Phase-3  和解−分かり合えるもの達

「貴方達、そこでなにをしているの?」

 地球軍のノーマルスーツを装着した赤茶色の髪の少女がルーウィンとフィエナに銃を向けている。

 ルーウィンはフィエナの前に立ち、少女を睨んだ。

 自分よりもやや幼い感じが見受けられる。

 彼女の持つ銃は、揺るがず、ルーウィンを狙っている。

「質問に答えなさい!」

 少女が近づくと、ルーウィンの後に隠れていたフィエナに目が向いた。

 怯えている。

「………その子、目が……?」

「何なんだよ、お前」

「私はアルト・オファニエル中尉。地球軍ヨーロッパ第四基地に所属している者よ」

 アルトと名乗った少女が銃を納めた。

「目の見えない相手に発砲するほど愚かじゃない、そう言うことよ」

 だけど。

 アルトが続ける。

「一応基地には来てもらうわ。事情聴取よ。後ろのMS、貴方のでしょ?」

「まあ、な」

「ついてきて」

 アルトが紅いMSに乗り込んだ。

 事情聴取とは言っているが、見ず知らずの相手にいきなり銃を向けるような相手だ。

 信じられるか、と聞かれると「NO」と答えるしかないが。

 ルーウィンは詳しいことを知りたかった。

 このフレスベルグで何があったのか。

 知る必要があったから。

「フィエナ、行こう」

「ルーウィンさん……?」

「疑わしいけど、こっちも色々知る必要があるんだ。すまないな、フィエナ」

「いえ、私も……フレスベルグで何があったか、気になりますから」

 何とか納得してくれたようだ。

 廃墟と化したフレスベルグを後にした。

 そして地球軍ヨーロッパ第四基地に着いたのは4月31日、午後1時23分だった。

 基地の格納庫にストームを置き、フィエナをつれて降りる。

 周りには機関銃を構えた兵士達が待っていた。

「ったく、戦いに来たわけじゃないのに……!」

「こっちよ」

 アルトに連れられて、格納庫を出る。

 疑っているのか、ルーウィンとフィエナの後を兵士が4人。

 機関銃を構えている。

 確かに怪しいとは思うが。

 民間人であるものがMSに乗り、戦闘に巻き込まれたというのだ。

 これがルーウィンだけならば仕方がなく従うが。

 フィエナは違う。

「ここよ、入って」
 
 アルトがドアを開けたのは会議室のような部屋だった。

 中にはこの基地の隊長だろうか、白い軍服に軍帽を着こなしている男が座っていた。

「彼女はこちらで」

「安全は保障されるのか?」

「ええ、もちろん」

 そうは言うが。

 今の彼がおかれている状況を考えたらそうは思えない。

 しぶしぶフィエナを兵士に預ける。

 ルーウィンは中の男と向き合う。

 アルトもこの部屋の中に残っている。

「地球軍ヨーロッパ第四基地長、ロベルト・アイゼンだ」

「ルーウィンです、ルーウィン・リヴェル」

「まあ、座りたまえ」

 ロベルトに言われて座る。

 部屋の中の空気が重い。

 まずは自分の名前などを聞かれ。

 次に何のようでフレスベルグにいたのかなど、細かく聞かれた。

 別に隠すような事ではないので全て話した。

 自分が元ザフトの軍人だった事。

 自分とフィエナは結婚している事。

 その新婚旅行でフレスベルグに行こうとしていたこと。

 フレスベルグ行きの船の中で、事件のことを初めて知った。

「なるほどな、そう言うことだったのか。で、何でフレスベルグの中に入った?」

「その近郊にいたんだが、そこでザフトにいたときの同僚と出会って、話していたら敵襲にあった」

 嘘は言っていない。

「まあ、君のようなまっすぐな人間が嘘を言うとも思えない。だが、一応この基地に3日間拘留させてもらう」

「その分こちらにも情報が来るのならな」

「……軍の機密に手をつけるつもりなのか?」

「違う! ただ俺は真実を知りたいだけだ!」

「そのためならば拘留もする……見上げた覚悟だな」

 ロベルトはそう言うと、部屋から出た。
 
 残されたアルトとルーウィン。

「あんたは何でそこまで出来るのよ」

「何が」

「巻き込まれたくないって思うのが普通の考え。なのにあんたは首を突っ込む。よく分からないわ」

 アルトもまた部屋から出る。

 確かにアルトの言うとおりだった。

 今は一般人であるルーウィン。

 何のために軍から身を退いたのだ。

 フィエナを、守るためではないのか。

 また彼女を戦闘に巻き込むつもりなのか。

 彼は、迷っていた。

***

 午後12時40分。

 オーブ、モルゲンレーテ。

「MS詰め込み作業、あと20分で終わらせるのよ!」

 モルゲンレーテ技術主任であるエリカ・シモンズの指示のもと、輸送機にMSが搭載されていく。

 イザークのソニック、ディアッカのアライヴ、それにキラのストライクフリーダムにアスランのインフィニットジャスティス。

 今回はフレスベルグの調査が目的なので、ビームライフルを携行することは無い。

 輸送機には他にも調査団のメンバーが乗っている。

 その中には当然、彼女も。

「……なんで君がいるんだ?」

 アスランが声をかけたのは普通にシートに座っていた金髪の少女。

 カガリだった。

 カガリは他の調査団のメンバーと一緒に座っていた。

 彼女は至って普通に振舞っていたが、他のメンバーは緊張していた。

 何しろ代表がこんなところにいるのだ。

 緊張もする。

「何でって、私も見に行くからだ。そのフレスベルグにな」

「いや、それが分からないんだが?」

「ああ、心配するな。ちゃんと自分の身は自分で守るさ」

「そうじゃなくて……」

「なぁに、キラ達は危なっかしいからな。私がついていなければ」

 勝手に話を進めている。

 本気でついてくるようだ。

 結局彼女は譲らない。

 そのまま輸送機発進時刻に迫っていた。

 輸送機がオーブを出て、暫くが経過した。

 まるで狙っていたかのように。

 それは突然訪れた。

***

「我々の目的にオーブと言う国は邪魔でね」

 暗室の中で男はモニターの向こうの男と会話していた。

『ザフトに肩を貸すものに、容赦はしないさ』

「分かっているじゃないか。お前も」

『そろそろ作戦時刻だ。報告を待っていてもらおう』

 ぷつりと通信が途切れた。

 男は背もたれに寄りかかる。

 そうだ、それで良い。

 全ては私の手中。

 そうして世界は正されなければならない。

 今の、腐りきった世界になど興味は無い。

「全ては、我が「Alliance」のために……」

***

「キラ・ヤマト、フリーダム、行きます!」

「アスラン・ザラ、ジャスティス、出る!」

「イザーク・ジュール、グフソニック、出るぞ!」

「ディアッカ・エルスマン、グフアライヴ、発進する!」

 4機のMSが輸送機より発進した。

 輸送機がやられては調査の続行は不可能となる。

 それ以上にカガリが乗り込んでいる。

 なんとしても守らなければならない。

「輸送機を、やらせるわけには行かない!」

 ファトゥムー01の上に立つインフィニットジャスティス。

 サーベルを連結させ、敵を切り倒す。

 敵はザフトのMSを使用している。

 先のフレスベルグでの爆破事件で使用された機体と同じ。

「邪魔を、するなっ!」

 アスランの叫びと共にインフィニットジャスティスが駆ける。

 それを援護するようにグフアライヴのビームキャノンが火を噴いた。

「輸送機は先に離脱してください! ここは僕たちで何とかします!」

 ストライクフリーダムが敵を切るのと同時に、キラが叫ぶ。

「くそっ! いい加減に!」

 グフソニックの二振りのテンペストが。

「しろぉぉぉっ!」

 ディンを切り裂く。

 そのまま両腕のスレイプニルガトリング砲を放つ。

 しかし幾らキラ達の腕があるとは言え、機体の数を早々簡単に埋められるわけではない。

 更には輸送機の護衛と言うこともあり、キラ達は若干押されていた。

「ふん、大人しく沈めばよいものを」

 そんな声が各々のコクピットに響いた。

 酷く押し殺した低い声。

「オーブなどと言う国も、現在のプラントも! 全て!」

 1機のザクファントムがストライクフリーダムに襲い掛かる。

 2丁のビーム突撃銃を乱射し、距離を詰める。

 黒いザクファントムだった。

 背中には飛行用と思われるウィザードが装着されている。

「何だ……? このパイロット、当ててくる!」

 キラは目の前の敵機に若干恐れを感じていた。

「キラ!」

 インフィニットジャスティスが援護しようとシャイニングエッジを投げつける。

「ふん、甘い!」

 その起動を見極めると、シャイニングエッジを粉砕。

 インフィニットジャスティスを蹴り落とす。

「貴様らオーブに肩入れする人間は邪魔なのだ……散れ」

 両肩のシールドからビームトマホークを抜き、ストライクフリーダム目掛けて投げつけた。

 真っ直ぐに飛来するビームトマホーク。

 キラは2つのトマホークをサーベルで捌くと、カリドゥス複相ビーム砲と腰のクスィフィアス3レール砲を同時に放つ。

 それは確かにザクファントムに命中していた。

 が、破壊していたのはザクファントムの肩のシールドだった。

「キラ・ヤマト……どんなに貴様が正義ぶったところで貴様の罪は消えることは無いというのに………全く持って無駄な存在だ! 貴様は!」

「何なんだ、貴方は!」

「いずれ分かる……貴様も、あの真紅のMSのパイロットも、暴風の名を持つMSのパイロットも」

 真紅のMS。

 暴風の名を持つMS。

 今はまだ分からなかい。

 しかしフレスベルグで、ヨーロッパでキラはその二体と出合うことになる。

 その時、自分の全てを否定されることとなる。

***

 若干時は戻り、1時30分。

 地球軍ヨーロッパ第四基地の休憩所に、フィエナは座っていた。

 突然の来客に、兵士達の視線はフィエナに注がれていたが。

 当の本人はその視線に気づいていないようだった。

「ん〜、休憩休憩〜」

 ふと、そんな明るい声がフィエナの耳に入る。

 フィエナが顔をあげると、やや遅れて女の声が。

「さっきの民間人の子? こんなところで何してるの?」

「え? あの……喉が渇いたって言ったら、連れてこられて……。今、私はどこにいるんですか?」

「貴方……目が。……ここは休憩所よ。それにしても、つれてきただけで飲み物の一つも用意しないとは。ダメだわこの基地の男どもは。何か飲みたいものある? っても、コーヒーしかないけどね」

 そう言うと女はフィエナのそばを離れ、コーヒーの入った紙コップを二つ持ってきた。

 ゆっくりとフィエナの前に出すと、その手に握らせた。

 アイスコーヒーなのでこぼしても火傷はしない。

「大丈夫? 飲める?」

「はい、ご親切にありがとうございます」

「良いのよ、これくらい。私はフィータ、フィータ・スーペリアよ。この基地のオペレーター」

「フィータさん……、素敵なお名前ですね。私はフィエナです。フィエナ・アルフィース」

 互いの自己紹介を終えると、フィータから話題を切り出した。

 一体フレスベルグで何をしていたのか、と。

 危険区域に指定されている土地の中にいたのだ。

 怪しまれてもおかしくない。

「あの男に、無理矢理?」

「そうではありません。その、私とルーウィンさんは……新婚旅行で」

「ぶぅっ!?」

 コーヒーを噴いた。

 フィータは我が耳を疑う。

 今彼女は何と言った?

 新婚旅行?
  
 それってもしかした。

「貴方とあの男の子、結婚しているの?!」

「はい。去年の12月25日に」

「わ、私なんかもうそろそろ婚期を逃しそうなのに……!」

 妙なところに怒りを感じたフィータだが。

 フィエナにルーウィンが惚れるのも判る気がしていた。

 逆に分からないのがフィエナがルーウィンに惚れた理由だった。

「どうしてフィエナはあの男に惚れたの?」

「ひぇっ!? その……初めて出会った時にこう言ったんです」

 俺は別に何もしていないナチュラルに向って罵倒するような非常識じゃあない。

 今でこそナチュラルとコーディネイターは少しづつ和解し始めているが、水面下ではまだまだ問題が多い。

 更に二人が出会ったのは大戦中。

 フィエナはルーウィンのそんな「的外れ」な優しさに惹かれていた。

 ルーウィンはフィエナを守るために軍を抜け、彼女を守る事を誓っている。

 彼もまたフィエナに大事な事を教えてもらったのだ。

「フィータさんもきっと良い人が見つかりますよ。声を聞いて分かりますもの」

「………なーんか、勝者の自慢にしか聞こえないけどぉ?」

 そう言うとフィエナの頭をくしゃくしゃにする。

「ま、何時までも幸せにね。せっかくあの男の子も軍から身を引いたんだから」

「そうですね。何だか、フィータさんと話すとほっとします」

「ふふ、女同士の友情ってやつね」

 その後も二人で話をしていた。

 フィエナにとってもフィータにとっても、気楽に話の出来る相手だった。

***

 2時13分。

 ルーウィンはアルトと一緒に歩いていた。

 フィエナを探しているのだが、何分始めての基地ゆえに道がわからないのだ。

 どこにいるのかの見当もつかない。

「フィエナー? フィーエーナー?」

「全く、自分の連れの居場所ぐらい把握しときなさいよ」

「………そっちが勝手に連れて行ったくせによく言うよ」

「何か?」

 睨まれた。

 結局ルーウィンは暫くこの基地に留まる事になった。

 下手に事件に関わった人間を外に出すわけにはいかないらしい。

 確かにもしもルーウィンが機密を知り、そのまま外に出て洩らされたら。

 そんなことは万に一つもないと思うが、一応の措置である。

「あー、アルトー」

 どこからか嫌に明るい声が。

 一際笑顔を振りまいて、やってきた女性。

 フィータだった。

「フィー姉?」

「それに、ルーウィンくんね。フィエナちゃんから話は聞いているわ」

「話って……フィエナはどこに?」

 あっち、と休憩所を指差す。

 ルーウィンが走り出した。

「ちょっと、待ちなさいよ!」

 アルトもその後を着いて行く。

 声をかけただけなのに。

 その場に残されてしまった。

「ふふん、人気者は辛いわねぇ」

「少尉! スーペリア少尉!」

「カイに、キース?」

 キースとカイがフィータの下にやってきた。

 何だか息を切らしているが。

「あの一般人の男は?」

「ん? そこの休憩所に向ったけど……なーに? 貴方達もあの子に用事なの? ほんと、人気者ねぇ」

「………そう言うわけじゃないが」

「お姉さん、狙っちゃおうかしら」

「何言ってるんですか! 相手は結婚してるんですよ!?」

 キースに叱責される。

「ところで、あの子に何か用だったんじゃないの?」

「………しまった、無駄な時間を」

「ちょっと、待った。カイ? 無駄な時間ってどういう意味?」

「先に行くぞ、カイ!」

「………待て! おい、キース!」

 走り出そうにもがっちりとフィータにホールドされている。

「無効でちょっと話をしようか、フェイ少尉?」

 彼女が苗字(階級入り)で呼ぶ時は危ない時。

 悲痛な叫び声がこだました。

***

 午後2時20分。

 キラ達オーブ調査団はフレスベルグに降り立った。

 近隣のザフト軍も調査に来ている。

「A班とB班とキラは北を、C班とD班とアスランは東を、E班とイザークは南を、F班とディアッカは西を調査してくれ。何かあったら必ず連絡を!」

「了解!」

 各々の任された方角を調査していく。

 ザフトとしても、最近の事件がザフトの仕業となっていることが嫌なのだろう。

 クライン政権になってから、色々と平和的活動をしているだけに先の爆破事件は大きな痛手となっているようだ。

「それにしても、もう何も無いだろう。ここには」

 ディアッカがガレキの上を歩く。

 もう既に何回と調査が行なわれたので、ほとんど事件に関する物は見つからなかった。

「こちらディアッカ。ダメだ、何も見つからない」

『こちら本部。了解。ではF班は帰還してください』

「……だってさ。さて、戻るとするか」

 同じくキラ、アスラン、イザークも戻っていた。

 これ以上の調査は無意味だろう。

「で、どうするんだ、カガリ。ここまで来て無駄足となると……」

「しかし小さな事でもいいから、見つけて帰らないと……!」

 だが何も見つからないここにいるよりは、本国へ戻って対策を立てるのもまた一つの手。

 渋々輸送機に乗り込むカガリ。

 何も見つからない今となっては牛歩だが、少しづつ問題を解決していく方が良いと彼女も判断したのだろう。

「ったくよぉ、とんだ無駄足だったな」

「ディアッカ、口を慎めよ」

「分かってるけどよ……」

 そんなやり取りにカガリも居所が悪いようだ。

「何度も調査隊が出たり入ったりしていたんだ。何も見つからなくても仕方が無いさ」
 
 アスランがカガリに言うが、それでも機嫌は直らなかった。

 彼女もまだ未熟。

 そういうことだ。

***

 時として時代と言うものは非常に過酷な状況を生み出している。

 C.E.73、5月2日。

 この日、世界は死んだ。


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