機動戦士ガンダムSEED DOUBLE FACE ASTRAY

〜第27章 コウとロイド〜

「JOSH-Aの件が・・・・事故、ですって!? 」

JOSH-A壊滅から数日たったパナマの司令室で、グレーの髪の将校が声を荒げて聞き返す。

「ああ、公式な回答ではな。しかし、・・・どう思うね? リエン。」

意見を聞く形でその質問に答えた男は、このパナマ基地を統括しているギルス・ウォーレン大佐だった。
その瞳には、悟られる事のないようにではあるが沸々と怒りの感情が滲み出ている。
しかし、彼はいたって冷静だ。

「事故なんかで、地下に仕掛けられたサイクロプスが暴発するなんて・・・あるわけがない! ・・・軍本部は、なんて事を!! 」
「いや、軍本部がやった事なのかどうかはわからないだろう。もしかしたらザフトが進入して行った事かもしれない。彼らの技術なら、システムをのっとる事も可能だろう。」
「私はそうは思いません! 」

即答したリエンに、ギルスは「何故だね? 」と問いかけた。

「はい、先日アラスカから脱出してきた海洋戦艦を一隻収容しました。彼らの話だと、ザフトに助けられたと。」
「・・・どういうことだ? 」
「太陽のようなフライトユニットらしきものに乗ったオレンジ色のザフトの機体がサイクロプスのことを知らせてくれたと。半信半疑だったそうが交戦中のザフトも引いていったので、軍法会議覚悟でその戦線を離脱したそうです。」

逃げ延びた連合軍艦隊の見たものは、ザフトのアマテラスであった。
『青服』隊長、エリス・アリオーシュ率いる傭兵部隊『カラーズ』の活躍によって、このサイクロプスの被害から逃げ延びたものが少数ながらいたのである。
余談ではあるが、連合軍の機動特装艦アークエンジェルやデュエル率いるザフト軍も、青い翼をもった白のMSの活躍によって無事に難を逃れている。

「それは感謝すべきことかもしれんが、それがザフトの仕業じゃないという証拠にはならんだろう。・・・とにかく確証がない以上はこの兼はこれ以上話をするのは無意味な事だよ。リエン。それより、報告があってきたのだろう? 」

思い出したようにリエンが重要な事を報告してきた。

「はっ! そうだった。完全に忘れてました。つい先ほど、『座天使』がこのパナマに無事到着した模様です。現在は、例のマステマ、イカロスの確認をし、クルー達はミリアに頼んで第8ミーティングルームにて待機させていますが、どうします? 」
「・・そうか、なら私も行こう。時にリエン。2人のときは敬語を無理して交えなくてもいいぞ。お前が堅苦しいのは気持ちが悪い。」
「・・・言ってくれるよ。これでも気を使ってるんだぜ? ギルス大佐? 」
「それが気持ち悪いというのだよ。」

そう言いながら二人は第8ミーティングルームに足を運んだ。



「ようこそ、パナマへ。私はこのパナマ基地を統括しているギルス・ウォーレン大佐だ。」
「同じく、司令補佐のリエン・ルフィード中佐だ。よろしくな! 」
「改めまして、ミリア・アトレー少佐です。」

硬そうな雰囲気の男と女性、そして軽そうな雰囲気のグレーの髪の男に、第49独立特命部隊の面々は敬礼を返した。
そして、隊長であるマナが北欧での事とこの輸送任務での事を簡単に報告する。
実は、リエンとマナの2人は知り合いである。
東アジアにシャクスの派遣を推薦したのもこのリエンなのであった。

「へぇ〜〜。あのオーラルをやっつけやがったのか。やるなぁ! マナ! 」
「リ、リエン・・・・中佐。私たちも壊滅させたわけではなくて・・・。それに、シャクスは・・。」
「わかってるさ、マナ『少佐』。・・・・・シャクスの事は、信じるしかないが・・・。ま、どっちにしたってあのオーラルを撤退させるなんてそう簡単にはできない事さ。」
「うむ、まったくだ。本来なら特進ものだが今は状況が状況だからな。君達のような歴戦の勇者の合流はとても心強いよ。」

ギルスのその言葉に質問を返したのはシュンだった。

「自分は、シュン・スメラギ伍長であります! ウォーレン大佐! 僭越ながら、ご質問があります!! 今のご発言はどういったものでありますか? 」
「それは、私から説明しましょう。」

そういったのはミリアだった。

「JOSH-Aが落ちたのは知ってのとおりだけど、極秘に掴んだ情報だとザフトの次の狙いはどうやらここパナマらしいの。」
「奴等、あれで壊滅的な被害を受けたんじゃないんですかい? 」

そう言ったのは松葉杖をつくレヴィンだった。
もう熱も下がり、普通に生活する事は出来るようになったようだ。
彼が驚くのも無理はなかった。
JOSH-Aでの被害の後、時間もさほど空けずにこのパナマへ侵攻してくるなんて。

「ここで引いたら、ザフトも厳しいといったところかしらね。ここには、ザフトにとって脅威となるものがあるの。逆に言えばここを潰せば自国が攻撃される心配は少なくなる。」
「あっ、マスドライバーですねっ!? 」

サユがはじけるように答え、リエンがそのノリを継いで答えを返した。

「その通り! するどいねぇ、お譲ちゃん。そこで、君たちの次の任務はこのパナマの防衛という事になる。噂の『東アジアガンダム』と『座天使』の活躍、期待してるぜ? 」

ニカっと笑うリエンに、マナたちは苦笑で返した。
それほど期待されても、敵味方入り乱れての大戦経験はまだ皆無であったのだから。
唯一、先の北欧でのヴィグリード解放戦が大きな戦いと言えるが、ザフト・連合の兵力を結集させるほどの戦いは想像もつかなかった。
もっとも、マナたちだけでなくこの基地にいるほとんどの人間が未経験のことなのだが・・・。

「・・・ウォーレン大佐、ルフィード中佐。こちらも、ザガン准将からの任務報告があります。」

そう言って歩み出たのはマックス、メイズ、ユガそして北欧で新たにイカロスのテストパイロットとして雇われたメリリムの4名だった。
メリリムの処置は名目上のものでもあるが・・・。

「マステマ、イカロスを搬送し、ルフィード中佐にこれを渡すようにとザガン大佐から言付かっております。」
「おっさんから? ・・ああ、あれか。ご苦労さん。・・時に君らはこの後どうするんだ? 」
「はい、私はまだザガン大佐と契約中ですので、北欧基地に帰還して次の仕事をこなします。」
「「「え? 」」」

その答えに一番驚いたのはマックス以外の3人だった。
そんな話、一度も聞いていない。

「マ、マックスさぁん。」
「・・・マックス。」
「マックスさん? 」
「ユガ、メイズ、メリリム。お前たちはここで契約終了だ。しかし、ザガン大佐からの推薦状をもらっている。」

そういうとマックスは一枚の紙切れをギルスに手渡す。
リエンも覗き込むようにその書面を読んだ。

「・・・・マステマ、イカロスの操縦は非常に難解であり、ナチュラルのエースパイロット候補では勤まらないと考える。そこで、メイズ・アルヴィース、メリリム・ミュリンの両名を強く推薦する。また、負傷したスローンの操縦士レヴィン・ハーゲンティ少佐の補佐役・臨時副操縦士としてユガ・シャクティを推薦する。もちろんこの処置は、代役が見つかるまでの一時的な・・・・。」

読み終わる前に3人はマックスの方を見た。
マックスは微笑みながら言った。

「ま、そういうわけだ。面倒なら断ればいい。お前らの自由さ。だが、できたらナターシャの事を助けてやって欲しい。あいつが望んだ結果の行動だから、信じてはいるんだがな。」

3人はマックスの言葉に頷いた。

こうして当面の間、メイズ、メリリムはマステマ、イカロスに搭乗してスローン付きの臨時クルーとなり、ユガも副操縦士を務める事となった。
話に流されているようで、メイズとメリリムは少し困惑したがマックスの願いと、明確に自分のなすべき道を見つけるまではこれまで共に戦ってきたスローンのクルー達を守るために力を振るおうと納得した。

新たな仲間に皆が沸き立つ中、コウがリエンに質問をした。

「リエンさん・・じゃない、ルフィード中佐。お聞きしたい事があります。」
「リエンさんでいいよ。確か、コウだったな。なんだい? 」
「・・・ロイド・エスコールという人がこの基地にいると聞いたんですが。」
「ん? ああ、いるぞ。MSエースパイロット候補生だ。・・ああ、ちょうどいい。今MSの模擬戦をやってるところだからついて来な。じゃあ、ギルス・・・大佐は彼らを頼みます。」

そう言うとリエンは戸惑うコウと一緒に勝手に部屋を後にした。
作戦会議中に模擬戦を見に行くなんて・・・。
リエンのいい加減な性格に皆唖然としたが、ギルスとミリアは慣れているのだろう平然と話を進めていった。



施設の外に出て訓練場に向かうのコンクリートの道をフェンス沿いに歩くコウとリエン。

「ロイドと知り合いなのか? 君は。」
「・・いえ、ちょっとある人から聞いて・・・。」
「・・・ドクター・オセ? 」
「! 」

リエンの出したその名を聞いて、コウは足を止めた。
そして、リエンもいつになく真剣に話し始める。

「惜しい人を亡くしたよ。あんないいじいさん、他にいなかった。・・・・聞いたんだな。お前と、ロイドのことを。」
「・・ええ。オレは『ハーフコーディネイター』の失敗作で、彼は成功作だと。それで、一度会ってみなさいとクロウリーさんに言われました。」
「・・そうか。」

過酷な運命に翻弄され生まれたこの少年の事をリエンは複雑な想いで見つめた。
そして、意を決していう。

「会うのは構わない。会話をするのも。だが、ロイドにはまだ真実を言わないでくれ。アイツには、まだ早すぎる。時期が来たら、オレの口からちゃんと話すから。・・・頼む。」
「え・・・いえ。いいんです。オレもあんまり、その話は口にしたくないから。ただ、どんな人なのか、気になって・・・。」
「そうか・・・・。」

2人はまた、歩き出した。
そして、そこでは2機の練習用MS・MSP-000プラクティスが凌ぎを削りあっている。

「・・・あの赤いプラクティスがそうさ。ま、パイロットの先輩としてみてやってくれよ? コウ。」
「・・あれが、ロイド・エスコール・・・。」


「おらぁっ! 」

その少年の操る赤いプラクティスの簡易ビームサーベルが相手を捕らえた。

「そこまで! ロイド・エスコールの勝ちとする! 」

審判らしき士官が判定を下す。
コクピットハッチが開き、その少年が降りてきた。

黒い髪を適度に伸ばし、茶色の瞳は少年の性格を物語っている。
ロイドはこの士官学校でもトップクラスの実力の持ち主だった。

「まぁたロイドに負けた・・。なんでそんなに強いんだよ、お前。」
「なんでって・・・お前の攻撃は直線的すぎるんだよ。」
「それはお前だって同じだろが! 」

なにやら言い合いをする2名のパイロット候補生たちを見ながらコウはつぶやいた。

「動きが直線的ではあるけど・・・2人とも、かなり強いですね。」
「お、わかる? あいつらがここでのエース候補2位と3位さ。3位のヤツはオレの『弟子』なんだけどねぇ。いっつもロイドに負けるのさ。相性が悪いらしい。」

ロイドに敗れた少年の名は、ティル・ナ・ノーグ。
リエンと似たグレー色の短かい髪はワックスで前髪がツンツンに立っている。
しかし、そのグレーの瞳を持つ顔は16、7の少年にしては穏やかで幼く見えた。

すると、一際大きな歓声が別の方向から聞こえてくる。

そこにいたのは、青と緑のプラクティス。
青いプラクティスのカメラアイが光る。
そして、一呼吸おいてから簡易ビームサーベルを抜いた。

「う・・・うわぁぁぁぁぁぁっ! 」

緑のプラクティスのパイロットが叫ぶ。
一閃。
そして、あっけない決着。
緑のプラクティスの首が空を飛んだ。

「そ・・・そこまで! アキト・キリヤの勝ちとする! 」

「・・・あのパイロット、格が違う。あの機体の性能は知らないけど、あの動きは只者じゃないですね。士官の方ですか? 」

驚くコウにリエンが説明する。

「いや、あいつがここのエースパイロット候補のトップ。アキト・キリヤさ。」
「え・・・あれで、候補生なんですか? 」
「ああ。正直オレもびびるぜ。ロイドやティルは強いといってもまだムラがあるが、アキトはいたって冷静で隙もない。ウチの切り札ってとこだな。」
「・・・すごいな、ここは。みんなナチュラルなのに・・。」
「そういうお前さんだって、数ヶ月前までは全くの素人さんだろ? 充分すぎるくらいたいしたもんだと思うがね。」
「オ、オレの場合は・・・・。オレの力じゃないですから・・・。」
「? 」

コウの言葉に疑問を感じながらも、リエンは演習の終了したロイド達の所へコウを案内した。


「おい、アキト」
「・・・・」

このアキトという男、必要以外のことは口にしないため、ロイドが話し掛けても反応する事はあまり無い。
まぁ、毎度毎度のことなのでロイドは慣れていたが。

「またお前、手加減してなかったろ」
「・・・・・模擬戦とはいえ戦闘だ。気を抜く事は出来ん・・・・」
「はいはい・・・」

仲が良いのか悪いのか。それは本人たちにもよく分からない。
実に奇妙な二人であった。

「お〜、怖いなあ。アキトは。オレも一回くらいお前らに勝ちたいよ、ホント。手加減してくれ〜。」
「いやだ。」「断る。」

ほぼ同時にティルの冗談交じりの哀願を斬り捨てるロイドとアキト。

「そうだぞ! ティル。情けない事いうんじゃない! 腕立て200回だ! 」
「げ、リエン『師匠』! なんでここに!? 」

文句を垂れながら腕立て伏せに励むティル。

「・・・あなたの講義ではないはずだ。何故ここに? 」
「それに、その人誰です? リエンさん。」

アキトとロイドがリエンに質問する。

「彼は、今度このパナマ護衛のためにやってきた第49独立特命部隊のコウ・クシナダ中尉だ。優秀なMSパイロットだからお前らに紹介しとこうと思ってな。数々の死線を潜り抜けているから色々聞くといい。」
「リ、リエンさん。・・コウ・クシナダです。よろしく。」

リエンのとって付けたかのような紹介にコウは照れながらも挨拶をする。

「オレはロイド・エスコールだ!よろしくな、先輩。」
「・・・アキト・キリヤだ。」
「・・・オ、オレは、ティル・ナ・ノーグ! はあはあ・・・よろしくぅ・・。」
「こらこら、お前ら一応彼は上官だぞ? ったく。ま、後は頼むぞ、コウ。みっちり指導してやってくれ。」

そう言うとリエンはその場を後にした。

コウのブルーの瞳と、ロイドのブラウンの瞳が交錯する。
初めての、そして宿命の邂逅。
それを知るのは、この先もずっとコウの方だけ・・・。

そんなコウの奇妙な視線に気付いたロイドが声をかける。

「な、なんだよ。オレの顔、なんか変か? 先輩。」
「変だよ、変、変! な、アキト! 」
「・・ああ、美形ではないな。」

ティルとアキトがその返事に切り返す。
むくれるロイドにコウが慌てて話しかける。

「い、いや、そういうわけじゃないさ。・・・それに、コウでいいよ。戦場に出たのはオレの方が先だけど、オレが軍属になったのはつい最近のことだし。」
「んじゃ、コウ。話を聞かせてくれよ。今までのさ。」

コウは旅の全てを語った。
もちろん、メンデルの話やプライベートに関する話は一切しなかったが、その壮絶な戦闘と東アジアガンダム『ミコト』のシステムに、3人の候補生は目を輝かせながら聞き入っていた。
普段は冷静なアキトでさえ、よく見ると興味津々のまなざしを向けている。

「・・・で、そのツクヨミってやつを倒したのかい!? 」
「いや、逃げられたよ。でも、それでオーラルはヴィグリードから撤退したんだ。」
「「おお〜!! 」」「・・・・・。」

ロイドとティルが声を揃える。
アキトは無言だが、その表情は3人とも同じものだった。
オレだったらこうだな、オレならそれは無理だ、などMS戦のシミュレートをし始める 3人をコウは微笑ましく思った。

「くぅ〜〜〜、オレも早くダガーが欲しいぜ! な、アキト。」
「・・・・・ぁぁ。」

アキトも小声だったが返事を返した。
そんな2人を見てティルはニヤニヤと微笑みながら言った。

「実はオレ、ダガーよりも上等なMSもらえるかもしれないぜ。」
「なにぃぃ!! 」「!!! 」

驚くロイドとアキトにティルは言う。

「まあ、ひがむな、ひがむな。なんでもリエン師匠の専用機としてつくられたらしいけど、なんでか師匠は乗らないんだってさ。だから、弟子のオレが貰える・・・と思う。」
「ずっりぃ!! ティル、おまえ弟子ったってなにも特別な事してねぇじゃんか! 」
「・・・・リエン中佐の雑用係、だな。」
「う、うるせぇな。でも公認の弟子には違いねぇだろ!! それに、まだ貰えるかわかんねぇんだよ!! 」

ギャーギャーと騒ぎ出す3人(正確には2人)にコウがまあまあと話しかける。

「乗った機体の性能は確かに大事ではあるけど、もっと大事な事があるよ。」
「大事な・・・事? 」
「自分が、何のために戦うのか。どういう決意を持って戦うのか。それがないと、戦場では人間はもろくなる。」

コウの瞳は真剣だった。
そして、ロイドが聞く。

「じゃあ、コウは何のために戦ってるんだ? 」

一瞬間をおいて、コウは答えた。

「そうだな。初めは、真実を知るために・・・。今は・・・・いや、今もやっぱりそうかな・・。」
「・・真実? 」

ロイドの瞳とコウの瞳が再び交錯する。

「・・・君も、いずれ分かる日が来るよ。その時は、心を強く持つんだ。何があってもね。それが、君の力になる。」

コウは自分に言い聞かせているかのように言った。
ロイドは、いやロイドだけでなくアキトもティルもその言葉の意味がよくは分からなかったが、『戦場で戦うということは模擬戦とは比較にならない覚悟がいるのだ』という事は旅の話を聞いて充分に伝わっていた。

と、そこにミリアが現れる。

「話中にごめんなさいね。クシナダ中尉、リエン・・・・ルフィード中佐が呼んでいます。あと、ティルもよ。案内するからついてきて。」
「わかりました。アトレー少佐。」
「了解! 」

おもむろに立ち上がるコウと、対称的に元気よく立ち上がるティル。

「さて、新機体の受領かな〜! 」
「! ティル!! ・・・・・いいよなあ。オレもダガーでいいから欲しいぜ。」
「・・・・まだ、ティルがもらえるとは限らない。」

ロイドも、そして珍しくアキトもふて腐りながらコウ達を見送った。


再び司令室に呼び出されたコウとティル。

「コウ、すなないがお使いを頼まれてくれ。至急のことなんだ。」

そう言うとリエンは2枚のディスクをコウに渡した。

「これをオーブに届けて欲しい。」
「オーブに・・・ですか? 」
「ああ。既に話は通している。昔、シャクスからスサノオの海戦型換装パックなら長距離高速航行も可能だと聞いた。今は、色々と準備をしなければいけないから艦の一隻も惜しいのだよ。詳しい内容も言えないんだが、やってくれないか? 」
「ええ、別に構いませんが。」
「では、それをトダカという人に渡してもらいたい。それと、もう一つ頼みがある。」

そう言うと、リエンはティルの方に目を向けた。

「ティル、今日付けでお前は正式なMSパイロットだ。オレのとっておきをくれてやる。」
「え! マジっすかぁ!! やったぁぁ〜〜〜!! 」
「言っとくがな! お前はアキトやロイドと比べれば弱すぎる!! これをやるのは、その差を埋めるための荒訓練だ。そこをしっかり覚えとけよ! 」
「・・う・・・容赦ねぇっすね。・・・わかりました。ティル・ナ・ノーグ、心してお受けいたします! 」

敬礼をして返すティル。
コウも「よかったな」と微笑んだ。

「そこで、コウ。こいつのテストフライトも兼ねたいんだが、面倒見てくれないか? 」
「え・・でも。」
「安心しろ。こいつの機体はその名の通り空を駆ける雲さ。MSだから戦闘機ほどの超高速は出ないが、実験的に長距離飛行が可能なように設計されている。戦闘も近・中距離万能型だしな。」
「・・分かりました。海面から出来る限りサポートするよう心がけます。・・・でも、オレも訓練なしの素人兵ですからね、リエンさん。」
「あ、ああ。分かってる。だそうだ、ティル。しっかり頼むぞ! 」
「え、ええ!? そんな、オレの方こそよろしくお願いします! コウ『先輩』。」

先ほどのコウの戦闘の話を聞いてすっかりコウ先輩と呼ぶようになったティルに、コウは「こちらこそ」と微笑んだ。


パナマ基地のMSデッキで2機のMSのカメラアイに光が灯る。
ちょうど居合わせたサユが、管制役をやってくれた。

「海戦型換装パック『ワダツミ』・・・装着。」

新たな換装パックを装着したスサノオが、潜水艦用の発着プールにスタンバイする。

『ティル、準備はいいか。』
「は、はい。行けます! 」

コウの通信に、緊張するティルの返事が震える。
先ほどから3時間ほどかけて何度もOSの調整をしていたティルだったが、さすがにはじめてのMSでのフライトは緊張するらしい。

『大丈夫さ。ティル。オレ・・・というか、戦闘機乗りのプロがこっちにはいるから。ね、アモンさん。』
『そうさ、ティル! 『カリフォルニアの黒い風』が直々に教えてやるからありがたいと思えよ! ・・・本当は『ヤクモ』の方が見本を見せられたんだけどな! 』
「は、はい! ・・・落ち着きました。大丈夫です! オレはリエン師匠の弟子なんだ。この『クラウディカデンツァ』だって、乗りこなして見せる! 」

クラウディカデンツァと呼ばれたそのMSは、全身がグレーの機体であった。
といってもPS装甲ではない。
リエン専用に連合で作られたこのMSは、実は彼のこだわりを形にしたものだった。
それは、彼の『カラー』。

リエンは元傭兵部隊『カラーズ』のメンバーなのである。
とある事情で別れはしたが、最近になって彼らから連絡があった。
東アジアへ彼らを紹介したのもリエンなのである。
その時に見た、彼らカラーズが最近手に入れた『ZGMF-X-Cナンバーのカラーズ専用MS』を、リエンはとてもうらやんだ。
話によると、ストライク、バスター、ブリッツ、デュエルをベースに開発されているらしい。
そこで、彼も専用のMSを作らせていたのである。

型式はGAT-C109。
CはCOLLORSのCであった。
その機体はZGMF-X-Cナンバーを見習い、そして被ることのないようにGAT-X303イージスをベースとしたMS。
変形機構は失われているが、先ほども述べたように超距離飛行を可能とした機体であった。

『では、先行してスサノオが出ます。コウ、準備いい? 』
「ああ、いいよ。それにしてもサユ。」
『ん? 何? 』
「やっぱり、サユが送ってくれるとしっくり来るね。」
『なぁに? 突然っ。褒めても何もでないわよ? ・・気をつけてね、コウ。クシナダ機・スサノオ、発進どうぞっ! 』

スサノオの≪ワダツミ≫が唸りをあげて海中へと潜航してゆく。

『ティル君! フライト後は海面に浮上してくるスサノオとあまり離れないようにね。』
「了解です、サユさん! 」
『カタパルト接続! ノーグ機・クラウディカデンツァ、発進どうぞっ! 』
「クラウディカデンツァ、ティル・ナ・ノーグ、レディー・ゴー!! 」

雲を切り裂くようなスピードで、そのカラーズMS最後のグレーの機体は空へと飛び出した。
一度発進してしまえば、ティルも優秀なパイロットである。
アモンが檄を飛ばすが、心配は何も要らなかった。

2機は南を目指して航行する。



「最初に言っておくよ、ナターシャ。」

とある研究施設のような場所の廊下を歩きながらディノは言った。

「今から向かう先に、シャクスはいる。だが、期待はしない方がいい。いいね。」
「・・・どういうことです? 」
「・・会えば分かるさ。」

そして、ディノはおもむろに一つのエアロックの前で立ち止まった。

「ここさ。」

そういうとエアロックが開かれる。

小規模なMS格納庫らしきこの場所には7機のMSが所狭しと並んで立っていた。
普段のナターシャなら眼を輝かせて喜ぶような光景であったろう。
しかし、真っ先に眼に飛び込んできたのは・・・。

黒いマント状のコートを羽織る緑髪の男。
しかし、その頭には寝癖のかけらも見当たらない。
それでも、それはまごう事なき・・・。

「・・久しぶりですね。ナターシャ。」
「・・・せ・・・せんせぇ・・。先生!! 」

ナターシャがシャクスに抱きつく。
ディノは鼻の頭をかきながら眼をそらし、エアロックを閉めてもたれかかる。

「心配しましたよ、先生。」
「・・・・それはすみませんでした。皆さんは元気ですか? 」
「はい。マナさんも、コウさんも、みんな。それより、なんで・・・・連絡してくれなかったんです!! 」

ナターシャのその問いにシャクスは眼をそらして答えた。

「・・・する必要がなかったからです。」
「・・え。」

ディノがため息をつき、そしてシャクスが続けた。

「私はスパイです。元々連合軍に忠誠を誓ったものではないのですよ。むしろ、あなた達の・・・・・敵です。」
「!!!!! うそ・・・嘘でしょ、先生! そんな・・」
「本当さ。」

答えたのはディノだった。

「彼の本当の名は、シャクス・モア・イソラ。オーブ5大氏族の一人、イソラ家の最後の一人・・・。」
「え・・。」
「ディノの言うとおりです、ナターシャ。事情はいえませんが、私は私の目的のために生きている。それを邪魔するなら・・・・あなたも敵です! 」
「せ・・・・先生・・。」

いつになく冷たい響きで語るシャクス・モア・イソラの声にナターシャは愕然とした。

「ディノがあなたをここに連れて来たのは、彼の希望です。私は会うつもりはありませんでした。そして、もう2度と会うこともないでしょう。」
「シャクス! ・・・・いや、いい。そういう事だ、ナターシャ。キミには残念な結果になっただろう? 」

ディノの言葉もナターシャの耳には入らない。
取り乱し、シャクスのマントを掴み、食いつくナターシャ。

「嘘よ、嘘だって言って! そ、そうよ、きっと操られているんだわ! そうでしょ、ディノ!! それか・・別人ね!! あなた・・」

パァァァァン!

乾いた音がドックに響き、ナターシャの右頬が赤く染まる。

「取り乱すくらいなら・・・その程度の覚悟なら私の前には2度と顔を出すな!・・・・・・ 前々から思っていたがな、任務とはいえ甘ちゃんのお前のお守りをするのにはうんざりだったんだ! さっさと故郷にでも引っ込みなさい!! ・・・ディノ! 連れて行って下さい! 」

そう言うと、シャクスはその部屋を後にした。

「せん・・せぇ・・う、ううぅぅ〜〜〜〜。」

その場に泣き崩れるナターシャ。
ディノはその側に立ち、見下ろしながら言った。

「・・シャクスは本当に演技過剰だね。喜劇は得意のようだが、悲劇は苦手なようだ。」
「・ひっくっ・・えぇ? 」
「・・・付いて来い。ナターシャ。」

そういうと、ディノはナターシャの手をとってドックを駆けて行った。
そして、一体のMSの前でその足を止める。
それは独特のフェイスを持った銀色の機体。

「こ・・・これ。」
「そうさ、シャクスがキミのために作っていたMSさ。」

その銀色の機体にナターシャは見覚えがあった。
それもそのはずだろう。
これは、彼女が設計したものなのだから。

「MBF-03Mi-fN 月式(ゲツシキ)。オーブで作られたからMBF。ツクヨミのコンペ機だから03Mi。じゃあ、fNは何の略だと思う?」
「・・・? 」
「『for Natasha』だってさ。ほら。」

そういってナターシャが手渡されたのはマニュアルらしきものだった。
いや、これもナターシャが作ったものだった。
しかし、その上からはびっしりとシャクスの字で訂正や捕捉が書き込まれている。
それは、どれもナターシャの乗り物を運転する時の癖を想定して・・。
ナターシャはそれを抱きしめながらつぶやく。

「・・あれほど、MSには乗るなって・・・言ってたのに・・・。」

涙がまた頬を伝う。
そこに差し出された白い布。

「・・・コレ。使いなよ。」

ディノの差し出すハンカチを意外そうに受け取りながらナターシャは涙を拭った。
それを複雑な表情で見ながらディノは言った。

「コレに乗って、キミは行け! 」
「え・・・でも。」
「シャクスの最後の言葉は嘘だが、ヤツがイソラの人間で、何らかの目標のために動いているというのは本当さ。ヤツがキミと会うことを了承したのは、キミを逃がすためにだ。」
「でも、そんなことしたら、あなたも・・。」

心配そうに見つめるナターシャに、ディノは腕組みをしながら見下すようにして言った。

「ボクを誰だと思っている? F.A.I.T.H.のディノ・クシナダ特務兵だぞ。キミに心配されるほど落ちぶれてはいないさ。・・・それに。」
「・・・それに? 」

ディノは言葉を詰まらせながらも言った。

「北欧基地での兼の侘びを・・・まだ、してない。・・・これでチャラだぞ。い、いいな? 」

一瞬何のことかと思ったが、すぐに思い出したナターシャは唇をとっさに隠しながらいたずらに微笑んで言った。

「・・これで、チャラでは軽すぎます。」
「う・・・し、知らん! キミだって、ボクの部屋に勝手に入ったじゃないか! 」
「ああ、あれはすごかったですね。踏み込んだとたん、わんわん泣いてるんですもん。」
「な・・わんわんなんか、泣いてないさ! 失敬な! ・・・あれは、友人が死んで・・・。いやそんなことはいい。さあ、早く乗れ。シャクスから聞いたが、キミは初見で何でも乗りこなせるんだろう? 」
「・・・ありがとう、ディノ。」

そう言うと、ナターシャはディノの頬に軽くキスをした。
アイリーンを真似たつもりなのだろうが、ディノの顔は見る見るうちに真っ赤に染まる。

「い、い、行け! 早く! 」
「ハンカチ、返します。」
「それは、やる! キミは泣き虫だからね。ほら!! 早く。」

無理矢理ラダーを持たされコクピットに乗らされたナターシャは一人つぶやいた。

「自分だって泣き虫のくせに・・・。」

そして、そのMSを起動させる。

キュィィィ・・・

MSと一体となるような感覚がナターシャを包む。
いつものように、ナターシャに語りかけてくるメカの声・・・。

「・・ええ、これならいけるわ。・・・行きましょう、月式! 」

その銀色のMSはディノの開けたハッチを飛び出し、空へと駆けていった。

「フン。ボクとしたことが、らしくない事をしたものだ。」

そう言いながらもディノはまんざらではないといった微笑を浮かべていた。

〜第28章へ続く〜


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