Phase-8 離脱−暴かれる時
5月5日、午後21:20。
自害したフィータの遺品をアルトがまとめていた。
本当ならば他の兵士たちがするのだが、アルトがぜひ自分にやらせてくれというので兵士が代わったのだが。
その部屋の中であるとはフィータに言われたとおり、手紙を読んでいた。
手紙と一緒に一枚のディスクも同封されていた。
そのディスクというのが今回の事態を打開する唯一の鍵。
手紙にはさまざまなことが書かれていた。
ディスクの中に入っているデータのこと。
どうしてこれだけの情報を集めることができたのか。
この基地にいるスパイのこと。
それらは今までの情報なんか比べ物にならないほど貴重なものばかり。
だけど、このデータをこの基地で解析することはできない。
どこでスパイが見ているか分からない。
それ以上にこの機知のコンピュータをすべて掌握してる可能性もあるから。
だからアルトはそのディスクを軍服の内側ポケットに入れた。
そしてルーウィンのところへ。
***
午後21:40。
ルーウィンは考えていた。
あの気さくなフィータが死んだ。
今まで話していたあの時も。
一緒に騒いでいたあの時も、ずっと考えていたのだろうか。
フィエナも相当ショックだったらしく、部屋に戻ってきたとき彼女は泣いていた。
ルーウィンも泣きたかった。
しかし、ここで泣いたら示しがつかない。
誰に。
フィエナに、フィータに。
「フィエナ、落ち着いたか?」
「…………はい」
この基地に来て一番良くしてくれたのは何を隠そうフィータだった。
そんなフィータがスパイで、最後には自害の道を選ぶとは思ってもいなかった。
だから今までこの基地のMS隊とよく遭遇していたのだろう。
そしてもし情報が向こうで解析していたら、こちらの動向も知ることになる。
だとしたら、今まで以上に動けなくなる。
そうなれば、すぐに期日など来てしまう。
そうなる前に、自分はどうするべきなのか。
このままこの基地にいるべきか。
それともフィエナを連れ出すほうが良いだろうか。
これ以上フィエナを危険な目に。
心配させるわけにはいかない。
けれど自分も首を突っ込んでしまったこの事件。
できればルーウィンはこの基地に残りたいと考えていた。
でもそうなると必然的にフィエナもここに居残ることになる。
南アメリカを出るときに、フィエナの故郷であるラケールの町の住人にこう言われた。
『フィエナちゃんを危ない目にあわせたら承知しないからな!』
「……承知しないからな、か。それはちょっと無理な相談かもな………」
「……ルーウィンさん? 気分が優れないのですか?」
フィエナが言う。
そっとルーウィンの手の上に自分の手を重ねる。
暖かい。
戦闘とは無縁な暖かさ。
決めた。
ルーウィンは決意した。
「守って、みせる……」
「はい?」
「俺がお前を守り抜いてみせる! どんなに危ない場所にお前がいても、絶対にお前を守り抜いてみせる!」
急に声を出したルーウィンに若干フィエナは驚いた。
そうだ、悩むことなど何もない。
守らなければならない。
それがあの町で交わした「約束」であり。
自分の「使命」なのだから。
「ちょっと良いかしら?」
アルトが顔を出した。
せっかく久しぶりに二人で過ごせると思ったのに。
***
午後22:00。
ルーウィンとフィエナはアルトの話を聞いていた。
「はい、これ」
「ディスク……?」
それは一枚の黒いディスク。
中身が何なのか、ルーウィンは分かっていない。
「それ、フィー姉のベッドのところのぬいぐるみの中から出てきたの」
「……手が込んでますね」
「死ぬ前にフィー姉は言っていたわ。本当のスパイは……って」
それはルーウィンを驚かすには十分だった。
フィータはスパイではない。
では誰が?
それもこれもすべてこのディスクの中にあると、彼女は言う。
「このディスクの中身、今までの既出の情報とは全く異なる情報が入っているらしいの」
「異なる情報……?」
「この文面から察するに、Allianceの本部の位置、戦力、その他諸々……。今までのよりも遥に、重要な、ね」
そんなディスクがここにあるとは。
しかし分からない点が。
「このディスクを、どうしてここに持ってきたんだ?」
「手紙に書いてあるでしょ!? 貴方になら託しても構わないって! バカじゃないの!?」
よく読んでみる。
確かに最後のほうに書いてある。
よく読まなかったルーウィンが悪い。
「何で俺が……」
「多分ですけど……怪しまれるからじゃないでしょうか?」
「どう言うこと?」
「スパイが誰か公表されない以上、この基地でデータ解析をするのは危険だと思うんです」
フィエナの意見はこうだ。
もしそのスパイとやらが、この機知のコンピュータ関係を掌握していたら。
ディスクを解析したところで怪しまれるだけ。
それならば元・ザフト関係者であるルーウィンに託してどこか別のところで解析したほうが安全。
そういう意見である。
分からないでもないが、かなり無茶苦茶ではないだろうか。
「もし、フィータさんがそのことを考えていても、だ。ザフトの関係者でなくなった俺がどこへ……」
「南アメリカに戻ればいいんじゃないでしょうか」
「さらっと言うなぁ……フィエナは相変わらず」
ルーウィンのいた南アメリカのヴァンダル基地で解析をしろというのか。
いくらあの基地の面々が知り合いとはいえ、今では一端の民間人であるルーウィン。
簡単に受け入れてくれるだろうか。
「………本当に良いんだな? 俺に預からせて」
「……ええ」
「了解だ。明日にでもこの基地を出るか」
「明日?」
フィエナが訊ねる。
「ああ。ちょっと荒っぽい、抜け方だがな」
***
5月6日、午前09:40。
ルーウィンとフィエナは格納庫にいた。
格納庫では兵士が各MSのメンテナンスをしている。
ちなみにルーウィンのストームはいじらせない。
下手にいじらせて機嫌が悪くなったら、こちらが困るから。
「行くぞ。準備はいいな」
「はい」
フィエナの手を引く。
何気ない顔をして、ストームの足元に。
「どうかしたか?」
一人の兵士が声をかけてきた。
瞬間、男の首裏に衝撃が走る。
そのままどさりと、兵士が倒れた。
「悪いな、眠っていてくれ」
当然、彼らの周りには兵士が集まってくる。
フィエナを抱きかかえ、ストームの装甲を上っていく。
やはりルーウィンもコーディネイター、すばらしい運動能力である。
手早くそこ側からハッチを開け、コクピットの中にもぐりこむ。
「いいか、フィエナ。絶対に、下手な動きはするなよ」
「はい!」
「よし! 行くぞ!!」
ストームのカメラアイが光る。
一歩前に出て、ビームサーベルを抜いた。
光り輝く光の刃。
それを持って、格納庫の壁を切り裂いた。
爆発が、辺りを包む。
外に出たストーム。
すぐにでも南アメリカに行けるように変形する。
が、基地からもMSが出撃してきた。
あれだけ派手に立ち回ったのだ。
MSが出撃してもおかしくはない。
その中に、やはりいた。
赤いMS、アルトが。
さっそく来た。
直接回線による通信。
これならば他のMS、基地に聞こえることはない。
「良い? わざと落とされたフリをするのよ」
「分かっている。そっちこそ、抜かるなよ?」
未だに拘留という扱いを受けているルーウィン。
期限は過ぎたものの、いつまで経っても釈放される気配がない。
そんな中で南アメリカに行こうというものなら、勘の良い人間には怪しまれる。
だったら最初から暴れてしまえば良いわけで。
そうすれば怪しまれるも何もなくなる。
最終的にアルトに撃墜された、ということにしておけば多少は南アメリカに向かいやすくなるはずだ。
ただし、アルト自身が「手加減」を知っていたらの話だが。
いや、この場合手加減などされたらこちらが困る。
本気でかかってもらわないと。
「こいつは私が落とすわ!」
ノリノリじゃないか。
アルトがレヴァンティンを抜刀する。
ストームのビームサーベルでは、つばぜり合いどころの騒ぎではなくなる。
だから、避ける。
「逃げるな! このっ!」
逃がしてくれるんじゃないのか。
ストームがアムフォルタスビーム砲を構える。
そっちがその気ならばこちらも。
2条のビームが走る。
アルトが回避し、カウンターとばかりにビームライフル・ショーティVer2を乱射する。
避けきれない。
何発ものビームがストームに迫る。
ルーウィンはスイッチを押した。
左腕に装備されているシールドからコロイド粒子が散布され、特殊なフィールドを形成する。
そのフィールドに触れたビームは、あらぬ方向へと曲がっていく。
ゲシュマイディッヒ・パンツァーを展開させた。
かつて、GAT-X252フォビドゥンが装備していた最強の盾。
撃破された同機をザフトが回収、発展させたのがこのGPシールド。
これを展開させると、ストームは停止するという癖があったが。
今ではそんなこともほとんど無くなった。
GPを解き、今度はこちらから攻める。
いつまでもやられっぱなしでいるわけにはいかない。
サーベルを抜いた。
いくらアルトが空中戦ができるとはいえ。
ストームの性能を舐めたらいけない。
ホームグラウンドなのだ、空中は。
サーベルで切りかかるストーム。
しかし。
アルトのほうが早かった。
レヴァンティンの一撃が、ストームを捕らえた。
「しまっ……!」
ストームが落下する。
ちょうど下は海だった。
激しい水柱が巻き起こった。
正直アルトもやりすぎたと心の中で思っていた。
そして爆発が起こった。
***
午前11:50。
ストームは飛行していた。
若干機体にダメージがあるものの、何とか南アメリカまでは行けそうだ。
まさか左腕が落とされるとは思わなかった。
GPシールドで瞬間的に防いだものの、少しだけ間に合わなかったようだ。
そのGPシールドは今、右手に持っている。
変形ができないので、到着するまでしばらく時間はかかるが。
なるべく早くに着きたいところ。
「大丈夫か、フィエナ」
「はい、何とか……」
フィエナがいるので大きく立ち回りたくなど無かったのだが。
最終的にムキになってしまうあたり、まだまだということか。
もう少し精進しないとならない、これでは。
***
ストームが南アメリカへ向かったと同時刻。
ヨーロッパ第4基地の捜索隊はストームを探していた。
撃墜された周辺の海を探す。
が、結果は残骸はほとんど見つからなかった。
それもそのはずストームは南アメリカへ向かって飛んでいるのだから。
見つかったのはストームの左腕の残骸など。
報告を受けたロベルトは、アルトを呼び出した。
最終的にストームを撃墜したのはアルト。
彼女に聞くのが一番早い。
「どういうことだ? ストームの残骸がほとんど見つかってないのだが」
「すいません、最後の最後でやつに攻撃を阻まれまして……」
「どうやら、やつらのフィータの仲間だったようだな」
「と、言いますと?」
拘留期間が過ぎているとはいえ、彼らには釈放措置をとっていない。
ならば何故今回脱走に近い行動を起こしたのか。
それは彼らがスパイのメンバーであり、今回のこの騒動を報告に向かったのだ。
ではどこへ?
Allianceの本部である。
「さすがにそれは早計すぎませんか?」
「何故そんなことを言う?」
「それは……」
あまり多くは言えない。
「とにかく、ストームおよびルーウィン・リヴェル、フィエナ・アルフィースにはスパイ容疑をかけた。もし、次に出会ったら確実にしとめろよ」
「…………」
「それが、今回の混乱を収めるのに一番近い方法だからだ」
そういうとロベルトはアルトの横を通り過ぎた。
何とか作戦は成功したが。
ルーウィンとフィエナにはあらぬ容疑がかけられてしまった。
アルトは心の中で何回も謝った。
こんな事にしてしまって、申し訳ないと。
だけどこれで、Allianceの全貌が暴かれる。
この基地にいるスパイの名も。
全てが、公になる。
さあ、最終戦は近い。
(Phase-8 完)
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