〜第34章 真実の追憶 ―イド― 〜

「そ、そんなバカな・・・!! 」

フエンの額に汗が滲む。
隣のデュライドも、眉をひそめながら言った。

「・・・・うまい。」
「でっしょー!! どんどん食べてね、二人とも!! 」

タケミナカタの食堂では、クルー達が少し遅めの昼食をとっていた。
厨房には、オーブからこのタケミナカタに乗艦していた専属コックであるイツセ・ミナギとサユが、新しく仲間となったフエンとデュライドのために腕によりをかけてご馳走を作っていた。
アイリーンの指導と今までの旅の中でサユの料理の腕は格段に上がっており、その事を知らなかったフエンはサユの手がけた『おいしい』と形容できるその料理に驚きを禁じえなかったのであった。
初対面でそんな事は知らないデュライドは、黙々と料理を口にしながらおかわりを要求する。
無表情ではあるが、どうやら本当においしいらしい。
デュライドだけでなく、その場にいたディノ、ユガ、ガルダ、マヒルや、整備員の面々も食器を持って立ち上がり、あっという間に行列ができた。デュライドとフエンも急いで並ぶ。

「あらあら、皆さんおなかペコペコだったのね。ちょっと待ってくださいね。サユちゃんも手伝ってくれたから、まだまだいっぱいありますから。でも、ゆっくりよく噛んで食べてくださいね。」

三角巾を上品に頭に巻き、和服姿で料理を作るイツセの優しく綺麗な笑顔に、男性陣はメロメロになりながら「は〜い! 」と返事をする。
フエンももちろん、ディノやデュライドですら頬を赤らめた。
実に健康な男児一同は、もはやイツセの料理というよりは彼女に首っ丈になっていた。

そんなフエンの腕をサユが乱暴につねる。

「いてててて!! ね、姉さん!! 」
「私だってちゃんと作ったのよ!? ホントよ!! 」
「分かってるよ、姉さん。本当に料理うまくなったよね。」
「うん。頑張ったんだから! 私も、今まで・・・。」
「そうかぁ。じゃあ、聞かせてよ。姉さんたちの今までの旅の話。」
「・・・・・うん。」

とてもおいしい食事を取りながら、サユ達既存クルーはフエンやデュライド、そしてオーブから来たクルー達に自分達の今までの旅の事を話し出した。
ゆっくりと、そしてじっくりと・・・・。
話は、その夜まで続いた。



「さすがはザフトの高速輸送艦。地球からプラントまですぐに着いたね〜。」

コーディネイター達の暮らす砂時計型の新型コロニー、プラント。
その12基のプラントの内の一つに、その5人の人間は訪れていた。

建物内の通路を歩くその一団の先頭の男に、ザフトの軍服を着た者達が次々と敬礼を返してゆく。
男もゆっくりと敬礼でそれに返した。

「すっごいね〜。人気者なんだ、オーソンは! 」
「はっはっは、これでも私はプラント評議員の一人だからね、イオ君。」
「イオ。あまり、うろうろしないでくれるか。兵たちが不信がる。」
「え〜・・わかったよ、エレイン。」

エレインと呼ばれたその少女はイオの方を見もせずに冷たく言い放った。男性顔負けにザフトの赤服を着こなすその姿は、見るもの全てを威圧するような独特な雰囲気をもっている。
敬礼するザフト兵も、実は彼女の方に緊張していたのだった。

『白薔薇』、エレイン・ホワイト。
母譲りの真っ白な美しい髪と、一切の色の無い真っ白に染められたシグーを駆り、優雅かつ圧倒的な戦闘をこなす事からそう呼ばれて恐れられている。
ディノのそれとは異なる生来の白髪は、後ろで束ねられてはいるが彼女の腰まで美しく伸びている。そして、左胸にはエリートの証、F.A.I.T.Hの徽章。
そして、彼女はオーソンの一人娘であった。

避けるように敬礼するザフト兵達を見て、ペルセポネが色っぽく微笑んだ。

「ンフフ、みんな怖いのね、エレインの事が。」
「そんな事はない。皆、父上に敬礼しているだけだ。」
「そんな事より、まだ着かないの? オーソン・・・。」
「・・・この扉の奥でございます。リトお嬢様。」

オーソンが一つのエアロックを開け、5人は中に入った。中はかなり広いドックになっており、目の前には銀色に染め上げられた宇宙戦艦が停泊している。

「まあ、綺麗ね・・・。」
「マジすっげぇなあ! 『銀ぴか』じゃん!! 」
「これに乗って、ディナ・エルスにいけるのね・・・。」
「はい、リトお嬢様。この艦をあなた様と主神の母艦としてどうぞお使いくださいませ。」
『・・・よき働きだ、オーソンよ。』

今まで黙っていたマクノールが口を開く。
既出の通り、マクノールはリューグゥにおいて死亡している。
この主神・マクノールはMIHASHIRAシステムを応用した人工的な存在なのであった。肉体を持たないという事で言うならば、ある意味神に近いといえる。

5人と一『柱』の神はその白銀の戦艦に乗り込んだ。ドックには、イソラ研究所から宇宙に持ち出したMSが既に搬入されている。
ブリッジの艦長席に座るリトの元から、神の声がこだました。

『さて、では行くとするかな。ディナ・エルスへ・・・。エターナル級2番艦『アザゼル』、発進せよ!! 』

究極の夫神と妻神の出会いは近いのかも知れない・・・・。



あれから既に数日が過ぎていた。
宇宙を進むタケミナカタのブリッジではブリッジ要員が全員配置についている。
そこには、デュライドとグラーニャの姿もあった。

「あれが、ディナ・エルスかあ・・・。」

ユガの瞳が、そのコロニーの姿を捉えた。

中立コロニー、ディナ・エルス。
地球連合、ザフトのどちらにも介さず、オーブのようにあくまでも中立を貫く有数の国家であり、まさに、『平和』を象徴するかのようなコロニーであった。
自治国家として栄えているだけあってその技術は目を見張るものがあり、科学や医術、はたまたMS工学といったものまでオーブやプラントにも勝るとも劣らない技術を有している。しかし、あくまでも非戦闘国家であるためにMSは警護用のものしか存在しない。この先もずっと、そうであるはずだった。

「・・・・まさか、ディナ・エルスであんなバケモノがつくられていたとはな・・。」

デュライドは眉をひそめながらつぶやく。それを聞いたグラーニャがデュライドに謝罪した。

「本当にごめんなさいね、デュライド君。あなたの国をこんな事に巻き込んでしまって・・・。」
「・・・あなたのせいではない。・・・・原因は、国主の『ケット』の方だろう。よもや、国主自らがコトアマツカミの一人となっているとは・・・。一体何のつもりなんだ・・! 」

ディナ・エルス総合国主、ケット・ディナ・シー。
このディナ・エルスを創設したリオン・ディナ・エルスの孫に当たる。
ディナ・エルスの国主は選挙によって国民全ての中から平等に選ばれるものなのだが、ケットはその人望から国主に当選し、もう長い間国の自治を勤めていた。
そのケットが何故・・・。裏切られたような気持ちが、デュライドの心をいらだたせる。

「まさか、ケットシーがディナ・エルスの国主とはね・・・。しかも『ディナ・シー』。ペルセポネは彼の娘というわけかい? 」

ブリッジに入ってきたディノがそう話しかける。その後ろには、エリスとティル、フエンの姿もあった。
デュライドが頷く。

「・・・ああ。ペルセはケットの娘だ。オレもよく知っている。・・・『ディナ・エルスの聖女』である彼女が、ザフトに入ったとは聞いていたが・・・・。くそっ・・・。」
「デュライドさん・・。」

フエンが心配そうにデュライドを見つめる。
その時、シュンが叫んだ。

「レーダーに熱源反応! 数、9!! 距離500、グリーン10マーク8、・・・ゼロセンターです! 」
「確かに、真正面にクールなどんぱちの光が見えやがる! ハウメア!! 」
「敵機の所属は不明や! しゃーけど、機種は9機ともジンと確認! 今、光学映像を出すから待ちぃや!! 」

前方のスクリーンに戦闘の様子が映し出される。
そこでは、数機のディナ・エルスの警護MS・フェノゼリーがジンの攻撃に押されているのが見える。

「あのジン・・空賊だ!あいつら、また!!! ・・・オレが出る!! フエン! 援護頼む!! 」
「あ、デュライドさん!! 待ってください!! 」

MSドックに駆け出す2人。
勝手なことをする2人に頭を抱えるマナ。

「ちょっと! 待ちなさい、二人とも!! ・・・もう。でも、今出せるMSは、あの2機と・・。」
「私も出ていいかしら? 」
「ええ。お願いね、エリス。ティルは待機よ、いいわね。総員、第一戦闘配備! 対MS戦闘用意!! 」
「・・・りょ、了解! ・・オレだってやれんのになぁ・・。」
「悔しいのは、キミだけじゃないさ。ボクだって・・。」
「ディノのツクヨミはボロボロじゃんか! オレのはさあ・・。」
「悔しいなら、うまくなる事だね。ボク達だってMIHASHIRAシステムがあるから強いわけじゃない。それなりに努力しているんだから。」
「ちぇ! オレだって・・・ま、言ってもしょうがないよな。わかったよ、ディノ。」

臆面もなく自分を強いと言い切るディノに、ハウメアはおかしくなって笑った。
指摘されてディノも赤らみ、皆の顔にも少しだけ笑顔が浮かぶ。
戦闘中だというのに。

MSドックで3機のカメラアイに光が灯る。

『カタパルト接続、APUオンライン! エリスちゃん、アマテラスは予備パーツを交換した応急処置で直ったばかりよ。あまり無茶しないでね。』
「了解よ、サユ。」
『大丈夫さ、なんと言ってもこの『黄昏の魔弾』が付いてるんだからな! 』
『ふふっ、頼みむわね、エリスちゃん、ミゲルさん。アリオーシュ機・アマテラス、発進どうぞっ! 』
「エリス・アリオーシュ、アマテラス、行くわよ!! 」

蘇った太陽神が宇宙へ飛び出す。

『デュライド君も気をつけてね。アザーヴェルグ機・ヴァイオレント、発進どうぞっ! 』
「オレの故郷に手を出す輩には・・・容赦しない! デュライド・アザーヴェルグ、ヴァイオレント、出る! 」

紫の閃光の剣士(ブラスターロード)が右腕の攻盾型ビームサーベル≪デュランダル≫を煌かせ、ソラを舞った。

『フエン、気をつけてね。ぜ〜〜〜〜〜ったい、だよ!! ミシマ機・イルミナ、発進どうぞっ! 』
「大丈夫だよ、姉さん、オレにはイルミナと・・・・『M.O.S』がある! フエン・ミシマ、イルミナ、行きます!! 」
『え・・・M.O.Sって、何よ・・・フエン!! 』

白と青の月よりの使者もまた、ビームサーベルを抜きながらソラへと駆けた。

「ディナ・エルス警護隊! こちら地球連合軍第11月面戦隊ノースブレイド基地所属、デュライド・アザーヴェルグ!! ・・・加勢する!! 」
『え・・デュライド君なのか!? ・・助かる! 頼む!! 』

ディナ・エルスの英雄、デュライドの登場で押されていたフェノゼリー部隊に安堵の息が漏れる。

「性懲りもなく・・・失せろ! 空賊ども!! 」

ヴァイオレントの左腕のビームライフルが即座に1機のジンを撃ち抜く。そして、接近してきたもう一機のジンの重斬刀を右手の盾で防ぎながら≪デュランダル≫の光刃で薙ぐ!
その隙を付き、重突撃銃を乱射する3機のジン。
しかし、

「あなた達の相手は、オレだ!! 卑劣な相手には、容赦しない!! 」

イルミナのカメラアイの光が、燃えるような真紅に染まる。
一瞬で3機のジンはビームサーベルの餌食となって爆散した。

『へぇ! あのルーキー達、やるねぇ! 』
「こっちも行くわよ! ミゲル!! 」

別の3機のジンも、アマテラスのナビゲーター制御型ビームプロミネンスユニット≪タカマガハラ≫と高エネルギー収束火線ライフル≪マカルカエシノタマ≫、高出力ビームライフル≪タルタマ≫に貫かれて宇宙の塵となった。
残された最後のジンは、たじろぐようにその場を後にする。

「待て!! 逃がすとでも・・」

追いすがろうとするイルミナに、タケミナカタからの通信が入る。

『フエン! 深追いしちゃダメ!! お願いよ!! 』
「ね、姉さん・・・・了解です。」

イルミナのカメラアイが、緑色に戻る。

「・・・フエン、むやみに使うなと言われているはずだ。」
「デュライドさん・・・・。でも、いつでも使いこなせるように、実戦でも練習しておかないとと思ったんです。デュライドさんは昔から強かったのかもしれませんが、オレは実戦なんてまだこれで2度目ですから・・。」
「? 何の話をしているの? 」
「い、いえ、なんでもありませんよ、エリスさん。・・・タケミナカタに戻りましょう。」

3機は母艦へと帰投した。

『いや、助かりました。援護・・・というより助けていただいて感謝します。サタナキア少佐。』

ブリッジには先ほどの警護隊の隊長らしき人物がモニターに映し出されていた。

「いえ、お互い様ですよ、ブラウニー・ボガード隊長。ディナ・エルスを守護する『妖精部隊』の活躍のお噂は聞いております。かえって差し出がましい真似をしてしまったかもしれませんね。」
「なんのなんの、本当に感謝しますよ。今日の空賊はいつにも増して数が多くてね。おかげで部下たちとこれからうまい飯が食えますよ。ありがとう。それより、そちらにデュライド君がいるのですか? 」
「・・・久しぶりです。ブラウニーさん。」
「デュライド君! 元気そうだね。ところで、何故ここに? 」
「それは私が話しましょうか?ブラウニー君。」
「・・・! グラーニャ博士!! ・・なるほど、飲み込めました。ラウム博士達がお待ちです。裏側の入港口からお入りください。今誘導ビーコンを出しますので。」

タケミナカタは射出された誘導ビーコンの光と共に、ディナ・エルスへと入港した。
ディナ・エルスの戦艦ドックに入港したタケミナカタのクルー達は、事情を説明して至急フルーシェとコウを最新の医療技術を要する施設―現在グラーニャが管理していた極秘裏の医療研究施設―へと搬送してもらった。付き添いはブリフォーと、ディノに気を使ったエリスがする事となった。
ブラウニーの案内で、他のクルー達は下層の研究施設らしいところに案内された。
そこには何重にもエアロックが施されており、最後の部屋は巨大な空間の広がるMSの研究所のようなところだった。
そして、2人の白衣の人間がクルー達の前に歩み出た。

「よく来てくれたね、地球軍の皆さん。いや、ザフトの方もいるし・・・『タケミナカタ』の皆さん、と言った方が正しいかな。」
「そんな事はどちらでもいいわ、ラウム。はじめまして、みなさん。私はアリア・クシナダ。そして、彼はラウム・メディール。聞いていると思うけど、あなた達をここに案内したグラーニャと、亡くなったクロウリー、そして私達はMIHASHIRAシステムの開発メンバーです。・・東アジアガンダム『ミコト』をつくったのも私たち。そして、イザナギ、イザナミをつくったのも・・・。」
「母さん・・・・・生きて・・・。」

ディノの目から耐え切れず涙が零れ落ちる。
アリアが両手を広げるとディノはその胸の中に飛び込んで声をあげて泣いた。
彼も、今まで気を張り詰めて生きてきたのだ。その糸が今プツリと切れたのだろう。
アリアも優しくディノの白い髪を撫でた。

「ごめんね、ディノ。あなたには今まで辛い思いばかりさせてしまったわね。」
「いいんだ、ボクの事なんか。でも、母さんが生きてて・・・本当に・・・。そうだ! コウは・・・。」
「あなた達が入港してすぐに、グラーニャから通信で聞いたわ。あの子も、大変な目に合わせてしまった・・・。私達のせいね・・・・。」

すると、グラーニャがアリアとラウムのほうに歩み寄り、クルー達に向き直った。

「全て、お話しましょう。私達の事と、そして、MIHASHIRAシステムの事、イザナギ、イザナミの事を・・・。」

それは、全ての運命を狂わせた原初の物語。
語られる事はないはずだった、悲しき宿命。
そして、本当の、『真実』・・・。

CE47−。
L4宙域にあるコロニー『メンデル』のGARM R&B社。
そこでは、大きく分けて二つの実験チームが存在していた。
『遺伝子調整チーム』と『MIHASHIRAシステムチーム』。
どちらも、誰しもが望むより良い人間を生み出し、よりよい世界にしていこうとする理想のプロジェクトであった。

コーディネイターを超えるコーディネイターの誕生は後の世界を大きく発展させ、MIHASHIRAシステムの完成は今を生きる全ての人たちに平等に優れた力を与えてくれるだろうと誰しもが信じ、共感していた。

そして、CE52−。

「ラウム、グラーニャ、おめでとう。安産みたいね。」
「女の子だそうね。名前は決まったのかしら?」
メンデルの研究室のベッドの上に横たわるグラーニャと付き添うラウムに話しかけた二人の女性がいた。

「ありがとう、アリア、ミコト。」
「名前は、もう決めているんだよ。『フルーシェ』ってね。でも、アリアももうすぐなんだろう? 」
「ええ、来月の予定よ。ケインさんは仕事で立ち会えるかは分からないそうだけど、きっといい子に生まれるわ。」

アリアは大きく膨らんだ自分のおなかをいとおしくさすった。

「でも、そのフルーシェちゃんの姿が見えないようだけど・・・。」

ミコトの言葉に、メディール夫妻の表情が曇る。

「あの子は今、『彼ら』の検査を受けている。・・・スーパーコーディネイターとしての資質を調べるんだそうだ。」
「! ・・・そうだったわね・・・。あの子は・・・・。」

検査の結果出された答えは『失敗作』。
夫妻はそのレッテルを聞き、フルーシェを普通の子として育てる事ができる事にいい意味で喜んだ。
そしてその次の月、また一人の赤子が生まれる。

「男の子だそうよ。頑張ったわね、アリア。」
「そう、よかったわ。無事に生まれて・・・・。」

しかし、誕生してからその男の赤ちゃんは一向にアリアの元には戻ってこなかった。
一週間後、アリアの元に来たのは一人の男。

「おめでとう、アリア君。君の方は『成功』だったようだ。見事な『ハーフコーディネイター』だよ。彼は私達の方で引き取り、実験につかわせて貰う。」
「そ、そんな!! それにまだ、顔も見ていないのに!! 」
「ああ、考えたんだよ。顔を見てしまうとやはり情も移るだろうという事で、このまま私たちが預かるという事に決まったのだ。すまないね。」

そういって、男はその場を去ろうとする。

「待って、私の・・・私の赤ちゃんを・・・『コウ』を帰して!!! ユーレン!! 」
「コウ? ・・・あの子の名前か? 勝手につけてもらっても困る。あの検体名は『イド』。ジークムント・フロイトの唱えるイド― 無意識層の中心の機能で、感情、欲求、衝動をそのまま自我に伝えるもの ― からとったものだがね。」
「待って、ユーレン!! お願い!! 」

他の白衣の男たちに抑えられながらも、アリアは必死に叫んだがその声は届く事はなかった。

アリアはコウを取り戻すために必死になっていた。
ユーレンの言う事を聞き、MIHASHIRAシステムの開発とその技術提供までをこっそりと行うようになっていた。
そして、4年後にはコウのクローンとしてディノを生んだ― クローンと入っても、人工子宮ではなく、アリアの子宮が使われたためであった。
ディノはクローニングが不完全だったため、生後間もなくテロメアの異常が判明。3歳の時には生えそろえた髪は真っ白となっていた。その後、最新の遺伝子治療で完治するが、そのせいで『ハーフコーディネイター』としての能力は失われてしまっていた。
 『失敗作』のレッテルを貼られたディノはアリアの元で暮らすこととなる。

やがて、数年の時が流れた―。

「今日も、また走るの? 」
「そうだ。今日は50km走ってもらうよ、イド。」

その青い瞳と黒髪の子供は、ランニングマシーンの上を息を切らせながら走らされる。しかし、途中で力尽きて気を失ってしまった。
科学者達は電気を流して無理矢理起き上がらせようとするが、電流に合わせて体を痙攣させるだけで少年は倒れたまま動かない。

「やはりだめか・・・。先日までのデータだと、長距離走行や持久力に関してはいい結果は出ませんね。ですが、反射速度の実験や直感テストの方は予想以上の結果が出ています。やはり『ハーフ』には諜報活動や潜入捜査等のスパイ活動が適しているようですね、ユーレン博士。」
「ふむ、そうか。『U(ツー)』と『U´(ツーダッシュ)』の方はどうだね。」
「ああ、あの親権を持つ親元で生活させて経過を見ている二人のことですか。『イドU』、ロイドは普通の子供となんら変わらず生活しているようです。『ハーフ』も一般環境には普通に適応できるようですね。クローンの『U´』の方は・・・。」
「どうかしたのか?」
「『イドU´』、セフィの方なのですが・・・先日、行方不明となってしまったようです。」
「なんだと!!あれほど金と犠牲をかけて誕生させたUのクローンが居なくなっただと!!エスコールめ、何をやってるんだ!!」

ロイドはその親が訴訟を起こして親権をユーレンや出資者のアル・ダ・フラガから勝ち取り、引き取られたのだった。
しかし、既に『ハーフ』の一号であるイドがいた為、主要実験はイドで行い、ロイドと名づけられたその『ハーフ』2号の少年は通常の暮らしの中でのハーフの適正を見る検体とみなされて、ユーレン達は何事もなく彼を親元に帰した。ロイドのクローンであるセフィも同様であり、軍人として育った場合のデータをとるために軍関係の人間に引き取らせたのである。
偶然にもロイドとセフィが引き取られた家の親の名は、同姓の『エスコール』であった。

「ですが、ユーレン博士。ディノの方がその内ザフトに入隊するでしょう。軍人としての適正は、そちらの方で見ればいいかと・・・。」
「『イド´(イド・ダッシュ)』か・・。あれは出来損ないの失敗作だろう。あんなので見ても仕方がない。」
「いえ、最近ではその頭角を現し始めていると報告を受けております。もしかしたら晩成型の検体というのもいるかもしれません。」
「・・・まあいい。これは君の失態だが、そこまで言うのならそうしよう。暫く休ませたら、イドの実験は続けたまえ。」
「はい。」

ユーレンはその場を後にした。

休憩所のソファの上で肩で息をしながらうつぶせに寝転がるイド。
・・なんで、僕はこんな事をしているんだろう・・・。

そのほてった頬に、冷たいものが当てられる。

「ひゃっ!? 」

飛び起きたイドの目の前には、缶ジュースを両手に持った一人の少女がくすくすと笑っている。
イドと同い年くらいだろうか、その黒髪の少女はおもむろに缶ジュースの一つ―オレンジジュース―をイドに差し出す。

「・・・僕にくれるの? 」
「うん! 咽喉かわいてるんでしょ? あげる!! 」
「あ、ありがとう・・・・。君は? 」

その少女は大好きなイチゴミルクを飲みながら答えた。

「わたし、リト! リト・アーキオっていうの。あなたは? 」
「僕は・・・・イド。」
「イドって言うんだ! 苗字は? 」
「苗字は・・・分からない。いや、多分ないんだ。」
「ふ〜ん、変なの。でも、『イド』と『リト』ってなんか似てるねっ! よろしくね、イド! 」
「うん、よろしく。・・・リトはなんでここにいるの? 」
「私は、お父さんについて昨日ここに来たの。お母さんに会えるんだって! 」
「そっか。・・・・いいなあ。」
「イドはお母さんとお父さんはどこにいるの? 」
「・・・・・いないんだ。僕・・・。」

イドは俯いた。そのイドの首に何かがかけられる。

「じゃあ、それあげる。前に私がお父さんにもらったペンダント。」
「え・・・い、いいよ。」
「いいから! 私はお父さんといつも一緒だから寂しくないけど、もしいなくなっちゃったら寂しいもん。だから、イドもそうでしょう? それをお父さんだと思って、持ってていいよ! 」
「・・・リト。」

そこに一人の男が現れる。

「リト、ここにいたのか。さあ、行くよ。」
「うん! お父さん! じゃあね、イド! また会いましょう!! 」
「あ・・・・うん。ありがとう、リト。」

手を振り分かれる二人。そして、イドの実験が再び始まった。


CE64の事だった。
痺れを切らしたアリアは、イドを実験施設から連れ出した。
もちろん内密に、ケインのところに預けたのである。
イドには脱走防止用に施設を出ると激しい頭痛に襲われるような暗示が刷り込まれていたが、アリアがそれを解除させていた。そのかわり、彼の今までの記憶は一切なくなりケインと共に暮らしてきたという偽の記憶が植え付けられた。

名前も、イドではなく、ケイン・クシナダ、アリア・クシナダの息子、コウ・クシナダとなった。
そのまま彼は灯台下暗しという事か、当時ディノのいたプラントで1年ほど父子3人で暮らし、その後月の幼年学校に編入という形で入校した。

激しく責められたアリアだったが、クロウリーやミコトが庇い、MIHASHIRAシステムの研究データを今後も惜しむことなくユーレンたちに提供するという事でなんとか事なきを得たのだった。
―ちなみにこの頃すでにメディール夫妻はGARM R&B社を退社し、地球で暮らしていた。過激な人体実験に耐え切れなくなったためである。そして、北欧の街ヴィグリードを安住の地とし、フルーシェとそこで生まれたナターシャとともに暮らすこととなる。

CE68。メンデルはブルーコスモスを名乗る謎の一団によって襲われ、GARM R&B社は壊滅してしまう。アリア達MIHASHIRAシステムチームの人間は、プラントに出向いていたためにその難を免れていた。
そのメンデルの事件でユーレンは亡くなったが、その意を継ぐ人間がアリアたちを放さなかったためにMIHASHIRAシステムの研究の方は続けられた。

システムの開発は順調だった。
数年後、ザフト士官学校を最年少トップで卒業したディノが運用実験を引き受けた。
しかし、問題もあった。それは、出資者達である。
GARM R&Bがつぶれてからは、研究の出資はザフト、連合、オーブのイソラ、 そしてフジヤマ社がやってくれていた。

しかし、互いの利害関係が複雑に絡み合い、運用実験は連合の東アジアに建設されることとなっていたリューグゥと、ザフト所有の廃棄された研究所・ネブカドネザルの2箇所に分けられる事となった。

東アジアには、ミコトとクロウリーが、ネブカドネザルにはアリアとディノが勤め、実験が繰り返された。
そんな最中、開発者の一人であったミコトが突然の死を遂げる。
クロウリーやアリア、そしてマクノールやその頃東アジアにいたリトは大いに悲しんだ。この頃コウも東アジアの工業カレッジに入学しており、悲しみに暮れるリトを励ました。

(では、なぜリトがコウに気付かなかったのか・・・。
気付かなかったわけではなかった。リトは出会ったときコウとイドを似ているとは思ったが、名も異なり記憶もすりかえられていたコウとイドを同一人物であるとは思わなかったのである。他人の空似であると・・・。)

初のMIHASHIRAシステム搭載のモノとして選ばれたのはMSだった。
戦争が始まろうとしていた世の中で、出資者たちにもっとも早急に望まれていた力がそれだったのである。
クロウリーは、オーブのサハクの協力を得てプロトアストレイの図面を極秘に入手、それを元に開発したMSが東アジアガンダムであった。
クロウリーは亡くなったミコト・アーキオの名をとって、そのMSを東アジアガンダム『ミコト』と名づけ、まず2機の『ミコト』を完成させる。
それが、スサノオ、アマテラスだった。
3機目・ツクヨミも月基地でつくられることなり、ハードの方は順調に事が運んだ。

一方アリアも、ネブカドネザルでシステムの開発にいそしんでいた。ジンやバクゥなどのMSに搭載させたMIHASHIRAシステムを使ってディノが運用実験をして、その結果を元にさらに改良をしてゆく。そんな毎日を送る中、ついにパイロットへの負担を激減させる擬似人格であるナビゲーターの生成に成功する。
これは、ユーレン達に検体提供をする代わりに提供された技術の応用が実を結んだものであった。

しかし、完成したディスクを東アジアに送ろうとしたアリアの元に黒づくめの男達が現れる。そして、連れられたオーブの軌道エレベーター・アメノミハシラで、アリアはグラーニャ、ラウムと再会した。

そして、真実を知る事となる。
出資者であったザフト、フジヤマ社、オーブのイソラ(サハク)の全てに、コトアマツカミが関わっていた事を。
そして、メンデルを襲ってGARM R&Bを壊滅させたのも、彼らであった。全てはMIHASHIRAシステムを我が物とするために。
つまり、人々の希望であったはずのMIHASHIRAシステムは、途中からコトアマツカミの力となるためだけに作られていたのであった。だから、MS。
だが、ツクヨミはほぼ洗脳した状態のディノの手に渡ったが、スサノオ、アマテラスは地上のザフトの予想外の襲撃によって別々にわかたれてしまう。

初めは軽視していたコトアマツカミだったが、スサノオに乗る人間があの『ハーフコーディネイターのイド』である事を知る。そして、その力が侮れないと判断すると、その仲間にいた他のメンデルの検体とともにパナマで消そうとしたのであった。
この最後の部分は、グラーニャの推論ではあるが・・・。


話を聞いた一同は愕然とした。

「そ・・・んな・・・じゃあ、ボクより・・・コウの方がずっと辛い思いをしてきたというのか・・・・たった、一人で・・・・。」

ディノはその事実に打ちひしがれる。
アリアがその肩に手を置いてあなたのせいではないわと首を横に振った。
ラウムとグラーニャが話を続ける。

「・・・私達はナターシャを人質に取られていた。真実を知っても、どうする事もできずに・・・。ここで、イザナギ、イザナミを作らされたのだよ。そして、あの2機は、クローニングされたもの以外の『メンデルズ・チルドレン(メンデルの子供たち)』だけが乗れるようにつくられている。定かではないが、パナマで君達を消そうとしたのはそれが理由かもしれないな。」

「だが、それはなんとか阻止できました。というよりも失敗してくれた。今、コトアマツカミの作り出したシナリオの歯車が少しずつほころび始めているのよ。・・それに、私達ももただ脅威の兵器イザナギ・イザナミを作っていたわけではないの。武装をわざと完成させずに出荷したのよ。少しでも奴らの力をそぐためにね。それを今、イザナギに取り付けようと思うわ。コトアマツカミを止めるために! 」

そして、アリアが皆に言った。

「これは、私達の責任・・・いえ、償いにすぎません。あのイザナギに乗れるのは今やコウかフルーシェさん、そしてナターシャさんだけです。でも、それも強要はできないし、あなたたちを巻き込むのは本当はお門違いです。だから強制はしません。これからの事は、あなた達が自分自身で決めてください。」

皆、俯いた。
だが、ディノが決意を口にする。

「ボクは、戦うよ。母さん達が償うというのなら、ボクも同じだ。それに・・・コウにもひどい事を言ってしまった。せめて、コウがまた目覚めるまではボクが守る! 」

そして、シュンが、
「自分も、戦います!! コウは、僕の親友ですから! それに、このままじゃあどちらにせよ世界が危ないんでしょ!? ほっとけませんよ!! 」

サユが、
「そうよね。私も戦うわ! コウにはたくさん助けられたもの。今度は私たちが助ける番だわ!! 」

それぞれが決意を口にし、皆それに頷いた。
だが、アリアが皆に釘を刺す。

「結論は急がなくてもいいの。コトアマツカミはたった5人の幹部と少数の部下しかいない組織だけど、有するMSはどれも強力よ。イザナミ以外のものもね・・・。だから、戦えば恐らくただでは済まないでしょう。よく考えて、決めて下さい。」

その場はそのまま解散となった。
各自が用意された部屋へと案内され、その日は眠りに付いた。
2人、いや5人を除いては。


オペ室のランプが消え、白衣の人間が中から出てきた。
一人は、グラーニャだった。

「先生、2人の容態はどうなんです!!? 」

食いつくブリフォーにグラーニャは話した。その表情はどことなく暗い。

「コウの方はだいぶ前に義眼の移植手術が無事終わったようね。でも、視神経と義眼がしっかりと結合するまではものを見てはダメね。負担がかかってつながりかけた視神経が切れてしまうから。最低でも、2ヶ月は様子を見ないと・・・。」
「フルーシェは!? 」
「・・・・フルーシェは検査した結果脳内に出血などが見られたの。脳圧は下がっていたようだから手術をして、・・・それも無事に成功したわ。命に別状は、ありません。ただ・・・。」

 グラーニャの瞳が潤み出した。

「ただ・・・予想以上に高熱による脳の損傷が大きいみたいなの。もしかしたらこのまま意識が戻らないかもしれないわ。・・・・・・この先もずっと。」
「それってまさか・・・・・植物人間ってことですか!? 」

エリスの言葉にグラーニャは顔を伏せながら頷いた。
ブリフォーもその場に崩れ落ちる。
そのエメラルドの髪の少年にとっては、あまりに残酷な宣告だった。
エリスもどう言葉をかけていいものか、その時はわからなかった。

そして、メンデルの子供達の運命はさらに翻弄されてゆく事となる事をまだ、誰も知らない。

〜第35章に続く〜


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