Phase-12 アルト−強い心の裏返し−
昔からそうだった。
どこか人を小馬鹿にしたような発言ばかりで。
親友と呼べる存在からもやがて疎まれていた。
そんなアルト・オファニエル、10歳のころだった。
***
C.E65。
この世に生を受けて10年。
アルトは小学生だった。
ナチュラルとコーディネイターという、2種類の人間。
その間に出来た確執が少しずつ、広がっていく。
そんな時代に彼女は生きていた。
今日も母親が頭を下げている。
何故かは分からない。
幼い頭で一生懸命話の内容を捉える。
自分の名前と友達の名前が交互に出てくる。
次に「泣かした」だのという言葉も。
少し前に、アルトと話していた少女が泣いてしまったと言うことがあった。
別に何を少女に対して言ったわけではない。
ただ普通に、普通にアルトは話していただけだった。
なのに。
次の日から遊びに外に出たアルト。
しかし誰も声をかけようとしない。
誰もアルトに近寄ろうとしない。
更にはまるで「アルト」という少女が、この世界にいないかのような振りさえも見せていた。
「ねぇ、向こうで一緒に遊ぼうよ」
声をかけても。
肩に手を置いても。
「ねぇ、いこ」
そう言って友達の群れはアルトから離れていった。
結局彼女は一人だった。
一人で草むらを歩いて、一人で青空を見て、一人で。
それからほどしばらくして、両親が蒸発した。
***
気がついたら部屋に一人で横になっていた。
5月8日、04:00。
色々ありすぎたせいで、疲れて眠りこけていた。
手鏡を取り、自分の顔を見てみる。
酷い顔をしていた。
怒り、悲しんで。
涙でボロボロになった。
そんな顔をしている。
今日は5月8日。
以前、ヴァシュリアが言っていた「審判の日」まで残り三日と迫っていた。
もう、どうでも良くなっていた。
自分の中では。
どうせ誰もいなくなる。
だったら、足掻いても無駄なこと。
今まで自分は何をしてきたのか。
これから先、自分はどうするべきなのか。
そういった後ろ向きな考えしか浮かばなくなっていた。
「おい、アンタ」
振り返る。
そこにはシンが立っていた。
「召集、だってさ。こんな朝早くから、まったく……」
「そう……」
すっかり憔悴しきったアルトの様子に、シンは怪訝そうな顔をした。
キースと言う男に、アルトの様子を見てきてくれと言われてきてみれば。
大体何故自分がこの女の様子を見にこなければならないのか。
「何してんだよ、アンタ! 早く来いって」
あまりにも動かないアルトに、シンも段々苛立ちが表に出てきた。
「ねぇ、例えばだけど」
「あ?」
「自分にとって大切な人が目の前からいなくなったら、アンタはどうするの?」
シンにとって大切なもの。
それはオーブで命を落とした家族。
ベルリンで息を引き取ったエクステンデットの少女。
その人たちがいなくなったとき、自分はどうした。
殺した相手を、憎んで憎んで。
「憎んださ」
「憎んだ……?」
「ああ、マユやステラを殺した相手を、憎んださ!」
その結果、シンはインパルスに乗って最強と謳われたフリーダムを落とした。
しかしその先に待っていたのは、ラクス・クラインを筆頭に当時プラント最高評議会議長であったギルバート・デュランダルに立ち向かう者との戦いだった。
その中にはかつての仲間、アスラン・ザラの姿があった。
アスランの乗るインフィニットジャスティスとの戦いで、シンのデスティニーは大破。
戦いに負け、そして世界はラクス・クラインが統べる世界となった。
「だけど、結局無駄だったんだ……。終わらないのさ、戦いは!」
「……そう、か」
「………っ、何なんだよ、アンタはさっきから! はっきりとものを言えよ!」
シンがアルトの胸倉を掴んだ。
彼が見たアルトは。
いつものように気が強い人ではなく。
普通の少女だった。
***
04:20。
シンは第2格納庫に向かっていた。
アルトもあのあと何とか立ち直り、後で行くと伝えた。
おそらく彼女は無理をしているのだろうが。
こんなにも早くに立ち直れるはずがない。
「シン・アスカ」
「ああ、アンタか」
キースがシンに声をかける。
「どうだった、アルトの様子は?」
「……何と言うか、見ていてかわいそうになってくるね、アレは」
「そうか……ショックだろうな、アルトにとって」
アルトにとって、ロベルトは昔から自分の事を見てくれた頼もしい上司であり。
カイは戦闘でも常にサポートしてくれる仲間だった。
彼らのことを、アルトだけではなくキースも慕っていた。
そんな彼らがスパイだったと、そういって自分の前から消えた。
ロベルトに至ってはコーディネイターであると言うことを隠し、アルトをねじ伏せて。
「それよりも、何で俺にあんなこと頼んだんだよ! 自分で行けばいいだろ!?」
「ああ、そのことか」
キースがシンにアルトの様子を見てくるように頼んだ理由。
それは極単純なことだった。
シンとアルトは似ている。
ただそれだけの理由である。
今のアルトに必要なのは、アルトの話を聞き、理解してくれる人間。
その点ではシン以上の適役はいない。
「だから、ついこの間ばかり見知ったばかりの俺に頼むなってことだ!」
「それは悪いと思ったさ。でも」
キースが立ち止まり、シンが振り返る。
「お前も、断ることが出来たはずだが?」
***
04:30。
格納庫に集まった第4基地の兵士達。
「Allianceという組織をこの世界から消しても、きっと戦いは終わりません。しかし、私達はそれでも進まなければならないのです」
ラクスのやや熱の入った言葉に、皆耳を傾けている。
「真の平和のために!」
「……それだけ聞くと、Allianceの連中とほとんど同じように聞こえるのですが?」
凛とした声が、ラクスの声をさえぎる。
一斉に振り向くと、軍服も着ないでアンダーウェアのまま立っているアルトがいる。
「ラクス・クライン、「貴方」たちとAliiance、一体何が違うんですか?」
靴音が響く。
兵士が道をあける。
アルトがラクスの目の前で止まった。
以前からアルトはラクスのことが気に入らなかった。
偽善だけを振りかざし、まるで自らに従わないものを絶対的な悪として。
「私達は平和を求めています。そのために、相容れぬ考えを持つ方々と話し合いたいのです」
「……なるほどね。やっぱりアンタのこと、私は好きになれないわ」
まるで今すぐにでも掴みかかりそうなアルト。
踵を返して、まるでこの召集すら興味がないようだ。
「一つ教えてあげる」
彼女が振り返ったとき、その視線は鋭く。
ラクスを捉えていた。
「あんたの考えに従わないやつが悪いんじゃない。あんたの考えに従うやつが正しいんじゃない」
吐き捨てるように。
まるで胸の中に詰まったものを全て吐き捨てるように。
「もう、この世界に正しいとか悪いとか、そういうものはないのよ」
「では、貴方は何のために戦うのですか?」
ラクスが問い返した。
何故、自分は戦う。
大切な人を守るため。
少し前まではその思いで戦っていた。
でも違う。
シンはこう言った。
戦いはなくならない。
無くならない以上、いずれは自分にとって大切な人も傷つく。
では、何のために。
「決まってるわ」
アルトは。
私は。
何のために。
戦っている?
「自己満足よ」
***
05:30。
オーブから1隻の戦艦が飛来した。
それは不沈艦として名高いアークエンジェル。
それが第4基地に来たのだ。
艦長マリュー・ラミアス、副艦長アンドリュー・バルトフェルドといった歴戦の名将を配置した戦艦である。
更にはその戦艦内には「エンデュミオンの鷹」の異名を持つムウ・ラ・フラガの乗るアカツキの姿まである。
話によると彼自身がアークエンジェルに乗り、戦いたいと申し出たようだ。
実際、ムウはオーブ軍にいるものの決まってどの部隊にいたというわけではない。
メサイア攻防戦後の彼はいわば「何でも屋」のような仕事をしていた。
アカツキに乗り、空軍に呼ばれれば空軍に。
陸軍に呼ばれれば陸軍に力を貸していた。
「話は聞いているわ、ラクスさん」
アークエンジェルから降りたマリュー達3人はラクスたちの下にいた。
マリュー達のほうにも、現在の情勢は報告されていた。
少し前までは全国でテロ行為を行っていたAllianceだが、最近ではもっぱらヨーロッパでの活動にとどめているようだ。
それはラクス達をおびき寄せるために?
最初から行われていたテロ行為はいわば陽動。
そうして自体を荒げておけば、いずれラクス達はヨーロッパにやってくる。
ラクス達はそういうAllianceの意図にまんまと引っかかったのか。
それとも、分かっていたのか。
指示を出したラクスにしか分からない。
「いつ起こるかわからない、決戦に向けてこうしてアークエンジェルを呼んだのはいいが、実施あのところ本部の位置とか分かっているのかねぇ?」
ムウが問う。
今現在ラクスたちにAllianceの本部を知る手立てはない。
唯一つ、方法があるとしたら。
「レーダーに反応!」
メイリンの声で司令室にアラートが鳴り響く。
緊張が走る司令室。
ラクスの指示でモニターに基地周辺の様子が映し出される。
「MS……? でも、この速さは戦闘機並です!」
「MAなのかしら? 何とか機首の特定できないかしら、メイリンさん」
メイリンがライブラリに照合をかけてみると。
あてはまるものが一つだけあった。
「ライブラリ照合! ZGMF-X79S、ストームです!」
聞きなれないMSの名前だった。
やがてモニターに映し出されたのは、かつてアスランの乗っていたセイバーに酷似したフォルムを持つ戦闘機。
白と青のツートンカラーだが、そのフォルムは間違いなくセイバーのそれをベースにしていると思われる。
「ザフトのMSが、どうして今頃?」
「あの方は敵ではございません。むしろ味方ですわ」
***
05:50。
ストームが第4基地に帰還した。
真っ先にやってきたのはアルトと、キースだった。
ラだーを使って地上に降りたのは、ルーウィンだった。
しばらく見ていないが、どこか雰囲気が変わったようにも思える。
「……よう」
そう言ったルーウィンの声は低かった。
二人を見て彼は悟っていた。
カイがいない。
ああ、もう彼女達は知ったんだ。
カイがスパイだったと言うことを。
もう少し早く、自分が知らせていたらどうなっていただろうか。
「すまない……。俺がもう少し早く、戻ってくればよかったんだ」
「ルーウィン……。いや、俺は大丈夫だ。うん」
キースはそういうが、やはりショックは大きいらしい。
それよりもアルトだ。
先ほどからただの一言も発していない。
「アルト……その、何だ」
「ふん、まったく。こっちはいい迷惑だったわよ! 本当、アイゼン隊長がいなくなって」
アルトがルーウィンの胸に寄りかかった。
「カイがスパイだったって判明して……辛かったんだから!」
彼女を慰めることなどルーウィンには出来なかった。
今、自分が何を言ってもそれは言い訳になってしまう。
だから。
「……ごめん」
謝ることしか、出来ない。
そのまま重い空気が漂い始めた。
「そ、そういえばフィエナちゃんはどうしたんだ? 姿が見えないけど……」
空気を換えようとキースが発した問いに、ルーウィンは口ごもりながらも答えた。
「あー、フィエナは……向こうの基地に預けてきたんだ」
いよいよ決戦が近い。
だから、彼女を自分の近くに置いておくわけには行かない。
彼女が傷ついたら、一生の後悔となって自分の中に残ってしまうだろう。
自分は、フィエナを守る「責任」がある。
それは彼女の夫であり、守るだけの力を持っているから。
「しばらく会えないのは寂しいけどな……」
苦笑するルーウィンだが、決意は揺るがない。
「さ、俺は司令室に報告に向かう。アルト達も来るか?」
「ええ、もちろんよ」
「そうだな。敵がどんな感じか、拝んでやるか!」
***
司令室に足を運んだルーウィンは、真っ先にディスクを渡した。
その中には解析済みのデータが入っている。
コンピュータがディスクの中のデータを読み込むまで、ルーウィンが離脱してからこの基地で起きたことを聞いていた。
ロベルトが離脱。
カイがつい先日離反した。
「私はアイゼン隊長……ロベルトがスパイだと言うことはスーペリア少尉から聞いていたわ。でも、まさかカイまでスパイだったなんて……」
「で、その時に起きた爆発って言うのは何だ?」
ロベルトがこの基地より姿を消した時、外では戦闘が起きていた。
そこで起きた大規模な爆発。
モルゲンレーテの解析によると、陽電子砲による爆発とのこと。
「陽電子砲……!」
その名前を聞くだけでルーウィンには寒気が走る。
「その襲撃を受けたのか!?」
「え、ええ、そうよ……」
「何だ、何か心当たりでもあるのか?」
キースが尋ねたとき、ルーウィンの顔は翳っていた。
南アメリカで、似たようなことがあった。
その時と、状況が似ていた。
まるでおびき出すように基地の外で戦闘をして。
戦力が集中したところで、陽電子砲による超長距離射撃。
「そういえば、あんたのストームについてるあの盾、ゲシュマイディッヒパンツァー積んでるんでしょ?」
「ああ、あれでビームを弾くことが出来るが……」
「あの盾で陽電子砲をどうにかできないの?」
アルトの提案に、ルーウィンは渋る。
「どうしたのよ」
「それは無理だな」
答えは簡単だった。
陽電子砲はビームじゃない。
いうなれば陽電子砲とは陽電子を固めて打ち出しているようなもの。
そんなもの、ストームのシールドでも弾き返せるわけが無い。
「陽電子はビームじゃない。そうやすやすと弾くことはできないさ」
「何よ、それ」
不服そうなアルトだが、出来ないものは出来ないのだ。
「今のところ陽電子方による襲撃は一度だけなので、何とも言えません」
「データの読み込み完了しました」
メイリンがモニターにデータを映し出す。
そこにはAllianceのデータが映し出されていた。
Allianceの本部はここより20kmほど離れた小島にあるという情報。
そして、彼らは連合・ザフトの両軍の戦力を有していると言うこと。
さらにはヴァシュリアの乗るあのMSについての情報まで入っていた。
開発途中のデータらしいが、それでもあのMSについての情報が色々と判明した。
AMS−00X、Define-Fence,G.U.N.D.A.M。
旧世代の人間と新時代の人間の境界を明らかにするMS。
その名前は。
「ディ……フェニス? 大層な名前つけてくれるじゃないの」
***
09:00。
Alliance本部。
薄暗い部屋の中で、キーボードを打つ音だけが響いている。
唯一の明かりはコンピューターのモニターの光のみ。
その中で、ヴァシュリアの側近である彼女は情報をまとめていた。
「ご苦労だな、スア・ペリオ」
「……いえ」
いつも無表情。
そしてヴァシュリアの忠実なる側近。
それが彼女だった。
スアはヴァシュリアの問いに答えながらもキーボードに情報を打ち込んでいく。
それは今の世界情勢や、スパイであるロベルトとカイが持ち帰った情報など。
それを一瞬で処理する彼女はコーディネイター。
コーディネイターだからこそ、彼女は高速と言える情報処理を行える。
その腕を生かすために、彼女自らAllianceに入った。
「もうすぐ私達の時代が来る。お前も、すぐに楽になる」
「……はい」
いつまでも無表情な彼女。
キーボードを叩く音だけが、空しく響く。
(Phase-12 完)
トップへ