〜第15章 別れ、そして新たなる旅立ち〜
「私、この艦をここで下りるわ。」
その言葉に宿舎の広間にいた全員が驚いた。
そう言ったのは、アイリーンであった。
今、一行は砂漠の町、バナディーヤの小さな宿屋に泊まっていた。
スローンがコウ達と合流したあの時から程なくして、ロウの仲間たちであるプロフェッサーとリーアムが新しいジャンク屋の艦となったレセップスで駆けつけてくれた。
どうやら、ダコスタをジブラルタルの近くまで送った後すぐに反転し、スローンの後を追っていたのだという。
ロウとキサトを想うこの2名の合流を、皆嬉しく思った。
当面の任務であったネブカドネザルにおけるミコトのデータ回収に辛くも成功した地球連合軍第49独立特命部隊は、事の報告と以後の任務についてを聞くために軍本部と連絡を取らなければならなかった。
しかし、この砂漠の真ん中ではそれもできず、かといって最寄の連合基地に飛行してゆくだけの燃料や食料などの物資も底をつきかけていた。
そんな折、プロフェッサーの紹介で比較的近くにあったこのバナディーヤの町に寄る事となり、ここで連合との連絡と補給をする事になったのである。
補給は、プロフェッサーの知り合いだという人物に頼む事になった。
町に着いた翌日にプロフェッサーに連れられて、レヴィン、シュン、兵器などの価格にも詳しいナターシャ、そしてリーアムはその人物の屋敷へと足を運んだ。
その人物の事をプロフェッサーは「水屋よ」と言っていたが、あきらかに優雅な豪邸に住んでおり、何人ものボディガードが周囲を取り囲むその小太りの中年の男の姿からは水だけを売っているわけではないという事が容易に想像できた。
「水は大切なものです。どんな経緯で手に入れたものであろうと水は水。」
などと最初は悠然と話をしていた『水屋』は、レヴィンたち三人に法外な値段での補給を提案していた。
さすがに一桁違うその額にシュンもレヴィンも怒るのを通り越して目を丸くし、かわりにナターシャが納得いきませんと冷静に食いついた。
これ以上の話し合いではなんともならないだろうと悟ったプロフェッサーが、『水屋』の耳元で何かをささやくと、『水屋』は急に青くなり
「いやあ、プロフェッサーさんにはお世話になっておりますからね。いいでしょう、この補給、ただでやらせていただきましょう。ええ、もちろんですとも。」
と豹変した。
後で、3人はプロフェッサーにあの時何を言ったのかを聞いてみたが、彼女は意地悪そうにニコッと笑っただけだった。
リーアムも後ろで頭を抱えた。
補給の兼をレヴィン達に任せている間、マナは軍本部となんとか連絡を取り、任務完了とシャクスの件、捕虜の件の報告をし、そして今後の動向についての伺いを立てた。
シャクスの件はしばらくの間様子を見る事となり、新艦長及び第49独立特命部隊臨時隊長としてマナが任命された。
そして、次の任務の行き先は北欧―。
小規模ではあるがそこに新設された地球連合軍北欧基地にまず行くようにということであった。
捕虜はとりあえずそこまで移送することとなった。
スサノオもコウをパイロットとして運用に当たることが許可され、臨時とはいえ隊長となったマナには仮昇格として大尉の階級が与えられた。
しかし、マナにとってはそんな事はどうでもよく、シャクスの件を労うという事もなく流すように取り扱った軍本部に対して苛立ちを覚えた。
当面の目的が決まった一行はその晩、アイリーンにバナディーヤの宿舎の広間に集まるよう呼び出されたのである。
ちなみにスローンにはマナが残ると言ったのだが、アモンが
「オレがいるから、大丈夫さ。なに、誰かがきたらこの艦いじって驚かす事くらいならできるしね。お前らに連絡もできる、簡単さ!せっかくだから久しぶりの陸のベッドで寝て来いよ。」
と言うので、マナはその言葉に甘えていた。
「アイリさん、艦を下りるって本当なんですか? 一体何故・・・。」
そこに集まったスローンとジャンク屋の一行の前で、コウがアイリーンの言葉の真意を問う。
するとアイリーンは微笑みながら答えた。
「何故って・・、私は傭兵部隊『カラーズ』よ。任務が完了すれば、また次の任務が待っているわ。今回の任務は『スローンに乗艦してネブカドネザルまで艦とミコトを護衛する事』とアーキオ大佐からは聞いているわ。つまり、ミッションコンプリートよ。」
「そ、そうか、アイリさんは、傭兵だったんだよな。」
「・・・うん、忘れてたわ。」
シュンとサユが思い出したようにつぶやいた。
「それで、こんなところで下りて、どうするんだい? アイリ。」
レヴィンも心配そうにアイリーンに聞いた。
「彼らに乗せてもらう事になったの。ね、プロフェッサー? 」
そう言ってアイリーンが視線を送った先にはジャンク屋の面々がいた。
プロフェッサーがにこりと笑い、キサトとロウ、リーアムが代わりに答える。
「私達、これからオーブに行く事になったの。プロフェッサーが知り合いの人によばれているらしくって。」
「オーブにはモルゲンレーテとかもあるから、レッドフレームの修理とかも出来るかもしれないしな。」
「出発は、急な話ですが明日です。」
ロウの言葉に手足を切断されたレッドフレームの事を思い出し、マナが申し訳なさそうに言った。
「ごめんなさいね、ロウ。私達のためにあんな事になって。なんとお詫びをすればいいか。」
「いいって! 結構楽しめたし、それに『ブロンズフレーム』の本当の力も見れたしな! ありゃ、すごかったぜ!! だから、まあ、気にすんなよ。」
「ええ。本当に気にしないで下さい。修理費はロウの稼ぎから天引きしておきますから。」
「げっ、リーアム! ま、仕方ないか。」
このジャンク屋達とも別れることになるのかとスローンのクルー達は少し寂しく思った。
「で、私達『カラーズ』の次の任務がひとまずオーストラリアの方になるらしいから、ひとまずオーブで仲間達と合流する事になったのよ。ブルーセイヴァーもそこで修理するわ。・・・・だから、ここでお別れ。」
「・・・寂しくなるわね、・・・・アイリ。」
マナが言い、
「残念であります! 」
シュンが言い、
「もっとアイリさんとお料理の勉強したかったのにな。」
サユが涙ぐみ、
「離れていても心は一緒さ、アイリ。」
レヴィンが言い、
「・・・ブルーセイヴァーがドックからいなくなるのも寂しいですけど、アイリさんがいなくなっちゃうのは、もっと寂しいです・・。」
ナターシャが言い、
「まだ出会ったばかりでしたのに・・・残念ですわ。」
フルーシェが言った。
そしてコウがアイリーンに話しかける。
「アイリさん。今まで、オレ達を守ってくれて・・・・ありがとうございました。」
コウのその言葉にスローンのクルー達は全員、アイリに敬礼した。
アイリもその青い瞳を潤ませながら敬礼を返す。
「・・・・何言ってんのよ。私だって守られてばかりで・・・。でも、楽しかったわ。ありがとう、みんな。」
全員、涙が堪えられなかった。
その光景にジャンク屋の仲間達も微笑み、キサトなどは声を上げて泣き出した。
そんな中、コウがアイリにもう一度話しかける。
「アイリさん、最後にひとつだけ聞いてもいいですか? 」
「・・・ええ、いいわよ。何かしら? 」
コウのとても真剣な表情にアイリーンは答えることを約束した。
「・・・・アルフってどなたです? 」
「!! ・・・な・・コウ君!!? なんで・・それ・・???? 」
アイリーンの顔がみるみるうちに真っ赤に染まり、気付く。
あのとき通信回線をオフにしていなかった事に!
様子を察したフルーシェが間髪いれず続けた。
「そぉーいえばぁー、あの蒼いジンのバケモノにやられそうになってたとき言ってましたわよねー・・・・たしかぁ・・。」
「フ、フ、フ、フ、フルーシェ!! あ、あれはぁぁ!! 」
パニックになりフルーシェの口をふさぐアイリーンを尻目に、その場にいた全員の目と耳がロウの手元に集まる。
「8、再生しろよ。」
『「・・・こんな事なら、言っておけばよかったな・・・。アルフ・・・・・大好きよ・・・。」』
いつ録音していたのか、ご丁寧にディスプレイに文字付きで公開されたアイリーンの告白に、その場にいた全員がキャーキャー騒ぎ出す。
全身が真っ赤になったアイリーンが何かを言おうとする前にスローンきっての恋愛尋問のプロが素早く手を挙げる。
「はいはいは〜い! サユ・ミシマ軍曹でありますっ! 傭兵部隊『カラーズ』のアイリーンさんにその件じ〜っくりお聞きしたいと思いま〜っす!! 」
さらに隙を与えず、前回のお返しだと言わんばかりにコウものる。
「はいはいはーい! コウ・クシナダ少尉! 戦友としてその件細部までしっかりと把握する所存であります!! 」
「コ、コ、コ、コウ君! ・・・はっ! 」
周囲を見渡すとアイリーンに、もはや逃げ場はなかった。
この後、アイリーンはコウのとき以上に念入りな事情聴取を朝まで休むことなく続けられる事となる。
そんなわけで、お互いがバナディーヤの町を出発する事になったのは昼の2時過ぎの事であった。
熱い太陽の照りつける砂漠の上で、スローンのクルーたちとジャンク屋、そしてアイリーンはそれぞれが硬い握手をかわした。
ロウとコウ、そして8が、
「じゃ、コウ。『ブロンズフレーム』、大切にしろよな。」
『アモンにもよろしくな、コウ。』
「ロウ、8、ありがとう。元気でね。」
キサトとナターシャが、
「ナターシャちゃん、今度またいっしょに仕事できたらいいねっ! 」
「はい。キサト『ちゃん』も、元気で。」
「! ・・・ナターシャちゃ〜ん! 」
実はナターシャとキサトは同い年であった。そして初めて自分のことを『キサトさん』ではなく、『キサトちゃん』と呼んでくれた事にキサトは声を上げて喜んだ。
それぞれが別れの言葉を交わしあい、そしてアイリーンがコウの元へ。
「アイリさん、本当にお世話になりました・・・。まさか、初めて会ったときにはこんな事になるなんて思ってもいなかったけど・・・。」
「・・・ホントそうね。・・・あなたには本当に助けられたわ。・・・おかげで、また仲間達に・・・・アルフにも会える。ありがとう。」
「いえ、そんな。オレの方こそ・・・!! 」
そう言いかけたコウの頬にアイリーンは軽く口付けをした。
「ア、 アイリ・・さん・・・。」
真っ赤になるコウを見て、アイリが微笑み、
「いい男になりなさいよ、コウ君。それと・・・どこでもデートする癖は直しなさいね。リトちゃんに嫌われるわよ? フフっ。じゃね。」
笑いながら去ってゆくアイリの姿を、コウは何故か瞬きすることなくその目に焼き付けていた。
もう2度と会えないような、そんな気がして・・・。
「・・・リトさんに言いつけます・・・。」
「・・・へ!? 」
振り返ったコウの後ろには冷たい目を向けるナターシャの姿があった。
「ナ、ナターシャ! 」
こうして、強く美しい青の剣士を駆り、マルボロのよく似合うその女傭兵は、コウ達との短くも深い思い出を胸に平和の国オーブへと旅立って行った。
そこにはきっと、彼女の信頼する仲間達が、そして密かに想いを寄せる青年が新たなミッションと共に待っている事だろう。
「・・・・まだ、話すつもりにはなってもらえませんか。ブリフォーさん、メリリムさん。」
北の空を目指してフライトをはじめたスローンの捕虜室でコウは鉄の檻越しに手錠をはめられているブリフォー達に話しかけた。
砂漠でこの2人を捕虜にした後、コウは率先して尋問に立候補し、マナの許可を得て今日までずっと話をしてきた。
今までの事を全て。
バナディーヤの町で、レヴィンやマナ達が補給や指令のために動いているときもこの二人のところにちょくちょく顔を出した。
しかし、・・・・。
ブリフォー達は自分の名前以外はかたくなに語らなかった。
もちろん、コウが一番聞きたかったディノの事、そしてシャクスの消息の手がかりすらも。
「・・・まあ、今日は尋問で来たわけじゃないからいいです。メリリムさん、入りますよ? 鍵あけますね。」
「!? 」
怪訝な表情をするメリリムと隣の部屋(牢)のブリフォーはコウの抱えた工具のようなものを見て青くなる。
そしてブリフォーが叫ぶ。
「き、貴様!! 捕虜に拷問して尋問する気か!? 連合はそんなものが軍規なのか!!? 」
烈火のごとく怒り出すブリフォーと、コウをすごい表情で睨みつけ、かすかだが震え始めるメリリムを前にコウは動揺した。
「い、いや、だから尋問じゃないって!違いますよこれは。ああ、ちょっと待ってください。今『本体』を持ってきますから。」
「本体? 」
意味がさっぱり分からない二人をよそに、コウが何かを引きずりながら持ってきた。
それは二人もよく知る物体であった。
しかし、・・・一応ブリフォーはコウに聞く。
「・・・・おい、それ・・・・。」
「ええ。風呂桶ですよ。あ、あとこれがシャワー水洗で・・・これが、電気湯沸かし器の温度調整パネル。・・・結構探しましたよ、これ。」
「「は? 」」
ブリフォーとメリリムは唖然とした。
このナチュラルは一体何を考えているんだ?
その様子に気付いたコウは説明した。
「いや、二人とも最近お風呂に入ってないでしょう? ブリフォーさんなんか特に。メリリムさんはサユに体を拭いてもらったりはしてるようだけど。」
「み、見たの!? 」
「見ないよ!! ・・・とにかく、それじゃ不憫だと思って。どうせなら今後のためにも作っちゃおうと思ったんですよ。風呂付の捕虜室。・・・ほら、これ図面です。」
一瞬頭の中が真っ白になった二人だが、ブリフォーがはっとしてコウに聞く。
「今後のためにって、よもやオレ達をずっとこの艦に監禁するつもりじゃあるまいな。」
「ずっとではないと思いますよ。北欧の基地に着くまでです。」
「・・・北欧に向かってるのか!? 」
「ええ。・・・だから、とりあえずメリリムさんの部屋に風呂をつけようと・・・。待てよ、その場合ブリフォーさんが使うときはいったん部屋から出てメリリムさんの部屋に・・・。で、メリリムさんも出なきゃならないから、どちらにせよ・・・・。」
ぶつぶつとメリリムの部屋の前で考え始めるコウにブリフォーもメリリムも変な奴だと思っていた。
そして、思い立ったようにコウが話す。
「うん。やっぱり、部屋につけるんじゃなくシャワー室作ろう! その方が広くていいし・・・防水パンがちとたりないけど・・まあ、それはおいおいということで。・・ああ、メリリムさんやっぱいいです。そうだなあ、この一番奥の部屋、メリリムさんの正面の部屋に作りますから、二人とも使いたいときは言ってくださいね。」
そういうとコウはメリリムの正面の部屋の鉄格子のドアを開け、物資を次々と運び込む。
そして、鼻歌まじりに大きなバケツの中にセメントや破砕した細かい瓦礫、水を混ぜ合わせ簡単なモルタルを作っていく。
土台を有孔ブロックを敷き詰めて作り、中に防水シートを一応貼り付け、モルタルで床に固定した。
そしてその上に防水パンを載せ、またモルタルで固定してゆく。
実に、手馴れた作業であった。
「・・・・へえ。」
コウの手馴れた作業についついメリリムが声を出してしまう。
気付いてはっとするメリリムに、コウは作業をしながら言った。
「オレは、最近まで宇宙建築学の学生だったからね。話したでしょ? 」
「そういえば、そんな事を言っていたな。ナチュラルの宇宙建築学というものは風呂の作り方を教えるところなのか? 」
皮肉を交えて答えたのはブリフォーだった。
コウは気にせず話をした。
「まあ、そういうこともやるよね。建築だから。ブリフォーさんやメリリムさんはザフトの士官学校でてからはずっとザフトなの? 」
「・・・あきれたやつだな。答える気はないと何度も言ってるだろう? 」
「そうだよね。軍人がペラペラとしゃべる事の方が可笑しいもんね。・・・・でも、オレは聞き続けるよ。シャクスさんのために。」
「・・・なにが、シャクスさんのためよ・・・」
「・・え? 」
メリリムの言葉にコウは作業を止めて振り向いた。
「メイズを! メイズを殺しといて!! 何が仲間のためよぉ!!! 」
興奮して鉄格子を握り締めるメリリムのこわばった顔には大粒の涙があふれていた。
大切な仲間を想うコウを見て、思いだしてしまった・・自分の大切な仲間の事・・・。
「おい、メリィ・・・。」
心配するブリフォーにコウが話しかけた。
「メイズって・・・? 」
コウの問いにブリフォーはしかたなく答える。
「赤紫のディンに乗っていた仲間だ。お前らに・・・・落とされたな!! 」
うつむくブリフォーの声も感情にこわばっているのが分かる。
コウはその場にいなかったが、パイロットとしての勉強のためにもその戦闘の詳細はアイリーンに聞いていた。
コウはおもむろにメリリムに近づき口を開いた。
「そう・・・。じゃあ、メリリムさん。お願いがある。」
「・・・な、なによぉ!!! 」
「君達を逃がしてあげるから、ディノの事を知っているなら教えてほしい。それと・・・この艦を落とさせてあげるわけにはいかないけど、オレ達が憎いならオレの命をあげるよ。」
「!!?? 」
コウのこの言葉に、ブリフォーもメリリムも少し驚いた。
「ちっ何を言い出すかと思えば・・・・」
「オレは本気だよ、ブリフォー。」
コウは続けた。
「オレは事情がどうあれ、あのスサノオに乗ってしまった。そして、父を殺されたからといってあのオレンジのザフト兵の部下の人達を斬ったのは、オレだ。どちらにせよ、オレは償うべき人間だと思ってる。本当は父や母、そしてディノが何をしようとしているのかを知りたいしそのために戦いたいとは思う。でも、シャクスさんを助けられるなら別に構わないと思ってる。メイズって人を落としたのはオレじゃないけど・・・・それで気が済むなら・・・。」
「あ〜〜、うるさい! きれいごとばかり並べるな! ナチュラル風情が! 」
ブリフォーはそういうとそっぽを向いたままベッドに横になった。
その事が実はブリフォーのコウに対する優しさであった事に、本人ですら気付いていなかった。
メリリムも無言でコウを見つめている。
するとコウは悲しげに微笑んでメリリムにこう言った。
「・・・考えておいて? 」
浴槽設置の作業に戻るコウの後姿をメリリムは不思議な気持ちでそのまま見つめていた。
浴槽の設置を手際よく終え、シャワー水洗も簡易トイレのものをつないで水が出るように改修する事ができたコウは、給湯用の電気配線の作業に入ろうとナターシャのいるMSドックへと足を運んだ。
その手の事はこの艦のことに詳しい人間が必要だったからである。
すでに電気配線図はもらっているのだが、正直分からないので一緒に作業を頼もうとしての事だった。
「ナターシャ。・・・・何をしてるの? 」
珍しくドックの奥にある1台のパソコンの前に座りマウスを握るナターシャに驚いたコウは、そのディスプレイを覗き込んだ。
そこに映るのは、何かの設計図・・・。
「コウさん、どうしました? 」
「あ、ああ、捕虜室のシャワーの事なんだけど電気系の事、ちょっとよく分からないから一緒に手伝ってくれないかなと思って。・・・これは、何? 」
コウのその質問にナターシャは少し間をおいてから答えた。
「モビルスーツの設計図です。」
「モビルスーツの? 」
ナターシャは頷き話を続ける。
「以前、私はシャクス先生と一緒にフジヤマ社のヒトとミコトの開発にたずさわっていました。私達が加入したときにはすでにアマテラスとスサノオの方は製作の軌道に乗り始めていましたが、3機目の機体はまだプレゼン段階でした。」
「!! ・・・あの、金色のミコトを知ってたの!? 」
ナターシャは首を横に振った。
「いえ、名称とその存在は知っていましたが見たのは初めてでした。何しろリューグゥで機体のコンペがあった後、月で製作がはじめられたと聞いていましたし。・・・あの3機目のミコトの名はツクヨミ・・・・。GDE-03Miツクヨミ。」
「ツクヨミ・・・・。」
ディノの駆るミコトの名をコウは感慨深くつぶやく。
「・・・ちなみにこの図面はその時の3機目のミコトのコンペで提案したものです。負けちゃいましたけどね。」
ディスプレイに表示された機体名称の文字にコウは目をやる。
「つ・・・き・・・しき? 」
「月式(ゲツシキ)です、コウさん。ツクヨミのコンペのために私が設計したものなので、月読の型式で、月式。」
「ゲツシキか・・・。でも、今になって何でそれを・・・? 」
「・・・先生がいないドックで、私、落ち着かなくて・・・。これは先生に何度も見て貰いながらつくった、私のはじめての設計だから・・・。」
今はロウも、キサトも、アイリも、そしてシャクスもいないこの広いMSドックにナターシャが一人きりだった。
フルーシェもピュリフィケイションのキャンプで下りる事になっていた。
シャクスの事をほうっておいたままで北欧に向かう事になったときも、ナターシャは何も文句を言わなかったが、強がっているようでも実はとても悲しかったのだろう。
「ナターシャ・・。」
心配そうなコウの声に気付いたナターシャはパソコンの電源を落とし、ぴょこんと椅子から立ち上がった。
「コウさん、捕虜室の方手伝います。行きましょう。」
「・・・うん、ありがとう。」
「・・・その代わり、北欧についたら何かおごって下さいね。」
「え・・・あ、うん。わかった。」
ナターシャの口から出た意外な言葉にコウは驚きながらも内心嬉しかった。
少しずつだが、ナターシャが自分に心を開いてくれているような気がして。
「ここをこう配線して、・・・これをこうですね。あ、コウさんそこにあるプラスドライバー取ってください。」
ナターシャに言われるままにいそいそと動くコウを見て、おもわずメリリムが吹き出した。
「メリリムさん、何が可笑しいの? 」
「え・・いや、別に・・・。」
コウは普通に話をしようと思っただけだが、それには乗せられまいとしてメリリムはまた黙った。
ため息をつくコウにブリフォーが言った。
「そりゃ可笑しいさ。そんなちっこいお譲ちゃんにこき使われるなんてな。ナチュラルはよっぽど人材不足なんだな? くっくっくっく・・・。」
それを聞いてナターシャがきっとブリフォーを睨みつける。
ブリフォーも気が立っていたのかその様子に気付くとナターシャに言い放つ。
「なんだよ、気に障ったのか? 所詮ナチュラルのメカニックなんて酷いOSしか書けない無能の集団だろう? ・・違うかい。」
「取り消してください! 私は確かに無能かもしれませんが、先生は立派なヒトです!! 」
「先生? 誰だよそりゃ。そんな居もしない奴の事なんて・・・」
ブリフォーは、冷静に訳すと「ここにいない奴の事を言われても知らないから分からない」というような意味で言ったのだが、ナターシャの心はその言葉に打ちのめされた。
「い・・いない・・・先生が・・・・う、う、うううううう!!! 」
大粒の涙をこぼしながらナターシャはその場を走り去った。
「ナターシャ!! 」
「え、お、おい!! ・・・・・。」
自分が言ったことが、そんなに酷い事だったか?
ブリフォーは考えたが、ふと気付くとコウがこちらを悲しい瞳でみつめていた。
「・・・ブリフォーさん。前に話したシャクスさんが、彼女の先生です。まるで父か兄のように慕っていました。」
「!! 」
ブリフォーは納得した。
「・・・ブリフォーさん、メリリムさん、お願いです。彼女は今必死にその事を考えないように、シャクスさんは無事なんだと信じながら戦っています。軍のメカニックとして。他のクルーだってそうです。・・・・あなた達が、メイズさんをオレ達に奪われて苦しいように、オレ達もシャクスさんを失って苦しいんです。オレの事はどういっても構わない。さっき言ったように望むのなら討たれもしましょう。でも・・・・・・これ以上、彼女を傷つけるようなことを言うのだけはやめてください。」
「・・・・・・。」
そう言うとコウはナターシャの元へ走って行った。
「・・・ブリフォー、どうしたのです? あなたらしくもない。」
「・・・いや、少し気が立っていたようだ。確かに、大人気なかったな・・・・。」
「・・・私、今はじめて思い知りました。」
メリリムの突然の言葉にブリフォーは耳を傾ける。
「何がだ? 」
「私達の戦っている相手も、同じ『人間』だってことを・・・・。」
「・・・そうだな。・・・だから、『戦争』なんだろう・・・・。」
暗がりの捕虜室が言いようのない静寂に包まれた。
コンコン・・・。
スローンのMSドックにある整備室のドアをコウはノックした。
中には人の気配がしている。
「ナターシャ・・・入るよ? 」
鍵をかけ忘れていたのだろう。コウがエアロックを開けると、ナターシャは背を向けて急いで涙をぬぐった。
「・・・・す、すみません。途中で作業ほっぽりだして、でも・・・! 」
コウはナターシャの両肩に優しく手を置き、言った。
「いいんだよ、やりたくないときにやってもいいものはできないよ。」
「!!!! 」
ナターシャの脳裏にかつて言われたシャクスの言葉が鮮明に浮かんだ。
『いいんですよ、気が乗らないときには作らなくても。やりたくなった時に、またやればいいんですから。』
そして、ナターシャは振り向きコウの胸の中で泣き出した。
人目もはばからず声を上げて。
コウも優しくナターシャの肩を抱き、頭をなでる。
「・・・これからは、我慢する必要ないからね・・・。オレでよければ、いつでも相談に乗るし、いつでも一緒にいてあげる。・・・オレも一度大泣きしてるしね。」
ナターシャは泣き続けた。
そして、コウも一晩中ずっとナターシャのそばについていた。
明け方になって、泣きつかれて眠るまで。
寝息を立てるナターシャの頭を軽くなで、思った。
妹がいたら、こんな感じなのかな・・・・。
天井を見上げコウはつぶやいた。
「ディノ・・・・。」
〜第16章に続く〜
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