Phase-7  情報漏洩−人がいなくなると言うこと

 5月5日、午前11時。

 あのオーブ会議より2日が経過した。

 その間の新しい情報は特にない。

 一方的にこちらの手札が無さ過ぎるのだ。

 向こうは何を知っているのか分からないが、こちらはまるで向こうのことを知らない。

 とんだ喜劇である。

 こんなことでは約束の時間なんてとっくに過ぎてしまう。

 変わったと言えば。

***

「俺に用事!? ……で、ありますか」

 シンは目の前にいる男にそういった。

 目の前には色黒のどこか軽そうな男が立っている。

 ディアッカだった。

「お前だけじゃねぇぜ? あの赤い髪の……ルナマリアとか言ったか? あの子にもだ」

「それもラクス・クライン直々の用事……で、ありますか」

 正直敬語がこんなにも疲れるとは思わなかった。

 ディアッカが言うには、プラント本国よりオーブにいるシンとルナマリアに用事があるのだと言う。

 それもラクス直々の。

 程なくしてプラントからのシャトルがやってきた。

 降りてきたのはラクスではなく、その側近だった。

「シン・アスカとルナマリア・ホークですね。クライン議長よりお届けものです」

「お届けもの?」

 シャトルの後部ハッチが開いた。

 そこには2機のMSが並んでいた。

 ZGMF-X56S インパルス。

 かつてシンとルナマリアの機体だったインパルスがそこに立っていた。

「インパルス……!?」

「うそ……」

「後ほど各シルエットと予備のフライヤーなどが届く予定です。そうですね、日数にして約2日といったところです。それまでなるべく壊さないでくださいよ」

 ただただ驚いている二人にそんな説明が耳に入るわけが無い。

 よもやまたこの機体で戦うことになろうとは。

 シンもルナマリアもそう思ってもいなかった。

***

 午後12:40。

 ヨーロッパ第4基地。

 アルトとルーウィン、カイとキースはそれぞれの乗機に乗り込んでいた。

 数分前、近隣の密林で地球軍とAllianceの戦闘が確認された。

 今からはその援護に向かう。

「アルト・オファニエル、アルト、出ます!」

「ルーウィン・リヴェル、ストーム、発進する!」

 アルトを筆頭に、第4基地のMSが発進する。

 今日もまた戦闘。

 いつになれば終結が来るのだろうか。

『良いか! 敵はなるべく倒すな! パイロットを捕まえるためにな!』

 ロベルトからの指示に従う。

 アルトはこのやり方が少し気に入っていなかった。

 命のやり取りを行う場所で、敵を倒すななどと。

 そんなこと。

「…………できるわけがないのにっ!」

 レヴァンティンを握り締めるアルト。

 目的地に着いた。

 戦闘による火災で、周囲は火の海と化していた。

 幸いなのは近くに町がないと言うことか。

「よし、各自散開して攻めるぞ!」

 キースが言う。

 劣勢に立たされていた他の隊の機体を援護するためにそれぞれ散った。

 ストームがザクファントムを撃墜していく。

 今回、敵はザフト系列の機体だけではない。

 地球軍の機体も混ざっている。

「こんな混成じゃ……どれが味方だか分からないな」

 ストームのビームライフルが火を放つ。

 カイとキースのウィンダムも、うまく敵のカメラアイを打ち抜いている。

 だがアルトだけは容赦なく敵を倒している。

「アルト、命令を……」

「私は、みすみす手加減して戦うことなんてできない!」

 腹部アストラレイト・ビームキャノンで敵を貫き、デュストレア・レール砲で武装を破壊していく。

 クアルテ・ビームサーベルでコクピットを貫通し、ビームライフル・ショーティVer.2を乱射する。

 その活躍ぶりたるや、まさに鬼神。

 返り血のごとく、MSのオイルがアルトに降り注ぐ。

 そこでアルトはひとつの話を思い出した。

 切り裂きエドと呼ばれたパイロットの話だった。

 彼はその戦闘スタイルから、「切り裂きエド」などという2つ名を与えられた。

 そして彼の乗る機体はまるで返り血を浴びたかのように真っ赤になったと言う。

 このアルトもある意味ではそうなのかもしれない。

「けれど私は、切り裂きエドのように器用じゃない……! 器用じゃないのよ!」

 爆発と同時に煙がアルトを包み込む。

 煙が晴れたとき、アルトのカメラアイが敵を捕らえた。

「ひっ……」

 息を呑む敵MSのパイロット。

 気がついたときには、機体は真っ二つになっていた。

「敵は……倒す!」

***

 戦闘終了後、アルトたちが基地に戻ってきた。

 それは午後3時40分のこと。

 結局敵をすべて行動不能にするのにかなりの時間を有してしまった。

 捕虜としてつれてこられたAllianceの兵士は合計で10人。

 これから兵士たちには尋問をすることになる。

 その間、アルトたちは基地内の警護を任されることに。

 もちろんルーウィンもである。

「あの」

 そんな午後のひと時、フィエナがルーウィンに声をかけた。

「どうした?」

 フィエナはうつむいた。

「その、最近忙しい様子ですので……」

「あ、ああ。大丈夫だ。体調のほうもなんともないし」

「大丈夫、ですか?」

「おう」

 心配性なフィエナ。

 最近調査に次ぐ調査で全く話すことができていなかった。

 だから彼女はルーウィンを心配していた。

「あーあ、見せ付けてくれちゃってねぇ」

「フィータ、さん!?」

「どっかに良い男いないかなー」

 それだけ言うと、フィータは足早に去っていく。
 
 だが、まだ彼女は司令室での仕事が残っているはず。

「あの、どこへ?」

「ん? ちょっとね」

 その時からだった。

 ルーウィンが妙な違和感を覚えたのは。

 そしてそれは、最悪の事態で表面化する。

「じゃ、俺たちも行くか」

「あ、はい」

 フィエナの手を引っ張る。

 こうしてみるととても夫婦とは思えず、高校生のカップルのようだ。

 ルーウィンたちが向かったのは尋問を行うための狭い部屋。

「フィエナは向こうに行ったほうが良い」

「でも……」

「大丈夫だ。10人くらいすぐに終わるさ」

 やはり心配なフィエナはルーウィンの袖を離そうとしない。

 ぎゅぅっ、と袖を離さない。

 どうしたものだろうか。

 そこへ、ちょうど通りかかったのはアルトとカイ、キースの3人。

 喋っている。

 上手い具合にアルトがこちらを向いた。

 ルーウィンは目で訴えた。

(助けてくれ。これから護衛なのに)

 そう、目で訴える。

(ああ、そう。頑張って)

 そんな感じの視線が返ってきた。

 冷たい、冷たすぎる。

 が、アルトもそこまで意地悪ではない。

 フィエナの手を袖からそっと放した。

「向こう行ってコーヒー飲みましょ?」

「でも……」

「大丈夫よ、コイツなら。ね?」

 やっと観念したのかフィエナが袖を離した。

 なんだろう。

 このデジャヴは。

 まるで拾ってきた子犬を返して来いといわれたときのような。

 そんなデジャヴだった。

***

 日が落ちかけている、午後17:00。

 尋問も難航し、今日は3人までと言う結果に終わった。

 残りの7人の尋問については、また明日行われることになった。

 そんな中、ロベルトは基地内の見回りをしていた。

 基地の見回りをするのも指揮官の勤め。

 それが彼のポリシー。

「ご苦労様です!」

 数人の兵士とすれ違う。

 どうやら以上は無さそうだが。

 が、普段は開くことの無い部屋の扉が開いている。

 そこはこの基地のデータベースを管理している部屋だった。

 普段は厳重にロックされており、入ることはできない。

 そこの扉が少しだけ開いている。

 ロベルトが中を覗く。

 そこには一人の女がモニターに向かっていた。

「スーペリア少尉? こんなところで何をしている?」

「っ!?」

 いきなりフィータが逃げ出した。

 残されたロベルトがモニターに近寄る。

 そこで彼が見たのはとあるデータだった。

 やられた。
 
 すぐに基地内に指令を出す。

『緊急指令! 緊急指令! フィータ・スーペリア少尉がAllianceにこの基地のデータを流していた!』

 それは本当に突然のことだった。

 もちろん基地内は騒然となった。

『調べたところによるとデータには、この基地の動向が示されている! すぐにフィータ・スーペリア少尉を捕まえろ! 場合によっては殺害しても構わない!』

 この指令を聞いたとき、アルトは息を呑んだ。

 あまりにも突然すぎた。

 そして、あまりにも酷すぎる。

 姉のように慕っていたフィータを殺せ。

 銃の形態を言い渡され、アルトは迷った。

 果たして、これで良いのか。

「オファニエル中尉、何をしている!」

 声が響いた。

 ロベルトだ。

 彼も手にはアサルトライフルを持っている。

「指令が聞こえなかったわけではないだろう?」

「しかし、私には……何が何だか」

「彼女がデータを流していた。そして今までAllianceが我々の前に現れたのは、そのデータを基にしていたと考えてもいいだろう。これは立派な反逆罪だ!」

 ロベルトの言葉に、迷いが一層深まるアルト。

 だが、まだそれだけでは信じることはできない。

 そう、本人から聞くまでは。

 アルトが走り出した。

 近くの兵士にどこにいるか尋ねる。

 だが、皆探している最中だ。

 どこに、どこにいる。

 外にも出てみるが、やはりいない。

 基地は広いとはいえ、閉鎖空間。

 どこかで出くわしてもおかしくないのだが。

 ふと、屋上を見た。

「…………………?」

 そこには、人影が一つ。

 彼女は走り出した。

 慌しく動き回っている兵士を掻き分けて。

 階段を駆け足で上る。

 そうしてたどり着いたとき、目の前にいる人物を夕日が照らしていた。

 アルトは屋上の鍵を閉めた。

「スーペリア少尉!」

 このときだけは愛称で呼べなかった。

 フィータが振り向いた。

 そこには酷く平然と。

 そして酷く普段のフィータがいた。

「あら、貴方が来たのね。オファニエル中尉」

 フィータもアルトとは呼ばず。

 アルトが銃を構えた。

 対峙する二人。

 こんな事が来るとは。

「どうして、スパイみたいなことを!」

「スパイ……ねぇ。私はそんなつもり無かったんだけど」

「何を訳の分からないことを……!」

 フィータが詰め寄る。

 アルトは叫んだ。

 それ以上近づくと撃つ、と。

 しかし彼女はその歩みを止めることなく。

 アルトの手が小刻みに震える。

「教えてあげようか」

 フィータの瞳はいつものように、穏やかではない。

 まるで、暗殺者のような冷たい瞳。

「本当のこと」

「本当の、こと……?」

「そ」

 フィータが話し始めた。

 それはアルトにとって、いや、今の現状を打破するのに必要すぎる情報。

 Allianceについて。

 何故、こんなことをしたのか。

 そして。

「スパイは、別に!?」

「そういうこと。私はただAllianceについての情報を集めていただけ」

 いつもフィータがオペレーター席から退かなかったのは、そのせいでもある。

 そしてあの部屋で集めた資料をディスクに移していた。

「私のベッドの所にあるぬいぐるみ、その中に今まで集めた情報の入ったディスクがあるわ。それを貴方が一人で極秘裏に解析してちょうだい」

 無理難題を押し付ける。

「一人で、極秘裏にって……、そんなの無理じゃない! 絶対にバレるわ!」

「そうねぇ……だったらルー君になら言ってもいいわ。私、あの子のこと気に入ってるから」

 揺らぐことの無いフィータの言葉。

 いつもそうだ。

 無意味に自信を持つ。

「それと」

 フィータがさらに近づき耳打ちをする。

 そして、スパイの名が明かされる。

 そっと、耳打ちをする。

「え……?」

 それだけ言うとフィータはアルトを突き飛ばした。

 尻餅をついた。

 立ち上がるよりも早く、フィータはその右手に銃を持っていた。

 セーフティは解除してある。

 あとは引き金を引くだけ。

「待って! 待ってよ、フィー姉!」

「…………最後の最後までその名前で呼んでくれるなんて。いじっぱりなんだか、そうじゃないんだか……」

 ゆっくりと。

 こめかみに銃口をつける。

 すると、扉の向こうから階段をかけてくる兵士の足音が聞こえてきた。

「ん、どうやらお迎えが来たようね」

「まっ……」

「それじゃあね、アルト」

 銃声が響いた。

 外にいた兵士の視線が上空に注がれ。

 階段をかけてきた兵士が屋上に現れた。

 アルトの顔面には血が降り注いでいた。

 まるで全てがスローモーションのように、時が流れた。

 フィータの体が、倒れた。

 あまりにも唐突だった。

 脳内での整理が追いつかない。

 そして、やっと状況を把握したとき。

 アルトは絶叫していた。

 その声は、夕空に響いていた。

***

 午後18:00。

 現場は騒然としていた。

 担架で運ばれるフィータの遺体。

 アルトは、まるで抜け殻のように座り込んでいた。

 そんな彼女の目の前を、担架が通り過ぎる。

 アルトの目が何かを捕らえた。

「待って!」

 そういって担架を止める。

 彼女はフィータの左手の薬指の指輪を手にした。

 昔一度だけつきあったかれしからもらったものと、彼女は言っていた。

 その後、その彼氏とは別れたが。

 今でもその指輪をつけていると言うことは、自分の決断に公開していると言う証。

 その指輪を、アルトは自分の薬指につけた。

 銀色の指輪が夕日の光に当てられ、反射している。

「スーペリア少尉の遺品、私にまとめさせてください」

「では隊長にはそう言っておきましょう」

 担架が屋上から出て行った。

 こうして、人は死んでいくのだろうか。

 何かを背負って、生き抜いて。

 人は、死んでいく。


(Phase-7  完)


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