〜第1章 海洋のプラント〜
雲ひとつない空の下、今日もけたたましい金属音が響き渡る。
ここは、東アジア共和国の領海の洋上である。
この洋上に浮かぶ巨大な構造物(フロート)上での建設作業が、この音の正体であった。
そのフロートの名は、『リューグゥ』。
地球連合の軍事基地である。
戦局が次第に悪化してゆく中、地球連合の一国家である東アジア共和国においても自衛のためという名目で軍備の増強が唱えられるようになっていた。
しかし、中国・韓国・日本などからなるこの国では互いの利害関係などの問題から建設地をどこにするべきかという決議が一向にまとまらなかった。
それはそのはず、軍事基地を有するという事は防衛力が強まるというだけではなく、敵に狙われる要素をつくると言うことでもあり、また島や半島を領土としている所では軍事基地として広大な土地を裂くことが困難なためである。
また、逆にあまりに自国からかけ離れた場所に基地をつくったとしても自国防衛の意味を成さないため、その建設場所には多くの試案の提出と論議が繰り返された。
最終的に中国、韓国、日本(九州)に挟まれた領海上に共同で移動可能な基地を建設するという事で、一致したわけである。
大西洋連邦からは惜しみのない技術提供と多くの有能な技術仕官の派遣があった。設計・施工はモルゲンレーテ、アクタイオン・インダストリーなどに並ぶ東アジアの大企業・フジヤマ社が請け負う事となり、事業の決議が成されてからは一切の問題もなく怖いほどに順調な建設工程をとっていた。
それには一つの大きな理由が存在していた。それは、リューグゥが『マスドライバー』を要する軍事基地として設計されていたからであった。
宇宙を主要拠点とするザフト軍に対抗するためには、宇宙にいつでも攻め入る事のできる軍備が不可欠となっていた。現在マスドライバーはパナマの地球連合基地とアラスカの地球連合本部JOSH-A、そして中立国のオーブに存在するだけであり、これから激化するであろう戦局の中でもっとも必要な施設のひとつだったからである。
また、リューグゥはその名の通り、海底にも大規模な基地や工場を備えた海底コロニーを有しており、物資の自給自足や新兵器の開発など次代の地球連合主要基地としても期待されていた。
そう、それは基地というには壮大で、理想的な一つの海洋都市の形成を目指していたのである。
「おう、どうだ。はかどってるかい?」
建設途中の第6海底コロニーにある仮設スタッフルーム――。
その一角にあるパソコンで黙々と作業をするその少年に、電子工学エンジニアのシート・ブルーノはいつものように声をかけた。
「ふうっ・・・。」
ため息をつきながらマウスを離したその少年は、デスクチェアーを回転させてシートの方に体を向き直す。
程よく伸びた黒い髪が揺れ、銀縁の眼鏡の奥に覗く真っ青な瞳がシートの姿を捉えた。
「・・う〜ん、もう少しですかね。なかなか研究施設と工場との動線と設備関係の配置がうまくないんですよね。あと、気密隔壁と防湿層の取り合いもなんかうまくない気がするし・・・・どう思います?シート先輩。」
「それをどうにかするのがお前の仕事だろう、コウ・クシナダくん。」
「そんな事いわれても、オレは単なる実施図面のCADオペレーターとして来てるんですよ?なのに、たかだか工業カレッジの建築学生であるオレがこんな大施設の実施設計までやるなんて正直無茶苦茶ですよ。」
「なら、クシナダ先生に聞けばいいだろう。お前は一つの事に集中すると何時間でもやっちまうからさ。実務は時間との勝負だぜ?それに、お前から無理矢理頼んでここにきたんだから文句は言えないんじゃない?」
「う・・・、それはそうなんですけどね・・・。」
笑みを浮かべながら淡々と話すシートの言葉にコウは何も言い返せなかった。
そもそも、一介の工業カレッジの学生であるコウがこんな最先端の現場のチームに参加する事ができたのはコウの父、ケイン・クシナダの口利きがあったからだった。
ケイン・クシナダ――――。
フジヤマ社・宇宙建設部門の最高責任者であり、世界的にも有名な宇宙建築家である。かつて、ファースト・コーディネーターであるジョージ・グレンに師事し、プラント建設チームに参加していた事もある。
息子であるコウも、同じように建築に興味を抱き工業カレッジでは宇宙建築学を専攻していた。今回のリューグゥ建設の主任建築士としてケインが選ばれた事を聞いたコウは、なりふりかまわず父に頼み込み、CADオペレーターとしてこの現場で研修させてもらう事になったのである。
その手前、無理な事でも頼まれた仕事はこなさないといけなかった。自分で判断できない事は他の誰かに指示を仰ぎ、罵倒されながら教えを請うてでも・・・。
しかし・・・。
「コウは嫌なのよね、お父さんに怒られながら仕事をするのが。」
「リ、リト。・・・な・・・なんだよそれ。」
考えている事を見事に言い当てられ軽く動揺するコウを見て、事務手伝いをしているカレッジ同期生のリト・アーキオはくすくすと笑った。
それを見て、シートも声を上げて笑う。
「おまえさあ、そんな事じゃ・・・」
「わかってますよ、聞いてきます・・・!」
「あ、コウ、紅茶とサンドイッチ作ってきたんだけど、食べない?」
「あ、ああ、戻ったら食べるよ。・・・・・・・・・ありがとう。」
シートの言葉をさえぎり、罰が悪そうにそそくさとスタッフルームを後にするコウにリトとシートは苦笑した。
「これじゃあ、大建築家への道は前途多難ですかね、シート先輩。」
「・・・図面は早いし、集中力はすごいんだけどねぇ・・・。ま、いいんじゃない?あいつはあいつだからさ。」
「はあ・・。あ、シート先輩、よかったらこれ食べちゃってください!・・・・待ってよ、コウー!」
未来の大建築家を追いかけてリトも部屋を後にした。取り残されたシートは頭をぽりぽりとかきながら、リトの作ったサンドイッチに一人手を伸ばした。
「もう、待ってっていってるのに。」
足早に海底コロニーの仮設通路を歩くコウの横に追いついたリトに、コウは目もくれず返事を返す。
「なんだよ、他にも何か用?」
「何か用って、ちょっとひどいんじゃない!?」
コウがさっきの事でむくれていると思ったリトは、その態度に少しむっとした。
コウとしては、様々な工区に引っ張りだこの父を限られた時間の中で探さなければならなかったので少しテンパッていただけなのだが・・・。
「え、あ、いや、そんなつもりで言ったんじゃないよ。」
「じゃあ、どんなつもり!?」
リトはすっかり機嫌を損ねてしまっている。こうなってしまっては、そう簡単には許してはくれない。
コウがこのプロジェクトに参加し、しばらく忙しくて時間をつくる事ができないと告げたときもそうだった。なだめるのに散々時間がかかった挙句に、『じゃあ、私も働く。』と、偶然にもこのプロジェクトに派遣されていた地球連合軍所属の士官である父に頼み込み、事務手伝いとしてコウと一緒に来ることになったのである。もっとも、事務手伝いといってもほとんど仕事はなく、暇さえあればコウのところに顔を出しているのだが。
「ごめん、リト。でもオレも余裕がないんだよ、いろいろと。これからあの神出鬼没親父の捜索をしなきゃならないし、仕事も溜まる一方だし。よかったら一緒に探すの手伝ってよ。」
「・・・・携帯電話に電話すればいいじゃない。」
「・・・忘れてったんだよ、今朝ここに。」
そういって、コウはポケットからその電話を取り出して見せた。
「・・先生らしいわ。呼び出しかけても聞いてないこと多いしね。はあ、わかった。今は仕事中だし、これくらいにしてあげる。」
そういって愛らしい笑顔を向けたリトをみて、コウはほっとした。
心も少し軽くなった。
「リト、今日はアーキオ大佐はどちらにいるんだい?」
「えっ、お父さんなら多分軍事工区の方だと思うけど。たしか・・・今日は新型なんとかのチェックがどうとか言ってたのを聞いたわ。どうして?」
「いや、今朝アーキオ大佐とこの電話で打ち合わせをしてたんだよ。そのまま慌てて部屋を出て行ったんだけど・・・。そうか、じゃあ第2海底コロニーの方になるのかな。」
「え?確か第8コロニーにいくって言ってたわよ?」
コウはリトの言葉に怪訝な顔を向ける。
「第8? だって、あそこは環境資源コロニーだよ。しかも、農場や林業用の森林とかの。あるとしてもまだできてないけど自然博物館や海洋森林公園くらいで。」
「でも、確かに言ってたわ。2回繰り返してたもの。『第8海底コロニーのGフロアーだな』って。」
「そうなんだ。・・・・じゃあ、わからないけどいってみようか。」
このリューグゥにある海底コロニーは計9つ。
中央に半径30kmの円状のマスドライバーを有する大きなメインデッキから8方向にブリッジがかかりそれぞれ半径15km程の円状デッキが配置されている。
そしてそれぞれのデッキからは海中にエレベーターシャフトが降りており、縦に細長く伸びる球体のような形状の構造物と連結している。この球体の構造物が海底コロニーである。
その中は様々な大きさの空間を持つフロアで区切られ、中央を走るエレベーターで行き来をする構造になっている。内部には軍事工場からオフィス、フィットネスルームや運動場、農場や林や森、湖といった擬似自然まで存在する。
そしてエレベーターシャフトの地上頂上部に付属する大きなミラーによって太陽光が供給され、空気もこのシャフトによってもたらされる。
まさに、海洋の『プラント』といってもいいほどの最先端技術の結晶が、このリューグゥなのである。
現在、その構造体の外形は完成しており、作業しているのはフロアやその隔壁、設備関係などの内部の建築・施工である。
各コロニー間の移動はいったん地上に出てデッキを通るか、海中通路を使うかによって行われる。
海中通路を使う場合は、人感センサーによって走る自走式電動自動車によって行き来する事になっていた。
が、それは完成したときの話であり、工事中である現在では通路の側に設置された仮設管理事務所に電動自動車を借り入れ、自分で運転しなければならなかった。
海中に走る巨大な透明パイプに通る道路をコウとリトは車を走らせた。
彼らの作業工区のある第6海底コロニーから第8海底コロニーまでは上空から見て時計回りに第7海底コロニーを通過して行かなければならない。
その間、まるで車でスキューバダイビングをしているかのような幻想的な景色を二人は楽しんだ。
第8海底コロニー。
そのフロアのほとんどが広大な空間に広がる草原や森林、農場などの環境資源コロニーである。
「ついたよ、リト。」
「すっごい綺麗だったね、コウ。ここの草原も海の中とは思えないほど素敵。来てよかったぁ。」
すっかり機嫌を直したリトを見てコウも嬉しくなった。
思い返してみると、2人きりでのデートはさっきのドライブが唯一久しぶりのデートらしきものであった。
『今日の仕事が終わったら、久しぶりに2人きりで食事でも誘ってみようかな』
コウがそう心の中で思ったその時、一人の女性が話しかけてきた。
「そこの黒髪の君!」
「・・・僕ですか?」
「君以外いないでしょ。ちょっと尋ねたいことがあるんだけど。」
肩まで伸びた青い髪をなびかせるその女性は、煙草をけだるそうにふかしながらコウの元にやってきた。
そして、側に居たリトに気づくとあきれた様にコウに言った。
「あら何?こんな工事中のコロニーでデート?うらやましいわね、君。」
「・・・・・・オレ・・・僕は、フジヤマ社宇宙建設部門所属の契約所員でコウ・クシナダといいます。・・・失礼ですが、あなたは?」
むっとしながら話すコウに気づきその女性も名を名乗った。
「私はアイリーン・フォスター。ごめんなさい、悪気があったわけじゃないの。ただ、この馬鹿でかいコロニーでちょっと迷っちゃってうんざりしてたから。」
煙草を消し、携帯灰皿にしまうアイリーンにリトが聞く。
「あの、どちらに行かれるんですか?」
「そうそう、それが聞きたいこと!・・ホントはこれも依頼だから言っちゃいけないんだけど、もういいわ。実は私、地球連合軍のマクノール・アーキオ大佐という人に呼ばれて来たんだけど、あちこちたらいまわしにされて挙句の果てにこんな森と草原の中に・・・。あなた達、知らないかしら?」
「マクノールなら、私の父です。あ、私、リト・アーキオといいます。実は、私たちも父に会いに来たんです。もしよかったら一緒に行きません?」
リトの提案にアイリーンは目を輝かせた。それもそのはず、彼女の今日一日のほぼ半分はたらいまわしにされて終わっていたのだから。
「ええ!是非お願いするわ!ホント、ラッキー!」
「ですが、アイリーンさん。僕たちも多分そこにいるだろうくらいの情報で探してるところですから、もしかしたらがっかりさせるかもしれないですよ。」
「いいわよ。ここまできたら、情報がまったくないよりましだもの。いきましょう。」
3人はコロニーを貫く中央エレベーターに乗り込んだ。目的のフロアはGフロア。
ゆっくりと下り始めるエレベーターの中でコウはふと口を開いた。
「アイリーンさん、一つ聞いてもいいですか?」
「コウ君、だったかしら。アイリでいいわ。で、何かしら?」
「じゃ、アイリさんは何をなさっている方なんですか?」
コウのもっともな質問にアイリーンはうなる。
「う〜ん、これも言っちゃいけないのよね、ホントは。ま、いいわ。他の人には内緒にしておいてね。」
コウとリトに視線で念を押しながらアイリーンは続けた。
「私は、傭兵をやってるの。『カラーズ』って聞いたことないかしら?」
「!『カラーズ』って、サーペントテールと並んで有名な傭兵部隊のことですか!?アイリさんが?」
傭兵という言葉にリトは眉をしかめた。
「父が、マクノールが傭兵であるアイリさんを呼んだって事ですよね。いったい何があるんです?」
「さすがにそこまでは言えないの。傭兵には守秘義務っていうのがあってね。ごめんなさい、リトちゃん。」
「・・・そうですか。」
心配そうに顔を曇らせるリトの肩にコウはそっと手を乗せた。
「大丈夫だよ、リト。アーキオ大佐は立派な人だ。心配する事ないよ。そうでしょうアイリさん。」
「そうよ、リトちゃん。依頼の内容は言えないけど、決してリトちゃんが心配するような任務ではないわ。だから、安心して。」
「コウ、アイリさん。ありがとう。」
ピーン。
そうこう話をしているうちにエレベーターは目的のGフロアに到着していた。
エレベーターの扉が開いた先は何かの工場のようで、大勢の連合の制服を着た人間がせわしなく動いていた。
「資源コロニーに、こんな軍用フロアがあるなんて。」
「・・・ホントね。」
「お父さんもここにいるのかな。」
エレベーターを降りて驚くコウ達を見つけ、入り口付近にいた士官らしき少年が駆け寄ってきた。
「そこの3人、そこで何を・・・・・・・コウ・・・?」
「シュン・・・・シュンなのか?」
驚きながら見つめ合う2人にリトとアイリーンは目を丸くする。
「久しぶりだなシュン!月の幼年学校以来じゃないか!」
「コウこそ久しぶり!こんなところでどうしたの?」
「・・・どうやら知り合いみたいですね。」
「・・・そのようね。」
懐かしみながら昔話に花を咲かせ始める2人にアイリーンが割って入る。
「もしもーし、コウ君?私も用事を済ませたいんだけど?」
「あ、すみませんアイリさん。」
コウはシュンと呼んだその士官に事情を説明した。
「自分は地球連合軍第49独立特命部隊所属、シュン・スメラギ軍曹であります。『カラーズ』のアイリーン・フォスターさん、お待ちしておりました!アーキオ大佐の所へは自分がご案内いたします!!」
「え、ええ。よろしく。」
気合の入ったシュンの挨拶にすこしだけアイリーンは引いてしまった。
「それと、コウ。クシナダ先生なら、ここから左に行った第3ドックで見かけたから行ってみるといいよ。」
「サンキュ、シュン。また後でな。」
シュンとアイリーンに手を振りながらコウとリトは第3ドックに向かった。
「へえ、新型の輸送艦かな・・・?派手だなぁ。」
「でも、綺麗よね。」
第3ドックに着いたコウ達の目の前に飛び込んできたのは、金色に塗装された小型輸送船であった。ところどころではあるが武装も取り付けられている。
「どうです、どうです!?『スローン』のこの勇壮な姿!見事なものでしょう!?」
いきなり背後から話しかけてきたその緑髪の男は満面の笑みを浮かべながら近づいてきた。
しかし、その翡翠色の瞳に移っているのは明らかに二人ではなく、あの金色の輸送船だ。
「あ、あの・・・・綺麗な船ですね。あなたは?」
「そうでしょう!!エ〜クセレントでしょう?うんうん、我ながら涙が出るほど改心のできですよ、ホントに。」
一人興奮しながら感慨にふけるその男に、コウとリトは顔を見合わせて絶句する。
「あの、僕はフジヤマ社・宇宙建設部門所属の契約所員、コウ・クシナダといいます。さきほどスメラギ軍曹からこちらにケイン・クシナダがいると聞いてきたのですが、おりますでしょうか?」
「あ、私はリト・アーキオと申します。」
コウ達の言葉にはっと我に返ったらしく、その男は2人に向き直り敬礼する。
「す、すみません。メカの事となると我を忘れてしまって。私はシャクス・ラジエルと申します。シュン君から聞いてきたんですよね。クシナダ先生、先ほどまではその辺りにいらしたんですがねぇ。ちょっと待ってください。」
そういうとシャクスはトランシーバーのような通信機を手にした。
「ナターシャ、シャクスです。クシナダ先生にお客様なのですが中にはいませんか?」
しばらくすると『スローン』の上部ハッチが開き、ナターシャと呼ばれた銀髪の少女がひょっこりと顔を出した。愛想のない無表情な顔のまま少女は口を開いた。
「・・・・中にはいないです、シャクス先生。」
用件だけ言うとナターシャはすぐに内部に戻っていった。
そのあまりの素早さと事務的な返答にシャクスも含めて3人はまたもや絶句する。
「い、いやぁ、彼女、メカニックとしては有能なんですがねぇ。何分メカ以外にあまり興味を持たないもので・・・。私の教え方がまずかったんですかねぇ。お恥ずかしい。」
「え、シャクスさんの娘さんなんですか?」
リトの問いかけにシャクスは笑って返した。
「いやあ、違いますよ。私の弟子です。私も技術士官でしてね。それに、結婚どころか恋人すらできないですよ、こんな生活じゃねぇ。」
「・・・・・あはは。」
初対面なので失礼だと思いつつも、油まみれで寝癖も直さず、メカおたくのシャクスを見てリトは妙に納得してしまった。
「それにしても、困りましたねぇ。コウさん、でしたっけ。どうやらここにはクシナダ先生はおられないようです。」
「クシナダの大先生なら、ついさっきアーキオ大佐の所へ行ったのを見たぜ。」
声の方に目をやると、軍帽を深々とかぶった長身の男がいつの間にかスローンに寄りかかってこちらを見ていた。
「本当ですか、レヴィン君。それでは・・・」
「待ってくれ、シャクスの旦那。先に自己紹介させていただきたい、・・・お嬢さん。」
その男はそういいながらリトに近づき名を名乗った。
「オレはレヴィン・ハーゲンティ。よろしく。」
レヴィンはそういうとリトの手をとろうとした。
が、目的の少女の手はいち早くコウの手の中に握られていた。
「オレはコウ・クシナダ。彼女はリト・アーキオです。よろしく。」
「・・・コウ。」
コウのその行為にリトは嬉しそうに微笑んだ。それを見たレヴィンも負けを認めざるを得なかった。
「・・・クールだね。それに、もしかしてリトさんのお父上は・・・」
「はい、マクノール・アーキオです。」
「アーキオ大佐のご令嬢とは!やあ、知りませんでしたよ。クシナダ先生も一緒におられるようですし、それでは私が大佐のところにご案内・・・・」
「ラジエル隊長!!!自分がご案内いたします!!!!」
シャクスが言い終わるや否や、シュンが走って駆けつけた。
「シュン君。そうですか、ではお願いしますね。」
「はっ!!!!では、コウ、リトさん僕についてきて。」
「・・・・・・。」
「どうかしたの、コウ?」
ぼんやりとするコウの顔を心配そうにリトは覗き込んだ。
「あ、いや、なんでもないよ。行こうか。」
そういうとコウとリトはシュンに続いて歩き出した。
「・・・なんだったんだろう?あの感じ・・・・・?」
コウの心の中に些細な不安が生まれ、そしてそれはすぐに消えた。
「それではもう一度確認しますが、完成するまで『アレ』の護衛をすればよろしいのですね。アーキオ大佐。」
アイリーンの問いかけにマクノール・アーキオは背を向けたまま答えた。
地球連合軍第31東アジア守備艦隊艦長マクノール・アーキオ――――。
東アジア一体を中心とする守備艦隊を率い、東アジア共和国の領域を守護する連合の猛者である。自らも青く塗られた戦闘機(最近ではスカイグラスパーが支給された)を駆り、戦闘では『青雷のマクノール』と呼ばれ何機ものディンを撃墜している。
「うむ。本当なら我らで行うべきかも知れんが少し目立ってしまうのでね。輸送中の護衛となる。何人かは付けるつもりだが、くれぐれもたのむよ。」
「輸送船には、モビルスーツは積み込めるのですか?」
「ああ、大丈夫だ。君のMS、『ブルーセイヴァー』だったかな。先ほど連絡をしてデッキからこちらの方に移したので作戦開始の際には収容するといい。」
「ありがとうございます。」
「君達『カラーズ』のことは、リエンから聞いているから心配はしていないが、一つ聞いてもいいかね。」
そういうと、マクノールはアイリーンの方に向き直り真剣なまなざしを向けた。
「今回はMS一機とそのパイロットを頼む、と『カラーズ』には話をしている。気分を害してしまうかもしれないが、4人の中で君が派遣されたその理由を聞かせてほしい。」
アイリーンはマクノールを真剣に見つめ返すと、ふっと笑顔を浮かべた。
「・・・残念ですが、特に理由などありません。私たち『カラーズ』はプロの傭兵です。誰がどのような任務に当たったとしてもベストの結果を出すのは必然。故に、今回はたまたま私が派遣されただけにすぎません。・・・・逆にアーキオ大佐の気分を害してしまわないか心配ですわ。」
「ハッハッハッハ、聞きしに勝る!リエンが気に入るわけだ、負けたよアイリーン殿。『アレ』をよろしく頼む。」
「はい、お任せください。」
「時にその肝心な『アレ』の方の準備はできたのかな、ケイン。」
「ああ。あとは搬入するだけですよ、アーキオ大佐。」
「よせ、大佐なんて。マクノールでいい。」
「そうか?『青雷のマクノール』が一介の建築家に呼び捨てにされては部下に示しがつかんだろう?」
「なに、宇宙建築家ケイン・クシナダは『青雷』と並ぶ男だという示しにはなる。」
笑いあう2人にアイリーンが告げる。
「では、私はドックの方へ参ります。MSの調整などをさせていただきたいので。」
「うむ、武運を祈ってるよ。」
「はい、失礼いたします。」
部屋を出るアイリーンと入れ替わりで別のドアからノックの音が聞こえる。
「第49独立特命部隊所属、シュン・スメラギであります!!ケイン・クシナダ様にご面会を希望されている方をお連れいたしましたぁ!!」
「うむ、入れ。」
ドアを開くとコウ達は中に入った。
シュンの後ろにいる2人を見て、ケイン・クシナダは驚いた。
「コウ。それにリトさんか。」
「父さ・・・クシナダ主任、第4コロニーの第16,17,18工区のもので見ていただきたい図面があるのですが。」
「わかった。見せてみろ。」
コウがケインに指導されているのをほほえましく見ながらリトはマクノールの元に駆け寄った。
「お父さん、忙しそうね。」
「何、いつもの事だよ。それよりリト、コウ君とはうまくいっているのかい?」
「ん。まあまあね。」
「・・・こういう感じにすれば、シャフトからの動線もうまく行くし、どうだろう。」
「・・・わかりました、やってみます。ありがとうございました。・・・リト、行こう」
「うん!じゃ、またねお父さん。」
「ああ。コウ君、リトを頼むよ。」
「はい、アーキオ大佐。それでは失礼します。」
手早く用事を片付けて部屋を出るコウを見てマクノールはため息をついた。
「いいのか、あんな事務的な会話で。」
「今は仕事中だからな。私情は挟まんよ。・・・・・それよりも、これで本当によかったんだろうか。」
ケインの言葉にマクノールは怪訝な顔をする。
「ケイン。それはお前も納得した上での事だろう?必要な事なのだ。今のこの世界には。」
「・・・・・。そうだな、すまないマクノール。」
暗がりの部屋で2人の男は天井を見つめた。
その瞳に映るのは、一筋の希望であることを願って。
〜第2章に続く〜