〜第21章 コウとフルーシェ〜
「長旅ご苦労だったな、サタナキア大尉。私はこの地球軍北欧基地を統括しているユーラシア連邦のダグ・ウォールダン大佐である。改めてよろしく。」
「はっ! 到着が遅れまして、申し訳ございませんでした。」
出迎えてくれたダグに、北欧基地に到着したスローンの一行はマナを先頭に全員が敬礼をした。
その列に、既に基地に到着していたコウも加わり敬礼をした。
ファーブニルとの戦闘の後スローンは一時レジスタンスベースに寄航し、そこから北欧基地と連絡を取ってその戦況をコウから聞いていた。
その後、半壊してしまったレジスタンスのMSドックの修復などを2日だけ手伝い、スローンもこの北欧基地へとようやく到着したのである。
最初はすぐにでも来いと言って聞かなかったダグであったが、ドクター・オセの「彼らのスサノオに助けてもらったのじゃろう!? このボケダグ! 」と言う言葉に押され、結局許可をしたのだった。
ベース護衛・修復作業の礼と、今後の相談などをかねてレジスタンスからはリースとフィリスがついて来ていた。
いつまた攻めてくるとも限らないオーラルに対してMSが少なくなるのは不安ではあったが、マヒルが頑張ってどうにか調整中のシグー・カスタムを完成させたので、ガルムは誠意を表しリースとバクゥをスローンの護衛として派遣したのだ。
応急処置はしたものの、スローンもまだ武装のほとんどが破壊されたままの危険なフライトであったため、マナ達はリースの搭乗をありがたく受けた。
フィリスは作戦の考案や交渉などが得意なレジスタンスの軍師兼外交官的な存在で、その手腕をガルムは非常に買っていた。
MS・戦闘車両などの管制オペレーターとして、仲間達に出す指示は非常に的確であり仲間達からの信頼も厚い。
部下の面倒見もよく、彼女は今のレジスタンスになくてはならない存在であると言える。
ただし、酒がはいると別人のようになるらしいが・・・。
到着した一行はすぐに別の部屋に移され、そこで簡単な式が執り行われた。
全員に1階級から2階級の特進辞令が言い渡されたのである。
これにより地球連合軍第49独立特命部隊の人員構成は、
・マナ・サタナキア少佐(マナは臨時隊長から正式に隊長へ。階級は仮昇格の大尉からさらに1階級昇格した。)
・コウ・クシナダ中尉
・レヴィン・ハーゲンティ少尉
・シュン・スメラギ伍長
・サユ・ミシマ伍長
・ナターシャ・メディール曹長
そして、パイロット、メカニック、軍医までをこなすフルーシェには特別に中尉の階級が与えられ、
・フルーシェ・メディール中尉
となり、この7人となった。
フルーシェの入隊と特進にはかなりの論議があったらしいが、バルバトスがねじ伏せたらしい。
全員にこれだけの階級特進が与えられた事からも、連合軍が東アジアガンダム『ミコト』の力に期待をしているという証拠であった。
しかし、全員が納得いかなかった事があった。
それは、シャクスの事がいつの間にか隊員から外れていることであった。
ナターシャを筆頭に全員が散々そのことについてダグに食いついたが、結局シャクスはMIAと言うことで隊員名簿からは除名されてしまった。
険悪な雰囲気の中、ダグは次の任務に同行する3人を部屋に招きいれた。
「諸君らの次の任務はこの北欧基地で開発された2体のMSをパナマまで輸送することだ。そして、彼らが補助戦力として君たちに同行する傭兵だ。」
「マックス・ジークフリートです。よろしく。」
「・・・メイズ・アルヴィースだ。」
「ユ、ユガ・シャクティです! 」
「「マックスさん!!!??? 」」「ユガァ!!! 」
金銀の髪をもった姉妹と銀髪の少年がそれぞれの懐かしい顔との再会に一際大きな声を上げた。
感動の再会であったが、ダグがそれを軽く制止し今後の動きについて軽く説明をした。
それは本当に簡単な説明だった。
まずはこの北欧基地にて損傷したスローンの修理、及び所有するMSの整備を行う。その際、捕獲したMSも解析のためドクター・オセの元に回す事となった。
2名の捕虜は、なんとそのままスローンに乗せパナマまで移送するという事である。 恐らく、厄介ごとは大西洋連邦に回したかったのだろうとマナは読んだ。
この北欧基地はユーラシア連邦の所属であったためだ。
全ての準備が整い次第、新型のGAT-Xシリーズ2体を乗せ、この3人の傭兵と共にパナマへ飛べとの事だった。
それを聞いていたフィリスがダグに質問した。
「私はレジスタンス所属のフィリス・エンバースと申します。ウォールダン大佐、それでは約束が違います。一度北欧基地に着いてからは我々レジスタンスの援護をして下さると・・」
「スローンを整備していただいた件なら、もうお返ししていると思うが? 」
フィリスが言い終わるより先にダグが言い捨てた。
「いいかね、レジスタンスの方。一体誰のせいでここまでスローンが破壊されたと思っているのかね。しかも、スローンは既に一度君達のベースを防衛しているのだろう? これ以上、何を要求するつもりかね! 」
「・・・た、確かに・・・そうだけど! 」
リースが食いつく。
そして、スローンのクルー達もダグを睨みつけた。
「なんだね、君たちまで。・・出航まで時間もない。さっさと各自の作業にかかりたまえ。」
「なんだと、てめ・・・! 」
一触即発で殴りかかろうとしたレヴィンの前にマナが立ち、ダグに敬礼する。
「任務、了解しました。我々は整備完了次第出航。パナマを目指します。・・・・我々の最も正しいと考える航路で! 」
「・・・! フン。くれぐれも勝手な真似だけはするなよ! これは命令だ。」
ダグはそのまま部屋を出て行った。
「ふんだ! 何よ、あのヒト!! 」
「腹の立つ上官であります! 」
サユとシュンが思いのたけを吐き出した。
「す、すまない、マナ姉。オレ、ついカッとなって・・。」
「いいのよ、レヴィン。私もぶっ飛ばしてやりたかったわ。」
「マナさん、かっこいいです。」
ナターシャの言葉に一同頷き、マナのその毅然とした態度に皆敬意を払った。
「・・・マナさん、いいのですか? 」
「いいもなにも、ガルムさんと約束したのよ。気にする事なんてないわ、フィリス。」
「ありがとうございます。」
マナとフィリスは改めて握手を交わした。
それから、2日が過ぎた。
フィリスはレジスタンスベースに事の報告をし、それからも密に連絡を取りあっている。
今のところオーラルの襲撃もなく、マヒルの活躍でベースの復旧も順調に進んでいるらしい。
マナ達第49独立特命部隊の面々もまた、艦の整備やMSの整備に追われていた。
しかし、そこにはメカニックであるナターシャの姿がなかった。
彼女は今、ドックの外にいた。
そこには他に2人の男の姿があった。
リースとマックス。4年前、もう会えないと思っていたナターシャの大切な人達である。
「お久しぶりです。マックスさん。」
「あははは、ホンっト、久しぶりだよなぁ、マックス兄ちゃんとはさ。」
「・・・ああ、そうだな。」
微笑む銀髪の2人とは対称的に、マックスは目を伏せうつむいたまま答えた。
「・・・相変わらず、フリーで旅してるのかい? 兄ちゃんは。」
「ああ、旅先でピュリフィケイションに雇われてな。そのまま連合に雇われて、ここにいる。」
マックスのその様子を見かねてナターシャが聞いた。
「・・・まだ、気にしてるんですか。マックスさん。」
「オレは・・・・お前たちを守ることが出来なかった。・・・ゼクファーナも・・。もう、この地には戻ってくるつもりもなかったんだがな。まさか、ヴィグリードがオーラルに占拠されているとは・・・。」
「マックス兄ちゃん・・・・。」
3人の脳裏にまたあの忌まわしい過去の記憶が鮮明に浮かぶ。
しかし、ナターシャは言った。
「ダメですよ、マックスさん。」
「え? 」
ナターシャは戸惑うマックスに言葉を続けた。
「マックスさんは、私達の大切な人です。仲間です。だから、もっと甘えてもいいんです。」
「ナターシャ・・・。」
「一人で考え込んだり、背負ったりしないで下さい。それにシャクス先生から聞きましたよ、あのMSを追い払ってくれたのはマックスさんの乗った戦闘機だったって。」
「そ、それは・・。」
ナターシャは言った。
「今はもう、私もリースお兄ちゃんも一緒に戦う事ができます。もう、マックスさん一人が苦しむ必要なんてないし、そんな事させません! 」
「あははは、そういう事っ! オレもナターシャもマックス兄ちゃんも・・。これからはもっと助け合っていこうよ! 友達だろ? ・・・こうやってまた会えた事だって多分、先生の導きだよ。」
「ナターシャ、リース・・・。そうだな、すまない。」
「・・・・・・実は、コウさんの受け売りですけどね。」
3人は空を見上げた。青い空にあの優しかったゼクファーナの姿が見えたような気がした。
「おい! メイズがここにいたって本当か! 」
「きゃーーーーー!! こっち向かないで!!! 汚らわしいですわーー!! 」
シャワーを浴びていたブリフォーが、監視役のフルーシェに鉄格子越しに聞きただした。そのあられもない姿にフルーシェはしゃがみこんで目を覆った。
「ブ、ブ、ブリフォー! 前を隠してください!! 」
メリリムも真っ赤になってうつむいている。
「あ、ああ、すまん。だが、メイズはこの基地にいるんだな!? 」
タオルを取り、かろうじて全裸をまぬがれたブリフォーがフルーシェに食いついた。
それでも恥ずかしくて仕方がないフルーシェは目を両手で覆いながら答える。
「ほ、本当ですわ。どういった経緯なのかは存じ上げませんけど、これからわたくし達と一緒にパナマまでMS輸送の護衛をして下さるそうですわ! 」
「ええ!? ど、どういうこと! フルーシェ!! 」
メリリムも状況がよく分からず聞き返す。
「・・・それはオレの口から話そう。」
「「え・・。」」
捕虜の2人が見たその先にあったのは、最も会いたかった友の顔であった。
「メイズゥ!! 生きて・・・よかった、よかったぁ・・・・ううぅ。」
メリリムはその場で泣き出した。
「・・心配したぞ。メイズ。」
「ああ、すまなかった、2人とも。・・・元気そうで何よりだ。」
再会を心から喜び合う元青服の3人にメイズと一緒にやってきたユガとサユが声をかける。
「あれぇ〜フルーシェ。こんなところで何してんの? 」
「もうっユガ君、決まってるじゃない! ね、フルーシェ? 」
「へ? な、なにがですの? 」
フルーシェが両手を顔から離してサユの顔を覗いて見ると、満面の笑みを浮かべていた。
「なにがって・・ブリフォーさんと、お・は・な・し、でしょ? 」
「な!!! ・・・・わたくし・・・・し、知りませんわ!! 」
フルーシェは顔を真っ赤にしてあたふたし始める。
そして、ふとブリフォーと目が合ってしまう。
「・・・・・・!!! 」
フルーシェはそのまま走るようにして捕虜室を後にした。
「あ、フルーシェ待って!! ドクター・オセが、呼んでんだよぉう!! 待ってよぉ! 」
ユガはその後を追って走って行った。
「うふふ、フルーシェったらかわいい!さ〜て、ブリフォーさんお風呂はもう上がったの? 」
「あ、ああ。もういいぞ。」
「じゃ、メイズさん。ブリフォーさんと艦の食堂にでも行ってお話ししててくれます? 」
「・・・いいのか? ええと・・。」
「サユ・ミシマです。いいですよぉ、その代わりちゃんと見張っててくださいね? 」
「ああ。承知した。ブリフォー、行こうか。」
「わ、私も・・・」
「メリィちゃんはダメ! 」
そういうとサユはシャワー室から自室に戻り服を着替えたブリフォーの部屋の鍵を開けた。
「サユだったか? 悪いな。」
「い〜え、ごゆっくり。」
やけに優しいサユに首をかしげながらもメイズとブリフォーはその場を後にした。
サユといい、この前のコウやナターシャといい、軍人としては軍法会議ものの行為じゃないのか?とブリフォーは思った。
二人を見送るとサユはまた満面の笑顔でメリリムの方へ向き直る。
「さ〜て、それじゃメリィちゃん。お風呂入りましょ! キレイにしなきゃ。それで、髪もしっかりセットして・・・ほら、私のお化粧道具も持ってきたの! 」
「え? サユちゃん・・・どういう? 」
「せっかくメイズさんに会えたんだから、キレイにしなきゃ、ね? 」
メリリムの顔もりんごのように赤くなる。
「サ、サユちゃん! わ、私、別に・・。」
かつてのあがり症であった頃に戻ったように動揺するメリリムにサユは言った。
「いいの、いいの! ・・・だって、キレイにして会いたいでしょ? 正直なところ。」
メリリムは黙って頷く。
「よ〜し、じゃ、私にまかせて! 」
サユによるメリリムのコーディネートが始まった。
スローンの食堂で、ブリフォーとメイズは食事を取りながら、今までのお互いの事を話し合った。
誰もいなかったので、食事は仕方なくメイズが勝手に作ったのだが。
「そうか。それじゃあ、メイズ。お前、軍を抜けたんだな。」
「・・・そう、なるな。オレは、このまま疑いの気持ちを持ち続けたままザフトにいることができないと思った。・・・・・割り切れないオレの心は弱いのかもな。軍人失格さ。」
「それじゃあ、このまま地球軍に入るのか・・・? 」
「いや、それは恐らくないだろう。今ここにいるのは、依頼を受けた傭兵として、だからな。パナマに着いた先の事は何も考えていない。・・・お前は、どうする。」
メイズの表情が真剣なものになった。
ブリフォーもその真意を察したが、軽い口調でこう言った。
「さて、どうするかな・・・。オレは捕虜の身だからな。どうするもこうするも・・・。」
「ブリフォー。オレは・・・。」
「そこまでだ、メイズ。」
メイズが言おうとしたその言葉をブリフォーは制した。
お前が望むなら逃がしてやる・・・・・メイズにそう言わせたくなかった。
今、メイズはザフトで築き上げた自分の立場を全て失ってでもメイズ自身が信じるべき事を探して必死に生きようとしている。
ブリフォーはそれを自分のために崩すような真似はさせたくなかった。
「オレの事はいい。それより、メリィだ。」
「メリィ? 」
「あいつは、お前が死んだと聞いた時から今日まで、必死に頑張ってきた。お前の仇をとるために命をかけた事だってある。」
「・・・・・。メリィが・・・。」
「・・・だから、できるならあいつはお前の側においてやりたいとオレは思っている。」
「な、なにを。」
「オレは本気だ。メイズ。」
ブリフォーの瞳を見たメイズはそれが本気である事を悟った。
その時だった。
「お待たせしました〜!! どうぞっ! 」
食堂に入ってきたサユの後ろから、サユのとっておきの服を着たライトグリーンの髪の少女が入ってきた。
髪もキレイにセットしてあり、ほんのりとした薄化粧が彼女のかわいさを引き立てていた。
「メ・・・リィ・・・? 」
「フン・・・。」
驚くメイズを見て、鼻で笑うブリフォー。
メリリムもおずおずとメイズに話しかけた。
「・・変・・かな? 」
「い、いや・・・・・・キレイ、だ。」
ぽつんと言ったメイズの一言にメリリムの顔が赤く染まる。
そして、ブリフォーが席を立った。
「じゃ、オレは眠いから部屋に戻るな。メイズ、さっきの話。考えておいてくれよ? サユ、悪いが部屋に戻るから来てくれるか? 」
「! ・・・はい、喜んで! ・・・メリィちゃん、メイズさん、ごゆっくり。」
ブリフォーとサユはにやにやしながら食堂を後にした。
取り残された2人は椅子に座ったままぎこちない会話をし始めた。
彼らが、普段どおりに話せるようになるまではそう時間はかからないだろう。
「え!? ここに、クロウリーおじい様がいらっしゃるの? ユガ。」
MSドックを歩いていたフルーシェは、ユガの話を聞いて驚いた。
「ドクター・オセを知ってるの? フルーシェ。もしかしておじいちゃんとか? 」
「え? いえ、違いますわ。・・・・ちょっとした知り合いですわね。彼がわたくしを呼んでいるんですの? 」
「おうおうおう、ちょうどいいところで会ったのう、フルーシェ。」
噂をしているとフルーシェ達はドック内をよたよたと散歩していたドクター・オセに偶然出くわした。
「まあ、クロウリーおじい様! お久しぶりですわ! お元気そうですわね。」
「フルーシェも元気そうで何よりじゃ。マステマの調整、すまんかったなあ。」
「まあ、あれはおじい様の差し金でしたの?まんまと乗せられてしまいましたわ。」
「フォッフォッフォッフォ! 」
「おーっほっほっほっほ! 」
久しぶりの再会に、2人は笑いあった。。
「フルーシェ。すまんが、あのスサノオのパイロット、確か、コウ・クシナダといったかの。彼をワシの部屋まで連れてきてくれんか。」
「コウを、ですの? ・・・・分かりましたわ。」
「うむ。頼むぞ。」
フルーシェは研究室の場所を教えてもらい、コウのいるスサノオの所へと歩いていった。
ユガは、そのままスローンの整備を手伝った。
コンコン!
MSドックの一番奥にある、何故か一つだけ木製の扉をノックする音がする。
「クロウリーおじい様。コウをつれてきましたわ。」
コウとフルーシェがそのドクター・オセ専用の研究室に顔を出す。
「おうおうおう、ご苦労だったねフルーシェ。・・・・・さて、早速で悪いが『コウりん』と2人で話をしたいのじゃ。フルーシェは外してくれんかね。」
「なんですの? わたくしには用はないということですのね。もう! ま、いいですわ。わたくしはスローンの整備に参ります。」
「・・・・『コウりん』? 」
コウがドクター・オセの言った妙な名前を怪訝に思って一人つぶやいた。
それをフルーシェが捕捉する。
「あなたのあだ名ですわ、コウ。このおじい様、名前を覚えるのが苦手でいっつも変なあだ名で呼ぶんですの。・・・・それでは、失礼いたしますわ、クロウリーおじい様。」
そういうと、フルーシェはMSドックの方へ向かった。
「はじめまして。オレ・・・いえ、僕はコウ・クシナダと言います。」
「うんうんうん、知っとるよ、気楽に話しなさい。ワシはクロウリー・オセ。ドクター・オセと呼ぶがいい。・・・・さて、お前さんに大事な話がある。」
一応挨拶をするコウを座らせ、ドクター・オセは真剣な表情で語りだした。
「唐突じゃがの、ワシはあのMIHASHIRAシステムの開発者の一人じゃ。」
「!!! 」
「つまり、『コウ』。お前さんの両親もよぉく知っとる。それに、フルーシェの両親の事もな。」
「え、フルーシェ・・・!?? 」
ドクター・オセのその言葉にコウは酷く驚いた。
「元々このMIHASHIRAシステムとは、大西洋連邦の開発したG.O.D.SYSTEMに対抗して作られたと言う事は知っとるかね? 」
「はい。一応、父の遺言・・ディスクの映像で聞いてます。MIHASHIRAシステムの概要も、オレのナビゲーターのアモン・サタナキアさんから大体聞いています。」
「ほう! お前さんのナビゲーターはアモンか! どうりで戦い方がな〜んとなく似ているわけじゃ。」
「アモンさんも知ってるんですか? 」
「ああ。・・・・・話を整理した方が、ええのう。あれは、今から24年前の事じゃ。」
そう言うと、ドクター・オセは語り始めた。
それは、コウの知りたがっていた真実の話であり、過酷とも言える父と母の話、そして自分の運命の話であった。
CE47−。
L4宙域にあるコロニー『メンデル』。
そこで遺伝子研究を進めていたGARM R&Bは、コーディネイターをより良くしていこうとする遺伝子研究チームとは別に、もう一つの研究チームを発足する。
それは、過去の優れた人間の経験・知識をデータ化し、ダウンロードするシステムの開発を目的とする、いわば人間のブーステッドシステムの開発。
このプロジェクトの発端は地球のある研究施設が独自に開発していたG.O.D.SYSTEMにあり、それに対抗すべく取り上げられたものであった。
GARM R&Bは、元々遺伝子専門なので、地球にいた何人かの専門外の機械工学や電子工学の博士に密かに誘いをかけた。
そして、今暮らす人々にも平等にコーディネイトされた能力を与える事の出来るこの理想的システムの開発に共感した数人の研究員がこのプロジェクトチームに参画したのである
チームは、開発するシステムの名称から『MIHASHIRAシステム』チームと命名される。
主要研究員は、元々GARM R&Bにいた遺伝子工学博士ミコト・セクンダディを主任とし、4人の研究員がいた。
「それが、遺伝子工学博士のアリア・クシナダ、グラーニャ・メディール。そして、地球から呼ばれたグラーニャの夫で電子工学・機械工学博士のラウム・メディール・・・・最後に同じく電子工学・機械工学博士のワシじゃった。」
「フルーシェとナターシャのご両親も・・・・MIHASHIRAシステムの開発者だったんですか!?・・・それにMIHASHIRAシステムは元々MS操縦用のシステムと言うだけじゃなかった・・・? 」
「ああ、そうじゃ。アリアも、グラーニャ達も、ナチュラルにも平等によりよい能力をと願って研究に参加しておった。じゃが、運用実験の過程でその土壌をどうしても確保せねばならなかった。一番都合のよかったものが『兵器』と『建築』。」
「『兵器』と・・・『建築』!?」
「そう、システムの運用に軍と建築の技術提供および運用試験を頼む事になってな。そこで、ワシの紹介で東アジア共和国の軍人だったマクノール・アーキオと元大西洋連邦の教官バルバトス・ザガン、ミコトの父だった月基地の軍人アガレス・セクンダディ、そしてお前の父ケインに頼んだんじゃ。」
「!! 父さんに、ザガン大佐・・・・アーキオ大佐もですか? 」
「そうじゃよ。」
驚愕の事実にコウは絶句した。
ドクター・オセは話を続けた。
MIHASHIRAシステムはその性質上、人間に能力を与える元となる『膨大なデータを所有する装置』が必要であった。
マクノール、バルバトス、ケイン、アガレスの協力によりそのための現場の確保には成功したのだが、問題はソフトの方だった。
ソフトの方はミコト、アリア、グラーニャの3人の遺伝子工学博士が担当していたのだが、どうしても人間の記憶や知識、経験というものを円滑にデータ化し、蓄積する事が出来ずに悩んでいた。
そこに、他の研究チームの主任研究員から技術提供の相談があった。
その研究員の名前は、ユーレン・ヒビキ。
MIHASHIRAシステムチームより以前から取り組んでいるコーディネイターを超えるコーディネイターの生成に取り組む遺伝子最先端チームの主任であった。
彼の研究の副産物であるデータを応用すれば、この記憶や知識、経験を円滑にデータ化する手段というものが完成できそうだということがわかったミコト達は、是非協力してほしいとお願いした。
しかし、ユーレンはその代わりにこちらの研究にも協力してほしいという条件を出してきた。
それは、検体の提供であった。
今、ユーレンのチームは内部でもさらにいくつかのチームに分かれているらしかった。その中でいくつかの実験に必要な検体の協力を3人それぞれに依頼してきたのである。
3人は考えた末、それに合意した。
ミコトはメンデルで出会ってから交際していたマクノールと結婚しており、『青雷』と呼ばれる最高のパイロットであった夫マクノールの遺伝子を提供し、そのクローン作成の実験に協力した。
「・・・アーキオ大佐の・・・クローン!? 」
「そうじゃ。・・・・・・そして、コウ。お前も、フルーシェもそこでの実験の検体として生まれてきたのじゃ。」
「な!!!!!!!! 」
コウは一瞬頭の中が真っ白になった。
自分が・・・なんだって!?
ドクター・オセは、ため息をつき話を続けた。
「驚くのは無理もない。しかし、両親を恨むでないぞ。アリアもケインも、グラーニャもラウムも皆深く反省しておった。」
「・・・・・・。」
「教えよう。お前は、アリアとケインの息子である事に間違いはない。しかし、メンデルで人為的に調整を受けた特別な『ハーフコーディネイター』じゃ。」
「ハーフ・・・・コーディネイター? 」
「そうじゃ。元々はスパイ活動などの諜報活動を行う兵をつくるために作られた人種、というところか。おまえはその第1号じゃ。・・・しかし、第1号だったせいかの。調整をかなり加減してしまったらしく、おまえはほとんどナチュラルと変わらなかった。そのため、失敗作とされてケインの元に何事もなく引き取られる事となったのじゃ。」
「そ・・・そんな・・・・フ! フルーシェは・・・!? なんなんです!? 」
「あやつは、お前と似たようなものじゃ。グラーニャとラウムの娘であり、コーディネイターを超えるコーディネイターの検体、『スーパーコーディネイター』の第1号じゃ。しかし、お前と同じ理由で普通のコーディネイターと変わらないとされて何事もなくラウム達の下で暮らすことが出来たのじゃ。」
「オレと・・・フルーシェが・・・・・検体!? 失敗作・・」
「ちなみに、その後グラーニャとラウムは嫌気が差したんじゃろう。退社してフルーシェと地球の北ヨーロッパに下りた。そこで生まれたのがナターシャじゃ。だからあの子は普通のナチュラルなんじゃな。」
「・・・・・!!! え・・・ええと、そ、そうだ、先ほどアーキオ大佐とミコトという人が結婚したと! も、もしかして娘はリトですか!? リトも・・・検体なんですか?まさか・・・クローン!!? 」
「ほう、そうかリトも知っておるのか。あの子はクローンではない。クローン技術での遺伝子提供を既にしていたマクノールのたっての希望で、普通のナチュラルとしてメンデルで生まれておる。あとは、お前と同様何事も知らされず暮らしとるじゃろうて。」
コウの頭の中はもう、パニックだった。
何を考えればいいのか分からなくなっていた。
そこへ、ドクター・オセは話を続けた。
「・・・フルーシェは自分の出生の事をもう知っておる。」
「え!? 」
「その事を知り、家を飛び出したのじゃ。両親のした事と真実に絶えられなかったのじゃろうな。そして、自分の存在すら忌むべき者と考えるようになったのかもしれん。ブルーコスモスに入り、コーディネイターを迫害した。自分もコーディネイターで、しかもスーパーコーディネイターであるというのに。・・・・身を切りつけるような思いじゃったろう。不器用な子じゃ。」
「フルーシェ・・・・。」
「もちろんフルーシェにはお前の事は話してはおらん。だが、お前にも知る権利がある。いや、あの『ミコト』に乗る以上、知らねばならんと思ってな。ここに呼んだのじゃ。」
「・・・何故です。何故、フルーシェのことまで・・・。」
「・・・支えてやって欲しい、と思ったからじゃ。あの子は、強いようで実はとても繊細じゃ。」
ドクター・オセはフルーシェとの出会いを語った。
「あの子と最初に会ったのは2年前かの。バルバトスがロシアに赴任してきたときの事じゃった。ワシも偶然その場に居合わせたのじゃが、ロシア基地の側でボロボロの格好で野垂れ死にしそうになっておっての。・・・暖かいボルシチを食わせてやったらボロボロと涙をこぼして泣きおったよ。あとで、名前と事情を聞いた時にはこれも、わしの贖罪かと考えた。」
「クロウリーさん・・・。」
「特別何をしてくれとは言わんよ。じゃが、あの子もお前も似た運命の元に生まれた兄弟のようなものじゃという事は覚えておいて欲しい。それとな・・・・。」
ドクター・オセは一息おいてから口を開く。
「お前とフルーシェには同じような運命の元にこの世に生を受けた兄弟がおる。」
「! 」
「正確には血は通ってはおらんがな。おまえ達の後に生まれた『ハーフコーディネイター』と『スーパーコーディネイター』の完成体じゃ。そして、今からお前さん達が向かうパナマに、その『ハーフコーディネイター』の少年がおる! 」
「え・・・・!? 」
ガタっ!!
「誰だ! 」
「ひっ・・。」
ドアの向こうでした物音に、気付いたコウはそのドアを開けて部屋の外を見た。
ドアを開けた、というか先ほどフルーシェがしっかりと締めていなかったようであった。
そこには・・・・。
「ナターシャ・・・! 」
「ご・・ごめんなさい!! 」
コウに見つかってしまった事に心底驚き、その銀髪の少女は急いでその場を走り去っていった。
どうやら、コウとフルーシェが一緒に歩いているのが気になって、こっそりついて来ていたようで、悪いと思いながらも自分の両親の事でもあり、ナターシャは聞き耳を立てていたのだった。
「そうか、ナターシャが聞いておったか・・・。そうじゃな、ワシはあの子とは初めて会うが、あの子にもしっかりと話をするべきかも知れんな・・・・。」
「・・・そうですね。フルーシェのたった一人の妹ですし。ナターシャにだって関係のない事じゃないですから。」
コウの言葉にドクター・オセは決心したのか立ち上がり、言った。
「すまんがコウ、ナターシャを呼んできとくれ。続きはそれから話そう。・・・そうじゃ、お前さんの弟、ディノの事もな。」
「!・・・はい、分かりました。」
コウも心の小休止が必要であった。
部屋を出ると、ナターシャが駆けて行った方へと歩き出した。
「ディノ・・・・お前も、もしかしてオレと同じように生まれたのか?」
コウはドクター・オセの口にした弟の運命の事を想い、少し心が痛んだ。
「・・・・・ワシらは、償っても償いきれんだろうな。ミコトよ・・・・。」
部屋の中で、ドクター・オセは一人つぶやいた。
「はあ、はあ、はあ・・・・。」
ナターシャは走り続けた。
コウの、そして姉の出生の秘密を知りナターシャもまた混乱していた。
しかし、姉が家をでた理由も理解できた。
何も知らず、何も犠牲を伴わず自分は生まれた。
姉がそんな自分を許せなかったのではないかと思うと怖かった。
だから、走った。あの場から逃げたくて。
「せっかちだね。そんなに急いで、どこに行くのさ。」
「!!? 」
そんなナターシャに一人の少年が声をかけた。
「・・・なんで・・・あなた・・・・・・!!!!! ・・」
立ち止まり、驚いて叫ぼうとしたナターシャの小さな唇を、その白髪の少年が唇を重ねてふさいだ。
「〜〜〜〜〜〜〜〜!!!! 」
突然の事に両手で唇を押さえ、その場にへたり込むナターシャにその少年はささやいた。
「・・・少しそうやって黙っていてくれるかな? 君にはボクと来てもらうよ、ナターシャ・メディール・・・・。」
ディノのその不敵な笑みは、ナターシャにさらなる混乱と絶望を与えていた。
〜第22章へ続く〜
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