〜第29章 分かたれた流れ〜

「・・・これだけのものが揃ったとはな。なんとも素晴らしい事ではないか。」

闇に包まれたその広い空間の中にロンド・ギナ・サハクの声がこだまする。
その場にいるのは彼を含めた5人の人間。

「それはそうさ。ボクが苦労をして積み重ねてきたデータとあんたらの技術の高さの結晶なんだから。ねぇ、ケットシー。」
「いや、この程度、お安い事にございますよ。ヒヒヒヒヒ。」

ケットシーと呼ばれたそのピエロのような男は不気味な笑い声を上げた。

「ディノ君、それでは私たちザフトの技術は過小評価されすぎではないのかね? 」
「これは、失礼したね。・・・だが、まさかあなたがこちらに付くとは思いませんでしたよ。プラント評議員の一人である、あなたがね。・・・・オーソン・ホワイト。」

オーソン・ホワイト―。
プラント、セクスティリス市市長で、素粒子物理学博士の評議員である。
そもそもプラント評議会とは、プラント12市より一人ずつ選出された評議員により構成されたものであった。
そして、彼がなした偉業。
それはNJC―――。
『ニュートロンジャマーキャンセラー』の開発であった。
その彼が今この場にいることに、ディノだけでなくこの場に居合わせた人間のほとんどが驚いた。
そう、今日が初顔合わせであり、胎動の刻。

ロンド、ディノ、オーソン、ケットシーの4人が恭しく頭を垂れる。
彼ら4人の後ろには、4機のMSらしきものの影。
そして、彼らの向くその先の薄いヴェールの奥には最後の5人目の人影と、また別の2機のMSの影が見えた。

「お前たちの『力』によって、今日ここに『プロジェクト・メオト』を発動する事ができる。・・・今までご苦労だったな。」

ロンドが、
「いえ、我等が『主神』に使える事が、私と私の分身の最大の喜びにございます。」

ケットシーが、
「ええ、ええ、そうですとも。そのための強力なら惜しみません。ヒヒヒ。」

オーソンが、
「この腐りきった世の中を変えることが出来るのはパトリック・ザラではなく、あなたです。」

そして、ディノが、
「・・・どちらにせよ、これが成功したら教えていただけるんでしょうな。『主神』殿? 」

「フフ、そう急くな、ディノよ。お前には仕事を頼みたい。パナマへ行き、コウ・クシナダ、フルーシェ・メディール、そしてナターシャ・メディールを消してくるのだ。」
「! ・・・・・なんのためです。」
「・・・それは、お前のためだろう? 違うかね・・・・。」
「・・・くっ・・・・・。いいでしょう。始末・・・・してきましょう。」

立ち上がり、背を向けるディノにオーソンが声をかける。

「・・なんならエレインをつけようか? ディノ・クシナダ『特務兵』殿? 」
「・・・・要らない!! ボク一人で充分さ!! ・・・部下も一人借りている! 」

ディノの歩いていく方向に立っていたのは、水色の軍服を着た少女であった。

「行くよ、セフィ。今度こそ彼らを・・・・仕留めなきゃ・・・・。」
「・・・はい、クシナダ特務兵。」

自分に言い聞かせるように言ったディノの言葉にセフィは頷きながら付いて行った。



「なんですの? ・・・・めったな事がない限りは、貸しませんわよ? コウ。」

MSドックで自分の胸元に向けられるコウの視線に気付いたフルーシェは胸を抱えるようにしながらいたずらに話しかけた。

「えっ、いや、別に! ご、ごめん。・・・・昨日は、ありがとう。・・っていうか、今朝か。」
「いいですわ。ナターシャを助けてくれたんですし。・・・一体、何があったんですの? 」
「・・・ああ、えっと・・・・聞いたら怒るかもよ? 」
「なんですの? 」
「実は・・・」

その時だった、基地全体に警報の音が鳴り響く。
そして、ギルスからの館内放送の声。

『パナマ基地にいる総員に告ぐ! 第一戦闘配備せよ!! 現在、ザフト軍がこのパナマ基地に侵攻をかけている!! MS部隊、及びスローンは直ちに発進せよ!! 『ポルタ・パナマ』は絶対に死守するんだ!! 』

「そんな!! こんなに早くに!? 」
「話は後ですわ、コウ!! ・・・この戦いが終わったら先ほどのお話、教えてくださるかしら? 」
「ああ! ・・・頑張ろう、フルーシェ。・・・死なないで! 」
「お互いに、ですわー! 」

そう言いながら、それぞれは愛機の元へと駆ける。
そこでは、既にメイズ、メリリム、ティル、そしてナターシャが既にそれぞれの愛機に乗って待機していた。

「ナターシャも出るのかい!? そんな、いきなりこんな大きな戦いなんて!! 」
「大丈夫です。コウさん。もう、コツは掴んでいます。」
「実戦とシミュレーションじゃ雲泥の差だよ!! ナターシャ! 」
「大丈夫です!! 」

コウの心配をムキになって否定するナターシャに金髪の姉がガルゥ・ビューティフルのコクピットから通信を送る。

「覚悟は出来てますのね? ナターシャ。」
「はい、お姉ちゃん! 」
「なら、問題はないですわ! コウの側を離れないんですのよ? ・・・妹を頼んでもよろしいかしら、コウ。」
「フ、フルーシェ。・・・・・わかった。ナターシャ、オレの側を離れるなよ! 柄じゃないけど、オレを隊長だと思ってくれ。」

「お願いします、コウさん! 」
「あ、あの〜・・・。」
「ティルもだ! 2人とも、オレについて戦え! アモンさんも指示を出してくれる! 」
『ああ、任せろ! 『3人(コウ、ナターシャ、ティル)』まとめて面倒見てやる! ・・・簡単さ! 』

「じゃあ、メイズ、メリリム、フルーシェで小隊を組んで! いい? 」

コウの言葉に、3人は頷く。

「了解ですわ。」
「・・・ああ、仕方が、ないか・・・。」
「ブリフォーとも、やる事になるかもしれないのね・・・。」

不安を口にするメイズとメリリムを皆が気遣う。
しかし、

「なに、心配は要らないさ。オレ達が自ら決めた道だ。・・・それにこれは『守る』ための戦い。・・・迷いは、ない! 」
「メイズがいるなら、私もです! 」

MSドックのハッチが開く。
6機のMSに決意の命が宿る。
そして発進シークエンスの声はもちろん、透き通る癒しの声をもつサユ・ミシマ。

「カタパルト、接続っ! みんな、今回はつらい戦いになりそうだけど絶対、・・・・死なないでね! ・・・発進、どうぞっ! 」
「「「「「「了解!! 」」」」」」

「メイズ・アルヴィース、マステマ、発進する! 」
「メリリム・ミュリン、イカロス、行きます!! 」
「フルーシェ・メディール、ガルゥ・ビュ〜ティホ〜、出かけますわ!! 」

フルーシェ小隊が空へ飛ぶ。

「コウ・クシナダ、スサノオ、出ます!! 」
「クラウディカデンツァ、ティル・ナ・ノーグ、レディー・ゴー!! 」
「ナターシャ・メディール、月式、行きましょう! 」

そして、クシナダ小隊がパナマの混戦した空へと飛び出した。

「MS全機、発進完了ですっ! マナさん! 」
「ええ、準備はいいわね! みんな! 」

シュンが、 「目に物見せてやりましょう!! 」
サユが、 「フエンにも会えずに、こんな所で負けられないわ! 」
ユガが、 「頑張りましょう!! 」
そしてレヴィンが 「よ〜し、クールに行こうぜマナ姉!! 」

それぞれの想いを返す。

「陸海空兼用小型輸送戦艦『スローン』、発進します!! 微速全身!! 」

黄金の座天使・スローンもまた、その戦場の空へとその翼を広げた。


外では、既にザフトのMSと連合が今回初投入したMSであるダガーが入り乱れて交戦していた。
しかし、ザフト軍はそのほとんどの兵が初めての対MS戦という事もあり、小隊を組んで連携攻撃を仕掛けるダガーの部隊に苦戦を強いられているようだった。

そこに、連合の切り札とも言える第49独立特命部隊の参戦。

マステマの≪フレスベルグ≫が、
イカロスの≪アイオーン≫と≪フォーリングエンジェル≫の2重奏の攻撃が、
ガルゥ・ビューティフルの3種の咆哮が、敵部隊を次々と薙ぎ払い、

≪ヤクモ≫を装着したスサノオの≪ツムハノタチ≫が、
クラウディカデンツァの2丁の≪ワイルドウェスト≫が、
そして、月式の両肩の高速連射型ビームアロー≪アマノハバヤ≫が唸りをあげて敵を撤退させてゆく。

その戦域での戦闘は、確実に地球連合軍が有利に戦闘を進めていた。
しかし、空中から数基のカプセルが空中から大地に投下された。
そして、なにやらジンが数機近づいていき作業をし始めるのが空から見えた。

「なんだ!? あれは・・・? 」

コウの疑問に答えたのは、通信を送ってきたメイズだった。

「あれは、グングニール!? まさか・・・・本当に作っていたのか!? 」
「グングニール? 」

説明するより早く、メイズはマステマのフレスベルグをグングニール目掛けて連射する。
しかし、ジンがその光線を追加武装されたアンチビームコーティングシールドでことごとく防ぐ。

「くそ! 間に合わないか!! みんな! あれを破壊するんだ!! 恐らくだが、あれは強力なEMP爆弾だ!! 食らったら、ここら一帯の下手なMSはみんな動かなくなる!! 」
「「「「「!!! 」」」」」

全員の砲が唸るが、それはあたらない。
接近しようにも、空中を飛行するディンや地上のバクゥが邪魔をする。

「くそ! こうなったら!! 」

メイズは、一機のミサイルをグングニール目掛けて発射する。
それは、グングニールを守る一機のジンのシールドに被弾してコロイド粒子を撒き散らした。
マステマのチャージされた両腕の特殊攻盾システム≪ジャミナルトリニティス≫から、二筋の光線が迸る!

物理的防御力を無視する空間歪曲レーザー砲≪フラガラッハ≫の光が、そのジンごとグングニールの周辺の空間を捻じ曲げた。

周囲のジンは全て爆砕したが、コロイド粒子の被弾が浅かったためであろう、空間歪曲反応が不完全となり、ジンの後方にあったグングニールの完全破壊までは至らなかった。
マステマのTP装甲がダウンし、エネルギーが尽きる。

「く、くそ!!! 」

そして、グングニールがその神の槍の力を解放した!

雷光が迸り、ダガーのシステムが次々とダウンしてゆく。
そして、最大の防衛目標であった『ポルタ・パナマ』までその電磁パルスによって破壊されてしまった。

「・・・遅かったか! 」
「でも、メイズ。私たちは何とか動けるわ? 」

メリリムの言うとおり、動きが多少鈍ってはいたがそこにいた座天使の6機は動く事が出来ていた。
それにメカニックの姉妹が説明を付け足す。

「おそらく、『フラガラッハ』で機能の一部が破壊されて、出力が弱まったんですわ、メリィ。でも・・・アレはまだ何基か別のところに落ちていましたわ。」
「お姉ちゃんの言うとおりです。恐らく、完全なアレをまともに浴びたら、ダガーじゃ完全にシステムがダウンします。」
「や、やっべぇじゃないっすか! コウ先輩!! 」

そして、コウが5人に言う。

「オレ達は二手に分かれてグングニールの投下地点を回って、動けなくなった人たちを助けに行こう。敵に襲われている人たちもいるはずだ! 」

「よっしゃあ! さすがは先輩! オレもお供します! 」
「もちろんです、コウさん。」
「当然ですわ! コウ。」
「フ・・・愚問だな。もともとオレ達は・・。」
「ええ、連合軍じゃないものね。守るための戦いをするの! 」

フルーシェ隊とクシナダ隊の2隊が投下されたほかのグングニールに向かって散開した。



「アキトっ! 」

ロイドが投下されるグングニールを追っていったアキトと合流した。
アキトはグングニールの迎撃を試みたが達成できなかった事を話した。

「なるほど、そんな事が・・・。けど、何で俺達は平気なんだ? 」
「・・・・・おそらく俺が追っていたあの兵器は、俺の攻撃のせいで出力が足りなくなったんだ。」
「それで・・・・か。」

あちこちで響き渡る銃声。悲痛な叫び声が交差する。見境も無く・・・。
そこに、2機のMSが飛来した。
一機は、まるで宝石のように美しく、氷のように冷たい輝きを秘めてており、もう一機は金色に輝く月のような姿。

不完全とはいえグングニールで動きの鈍くなるブレイズとレフューズを、その水晶の化身の如きMSのモノアイが冷たく見渡した。

ピィィィィ―ン

ロイドの頭に今までにない不思議な感覚がよぎる。
そして、それはその水晶のようなMSのパイロットも同じだった。

「な、何だ・・・この感覚。」
「・・・どうした、ロイド。」

一瞬動きが止まるロイドにアキトが話しかけた。

「・・・まさか・・・あなたが・・・あなたが『ロイド・エスコール』・・・・私の・・『敵』。」
「どうしたんだ、セフィ? ・・・ボク達の目的は、コウ達だ! ・・おい! セフィ・・」

すると、その水晶のMSから6基の水晶体が飛び出し、宙を舞う。
セフィのそのつぶやきは自らの言葉ではなく、刷り込まれた言葉だった。
精神的に常に矯正がかけられるセフィは、今かつてないほど感情が高ぶっていた。

「私を苦しめる『敵』、ロイド・エスコールゥゥゥゥ!!! 」

ディノの言葉も届かず、ファーブニルの地上運用試作型ドラグーン≪ヘイズルーン≫から放たれる無数のビームが赤と青のガンダムを襲う。

「うわっ、撃ってきやがった! このヤロウ!! 」
「・・・いい度胸だ・・。」

ロイドとアキトもアンチビームコーティングシールドで何とかそれを防ぎながらショート・バレル・ライフルでファーブニルを狙い撃つ。
しかし、ただでさえ高速を誇るファーブニルの動きを、グングニールで動きの鈍ったブレイズ達が捉えられるはずもなく、その攻撃は空しく空を切る。

「ちっくしょう! ちょろちょろと!! 」
「・・・く・・・。」

初の実戦という事もあり、ロイドとアキトの額に焦りの汗がにじむ。
2人にとって全くの未知のこのMSの能力はそれだけ驚異的なものであった。
その焦りの隙を付き、ファーブニルが両手のヒートフィンガー≪ノーアトゥーン≫を赤熱させてブレイズに迫る!

「死ねェェェェェ!!! ロイド・エスコールゥゥゥ!!! 」
「く・・・こいつ、何だ・・・この感じ!! くそぉぉ!! 」

ブレイズは逃げる事はせず、右腕に内蔵されたビームサーベル≪グロウスバイル≫を発生させ、ファーブニルを迎え撃つ。

≪ノーアトゥーン≫と≪グロウスバイル≫がぶつかり、火花を散らす。

「こ・・のぉぉぉぉ!!!! 」

ブレイズはそのままイーゲルシュテルンを放ってファーブニルを後退させ、左手でショート・バレル・ライフルを構える。
それは、アキトも同時だった。

しかし、6基の≪ヘイズルーン≫からビームが迸り、ブレイズとレフューズの構えるその銃を見事に撃ち抜いた。
セフィ得意の局部精密射撃であった。

とっさにショート・バレル・ライフルを放し、腕の誘爆を防ぐ二人。

「こいつ・・・・! 」
「・・・手強い! 」

「・・・なかなかやるわね、ロイド・エスコール!! 」

2機のガンダムと水晶のMSが再び距離をとってにらみ合った。
その時、ディノの頭にも不思議な感覚が走った。

ピィィィィ・・・ン

「・・・・来たな、コウ! セフィ! ボクは先にコウのところに行く!そんな奴等、さっさと片付けて、戻って来い!! 」
「・・・はい、クシナダ特務兵・・・・。『敵』を倒したら・・・行きます。」

そして、そのままツクヨミは一直線に空を駆けていった。

ロイドとセフィ。
語られる事なき宿命の戦いが続いた。



「コウ先輩! やっぱりこの辺のグングニールはオレ達のところと同じで出力が弱かったみたいです。あらかた安全な方へ誘導しました! 」
「そうか、じゃあオレ達はもう一つのグングニールの方へ・・・」

バガァァァァ!!!

轟音と共に、クラウディカデンツァの右側の飛行制御バインダーが砕け散った。

「うわぁぁぁぁ!!! 」

体勢を崩すクラウディカデンツァを、ナターシャの月式が支える。
クラウディカデンツァを襲ったのは48ミリ超重力圧射砲≪ツキノイシ≫の弾丸だった。

「ディノ・・やっぱりいたんだな。」
「・・・やはり分かるのかい? コウ。・・それはそうだよね。あんたとボクは、同じなんだから・・・! でも、今日はもう見逃す事は出来ないよ! ここで、消えてもらう!! 」

ディノがそういった瞬間、遠方で爆音が響き渡る。
コウ達がその先を見てみると、北欧での水晶のようなMSと2機の連合製らしきデザインのMSが戦っていた。
どうやら、2機が押されているらしい。

「あれは・・・ブレイズとレフューズ・・・もしかして、ロイドとアキト!? 」
「何だって!? 」

ティルの言葉にコウは驚く。
初実戦でグングニールによって駆動系が完全ではない機体を使った上にあの水晶の機体が相手などとは・・・いくら彼らでも無茶だ、とコウは思わざるを得なかった。

それを察してツクヨミの前に立ちふさがったのは、同じく月の名を冠する白銀のMS・月式だった。

「ディノ、あなたの相手は、私がします。・・・コウさんとティル君はあの2機のところへ! 」
「ナターシャ! それも無茶だ! ディノは・・」
「強いのは分かってます! ・・でも、彼は・・・・ディノは私が止めますから! 」

ナターシャの静かでいて強い意志を秘めたその言葉にコウは頷いた。

「・・・ナターシャ、無理するなよ。ディノ! ナターシャに何かあったら、許さないからな!! 」

そういうと、スサノオとクラウディカデンツァはブレイズ達の元へと空を駆けた。

「何を勝手なことを!!! ・・・・・!! 」

追おうとするツクヨミを月式が牽制する。

「あなたの相手は・・・私です。」
「ナターシャ・・・。どうして・・・・なんで北欧に帰らなかった!! ・・ボクは・・・キミの抹殺司令も受けているんだぞ!!! 」
「私は、逃げません! もう一度シャクス先生に会って・・・・・何がしたいのか聞くまでは絶対に引きません!! 」
「なら・・・仕方ないよね・・・。せめてボクが、殺してやる!!! 」

MIHASHIRAシステムが起動し、ツクヨミの体に光が宿る。

「私は・・・まだ死ねないわ!!! 」

月式がその機体形状を変形させてゆく。
変形したその姿は、銀色の狼。
それが、ナターシャが設計した世界初の強襲型MA変形機構≪フェンリル≫の姿であった。
その姿は、奇しくも姉の駆るガルゥの姿を彷彿とさせるような美麗の狼。
それは、姿だけでなく能力も・・・。
口からはビーム、電撃、凍結ガス、火炎放射の4種類の攻撃が切り替えて繰り出されるという優れものであり、これはシャクスが改良してくれたものであった。

「『トラベリングプラネット』、展開! 」

≪フェンリル≫の背中から7基の量子通信型ビット≪トラベリングプラネット≫が射出され、周囲を舞う。
そして、両肩の大型ヒートブレードを正面に向けて一直線に宙を駆ける≪フェンリル≫。

「・・・ドラグーンか!? ・・そんなもので、ボクのツクヨミを倒せると思っているのか!! 」
『そうね、今度こそ殺してしまいなさい。ディノ!! 母さんのために!! 』

ツクヨミも迫る≪フェンリル≫に2本の11.14メートル級シャムシール型重力刀≪ミカヅキ≫を構えて突っ込んだ。
MIHASHIRAシステムを全開にした今のディノには、≪フェンリル≫の攻撃をかわしながら反撃する事など造作もないことであり、正に完璧なタイミングだった。
しかし、≪ミカヅキ≫の刃は空を斬り、そしてなんとツクヨミのバックパックが火を吹いた!

出力が落ち、落下するツクヨミ。

「なんだ! 何が起こったんだ!! あのドラグーンからはビームなど・・・・はっ!! 」

落下するディノがみたものは、紫色に光る量子通信型重力場展開ビット≪トラベリングプラネット≫と≪フェンリル≫の4本の足だった。

「あのドラグーン、重力場を展開している!? それを足場にして、急速反転をしながら空中を高速で駆けたというのか!! ・・・おのれ、ツクヨミの力を真似しやがって!! 」
「・・元々これもツクヨミですから! ・・・引いてくれないなら、今度は私から行きますよ!! 」
「ああ、来なよ。返り討ちに・・・・してやるさ! 」

何とか、地面に着地したツクヨミと宙を駆ける月式がぶつかる!
二つの月の化身の、月の力を駆使した奇怪な戦いは、次第に激しい戦闘へと加速していく。



「もらったわ!! ロイド・エスコールゥゥ!!! 」

≪ヘイズルーン≫を一基≪グロウスバイル≫で斬りおとすブレイズの背後からファーブニルの右のヒートフィンガー≪ノーアトゥーン≫が空を裂いて迫る。
完全に虚を疲れ覚悟を決めるロイド。
その時、一陣の風がロイドとセフィの間を駆け抜ける。
そして、ファーブニルの右腕が深々とブレイズに突き刺さった。
否、突き刺さったかのように見えたその腕の先は、先ほどの風で宙に舞って大地に落ちていた。

9.98 m対 PS 超高熱空斬剣≪ツムハノタチ≫の空斬がファーブニルの右腕を落としたのである。

駆けつけたコウとティルに、呆然とするロイド、アキト、セフィが我に返るまでの、ほんの数秒の時間だった。
接近してきたスサノオが、ファーブニルの両足を≪ツムハノタチ≫で薙ぎ払い、腹部に向かって左掌から竜巻発生装置≪テング≫のトルネードを放つ。

「きゃああああああ!!! 」

手足をもがれたファーブニルは、螺旋を描くように上空へと吹き飛ばされてゆく。


「大丈夫か! ロイド、アキト! 」
「へへ! 助けに来てやったぜ! 」
「コウ、ティル! ・・・いや〜、助かったぜ! ほんとに。」
「・・・・フッ。」

候補生たちにとっての歴戦の勇者と、悪友の登場に初戦闘のロイドとアキトは安堵の息を漏らす。
その時、ロイド達の下に通信が入った。

『・・・イ・・・・ド・・。・・・・・キト・・』

ノイズが酷くて聞き取りにくくはなっていたが、その声はリエンのものだった。

「リエン中佐っ! 」

しばらくしてノイズが収まり、リエンの声が鮮明に聞こえる。

『二人とも、無事だったか!? 』
「はい! 中佐も無事ですか? 」
『ああ、無事だとも。それよりも今、そちらに向かう』
「え、ちょっと・・・中佐ぁ!? 」

通信の直後現れたのは、一隻の飛行戦艦だった。

「なんなの・・あれは・・・『大天使』? 」

何とか空中で機体制御をしたファーブニルのモノアイが捉えたののは、『大天使』アークエンジェルにそっくりな艦の姿。
装甲が美しい水色に染められたその戦艦から、コウ達に向かって通信が入る。

『こちら、アークエンジェル級3番艦『ミストラル』! リエン・ルフィードだ! ロイド、アキト、ティル、それに第49独立特命部隊の諸君! 艦に乗れ!! この戦域を・・・パナマを離脱する!! 』
「ミストラル? ・・って、それより、何を言ってるんっすか!? 師匠!? 」
『事情は後だ! だが、ポルタ・パナマは既に落ち、上層部の人間だっていつの間にか逃げやがった! 捨てられたのさ、オレたちは・・・。もうここで踏ん張る意味もない!! 起動不可能な仲間を救出しながら脱出する! さあ、早く!! 』

その通りなのであった、名目上統括としてこの基地を管理していたギルスさえも、上層部の連中に裏切られ取り残された(それに気付き、リエンとは別の経路で脱出はしたが)。
そんな連合軍のやり方にリエンは腹が立っていた。JOSH-Aだけでなく、このパナマまで・・・!

「そうはさせないわ!! 落ちなさい!!『偽大天使』!! 」

全基の≪ヘイズルーン≫をミストラルに構えるファーブニル。
しかし。すさまじい勢いでスサノオはファーブニル目掛けて飛翔する。

「リエンさん達を・・・!! やめろ、ザフトォォォ!!!! 」

自分に対する別の怒りをぶつけるかのようにスサノオがファーブニルに迫り、≪ツムハノタチ≫の空斬で圧倒する。
すんでのところで斬撃をかわすセフィだが、その圧倒的なプレッシャーに生まれて初めて萎縮という感情をいだく。

「・・・な・・なんなの。あいつは!! ・・・私の・・・邪魔をしないでよ!! 」

焦ったセフィは全基の≪ヘイズルーン≫を戻して、直接スサノオにぶつようとするが、その全てがことごとくかわされてしまう。
そして、≪ツムハノタチ≫が唸りをあげる!

「コウ先輩!! そこましなくても・・・」

ティルの言葉もむなしく、無防備に飛翔するファーブニルに赤熱した刃が振り下ろされた。

ギィィィィ!!!

しかし、その神剣は黄昏色に輝く大きな太陽に遮られ、そしてそのまま剣ごと弾き飛ばされる。

「・・・新手か! ・・・・・・あれは!? 」

コウの見た先にはかつて怒りに任せて砂漠でぶつかり合った宿命のミコトが飛翔していた。
オレンジ色の装甲を輝かせる太陽の女神・アマテラス。
その最古のミコトを駆るのはもちろん、藤色の美しい髪をなびかせる、橙の瞳を持つ少女。

「久しぶりね、白いミコトのパイロット。たしか、ディノの兄、コウ・クシナダといったかしら? ネブカドネザル以来ね。」

太陽神の通信に風の神も言葉を返す。

「アマテラス・・・オレンジのザフト兵! ・・メイズから聞いた。確か・・・エリス・アリオーシュ!! 」

スサノオに乗るきっかけとなった彼の父を奪った少女と、彼女の心から大切な部下を奪った少年。
2人の瞳が、風と太陽の神のカメラアイ越しに交錯する。

「あなたの相手は、私がするわ。・・・もう、復讐でもなんでもなく、ザフトのために・・・そして私のために! ・・・その前に、あなたに言っておく事があるの。」
「? 」

エリスの意外な言葉にコウは耳を傾けた。

「『リューグゥ』であなたの父親達を殺したのは、私ではないわ。」
「!!? 」
「私があの部屋に入ったときは、既にあの状態だったの。それからほとんど同時に、あなたが入ってきた。」
「嘘だ! でまかせを・・・」
「信じないのは、あなたの勝手。でもね、やる前に言っておきたくてね。・・・・行くわよ、コウ・クシナダ! ・・・ミゲル、アレを!! 」
『オーケー! エリス、MIHASHIRAシステム、起動!! 』

ヴィィィィィィ!!

アマテラスのMIHASHIRAシステムが完全起動し、その傍らに先ほどの黄昏の太陽、ナビゲーター制御型ビームプロミネンスユニット≪タカマガハラ≫が再び燃え上がる。

「く・・・、アモンさん! 」
『分かった。ダブルフェイス完全起動!! ・・・コウ、今までのヤツとは違うぞ。お互いにMIHASHIRAシステムを使っての戦いは初めてだが、それ以上に何か吹っ切れた感じがする! 』
「・・・はい、でも・・・・今のオレは、負ける気がしません!!! ・・リエンさん達は早く戦域を離脱して下さい!! それまで、『オレ達』が時間を稼ぐ!! 」

空を切り裂くような唸りを上げて風の神と太陽神が、再び空中で激突した。

「すまない! 頼むぞ、コウ! 」

リエンはミストラルのMSハッチを開き、ロイド達に入艦を促す。

「リエンさん!! ・・・くっ、コウ!! 悪い!! 頼むぜ!! 」
「・・・・・すまない・・・! 」

ロイドとアキトは歯軋りをしながらもミストラルにその機体を飛翔させる。

「! ・・・逃がさないわよ!! ロイド・エスコール!!! 」

背を向けてミストラルに駆けるブレイズにファーブニルが残る左のヒートフィンガー≪ノーアトゥーン≫を構えて飛翔する。

 ガキィィ!!!

 空中で≪ノーアトゥーン≫とぶつかったのは、クラウディカデンツァのシールドだった。

「ティル!! 」
「へっ! 危なかったじゃんか、ロイド! ・・・ここはオレに任せて早く行け! 」
「ば・・・・お前、何言って・・・」

 そのロイドの言葉をティルの言葉が遮った。

「ブレイズは!! ・・・『煌き』の名を持つその機体は、こんなところで落ちるために作られたものじゃないんだ!! ・・・・・輝いて見せろよ、『親友』!! アキト! 師匠! ロイドを頼むぜぇぇぇぇ!! 」

クラウディカデンツァは、そのままバーニアを全開にしてファーブニルを機体ごと押してゆき、ブレイズたちから離れてゆく。

「・・・・ロイド、行くぞ。」
「アキト! でも・・」
「ティルの気持ち・・・・無にする気か。」
「・・・わかった。行こう。」

宿命の2機はその機体をミストラルの中に収容させた。

「・・・ミストラル、全速前進! この戦域を離脱し、動けなくなった同志の救出に向かう!! 」

飛び立ったミストラルの艦長席に座るリエンの硬く握り締めた拳は、掌に血がにじんでいた。
それに気付いていたものは、一人だけ・・・。

「・・・リエン中佐。」
「大丈夫だ、ミリア。・・・・あいつは、オレの自慢の弟子。信じているさ。」

一つに重なった『大いなる時代の流れ』と『小さな流れ』は、今また、二つに分かたれてゆく。
それぞれの運命と共に・・・。

〜第30章に続く〜



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