Phase-10  最終局面へ−スパイ暴露

 5月7日、午前10:00。

 ヨーロッパ第4基地にオーブからの援軍がやって来たころ。

 アメリカ、ワシントン。

 その町の上空では戦闘が起きていた。

 それは白と青のツートンカラーのMSと。

 地球軍の量産型MS。

「ここまで来て……!」

 白と青のツートンカラーの機体−ストームのパイロットルーウィンが悪態をつく。

 目的地はもうすぐだというのに。

 スパイという不名誉な称号を今の彼は持っている。

 それは地球連合軍の。
 
 ゆえに彼は今、襲われている。

「フィエナ、大丈夫か!」

「はい、大丈夫ですが……」

 コクピットには彼の妻であるフィエナが乗っている。

 フィエナは非戦闘員。

 本来ならここにいること自体が間違っている。

 しかし彼女をヨーロッパ基地においていくわけには行かない。

 だからルーウィンはフィエナをコクピットに乗せた。

 彼女もそれを了解していた。

 ストームのアムフォルタスビーム砲がウィンダムを貫いた。

 ここまで補給もなしにやって来たが。

 さすがに限界が来ていた。

 安定しないビームの収束率。

 放つたびにストームが揺れる。

 落とされるのも時間の問題。

「もって、もってあと6分……!」

 この6分。

 これを超えたらストームは動かなくなるかもしれない。

 が、死ぬわけにはいかない。

 妻を乗せたまま死んだとなったら後世までの恥だ。

 ウィンダムが一斉にライフルを構える。

 賭けに出る。

 ライフルを投げ捨て、バルカン砲で貫いた。

 爆散するライフル。

「っ! てーっ!!」

 その合図を皮切りに、ウィンダムがビームライフルを放った。

 巻き起こる煙を貫いていく。

 相手は手負い、避けたとしてももう戦うほどの力はない。

 そう思っていた。

 そう、ライフルが放ったビームが戻ってくるまでは。

 突然、他の機体が爆発した。

 ストームのライフルは無い。

 アムフォルタスビーム砲のビームとは違う。

「ゲシュマイディッヒ・パンツァー……」

「なっ……」

 隊長機の前に姿を現した、ストーム。

「本来ならゲシュマイディッヒ・パンツァーはビームを曲げる「だけ」のもの。それをちょっと反射角をいじらせてもらった」

「バカな、そんなこと……出来るわけがない!」

「なぁに、簡単さ。ビームを反射させたいほうにシールドを傾けた。ただそれだけのこと!」

 そして、サーベルを抜いた。

***

 午前11:00。

 ストームはもう限界だった。

 今彼がいるのはメキシコ。

 もうすぐそこだというのに。

 言うことを聞かなくなってきた。

「この子、限界なんじゃないでしょうか……?」

「だぁっ! もうちょっと頑張れよ、お前っ!」

 ルーウィンが叫ぶが、その叫びはむなしく響いた。

 ストームの試作型ハイパーデュートリオンがダウンした。

 がくんっ、と重力に引かれるような感覚が二人を包んだ。

 そしてストームが落ちた。

 運よくあまり高位置を飛行していなかったのが幸いだった。

 落ちた先も民家の無い平地だった。

「あいたぁっ!」

「はうっ!」

 砂煙が舞い上がる。

 ストームの各部系統をチェックする。

 どうやら強制廃熱状態にあるらしい。

 その廃熱さえ終われば、再びストームは動くことが出来る。

 それが終了するのは約1時間。

 コクピットハッチを開け、外に出る。

 赤道に近いため、暑い。

 フィエナも外に出たいのか、身を乗り出している。

「フィエナー、危ないぞー? そんなに乗り出したら」

「大丈夫ですよ」

 そうは言うがな、フィエナさん。

 目が見えない彼女にとって何が危険か分かったものではない。

 外が暑いとはいえ、風も吹いている。

 熱風に近いような生暖かい風だが、吹いているのといないのではやはり違う。

「それにしても……」

 アルトから預かったディスクを取り出した。

 この中にAllianceに関する情報が入っている。

 そう考えるとどれだけ重要なものか。

 ルーウィンの脳裏にプレッシャーが積まれていく。

「なんとしても、解析しなきゃな……!」

 ストームが再起動するまでまだ時間がある。

 そんなストームの足元に座り込む。

 上ではフィエナが顔を覗かせている。

「フィエナも降りるか?」

「え? でも……」

「降りたいんだろう? さっきからそんなにそわそわしてれば分かるさ」

「はうぅ……」

 ルーウィンが軽く登ると、フィエナを抱き上げた。

 ちょうど騎士が姫を抱き上げるような形である。

 バランスを保ちながら地面に降りた。

「よっ、と。ほら、大丈夫か?」

「はい。ありがとうございます」

「よせやい。夫婦なのに……」

 結婚してどれくらいが経過しただろう。

 未だに自分たちが夫婦であるという実感がないのが困ったところだ。

 その証拠にフィエナは未だに「ルーウィンさん」とさん付けをしている。

(……にしてもフィエナも、ぜんぜん変わらないなぁ)

 二人が出会ったときのことを思い出した。

 であったときもこんな風にストームの機嫌が「悪く」、落下したときだった。

 思えば、あの時といいこの時といい。

 ストームが導いてくれたのかもしれない。

「……それは無いか」

「何がですか?」

「いや、俺たちがであったときも、ちょうどストームが落ちたなぁ……って思ってさ」

 それだけ言うとフィエナの頭をなでた。

 目は見えない。

 けれど、彼女は人以上にルーウィンの心境を察知している。

「……?」

「………ああ、もう! お前ってやつは!!」

 フィエナを抱き寄せる。

 フィエナもあたふたしている。

 耳まで真っ赤とはよく言ったものである。

「あ、あのっ!」

 そんな彼女の声が、響いた。

***

 午後12:30。

 ストームが再起動した。

 あのフィエナの叫びの後、二人は離れて話した。

 やっぱり彼女は恥ずかしかったようだ。

 ここ最近のこと、結婚してからのことなど。

 互いのことを確かめ合うにはちょうど良い機会だった。

(やっぱりストーム……? はっ、まさかな……)

 OSを立ち上げ、ストームのカメラアイに灯が点る。

 立ち上がるストーム。

 目的地はすぐそこだ。

***

 午後14:10。

 南アメリカファンダル基地。

 先の連合との共同戦線により、以前まで対立していた連合と手を組むことになった。

 ファンダル基地の総司令官、ペイル・ヴェインも最初はぼやいていたが。

 基地のMSパイロットであるリーファス・リィン、そしてオペレーターのヒナミ・コノハに説得させられ、今は渋々だが協力体制にある。

「ヒナミ、基地周辺に機影は?」

「今のところは……」

 何かを言いかけ、口を閉じた。

 キーボードを操作し、モニターを見る。

「基地に接近する機影、1! 友軍の信号です!」

「……? 誰だ、何の連絡も無いぞ?」

「待ってください……ZGMF-X79S ストームと確認!」

 その知らせに一同ざわめいた。

 ストームはリーファスがルーウィンに預けた機体。

 それがここに来ること自体、信じられない。

 しかしそれよりももっと信じられないのが、ストームの左腕が無いということである。

 つまるところ、ストームは落とされかけたということになる。

 ルーウィンはファンダル基地でもトップの腕を持つパイロット―だった。

 そんな彼の乗るストームの腕を落とすとは。

 いったい誰と戦闘をしたのか。

「あー、こちら、ルーウィン・リヴェル。こちらルーウィン・リヴェル。基地に降りたいのだが……」

「ルーウィン! 来るなら来ると一言言えとあれほど……!」

「今はそんなこと言っている場合ではないのでしょう? どうぞー、どんどん降りてください」

 相変わらずどこか適当である。 

 ストームがファンダル基地に降りた。

 久しぶりの基地。

 変わっているところはどこもない。

「ルー、久しぶりだな」

「ああ、リー。久しぶり」

「早速だが、隊長が呼んでいるぞ。行って来い」

 ディスクを持って、司令室に向かう。

***

 午後14:40。

 ファンダル基地司令室。

「何があった? 向こうの基地で」

「その、話すと結構長くてややこしくてですね……」

 ルーウィンは基地で起きたことを話した。

 その話を聞いたペイルはため息をついた。

「……俺の元部下をスパイにするとはなぁ………。良い度胸してるじゃないか」

「いや、俺じゃなくてですね」

「分かっている。で、そのディスクは?」

 ルーウィンは懐からディスクを出した。

「コノハ、解析を頼む」

「はい」

 ヒナミがディスクを挿入する。

 瞬時にモニターに情報が映し出される。

 そこにはAllianceの本部の位置。

 Allianceが所持している勢力関係。

 そしてスパイの名が表示されていた。

「スパイの名は……」

 ヒナミが読み上げる。

***

 午後17:30。

 ヨーロッパ第4基地。

「キラ・ヤマト、フリーダム、いきます!」

 キラの乗るフリーダムが出撃した。

 つい1時間前のこと。

 この基地が襲撃を受けた。

 AllianceのMS部隊に。

「アルト、早くしろ!」

 キースに急かされるアルト。

 ノーマルスーツに着替え、ヘルメットを手にロッカーを出た。

 その途中、コンピュータールームの扉が、ほんの少し開いていた。

 少し通り過ぎたところで。

「………………キース、悪いけど先に行ってて」

「あん?」

「ちょっと、ね」
 
 その様子に何の疑いも持たずにキースは頷くと、通路の奥に消えた。

 アルトは携帯を許されているハンドガンを取り出した。

 ブローバック式の小型の銃。

 セーフティを外す。

 息を殺して中の様子を伺う。

 人数は一人。

「そこまでよ!」

 相手が一人ならばどうということはない。

 それが例え、見知った人間だったとしても。

「……スーペリア少尉から名前を聞いたとき、驚いたわ。スパイがいることも、それがアンタだったって言うことも!」

「……面白い女だな、キミは」

 両手を上に上げ、振り向いたのはロベルト。

「思えばおかしいと思えばよかったのよ、あの時」

「あの時、か……。それは何時」

 銃声が響く。

 アルトが引き金を引いた。

「黙りなさい……。次は頭を狙うわ」

 アルトは続けた。

「フィー姉……スーペリア少尉がデータを集めていたときに、どうしてあなたがこの場所にいたのか」

「ふむ……」

「日ごろから「基地を見回るのも司令官の務め」と言っていた……。あれもこの時のため?」

「だとしたら、どうする?」

「………ご苦労なことで」

 それにしてもロベルトのこの余裕はなんだ。

 何を告げても、何を問いかけても効果がはっきりとしてこない。

 妙に歯切れが悪くなるアルトの声。

「どうした? もう、聞くことはないのかね」

「………」

 息を吐き出し、ロベルトを睨んだ。

「君はこの基地でも優秀なパイロットだけに、残念だ」

 そう言って瞬時に走り出すロベルト。

 その速さ、ナチュラルのものではない。

 速さはそのままに、左足を軸足にして右膝で蹴り上げた。

「がっ……!」

 アルトの鳩尾に膝がはいる。

 衝撃でハンドガンを落としてしまった。

 そのハンドガンをロベルトは蹴り、右手に収めた。

「チェックメイト、王手だな」

「………コーディネイターだったの? アンタは!」

「気付くのが遅すぎたな。何しろナチュラルっぽくわざと身体能力を落としていたからな。分からないでもない」

「どこまで、人を小馬鹿にすれば!」

 アルトに右手がまっすぐにロベルトの顔面に。

 しかし相手はコーディネイター。

 ナチュラルであるアルトの拳を見切るのは造作もないこと。

「今、外にはこの基地の大半の戦力が出ているな……」

 ロベルトが左袖からリモコンを取り出した。

「そしておそらくこの基地に残されたパイロットは、オファニエル中尉、キミだけになるだろう」

 リモコンに設置されているスイッチを押した。

 しかし、何も起きない。

「何? 脅しのつもり……」

 やや遅れて、空気が爆発する音が響いた。

 そして轟音。

 爆発。

 更にはアルトたちがいるコンピュータールームの壁を突き破って、MSの腕が現れた。

「そうだ、忘れるところだったな……」

 MSの手の上に乗るところで、ロベルトが告げる。

「エルス・シュバイツァー、実に惜しい男だったな……」

 その言葉が何を意味するのか。

 アルトは理解するのに数秒かかった。

「彼は真実に近づきすぎたんだ」

***

 フレスベルグ爆破事件が起きた、4月30日。

 一人の男がザフトのマークが記された車に近づいた。

 その中には爆弾が大量に積み込まれている。

「こんなの、誰が……?」

 男が車に近づいた。

 刹那、背後に何かを感じた。

 男が振り向くと、そこには4人の男が立っていた。

 そのうちの一人は、よく知っている顔だった。

「ロベルト、隊長……!? どうしてここにいるんですか? それに……」

 それは異様な雰囲気だった。

 自分の知っている隊長とは違う、何か異質のような。

「青き正常なる世界のために……か。今はそんなことはどうでも良い。我らの目的のためには」

「何を言って……」

「昔の連合は腐っていた。そしてこれから腐るのはこの世界だ」

 ロベルトが銃を取り出し、セーフティを解除した。

「キミのような優秀な部下を殺すのは、惜しいがな。普通を装っているようだが、勘付いているんだろう? キミは」

「くそっ……!」

「さよならだ、エルス・シュバイツァー」

***

「そう、彼は真っ先に我らAllianceと接触した。それはあまりにも早すぎたんだ」

 MSの手のひらに乗る。

「だから、私は彼を殺した」

「アンタ達の下らない目的のために……!」

「下らなくはないさ。これもすべてヴァシュリア様の決めたこと。俺はそれに従うだけ」

 ロベルトを乗せたMSは飛び立っていった。

 その空いた巨大な穴から外の様子が伺える。

 外は酷い状況だった。

 敵も味方もあったものではない。

 巨大な何かが瞬時に通り過ぎたような、そんな爪痕だけが残されていた。

***

 午後18:30。

 もう隠すことなど何もない。

 アルトはキラたちを全員会議室に集め、全てを話した。

「なるほどな……。ふん、腐った連中のやりそうなことだ」

「じゃあこの基地の損害や何かも全部向こうに筒抜けってことか」

「やられた……な」

 そんな声が聞こえてくる。

「で、そのディスクは?」

「先日この基地を抜けたルーウィン・リヴェルが解析のために持って行ったわ。たぶん、彼がもともと所属していた基地に向かったんだと思う」

「あのザフトの……ファンダル基地だっけか」

 キースが言う。

「そうよ。解析が終われば戻ってくるって」

 その話は一応の区切りとなった。

 次に戦闘中に起きた巨大な爆発だ。

「あの爆発、何だったの?」

「…………陽電子砲による、長距離射撃だ」

「陽電子砲……? ローエングリンか何かか?」

 今オーブのモルゲンレーテの社員が解析中だという。

 どれもこれも解析中とは。

 待つしかないのか。

***

 少し遡ること午後15:00。

 再びファンダル基地。

「どういうことなんだ……」

「ルーウィンさん、スパイって……」

 ヒナミの解析が終わり、ルーウィンは驚きを隠せないでいた。

 もちろん名前を聞いたフィエナも。

「一人じゃなかったんですか?」

「Allianceはスパイを二人送り込んでいた。どちらも生存し、戻ってくれば良し。もし、片方が失敗してももう一人が情報を持ち帰れば良し。このディスクにはそう記されているわね」

「やけに手が込んでるじゃないか、敵さんも……」

「で、ルーは知っているんだな? もう一人のスパイのこと」

 ルーウィンは頷いた。

「……………カイ!」


(Phase-10  完)


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