Phase-14 Alliance攻防戦−旧人類と新人類の境界を明らかにする者−
「シグナル確認! 生きています!」
そういったのミリアリアだった。
レーダーには確かにストームの反応がある。
それとは別に、輸送機から飛び出す機影が一つ。
GAT-X199、アルト。
「オファニエル中尉……!」
「……」
ラクスはじっとモニターを見ていた。
これ以上被害を大きくしたくないという彼女の願い。
故に全軍に撤退命令を下したのだが。
どうやらあの紅いMSのパイロットにはそれが伝わらなかったようだ。
「仕方がありません。……アルト、ストームに打電。必ず戻るように、と」
「了解」
「それと、キラ達に出撃するように伝えてください」
今ここで、何もしないで死ぬわけには行かない。
彼女はそういった。
アルトは送られて来た電文をコクピットの中で読んでいた。
必ず戻るように。
それだけだった。
ストームを見捨てて、撤退するよりも幾分もマシである。
「ふん、分かるじゃない。ラクス・クラインも」
Alliance正面ゲート。
レヴァンティンを構え、敵地の様子を探る。
ストームの姿はない。
レーダーに反応はあるものの、姿が見えないとは。
「……どういうこと?」
***
目の前の敵が、ストームに迫る。
ストームが銃撃をシールドで防いでいく。
だが、敵の物量はストーム一体でどうこう出来る代物ではない。
だからこうして。
「ん……うぁ」
彼が眼を覚ましたところは、暗く、冷たい牢獄だった。
ルーウィンは右わき腹のあたりに痛みを感じ取った。
ストームが鹵獲され、無理やり外に引きずり出されたルーウィン。
そのまま外に連れ出されると、腹部を殴られそのまま気絶してしまった。
そして気がついたらここにいた。
ストームはどうなったのか。
そして戦局は。
「気がついたようね」
空気が冷えているためか、声が澄んでいる。
女の声。
それは向かいから聞こえてきた。
薄暗いため表情はよく分からない。
そんな状況でも分かること。
それは、彼女は非常に落ち着いているということだけだ。
「君は誰だ? いつからそこに……」
「少し前よ。少し前にここに入れられたの」
通路を照らすランプが、不規則に点滅している。
そうして彼女の顔を伺う。
10代中盤の少女だった。
目元のあたり、どこかで見たような気がしてきた。
「こんなところに捕まっている場合じゃないのに……! おい、ここから出る方法とか知らないのか?」
「あるにはあるわ。でも、もう書き換えられているかもしれない」
そういうと少女が足元に生じている隙間から、なにかを滑らせた。
カツンと、軽い音がした。
ルーウィンが拾い上げたそれは、AllianceのIDカードだった。
よく見るとこの牢屋、カードをスキャンする装置がついている。
そのカードでなければ牢屋の鍵が開かないということだろう。
「スア・ペリオ……? 君は一体……」
「その名前はもうないわ。今の私は、フィーナ・スーペリア。あなたも知っているはずよ、ルーウィン・リヴェル」
スーペリアという苗字を聞いて、ルーウィンは息を飲んだ。
フィータの姉妹。
フィーナは語り始めた。
どうして姉妹揃ってこんな事をしているのか。
どうして自分がこんな牢屋にいるのか。
***
そもそもスーペリア姉妹は地球軍の諜報部の一員だった。
様々な戦場に赴き、敵軍の状況を味方に知らせるのが彼女達の目的。
そうして軍を勝利に導いてきた。
C.E.74に宇宙要塞メサイアでの戦闘が終了した時、彼女達の役目も終わったと思っていた。
もう戦争など起こらないだろうと。
しかし現実は違って。
ヨーロッパ第4基地に配属になったスーペリア姉妹。
そんな時だ。
やつらが現れたのは。
Allianceと名乗る組織が第4基地を襲撃。
基地の約7割が被害を受けた。
さらに当時の司令官がその襲撃で戦死。
第4基地は、危機に晒された。
それから数日が過ぎた時だった。
ロベルトが司令官として第4基地に配属になった。
が、誰が気付くだろうか。
彼がAllianceの回し者だったと。
その後、スーペリア姉妹はありとあらゆるパイプを使ってAllianceについての情報をかき集めた。
それによるとAllianceという組織は地球軍、ザフト軍の両陣営から有志を募って組織が成り立っている。
今後、Allianceが台頭してくるのは間違いないこと。
***
「その後、私と姉さんは話し合ったわ。どちらがAllianceにもぐりこむか。そうして内部から戦力を調査すれば、対策を練りやすくなるから」
「そうなのか……」
「そのため私と姉さんは定期的に連絡を取り合ったわ。私が第4基地に情報をリークしていたの。ロベルト・アイゼン、カイ・フェイの両名がAllianceの回し者だということは、そのときに発覚したの」
しかし公表するにはあまりにも時期が早すぎる。
何しろ基地が襲撃を受け、混乱している時である。
まともに話が通るはずがない。
「Allianceが台頭し、その存在が世界に知らされた時。その時が好機だと、姉さんが言ったのよ。……理屈は知らないけど」
「……大変だったんだ、フィータさん」
「どう、分かったかしら?」
少し頭が混乱するが、何とか無理やりに飲み込む。
何とか話が終わった時、フィーナが立ち上がる。
「そのカードをスロットに通してみて?」
装置の脇から手を伸ばし、ルーウィンは器用にカードを通す。
機械音がし、ロックが外れた。
「開いた……?」
「それじゃあ私のほうの牢屋のロックも外してちょうだい」
「ん?」
「あなたを、外に出してあげる」
***
フィーナはルーウィンにハンドガンを渡した。
何かあったら自分の身は自分で守りなさい、と。
牢獄から通路に出る。
戦闘は終わったのだろうか。
それともまだ続いているのだろうか。
それすら把握できない。
「今はまっすぐに格納庫へ。そこにあなたの機体もあるはずよ」
「そうだな」
通路の角から先を見る。
兵士がうろうろとしている。
フィーナ曰く、今彼らが通っている道が格納庫への最短ルートだという。
「どうする? あそこに兵士がいるんだが……」
「あまり目立った行動は、したくないけど……!」
ポケットから小型の手榴弾を取り出す。
栓を抜き、それを通路の先に投げ込む。
軽い爆発音とともに破裂し、内部から煙が広がった。
それが兵士達の視覚を奪う。
「今よ!」
「目立った行動はしたくないっていったのに、大胆だな……」
この行動力。
確かに姉であるフィータ譲りのものを感じた。
通路を進んでいくと、結末は分かりきっていたことが起きた。
前方を兵士達がふさいだ。
後方からも集まる兵士達。
まさに挟み撃ちとはこのことで。
「挟まれたか……。どうす」
言うが早いが、フィーナは銃のトリガーを引いていた。
銃弾が、前方の兵士の頭部を貫いた。
唖然とするルーウィンだが。
「ここで止まるわけにはいかないの! ほら、早く行くわよ」
段々と素が見えてきたのか。
アクティブになってきている。
ぎゃあぎゃあと騒ぐ兵士を後ろに、二人は走りぬけた。
「ねぇ、あなたはどうして戦っているの?」
そう聞かれたのは、とある曲がり角を曲がった時だった。
前にもそんなことを尋ねられたような気がした。
「どうして、って……!」
銃声が響く。
銃弾が二人の真横をすり抜けていく。
当たりそうで当たらないこの緊張感。
いくら味わってもなれることはない。
「そりゃあ、大切な人を守るためさ! お前は?」
「私も同じ。大切なものを守るため。でも、それももうないわ」
目の前の扉の装置にカードを通す。
ゆっくりと扉が開いていく。
牢獄よりもやや明るい程度の広い部屋がそこには広がっていた。
格納庫。
光が少ないため確認できないが、MSも何機が立っている。
「フィエナ、よね。あなたの恋人」
「あ、ああ……。恋人というか、何と言うか」
結婚しているとは、何故か恥ずかしくなり言えなかった。
「大切にね、その人のことをするのよ」
「……フィーナ?」
「一生に会えるかどうかなんだから。一緒に添い遂げることの出来る人間なんて」
振り向いた彼を衝撃が襲う。
フィーナがルーウィンを突き飛ばしたのだ。
「なっ……うわっ!?」
「……走って!」
そういったフィーナの顔は。
非常に凛々しかった。
フィーナの目の前には兵士が壁を作り、銃を構えている。
おそらく一斉に発砲するつもりだが。
生憎、ただやられるほど自分も愚かではない。
またもポケットから手榴弾を取り出す。
しかしそれは催涙効果のあるガスが入っているのではなく。
爆薬が詰め込まれている、正真正銘の手榴弾。
ピンを抜き、投げつける。
下手に通路で壁など作るからこうなるのだ。
目の前の兵士達は避けるまもなく、手榴弾の餌食となった。
***
煙が格納庫にも入ってきた。
むせないように手で口を押さえるルーウィン。
フィーナはどうなった。
3発の銃声が聞こえた。
一瞬、フィーナが死んだのかと彼は思ったが。
爆煙の向こうから現れたのは、フィーナだった。
左肩と、右足。
そして腰から血を流している。
先ほどの銃声によるものだろう。
「フィーナ!? お前……怪我して」
「本当はね、私もあなたと一緒に外に出たかったわ」
肩で息を大きく吸い込み、吐き出す。
その動作が、いやにゆっくりで。
「でも、無理みたい」
自分達以外の誰かが、煙の向こうから現れる。
180cmほどの長身の男だった。
その男は銃をしまうと、ポケットから何かのスイッチを取り出した。
「生きて。私や、姉さんの分まで。いき」
爆ぜた。
ルーウィンの顔に、鮮血が飛び散る。
飛散する肉片。
フィーナのベルトに仕込んでいた爆弾が、爆発したのだ。
もともとフィーナがヴァシュリアとともに死ぬためのもの。
爆薬の量は少なめだが、人を殺すには十分だった。
辺りに肉片が落ちる、重い音が響いた。
爆発の時の空気振動で、聴覚が一時的に失われた。
甲高い音だけ、体の中に伝わる。
「………ッ!」
ルーウィンは無言で銃を構えた。
目の前にいる人物。
その男を睨みつける。
「私に銃を向けるか、ルーウィン・リヴェル」
「お前……ッ! 誰だ!」
「こうして出会うのは初めてだな。私はヴァシュリア・ラインツハルト。Alliannceのリーダーを務めている」
頭の中が煮えくり返っている。
血液が沸騰し、ろくに考えることも出来ない。
「こうして人が死ぬのを見ると、実に哀れむ。何とか弱く、何と儚いのかとな」
「貴様が殺しておいて、よく言う!」
「だが私が作り上げる世界は血が流れない。何せ、流す前に全てを浄化する」
「勝手な理屈をほざくな!」
トリガーを引く。
その銃弾は確かに、ヴァシュリアの肩を貫いていた。
しかしヴァシュリアは表情一つ変えない。
それどころか、威圧感がルーウィンを包み込む。
「もし私が、本当に神と同等の存在ならば……。まずは君のような人間から消すだろう」
「何を!」
「君のような、守るべきものがある人間から……な。愛する人間の目の前で貴様を無様に、完膚なきまでに蹴散らし叩き潰す。最高じゃないか」
こいつ、狂っている。
狂気とか、頭がおかしいとか言う次元の話ではない。
ただただ、目の前の人間は根底から狂っている。
どうしてこいつはこんなにも冷静なのか。
背筋が凍る。
「さあ、どうやって君を殺そうか?」
ヴァシュリアが歩み寄る。
散ったフィーナの肉片を潰し、血液をその靴に付着させながらも。
ゆっくりと。
重々しく。
「まずは、両手を奪おうか? そうすれば反抗できなくなる」
歯が噛みあわない。
震えが止まらない。
怖い。
逃げることも出来る。
しかし逃げてどうなる。
「それとも両足から千切ろうか? そうすれば逃げることも叶わない」
ルーウィンの額から汗が流れる。
「そうだな……。やはり一思いに心臓を貫くしかないか」
ヴァシュリアの手刀がルーウィンの左胸に伸びる。
「散れ」
「ふざけるなっ!」
静寂を破り、ルーウィンがヴァシュリアの体制を支えている足を払う。
そのまま倒れるヴァシュリア。
倒れた彼の顔面に殴りかかる。
この時の彼は、考えなどなかった。
ただ単に、殴りつけていた。
「このっ! このっ! このっ! このぉぉぉぉぉっ!!」
その勢いを殺さずに、右腕を両手で掴み。
投げ飛ばした。
そして勢いよく走り出す。
この騒ぎで灯りがつき始めていた。
格納庫の奥に彼の機体が置いてあった。
コクピットに入るルーウィンだが、まだ恐怖は収まらない。
何なんだ、ヴァシュリアという人間は。
「今は……出なきゃ!」
ストームのOSを立ち上げる。
モニターの端に先ほど自分が立っていた部分が映し出された。
フィーナが死に、悪魔と対面していたあの場所。
逃げるようにストームを動かす。
「邪魔だぁぁぁっ!」
目の前の壁をアムフォルタスビーム砲のビームで貫いた。
***
「何っ……爆発!?」
外にいたアルトは突然の爆発で
爆発とともに出てきたのはストームだった。
「ストームッ!? ルーウィン無事だったんだ……」
少しだけ安心した様子のアルト。
その直後にはっとなり、首を横に振る。
「な、何言ってるのよ! 生きてて当たり前じゃないの!」
だけど。
モニターの映るストームを見て。
「でも、良かった……」
すぐさまアルトはストームに通信を送る。
「こちらオファニエル中尉! ルーウィン・リヴェル、聞こえる?」
『アルト……か? 戦闘はどうなった?』
「あんたが逃げ遅れたから迎えに来たのよ! ったく、しっかりしなさいよね!」
『……すまない』
どこか憔悴したような声で答える。
今はこの場から去ろう。
そして少しでも、遠くへ。
あの場所から離れよう。
ルーウィンの手は、震えていた。
(Phase-14 完)
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