〜第16章 氷の少女〜

「そうか、ご苦労だったな。まあ、こちらに2体手に入ったのだ。技術提供をした身としても、良しとしようか。」
「言ってくれるね、あんたも。これでも色々とアクシデントもあったんだよ? 」

暗がりの部屋の中で、一人の男と少年の声がこだました。

「ところで、アレはできているんだろうね。・・・・・ロンド・ギナ・サハク。」

その白い髪の少年の青い瞳が捉えたのは漆黒の長い髪を持った美貌の青年だった。

「ああ、『ヴァーチュー』の事か・・・・。あれなら、モルゲンレーテにつくらせて、ちょうど2日前に完成しているよ、ディノ。」
「へぇ、さすがはオーブのモルゲンレーテ・・・・。仕事が早いな。」
「まあ、シャクスが詳細なデータを送ってくれたおかげというところだろう。ご苦労だったな、シャクス・モア・イソラ・・・。」
「・・・・いえ、ギナ様のお役に立てたのでしたら、このシャクス・・・・光栄至極にございます。」

緑髪の青年は恭しくロンドに頭をたれた。
嘲るような微笑を浮かべたロンドは、思い出したかのようにディノに話を切り出した。

「そうであった、ディノ。おまえ達の次の仕事とやらで同行する事になっているらしいザフトの人間がここにきているのだが? 」
「なんだって? ・・・心当たりはあるが、合流は北欧方面軍基地でのはずだ。わざわざオーブに出向いてきたというのか? ・・・・。まあ、いいや。通してくれるかい? 」
「当然だ。・・・入れ。」

ロンドのその言葉に奥の扉が開き、一人のザフト兵が部屋に入ってきた。

それは、少女だった。

どういう意味があるのか、着ている軍服の色は水色。
そして、彼女自身も水色の光をたたえている。
腰まで伸びた水色の透き通るその髪は北欧の大地を流れる清清しい渓流のように美しく、同じく水色の瞳は水晶の如く麗しく輝いていた。
しかし、その光は氷の如き冷たい輝き。
無表情な表情と消え入りそうに白いその肌も手伝って、その少女の存在感はなぜかうつろいで見えた。

「ザフト北欧方面軍『オーラル』司令官、ライル・セフォードの命により派遣されました。同所属、セフィ・エスコールです。」

セフィと名乗ったその少女は眉一つ動かさず淡々と語った。

「しばらくの間、ザフト特務隊所属ディノ・クシナダ特務兵の指揮下に入り、共闘させていただく事になりました。以後、お見知りおきを・・・・・。」
「そうか、セフィ。だが、ライルは何故わざわざ君をこのオーブによこしたんだい? ボク達がこれから向かうところから、わざわざさ? 」

ディノのその質問に、セフィは即答した。

「・・・オーラルで開発された新型MS『ファーブニル』のテスト飛行を兼ね、ディノ特務兵率いる強襲部隊『クレセント』への早急な合流が目的かと。早くに合流する事で、互いの連携なども考えられましょう。」
「ファーブニル? 」

ディノのその疑問に答えたのはロンドであった。

「あれは素晴らしいよディノ。北欧からここまで、4時間足らずで飛行する性能。類まれな飛行速度に安定した長距離飛行、ともに最高だな。」
「ほう・・・・。なかなか面白いね、ライルの奴・・・。まあ、いいさ。改めてよろしく頼むよ、セフィ・・・。」
「はい、クシナダ特務兵。」

「ところで、ギナ。『プロジェクト・メオト』の方も順調かい? 」
「ああ、まかせておけ。ミナの方にデータも既に送っておいた。おまえ達が心配する事などもはや何もない。」
「それを聞いて安心だよ。それじゃあ、ボク達はできたての『力天使』で北の国にでも出かけるとするよ。・・・セフィ。ボクについて来い。」
「はい、クシナダ特務兵。」

そういうとディノとセフィはその場を後にした。

「・・・・フフフフフ、しょせんディノも手ごまの一つに過ぎん。最後に全てを掴むのは、この私一人なのだからな。」
「・・・・仰せの通りです。ギナ様。」
「シャクスよ・・・。私と私の分身のためにこれからも働いてくれ。そして、生ぬるいアスハやマシマ、腑抜けたセイランに代わり、我らサハクとイソラでオーブを変えてゆこう!! 」
「はい、このシャクス。イソラの人間として身命を賭してギナ様についてゆく所存です。」

深々と頭を垂れるシャクスを見下しながらロンドは高らかに笑った。



フルーシェは眠れぬ夜を自室で過ごしていた。
飛行が順調なら、明朝にはピュリフィケイションのベースキャンプに到着する。

フルーシェは今日までのスローンと共にした旅の事を思い返していた。
特に、あのジャンク屋たちとブルーコスモスとの一件。

あれ以来、フルーシェは自分のしていることに疑問を感じずにはいられなかった。
このまま、ベースに合流してこれからわたくしは・・・・・。
考えれば、考えるほどフルーシェの心は壊れそうなほどに締め付けられる。
自分の業を、このままコーディネイターにぶつけ続ける事が、はたしていいのだろうか。

後の事は後で考える・・・・・。
いつもの彼女ならそうしてきた。
しかし、今回ばかりはそうもいかなかった。
それは、一体何故なのか。このときのフルーシェにはまだ分からなかった。


明朝、結局寝付けなかったフルーシェの部屋にブリッジから火急の知らせが入る。
その知らせに、フルーシェは顔を真っ青にした。
ブリッジに駆け込んだフルーシェは、開口一番シュンに叫んだ。

「ピュリフィケイションのキャンプが・・・壊滅してるって、本当ですの!? 」
「・・・光学映像を見た限りでは、なんらかの攻撃を受けたみたいだ・・・。」

正面スクリーンに表示される眼下の映像に、フルーシェは絶句しその場にへたり込んだ。

「フ、フルーシェ! 」

席から立って駆け寄るサユの声もフルーシェには届かなかった。
・・・なんで・・・・こんな・・・ことに・・・・。

「遅れました! ・・・! ・・フルーシェ・・・。」

MSドックのナターシャの元からブリッジに駆けつけたコウは崩れ落ちるフルーシェの姿にはっとする。
既に艦内放送で状況は聞いているが・・・。
おもむろにディスプレイに目をやったコウは、そこで白い旗を振る一つの人影を発見して声を上げた。

「まだ、誰かいるみたいですよ!! あのキャンプに!! 」
「・・え!! 」

フルーシェがとっさに反応する。

『よし、マナ降下して調べてみようか。』
「ええ、お兄ちゃん。レヴィン!!降下して!緊急着陸します!総員着陸後、町の様子を調べます。準備しておいて!! 」
「「「「「了解! 」」」」」



着陸したスローンの元に走ってきたキャンプの生き残りと思われるその男に、フルーシェは抱きついて喜んだ。

「ガルダァ!! 良かった・・・あなたは生きてましたのね! ・・一体、何があったんですのぉ!! 」

泣き出すフルーシェと下りてきたスローンのクルー達に、ガルダはここで起きた事の全てを説明した。
皆、絶句したが最悪のケースにだけはなっていない事に少しだけ安堵した。

「・・・そうですの。ユガが北欧に・・・。」
「ああ。あいつも立派な男だったって事だな。世界を見たいんだとさ。自分の目で何が悪くて何を信じるべきか考えるために・・・。」

フルーシェの心はやっと今すっきりした。
ああ、そうか。わたくしは、だから眠れなかったんですのね・・・・。
そして、ガルダとスローンの面々の方を向き直り口を開いた。

「お願いがありますの! わたくしを地球連合軍第49独立特命部隊に正式に入隊させてください!! 」
「・・・・・・・。」

全員が無言で話に聞き入った。

「わたくしも、知りたいのです。今、わたくし達が何をすべきで、何が大切なのか・・・・。このまま何も知らずに、知ろうともせずにコーディネイターを宇宙人として迫害し続けることなんて、私にはもう出来ませんわ。」

フルーシェの脳裏に、ダコスタの言葉が鮮明に蘇る。

『誰しもが気兼ねすることなく平和に暮らせる世界がきたらって。今の私とここにいる皆さんのようにね。』

そう、うすうす気付いていたのだ。
今のフルーシェが目指す青き清浄なる世界とは・・・・そんな世界であると・・・。
自分にそんな事をする資格があるかどうかは、分からないが・・・。

真剣な金色の瞳を輝かせたその少女の前にポニーテールの小さな女性が歩み寄り、凛とした言葉で言った。

「本気なのね? 」
「ええ。」

確認をするマナはにっこりと微笑みフルーシェに手を差し出した。

「あなたが本気なら、私が軍本部に強く推薦するわ。これからもよろしくね。フルーシェ。」
「!!! ・・・・ええ! よろしくお願いしますわ! マナお姉さま・・・いえ、サタナキア艦長! 」

二人の交わす硬い握手に、スローンのクルー達は活気付き、ガルダも腕を組みながら微笑した。


「・・・本当に、大丈夫なんですの? ガルダ。」
「ああ、迎えがあと3、4日で来る事になってるんだ。オレもロシアに行くよ。オレがいないとピュリフィケイションが成り立たんだろう? それより、マステマの事勝手に持って行って、悪かったな。」
「そんな事、いいですわ。どちらにしてもわたくしが勝手にバルバトスおじ様からちょろまかしたものですし・・・。それにしてもマステマを運び出すためにわざわざわたくし好みのスローンを派遣したんだとしたら、おじ様も隅におけないですわね・・・。」

実際、スローンがピュリフィケイションのベースキャンプに寄ったのはバルバトスからの物資補給が目的での依頼だったが、バルバトスが一石二鳥としてそこまで考えていたかどうかは分からない。

バルバトスの迎えを待つという事で、ガルダたちとはここで別れることになった。
コウがおもむろにガルダに話しかける。

「ガルダさん。さっきの話本当なんですね。」
「メイズの事か? ああ、本当だ。なんなら北欧で会えるはずだよ。あいつらも北欧基地が目的地だから。」
「ありがとうございます。助かりました。」
「? 」

敵兵を助けて感謝するコウに首を傾げるガルダは、空を翔く金色の座天使が見えなくなるまで見送った。
自分達の誇りである、あの青き清浄なる乙女を乗せたその艦を・・・・。



平和の国を走る一台の自動車の姿があった。
そのオープンカーにはモルゲンレーテの制服を着た4人の少年が乗車している。

「どうしました? アスラン。」

運転席に座る後ろ向きに帽子を被った緑の髪の少年が、ぼんやりと海を眺めるアスランに話しかけた。

「え、ああ、いや、なんでもないよ、ニコル。」
「フン、隊長殿はなれない潜入捜査でお疲れなのさ、ニコル」
「おいおい、しっかりしてくれよ? 『ザラ隊長』。」

ニコルと同じく同期の部下であるイザークとディアッカの皮肉に、アスランはため息をついて、また海を見つめた。
その目が捉えるのは、先ほどの友とのやり取り・・・・。

『これ、君・・の?』
『うん、ありが・・・とう。』
『昔、友達に!!』
『!』
『大事な友達にもらった・・・・・大事なものなんだ。』
『・・・・・・そう。』

「・・・・キラ。オレは・・・・。」

アスランのつぶやきは波風の音に掻き消えた。


潜入していたオーブの滞在場所にもどったアスラン達を待っていたのは白い髪をした少年であった。
年は彼らより少しだけ幼い。
ちょうどニコルの1つ下の少年であった。

その姿に見覚えがあったのか、ニコルが駆け寄る。

「ディノ! 」

ディノと呼ばれたその少年は不機嫌そうにニコルに話しかけた。

「相変わらずだね、ニコル。その甘っちょろい顔はどうにかならないのかい? 」
「ディノも、相変わらず偉そうですね。でも、元気そうで何よりです。お久しぶりです。」
「おい、ニコル! 何者だ、その小僧は! 」

イザークがあからさまに『小僧』を強調し、吐き捨てるように言った。
後ろではディアッカがくすくすと笑っている。
キッと二人をにらみつけ、周囲に目を配りながらディノは言った。

「ボクはディノ・クシナダ。特務隊所属の者だ。この部隊の隊長はどいつだ。」
「F・A・I・T・Hの? ・・・・ザラ隊隊長、アスラン・ザラです。」

歩み出た藍色の髪をしたその少年の姿をディノはまじまじと見つめた。
これが、ラクス・クラインの婚約者、アスラン・ザラか・・・・。
実は、ディノはラクス・クラインには少し興味があった。
まがいなりにしろ、プラントにて絶大なカリスマを誇る少女・・・。

あのイザークですら後にザフトを抜けだしたラクスの事を「あのラクス・クラインが ・・・・自分には信じられません! 」と口にしているほどに・・・・

それほどのプラントのカリスマがラクスなのであった。

そして、そのカリスマの婚約者・・・・。
気にならない方が、嘘である。

「そうかアスラン・ザラ。ボク自ら君達に有益な情報を伝えに来てやった。アスランと・・・それとニコル。君達2名、ボクに付いて来なよ。・・・残りの2名は、うるさそうだからいらないや。帰ってていいよ。」
「な・・なんだと、貴様!! 」
「心外だよねぇ、初対面でいきなり『うるさい』なんてさ。」

怒り心頭の二人の赤服をアスランとニコルはなだめ、ディノについて行った。
ついたその先の一室で、3人はソファに向かい合うように腰を掛け、ディノが話を進めた。

「君達の探し物、さっき見てきたよ。出航はどうやら明日だということだ。 」
「! ・・・『足つき』を見たんですか? ディノ! 」
「・・・・・。」

ディノの言葉にニコルは驚き、アスランは無言を保った。

「おや、ザラ隊長殿はよほどの自信家なのかい? 」
「・・! ・・どういうことです。クシナダ特務兵。」
「いや、せっかくあの白い艦の事を教えてあげているというのに、驚くどころか平然としてるんでね・・・。」
「い、いや、私は別に・・・。」

自分の心の末端を読み取られ表情をこわばらせるアスランをよそに、ニコルが言う。

「アスランは・・・じゃない、ザラ隊長は優秀な人ですから。それに、ディノ。F・A・I・T・Hだからといって、アスランにそれ以上悪い口をきく気なら、僕も承知しませんよ。」
「ふう、わかったよ。相変わらずの真面目ちゃんだね、君は。じゃあ、用件は伝えたよ? せいぜい頑張ってくれよ? 」

そういうとディノは席を立った。

「ディノ! もう行ってしまうのですか? 」
「ああ、ボクも仕事でね。これから遠い北の国まで出掛けなきゃならないのさ。最も、君達が余りにふがいないようだったら、アークエンジェルの討伐、ついでにやって行ってあげてもいいけどね・・。」

そういうと、ディノは席を立ち部屋を出て行った。

「ニコル。艦に戻るぞ。」
「はい、アスラン。」

アスラン達も深海に待つ旗艦へと戻っていった。


明朝、アスラン達の追う『足つき』事、強襲機動特装艦アークエンジェルはアラスカを目指して密やかに出航した。

「クシナダ『隊長』。『大天使』、出航したようです。」

初フライトを待つ新型の戦艦の中で、セフィが艦長席に腰掛けるディノに言った。

「そうか、セフィ。では、ボク達も行くとしようか? ・・・・スローン級2番艦ヴァーチュー、微速前進だよ・・・! 」

燃えるような、それでいておぞましい大量の血を思わせるかのような真紅の装甲と、『力天使』の名を冠する陸海空兼用小型輸送戦艦もまた、密やかに出航した。

そのブリッジにはディノとセフィ、カルラの3人と何名かのオペレーターの姿があった。

「さて、アスランにニコル・・・。お手並み拝見と行こうか? 」

ディノは不敵に微笑んだ。



「・・・大丈夫ですよ、きっとうまくいきます。」

無言で椅子に腰掛けるアスランをニコルは励まそうとして声をかける。

「あ、ああ、そうだな。」

アスランの少し悲しそうな笑顔の意味をニコルは知る由もなかった。
その矢先であった。イザークが入ってきたのは。

「アスラン! 『足つき』だ! 」
「・・・よし、オーブ領海を出た事を確認次第、出撃する! 今日こそ『足つき』を落とすぞ!! 」

MSドックで4機のガンダムのカメラアイに光が灯る。

「イザーク・ジュール、デュエル、出るぞ!! 」
「ディアッカ・エルスマン、バスター、発進する! 」
「ニコル・アマルフィ、ブリッツ、行きます! 」
「・・・アスラン・ザラ、イージス、出る!! 」

ボズゴロフ級潜水母艦のハッチから空中へと次々に射出され、グレーの機体をそれぞれが色鮮やかな装甲へと変えたザラ隊の面々は、空中で両足に飛行ユニット・グゥルを装着し、宿敵ストライクとアークエンジェルとの決着をつけるべく空を駆けた。


「レーダーに反応! 数3、いや4! 」
「機種特定! イージス、バスター、ブリッツ、デュエル! 」

アークエンジェルの艦内がにわかにざわめく。

「潜んでいた? 網を張られたのか!! 」
「対艦、対モビルスーツ戦闘、用意!! 」

ナタルは驚き、マリューはクルー達に戦闘命令を下した。

「コンジット接続! 補助パワーオンライン! スタンバイ完了! 」

アークエンジェルの甲板で、320ミリ超高インパルス砲≪アグニ≫にアークエンジェルからの補助パワー供給ケーブルを接続したランチャーストライクも、4機の空を舞うガンダム達を迎え撃つ。

煙幕の中、スカイグラスパー2号機のトールから送られた敵の座標データ目掛けてストライクの≪アグニ≫が火を噴き、開戦の火蓋を切った。

「散開! 」

アスランの一声に4人は散りながら飛行する。
ストライクもケーブルを切ってフェイズシフトを展開し、空へと駆ける。

「ストライクゥゥ!!! 」
「こっから先へは行かせねぇよ!! 」

イザークとディアッカが迎え撃つが、バスターのグゥルが被弾し、その隙にストライクの蹴りを受けてディアッカは海面に落下する。
そして、イザークもすれ違いざまにランチャーストライクの≪コンポウェポンポッド≫の120ミリ対艦バルカン砲でグゥルを破壊され、墜落した。

「イザーク!ちぃ!! 」
「こいつ! 」

残ったアスランとニコルの2機は、それぞれのビームライフルでストライクを狙い撃つが、アークエンジェルの援護などもあって攻撃が当たらない。

海中にマリンモードで潜航していたヴァーチューの中で、ディノはそれをいらいらしながら見ていた。

「・・・ええい。赤服が4人もそろって、しかもGAT-Xシリーズの機体を4体も投入してあのざまか!? 話にならないね・・・・。そうだ、セフィ。君の力を見るいいチャンスだ。ちょっと行って助けてやってくれるかな? 」
「・・・・『大天使』とストライクの撃沈・・・でよろしいのですか。」
「いや、あくまでも名目上はザラ隊の援護だよ。名目上は、ね。」
「了解しました。ただちに出撃します。」

そう言うと、セフィはブリッジを後にした。


「プレゼントを落とすなよ! 」
「少佐、どうぞ! 」

ランチャーストライカーをはずし、ディアクティブモードになったストライクは跳躍し、ムウの駆るスカイグラスパー1号機から射出されたエールストライカーパックを空中で見事に換装した。

「あいつ、空中で換装を!? 」

キラのエールストライクが、驚くニコルのブリッツに迫る。
ブリッツの射出したピアサーロック≪グレイプニール≫はストライクのビームサーベルによって斬り壊された。
そして、ブリッツの≪トリケロス≫とストライクのビームサーベルが接触し、スパークする。

その時、トールのスカイグラスパー2号機からの砲撃がブリッツに被弾し、その隙をついてストライクのビームサーベルが唸りをあげた。
右手を切り落とされたブリッツはストライクにグゥルから蹴り落とされる。
グゥルを奪われたブリッツはまっ逆さまへと海へと墜落した。

「ああああああああ!! 」

「くそ!! 」

アスランが焦りを覚え、アークエンジェルのクルー達がにわかに活気だったその時だった。

水中から飛び出したのは、透き通る水晶のような優美なモビルスーツ。
半透明に輝く流線型の独特の装甲を持つその機体の様は、あたかも舞を踊る踊り子のように軽やかで美しく、モビルスーツというにはあまりに妖艶であった。

「データ照合・・・ありません! 」
「ザフトの、新型!? 」

マリューが口にし、

「・・・なんだ、あの機体は? 」

アスランもまた驚く。

そして、

「『大天使』とストライク。あなた達は『敵』。・・・・『敵』は・・・倒す!! 」

その水晶の機体はストライク目掛けて飛んだ。

「は、早い! 」

目にも止まらぬ機速でせまるセフィのMS・ファーブニルは、刃のような鋭い爪を持つ右手の五指を赤熱させてヒートフィンガー≪ノーアトゥーン≫をストライクのコクピット目掛けて叩き込む。

「くぅぅ!! 」

とっさにビームコーティングシールドで防ぐキラは、ビームサーベルで反撃に出る。
しかし・・・・。
捉えたと思い、ビームサーベルを振り切ったそこには、既にその水晶の機体の姿は残像すら存在しなかった。
立て続けになるアラームに反応し、ストライクはファーブニルの四方八方からの高速の爪を防ぐので精一杯になった。

「な・・・なんなんだ。あの機体は? 」

グゥルの上で立ち尽くすイージスにヴァーチューから通信が入る。

「どうだい? ザラ隊長殿。ファーブニルの機動力は? ボクも実ははじめて見るのだけれど、なかなかのものだよねぇ。」
「! クシナダ特務兵! これは一体どういうことです!! 」

怒りの感情を口にするアスランにディノは笑いながら言った。

「いや、だって見てられなくてね。あれだけの戦力でここまでやられるなんてさ? 君の同期の兵は不作なのかい? ニコルも含めて、あんなので『赤』だなんて。」
「なんだと! 」
「まあ、熱くならないでよ。とりあえず、今は味方なんだ。彼女・・・ああ、ファーブニルのパイロットのセフィには、ザラ隊の援護をするよう命じてあるからまあ、しっかりやりなよ? 」

そういうとディノからの通信は切れてしまった。


「く、なんて速さなんだ! このままじゃ・・・・。」

キィィィィ・・・・

その瞬間、キラの体から大きな何かを感じたセフィはファーブニルをストライクから離した。

「な、なんなの!? こいつ、急に! ・・・・何か変よ・・・この感覚・・・・!? 」

キラが覚醒しようとしたその時だった。

「ファーブニル! 応答しろ。こちら、ザラ隊隊長、アスラン・ザラだ! 援護感謝する。だが、我々の援護なら君には落下した仲間の機体の回収を頼みたい! 」
「・・・・・・私は、そんな命令は受けていないわ。」
「君はザラ隊の援護という命令を受けているはずだ。なら、現段階での指揮官はこのオレだ! さあ、早く! 」
「・・・・・了解しました。」

そういうとファーブニルは海面に向けて滑空した。

「アスラン・・・。」
「行くぞ、キラァー!! 」

グゥルに乗った二機は空中で激しく激突した。


海面では既にバスター、デュエルの回収は行われており、セフィの駆るファーブニルはニコルのブリッツの元へと駆けつけていた。

「損傷が酷いですね・・・。私が肩を貸すわ。戻りましょう。」
「・・ありがたいですが、お断りします。」

セフィのファーブニルの肩をブリッツは左腕で払った。

「でも、あなたのその機体ではもう・・・! 」

その時、ヴァーチューのディノからセフィとニコルに通信が入る。

『・・・ニコル。みっともないよ。君はもう負けたんだ。セフィの言う通り大人しく帰還しなよ。』
「ディノ! ・・・僕はみっともなくてもいいんです。右腕を切り落とされ、『トリケロス』を失い、また左手の『グレイプニール』も壊されて、僕のブリッツは確かに満身創痍です。でも! 」

ニコルは叫んだ。

「・・・まだ、あそこでアスランが戦っているんです! 絶対に・・・絶対に死なせたくないんです!! そして、『足つき』は必ず僕達の手で落としてみせる! 」
『・・・・・・・・。ホンットに、甘っちょろいね。君は・・・・。』
「・・・・性分ですから。知ってるでしょう? 」

ディノは舌打ちをしながらセフィに命じた。

『セフィ! 海中に潜ってブリッツの右腕を探し、ニコルに渡してやれ。そうしたらヴァーチューに帰還せよ。ボク達はこの領海を離脱し、北欧へ向かう。』
「・・・・了解しました。」

ファーブニルはその姿を海中へと沈めた。

「・・・ディノ。」
『・・フン。昔のよしみの気まぐれさ。君達にまかせるよ『大天使』の堕天は。』
「ありがとうございます、ディノ。必ずしとめて見せますから。」

ファーブニルの拾ってきた右腕から一本の≪ランサーダート≫を抜き、ニコルはイージスとストライクが着地した小島へ向かって海面を駆けた。

それは、正にニコルの命を駆けた・・・・・最期の戦いになるという事を、アスランも、キラも、領海を離脱したディノ達も、そしてニコル本人も知らなかった。

南のその果て無き海に、悲しみのピアノの旋律が響き渡る・・・・。

〜第17章に続く〜


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