Phase-9  侵攻−前線基地

 5月7日、午前08:30。

 この日、朝も早くからヨーロッパ第4基地に多数の輸送機が姿を表した。

 その輸送機から降りてきたのは20機ものMS。

 その全てが、オーブ製だった。

 更には20分後、他よりも遅れてやってきた輸送機から現れたのは、平和の歌姫。

 ラクス・クラインだった。

「この基地の司令官の方はどちらでしょう?」
 
 ラクスが近くにいた兵士に尋ねる。

 ちょうど到着したMSの運搬作業をしていた整備士だった。

 整備士が呼びに向かう。

 いったい何の騒ぎだろうか。

「これはこれは、クライン最高評議会議長。私がこの基地の司令官、ロベルト・アイゼンであります」

「こちらこそ、突然の申し出をここよく快諾していただき、感謝の心で一杯ですわ」

「何よ、この騒ぎは……」

 そんな様子を見ていたアルトがキースに耳打ちする。

 キースも分からないでいた。

 カイも何故ラクス・クラインやキラ・ヤマトがここにいるのか理解しかねていた。

「なぁ、アンタ」

 不意に利きなれない男の声が響いた。

「あん?」

 アルトが振り向いた。

 何しろ「アンタ」呼ばわりされる相手に容赦をするつもりは無い。

 立っていたのはオーブの軍服に身を包んだ男と女だった。

 どちらもアルトとは同年代だろうか。

 その男が言う。

「なぁ、アンタ」

「何よ。初見でアンタは他人をアンタ呼ばわりするわけ?」

 いや、お前も同じだろう。

 その場にいた全員がそう考えた。

「何だと!?」

「何よ!」

 一触即発。

 そんな雰囲気だった。

 隣にいた赤毛の女とカイ、キースが止めに入る。

「やめなさいよ、シン!」

「アルトもよせ! それじゃあお前、男だぞ!」

「馬鹿にするな!」

 キースを叩く。

「いたっ!」

 平手打ちだった。

 シンと呼ばれた男とアルト。

 互いに肩で息をしている。

 だが、問題はそこではない。

 シンは何かを聞きたかったのではないだろうか。

 女が問う。

「ねぇ、シン。何か聞きたかったんじゃないの?」

「あ?」

「あ? じゃないわよ……まったく」

「ああ。別に何もねぇよ」

 その場の空気が凍った。

***

 午前09:55。

 MSの運搬作業が終盤に差し掛かった。

 ラクスはロベルト、キラ、アスラン、カガリ、イザークとともに会議室にいた。

「では、この基地をAllianceに対する前線基地にすると?」

「ええ、そういうことですわ」

「それは構わないのですが、こちらでオーブMSを整備できるとは限りませんよ? 何しろスペースが限られているので……」

「それは大丈夫だ。モルゲンレーテの整備士を何人か連れてきたからな」

 カガリが胸を張る。

 そういうことならばオーブ製MSはそちらの整備士に。

 こちらは今までどおりの整備をすればいい。

「ところで、Allianceに関する何か新しい情報はありますか?」

「こちらでも色々と探ってはいるのですが……」

 ロベルトはため息をついた。

「先日、スパイと思われる兵士が自害しまして」

「スパイ、Allianceのか!?」

「ええ。そして昨日、その仲間と思われる二人がこの基地より脱走しました」

 ロベルトが写真を出す。

 意志の強そうな灰色の紙の男と。

 物腰の柔らかそうな女が写っている。

 それぞれの写真の裏には二人の名前が書かれている。

 ルーウィン・リヴェルとフィエナ・アルフィース。

 二人の名前だった。

 ロベルトは説明を始めた。

 二人は現在、ルーウィンの乗機であるストームに乗って逃亡していると。

 ストーム。

 そこでキラが何かを思い出した。

 少し前、このヨーロッパに調査に向かうときにAllianceのMSに襲われたときがあった。

 そのときに、一人の男が言っていた。

『貴様も、あの真紅のMSのパイロットも、暴風の名を持つMSのパイロットも』

 確かそう言っていた。

 そうか暴風という名のMSはここにいたのか。

 では真紅のMSは?

 キラはロベルトに声をかけた。

「すいません、アイゼン司令官」

「何か?」

「この基地に真紅のMSって……」

 ロベルトは即答した。

 それはアルトのことだろう、と。

 なぜ、あの時の相手はストームもアルトのことも知っていたのか。

 スパイが情報を横流しにしていたから?

 いや、違う。

 もっと身近な、そんな悪寒。

***

 午前11:20。

 それは突然だった。

 司令室にアラートが鳴り響く。

 オペレーター席に座っていたメイリンが叫ぶ。

「第4基地周辺にMS反応! ザクウォーリア、8! バビ、6! シグー、7、ザクファントム、1! MSは直ちに発進してください!」

 24機もの大部隊。

 今までほとんど動きがなかったというのに、何ゆえ今頃。

 周囲に爆発が巻き起こる。

 その振動で基地が揺さぶられる。

 一気に慌しくなる第4基地。

 アルトたちがMSに乗り込む。

「キラ・ヤマト、フリーダム、行きます!」

「アスラン・ザラ・ジャスティス、出る!」

「イザーク・ジュール、グフ、出るぞ!」

「ディアッカ・エルスマン、グフ、発進する!」

 まずはキラたちが出撃する。

 その次にシンとルナマリアのフォースインパルスが。

 出撃していくキラたちを見るアルト。

 キラたちと一緒に戦うのはどうも癪に障るが。

「アルト、行くぞ!」

「……分かっている!」

 アルトに乗り込み、低く起動音が響く。

 カイとキースのウィンダムが出撃した。

 アルトもそれに続く。

 完全に基地は包囲されていた。

「あんなやつらと一緒に戦うのは嫌だけど……!」

 アルトのスラスターが唸る。

 その場にいた整備士が退避する。

「死にたくない、簡単に!」

***

 第4基地からMSが発進してきた。

 巣穴をつつけば、ぞろぞろと出てくる。

 まるで羽虫のようだ。

「第2小隊は4時方向から攻めろ。MSなど構うな、基地を落とせ!」

 ヴァシュリアはいつものようにエトワール・ザクファントムに乗っていた。

 哀れなものだ。

 少しでも異変が起きると過剰に反応する。

 それがお前たち旧世代の人間の弱点。

 しかし自分はそういうことは無い。

 何せ一度死んだような身だ。

 怖いものなど何も無い。

「来たか」

 こちらのMS隊を破壊して接近する蒼い翼。

 ストライクフリーダム。

 以前も戦ったことがある。

「ふん、暇つぶしにはなるか」

 ザクエトワールのモノアイが光る。

 グゥルなどを使用しなくても飛行できるザクエトワール。

 ストライクフリーダムがサーベルを抜いた。

 恐ろしくまっすぐな太刀筋。

 まるでパイロットの心が表れているような。

 そんな太刀筋。

「ふん……」

「どうして、どうして貴方たちはこんなことをするんだ!」

 キラが叫ぶ。

 せっかく平和になったというのに。

 どうしてまたその平和を壊すようなことをするのか。

 皆が平和に暮らしていける。

 それがどんなに幸せなことか。

「貴方は分からないのか!」

「分かってないのは……貴様らのほうだ!!」

 背部から肩に伸びている「MRE-021 レイズビーム砲」を放つ。

 別に当たるとは思っていない。

「平和にしたいといいながら、お前たちの思い通りの世界になっていく……。結局お前たちは自分で世界を掌握したいだけじゃないか!」

「何を……。そんなこと、違う!」

「違わないさ!」

 ビームホークがフリーダムの構えたライフルを切り裂いた。

 爆発から逃れるように後退する。

「前にも言ったろう? 自分たちに賛同する人間だけを生き残らせ、異議を唱える人間を殺す! そうやって自分の好きなように世界を変えて生きたいだけだろう! キラ・ヤマト、お前も! ラクス・クラインも!」

 フリーダムが駆ける。

 その後方から支援するようにジャスティスが現れた。

 ジャスティスがサーベルを連結させる。

「ならばお前はどうなんだ!」

 アスランの声が響く。

「お前こそ、むやみやたらに戦渦を広げて、人々を苦しめて! 何がしたいんだお前らは!」

「……それだけか」

「何……!?」

「言いたいことはそれだけかときている、パトリック・ザラの息子よ!」

 ジャスティスの胴体にザクエトワールのキックが炸裂した。

 体制を崩したジャスティスに、ザクエトワールのビーム突撃銃が放たれた。

 命中する直前、ビームキャリーシールドを展開させ、被弾は免れたが。

「貴様こそ、ただ父に言われるがままに戦渦を広げたではないか!」

「くぅっ……!」

「その息子がいまさら何を言っている!」

 性能で言えば、フリーダムとジャスティスのほうが上なのに。

 一機のザクに押されていた。

***

 フリーダムとジャスティスが押されているときも、第4基地はなおも襲撃を受けていた。

 敵はMSにはあまり目もくれず、基地を狙い続けた。

 被害は広まるばかり。

 どうにかして、敵の進行を食い止めないと。

 まずは基地に群がる敵を片っ端から潰していく。

 基地の被害をこれ以上大きくするわけにはいかない。

 その任にストライクフリーダムとインフィニットジャスティスなど、オーブから派遣されたキラたちが守っている。

 そして一番の問題は指揮官機である、ザク・エトワール。

 そのザクの相手は。

「この、ちょろちょろとっ!」

 アルトが相手をしていた。

「真紅のMSか……。地球軍最後のGAT」

 ヴァシュリアのザクエトワールの内部ウェポンラッチが開いた。

 収束、拡散が可能な「MRE-021 レイズビーム砲」をアルトに向かって放つ。

 拡散されたビームを、アルトは捌いていく。

 その直後に、「MRE-034 ミラージュビーム砲」。

 すんでのところで避ける。

 シールドを持たないアルトにとって、ビーム攻撃は致命的なダメージへとつながる。

 しかし、アルトは考えていた。

 ザクエトワールのベースとなっているのはザクファントム。

 そのザクファントムが、こんなにもビームを連射できるものなのだろうか。

 いや、出来ない。

 NJCでも搭載していればの話だが。

「そのザク……まさかNJCを!?」

「………」

 ヴァシュリアは答えない。

「答えなさい!」

「そうだ、と言ったら?」

 もし、ザクエトワールが撃墜されそうになっても。

 直前でNJCを暴走させ、核爆発を起こせば。

 この周辺にいるMSはまず助からない。

 そしてそうでなくても、いずれこの基地は落ちることになる。

 内部から、じわじわと。

「さあ、先ほどまでの勢いはどうした……アルト・オファニエル!」

「なんで……何でアンタが私の名前知ってるのよ!」

 レヴァンティンを抜いた。

 ザクエトワールはビームホークを抜いていた。
 
 レヴァンティンを左右に振り、追い詰めていく。

 しかしザクエトワールはその攻撃を避け続けた。

「怒りに任せた攻撃か……実に単調! 実につまらん!」

 ザクエトワールにより、左腕を切り落とされる。

 自分が望んでいた戦いはこんなものではない。

 もっと。

 もっとだ。

 もっと生きていることを実感させろ。

 命を落とす前に。

「ふん、興ざめだ……。しかし、良い戦闘データをとることができた」

「逃げるのか!」

「逃げる? 違うな」

 違うな、そう言ったヴァシュリアの重苦しいプレッシャーにアルトは口を閉じた。

 違うというのなら、何を。

「更なる力を手に入れる。それだけだ」

 ザクエトワールが撤退した。

 基地に侵攻していた敵機も撤退していく。

 結局基地は守り抜くことが出来たものの、被害は甚大。

 最悪の結果だった。

***

 午後14:00。

 ヴァシュリアはAlliance本部に戻っていた。

 いつものように側近であるエクス・エクストラが迎え出る。

「お疲れ様です……」

「ああ。あれの開発はどうだ?」

「順調です……。すべては、ヴァシュリア様の仰られるとおりに」

 そういうとザクエトワールの得たデータを吸い出すように指示。

 その後解体するように告げた。

 ヘルメットをエクスに渡す。

 ヴァシュリアは薄暗い通路を進んでいく。

 その先にあるのは、もう一つの格納庫。

 格納庫に立っていたのは、18メートルほどのMS。

 頭部はザクと違い、二つのカメラアイ。

 そしてブレードアンテナ。

「そうだ、お前だけで良い……。ガンダムは、お前だけで」

 
(Phase-9  完)


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