Phase-1 ALTO-それは天

 C.E.74、4月29日。

 ヨーロッパにある永世中立都市、フレスベルグ。

 オーブに引けをとらない中立都市として、ヨーロッパで栄えてきた。

 ナチュラルとコーディネイターが共に共存しあう都市。

 戦争から遠く離れた都市。

「アルトー」

 黒い髪の少年が声をあげ、その名前の主が振り向いた。

 アルト・オファニエル。

 地球軍ヨーロッパ地方第四基地に所属する中尉。

 女ながらMSの操縦技術が高く、あのレクイエム攻防戦で生き抜いた後、この地に転進となった。

 アルトは声をかけた男、エルス・シュバイツァーを睨んだ。
 
 今の彼女はすこぶる機嫌が悪かった。

「何ふてくされてんだよ、お前」

「別になんだって良いでしょ?」

 ふと彼女の視線がテレビに向いていることに気付いた。

 そこにはオーブの国家元首、カガリ・ユラ・アスハの姿が映っている。

 記者会見を行なっているのだろう、カメラのフラッシュが瞬いている。

「あー……だからお前、機嫌が悪いのか」

「ふん」

 アルトの機嫌が悪い理由。

 それはテレビ放送にあった。

 彼女はオーブが心の底から嫌いだった。

 全大戦時に戦局を混乱させるだけさせたオーブが。

 大嫌いだった。

「あんな偽善国……無くなればいいのよ!!」

 そう言うと踵を返した。

 今、彼女達はたまの休日で街に来ていた。

 だけどショッピングをするような気分ではない。

 不機嫌な時の女ほど扱いにくいものは無い。

 エルスはため息をついた。

 後を追うエルス。

 ふと、ある車が目に入る。

 別になんと言う事は無い、普通の車のようだが。

 何か、違和感を感じた。

***

「アルト・オファニエル中尉、ただいま戻りました」

「エルス・シュバイツァー大尉、同じく戻りました」

 基地に戻った二人を出迎えたのは、隊長のロベルト・アイゼン。

 齢29にして、MS一個大隊を率いる名パイロット。

「おお、どうだった? 休日は」

「最悪でした」

「バカ、お前!」

 アルトはモニターから目をそらす。

 そこでもやはりオーブの記者会見をしていた。

 不快感が募る。

「戻った所で悪いのだが……ちょっと任務を頼まれてくれないか」

「任務ですか?」

 エルスが問う。

 モニターを切り替え、作戦内容を説明する。

 ロベルトが告げた内容はこうだ。

 今日この基地に新しいMSが配属になるらしい。

 その輸送機が向っているのだが、最近このフレスベルグ近辺ではザフト軍のMS、及びブルーコスモスによる戦闘が続いている。

 もしかしたら、この輸送機が感知されて攻撃されるかもしれない。
 
 その護衛の任務。

「そう言うことだ。頼めるか?」

「他の皆は? キースや……カイとか。まさか私達二人と言うわけではないのでしょう?」

「もちろん二人だけと言うわけではない。キースにカイにも出てもらう」

 敵が来るかどうか分からない。

 もし来た時に、こちらの数は多い方が良い。

 そう言う意味だ。

「それでは、よろしく頼んだぞ」

***

 アルトとエルスはノーマルスーツに着替え、ウィンダムに乗り込んだ。

 このウィンダムに乗り込んで早2ヶ月。

 量産機ながらも立派な愛機だ。

 OSを立ち上げる。

 低い起動音と共に、各部のランプが点灯する。

 ストライカーパックはジェットストライカー。

 それに行動時間延長用のプロペラントタンクを装備する。

 ハッチが開いた。

 結局出るのはアルトとエルス、それにキース・ヒールにカイ・フェイ。

 どれも皆ウィンダムだった。

「アルト・オファニエル、ウィンダム、出ます!」

 4機のウィンダムが飛び立った。

 今回、リーダーはエルスが任命された。

 輸送機との合流地点は基地から南部に15キロの地点。

 そこから敵影などに留意しながら基地に戻る。

「それにしてもMSか……。どう思うよ、お前ら」

 キースが訊ねる。

 戦争は終結した。

 なのにまたMSの配属など、何の意味があるのか。

 暫く時間を置いて。

「私は別に関係ないわ。どうせ乗るのはエルスか、カイでしょう?」

「……俺はこいつ以外の機体には乗らない。そう言ったはずだ」

 かつてカイがアルト達の元に来た時、彼は宣言した。

 自分は、自らが信じた機体にしか乗らない。

 今の彼が信じられるのは、長く乗っているこのウィンダムのみ。

 そう言うカイも、階級は中尉。

 上層部から指令が下れば、乗らなければならないのだが。

 何故かそんな指令は来ない。

 いわゆる第四基地七不思議の一つ。

「と、なるとやっぱりエルスか」

「いや、キースやアルトが乗るってことも考えられるぞ?」

「…………それも良いわね」

「ん?」

「な、何でもないわよ! バカッ!」

 そんなやり取りが続いていた時、各機のコクピットのレーダーが反応した。

 輸送機の信号をキャッチしたのだ。

 だが、それと同時に敵機の信号も。

 敵はグゥルに乗ったザクウォーリアが2機、同じくグゥルに乗ったザクファントムが1機。

 そしてグフイグナイテッドが2機に、バビが3機。

 中々の戦力だが。

「良いか! 輸送機は絶対に落とされるな! それと、全員生きて帰るんだ!」

『了解!』

 4機のウィンダムが散開した。

 輸送機に迫る敵を払っていく。

 アルトのウィンダムは スティレット投擲噴進対装甲貫入弾を放つ。

 スティレットはザクウォーリアのグゥルに命中し、爆発した。

 飛行能力を持たないザクウォーリアを、ビームサーベルで切り裂いた。

「この、うじゃうじゃと! 邪魔なのよ!」

 縦横無尽に飛行するバビを相手に、アルトは苦戦していた。

 MA形態のバビの機動性は、ジェットストライカー装備のウィンダムでも手玉に取られるほど。

 航空ガンランチャーとビームライフルを同時に放つ。

 シールドで防ぐ物の、ガンランチャーを受けてしまう。

 PS装甲を持たないウィンダムにとってダメージの高い実弾兵器は脅威となる。

 現にアルトのウィンダムの左腕がやられた。

「アルト!」

 エルスのウィンダムがビームライフルでバビを貫く。

 ふらふらと姿勢を崩し地面に墜落する。

 戦闘は一時間にも及んでいた。

 輸送機は上手く戦闘宙域より離脱、アルト達も離脱をする。

 何とか任務は達成できた。

 しかしいつ闘っても地球の重力には慣れない。

 どうしたものか。

***

 第四基地に戻ったアルト達の興味は輸送機に向けられていた。

 輸送機の後部ハッチが開き、中からMSが運び出された。

 そこには灰色のMS。

 パイロットは誰が乗るのかまだ決まっていないので、全員にマニュアルが配布された。

 GAT-X199、アルト。

 それが機体の名前だった。

 それを見た瞬間、アルトは目を疑った。

 自分と同じ名前。

 嫌がらせかしら。

 武装は主に近距離から中距離戦闘を主眼に置いた設計のようだ。

 ビームライフルショーティーVer.2が2丁。

 ビームサーベルが3本、うち予備が一本。

 アンチ・ビーム・コーティングシールドが一つに対艦刀が1振り。

 そして腰にはレール砲、腹部にはビーム砲。

 どこか全体戦時のデスティニーやストライクフリーダムを髣髴とさせる。

「各員そのマニュアルをよく読んでおくこと。以上、解散!」

 マニュアルを手に、それぞれの場所に散る。

 アルトだけはその場に残り、アルトを見上げていた。

 自分と同じ名前の灰色のMS。

 果たして何をもたらすのか。

***

 フレスベルグの町に明かりが灯った。

 夜中の11時。

 数人の男たちが車より降りた。

 今日も良い月が出ている。

 だが、そんなことは関係ない。

 一人がポケットより何かを取り出した。

 携帯電話よりも一回り大きい。

「さぁて、始めようか……」

 男の瞳に光が宿る。

「惨劇をな! 青き清浄なる世界のために!!」

 それの中心のスイッチを押した。

 車から光が溢れた。

***

「何だ! 何の爆発だ!?」

 第四基地は騒然としていた。

 フレスベルグにて謎の大爆発。

 町は吹き飛び、町にいた約3万5千人が命を落とした。

 永世中立都市だ。

 戦闘があったとは考えられない。

 この現状を詳しく知る必要がある。

 すぐにアルト達を向わせる。

「こんな夜に、何なのよ……」

 アルトがぼやく。

 ウィンダムが出撃する。

 調査のために、ビームライフルは携帯しない。

 爆発による火災が辺りに広まっていた。

 フレスベルグは混乱していた。

 負傷した人々が逃げ惑い、まさに地獄絵図。

「こりゃあ……」

「…………酷いな」

 キースとカイが口をそろえる。

 エルスはコクピットより降り、辺りを見回す。

 すると一際激しく燃えているものを見つけた。

 車、だろうか。

 あまりの炎で確実とは言えないが。

「こんなの、誰が……?」

 エルスが車に近づいた。

 そして気付いた。

 車に何か、模様が描かれている。

 そこには「ZAFT」と。

「ZA……FT。ザフト? どう言う……」

「こう言うことだ」

「っ!?」

***

 アルト達のウィンダムや駆けつけた救援隊の活躍でフレスベルグの火災は消し止められた。

 被害は甚大で、建築物はほとんど消失。

 生きている人も少ない。

 辛うじて無事な人間も、その恐怖から口を閉ざしている。

「ねえ、エルスは?」

「……遅いな」

 アルトとキース達が地上に降りる。

 火災が収まっているため、探索に支障はなかった。

「キースは東、カイは西、私は北を探すわ」

「おう、任せろ」

「………了解した」

 アルトは必死だった。

 エルス。

 そんなに姿を消すほどの失敗をする人間ではない。

 何があったのか。

 事故に巻き込まれた?

 それとも、もっと別の何かに。

「っと、すいません!」

 アルトが人にぶつかった。

 妙な威圧感がある男だ。

「いや、大丈夫だ」

 それだけ言うとそのまま去っていった。

 その後姿をただじっと見ていた。

 やがて男の姿が消え、アルトは捜索を再開した。

 どこにいる。

 どこに。

 するとどこからか人の声が聞こえた。

 かなりの大人数。

 見ると人の壁が出来ている。

「ちょっと、すいません! どいて!」

 その壁を掻き分け、中心にたどり着く。

「ロー……ゼン………?」

 地球軍の軍服を着た男が横たわっている。

 何発もの銃の痕。

 胴体や頭など、確実に急所を貫かれている。

 既に息は無い。

 その場に崩れ落ちるアルト。

「エルス……!」

 同時期に第四基地に配属になった長い付き合いだったエルス。

 その亡骸を抱き上げる。

「うああああああああああああああああああああああっ!!!」

 その叫び声は、天を貫いて。

 木霊した。

***

 L4プラント、アスタリウム。

 先の大戦終結後にプラント最高評議会議長となったラクス・クラインはここに住んでいた。

「そうですか……ヨーロッパでそんな事が」

 ラクスは沈痛な面持ちでモニターの向こうの相手と話していた。

 モニターの相手はカガリ。

 ヨーロッパで起きた大規模な爆発。

 その原因究明にオーブは携わっていた。

『大変な惨事だったぞ。全く……あんなの血のバレンタインやブレイク・ザ・ワールド以来じゃないか!』

「まだ、各地では争いの火種は消えていない……と言うことになりますわね。私たちとしても救援など、出来る限りのことはいたしますわ」

『すまないな、ラクス。正直私の力だけではどうにもならない……』

 カガリの表情が翳る。

 戦争は終結したのに、各地では毎日のように争いが起きている。

 やはりデュランダルの目指した世界こそが正しいのだろうか。

 争いの無い世界。

 自らの遺伝子によって決められた道を歩く世界。

 今となっては、そちらの方が良かったのではないかとすら思えてくる。

「では、ジュール隊長やディアッカさんをそちらに向わせますわ」

『あの二人をか!?』

「? 何か問題でも?」

 カガリは頭を抱えた。

 今こちらにはアスランがいる。

 しかも国家元首である彼女の副官として。

 また一悶着あるかと思うと、頭痛がしてくる。

『いや、何でもない……』

 また賑やかになりそうだ。

***

 エルスが死んだ。

 それは第四基地に衝撃をもたらした。

 第四基地のパイロットの中でも腕の立つ男だった。

 そしてどこか抜けているところがあるが、実に皆から親しまれていた。

「ロベルト隊長……?」

「今回は自分のミス……かもしれないな。お前たちだけであんな場所に向わせたんだ……」
 
 自分も現場に向うべきだったのだ。

 なのに自分は基地にいた。

 ちゃんと現場に出て指揮を取るべきだったのだ。

「指揮官、失格だな……」

 そういってロベルトは司令室より出た。

「隊長、相当へこんでるわね」

「……フィー姉……」

 オペレーターのフィータ・スーペリアが言う。

 普段は軽い口調をする彼女も、今回ばかりはそう言う言動を取ることができない。

「…………」

 フィータがインカムを外す。

「あんたは密かにエルスに憧れてたもんね」

「むぅ……知ってたのか」

 エルスに対して突っ張っていたのは尊敬の裏返し。

 フィータは気付いていた。

「辛いだろうけど、頑張るんだよ?」

「……はい」

***

 4月30日。

 世界政府はフレスベルグで起きた爆発を大規模なテロ行為と認定。

 その後の調査でザフト軍が行なった可能性が高いという発表があがった。

 プラントにいたラクスはこれに対し、以下のように声明を発表した。

「今回の事は誠に遺憾な気持ちです。私達プラントとしては早急に現状の把握・及び原因究明に努めていきたいと考えております」

 そしてオーブでは。

「ザフト軍はラクス・クライン最高評議会議長のもと、新たに生まれ変わろうとしていた。しかし今回のような事が起きてしまったのであれば我々オーブも最大限の支援を行う事を宣言する!」

 こういうことである。

 すぐにザフトでは動きがあった。

 ローラシア級にはイザークとディアッカの姿が。

「俺達がヨーロッパにね……。どう思うよ、イザーク」

「ふん。俺はただ調査をしにいくだけだ。それ以上のことは知らん!」

「ま、オーブからも援軍が来るらしいしな。多分アイツもな」

 ふとイザークの脳裏にアスランの姿が浮かんだ。

「俺は俺の仕事をこなす! それだけだ!」

 急に不機嫌になった。

 言っている事とやっていることが微妙に食い違っている。

 ディアッカはローラシア級に搭載されている自機のもとへ。

 グフイグナイテッド−アライヴ−。

 それが今の彼の機体だった。

 砲撃戦に特化したグフイグナイテッド。

 ちなみにイザークはグフイグナイテッド−ソニック−。

 近接戦闘用の兵装を多数装備したグフである。

 そんな愛機を見上げる。

 ヨーロッパでどんな事があるか。

 ディアッカ自信少しだけ楽しみだった。

***

 そんな頃、地球連合軍がヨーロッパに駐留しているザフト軍に攻撃を仕掛けたという事態が起きた。

 もちろんアルトもウィンダムで出撃していた。

 アルトは第四基地近辺の防衛。

 キースとカイも一緒である。

 敵はブレイズザクファントムやグフイグナイテッド。

 攻撃は仕掛けたものの、地球軍とザフト軍の物量は歴然の差。

 更には上空からザフトの援軍が。

 完全に押されていた。

「アンタ達がフレスベルグでテロを行なったのに……! 大人しく降伏すれば良いのよ!」

 アルトのウィンダムがジェットストライカーをパージした。

 それに向ってスティレットを投げつけ爆破。

 煙幕のように使用し、煙に紛れてサーベルで敵機を切りつけた。

 だが敵にも腕が立つ奴がいる。

 それはゲイツRに乗っていた。

 シールドに内蔵されたビームサーベルで鍔迫り合いになる。

「この……!」

「ふん……」

 ふと威圧感を感じた。

 どこかで感じた事のある。

 低く、重く、暗い。

 負の感情。

「今の地球軍にも、こんなパイロットがいるとはな……。驚きだ」

「何なの、アンタは!」

 ゲイツRで迫る。

 アルトが攻めようとするものの、隙が無い。

 少しでも動いたら切り裂かれそうな錯覚に陥る。

 ジェットストライカーが無いウィンダムは空を飛ぶことができない。

 それに対し、ゲイツRはグゥルに乗っている。

「さあ、無様に散れ」

 ゲイツRのライフルが。

 サーベルが。

 ウィンダムの四肢を貫き、切り裂く。

「きゃあああああああああああっ!!」

 ウィンダムが地面に落ちた。

「アルト!」

「………あのゲイツR、よくやるっ!」

 アルトは脱出していた。

 こんなところで負けるわけにはいかない。

 負けたくない。

 力が、欲しい。

 ふと、あの運び込まれたMSの事を思い出した。

 やるしかない。

 第四基地格納庫。

 そこでは主のいないMSが1機、残されていた。

 他のMSは全てで払っている。

 そんなMSの足元にアルトが立った。

「あなたなら……私に力をくれるの?」

 その眼は鋭く。

 その想いはまっすぐに。

 その決意は揺るぐことなく。

 ハッチを開け、乗り込む。

 OSを立ち上げる。

 ウィンダムとは違うOS。

「G.U.N.D.A.M……か。アルト、ガンダム……」

 アルトのカメラアイに光が灯る。

 スイッチを入れる。

 灰色だった全身が真紅に染まる。

 PS装甲。

「Nジャマーキャンセラー起動……火器官製セーフティ解除!」

 アルトが動き始める。

『おい! 誰が乗っているんだ!』

 司令室からだ。

 ロベルトの顔がモニターに映る。

『……オファニエル中尉か!? 何を!』

「すいません。でも、説教なら後で聞きます! 私は…………こんなところで負けたくない!」

 通信を一方的に切った。

 そう、負けるわけにはいかない。

 死んだエルスのためにも。

「力を」

 目の前のハッチが開いていく。

「力を!」

 光がアルトを照らす。

「私に力を! アルト・オファニエル! アルト、出ます!」

 真紅のMSが飛翔した。

 それは天の名を持つ少女と、天の名を持つMSの物語。


(Phase-1  完)


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