしませんがあなたの勇気に免じて、ここは『引いてあげます』。」
「なんだとぉ!! こいつ、負け惜しみを!! 」
「違います! ティル!! ・・・せんせ・・・『シャクス』の機体、コスモフレームは本当に強いんです!! いえ、機体というよりも・・・・あの人自身が!!! 」
「埋め込まれたMIHASHIRAシステム・・・・その力というわけか。」

ディノがつぶやく。そして、ナターシャの言葉をコウは体で理解できた。その見えない目に映るシャクスの放つ光は、あのディナ・エルスでのリトの光と同じくらい強大だった。そして、シャクスもそれを見抜いて言った台詞だった。

「それでは、『勇敢なる愚者達』よ。命がいらないのなら、またお会いしましょう。・・・・我らが居城、アメノミハシラで・・・! 」

コスモフレームの体から閃光が放たれ、次の瞬間コスモフレームの姿ははるか彼方に消えていた。

「・・・・・先生・・・。」
「・・・ナターシャ。」

悲しそうに佇む月式の姿をディノはただ見ているしかなかった。



「・・・撤退命令か・・・。運がよかったな、『堕ちた青服』の成れの果てとジャンク屋。今度会うときは必ず仕留めてやる。・・・・覚悟していろ、メイズ! 」

パニッシュメントも12基に分裂したまま高速でその宙域を離れていった。

「エレイン・・・・。」

メイズを見つめるメリリムの瞳はとても複雑な感情に溢れていた。

〜第38章に続く〜


  トップへ