Phase-11 カイ−そうして人はいなくなる−
5月7日、21:00。
アルトはコクピットの中にいた。
出撃するのは彼女だけ。
何しろ相手も一人だから。
「カイ……。どうして」
遡ること30分前。
会議室でのアルトの発表が終了した直後のことだった。
格納庫にて一騒動起きていた。
カイが特に出撃指令も出てないのにウィンダムで外に出たのだ。
それだけならば、こんなにも、物々しい雰囲気になることは無い。
そのウィンダムが、基地に向かって発砲したのがそもそもの始まり。
爆発に飲まれる第4基地。
消火活動が開始されると同時だった。
「私が出るわ」
アルとはそう言って飛び出した。
確かめたかった。
ロベルトにしろ、カイにしろ。
どうして皆こんな真似をするのか。
『進路クリア、オファニエル中尉、発進どうぞ!』
オーブのオペレーター、メイリン・ホークの指示でアルトのPS装甲が展開した。
「アルト・オファニエル、アルト、出ます!」
真紅のMSが飛び立った。
他の人間に任すことは出来ない。
キースならともかく。
アルトのレーダーがウィンダムを捉えた。
今のウィンダムはジェットストライカーを装備している。
アルトの空中戦にある程度なら応戦してくるだろう。
「許されるはず、無いのに!!」
***
自分は昔からそうだった。
寡黙で、何を考えているか分からないと周囲の人間から言われた。
そんな自分に、活躍の場が訪れたのは。
C.E73のとある戦いだった。
「父さん! 母さん!?」
カイの目の前で、最愛の両親が死んだ。
彼はナチュラル。
彼から両親を奪ったのは、同胞であるはずのナチュラル。
そして、コーディネイター。
戦闘は三日三晩続いた。
飽きもせず、戦うだけ戦って。
「やめろ……!」
普段は寡黙なカイも。
「ぃやめろぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
破壊されるのをただ見ているのが辛くなり、叫んだ。
戦闘が終了したとき、周りは瓦礫の山だった。
あんなに平和だった高雄と言う町が。
一瞬にして荒野にも負けないほどの、酷い有様となった。
そうしてカイは一人、荒れた高雄に膝をついた。
涙も最初は止まらなかった。
まるでこの世界にあるもの全てを奪われたかのような感覚。
だが、涙も枯れ果てた。
涙の代わりに表に出てきたのは、憎悪。
憎悪は血となり、彼の体を駆け巡る。
憎悪は歪んだ決意となり、彼の意識を覚醒させる。
憎悪は。
憎悪は。
「……誰だッ!?」
ふと自分の目の前が翳る。
そこには、自分に手を差し伸べている一人の男が立っている。
「立てるか?」
「……」
元来の寡黙な性格のせいだろうか。
それとも別の要因か。
男の手を払う。
「お前、ナチュラルか……! コーディネイターか!」
「コーディネイターだが、ザフトじゃない」
「……ッ!」
そういった男の目はまっすぐにカイを見ている。
カイも、その男の眼光から逃れようとしない。
「俺はやがて世界を変える。この、腐りきった世界を」
「……そんなこと、出来るわけが無い」
「決め付けるな」
男が、踵を返した。
「少しでも興味があるのなら付いて来い。結果は、今に分かるさ」
そして男はカイの前から去った。
カイも何故かは分からないが、男の自信に満ち溢れたその言葉に。
自然と足が動いていた。
もしかしたら、両親を奪ったこの世界に復習できるかもしれない。
だから俺は。
「道を、踏み外した」
***
「カイっ! どうして、どうしてなのよ!」
目の前の真紅のMSと交わる。
空に火花が散り、うっすらと暗くなっていた漆黒の闇を照らす。
鍔迫り合いとなる。
カイは答えない。
答える必要が無い。
どうせ答えても目の前の少女に何を言っても、きっと分からないから。
「答えなさい!」
「断るっ!」
ウィンダムのサイドアーマーから「スティレット投擲噴進対装甲貫入弾」を取り出す。
至近距離でそれをアルトに突きつける。
爆発の衝撃で、アルトが吹き飛ばされる。
PS装甲のためダメージは無いに等しいが、距離をとるには十分すぎる。
「昔の仲間の好だ。アルト、お前を殺すような真似はしない。大人しく戻れ」
「そんなの、出来るわけが無い!」
立ち上がるアルト。
アラートが鳴り響いている。
「アンタを連れ戻して、その理由を聞くまで!」
レヴァンティンを抜刀する。
両手で握り締め、飛翔する。
「私は戻らない!」
「ふん……ッ!」
シールドを投げつける。
それを弾いたアルトだが、その隙にウィンダムが接近した。
手には二振りのビームサーベル。
一息で、レヴァンティンを防いだ。
一振りでは敵わないビームサーベルでも、二振りならば。
「この……!」
「……………!」
レヴァンティンが押し込まれる。
ウィンダムの左肩から右足にかけて切り裂かれた。
「うあああっ!」
「投降しなさい、カイ!」
瞬間。
アルトの耳につんざくようなアラート音が鳴り響いた。
同時に基地からの通信。
『オファニエル中尉! 気をつけてください! 新手がきます!』
メイリンの声とほぼ同時だった。
それが姿を現したのは。
突然だった。
2条の光が飛来し、アルトの足元を崩す。
とっさに上空へと逃げるが、爆発の衝撃からは逃げ切れなかった。
体制を崩すアルト。
半壊したウィンダムを保護するように現れたのは白と赤のツートンカラーのMSだった。
それはツインアイに、鋭利なブレードアンテナ。
所謂ところのガンダムタイプと呼ばれるMSで。
腰には2振りの対艦刀。
背中にはセイバーのような巨大な砲門が2つ。
近接戦闘にも、遠距離戦闘にも対応できるMSのようだ。
右手に握るビームライフルを構え、アルトに向かって放つ。
それは実に的確で、ギリギリ当たるか否かという所を狙っている。
「なに、何なの……あのMSは!」
『久しいな、アルト・オファニエル……』
声がコクピットに木霊する。
その声にアルトは聴き覚えがあった。
以前、この基地にAllianceが攻めてきたときに戦った、黒いザクのパイロット。
たしか―。
「ヴァシュリア・ラインツハルト!!」
『騒ぐな、アルト・オファニエルよ。カイ・フェイ、無様にやられたものだな』
「申し訳ございません……」
『お前はもう良い。すぐに輸送船が来る。本部へ戻れ。アレは私が相手をする』
敵機が走る。
脚部に加速用スラスターが付いているのが見て取れる。
故に、一瞬で。
「このっ……!」
アルトに接近し、その攻撃を促し。
レヴァンティンが空を斬る。
敵機はいない。
避けていた。
「反応速度が、アルト以上!? おそらくフリーダムと同等かしら……!」
「私のガンダム、貴様のMSと一緒にされては困るな!」
腰の対艦刀を抜き放つ。
それを2つ合わせると、両刃の巨大な剣となった。
その対艦刀を振り回す。
大きい分隙だらけだが、その代わりに薙ぎ倒された木々は無残に散っていく。
「まだ、出力が安定しないか……。それでもここまでやれれば十分だ」
ヴァシュリアが瞬時にエネルギー系統のモニターを理解する。
武器の使用に対して、エネルギーの減りが早い。
ヴァシュリアの乗るMSはNJCを搭載している。
しかしそれでも使用量を超えるとOSが止まってしまう。
それは機体に余分な負荷をかけないためである。
ストライクフリーダムなどは、その機体にかかる負荷が最大にまで上昇すると、間接から余分なエネルギーを放出する。
故に関節が金色に見えると言う。
対してヴァシュリアのMSにはそういった処置はとられていない。
まだまだ未完成と言ったところか。
「近いうちに決着をつけよう、アルト・オファニエル」
「そんなの、今つけてやる!」
「ふん、慌てるな。それともそんなに」
背中のビーム砲を肩から展開する。
砲門が伸び、照準用のセンサーが不気味に光る。
「死に急ぎたいか!」
恐ろしく早く。
恐ろしくまっすぐに。
アルトへと突き進む。
シールドを持たないアルトにとって、ビームによる攻撃は致命的なダメージに繋がる。
だから。
「避ける!」
ビームの着弾と、ほぼ同時にアルトが横に跳躍する。
爆風のせいで機体バランスが取れないが、逃げることは出来た。
「今度は」
腹部アストラレイト・ビームキャノン、そして腰部デュストレア・レール砲を放つ。
デュストレア・レール砲は実態弾。
相手はPS装甲を搭載しているようなので、効果は今一つか。
その予想通り、レール砲の弾丸はPS装甲の前に弾かれてしまった。
もう一方のアストラレイトビームキャノンは。
敵MSの左腕を?いでいた。
「ふむ、初戦でこの程度の動きならば、許容の範囲内か……」
自機がやられたと言うのにいやに冷静なヴァシュリア。
そして時間か来た。
輸送機が飛来した。
「引き上げるぞ、カイ」
『了解です』
飛び上がり、輸送機に着地する2機のMS。
「カイ、カイ! 待ちなさい!」
だがアルトの声は輸送機のエンジン音にかき消される。
それは、まるでアルト自体を拒絶するかのような轟音で。
輸送機を逃すまいと、アルトのビームライフルが光を放つ。
その光さえも、輸送機に到達する前に甲板の上からカイのウィンダムによってかき消される。
輸送機が姿を消したとき、アルトの中にはどうしようもない怒りがこみ上げてきた。
***
同時刻、南アメリカファンダル基地。
ルーウィンのストーム修復作業は終わりを告げた。
「ルー! 終わったぞ」
「ありがとう。しかし、本当に左腕は「つけただけ」なんだな」
「文句を言うな。お前が早く向こうに戻るっていったんだろう?」
一刻も早くディスクの内容をアルトたちに伝えなければならない。
カイのことも含めて。
本部の位置が分かったのだから、彼が第4基地に戻ったらすぐにでも攻め込むだろう。
そのためには、ストームを直すことがまず第一。
アルトとの戦闘で破壊された左腕。
ちょうどリーファスがストームに乗っていた時期があり、予備のパーツが存在していた。
そのパーツで左腕をただ「取り付けた」。
取り付けただけなので、左腕は動きもしない。
ましてやシールドを構えるなんて事も出来ない。
それでもストームが変形するには申し分ない。
ストームの変形はセイバーのそれと同じ。
肩アーマーが90度下がるだけである。
イージスやレイダーなどの変形に比べるとはるかに簡略化されている。
「ルーウィンさん」
格納庫に似合わない、ふわりとした声が響く。
フィエナが数人の兵士に連れられて顔を見せた。
「フィエナ? どした」
「あの、ヨーロッパに戻るんですよね」
「ああ。すぐにでもな」
そういうとストームを見上げる。
C.E73の中期に起きた「Project Destroy」事件からずっと、ルーウィンとフィエナを守ってきた。
少しの間、リーファスの機体となったが、そのときも皆を守っていた。
「いつまで、俺たちは戦えばいいんだろうな」
「……え?」
「いや、なんでもない。それとフィエナ」
ルーウィンがフィエナの頭をなでる。
それは極めて優しい、そんなルーウィンの手。
「お前はここに残っているんだ」
「……でも、私はルーウィンさんと一緒に」
「だからだ。お前に死なれるのが一番、辛いんだ……」
今まで守り抜いてきた。
そしてこれからも。
もしAllianceの本部に攻め込めば、確実にフィエナの身にも危険が及ぶ。
それだけは避けたい。
何としても。
「分かってくれ、今度の戦いは、今までよりも、段違いに厳しくなるんだ」
「……では、約束してください」
フィエナの唇が、ゆっくりとルーウィンの頬に触れた。
「絶対に、戻ってきてください」
その瞬間、格納庫から歓声が上がったのは言うまでもない。
ルーウィンはフィエナを兵士に預けると、ストームに乗り込んだ。
3番ハッチが開き、ストームが外に出る。
スラスターが低く唸り、その巨体が浮き上がる。
周囲の埃を巻き上げる。
「ルーウィン・リヴェル、ストーム、発進する!」
変形し、ヨーロッパを目指す。
推力の全てを駆使すれば、早くて明日の朝にはヨーロッパにたどり着くだろう。
ルーウィンは、急いでヨーロッパに戻った。
***
日が変わる、そんな午後23:40。
薄暗い部屋の中、アルトは一人閉じこもっていた。
ローゼンは死んだ。
ヴァシュリアの手によって。
慕っていたロベルトと仲間だったカイは自分の前から去った。
ヴァシュリアの考えに賛同して。
「アルト」
アルトのすすり泣く声のほかに、男の声が響く。
部屋の電気を点けたのは、キースだった。
「キー……ス」
そういってキースを見るアルトの顔は酷くぐしゃぐしゃで。
初めは怒りだけが、アルトの中に沸いていた。
しかし時が経つにつれて、次第に怒りは収まり。
深い、深い悲しみと。
どうしようもないまでに複雑に絡まった困惑だけが、彼女の中に残っていた。
いつもの強気のアルトではない。
キースはアルトの前に座った。
「……その、上手くは言えないんだけどアルト」
「キースは」
キースの言葉をさえぎって発せられるアルトの声。
その声は、震えていた。
「キースは、いなくならないよね?」
「……」
ああ、そうか。
このときキースは初めてアルトという少女のことを理解した。
いつも強気なのは、自分の弱い部分を見せたくないだけ。
「強気」ということで「弱い部分」に蓋をしているだけのこと。
だから、その蓋が一度外れてしまえば。
彼女は崩壊する。
弱い部分、それに押しつぶされて。
「いなくならないよね? 大丈夫、だよね?」
必死ですがり付いてくるアルトに、キースはどこか恐怖すら感じた。
何だ、何故こんなにもアルトは「いなくなる」ということに敏感なのか。
両手でしっかりとキースの軍服を掴んで。
ぐしゃぐしゃの顔で泣きついて。
嗚咽で、まともに声を発することも出来ない。
「私を……一人にしないでぇっ!!」
「おい、アルト……? 落ち着けよ、アルト!」
「いや! 一人に、しないで!」
そんな絶叫が、響き渡った。
(Phase-11 完)
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