〜第32章 リューグゥ、再び〜

「結局、発見する事ができなかったとは。・・・何たる失態かな、ロンド。」
「・・く・・・。オーソン・・・・! 」

オーブのイソラ研究所ではコトアマツカミの『5』人が再び揃い、タケミナカタの件についての話し合いが行われていた。
いや、ディノに代わる真の5人目は初めての参加。
その亜麻色の髪の女性が前に歩み寄り進言する。

「『主神』。ロンドの失態は致し方ありません。オーブが進んで開発に携わっておりますゆえイズモ級宇宙戦艦という分類になりはしますが、あの艦はレーダー反応の偽装や遮断、NJ下での通信感度の向上等が施された最新鋭の艦。一度見失えばそうやすやすと見つけることは出来ないでしょう。」

女性の言葉に、オーソンが再び口を開く

「・・だから、問題だといっているのではないかね。・・・・ウズメ・フジヤマ! 」

ウズメ・フジヤマ―。
東アジア共和国、フジヤマ社の現社長であり、海上軍事都市『リューグゥ』のプロジェクトを連合から引き受けた張本人である。
と言う事は・・・・。

「焦りは何も生まないわよ、オーソン。・・・『主神』、タケミナカタの所在、実は既に確認しております。現在我がフジヤマ社建設の『リューグゥ』に停泊中。程なくして宇宙の方へ出航する模様です。」
「ヒヒっ? リューグゥのマスドライバーはザフトによって壊されていたのでは? 」
「我々フジヤマ社の力を侮ってもらっては困るわね、ケットシー。オーブにディナ・エルス。『メオト』の進行と開発の方はそちらに任せてきたけれど・・・我々だって遊んでいたわけじゃないのよ。」

片膝をつく4人のコトアマツカミ達にヴェールの向こうの人影から声がかけられた。
いや、そのヴェールは開いた状態で『主神』を名乗る人間はその御顔を4人にさらしている。

『・・ならば、ウズメよ。お前に任せよう。宇宙に行かれる前に奴等を消し、タケミナカタとイザナギを取り戻して来い。』
「・・・アレを・・・私の『従神』を使っても? 」
「・・・構わん。」
「『主神』! ならば、わたくしのコスモフレームも・・!! 」
「必要ないわ、ロンド。手負いのよせ集めを消す事くらい私の『従神』一人で充分。・・・いえ、それでも余りあるかもしれないくらいなのだから。」
『控えよ、ロンド。お前にはまだすべき事があるだろう。』
「・・く・・・。かしこまりました。・・・全ては『主神』、マクノール・アーキオ様の意のままに! 」

仰々しい玉座に腰掛けるリトとその後ろに浮かぶホログラムの光に映し出される神の姿に、4人のコトアマツカミは深々と頭を垂れた。



晴れ渡る快晴の青空。
風も非常に穏やかである。
どこまでも続くその気持ちの良い海の上に、それはあった。
海上軍事都市、リューグゥ。
コウの父、ケインが設計し、そしてコウが勉強のために働いていたマスドライバーを有する海洋のプラント。
そして、全ての始まりの場所。
この海上基地は9つのユニットに分かれており、それぞれに様々な用途の海底コロニーがつながっている。
ここはその内の一つ、第3海底コロニーの地下2階。地下2階といってもそこは大きな吹き抜けになっており、地上との行き来がすぐにできる状態となっている。
そう、そこはMS及び戦闘艦専用の大型収容ドックであった。
そのせわしなく人がうごめくそのドックで、なにやらもめている声がする。

「しかし、このまま宇宙へ行ってしまっては先行き不安であろうが! 」
「構いません。一刻を争うんです! 先ほどから何度も説明をしているでしょう!? 」

声を荒げているのは地球連合軍第49独立特命部隊隊長のマナ・サタナキア。そして、 彼女ともめていたのはこの完成したリューグゥの仮統括を任されていたムサシ・マミヤ大佐であった。
ちなみにムサシはマクノールに代わり、かの精鋭部隊・第31東アジア守備艦隊の提督を勤めるほどの男である。

「何をもめているんですか? 」

そういって話しかけてきたのはサユとシュン、ユガだった。

「君達からも説得してくれたまえ。今のこの艦―タケミナカタだったか―の搭載MSはそのほとんどが破損していて、中には起動不可能なものまであるというじゃないか。宇宙に出る前に修復をして体勢を整えるべきだ! 」
「それには、どれくらいかかるのでありましょうか? 」
「・・・・2週間だそうよ。」
「「「ダメです!!!! 」」」

シュンとサユが声をそろえてムサシに言う。
今度は、マナに加えて3人がかりで攻め立てられるムサシ。彼も元来の人のよさから強く言えずにほとほと困り果ててしまう。
だが、フルーシェのためにも一刻も早くディナ・エルスに向かわなくてはならない彼らにとって、2週間の滞在はとてもじゃないが長すぎる。もうすぐにでも出立したいと考えているのだから。
現在、タケミナカタに搭載されているMSは全部で9機。
数だけ聞けば多いが、詳細はこうである。

スサノオ:大破(機体のほとんどが、消失)。起動不可能。
アマテラス:両手足切断。ナビゲーター制御型ユニット≪タカマガハラ≫消失。
ツクヨミ:両足切断。46ミリ超重力圧縮発射ミサイル≪ツキノイシ≫破壊。バックパック破損。
月式:両腕の起動不全、武装のほとんどが破壊。両足の破損及び、≪フェンリル≫の前足の破損。
ザナドゥ:4本のマニュピレーターに付いたグラシャラボラス内蔵型ヒートクロウ≪シンリュウ≫×4破損。首後ろにビームファングの傷跡。
マステマ:ほぼ無傷。
イカロス:飛行用バーニアの破損。
クラウディカデンツァ:飛行補助バインダーの破損と背部バックパックの破損。

そして、グラーニャ達が持ち出してきた『プロジェクト・メオト』の一機、イザナギ。
しかし、このイザナギは操縦する事はおろか、起動させる事すらできずにいた。マステマを除けば唯一の破損なしの機体であったため、タケミナカタに乗船する全てのパイロット達―コウとフルーシェ、MS整備にいそしんでいたナターシャは試さなかった―が乗機を試みた。
。何をしてもうんともすんとも言わなかった。まず、コクピットハッチからして開かない。
リューグゥ勤務の優秀なスタッフでさえその原因が特定できず、スサノオやアマテラスに付けられていたようになんらかのパイロット認識機能があるのかもしれないとの事だった。こればかりはグラーニャも専門外で分からないらしく、ディナ・エルスにいる夫・ラウムに聞く以外にないという。

つまり、今宇宙に出てまともに戦闘できそうなMSはマステマ一機。
それに続いてイカロス、ザナドゥ、クラウディカデンツァといったところだが、3機とも飛行バーニアが心もとなく、いかに無重力の宇宙といえども俊敏な動きには期待できそうもない。
ムサシはそれが心配だったのである。
しかし、彼らの言い合いは一人の少女によって解決した。
その場に現れたのは。

「よ! 久しぶりだな、みんな!! 」
「マヒル!!? どうしてあなたがここに! 」
「ガルムの命令でね。いや、元をただせばバルバトスのおっさんからかな? 」
「ついでに、オレも来たぜ。」

そう言ってマヒルの後ろからついてきた色黒の男を見て、ユガが歓喜の声をあげる。

「ガルダぁっ! 」

北欧のバルバトスの計らいで優秀なメカニックである北欧レジスタンスのマヒルと、ピュリフィケイションの副官であるガルダがタケミナカタに派遣されてきたのだった。
マヒルの提案でタケミナカタは艦の発進の準備が整い次第出航する事となった。
リューグゥにある東アジアガンダムの予備パーツと北欧からもってきたマステマとイカロスのパーツを積み込んで、なんと船内で修理をすると言い出したのである。
これにはムサシが無茶だと反対したが、元々タケミナカタに乗船していたクルーのほとんどがモルゲンレーテの優秀なメカニックであり、彼らも全力を尽くすといってくれたために押し切られる形となった。
話がまとまると、ユガがガルダに話しかけた。

「ガルダ。・・・フルーシェは。」
「ああ、聞いているよ。・・・でも、リーダーはこんな事でめげるような柔な女じゃねぇさ。そのためにも、オレも自分のできる事で協力したいと思ってな。」
「できる事? 」
「とりあえず、艦のブリッジに案内してくれよ。」

タケミナカタのブリッジではレヴィンが操縦士席に座り、モルゲンレーテのメカニックにもらった操縦マニュアルを食い入るように読んでいた。

「レヴィンさん。 」
「ったく、遅いぞお前ら! 初めての艦なんだから、しっかりと操作マニュアルとか読んで把握しとかなきゃならないってのに! 特にユガ!! お前は、オレが射撃に専念したいときにはこの艦の主操縦をする事になるんだからな!! 」
「ええ!? レヴィンさん、まだ操縦しながら射撃する気? 」

サユの言う事はもっともである。通常この艦の砲撃は副操縦席の左側後方にあるCIC席の人間が行うのが普通であった。
しかし、レヴィンは射撃にもこだわりがあり、主砲である4門の陽電子破城砲≪ローエングリン≫と2門の≪ゴッドフリート≫だけは操縦士席からコントロールできるように先ほどメカニックにつなげてもらっていた。
その砲撃の際は、主操縦は隣の副操縦士席に切り替わるように。

「当然だぜ、サユ。オレのクールな射撃、みたいだろ? 」
「・・・別に。」
「フッ、照れる事ないさ、サユ。分かってる、サユの本当の気持ちは! オレと同じ熱い・・・」
「さ〜てっ、シュン! オペレーター席のカスタマイズとリンク作業をしましょ! いろいろ分担とかもしなきゃね。」

レヴィンの言葉を完全に無視してサユはシュンと共に艦長席の後ろ側にあるオペレーター席に腰掛け、画面を見ながらキータッチをはじめた。オペレーターの仕事は通信や管制、レーダーチェックなど様々あるが、今までどおりサユがMS管制を主に行う事になった。そうでないと、恐らくパイロット達もしっくりこないだろう。
だが、一番サユの発進シークエンスが好きだったのは、コウであるが。

「さてと、じゃあオレも作業するかな。」
「あ、そ〜だ! ガルダのできる事・・・・作業って!? 」

思い出したかのようにユガがガルダに聞く。
ガルダはニヤニヤしながらこう言った。

「お前ももちろんそうだが、俺はブルーコスモス・ピュリフィケイションの一員。ゲリラだぜ? ゲリラにはゲリラの戦いかたってもんがあるのさ。・・・姑息なな! 」
「おいおいおい、もしかして、あんた『電子戦』が得意なのか? 」
「ガルダって呼んでくれよ、レヴィン。その通り。電子戦は俺の専門さ! この艦の右側のCIC席は、俺がもらうぜ? 」
「す、すごいであります! 助かります!! 」
「ほんと! 私たち、電子戦関係の操作とか、苦手だったんですっ!! 」
「そうかい? じゃあ、俺に任せな! あと、礼ならザガン准将に言うこった! これからよろしくな!! 」

ガルダとクルー達は改めて握手を交わした。

「でも、もう一つCIC席が空いてるよね。」
「そこなー、ウチの席やで! 」

声の方に目を向けると一人の少女がブリッジに入ってきた。
独特な口調で話すその少女はオーブの軍服に身を包んでおり、そのオレンジ色の髪を右の頭で結わった髪型―ツインテールの片方だけの髪型―は彼女の元気な雰囲気をより一層強調しているかのようであった。

「これは、これは! お戻りになられましたか、プリンセス。」
「はぁ!? ウチはプリンセスちゃうで! 何言ってん、自分! 」

唖然とするクルー達に気付いたその少女は、改めて自己紹介をした。

「ウチの名前はハウメアや! ハウメア・トロウ! あれや、あれ。オーブの守り神『ハウメア』さんから名前もらってんて。ま、以後よろしゅう! 」

ハウメアの突拍子もない自己紹介をレヴィンが捕捉する。

「・・・・彼女は、パマナまでタケミナカタに乗艦して来たクルーの中で唯一、オーブの正規軍に所属しているんだ。2番艦のクサナギでヘリオポリスを行き来していた事もあるらしい。」
「そや! ウチはCIC専門やから、そこはウチのもん! ちょうど人もおらんようやし、ええやろ? 」
「良いも悪いも・・・マナさんに聞いてみないと・・・。」
「シュン、もうマナ姉も了解済みだ。それに、言っとくけどお前やサユよりもこのイズモ級の扱いに関しては詳しいぞ、彼女。色々とよく聞いとけよ。」
「はい! ・・僕はシュン・スメラギ、よろしく。」
「サユ・ミシマよ! よろしくね、ハウメアちゃん。」
「よろしゅう! シュン、サユ。分からん事があったら何でも聞いてんか! タケミナカタのマニュアルはウチの頭の中に全部あるねんから! 」

新しい3人の仲間に、第49独立特命部隊の面々は新たな戦いに向けて自分のできる艦の調整や把握に精を出した。



「ナターシャ、大丈夫か? 」
「マヒルちゃん!? なんで? 」

タケミナカタのMSドックでメカニック達(モルゲンレーテの整備員)と破損したMSの改修について話し合っていたナターシャのところにマヒルがやってきた。
マヒルは事情を話し、皆の意向どおり今日中には出航できるという事と改修の方向性―予備パーツの搬入と、航行中に船内で修理を行う事―について説明した。

「・・・助かります。マヒルちゃんが来てくれて。」
「なに、あたしが来たからにはこんな程度の破損なんかちょちょいのちょいさ。・・・それにフルーシェもきっと治るよ! 」
「・・・マヒルちゃん。」
「・・・ついてなくても、大丈夫なのか? ナターシャ。なんならここは、あたしが・・。」
「大丈夫です。お姉ちゃんにはお母さんとブリフォーさんが付いてますから。それよりも、私は今自分のできることを全力でしたいんです。その方が、きっとお姉ちゃんも喜びます。」
「そっか。でも、お前の体は平気なのか? 聞いたぜ、パナマの事。」

マヒルが心配そうに聞くのをみて、ナターシャは心配をかけまいと笑って答えた。

「正直、体中がまだギシギシいってますけど、こんな事でへこたれてられません。それに、アイツが庇ってくれたから、怪我も打撲くらいなんです。」
「アイツ? 」


ナターシャが視線を向けると、横たわる金色のMSのそばでメカニックと話をする白髪の少年の姿があった。

「ふ〜ん。あの時のオーラルのねぇ。仲間になったとは聞いてたけど、そっか、そういうことね〜。」
「? 」
「愛は人を強くするんだね〜、ナターシャ。健気じゃん! 」
「な!!! 私は!!! そんな気持ちじゃ! 」
「ふんふんふ〜ん♪ さ〜て、仕事、仕事! 」

そう言うとマヒルは鼻歌を歌いながら、スサノオ、アマテラス、マステマ、イカロスの予備パーツの搬入作業を指示しに行った。

「・・・もう、マヒルちゃん! 待ってください。」

ナターシャも真っ赤になりながらその後について行く。



「まさか、またここに来るとはね。」
「・・・ああ。」
「そうか、2人とブリフォーは以前にもここに来てるのよね。」

マステマの足元で『元』青服の3人がドリンクを飲みながら話をしていた。
青服としての初任務で訪れたこのリューグゥに再び戻ってこようとは。
しかも、今度は襲撃ではなく利用するために。
少なくとも、ここを襲った事のある2人には作業をする連合の人間たちに対して多少の後ろめたさを感じていた。
そういう意味では、タケミナカタのドックにいるのはモルゲンレーテの人間が多かったので少しだけ救われる。

「それにしても、ここはおかしな所ね。」
「・・・確かにな。」
「え? なにがです? 」

エリス達の言葉の意味が分からずにメリリムが聞き返す。

「考えてもみてよ。ここにはどれだけの所属の違う人間がいるのかしら?コウ達地球連合、グラーニャさんに同調して付いてきたオーブの人間、フルーシェの仲間のブルーコスモス、北欧レシスタンスに、そして私たちザフト。これだけのバラバラの所属の人間が集まって、今宇宙に出ようとして一丸となってる。」
「そうですね。普通に考えたらありえない混成チームよね。」
「・・・だが、オレはこういうの・・・・いいと思うぞ。」

メイズの言葉に2人は強く頷いた。
戦争が終われば、こうやって多くの人々が手を取り合う事が出来るのだろうな。
直接的な事でなくても、この混沌の時代に乗じて世の中を支配しようなどというばかげた事を考えているコトアマツカミと戦う事で、少しでも平和に近づくというのなら全力で戦いたい。
3人は、そう思った。

「・・・とにかく、今まともに動けるMSはオレのマステマだけだ。もう一度、しっかり整備しておくかな。」
「そうですね。私もイカロスのOSを、今のバックパックの出力に合わせて再調整します! 」
「私はアマテラスの予備パーツの搬入を手伝ってくるわ。」

青服の3人も今、自分たちにできる最大限のことをし始めた。



そして、残りの一人は・・・。

「・・フルーシェ。」

ブリフォーは薬品の溶液の入ったカプセルの中に入れられているフルーシェから離れようとしなかった。
自分があの時、動けていれば。
自分を・・かばって、こいつは・・・。
ブリフォーは激しく後悔をしていた。
助ける事ができなかった事も、そして、答える事が出来なかった事も・・・。

「・・あなたがここにいても、フルーシェは良くはならないわよ。」

声をかけてきたのは白衣に身を包んだ金髪の女性。一瞬フルーシェと見まごう程似ているその女性は微笑みながらブリフォーに言った。

「フルーシェは強い子です。ディナ・エルスに行けば、きっと大丈夫よ。それよりあなたはこんなところにいていいの? 」
「グラーニャ博士・・・・。でも、オレは・・・。」
「シャキッとしなさい! こんなところで油を売っていてはフルーシェにしかられるわよ? 」

グラーニャの掛ける檄に、ブリフォーはハッとした。
グラーニャの声と口調が驚くほどフルーシェと似ていたからだ。
眠り続けるフルーシェの顔をみつめ、ブリフォーは踵を返した。

「・・そうですね。フルーシェを守るためにも、今オレにできる事をしなきゃ。『ボアズの蒼竜』の牙は・・・・まだ死んでない! 」

そういうとブリフォーはMSデッキへと駆けていった。
ブリフォーを見送ると、グラーニャはフルーシェに向かって話しかけた。

「・・・いい子ね。あなたが見込んだだけはあるわ。あの子のためにも、頑張りましょうね、フルーシェ。」

グラーニャの瞳は堪えながらも娘を想う悲しみの雫で溢れていた。



そこはリューグゥの第3コロニーではなかった。
第8コロニー、Gフロア。
そこにある一つの部屋をノックする音がする。
しかし、返事はない。
というより、そこにはドアなど存在していなかった。ただの隔壁。

そこは、当時リューグゥに派遣された第49独立特命部隊の仮事務所『だった』場所である。
そこをどうしても訪れたかった一人の女性がいた。
背の小さいポニーテールのその女性は、その場で懐から一つの懐中時計を取り出し開いた。
そこには古ぼけた写真。
マナと共にそこに映るのは、兄アモンと緑髪の青年だった。

「・・・なんで、私に何の相談もしないのよ。そんなのって、酷いじゃない。」

マナの頬に一筋の雫が零れ落ちる。
そして、キッと天井を見つめて彼女は言った。

「待ってなさいよ、シャクス。理由も聞かずにほっとくほど、私は素直な女じゃないのよ。あなたは私が絶対に連れ戻す! それで・・・・・一発ぶん殴ってやるから!! 」

弱音をちょっとだけ吐いたその女艦長は颯爽と自らの乗る艦の元へと戻っていった。



数時間後、全ての必要物資の搬入やマスドライバーの微調整が終わり、主要クルー達は全員タケミナカタのブリッジに集まっていた。

リューグゥの管制本部の映像がモニターに映され、そこにはムサシの姿があった。

『準備はほぼ整った。これから2、3最終調整をしてから打ち上げに入ろうと思う。その前に発射の手順について話しておこう。』

イズモ級宇宙戦艦であるタケミナカタは、実は大きく3種のパーツに分離する事が出来る。艦前方の上下にドッキングする≪ゴッドフリート≫を搭載したAパーツ、艦中腹の左右にドッキングする≪ローエングリン≫を搭載したCパーツ、そして本体であるBパーツである。
ヘリオポリスへの連絡艦として使われていたクサナギはこのBパーツのみで航行していた。
そして、本来宇宙に向かって発進するときは≪フェアリング≫という大気圏離脱用の補助パーツをドッキングさせるのだが、タケミナカタはオーブを逃げるように出航するので精一杯であり、今ここにそれはない。
しかし、モルゲンレーテのメカニック達が言うには3番艦ともなると≪フェアリング≫なしでも打ち上げは不可能ではないとの事だった。
一応、リューグゥにあった宇宙艦用の補助ブースターを取り付けた状態で打ち上げを試みる事となる。
ただし、A,Cパーツを既にドッキングしたままでの打ち上げなので、空力抵抗上加速が足りなくなってしまう可能性があったために、打ち上げ直後に主砲である≪ローエングリン≫を斉射し、ポジトロニックインターフェアランスを引き起こす事で更なる加速を引き起こし、補わなくてはならなかった。
そのタイミングも、リューグゥの管制が指示してくれるそうだ。
≪ローエングリン≫の発射はレヴィンが行うので、今回の打ち上げの操縦はユガが行う事となった。
配置に付いたクルー達の中でも、一際緊張する少年がそのユガである。

「そう緊張するなって。例えオレがやったとしても初めてなんだし、お前ならできるさ。」
「は、は、は、は、はい! 頑張ります! 」
「・・・不安だ。」「不安だよ。」「不安ね。」「不安やわ。」

ユガのガチガチッぷりにガルダもシュンもサユもハウメアも一様に暗くなる。

「ユガ、あなたももうお客さんじゃなく、正式なタケミナカタの副操縦士なのよ。しっかりしなさい。それに、フルーシェを助けるんでしょう? 」
「! そうでした。僕、頑張ります・・・いえ、やります!! 」

マナの言葉でユガは落ち着きを取り戻す。
クルー達も今一度、気を引き締め直した。
さすがは、艦長とでも言うべきか。今までの激しい戦いを切り抜け、指示をしてきたマナの言葉はクルー達にとってこの上ない檄となる。

ちなみに現在のタケミナカタの主要クルーはこのようになっている。

艦長:マナ・サタナキア(地球連合軍・少佐)
操縦士(兼砲撃手):レヴィン・ハーゲンティ(地球連合軍・少尉)
副操縦士:ユガ・シャクティ(ピュリフィケイション)
オペレーター(主に通信・索敵担当):シュン・スメラギ(地球連合軍・伍長)
オペレーター(主にMS管制担当):サユ・ミシマ(地球連合軍・伍長)
CIC(主に電子戦担当):ガルダ・サンジュマー(ピュリフィケイション)
CIC(主に砲撃、艦状況確認、敵機種特定など):ハウメア・トロウ(オーブ軍・一尉)

船医:グラーニャ・メディール(元メンデル所属)
メカニック:マヒル・ヒラガ(北欧レジスタンス)、他

MSパイロット:コウ、フルーシェを除くと以下の6人
ナターシャ・メディール(地球連合軍・少尉←MSパイロットとしての仮昇格)
ティル・ナ・ノーグ(地球連合軍・少尉←MSパイロットとしての仮昇格)
エリス・アリオーシュ(ザフト・青服)
ブリフォー・バールゼフォン(ザフト・青服)
メイズ・アルヴィース(ザフト・青服)
メリリム・ミュリン(ザフト・青服)

さらにコックなどもいるらしいが、それはまた別の話。

発進シークエンスを待つタケミナカタのクルー達の元に、リューグゥの警報が鳴り響く。

「どうしたんですか!! 」
『・・く! 所属不明のMSが接近しているとの事だ! ・・・・何? 既に2隻沈められただと!? ええい!! 発進はまだできんのか!!? 』
「発進はまだできないのなら、こちらからもMSで援護を!! 」
『・・・すまん! 頼めるか!? サタナキア少佐!』
「はい! ここには以前からお世話になっております! ・・メイズ! 出撃よ!! 第31東アジア守備艦隊の援護をしながらタケミナカタの発進までの時間を稼いで! 」
『・・・了解した。』

ブリフォーが、『艦長! オレもザナドゥで出る!! 』
メリリムが、『マナさん! 私も行きます!! 』
ティルが、『オレも! 』
そして、ディノが、『ボクも出るよ!! 』

とマナに提案する。

「でも、あなた達は・・・・! 仕方ないわね。ブリフォーとメリィは発進して! でも、あくまでもメイズの援護よ!! ティルとディノはダメ!! 機体の損傷が激しすぎるわ!! 」
『マナさん!オレのクラウディカデンツァは・・! 』
「あなたの機体は、飛行が既に心もとないでしょう? 発進までの時間稼ぎには飛行が厳しいMSはだめよ!! 」
『でも、じゃあイカロスは!? 』
「なら、はっきり言うわ。あのイカロスを乗りこなすメリリムの操縦技術はこの中でもずば抜けています。あなたの腕とは雲泥の差なの。今のその機体ではあなたを出すことはできないわ! それと、ツクヨミの機体損傷はパイロットの技量を云々言う以前の問題です! 2人とも今は堪えて!! 」
『・・・く!! 』『・・・仕方ないか・・! 』

悔しがるティルとディノ。

「・・・だそうだ、メリィ。ずば抜けてるらしいぞ。」
「や、やめてください、メイズ。それより、2人とも準備は? 」
「・・・オーケーだ。」
「こっちもだ。メイズ、メリィ、・・・行くぞ!! 」

「みんな、頼むわね。」

悔しそうに歯軋りをするエリスに見送られながら、かつてリューグゥを襲った元青服の駆る3機のMSが東アジアの空を駆けた。
今度は、リューグゥを守るために。

艦隊を襲うそのMSの姿を見た3人は驚いた。いや、3人だけでなくタケミナカタで待機する全ての人間が。

「・・・あれは、ミコト? 」
「そんな、4機目・・・ですか!? 」
「ちっ! 今度は赤か! 」

その燃えるような真紅の装甲と黒いフレームを持ったその機体は、胸部に何がしかの発射口を2門持ち、禍々しい巨大な両肩を持ったMSであった。
そして、腹部には東アジアガンダム『ミコト』の証たる勾玉の装飾。

「ん〜? また、なんか出てきたな。・・・邪魔してくれるなよ〜。さっさとケリつけて帰りたいんだからさ〜。・・・でも、どっちにしてもあの『緑の艦』とイザナギ持って帰んなきゃならないからな〜。ドラマの再放送始まっちゃうよ、サグメのヤツぅ。」

すっとぼけた事を言いながら、その真紅の『ミコト』に乗るパイロットの少年はタケミナカタを守る3機のMSの前に飛来する。


「・・・ブリフォー、メリリムは後方支援を! オレがあの赤いヤツをやる!! 」
「「了解」」

マステマがその『赤いヤツ』に胸部誘導プラズマ砲≪フレスベルグ≫を発射した。

「おお! アイツも胸に砲を隠してんのかぁ! でも、オレの『カグヅチ』のは・・・倍だよ〜! 」

カグヅチと呼ばれたそのミコトの両胸が輝き、胸部2連型複列位相エネルギー砲≪ホノカグラ≫が迸る。
≪ホノカグラ≫の真紅の光が≪フレスベルグ≫の真紅の光を見事に狙い撃ち、同化させるように貫いた。
マステマはとっさに特殊攻盾システム≪ジェミナルトリニティス≫の特殊兵装の一つ、≪ゲシュマイディッヒパンツァー≫でその2本の光線を何とか偏光させる。

「メイズ! 大丈夫か!!? 」
「・・・ああ、これからさ! ブリフォー、メリリム! 『ファントムコロイド』を使う! それに紛れて攻撃を!! 」
「おお! 」「わかったわ! 」

マステマはコロイド粒子を周囲の空間に散布し、光学偽装領域発生装置≪ファントムコロイド≫を展開する。
そこには、無数のマステマの姿・・・・だけではなかった。
無数のマステマ、イカロス、ザナドゥ・ヒュドラスの姿が映し出される。

「ひゃあ〜〜〜〜。いっぱい増えたぜ!? おっもしれぇなぁ!! さて、どれを撃とうかな? 」

迷うどころか楽しむように空にたたずむカグヅチ。
そこに無数に分身した3機からの砲撃―≪フレスベルグ≫が、両手足の≪グラシャラボラス≫が、両肩の≪ニードルフェザー≫が一斉に襲い掛かる。

「ありゃ、撃ってきちゃった? 考えんの面倒だな。・・・・全部落とせばいっか! 」

そういうと、カグヅチの巨大な両肩が広がり、そこに無数の発射口が出現する。

「俺の『ヤオオロチ』、かわせるかな〜? 」

カグヅチの50連装誘導プラズマ砲≪ヤオオロチ≫が一斉に火を吹き、無数に分身した3機の砲を全て貫く。
しかも、その軌道はまるで蛇の如く曲がりくねり、イカロス、ザナドゥの四肢と頭部を破壊する。マステマは、とっさに≪ジャェミナルトリニティス≫を構えたが、蛇のようにうねる≪ヤオオロチ≫をそれは避けるようにして的確にマステマの四肢をも射抜いた。

「・・・く!! 」
「きゃああ!! 」
「がはぁ!! 」

3人のコクピットにも衝撃が走り、展開されていた≪ファントムコロイド≫も解除される。

「・・・くそ、なんなんだ! あのミコトは!! 」
「し、信じられない! 『フレスベルグ』の雨を降らせるなんて、反則よ!! 」
「いや、それより強力だ! オレの『グラシャラボラス』を相殺するどころか貫いてきやがった!! 」

焦りを覚える3人の元に通信が入る。

『あれぇ? もう、分身はおわりかい? ・・・せっかく的がたくさんあって面白かったのにさ。もうネタ切れなら、俺も急いでるからそろそろ消えて欲しいんだけど? 』
「・・・! 貴様は何者だ! 」
『俺? 俺はイオってんだ。それより、タケミナカタとイザナギ返してくれる? アレないと、サグメが困るんだって。俺はさあ、そんな事より帰って再放送のドラマが早く見たいんだけどね〜。これ見逃すと、もうやんないからさ〜。』

飄々と話すイオの言葉に、メリリムが聞き返す。

「ということは、やはり貴方は『コトアマツカミ』の刺客ということですね!! 」
『ピンポ〜ン! 大正解。さ、どうする? 返してくれる? それとも・・・』

イオが言い終わるより早く、四肢と頭部を失ったザナドゥがカグヅチに特攻を掛ける。

「お前らのせいで・・・コウと、フルーシェはぁぁぁぁぁ!!!!! 」
「あ、そ。別にいいよ。君たちを殺しても、ここにタケミナカタがあるのはホントみたいだし、あのマスドライバーさえ壊せば宇宙にはいけないんだしね。ゆっくり探すよ。ただ・・・・。」

カグヅチの両肩の砲が輝き出す。

「俺がドラマ見れなくなっちゃう報いは・・・受けてもらうぜぇ!!! 」

「ブリフォー!! 無茶だ!! 逃げろぉぉ!! 」
「いやああ、ブリフォー!!!! 」

変わり果てた蒼き魔神の体に無数の禍々しい大蛇のような光の雨が降り注いだ。

〜第33章に続く〜


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