〜第35章 戦渦のディナ・エルス〜

あれから、数週間の時がすぎていた。
ディナ・エルスのMSドックでは破損したツクヨミ、クラウディカデンツァ、そしてほぼ完修していたとはいえ応急処置であったアマテラスの修復が無事に終了していた。
もちろん、イルミナやヴァイオレントのメンテナンスも万全の状態である。
そして、イザナギにも新たな力が取り付けられた。

「ラウム先生、取り付け作業、完成しました。」
「ご苦労様、メリーナ。フォルケン教授はどちらに? 」
「マルドゥーク先生なら、ヴァイオレントとイルミナの方を見ているみたいです。呼んできましょうか? 」
「そうだね、頼むよ。」

そのメリーナと呼ばれたクリーム色の美しい髪をポニーテールにした白衣の少女は、返事を返してその場を後にした。

「・・・できてしまったな、ついに。」
「そうね、あなた。でも、この力が必要となるのなら、どれほどの汚名をきても私は構わないと思うわ。」
「そうだな、グラーニャ。願わくば、この『厄介者』が世界を照らす光となればいいのだが・・・。」

ラウムとグラーニャは寄り添いながらイザナギを見上げた。


「ほぉぉぉ、それで、・・・ふむふむ、ほぉぉぉ!! 」

藤色のMSの足元で、一人の男と翡翠色の髪の少年がなにやら話をしていた。
男は大げさな声をあげてふむふむと納得していた。
そこに、メリーナが声をかける。

「マルドゥーク先生! ラウム先生がお呼びです。イザナギ、完成しましたよ〜! 」
「お、メリーナか。なに? 『アダム』が完成しただと!? 」
「・・・『アダム』? なんです、それは? 」

デュライドが聞きなれないその名前を疑問に思い、質問をした。
それに答えたのはメリーナだった。

「イザナギの事よ〜、デュライド。ここであの『メオトの2機』が作られていたときの仮称がイザナギを『アダム』、イザナミを『イブ』ってしてたの。」
「そうなんだよ、聞いてくれデュライド君!! なのに、あのロンドとか言う若造が勝手に名前を変えおったんだよ!! なにがイザナギだ! アダムの方がかっこいいじゃないか、ね! デュライド君。」
「・・・・・・・。」

無言で返すデュライド。

「それより、ラウム先生が待っていますから早く行ってください。」
「ああ、了解だ。そうだ、メリーナ。君はあの『イジルナ』とかいうMSを見てやってくれ。」
「・・・・『イルミナ』だ、フォルケン博士。」
「ああそう、それそれ! 頼むぞ、メリーナ。ちゃんとやったら成績も『優』をつけるからな! 」
「もう、 先生そればっかり〜!! そしたら私、今まで何個の『優』がもらえるんです〜? 」

はっはっはっはと笑いながらマルドゥークはその場を後にした。
マルドゥーク・フォルケン。
ディナ・エルス随一のMS工学博士であり、メリーナの工業カレッジでの師であった。メリーナも学生とは思えないほどのプロ顔負けの技術者であり、恐らくナターシャやマヒル、フルーシェ以上の技能を持っているだろう。
それだけ、ディナ・エルスの技術者は優れている者が多かった。

「・・・大変そうだな、メリーナ。」
「ううん、イザナギ・イザナミを作らされていたときはちょっと辛かったけど、今は楽しいよ。皆のためになる事だし。それに・・・。」
「それに? 」

デュライドと一緒にいられるから、と言おうとしてメリーナは言葉を飲み込んだ。

「ううん、なんでもないっ! ・・・・・デュライド〜、・・・あの〜・・・今晩ウチに、こない? 特製のシチューを昨日から煮込んでるの。・・・忙しい? 」
「・・・いいのか? 」
「うん! じゃあ、仕事が終わったら迎えに行くね〜。」

メリーナは満面の笑みを浮かべてその場を後にした。
彼女が向かった先では二人の激しく言い合う声が聞こえてきた。

「ねえ、教えてくれたっていいじゃない!! フエン!! 」
「な、なんでもないよ、姉さん! 」
「なんでもなくないわよ!! 教えなさい、フエン!! 」
「なんでもないって言ってるだろ!! しつこいな、姉さんも!! 」

そこでは姉弟ケンカが勃発していた。
呆然とする、メリーナ。フエン達の声を聞き、心配になったデュライドもその場に駆けつけた。

「・・・どうしたんだ? あいつら。」
「デュライド! ・・よくわからないんだけど、ここにきたらケンカしてて。なんか、エスオーエスがどうとか〜・・・。」
「! 」

何かに気付いたデュライドが、二人に話しかけた。

「フエン、メリーナがイルミナの方を見てくれるそうだ。」
「デュライドさん! ・・助かります、メリーナさん。こっちです。」

助け舟に乗じるかのようにフエンはメリーナを連れてイルミナのコクピットに入っていった。

「フエン! 話はまだ・・・」

追いかけようとするサユの肩をデュライドが掴んだ。

「・・・話がある。あいつと、イルミナの事だ。」
「・・・え・・・。」

デュライドはサユを連れてMSドックの外に出た。

「・・・M.O.Sの事、どこまで聞いた? 」
「全然・・。でも、この前出撃したときに、フエンが言ってたの。『エムオーエス』があるとかなんとか・・・。」
「そうか。話はする。が、落ち着いて聞くと約束できるか? そして、フエンを信じられるか? 」

デュライドの目は真剣だった。
そして、サユも強く頷く。デュライドは話し始めた。

「イルミナには、実験的にあるシステムが搭載されている。それがM.O.S―Mind・Operation・Systemだ。これは、連合が以前開発したG.O.Dシステムを元に作られたものだ。」
「G.O.Dシステム!!? じゃあ、あのイルミナには『ミコト』のMIHASHIRAシステムみたいなものが搭載されているって事!? 」

元々、MIHASHIRAシステムが開発される元となったのは連合の研究していたG.O.Dシステムだった。 G.O.Dシステムが使用者の心に共鳴して発動し、パイロットの能力を限界まで引き出す能動的ブーステッドシステムであるのに対し、MIHASHIRAシステムは過去の有能な人間の知識や経験をパイロットにダウンロードする受動的ブーステッドシステムであった。
そして、ケインのディスクをみたサユはそのG.O.Dシステムの事は名前だけであるが知っていた。 それが、危険なものであると言う事も・・・。

「G.O.Dシステムは負の感情が要因によって暴走する確率が非常に高い、いわば欠陥を持ったシステムだ。だが、M.O.Sは違う。あれは、パイロットの感情をリアルタイムで機体に反映させるといったシステムなんだ。簡単に言えば、フエンの感情によって強くも弱くもなると言う事だ。・・どういうことか、わかるだろう? 」
「・・・フエンを不安にさせるような事をすれば、イルミナは弱くなると言う事? 」
「・・そういう事だ。逆に信じてやれば、あいつの強さは際限なく高まる。・・・今、あいつも初陣に近い状態で不安に満ちている。支えてやれるかどうかは、お前次第だ。」
「でもっ!! ・・・なんでそんなものが、フエンに!! 」

サユは俯いた。

「信じてあげなきゃ、サユ。」

そういって話しかけてきたのは、同期の桜・シュンだった。

「立ち聞きするつもりはなかったんだけど、ついね。・・・でも、サユが信じてあげないでどうするの? 確かに僕達は、同じように得体の知れないシステムに翻弄されたコウとともに旅してきた。それを扱う者の強さだけでなく、苦しみも悲しみも知ってる。痛いくらいに・・・。でも、コウは乗り越えてきたよ。それは、多分支えてくれる人たちがいたからさ。違うかい? 」
「シュン・・・・。そうね。フエンが選んだ道ですもの、私が弱気になっちゃダメよね。なら私も死ぬ気で支えるわ。姉として! 」
「僕達だってそうさ。『仲間』なんだから。」
「・・・当然だ。」
「ありがとう。シュン、デュライド君。私ももっと強くなるわ・・・・! 」

サユはこの日、少しだけ凛とした大人の女性に近づいた。そして、『最後』の名を冠する希望の艦でフエンを心から支える素晴らしいオペレーターになるのは、もう少し先の話である。



「エリス! アマテラスの駆動系の整備しておいたから、後で見といてくれよな! 」
「ありがとう、マヒル。OSは合わせておくわ。」
「ああ、任せたぞ。それと、ディノ見なかったか? ツクヨミにいなかったんだけど。」
「ああ、ディノなら医務室にいるわ。」
「! ・・・会いに行ったのか? 」
「ええ。」



コンコン。
部屋をノックする音が聞こえる。

「どうぞ。」

入室を促されたその白髪の少年は、無言のままベッドの上の黒髪の少年に歩み寄った。

「? 誰ですか? 」

ベッドの上に寝た少年は、横たわる自らの上体を起こして尋ねた。
術後の彼には、その白髪の少年が『見えなかった』。

「・・・ボクだ。」
「ディノ・・・! 」

兄弟の久々の邂逅だった。
暫くまた無言が続く。

「目を覚ましたって聞いてね。・・・・・体、どうだい? 」

ディノの意外な言葉にコウは驚いた。

「ああ、大分いい。相変わらず目は見えないままだけど、一生ってわけでもなさそうだからね。それより、聞いたよ。ナターシャを守ってくれたんだってな。」
「あれは・・成り行きさ。」
「それと・・・すまなかったな、今まで。」

コウは素直に謝った。
ディノが辛い時にそれを知りもせず生きてきた事に。
しかし、事実は残酷なものだ。コウもまた、ディノよりも孤独の淵でモルモットのように過ごした日々があったのだから。
だが、まだコウはその事を知らない。
今までの成り行きは先日来たクルーたちから聞いていた。
しかし、コウの過去、即ちイドの事は、皆で話し合った結果、話さない方がいいということになったのである。
ディノはコウの言葉を聞いて、唇をかみ締めた。

「あやまるのは、ボクの方だ・・・・。」
「ディノ? 」
「これからは、ボクも戦う。あんたの大事なものは、ボクが守る。だから、安心しなよ・・・・『兄さん』。」

そう言うとディノはそそくさと部屋を出て行った。

「ディノ・・・。」

久しぶりに聞いた『兄さん』という言葉に、コウはとても嬉しくなった。
ディノと入れ替わりで入ってきた少年がいた。その表情は、疲れきって酷いものだった。

「誰? 」
「オレさ。」
「ブリフォー。・・・フルーシェの様子は、どう? 」
「相変わらず、気持ちよさそうに眠ってるよ・・・・・。そう、眠ってるんだ。」
「そう・・・。」

ブリフォーはコウのベッドの横にある椅子に腰掛けた。
そして頭を抱える。

「コウ・・・・オレはどうしたらいい? ・・オレのせいで、フルーシェは! 」
「ブリフォー。自分を追い詰めちゃダメだ。君のせいじゃない。フルーシェだって、今の君を見たら悲しむと思うよ。」
「でも!! オレは・・・・・。」
「ブリフォー・・・。」

コウにもブリフォーが泣いている事が分かった。
かける言葉が見つからないまま、コウは無言でブリフォーを見つめた―見つめるようにブリフォーの方を向いていた。

ちょうどその時だった、施設全体に警報の音が鳴り響く。
そして、ブラウニーの声が室内に流れた。

『敵襲だ! 敵MSの数は20!! 警備隊は総員速やかに出撃せよ!! 』
「20も!?」

コウとブリフォーも驚いた。


その頃、MSドックでも同じ放送が流れていた。
そして、タケミナカタからも外部マイクでクルー達に檄が飛ぶ。

『タケミナカタのパイロットは全員出撃して!! ディナ・エルスの警護隊を援護しなさい!! 』

ヴァイオレント、イルミナ、クラウディカデンツァ、アマテラス、そして少し遅れてツクヨミのカメラアイに光が灯った。
タケミナカタで作業していたサユが、発進シークエンスをかける

『みんな、気をつけてね。特に、フエン! 頑張ってね!! 活躍、期待してるから! 』
「ね、姉さん? ・・・わかった、行ってくるよ! 」

サユは少し無理をして元気に言った。
急に機嫌が良くなっていた姉に、フエンも勇気付けられた。
そして、ディナ・エルスのMSドックのカタパルトハッチが開く。

「エリス・アリオーシュ、アマテラス、行くわよ!! 」
「ティル・ナ・ノーグ、クラウディカデンツァ、レディー・ゴー!! 」
「ディノ・クシナダ、ツクヨミ、さあ、行こうか! 」
「デュライド・アザーヴェルグ、ヴァイオレント、出る! 」
「フエン・ミシマ、イルミナ、行きます!! 」

5機のMSが戦渦の宇宙(ソラ)へと投げ出された。
ブラウニー率いる警護部隊のMSフェノゼリーは今までにない20機もの空賊のMSに苦戦を強いられていた。

「・・性懲りもなく、一体何が狙いだ!! 」
「平和に暮らす人たちを脅かすなんて、許せない!! 」
「まったくだぜ!! クラウディカデンツァの力、見せてやる!! 」

ヴァイオレントの攻盾型ビームサーベル≪デュランダル≫が唸りをあげ、それに続くようにイルミナのビームライフルが火を吹き、クラウディカデンツァの2丁の高出力ビームガン≪ワイルドウェスト≫が早撃ちのガンマンの如く敵機を狙い撃つ。

「さて、私たちも行きましょうか。ディノ。」
「ああ。そういえば、始めてだね。『太陽の女神』と『月の神』が共闘するのは・・・! 」

アマテラスのナビゲーター制御型ビームプロミネンスユニット≪タカマガハラ≫の太陽が宇宙(ソラ)を焦がし、ツクヨミの2本の11.14メートル級シャムシール型重力刀≪ミカヅキ≫が月の弧を描くかのように宇宙(ソラ)を舞って次々と空賊達を一掃してゆく。

「す・・・すごい。我々も彼らに続け!! ディナ・エルスを守るんだ!! 」

ブラウニーの檄の元、ディナ・エルスを守護する『妖精部隊』のフェノゼリーも警備用の低出力ビームライフルとビームサーベルを手に宇宙(ソラ)を駆けた。
戦局は、圧倒的に有利であった。しかし・・・・。
数機のフェノゼリーのバイザーアイが真紅に輝く。
そして、なんと同士討ちを始めたのだった。
ヴァイオレントの元にも一機のフェノゼリーがビームサーベルを振り下ろし迫る。
≪デュランダル≫のシールドでそれを何とか受けたデュライドは、そのフェノゼリーに通信を送る。

「何をするんだ! ブラウニーさん! 」
「ち、違うんだ!! フェノゼリーのコントロールが・・・きかない!! 」

その通信を聞いていたディノが、叫ぶ。

「ペルセポネか!!! どこにいる!!! 」

ツクヨミが戦闘情報ジャミングシステム≪ツキノミチカケ≫を最小限に発動した。一瞬だけ全MSの通信機器が妨害され、そのEMPパルスの衝撃を受けた事によって何もない宇宙空間にレーダー反応がほんの一瞬表れる。

「そこぉ!! 」

ツクヨミが、48ミリ超重力圧射砲≪ツキノイシ≫をその宙域に向けて発射した。
ミラージュコロイドを解除して舞うように逃げたその機体の姿があらわとなる。
鮮やかなピンク色のその機体は、彼女のパーソナルカラー。

「あら、私のアフロディーテを見つけるなんて、なかなかのものね。ボウヤ? 」
「・・・よくもぬけぬけとボクの前にでてこれたね、ペルセ! 覚悟はできているのかい!? 」
「ンフフ、あなたの相手は私じゃなくってよ? 低級の空賊さん達じゃあ、お話にならなかったようだけど、ここにはもっと強いヒト達がいるもの。ねぇ、妖精さんたち? 」

ツクヨミの前に真紅のバイザーアイを輝かせるフェノゼリーが数機飛来する。

「・・・ンフ、いい子達ね。『アフロディーテの魅力』に魅せられたこの子達を倒せたら、相手をしてあげるわ? ボウヤ。」

敵機簡易制御システム≪テンプテーション≫に魅せられたフェノゼリーの群れがツクヨミに一斉に襲い掛かる。
なんとかその攻撃を避けながら、体をかわすツクヨミ。しかし、・・・。

「フン!2度も同じネタが通じるとでも思ったのかい? 」

ツクヨミが戦闘情報ジャミングシステム≪ツキノミチカケ≫を今度は狭い範囲のみに完全な形で展開させた。ツクヨミの周りのフェノゼリーは全ての通信関係が麻痺し、それによって外部からのコントロールも解除される。

「キミのその敵機コントロール機能は、恐らく電波通信を使った3流品だろう!? それを遮断してしまえば怖くはないね!! 」
「あら、そうかしら? 」

フェノゼリーのバイザーアイが再び輝き、ダウンしたはずのコントロールが再び起動する。

「な、なんだって!!? 」
「残念ね。わたしの『テンプテーション』は、そんな3流品ではないの。誰もがまどろむ極上の一品なのよ。パナマでは油断して解いちゃったけど、『同じネタは2度通用しない』、でしょ? ンフフフ。」

再び襲い掛かるフェノゼリーの群れ。

「ディノ!! 」

駆けつけようとするアマテラスの前に別のMSが飛来し、道をふさいだ。

「貴様の相手は、私がする。エリス・アリオーシュ! 」
「あなたは・・・!? 」
「コトアマツカミが一人、オーソン・ホワイトが『従神』、エレイン・ホワイト。」
「エレイン・・・あの『白薔薇』の!!? 」
「如何にも。青服、エリス・アリオーシュよ。裏切り者のお前には、私が確実な死を与えてやろう。タケミナカタに乗る全ての人間と共に。この『パニッシュメント』でな!! 」

パニッシュメントと呼ばれたその鉛色のMSの装甲が真っ白に染め上げられてゆく。
そのMSは後にカルラ・オーウェンが受領する事となるセフィウスと同時期に開発されたMSで、型式はZGMF-X22『A』。
PSを展開し、核の力を動力としたそのMSは、体の各部分から合計12本の内蔵型ビームサイズ≪タルタロス≫を生成し、そして、

「舞え! 地獄王、『アスモデウス』! 」

エレインの透き通る声と共に、その機体はバラバラになった。
それは、機体そのものが分割される事で作られた無数のユニット。
それぞれには先ほど展開された≪タルタロス≫のビームの大鎌が輝き、小型化されたバラエーナ・プラズマ収束ビーム砲改を装備したものが6基、同じく小型化されたクスィフィアスレール砲改を装備したものが6基。
機体分裂機構≪アスモデウス≫によって合計12基に分割されたパニッシュメントが、アマテラス目掛けて飛来する。

「な、なんなの!? 分裂したですって!!? 」
『く・・速い!! エリス! ダブルフェイス、完全起動だ! いいな!! 』

12本の大鎌を何とかかわしながら、アマテラスのカメラアイが一際強く輝いた。

「ええい、うっとうしいのよ!! ちょろちょろと!! 」
『落ちろ! 』

≪タカマガハラ≫がアマテラスの体の周囲を高速で回り出し、近づこうとする大鎌を牽制する。
そして、対装甲ビーム散弾砲≪チガエシノタマ≫を周囲に向けて撃ち放つ。
しかし、

「やはり、その程度のものなのだな。『黄昏』の二つ名は・・・。」

ビーム散弾の雨を優雅に掻い潜る12基のパニッシュメントは、アマテラスを包囲してそれぞれに備わる強力な砲を狙い構える。

「最早、逃げ場もあるまい。・・・・・・死ね! 」

バラエーナ・プラズマ収束ビーム砲改とクスィフィアスレール砲改の12の光が輝こうとしたときだった。
幾筋かのビームの光が何基かのパニッシュメントのパーツに被弾する。
デュートリオンビームの前身ともいえる通信システムで機体制御しているために、無線でも各ユニットにエネルギー供給をしながらPSを展開できる≪アスモデウス≫であったが、ビーム攻撃にはやはりそれほど強くはない。

「エリスさん!! 大丈夫ッすか!! 落ちろ、バラバラ野郎!! 」

クラウディカデンツァの正確無比な射撃によって、12基のパニッシュメントのボディパーツの統率が、一瞬乱れた。
その隙を付いて≪タカマガハラ≫がいくつかのパーツに襲い掛かる。
たまらず距離をとり、再びMS形態に戻るパニッシュメント。

「助かったわ! ティル! 」
『やるな、お前!! 』
「いえ! あの手のMS、オレとは相性いいみたいなんすよ! オレが撃って牽制しますからその隙に、止めを!! 」
「そうね! 行くわよ! ミゲル、ティル!! 」
『ああ!! 』「了解! 」

「フン、あのグレーのMS、なかなかよい射撃をするな。だが、まだまだ荒い。撃ち終わった後に隙だらけになる・・・・。さて、どちらから落とそうか! 」

色なき白薔薇ともう一つの『カラーズ』の戦いが幕を開けた。


「デュライドさん!! 」

ブラウニーのフェノゼリーと均衡状態となっているヴァイオレントの元に、イルミナが駆けつける。しかし、

「残念賞!! 白いのの相手は、俺がするよーん!! ん? 青いのって言うべきかな? どっちだ?? 」

イオの駆る、真紅の炎神・カグヅチの胸部2連型複列位相エネルギー砲≪ホノカグラ≫の光線が、イルミナを襲う。
たまらず、アンチビームコーティングシールドでそれを防ぐフエン。

「邪魔をするな!!!! 」

ビームライフルを撃ちながらカグヅチの逃げ場を防ぎつつ加速して一気に間合いを詰めるイルミナ。
そこに、カグヅチの腕部内蔵型ビームプロミネンス放射装置≪ホムラノトイキ≫が噴出される。
しかし、イルミナはそれを気にせずシールドを構えて突進し、カグヅチに体当たりを食らわせる。

「わあ!! いってぇな!! こいつ!! 」
「・・・え・・・・。」

接触したカグヅチから聞こえたその声に、フエンは一瞬固まった。
そこに、≪ホノカグラ≫の光が至近距離でイルミナのシールドに集中砲火される。
さすがに高出力のビームを至近距離で2門も受けたそのビームシールドは爆砕されてしまう。とっさにシールドを切り離し、距離をとるイルミナ。
そして、フエンはカグヅチに向かってオールバンド通信を送った。

「オレは地球軍第11月面戦隊ノースブレイド基地所属、フエン・ミシマ! ・・君は誰だ!! 」
「え〜!! フエンなのかい!? ひっさしぶりだなぁ!! 」

フエンの外れて欲しかった予想は、見事に的中した。

「イオ・・イオ・アステリア! 何故、君がここに!! カリフォルニアにいたはずじゃないのか!? 」
「う〜ん、つまんなくてさ〜。サグメのトコのほうが、面白ぇから辞めたんだ、連合! 」
「そ、そんな!! 」
「フエンさ〜、士官学校の友達のお前にはホントに悪ぃんだけどさ〜、命令なんだよね〜。タケミナカタを消せってさ。・・・・だから、お前も消えてくれる? 」

カグヅチの両肩の50連装誘導プラズマ砲≪ヤオオロチ≫が荒れ狂う無数の光の蛇を撃ち放った。

「イオォォォォ!!!! 君はぁぁぁぁ!!! 」

フエンの高ぶる激情をトレースしたM.O.Sがイルミナに力を与える。
イルミナは高速で宇宙を飛翔しながらその不規則に荒れ狂う無数の真紅の蛇を難なくかわした。それだけでなく、かわしながらもイルミナはビームライフルを射撃し、カグヅチを的確に狙い撃った。
カグヅチもたまらずその宙域を離脱する。

「逃がさないよ、イオ!! 」

追いすがるイルミナ。しかし、その足元で爆発が起こりイルミナの足が少し破損した。

「なんだ!? 」

動きを止めたイルミナが周囲を見渡すと、そこには無数の小型爆雷が浮遊していた。
そして、カグヅチからの通信が入る。

「またまた残念賞〜! 罠で〜っす!! 俺が逃げるふりしながら撒き散らした散弾爆雷『カシャ』! 威力は低いけど、立て続けに喰らったらやっばいぜ〜!! さ・ら・に! 」

≪カシャ≫の海にたたずみ逃げ場を無くしたイルミナに、再び≪ヤオオロチ≫の50の蛇が襲い掛かる!

「あはははは! これで終わりだね〜、フエン!! バハハ〜イ!! 」
「オレとイルミナの力はこんなものじゃないぞ、イオ!! 」

イルミナは周囲の爆雷を気に留めることもなく先ほど同様高速で飛行し、≪ヤオオロチ≫の光を何発か掠らせながらも紙一重でかわしてゆく。
爆雷は・・・・。

「すっげぇ! あいつ、高速で飛びながら逃げる方向にある『カシャ』をビームライフルで先に打ち落としてんのか!! 爆雷の散弾程度ならPS装甲で防げるって事? 考えるなぁ! 」
「目を覚ませ、イオ!! 」
「俺は正気だよ、フエン!! 」

乗り手と感応する月の使者と、全てを焼き尽くす炎の神が宇宙に火花を散らせる。



「・・・く、どうすれば!! 」

隊長機のフェノゼリーのビームサーベルを≪デュランダル≫の盾で受けながらデュライドの額に汗が滲んだ。
このままでは、ディナ・エルスの皆を討つ事にもなりかねない。
ヴァイオレントは体をいなしてフェノゼリーの攻撃を後方に受け流し、背後を取った。

「! ・・・あれは!? 」

フェノゼリーのバックパックに何かを見つけたデュライドは、一気に加速して≪デュランダル≫でソレを切り裂いた。
フェノゼリーのバイザーアイの光が元の水色に戻り、その動きを止める。デュライドは接触して直接振動で通信を送った。

「ブラウニーさん! 大丈夫か!!? 」
「デュライド君! どうなっているんだ!? 今、何が!? 」
「話は後です! コントロールしていたものの正体が分かった!! 今から他の皆も助けてくる!! 動けますか!? 」
「動けはするのだが、カメラが全て壊れていて・・・! 」
「じゃあ、コクピットを開けて目視で帰還してください!! この宙域はその状態では危険だ! 」
「わかった、すまない!! 」

そう言うと、デュライドは苦戦するツクヨミにも通信を送った。

「ディノ! フェノゼリーの背部に『虫』のようなものがくっついているはずだ! それを壊せ!! コントロールが外れる!! 」
「! デュライド! そうか、アレだね。そうと分かれば! 」

2本の重力刀≪ミカヅキ≫を持ったツクヨミが舞うように金色の軌跡を描き、次々に
フェノゼリーに寄生した敵機簡易制御システム≪テンプテーション≫を斬り壊してゆく。

「あら、バレちゃったわね。じゃあ、私も相手してあげなきゃダメかしらね。」
「ペルセ!! 覚悟しろ!!! ボクはキミを許さない! 絶対に!! 」
「お姫様を殺そうとした事がそんなに嫌だったの? 本当にラブラブなのねぇ、王子様? 」
「うるさぁぁぁぁい!!! 」

右の≪ミカヅキ≫の刃が、アフロディーテの構える円形の大盾に激突する。
しかし、

ブィィィィ!!!

「うわぁぁぁ!!! 」

アフロディーテの超振動子内蔵盾≪アテナ≫が起動し、接触していた≪ミカヅキ≫は共振を起こして破砕される。とっさに手を離し、機体の共振を免れるツクヨミ。

「ンフフフ、シャクスにもらったのよ? いいでしょう。」
「こんな小手先の盾など!! 」
「盾だけじゃなくってよ? 」

アフロディーテの両胸の突起から砲が現れ、そこから弾丸が発射される。
なんとかかわすツクヨミだったが、そのかわした弾が先ほどコントロールを戻したフェノゼリーの一機に被弾する。
ただめり込んだだけで損傷は軽微と思われた次の瞬間だった。
機体が小刻みに揺れだし、そのまま爆砕した。

「どうかしら? 内部振動増幅破壊弾『ティンカーベル』の味は? かわしてもいいけど、その分お仲間が消えてゆくわよ、王子様? 」
「く・・卑怯な!! 」
「あなたに言えるのかしらね? そんな事が。」
「・・・!! 」

ペルセの言葉に、ディノは絶句する。
確かに、今までのボクは・・・・。

『何を迷っているんです。らしくないじゃないですか。』

突然の声だった。
その声に、ディノは一瞬真っ白になった。
そして、その声の主は、続けた。

『あなたは偉そうにしているくらいがちょうどいいんですよ、ディノ。そうでしょう? 』
「・・・・・ニコル! どうして!? 」
『ツクヨミのMIHASHIRAシステムは、細工がされていたんですよ。あの女の人がコントロールできるような装置が付いていたんです。マヒルさんがそれに気付いてとってくれたみたいですよ。後で、ちゃんとお礼を言っておいてくださいね。』
「そうじゃなくて!! なんで、キミが!! 」
『失礼だなぁ。僕だって、これでもエースパイロットなんですから。データが蓄積されていても不思議ではないでしょう? 今日から僕がディノのナビゲーターです。さあ、戦いましょう! お兄さんの代わりに、守るんでしょう? 』
「・・そうだったね。このボクが・・・・・・みんなを守ってやるんだったよ!! 」
『そうです! ・・・では、ダブルフェイス完全起動! 行きますよ、ディノ!! 』
「ああ、ニコル!! 」

ツクヨミのカメラアイに新なる強き光が輝いた。

「じゃあ、そろそろイカせてあげるわね、王子様。お姫様もすぐにお連れしますので、ご安心なさい? 」

再び内部振動増幅破壊弾≪ティンカーベル≫が今度は数発発射された。
その狙いは明らかにディノだけではなく、動けないフェノゼリーも。
しかし、覚醒したツクヨミの構えた≪ツキノイシ≫がフェノゼリーを狙い撃つその高速の弾丸を見事に貫く。そして、自機に迫る≪ティンカーベル≫は・・・。

「甘いな、ペルセ! 実体弾など、どんなに強力でもこの月の力の前では無力に等しいのさ! 」
『月の力は守りの力! 僕達にはあなたの下卑た破壊の力など、届きはしませんよ!! 』

試作型反重力フィールド発生装置≪ヤタノカガミ≫の紫の光が月の神から迸り、全ての弾丸は元来た方へとはじき返される。
アフロディーテはかわしきれず、超振動子内蔵盾≪アテナ≫で受けてその振動を相殺しようと試みるが、適わずに≪アテナ≫は粉砕された。

「く・・・やるわねぇ、目覚めた王子様は・・・。でも、目覚めのキスはお姫様にするものよ!! 」

純粋なる初のディナ・エルス製戦闘用MSアフロディーテと、美しき旋律を奏でる相棒と共に覚醒した月の神は、宇宙を美しく舞い続ける。


「フエン! 加勢する・・・・」

イルミナの加勢をしようと空を飛ぶヴァイオレントの右足が宙を舞った。
デュライドもその事に気付くのに時間がかかったほどそれは突然に現れた。
4枚の輝く紅の羽衣を舞わせるその薄紅色のMSは、ヴァイオレントを見下ろしながら言葉を放つ。

「コウはどこ・・・・? 」
「な、なんだと!? 」

再び紅輝のビーム羽衣≪アマノマホロバ≫が舞うように飛来し、ヴァイオレントを優しく撫でる。 今度は銀色のブレードアンテナが回転するような軌跡を描いて大きくとんだ。

「もう一度聞くわ。コウはどこにいるの! ・・・・言いなさい!! 」

今、ディナ・エルスにかつてない戦慄が走ろうとしていた。

〜第36章に続く〜


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