〜第23章 悲しみの月〜

ナターシャは街を歩いていた。
空には、大きな満月が輝いている。

こんな時に不謹慎だとは思ったが、とてもなつかしい。

北欧の街・ヴィグリード。
ナターシャの故郷であり、かつて『ヴィグリードの悲劇』の舞台となった場所であり、今はオーラルに占拠されてしまっている非業の街。

襲われた時なのだろうか。
多少の損壊が見受けられるが、その石造りの街並みは変わっていなかった。
人の気配を感じない事以外は。

ほくほくのコロッケを売っている惣菜屋があって、その先に駐在所。
そして、そこから続く坂道を登ってゆくとその頂上には・・・・・・。

ナターシャは自分の目を疑った。
いや、分かっていたはずなのだが・・・・・。

そこに建っていたのはもちろんナターシャの大好きだった母校の姿ではなかった。
燃え尽きたはずの校舎があるはずもなかったが、そこに建つのは3階建ての洋館。
見張り台のなのだろうか、一際高い吹きさらしの塔がそびえている。

それは、オーラルのヴィグリード管理のための屯所とも言うべき根城であった。
そして、その校舎の裏手だったところには軍事基地らしき倉庫の屋根が見え隠れしていた。

後ろ手に縛られたままのナターシャはその校庭だった場所の真ん中まで駆け、一人立ち尽くした。

「あらあら、そんなに西洋の館が珍しいのかしら? お姫さま? 」

声をかけてきたのはナターシャを連行していたペルセポネであった。
あの後ディノのツクヨミはオーラルの基地に一度帰還していた。
ディノは明日の準備があるということで、オーズやカルラ達は一足先にヴィグリード入りをしていた。
それだけではなく、オーラルの戦力の半分以上をヴィグリードに集結させている。
これには、ライルも最初は反対していたが、最新型のMSをオーラルに数機受領させるというディノの条件で手を打った。

特に、ペルセポネが受領する事になった機体には、ライルも思わず笑みをこぼしてしまった。
もっとも、その機体はこれから手続きをとってプラントから輸送されるようであり、 明日には到底間に合わないのであるが、先を見据えた投資と考えディノの作戦に従った。
得であると判断すれば、なんでも利用する。
ライルのそのしたたかさが今までの彼の地位を築いてきたのだから。

話は戻るが、そんなわけで明日のドクター・オセとの交渉に必要な人質であるナターシャは、ディノの命でペルセポネに連れられてヴィグリード入りをしたのであった。
ペルセポネは、ディノが「丁重に扱ってやれ・・・。」といつもより不機嫌そうに言っていたため、何かあったことを悟りナターシャの事を『お姫様』と呼んでいた。

「ここ、あなたの故郷なんですってね。お姫様。」
「・・・・なんで、知ってるんですか? 」
「ンフ、ディノが言ってたからよ。」

いたずらに笑うペルセポネをナターシャは睨んだ。

「こんな辺境の街にオーラルのお城を作ったりして、一体何のつもりなんです!」
「あら、まずかったかしら? 私たちが占拠した時はここは空き地だったんだけど? それとも、このキレイな街並み壊して作った方がよかった?」
「ふざけないで下さい!! 」

感情をあらわにして怒鳴るナターシャにペルセポネも苦笑する。

「あら、怒っちゃった? ごめんなさいね。でも、これも戦争ですもの。仕方ないでしょう? この街、気に入っちゃったんだって。ライル司令が。」
「・・・・・・・。」

これ以上話をしても無駄だと考えたナターシャは黙り込んだ。

「・・・キミ達はなにをノロノロとやってるんだい? ボクより早く出ておいて。」

ザフトの黒服を纏ったディノが後ろから合流したらしく声をかけてきた。
ナターシャと一瞬目が合うが、お互いに目をすぐにそらす。

「・・・はあ、ボクは少し疲れたから先に休む。ペルセ、その子を頼むよ。」
「? ・・・・ええ、了解したわ。ディノ。・・・いえ、クシナダ隊長? 」

ディノは無言で手を軽く挙げ足早にその洋館の中に入っていった。

「あらあら、お姫様も王子様もご機嫌斜めってところね。ンフフフ。」

ペルセポネも笑いながらナターシャを連れて中へと入った。
入って、すぐ部屋に通されるかと思いきやナターシャが最初に連れてこられた場所はお風呂であった。

遠慮するナターシャを歯牙にもかけずペルセポネはお風呂へと入れた。
もちろん手錠ははずし、自分が外で見張りをして。

一人で入るにはあまりに広いその大浴場の浴槽の中に肩までつかり、ナターシャは今日までの事を思い返す。

東アジアでコウさんと出逢って、旅が始まって。
砂漠でお姉ちゃんと再会して、死にそうなほどの戦いを切り抜けて。
そして、・・・・先生を失って・・・・。

!!

ナターシャは思い立ったかのようにして浴槽から立ち上がり、浴場を後にした。

「・・先生の事、コウさんの弟に聞かなきゃ!! 」

行方不明であったシャクスをさらった本人がすぐ近くにいるのだ。
探し出してでもシャクスの居所を聞き出さなければ!
そう思い、急いで服を着たナターシャだったが・・・。

「・・・何、コレ・・・。」
「まあ、よく似合うわ! ホントのお姫様みたい!! ンフ、カワイイ。」

ナターシャの整備員服はそこにはなく、あったのは中世の貴族が着る様な丈長のスカートのあでやかな白のドレスであった。靴も作業靴ではなく、ハイヒール。色はペルセポネの趣味なのだろう薄い桃色。

「私がさっき買ってきたのよ。この街で。」
「・・・人がいないのにですか? 」
「ええ。お金はちゃんと置いてきたわ。いわゆるセルフサービスね。」

ニコニコ笑うペルセポネが一体何をしたいのかとあきれながらも、ナターシャはそのまま脱衣室を出て足早に廊下を歩いてゆく。

「ちょっと、お姫様。どちらへ行かれるおつもりでしょう? 」

ペルセポネも姫に仕える侍女の気分を楽しむように手錠もかけずナターシャについて行った。

「・・・あのディノってヒトの所に行きます! 案内してください。」
「まあ! 王子様にお姫様が夜這いなんて!! ンフフフっ、面白いわね? いいわ、案内してあげる。こっちよ? 」

そういうとペルセポネは入り口の吹き抜けのある部屋の大階段を上り、2階の最奥の部屋にナターシャを連れて行った。

「この部屋よ。」

ペルセポネがノックをしようとしたその時だった。
ナターシャはいきなりドアノブを回して中に駆け込む。
突然の事でペルセポネも止められなかった。
そして、開口一番ナターシャは叫んだ。

「あなたに聞きたい事があります!! 答えてもらい・・・・」

その言葉をナターシャは最後まで言う事が出来なかった。
ナターシャの目に映ったその白髪の少年の顔に驚いたからだった。

その青い瞳からは頬を伝って悲しみの雫がとめどなく流れている。

突然の事に動揺しながら、ディノは手にしていた写真を床の上に落とし、顔を急いで拭い背を向けながら言った。

「な、なんだ! キミ達は!! ノックくらいしろよ! ・・・・・・・まあ、いい。何のようだ。」

ナターシャは先ほど床に落ちた一枚の写真に目を向けた。
そこに映っていたのは、今よりももっと幼いディノと・・・・・同年齢くらいの緑の髪の少年だった。

「写真・・・・落ちましたよ。」
「! 」

ナターシャの一言にディノは素早く写真を拾い上げ、また背を向けて怒鳴り散らす。

「だから、何の用だといってるんだ!! さっさと用件を言え! 」
「先生は・・・シャクス・ラジエルは今どこです! 」

ディノの言葉にナターシャも自分の本題をストレートにぶつけた。
ディノは深くため息をつく。

「・・・そんな事で、キミはボクの部屋に怒鳴り込んできたのか・・・? 」
「! そんな事って何です!!! 私はずっとその事が気になって・・・。苦しいんです!! 」

そういうナターシャの両腕を掴み、ディノはそのままナターシャの体を乱暴に壁に押し付ける。

「そんな事さ!! そんな事じゃないか!! キミの苦しさなんて!! 」

ディノのものすごい剣幕にペルセポネもナターシャも絶句する。
そして、昼間のあの忌まわしい出来事がナターシャの脳裏をよぎり、ナターシャは顔を伏せ唇を硬く閉じる。
眼からは涙があふれてきた。

見かねたペルセポネが止めようとした時だった。
ディノは自らその手を離し、再びナターシャに背を向けた。

「・・・くそ、今日のボクはどうかしているな・・・。もう、出て行ってくれ! ・・・ペルセ。」

ペルセポネを鋭い眼光でにらみつけたディノに、ペルセポネも無言で頷き、嫌がるナターシャを無理やり連れ出す。

「先生は! 先生は無事かだけでも・・教えて!! お願い!! 」
「・・・無事さ。なんなら、会わせてやってもいい。だが、今日はもう寝ろ。」
「え・・・・。」
「ペルセ。連れて行け。」
「ええ、おやすみなさい。ディノ。」

2人はそのまま、ディノの部屋を後にした。

「・・・・イヤなところを見られてしまったな。・・・それもこれも、キミのせいだよ。どうやらボクにもキミの甘ちゃんがうつってしまったらしい。」

写真に写るかつての友人に話しかけると、ディノの胸を言いようのない痛みが締め付ける。
しかし・・・。

「この胸の苦しさはいつか癒えるとしても、ボクの本当の『苦しみ』は果てる事はないというのにな。ボクが死んで、塵となるまでは・・・。逆にキミがうらやましいと思うよ、ニコル。」

ディノの瞳は、窓の外の月を映していた。



明朝08:00、第49独立特命部隊と傭兵、レジスタンス、そしてザフトの捕虜兵たち、『ヴィグリード解放軍』はレジスタンスベースを出発した。

旗艦はスローンと『パワァ』の2艦である。

『パワァ』とは、レジスタンスのフィリスが命名したメイズ達が乗ってきた傭兵の輸送艦の事である。
名称がないのも呼びにくいので、スローンの『座天使』という天使の名に真似て、『能天使』の意味をもつパワァと名づけられたのである。
また、エンジン効率がすこぶるよく、エネルギー補給なしでもかなりの長時間航行が可能なための「パワァ」でもあった。そのかわり、武装がほとんどないのだが・・・。

「どうかしら? うまく行きそう? 」
「は、は、はい! 大丈夫です! 大体コツは分かりました。レヴィンさんの代わりは僕がやりますから!! 」

スローンの操縦桿を握っているのはユガであった。
レヴィンは命に別状はないのだが、まだ熱が下がらず操縦は無理だった。
それでも本人のたっての希望で、スローンの医務室に乗船する事となったのだ。
そして、レヴィンと一緒にいて何も出来なかったユガが責任を感じて代役を立候補したのだった。

ユガは今までパワァの操縦をやって北欧まで来ていたのと、レヴィンに操縦の事を少しだけ教わっていたので何とか戦闘用輸送艦であるスローンの操縦もやっていけそうであった。
最も、戦闘が始まったときが、その真価を問われるときなのだが。

そういうわけで、パワァの操縦はレジスタンスのマヒルがやっていた。
このように複雑に乗り込んだ『解放軍』の現在の戦力をまとめると以下のようになる。

[スローン]
操舵手:ユガ
艦長:マナ
乗員:サユ、シュン、フルーシェ、ブリフォー、マックス、リース(、レヴィン)、クロウリー(ドクター・オセ)
搭載MS:ガルゥ、ザナドゥ、ジークフリート、ジン・カスタム、

[パワァ]
操舵手:マヒル
艦長:フィリス
乗員:コウ、メイズ、メリリム、ガルム
搭載MS:スサノオ、マステマ、イカロス、シグー・カスタム

MSも数は均等に、戦力は多少パワァの方に強力なMSをという配属とし、捕虜の二名はそれぞれ別々の艦に乗せる事となった。
それでも、メイズと同じ艦に乗れる事を心なしかメリリムは喜んでいるようだった。
マニュアルを熟読し、何度もシミュレーションを行ったせいか、少々眠そうではあるが。

レジスタンスの方は総大将ガルムとその右腕のフィリスまでが参加し、完成したばかりのシグー・カスタムを今回初投入する事となった。
なんと、今回はガルム自らが乗るらしい。

マヒルやリースはおろか、フィリスですらガルムがMSに乗っているのを見たことすらないのだが、ガルムは「これが最初で最後さ。心配するな、ヒヨッコども。」と言い放った。
ガルムにも、今回の作戦には胸に秘めた決意があるようだ。
ジン・カスタムには愛用のバクゥが中破したリースが搭乗する。

まだまだ一艦隊のそれと比べれば小数ではあるが、コウはこの旅始まって以来の大所帯での戦闘に様々な覚悟を決めていた。

皆を守り、ナターシャを助け、ディノを・・・・・・。
月の神を駆る弟との戦いを避ける事は出来ないのだろうか。
一抹の希望を胸に、スローンとパワァの2艦の天使は北欧の大空をはばたいた。


「もうそろそろ、ヴィグリード上空であります! 艦長! 」
「サユ。通信を開いて。オーラルに呼びかけをします。」
「了解です。・・・・マナさん、どうぞっ。」

午前10:06―。
スローンからのマナの通信がヴィグリードの簡易司令本部に入った。
そこには、ディノをはじめ、オーラルのエースパイロット達3人と、カルラ―即ち、ディノ・クシナダ強襲部隊『クレセント』の面々の姿があった。
よく見れば、ライルの姿も見える。

「・・・来たね、コウ。セフィ、こちらからも通信を送る。回線を開け。」
「了解。」

『時間通りによく来たね、連合軍とレジスタンスの諸君。早速だが、そちらに乗っているクロウリー・オセを今すぐ引き渡してもらいたい。彼と交渉の後、やり合おうじゃないか?正々堂々とね・・・。』

ディノのその通信にマナは答える。

「その前に、我が軍のナターシャ・メディール軍曹を返していただきたい!無事なのかどうかの確認もさせていただく!」
『なら、光学映像もつなごう。そちらもクロウリーを見せてくれよ。』

ドクター・オセとナターシャはお互いの顔をモニター越しに相手軍に見せあった。

「・・・ディノ。おぬし、ワシを連れて行きたいのならワシだけを狙えばいいじゃろう!」
『そうしようかと思ってたんだけど、あんた強情だからね。そんなことしても要求を呑んではくれないだろう?』
「ワシが行けば、ナターシャは返してくれるのじゃな。ディノ。」
『それは、あんた次第さ、クロウリー。まずは来てもらおうか?話はそれからだ。・・・それに、どちらにせよ君たちの2艦は帰れはしないよ。ここで、ボク達と戦って・・・果てるんだから。』
「く・・・悪趣味なヤツじゃな。よかろう。コウに送らせるが、よいの!」
『コウに・・・?まあ、いいさ。では、街の丘にある洋館の前の広場に降りなよ。元校庭らしい。そこで会おう。』

通信が切れた後、コウはスサノオでスローンの方に移り、コクピットにドクター・オセを乗せた。

「コウ! 気をつけてね。あのディノってコ、なんか怖いわ・・・。」
「そうだね、サユ。・・・・バカ弟に会ってくるよ。」
「あ・・ご、ごめんなさい。私・・。」
「いいさ、オレも・・・少し怖い。・・・・・行くよ、サユ! 」

スサノオは不安を抱えたコウと、決意を胸にしたドクター・オセを乗せてヴィグリードの街へと降りていった。

『お久しぶりです。ドクター・オセ。とは言っても、オレはシステムの偽者ですけどね。』
「いやいやいや、アモンか。久しいのう。おぬしがコウのナビゲーターじゃと聞いた時は驚いたわい。おかしな話じゃが、元気そうで何よりじゃ。」

「そういえば、クロウリーさん、アモンさんと知り合いだって言ってましたよね。」
『ああ、5年前オレが北欧基地に行ったときにオレの戦闘機を見てもらったんだ。』
「・・ヴィグリードの悲劇の時じゃな。お前さんが来たのは。」
『ええ、またこんな形で来るとは思いませんでしたがね。』

「これも、ワシらが産んだ悲劇・・・・いや罪じゃな・・。コウよ。よく聞きなさい。」

真剣に語り始めるドクター・オセの言葉にコウは操縦桿を握り締めながら耳を傾ける。

「今のディノは道を誤っておるのかも知れんがな、何があっても決して恨んだり責めたりはしちゃいかんよ。」
「・・・? 」
「いずれ話そう。そう、この決着がついた後にでも、の。・・・・すまん。」

ドクター・オセの言葉の先をコウは聞きたくて仕方がなかったが、今は目の前の事に集中する事にした。

ディノを恨むな・・・・?

しかし、その言葉はコウの頭から離れなかった。


バクン。

着地したスサノオのコクピットが開き、ラダーを使ってドクター・オセがその校庭跡地に降りた。

そこに待つのはディノただ一人だった。
下手な真似をすればどこかに狙撃班が潜んでいるのかもしれないとコウは身構えた。
実際は、ディノ一人であったのだが。
周囲を注意深く警戒しながら続いて降りようとするコウにディノは銃を向けて言い放つ。

「ご苦労だったね、コウ。あんたはもう帰りなよ。邪魔さ。」
「ディノ! ナターシャを返せ!! 」
「それは、このじいさんの答えを聞いてからさ。それにあの紫のジンのパイロットから聞いてるだろ? これからボク達と戦争をして、ナターシャ・メディールはその後で解放するって。ボクは言ったよ? 」
「ふざけるな!! お前・・・。」

頭に血が上り、腰の銃に手をかけようとしたコウを制したのはドクター・オセだった。

「コウ! ワシに任せなさい。お前はパワァに戻るんじゃ。」
「クロウリーさん!? ・・・分かりました。」

右手を挙げてVサインを出すドクター・オセの後姿を見ながらコウのスサノオはガルム達のいるパワァに戻った。

「・・・さて、部屋を用意している。話をしようか。・・・・・・・・クロウリー『おじいちゃん』。」
「・・・・ええじゃろ。そのかわり、ナターシャも一緒じゃぞ。・・・・案内せい。」

二人は洋館の中に消えた。



「え・・・・!? 」

洋館の応接室のような部屋の中で、ドクター・オセとディノの会話を聞いてナターシャは驚きを隠せなかった。
ナターシャを後ろで見張っていたペルセポネも同様に驚く。

「・・・・それが、お主に対しての償いになるというんじゃな・・・。」
「償い? そんなものはあんたにはできはしないさ。あんたにできる事は、ただ一つ。兵器を作る事だけ。違うかい? 」

重苦しい沈黙が、周囲を包む。

「・・・・・よかろう。ただし、ナターシャは帰してやりなさい。この子には関係ない事じゃ。」

その言葉にディノは大きく反応した。

「関係ない・・・? ふふっ、そうだね。関係ないね。でもね、それが余計にボクの神経を逆なでするのさ!!彼女はあんたを従順にする道具としてボクの側においておく。そんなに早く彼女を解放したければ、さっさと仕上げてくれればいいよ。」
「ディノ!! おぬし、約束を破るつもりか!! 」
「ふふふっ、だから戦うんじゃないか。約束をしたやつらが全員死ねば、守る意味もないだろう?」
「・・・く!!!・・・おぬしは、・・・・いや、もはや何も言うまい。この基地のドックに連れて行くがいい、もはや一刻の猶予も惜しい。」
「いいだろう。ペルセ、案内して差し上げろ。その子はボクが預かる。」
「え・・・ええ、わかったわ。・・・クシナダ隊長。」

そういうとドクター・オセはペルセポネに連れられて部屋を出て行った。
去り際に呆然とするナターシャに一言つぶやいて。
「本当にすまない。」と。

「・・・これで、わかったかい? ボクの苦しみと彼の償いきれない罪が。いや、『彼ら』が正しいよね。ラウム・メディールとグラーニャ・メディールの娘、ナターシャ・メディール・・・! 」
「・・・・・・! わ、私・・・。」
「知らなかったんだろう? どこまで知ってて、どこまで知らなかったかはともかく・・・・・。コウも同じさ。あいつはそんな事気にもせず、今までのうのうと生きてきた。いや、生きてゆけた!! 許せないと思わないかい? ・・・・同じはずなのに!! 」

「・・でも、でも、コウさんは・・・・」
「だから!! ・・・・だから、ボクは、『ボク達』は戦うのさ。今日この場で、あいつとボクの運命にケリをつける!! ・・・・・コウを、殺して! 」
「・・・!!! 」

ディノの狂気はもはや誰にも止められなかった。
ナターシャはそんなディノをただ、ただ、見つめていた。
その瞳に映る色は、悲しみと哀れみの銀。



ヴィグリードのMSドックでは、5体のMSのカメラアイに決戦の光が宿っていた。

「やっと、出番みたいだぜ。今度こそあいつらぶっ潰してやる! 」
「・・・カルラ。意気込むのはいいけど、街は極力破壊しない事よ。今は、私達の町なんだから。」
「それは、オーズに言えよ! セフィ。だってさ、オーズ!! 聞いてんのか!!? 」
「ん〜・・・・・ム・リ・ね。もう欲求不満で気が狂いそうなの、私! 今日は最強のレッグユニットだしねぇ〜〜〜。ああ〜、早く殺りてぇ〜〜〜〜〜。」

よだれをたらしながら妄想にふけるオーズの様子をコクピットから見てカルラもセフィも絶句したが、ペルセポネだけは笑いながら言った。

「ンフフ、これはダメね。オーズはまた、ヴィグリードの悲劇を起こすつもりだそうよ? どうしましょうか、ディノ? 」

14歳の美女に呼ばれた黒服の総大将は隊員全員に言った。

「今日は遊びじゃないぞ。目標は敵軍の全滅だ。MS一体たりとも、いや一人たりとも逃がすな! ・・・・・皆殺しだよ!! 」

「「「!! 」」」 
いつも以上に真剣で冷酷なディノにカルラ、セフィ、ペルセポネは驚き、

「わ〜お。サイコウ! 」 
オーズはすこぶる喜んだ。

「もうひとつ先に言っておくが、スサノオの相手はボクがする。もし、手を出せば・・・・キミ達でも容赦なく殺すからね・・・・。分かったな! 」

その静かな気迫に、オーズですらつばを飲み渋々了承した。

「では、健闘を祈るよ。ディノ・クシナダ、ツクヨミ、さあ、行こうか! 」
「カルラ・オーウェン、ツヴァイ、出るぜぇ!! 」
「セフィ・エスコール、ファーブニル、発進します。」
「ネビロス・ベルダンディー、フィーア・ヘルモーズ『スレイプニル』、・・殺って来るわ!! 」
「ペルセポネ・ディナ・シー、ジン・アサルトシュラウド、行くわね。」

強襲部隊『クレセント』の5体のMSが北欧の空に飛び出した。
そして、旗艦である真紅の天使もその姿を現す。

「ヴァーチューか。悪くない艦だな。この艦があのスローンとか言う金色の2番艦というのなら先代には消えていただこう!」

その艦長席に座るのは、今朝合流したオーラルの首領、ライル・セフォード。

さらに続いて量産された通常色のジン・アサルトシュラウドがグゥルに乗り6体。
かつてメイズが乗っていたディン・ハイマニューバが量産されていたらしく、4体。
通常のディンが15体。
バクゥ8体。
地中型グーン7体。

そうそうたる数と性能のMSが投入された。
その戦力はオーラルの戦力の半分以上と言わず、ほぼ8割。
ライルも北欧基地からの攻撃がないと判断して徹底的にやる構えを見せ、今朝さらに増援を引き連れてきたのである。

大軍の先頭を飛ぶ黄金の月の神からディノが通信を送る。

『連合軍、レジスタンスのゴミどもの諸君! さあ、開戦だ!! 存分に戦おうじゃないか!!! ・・・コウ! ボクが相手だ!! 来い!! 』

コウはスサノオのコクピットでその通信を聞いていた。

「・・・ディノ!! 」
「スローン、総員、対艦・対MS戦闘用意!! MS全機発進を!! ザナドゥはスローン周囲にて待機! 」
「パワァもMS発進です! イカロスは、ザナドゥに同じく! 」

マナとフィリスの檄が飛び、それぞれの決意を胸に待機していたMSのパイロット達の愛機に命が宿る。

「カタパルト接続! システムオールグリーン! フルーシェ! 頑張って!! メディール機・ガルゥ・『ビューティフル』発進、どうぞっ! 」
「ええ、この街はわたくしにとっても一応故郷ですわ!! オーラルなんかの好きにはさせないし、ナターシャも返してもらいますわ! フルーシェ・メディール、ガルゥ・ビュ〜ティホ〜、出かけますわ!!」

新たにパワーアップした空を翔るケルベロスが!

「ジークフリート機・ジークフリート発進、どうぞっ! 」
「・・・ゼクファーナ。オレは、今度こそ!! マックス・ジークフリート、ジークフリート、出る! 」

勇者の名を持つ男と、同じ名を持つモビルスーツが!

「リシアイル機・ジン・カスタム発進、どうぞっ! 」
「あはっ、笑って迎えに行ってやるよ、ナターシャ!! リース・リシアイル、ジン・カスタム、行っくぜぇぇ!! 」

ナターシャと同じ銀色の髪の少年の駆るカスタム機が!

「ブリフォーさん、フルーシェをお願いしますね。バールゼフォン機・ザナドゥ発進、どうぞっ! 」
「ちぃ、オレはスローンの護衛だけしかしないからな!! ブリフォー・バールゼフォンだ、ザナドゥ、出るぞ!! 」

蒼き魔王が、座天使のカタパルトハッチから射出される。

「パワァも発進シークエンス行きます。ちゃんと帰ってきてくださいね司令。ガルム機・シグー・カスタム発進、どうぞ! 」
「気をつけろよ!ガルムさん!」
「ああ、フィリス、マヒル。終わったらうまい酒でも飲もう! ガルム、シグー・カスタム、行ってくる! 」

レジスタンス最新のカスタム機が!

「アルヴィース機・マステマ発進、どうぞ! 」
「多勢に無勢・・・。迷えば負ける、か。いいだろう! メイズ・アルヴィース、マステマ、発進する! 」

迷いの路を名に持つ男と憎悪の名を持つ赤紫のガンダムが!

「あなたはパワァの護衛です。この艦は武装がほとんどないから頼みますね! ミュリン機・イカロス発進、どうぞ! 」
「メイズが、ブリフォーが戦うんだもの。私だって! メリリム・ミュリン、イカロス、行きます!! 」

そして、迷える男を想う少女とギリシャ神話の堕天の者の名を冠する美しい翼を持ったガンダムが、パワァのハッチから飛びだした。

そして、

「コウ、くれぐれも無理はせず、冷静にね。アモンさんの指示をよく聞くように。クシナダ機・スサノオ発進、どうぞ! 」
『・・・だとさ、コウ。準備はいいかい? 』
「ありがとうフィリスさん。・・・ええ、アモンさん、行きましょう。コウ・クシナダ、スサノオ、出ます!! 」

嵐の神の化身が、コウとアモンというダブルフェイスを乗せ大空へと飛び出した。
背部空戦型換装パック≪ヤクモ≫が唸りを上げ向かう先はただ一つ。

同じ『ミコト』の名を冠し、同じくダブルフェイスを持つ冷たく輝く月の神。

今、ヴィグリード解放戦の火蓋が、切って落とされた。

〜第24章に続く〜


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