〜第28章 始まりの刻〜

太平洋に浮かぶ小さな群島。
そこに、『平和の国』と謳われるその国はあった。
オーブ連合首長国。
連合・ザフトのどちらにも組せぬいわば中立国家である。5大氏族と呼ばれる家系の者が首長を勤め、国の政治を取り仕切り現在での代表はホムラという名の男である。
しかし、それは表向きの話であって、実情では前代表であるウズミ・ナラ・アスハの言動が力を持ったままであった。
有能であった彼が失脚したのは、ある件の失態の責任をおっての事だった。

それは、あのヘリオポリスのMS強奪事件である。
中立国であるはずのオーブの資源衛星であったヘリオポリスで連合のMSが製造されていたという事実は、如何に彼がその事を知っていたのだとしても知らなかったのだとしても言い逃れの出来ないほどの大問題であった。

しかし、何の因果であろう。
今また、そのいわくつきの艦がオーブには極秘裏に停泊していた。
艦の名は、アークエンジェル。
『大天使』の名を冠する、連合の強襲型機動特装艦の1番艦であり、ヘリオポリスで作られていたものである。
そのため、外観もオーブのイズモ級宇宙艦と酷似していた。

その艦が、はるか北のアラスカよりこのオーブを頼ってやってきたのであった。
サイクロプスの犠牲として斬り捨てられた『大天使』のクルー達は、もはや連合に戻るつもりはなかった。いや、戻れば軍規違反で銃殺刑。
選択の余地はなかった。

ナターシャがシャクスとディノの元を脱出する約半日前のことであった。
モルゲンレーテのMSドックで色眼鏡をかけた少年が話しかける。

「そう言えば、パナマから新型のMSが飛んできたらしいな。」

少年の名は、サイ・アーガイル。
アークエンジェルのクルーであり、CICを担当している。
そして、話しかけられた少年はその濃い亜麻色の髪を揺らしながら振り向いた。
その少年の名は、キラ・ヤマト。

「へえ、そうなんだ。『ガンダム』以外にも連合のMSがあるんだね。しかも、パナマからここまで? 」
「ああ、そうらしい。オレ達、あんなに苦労してストライクを運んだのにな。そんな高性能なMSが既にあるなんてさ。・・・なんか、やりきれないよな。」
「・・・・・。」

ストライクの名を聞いて、キラの脳裏にあの閃光の刻がフラッシュバックする。
敵を殺し、親友を失い、そして・・・。
彼の殺そうとした最愛の親友は、今何をしているだろうか。

「キラ君、ちょっといいかしら? 」

サイとオーブのMSデッキを歩きながらそんな事を考えるキラに、ある女性が声をかけてきた。

「マリューさん。」

その女性は、マリュー・ラミアス少佐。いや、今は軍を離れているため『少佐』という表現が正しいかは分からない。
キラに話しかけた彼女は、一枚のディスクを持って立っていた。

「キラ君、軍を離れたあなたに頼むのはおかしいとは思うのだけど、このディスクをトダカ一佐に渡してきてくれないかしら。」
「トダカ一佐に? なんですか、それは。」

マリューは一瞬表情を曇らせ、一息おいてから答えた。

「ヘリオポリスの『G』のデータよ。それと、今までのストライクの戦闘データ。」
「でも、それなら以前に・・。」
「私も分からないわ。でも、『最新』のものが欲しいらしいのよ。私達がオーブを出てからのものも。だから、全てのデータが欲しいそうよ。それで、何か質問を受けたときにあなたの方がいいと思って。私はアークエンジェルの方で今手が離せないのよ。ダメかしら? 」

マリューも本当はそんな事はしたくないというような顔を作っていたが、ここに停泊させてもらっている以上はそうもいかなかった。
まだ疑問を感じながらも事情を悟ったキラは、それを快諾した。

キラはモルゲンレーテをでて、マリューに言われた施設のとある部屋に行き、ノックして中に入った。
中に入ると既に2名先客らしき者がいる。
服装からそれは、連合軍の人間。

「キラ・ヤマトと言います。アークエンジェルのマリュー・ラミアスさんからディスクを預かってきました。」
「ああ、ご苦労様。ちょうどよかったよ。」

トダカはキラに『アークエンジェルの事は心配ないよ』といった笑顔を作りながら言った。

避けるように下がる2人に軽く会釈をしながらキラは約束のディスクをトダカに渡す。
その2人にキラは見覚えがなかったが、なぜだかその内の一人に奇妙な雰囲気を覚える。とても不思議な感覚だった。

「うむ、では確かに受け取った。ラミアス少佐に感謝すると伝えてくれたまえ。」
「はい。」

「トダカ一佐、私達はこれで失礼します。」
「ああ、ご苦労だったね。クシナダ中尉。リエン君・・・いや、ルフィード中佐にもよろしく伝えて欲しい。」
「はい、失礼します。」

そういうと2人は部屋を後にした。
キラはおもむろにトダカに質問をした。

「トダカさん。彼らは? 」
「ああ、彼らは連合軍のパナマ基地の使いだよ。でも、心配要らない。私と向こうにいる友人との間での私的な事だから。」
「・・・そうですか。・・あの黒髪の人は誰です? 」
「コウ・クシナダ中尉の事かい? 彼は連合のMSパイロットらしい。彼を知っているのかい? 」
「いえ。知りません。・・・・・・・コウ・クシナダ、か。」

キラのこの疑問が晴らされることは恐らくないだろう。
それほどの、ささいな感情であった。


「コウ先輩。帰る前にモルゲンレーテを見ていきましょうよ。」

初フライトを終えたばかりだというのに、ティルは元気そのものだった。
施設の外に出て、愛機の待つドックに戻ろうとするコウにティルが提案した。

「ダメだよ、多分。モルゲンレーテに軍の人間は入れないよ、ティル。」
「でも、行ってみないと分からないじゃないですか? 行ってみましょう! 決定!! 」

そう言うと、ティルは走り出した。

「おい、ティル! ・・・・ったく、もう・・・。」

仕方なく、コウも歩きながら後を追う。
ようやく追いつくと、案の定門前で誰かとティルがもめているのが見えた。

「いいじゃないか! ちょっとくらい見学させてくれてもさ!! 」
「いや、ダメだって。君、軍の人間だろ? 規則なんだよ。・・・それに、悪いんだけどこれから俺はオフなんだ。困るんだよ、こんな所で時間潰すの。」

困り果てるモルゲンレーテの人間らしき人にコウは話しかけた。

「すみません、すぐに戻りますから・・・」

その言葉をコウは止めた。
ティルがコウの顔を覗くと、大きく眼を見開いて驚きの表情をしている。
よく見ると、そのモルゲンレーテの人間も。

「シート先輩!! 」「コウ!! 」

2人はほぼ同時に互いの名前を呼んでいた。
眼をぱちくりするティルをよそに、コウが喜びの声をあげる。

「シート先輩! よかった、元気そうで。あれから、オレも色々あって・・・。心配してました。なんで、オーブに? 」
「いや、フジヤマ社があんな事になっただろ? もう、嫌気がさして『2人』で中立のオーブに来たんだ。」
「2人・・・? じゃあ、リトも・・・・・・リトもいるんですか!? 」
「あ、ああ。」
「どこにいるんです!? 」
「いや、それはだな・・・。」

言葉を濁すシートを少し怪訝に思いながらもコウは食いつく。
すると、

「もう! シート『さん』、遅いわよ!! もう20分も遅刻じゃない! 映画始まっちゃうわ・・・・コ・・・ウ? 」

その声は、まごう事なきコウの最愛の人の声。

「リト! よかった、元気そうだね。心配してたよ。あれからどうしてたの? シート先輩とここに来た・・・・」
「・・・何しに来たのよ。」
「・・・え。」

コウの言葉をリトは冷たく遮った。

「今更何しに来たのよ!! 連絡一つよこさないで・・・しかも軍なんかに!! 私がどれだけ・・・・・!! 帰ってよ!! 」
「リト・・・オレは・」
「いい訳なんか聞きたくないわ!! お父さんが死んでから、私は・・・・!! 」

そう言うと、リトは涙を浮かべながらその場を走り去って行った。
コウは追おうとするが、その腕をシートが乱暴に掴む。

「やめろ、コウ! もう手遅れなんだよ。」
「手・・・・遅れ? 」

シートは手を離し、落ち着きを取り戻してから言った。

「今、俺とリトは付き合っている。」
「な・・・・・。」

恐らく、この旅で一番の衝撃がコウを貫く。
そんなコウの様子を歯牙にかけずにシートは続けた。

「マクノールさんが亡くなってから、アイツの気持ちはどん底だった。それでもあれほどの軍人の娘だ。母親もいないし、アイツ一人で必死に踏ん張った。葬儀だってのに軍関係者から軍属を迫られたりな・・・。そんな時、一番そばにいて守ってやらなければいけない人間が、どこにいた!? 」
「・・・! 」

コウは頭の中が真っ白だった。

「・・・お前は、お前の事情があったのかもしれない。でもな、勝手なことをしてきたんだ、リトの気持ちも察してくれ。それと・・・リトは、俺が支えていく。何しにオーブへ来たのかは知らないが、ここは中立国だ。戦争を持ち込んで、軍人のお前が俺達に・・・リトにもう悲しい思いはさせないでくれ。・・・・じゃあな。」

そういうと、シートはその場を後にした。
コウはその場に立ち尽くす。
事情はさっぱり知らないが、さすがにティルもかける言葉を持たなかった。

「・・・・・・・そうか・・・。そうだよ・・・な。」

俯きながら、コウはつぶやく。

「コ・・・コウ先輩・・・・。あの・・・・。その・・・。」
「・・いや、いいんだよ、ティル。・・・戻ろうか・・・。」

ティルも素直に頷き、その場を後にしようとした時だった。
数人の黒づくめの男達がコウを取り囲む。
ティルが何事かと問いただした。

「困りますなあ、軍の人間が勝手にモルゲンレーテに入られては・・・・国の最高機密なのですよ? 」
「はあ? 門前払いされて、今帰るところだろうが!! そこどきなよ! 」

強引に帰ろうとするティルを男の内の一人が殴り飛ばした。

「ティル!! ・・・あんたら、何をする!! 」
「いえ、重要機密を知られたからにはただでお戻りいただくわけには行きませんので。」
「だから! 見てないって言ってるだろう! 」
「貴様も分からないなら、こいつで分からせてやるぜ! 」

また別の男が今度はコウに殴りかかる。
しかし、コウは左前方に体捌きをし、右腕の甲でその右拳を後方に受け流すと同時に強烈な前蹴りを相手の水月(ミゾオチ)に的確に叩き込む。
ゲェ〜〜! と嘔吐しながらその男は前のめりに倒れた。
そしてさらに向かってくる別の男の拳を受け流しながら小手を逆に取り(手首辺りの関節をキメる事)、勢いをそのまま利用するかのように鮮やかに投げ飛ばす。

コウは得意の古武術に身を構え、残る男たちを睨みつけた。

「・・・オレは今、機嫌が悪いんだ。なんだか知らないけど、やるなら手加減しないぞ!! 」
「そこまでだな、メガネ君。」

コウがその声の方に目をやると、ティルのこめかみに拳銃が突きつけられていた。

「あんたら・・・・なんのつも・・うあ!! 」

下手に動けなくなったコウの腹部を、先ほど殴られた男が思い切り蹴り飛ばす。
そして、見る見るうちに集団で暴行が加えられていく。

「コウ先輩!! ・・ぐあ! 」

ティルも拳銃の柄で首後ろを殴られそのまま気絶した。

「よし、連れて行け。こんな所で『ミコト』に乗る『ハーフ』を見つけられるとはな。ロンド様もお喜びになるだろう。」

その黒づくめの男たちは気絶した2人を連れ、モルゲンレーテの中に消えて行った。



「う・・うう。」
「! ・・コウ先輩! 良かった、気がつきましたね。」
「ティル・・・・こ、ここ・・は? 」

体中に走る鈍痛が、今の自分の状況をコウに思い出させた。

「・・・分かりませんが、あれからもう何時間かたっています。今は夜中でしょうね。多分。」
「そんなに、寝てたのか・・・・オレは。すまない、ティル。」
「謝るのはオレのほうです、先輩。オレが、モルゲンレーテに行こうなんて言い出したばっかりに・・・・。」
「・・・いや、関係ないさ。何者かは知らないけど、どこに行こうと彼らはオレ達を狙っていたんだろう。・・それに、リトにも会えた・・・。」

落ち着いているようで、コウは酷く意気消沈していた。
自分のせいでティルを危険な目にあわせ、シートを傷つけ、そしてリトを傷つけた。
何でも背負おうとする事はコウの責任感の表れでもあったが、最も悪い癖でもある。

「とにかく、彼らが接触してこないかぎりどうする事も出来ないな・・。」
「はい。」

2人の間に沈黙が流れた。



「あえて嬉しいわ、ブリフォー。またこうして一緒に任務に望めるなんて、夢にも思わなかったもの。」

カーペンタリアのMSドックで現青服隊長であるエリスは、かつての友との再会に喜んでいた。
『明日』に備えてか、暗くなった深夜のドックにはエリスとブリフォー以外は誰もいない。
いや、もう『一人』いた。果たして一人と呼べるのか・・・。

『全く久しぶりだな、ブリフォー。『ボアズの蒼竜』ともあろうヤツが、ナチュラルにつかまったって聞いた時には正直耳を疑ったぜ? 』
「エリス、それにミゲル。オレにも・・・いろいろあってな。・・・・・明日の任務、パナマ攻めだが、恐らくそこにメイズとメリリムがいるはずだ。」
「・・・・連合についていたらの話でしょ? 」
「ああ、だが、オレは戦う事になるのではないかと考えてる。」
『何故だ? 』

アマテラスからのミゲル言葉にブリフォーは答える。

「あいつらが・・・・気持ちのいい連中だからさ。『リトルジパング』のクルー達がな・・。」

そう言いながら、ブリフォーは一人の少女の事を思い出す。

『ブリフォー、お前・・・・・・・・・恋にでも落ちたか? 』
「な・・・・何を・・ミゲル! 」

心の中を見透かされたようで動揺するブリフォーにミゲルもエリスも苦笑した。

「冗談はさておき、明日はよろしくね。ブリフォー、ミゲル。」
『当たり前だぜ! オレ達3人が揃えば最強を超える! 』
「フッ、そうだな。オレのザナドゥも、パワーアップしたしな・・・。」

そう言うとおもむろに愛機を見上げるブリフォー。

「さて、でも私とミゲルは出撃前にちょっとやる事があるのよね。」
「何をだ? 」
「『アマテラスの誤作動による暴発! 』」
「はぁ? 」

エリスは、共に戦った友人たちへの最後の贈り物の事をブリフォーに語った。



一体どこなのであろう。
その場所は、カーペンタリアではなかった。
ここでもまた、明日の出撃を控えるザフト兵の姿があった。
彼の名は、カルラ・オーウェン。
数々の部隊を転々と渡り歩き、今また独自の部隊に配属されている。
それは、彼の意のままに行動する事の出来る特戦部隊。
といっても、隊員は彼のみであった。だが、それはカルラにとっては好都合な事。
くだらない情にほだされるよりも、一人の方が性にあっていると思ったからだ。
そう、これから幕開ける宿敵とのパーティーを企画する彼にとっては、その方が・・・。

「長かったぜ・・・・・。やっと、会えそうだな。『親友』。・・・・・・待ってやがれよ。このオレ、カルラ・オーウェン様がお前を必ず殺してやる! ・・・必ずな。クックックックック! 」

カルラの不気味な笑い声は、彼の本当の戦いの幕開けを示していた。



コツコツコツ・・・・・。
小さな足音が、その牢の中に響いた。
身構えるコウとティルの前に現れたのは、

「大丈夫か? コウ。」
「シート・・先輩!? 」

思わず声をあげるコウに、シートは人差し指を立てて自分の口にあて、し〜っと言う。

「・・・モルゲンレーテの人間が、すまない事をしたな。どうやら、上の人間でお前に会いたいという者がいるらしい。」
「オレに・・・ですか? 」

シートは無言で頷く。そして、ポケットから鍵を取り出して、おもむろにその牢の鍵を開けた。

「シート先輩・・・なんで。」
「なんでもくそもあるか! こんな横暴なやり方、気に食わないだけさ。・・・それに、お前は一応、オレのかわいい後輩だからな。逃がしてやる。さあ、行くぞ。」

そう言うとシートは3人を先導し、モルゲンレーテのとあるMSドックに2人を誘導した。
そこは、非常に殺風景な場所で、あるのは作業用マニュピレーターと2機のMSのみ。
その2機とは、

「オレのクラウディカデンツァとスサノオ・・・。何でこんなところに? 」
「どうやら、こいつとパイロットにご協力いただこうと思ったらしいよ。上は。」
「シート先輩、こんな事をしたら先輩は・・・。」
「なに、うまくやるさ。ほら、早く乗りな。それと、昼間はひどいことを言ったが・・・お前も頑張れよ。」
「先輩・・・・・。ありがとうございます。リ・・・・リトを、よろしく頼みますね。」
「ああ。任せろ。」

そう言うと、2人は各々の愛機に乗り込んだ。
その時だった。

ガガガガガガガガガガ!!!

乾いた銃声の連音がドックの中に響く。

「余計な事をするから、こうなる・・・。」

黒ずくめの男が放ったその無数の弾丸が捉えたのは、シートの体。
致命傷だった。

「シート先輩!!!!! 」

コクピットを飛び出そうとするコウを察したのか、シートが最期の声を振り絞る。

「行けェェ!! コウ・・・・・・・!! 」

そして、コウの工業カレッジでのよき先輩であり、古武術のよきライバルであり、そして、よき兄のような存在でもあったシート・ブルーノは、そのままその場に倒れ、息を引き取った。

『・・・行くぞ。ティル。』

スサノオからの通信に動揺するティル。

「コウ先輩・・・・でも・・」
「いいから行くんだ!!! 」

そういったコウは、スサノオの≪ツムハノタチ≫を抜き、力の限りそのドックのハッチを斬り付けた。
轟音と共に外への退路が切り開かれる。

「ついて来い! ティル!! 」

そう言うと、2機のMSは決死のオーブ脱出を開始した。

「逃がすな!! M1アストレイを出撃させろ!! 」

恐らく、ロンドやシャクスが開発したものなのだろう。
ザフト製の≪グゥル≫を真似たフライトユニットに乗る数機のM1アストレイが、漆黒の空と海に消えた2機の後を追う。

「コウ先輩、追撃です! 」
「大丈夫だ! スサノオの≪ワダツミ≫とクラウディカデンツァの性能なら、振り切れる!! 」

2人は後ろを顧みることなく、一心不乱にパナマ目指して海を、そして空を駆けた。
すると、遠方に輝くいくつかの火線と爆発。

不意に大きな爆発が起こり、照らし出された一機のMSの姿をスサノオのカメラアイが捉えた。

「あれは・・・・月式(ゲツシキ)? 」

かつて一度だけナターシャの書いた図面でみた機体の姿がそこにはあった。
ナターシャ設計の月式と、5機、いや4機のディンが空中で交戦している。
どうやら1機は今の爆発で落としたらしい。

「コウ先輩! どうします!! なんだか分からないけど誰かとどっかが交戦中みたいです! やはり、迂回を・・・。」
「いや、心当たりがある。ティルはオレの後方に追属しろ! オレは話をしてみる! 」

そういうとスサノオは海面からその戦域に近づき、オールバンドで通信を送る。

「こちら、地球連合軍・第49独立特命部隊所属、コウ・クシナダ! ・・・月式だな? 聞こえたらパイロット、応答せよ! 」
『! コウさん!? 』

コウの予感が的中した。戦闘に焦りながら話すナターシャのつたない説明を聞いて、コウも事情をなんとなく察した。

「それで脱出して、ザフトの追っ手と交戦中ということか!? 」
「は、はい! そんなとこです!! 」
「・・・わかった。任せろ!! 」
「でも、コウ先輩。スサノオは今、海戦型の『ワダツミ』を・・・」

ティルが言い終わる前に、スサノオの姿は海中へと沈んだ。
そして、次の瞬間強烈な水柱が月式とディン達の間に立ち上る。
轟音と共に、2機のディンが爆発した。

「何だ!!! いったい、何が!!? 」

焦るディンと驚くティル達が見たものは

≪ワダツミ≫の背部につく推進装置、竜巻発生装置≪テング≫から強烈な竜巻を発生したスサノオは、海中で加速して一気に海面から矢のように飛び出し、空中の2機のディンを≪ツムハノタチ≫で貫いたのだった。
そして、そのままさらに≪ツムハノタチ≫を振り下ろし、返す刀で2連斬撃を繰り出した。
超高熱の空気の刃が残るディンを捉え、なす術もなく斬りおとされる。
そこに、追撃していた3機のM1アストレイが攻撃をかけてきた。
突然の背後からの攻撃で、被弾するクラウディカデンツァ。

「うわあ!! 」
「ティル!! 」

コウは空中を落下しながらも≪ワダツミ≫に搭載されている陸海兼用の多連式ミサイル(魚雷)を発射する。その無数のミサイルがクラウディカデンツァの目前に迫る1機のM1アストレイにほぼ全弾命中し、爆砕した。

「う・・そだろ!? 海面から飛び上がってまた着水するまでの間に・・・4機も撃沈して、オレの援護まで!? 」
「コウさん・・・すごい。」

ティルはもちろんの事、今まで共に旅を続けてきたナターシャですらその姿に驚いていた。
しかも、今のコウはMIHASHIRAシステムをいっさい使用していない。

スサノオのコウは重力に任せて海面へと着水しながら、ティルに叫ぶ。

「今だ!! 撃て!! ティル!! 」
「! 」

その声に後押しされるかのように、目の前で動きを止めている残りの2機のM1アストレイに向かってクラウディカデンツァは腰の飛行制御バインダーから2丁の拳銃型高出力ビームガン≪ワイルドウェスト≫を抜き、早撃ちの如く2機の頭とフライトユニットを連発で撃ち抜いた。

戦闘力をなくし、落下してゆくM1アストレイ。
しかし、・・。

「おおおおおおおお!!! 」

そこに海面で待ち受けるスサノオが、≪ツムハノタチ≫を振り上げた。
2機のM1アストレイは海面に落下するより早く、見るも無残に空の花火と消えた。

「コウ・・・先輩・・・。」
「何で・・コウさん・・・? 」

怒りに任せてかける必要のない追い討ちをかけたコウにティルとナターシャは呆然とする。
そして、コウ自身も・・・。

「・・・帰ろう、ティル、ナターシャ・・・。」

スサノオは月式を背中に乗せ、そのままパナマへと帰投した。



「ご苦労さん。大変な目にあったな、コウ、ティル。」

パナマの司令本部は既に真夜中の3時であった。
そこで、リエンとミリアは2人を待っていたのだった。
あまりに遅い上にオーブのトダカと連絡を取ることも出来ずにいたため、とても心配していた。
もっとも、戻ったときにはリエンの方は椅子の上で天井を見上げながら『瞑想』にふけっていたが・・・。いびきをかきながら。

「いえ、そのおかげでナターシャを助ける事も出来ましたし・・・。すみません、オレ、今日はもう失礼します。」

敬礼して部屋を出て行くコウの後をナターシャは追おうとするが、リエンが月式と今までの事を聞かせて欲しいとナターシャを引きとめた。
当然といえば、当然のことである。
すぐに、第49独立特命部隊のクルー達も駆けつけ、皆歓喜の声や涙をあげて喜んだ。
ナターシャもそれがとても嬉しかったが、シャクスの事を話すと思うと複雑な気持ちであった。
特に、マナはどんな顔をするだろう・・・。
・・・そして、ナターシャはどうしてもコウの様子が気になってしょうがなかった。


割り当てられた自室のベッドの上に腰掛け、電気もつけずに一人呆然とするコウ。
その部屋のエアロックが急に空き、一人の少女が入ってきた。
驚き、頬を急いで拭うコウにその少女は優しく話しかける。

「・・・体の調子がわるいんですの? コウ。電気もつけないで・・。」
「フルーシェ・・・。いや、大丈夫だよ。今日はMIHASHIRAシステムはほとんど使ってないから・・。」
「そうですの。でも、顔色が悪いですわ。」

そういうと、エアロックを閉めてフルーシェはコウの隣に腰掛けた。
電気は消えたままだ。

「・・な、何か用? 」
「あら、何か用はないんじゃないですの? お話しようと思ってきましたのに。」

コウの言葉におどけるように怒ったふりをするフルーシェの姿にリューグゥでの思い出が重なった。

『なんだよ、他にも何か用? 』
『何か用って、ちょっとひどいんじゃない!? 』
『え、あ、いや、そんなつもりで言ったんじゃないよ。』
『じゃあ、どんなつもり!? 』

『・・先生らしいわ。呼び出しかけても聞いてないこと多いしね。はあ、わかった。今は仕事中だし、これくらいにしてあげる。』
『コ、コウ!!? 何してるのよ!!? どこ行くの!? コオォ!!!! 』

オレは・・・・一体何を・・・・・。

コウはそのまま頭を抱えて俯いた。
次の瞬間、コウの顔が何かにうずもれる。

「!!? 」

気付くと、フルーシェがコウの頭を自分の胸に優しく抱きしめていた。

「フ、フルー・・シェ? 」
「わたくしとナターシャはね。何か辛い事や悲しい事があったとき、いつもお母様にこうやって貰ってましたの。そうすると、不思議と気持ちが楽になりますのよ。・・・理由は存じませんけど、コウがあまりに辛そうだったから・・・・。」
「・・・フルーシェ・・・。もう少し、このままでも・・・・・いい? 」
「ええ。気の済むまで。わたくし達、姉弟のようなものですもの。」

コウはフルーシェの胸の中でそのまま静かに泣いた。涙がかれるまで。
フルーシェもやさしくコウの頭をなでながら、無言で慰めた。
そんな様子に、エアロックの向こう側でナターシャは少し複雑そうに座り込んでいた。

お姉ちゃんとコウさんの『絆』には、私は入る余地はないんだろうな・・・。

それは、『絆』というよりは、『宿命(さだめ)』・・・。
ナチュラルであるナターシャはそんな事を考えて少し悲しくなった。



「・・・・・・よしっ、できたっ! 」
「こちらも完了だ。」

パナマのとあるMSドックで、2機のMSから2人の声がこだました。
それは、パナマのエースパイロット候補、ロイドとアキトの声であった。
いや、『候補』という部分はもう彼らには当てはまらない。

今彼らは、これから相棒となる受領したてのMSのコクピットで、OSの調整をしていたところなのだから。

2人に与えられたのは、コウ達が北欧から運んできたマステマ・イカロスの同期の機体。即ち、後期『U型』GAT-Xシリーズであった。

アキトに与えられたのはGAT-X141レフューズ。
『拒絶』の名を持つそのMSは、アキトの悪に対する冷静かつ鋭い意思を思わせるような青と白の機体。

ロイドに与えられたのはGAT-X142ブレイズ。
『煌き』の名をもつそのMSは、ロイドの輝くような熱い心を思わせるような赤と白の機体。そして、・・・・・『神』の名を冠する無限の力を秘めた機体・・・。

既に、夜もすっかり明け日が高く上っていた。
もうそろそろ時刻は正午に差し掛かる。

『あー、気をつけてくれ。そいつらはプラクティスよりも出力がある。高性能な分、扱いにはくれぐれも慎重に・・』

リエンの通信。アキトは聞いていたが、ロイドは全くの無視。新しいMSに夢中になっている。

『・・ったく。OSの調整は終わったか? 早く降りて来い』
「えーーーーっ!? なんで!?」
『今は戦闘じゃあないんだ。戦闘になったら、いくらでも乗れるだろうが』

リエンが言うなら仕方が無い。一応、上官なのだ。
ロイドは素直にブレイズから降りた。アキトも続こうとする。

しかし、

「リエン中佐! 」

突然、リエンの部下であるミリア・アトレーが、慌てた様子でやってきた。

「どうした、ミリア」
「ザ・・・ザフト軍です! ザフトが攻めてきました! 」
『来たか。ロイド! アキト! 聞いたか』
「はいっ! 」
「・・・フッ。」
『すでにストライク・ダガー部隊が出ている。すぐに合流して迎撃に向かえ! 』

「はいっ! 」「了解。」

地下格納庫から、地上に出るためのハッチが開いた。
それまで薄暗かった格納庫に光が差し込む。

今、大いなる物語が始まる。

〜第29章へ続く〜



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