Phase-After SAVIOUR
「Project Destroy」事件と呼ばれる事件があった。
世間的に公表されたものの、その後の地球軍ヘブンスベース基地陥落。
そしてザフト軍のオーブ侵攻など大きな事件のため、あまり目立たなくなってきた。
それはすでに「Project Destroy」事件より4週間という時間が経過していたということもあった。
特に自分達に関る事件、世間的に今後を左右しかねない事件でないと人というのは忘れていく。
「Project Destroy」事件もまさにそれに当てはまるのだった。
その事件に関ったルーウィン・リヴェル、フィエナ・アルフィースの両人は、今日ものどかに暮らしていた。
***
ルーウィンはあるニュースを見ていた。
それはL4にあるプラントのひとつ「メディカリー・ツー」にて盲目の男性の視覚が戻ったというニュースだった。
戦争のことばかりのニュースの中で、それは一つのすばらしいニュースでもあった。
それが世間的に広まれば、目の見えない人間の目は見えるようになる。
「すげぇな、この技術も……」
「確かに、目が見えるようになるなんて……。それもナチュラルもコーディネイターも関係なく診察してくれるんですよね」
そこである。
今のニュースで紹介されていた医師はナチュラルだから診察しない。
コーディネイターだから診察するといった、偏見を持っていない。
ただ純粋に、医師としての使命を全うしているだけだと、会見で述べていた。
コーディネイターの場合、生まれてくる以前に遺伝子をいじるので失明をする確立も低いのだが。
テレビにグラフが映し出される。
この処置を受けた人間の割合である。
圧倒的にナチュラルが多い。
「お前も診てもらうか、フィエナ?」
「……」
フィエナは黙ってしまった。
唐突に言われても混乱するだけだった。
「でも、一度は見てみたいです」
「ん?」
「ルーウィンさんの顔」
ああ、そうか。
こうしてずっといると忘れそうになる。
フィエナはルーウィンの顔を知らない。
彼女は生まれてからずっと光が見えなかった。
「どんな顔をしているのか、知りたいですね」
「……じゃあ話を聞くだけでも聞きに行くか?」
「……プラントにですか?」
話を聞くだけならタダで済む。
それに関してはフィエナも賛成していた。
しかし問題が一つ。
「あの、何時ごろプラントに行くんですか? 世界はこんな状況ですし……」
テレビの画面がチカチカと発光している。
宇宙の様子が写っていた。
今日も宇宙では戦闘が繰り広げられていた。
なんでも地球軍のダイダロス基地の宙域で小規模の戦闘が起きたようだ。
ザクウォーリアやグフイグナイテッドが画面で地球軍のMSと戦っている。
これらの戦闘のことをフィエナは懸念していたのだ。
もしプラントに行く途中で戦闘に巻き込まれたらどうなる。
シャトルはたちまち落とされるかもしれない。
「その点については大丈夫だ」
ルーウィンが説明を始めた。
L4プラント、メディカリー・ツー。
医療技術発展のために作られたプラントである。
MS工業技術発展のためのアーモリー・ワン。
医療技術発展のためのメディカリー・ツー。
この二つはプラントに住む人々にとって、重要なプラントである。
アーモリー・ワンは「力」を生み出し。
メディカリー・ツーは「生」を促進させ。
この二つが均等な加減を保っているから、プラントの技術は伸びていくのである。
近年はアーモリー・ワンにおけるMS工業にプラントは力を入れているようだが、決してメディカリーでの医療技術発展をおろそかにしているわけではない。
ニュースで取り上げられたような素晴らしい技術開発も行われているのだ。
それにアーモリー・ワンでのMS強奪事件以降、メディカリー・ツー宙域は非戦闘区域と認定された。
理由は二つあり、その一つにアーモリー・ワンのような事件を起こさないため。
もう一つはメディカリー・ツーはオーブのように中立へと歩き出したプラントであるためである。
プラントという擬似的に作られた土地ながら、ナチュラルもコーディネイターも受けいれ、その培った技術は惜しみなく使っていく。
メディカリー・ツーはそういった点から、非戦闘区域に指定された。
「そんな非戦闘区域って言うことを破ってまで戦闘をしたがるバカはいないさ」
「そうだと良いんですが……」
フィエナの不安は、まだぬぐえない。
最近の地球軍は何かがおかしい。
何の勧告もなしにベルリンに侵攻したり、本来ならば戦闘をしてはいけないはずの南アメリカでデストロイを動かしたり。
さらにはオーブと締結し、あまつさえ現時点で全ての権力を握っているロード・ジブリールなる人物はいないなど見え透いた嘘を抜かしたり。
それはオーブの一部の人間の仕業だが。
そのせいで再びオーブは炎に包まれたわけで。
しかしながらおかしいのは地球軍だけでなく、ザフトもだが。
地球軍に比べれば、表面上はまともに見えるかもしれない。
でも、何か違和感を感じる。
表面ではなく、内面の違和感。
何かを急いでいるように思えてならなかった。
「でも心配することはないさ」
「?」
「守るって、言ったからさ。ずっとお前を……」
「ルーウィンさん……」
結局プラントには明日行く事になった。
その前に色々とやることがあるのだが。
シャトルの予約、出かける準備など。
「先に寝てていいぞ、フィエナ」
「大丈夫ですか? 何か手伝いましょうか?」
「いや、大丈夫だ。明日は長旅になるから、ぐっすり休んどけ」
それだけ言って頭をなでる。
ルーウィンはプラントとか宇宙とか慣れているから大丈夫だが。
フィエナはおそらく初めてだろう。
今のうちに休んでおかなければ、メディカリー・ツーに着くまでに体が疲れてしまう。
「それではお風呂に入って先に寝ますね」
「ああ、そうすると良いよ」
フィエナがリビングから出た。
相変わらず危なっかしい足取りだが。
てきぱきと準備をする。
そして窓を開け、空気を入れ替える。
夜のため風が涼しい。
そうして空を見上げると、紺色の空に月がただ白く光っていた。
***
次の日の朝。
ルーウィンは昨日準備したものをリビングに出していた。
フィエナは大人しくソファに座っている。
そんな準備をしている時、玄関をノックする音が響いた。
ルーウィンが出る。
立っていたのはリーファスだった。
「リー? いいのかよ、軍人さんがこんなところにいて」
「バカ言え。用があるから来たんじゃないか」
「あの、どちら様でしょうか」
フィエナが顔を出した。
「ああ、リーだよ」
「リーファスさん! こんにちは」
「こ、こんにちは」
何を硬くなっているんだか。
「で、何の用だ?」
「ああ、お前ザフトを抜けたろ? IDカードを返してもらおうと思って」
「……あのなぁ、もうちょっと早めに言ってくれ」
「は?」
事をリーファスに話した。
今からメディカリー・ツーにフィエナの目についての話を聞きに行くと告げた。
全て急すぎたのだ。
「そう言う事か。ちょっと待ってな」
ジープに戻り、連絡を取る。
ノイズ音とともに上司だったペイルの声がかすかに聞こえる。
ザフトに入隊する時、全員にIDカードが配られる。
もちろん抜ける時には機密保持のため、IDカードは返さなければならない。
軍属ではなく一般人になるため、分かりきったことである。
「待たせたな」
「いや。隊長は何だって?」
「用事を済ませてからでいいから、カードは返しに来てくれ、だってさ。書類とかもあるらしいし」
「そうか……」
「まあ俺が受け取って隊長に渡してもいいと思ったんだけど、書類があるんじゃあなぁ……」
この場にいるリーファスに渡すのが一番簡単なのだが。
書類はおそらく除隊の手続きだろう。
一応形式的には抜けたことになっている。
それが本格的に受理されるのは、今度各書類が通ってからで。
そうなったらザフトの「ルーウィン」はいなくなる。
「ま、今後はフィエナちゃんをきちんと守るんだぞ!」
「分かってる」
「で、まだ当分ラケールにいるんだろ?」
「まぁな。ただ旅行にも行きたいし」
彼はフィエナと旅行を計画していた。
北欧にフレスベルグという町がある。
そこは北は海に近く、南は緑で囲まれている。
目で見えなくても、肌で感じたい。
フィエナはそう言っていた。
「新婚旅行か……。そう言えば、もう結婚したんだよな……お前達」
「ああ」
「テーマパークの観覧車だっけ? ったく……」
未だに独り身の愚痴をこぼす。
ため息をついた。
「ルーウィンさん、そろそろ時間が……」
「っと、悪かったな、邪魔しちゃって」
「ああ、いや別に」
「それじゃあ、またあとでな」
リーファスがジープで家を後にする。
ルーウィンたちも玄関に鍵をかけて、出かける。
ルーウィンのジープに乗り、シャトルが出るスペースポートに向かう。
昨日の時点で予約をしていたので、席の確保は容易だった。
「あとどのくらいで出発なんですか?」
「30分だってさ。プラントまでは結構あるから、寝てても大丈夫だけど……」
「……なんか寝てばかりですね、私」
「ん」
そう言えばそうだ。
シャトルの席に座り、離陸を待つ。
メディカリー・ツーまで片道6時間。
その間機内で食事を取り、仮眠をして。
メディカリー・ツーについたら話を聞いて。
今日は忙しい一日になりそうだ。
***
シャトルが離陸した。
大気圏を抜け出す瞬間の重力が乗員の体を包む。
少しずつ、重力が抜けていき。
辺りは漆黒の宇宙へその姿を変えた。
『これより当シャトルはL4プラント、メディカリー・ツーへと向かうための安定航行に入ります。機内食などは―――――――』
そんなアナウンスがシャトル内に響く。
「宇宙って本当に重力がないんですね。何だかふわふわしてきました」
「ちゃんとベルトしないと、天井に頭ぶつけるぞ?」
やはり初めてだったか。
機内食を頼む。
しかし機内食は味気なかった。
宇宙では無重力。
それが何を意味するのか。
「……あの、これってストローですよね」
手探りで物を触る。
「ああ。ほら宇宙だと物が浮くじゃないか。だからこうして液体状のものが機内食の代わりになるんだ」
「そうなんですか。何か持って来れば良かったですね」
「浮くけどな」
「はぅ」
何だか面白い。
「でも、こうしていると何だか本当に嬉しいです」
「嬉しい?」
「はい」
彼女は言った。
父も母もいないで、常に一人だった。
ときどき町の人が野菜や魚で作った料理を持ってきてくれる。
しかしこうして常にそばにいてくれる人は今までいなかった。
だから彼女は嬉しかったのだ。
そばにいて話をしてくれて。
安心できる人がいるということが、嬉しかった。
「やっぱり、ルーウィンさんと出会えてよかったです」
「そ、そうか……」
そう言われるとこそばゆくなり、視線が泳いでしまう。
やがて地球が小さくなり始めたころ。
シャトルに慣れてきたのか、ルーウィンとフィエナの会話は弾みをつけていた。
ルーウィンが窓の外に広がる宇宙に、ふと視線をそらした。
無数の星が、そこには存在しているが。
しかし。
「ん……?」
遠くに視線を合わせる。
複数の光が点滅している。
それは、爆発だった。
(戦闘? まだ非戦闘区域ではないが……)
***
シャトルは無事にメディカリー・ツーにたどり着いた。
現在、16:20。
予定よりも少しだけ遅れてしまった。
フィエナとともに港におり、そこからエレカを拾い昨日紹介されていた病院に向かう。
さすが医療技術発展のためのプラントである。
どこもかしこも病院や研究施設で一杯である。
「プラントって風も吹くんですね」
「ああ。全部コンピューターが管理してるけどな」
「雨とか降らないんですか?」
「確かそれも制御されているって話だ。まぁ、難しい話は俺には分からないけどな」
雨が降らなければ農業系プラントでは作物を作ることが出来ない。
適度な雨と適度な光。
そして適度な風。
それがないとプラントで人が暮らすのは無理だろう。
「情報だとここだ」
ルーウィンが車を止めたのは、町の中でもかなりの大きさを誇る病院だった。
フィエナを車から降ろし、添って歩く。
受付でことを伝えると、すぐに医師がやってきて案内された。
病室に入り、モニターに映し出される数々の情報。
「この技術はかなりの大手術を要します」
そう言って画面が切り替わる。
人の顔の内部の様子だった。
神経の話とか、義眼の話だとか。
正直理解するには難しすぎる内容だった。
しかしこれだけは理解できた。
この手術を施せば、確かに目は見えるようになる。
それだけだった。
「で、今までどんな人が手術を?」
「やはり盲目の方が多いですね。あとは右目か左目のどちらかの視力を失っている人とか……」
「そうなんですか」
それから医師は続ける。
それはフィエナにとって少し酷な話でもあった。
「手術に耐え切れない人がいるんですよ」
「耐え切れない……?」
「ええ。義眼に神経系を繋ぎますから、麻酔が完全に効かないと……」
激しい痛みだけが残る。
そう言った時、フィエナの顔は酷く翳っていた。
確かにこれは相当な技術である。
ナチュラルには到底真似できないほどの。
しかしどんなことにもそれ相応のリスクというものが付いてくるわけで。
この手術の場合、麻酔が効きにくい人間がいる。
その人の場合、手術の痛みに耐え切れなくなり。
その後は医師は言わなかった。
人の命を助けたり、傷を治したりするのが医師だ。
下手なことは言いたくないのだろう。
「もちろんこの手術を受ける受けないは、患者の意思です。この話を聞いて、手術を受けないという人もいます」
「そうですか……」
「あなたの場合、話を聞いたところですと先天性によるものですので……通常よりも複雑になってしまいます」
元から見えなかった目を見えるようにするのだ。
普通の手術ではない。
「とにかく今日の今日、お決めになることはありません。手術を受けるにしろ受けないにしろ、決断が出来ましたらご一報をお願いします」
「分かりました。本日はありがとうございました、お忙しいところ」
ルーウィンとフィエナが頭を下げた。
***
用事は終わった。
手術を受けるかどうかは別として、話を聞くことができた。
「どうだ、フィエナ。話を聞いて」
「ちょっと迷いますね……」
見えるようにはなる。
しかしそれにはリスクが大きい。
フィエナもためらってしまうほどに。
医師は「手術の痛みに耐え切れなくて」の後は言わなかった。
容易に想像できる。
痛みに耐え切れなくて絶命する。
そう言いたかったのだろう。
成功する人もいる。
今、絶命したという人はいない。
それは医師に見せてもらった用紙にも、モニターに移されたデータにもはっきりと書いてあった。
一つの可能性として示されたものだった。
「……とりあえず帰ろうか、フィエナ」
「そうですね。帰ってから考えましょう」
港に戻り、手続きをとる。
往復チケットなので、そう時間はかからない。
「あ」
「どうしたんですか?」
「これ……持ってきたままだった」
ポケットからチケットを出した時に触れた、一つのカード。
それはザフトのIDカードだった。
家を出るときにリーファスと話をしていて、手元にあったのをそのままポケットに入れたのだった。
「無くさないようにしないと、ダメですよ?」
まるで子供でもあやすように優しく言う。
無くしたらペイルに何を言われるかわからない。
ポケットにしまう。
「こちらをどうぞ。こちらの数字が座席となります。お気をつけて」
「ありがとう。行こうか、フィエナ」
フィエナの手をとる。
居住区と違い、港の重力は弱い。
目の見えないフィエナにとって、地に足が着いているよりも数倍怖いのである。
シャトルの席に座り、荷物を棚に乗せて固定する。
「今日は色々とありがとうございました、ルーウィンさん」
「あ、え、いや……俺もどんなものか知りたかったし……。それにほら、なんつーか……その」
「はい?」
「ちょっとしたデートのような……」
それだけ言うと俯いてしまった。
夫婦となったのに、未だに面と向かって話すのに若干力んでしまう。
これだけはどうにもならない。
「帰ったら、いっぱいお話しましょうね」
「その前に色々と決めないとな」
「そうですね」
機内にチャイムが鳴り響く。
『まもなく、地球南アメリカ行き787便シャトルはプラント、メディカリー・ツーを出発します。お乗りのお客様は速やかに席について準備をお願いいたします。繰り返します。まもなく―――――――』
慌しく客が席に座る。
これで一日が終わる。
ルーウィンはそう思っていた。
シャトルがメディカリー・ツーを出たのは、それから3分後のことだった。
ゆっくりと港を出て、ガイドビーコンが消えた時に加速を始めた。
機内に操縦士などを伝えるアナウンスが流れる。
2回目のシャトルともなるとフィエナは落ち着いていた。
ルーウィンも、フィエナの話に耳を傾けていた。
しかし。
そんな話もやがて途切れることとなる。
メディカリー・ツーを出て20分ほど経過した時だった。
誰かが叫んだ。
「せ、戦闘だ!」
その声で皆が一斉に外に注目した。
確かに外では戦闘が起きていた。
「ルーウィンさん……!」
「地球軍とザフトの戦闘……!? バカな、まだここは非戦闘区域のはずなのに!」
立ち上がるルーウィン。
フィエナがルーウィンの袖を掴んだ。
「ルーウィンさん、どこへ?」
「機長のところだ。どういうことか聞いてくる!」
「でも!」
「俺はまだ、ザフトのルーウィンだ。話を聞くくらいは出来るさ。すぐ戻る!」
人の壁を押しのけ、前方にある扉を開ける。
「おい、どうなってるんだ!」
「な、なんだね君は! ここは関係者以外立ち入り禁止だ!」
副操縦士が立ち上がる。
ルーウィンを操縦席より追い出そうとした。
まともに話を聞いてくれそうにない。
その時だ。
ルーウィンはポケットよりカードを取り出した。
「ザフト軍南アメリカファンダル基地所属、ルーウィン・リヴェルと言います。訳あってこのシャトルに乗っていますが、一体どういうことか説明してもらいたい」
「ざ、ザフトの方でしたか……」
IDカードを見て副操縦士は敬礼をした。
いかに民間のシャトルとはいえ、こういうときは敬礼をするものなのだと、ルーウィンは無知な自分が恥ずかしくなった。
「現在このシャトルの左舷にて地球軍とザフト軍の戦闘が行われています。少しずつですがその戦闘区域がこのシャトルにも近づいていまして……」
「だったらまずは救難信号を出すんだ。連合、もしくはザフトのどちらかが拾ってくれるはずだ! ……まあおそらく連合は無視すると思うがな」
最近の連合のやり方は尋常ではない。
まだこういう場合、ザフトのほうが救いがある。
ルーウィンがザフトにいたからと言うわけでなく、世界がそういうイメージを持ち始めている。
このシャトルの機長たちも、そう考えているはず。
「救難信号、発信しました!」
「そうしたらなるべく被害が及ばないように暗礁宙域に向かうんだ」
「しかし暗礁宙域に向かったら、このシャトルは……」
「シャトルへの多少の衝撃は仕方がないだろう……。それとも乗客を乗せたまま落とされたいか?」
「……」
その指示に操縦士は目を丸くしていた。
暗礁宙域に向かい、シャトルが傷ついて救助されることと。
このままこの身を曝け出し、戦闘に巻き込まれて死にたいか。
常人ならばどうしたら良いかは明々白々。
「あとアナウンスを流すんだ。多少混乱は起きると思うが、何も知らないよりかはマシだからな」
添乗員がマイクを手に機内アナウンスを始める。
ルーウィンの言うとおり、乗客は混乱していた。
あちこちから叫び声が上がる。
「なるべく詳しく現在の状況を伝えるんだ。あとあと詰め寄られても手一杯になるだけだからな」
『こちら……スカ級…………ル、……トル、応答せよ! こちらザフト軍ナスカ級ファーブル、シャトル応答せよ!』
「通信です!」
「応答するんだ。そして艦への着艦許可を貰え」
操縦士がファーブルにその旨を伝える。
ファーブルも緊急時ということで、艦艇部ハッチを開きシャトルを受け入れたのだ。
シャトルがファーブルの中に着艦した。
添乗員の指示で乗客はひとまず席に着くように言う。
「良いか、絶対に乗客を一人も外に出すなよ!」
「あなたはどうするんですか?」
「この艦の艦長に話を聞きにいく!」
その前に。
座席に戻りフィエナに状況を伝えた。
フィエナは悲しそうな顔をしていた。
「そうですか……」
「多分、事と次第によっては俺も戦闘に出るかもしれない」
「……」
「悪いな、フィエナ……そばにいてやれなくて」
「いえ。それよりも」
ルーウィンを座らせ。
「絶対、無事に戻ってきてください」
ルーウィンの頬にフィエナの唇が触れた。
***
シャトルを降りたルーウィンは近くにいたザフト兵を捕まえる。
そして自分のIDカードを見せて、事情を話した。
念のため、兵士二人がルーウィンをブリッジへ案内する。
艦艇部ハッチを出ると、そこはMSデッキだった。
被弾したMSが着艦し、中のイパイロットが降ろされる。
思ったほどに状況は悪いようだ。
この艦に着艦したのは間違いだっただろうか。
そう考え始めていた。
「失礼します!」
「何だ、戦闘中だぞ!」
「申し訳ございません。こちらの方が艦長に用があると……」
ルーウィンが前に出る。
ファーブルの艦長が懸念そうな表情を浮かべていた。
無理もない。
いきなりこんな私服でブリッジに来てしまったのだ。
ルーウィンは敬礼をして、IDカードを提示した。
「認識番号3566781A、ザフト軍南アメリカファンダル基地所属、ルーウィン・リヴェルであります! わけ合ってあのシャトルに乗っていました」
「そうか……おい」
オペレーターが本部のホストにアクセスし、認識番号を照らし合わせた。
検索結果がモニターに映る。
「確かに3566781A、ルーウィン・リヴェルです」
「ありがとう。ナスカ級ファーブル艦長のリゲル・アインだ」
「突然申し訳ございません。現在の戦況を教えていただきたい」
リゲルの指示でメインモニターに状況が写し出される。
戦闘開始は今から1時間ほど前。
ファーブルは地球軍月面ダイダロス基地への援軍として派遣されたのだ。
他にも同ナスカ級が2隻同行していた。
しかしその2隻は戦闘によって撃沈。
残ったこのファーブルも窮地に立たされていた。
次に敵軍との戦力比較。
こちらの戦力はガナーザクウォーリアとスラッシュザクウォーリアが合わせて4機。
グフイグナイテッドが3機。
他の艦より移ってきたザクファントムが2機。
相手はウィンダムが7機、ダークダガーが4機。
キャノンストライカーを装備したダガーLが5機。
そして陽電子リフレクターを装備したMAが1機、確認されている。
更には250m級戦艦が4隻。
明らかに分が悪い。
「状況はこちらが完全に不利だ。おそらくこのままではダイダロスへ向かう前に撃沈されてしまうだろうな……」
「それじゃあダメだ……」
「何?」
「それじゃあ収容したシャトルも無事じゃあない……」
ルーウィンは言う。
「何か、余っているMSは無いのか? それに乗って俺も出る!」
「あまっていると言っても……」
「アリシア機、撃墜! ルスト機、被弾! 艦長、このままではこちらの戦力が……!」
考えている暇は無かった。
本当はダイダロスに着いたら、他の艦に渡すためのMSだったが、やむを得ない。
「ZGMF-X23Sの調整はどうなっている?」
「全て終わっています!」
「ならばリヴェルにパイロットスーツを貸してやれ」
リゲルの大きな手がルーウィンの右肩に乗る。
「頼んだぞ、ルーウィン・リヴェル」
***
先ほど通過したMSデッキ。
その一番奥にそれは置いてあった。
ZGMF-X23S、セイバー。
ダイダロス基地に到着したら他の艦に渡す予定のMS。
この状況で出撃させないのは宝の持ち腐れというもので。
ザフトレッドのノーマルスーツに着替えたルーウィンは、セイバーのコクピットに乗った。
奇しくもセイバーの直系の後継機ともいえるストームに乗り戦い抜いていた彼。
セイバーのOSを確認する。
「なるほど、このセイバーは中距離戦闘用にOSを設定されているのか」
セイバーのVPS装甲は赤と聞いた。
それはそのセイバーが近接戦闘を主体に戦うことを前提にしていたからである。
VPS装甲はその戦闘距離によって電圧を変えることで強度が変わる。
近接戦闘を行うのなら、装甲強度が一番が一番高い赤色の装甲となる。
中距離戦闘を行うのならば、青色。
そして遠距離戦闘を主体とするのなら緑色ということになる。
「と、言うことは……」
VPS装甲をオンにする。
装甲に電圧が加わり、色が加わる。
白と青のツートンカラー。
「……どこまで一緒なんだよ、まったく」
若干呆れてしまった。
発進シークエンスが開始される。
『ZGMF-X23Sセイバー、発進位置へ!』
オペレーターの指示に従う。
『カタパルト展開! FCSコンタクト、ハッチ開放!』
整備士が誘導する。
モニターでは開いていくハッチが確認できた。
『システム、オールグリーン! 進路クリア!』
ルーウィンはヘルメットのバイザーを下ろした。
スモークのバイザーが瞬時に透明になり、視界が開けた。
『セイバー、発進どうぞ!』
「ルーウィン・リヴェル、セイバー、発進する!」
カタパルトより勢いよく発進したセイバー。
「このまま、艦ごとシャトルを落とされてたまるかよ!」
***
戦場に出たセイバー。
状況は最悪だった。
辺りには破壊されたMSの残骸が漂っている。
「こちらファーブル所属、スルト。事情は聞いている」
どうやら全軍にルーウィンがセイバーで出たということが伝えられたらしい。
「協力感謝する」
ルーウィンのセイバーが戦場を駆け抜ける。
レーダーには敵機の反応。
ウィンダムが3機、接近していた。
「各機散開しろ! 敵の深追いはするな、勝手に攻めてくる! それよりも艦を守り抜くんだ!」
ルーウィンが指示を出す。
ファンダル基地に属していた時に癖だった。
別に今の自分は隊長と言う位置ではないのに。
だが、他の隊員達はそれに従った。
少しでもこの状況を打開したいと考えているのか。
それともリゲルからの指示か。
ルーウィンは知る由も無い。
セイバーに迫るウィンダム。
「こんなところで、黙ってやられるわけには!」
セイバーのスラスターが火を噴いた。
急加速し、ウィンダムと接触しそうになる。
刹那。
セイバーの方に装備されているビームサーベルが、光を放った。
「いかないんだ!」
瞬間的にウィンダムの胴体をなぎ払い、蹴り飛ばす。
空気との摩擦の少ない宇宙では、少しでも突いたらどこまでも進んでいく。
それが強ければ強いほど、勢いも増す。
残りの2機のウィンダムに、その上半身が向かう。
避けるように散開するウィンダムだが、セイバーのビームライフルが切り離した上半身を貫いた。
爆発するウィンダム。
ルーウィンは上半身を煙幕の代わりとして利用した。
モニターが落ちた2機のウィンダム。
アラームが鳴り響く。
「どこだ!?」
目の前の爆煙が晴れたときには遅かった。
黄色の2つの目が、ウィンダムを捉えていた。
「う、うわあああああああああっ!」
叫び声を上げる地球軍兵士。
まず一機。
サーベルで切り裂いた。
そしてもう1機は、背中に装備されているアムフォルタすプラズマ収束ビーム砲で胴体を貫く。
敵は数が多い。
その分、数を過信しすぎている。
戦闘は数で行うものでも、ただ一機で行うものでもない。
戦闘は、常に状況を把握し行うもの。
時には一人で戦い、時には固まって戦うもの。
数を過信しすぎては、いずれその身を滅ぼす。
ウィンダムを次々と撃破するルーウィンのセイバー。
「てやああああっ!」
3条の光がウィンダム2機を破壊した。
これで戦場に出ている分は全て破壊した。
ファーブル所属機も奮闘した。
しかし、まだ終わりじゃない。
一隻の戦艦から、MAの発進を確認した。
「陽電子リフレクター装備のMA……あれか!?」
セイバーのライブラリがその詳細を照らしあわした。
YMAF-X6BD、ザムザザー。
拠点防衛および進行のためのMA。
以前ミネルバというザフト軍の最新鋭艦がこのMAと戦闘したという記録が残っている。
「他のMSは引き続き艦の護衛を!」
ザムザザー相手に被弾し、ダメージを受けているザクファントムなどでは辛い。
ダメージの少ないセイバーがなるべくひきつけなければ。
ナスカ級の主砲が敵艦を貫いていく。
状況は徐々に持ち直されているようだ。
「動きが早い……! この反応速度はナチュラルではないな……! 強化された人間か?」
コーディネイターであるルーウィンの攻めと対等に渡り合っている。
ザムザザーのクローがセイバーに迫る。
それを脹脛のスラスターを噴かし、機体を後転させる。
その勢いを殺さず、サーベルを逆手水平に握り、突進する。
察知するが早いが、ザムザザーは急浮上。
その脚部に装備された、M534 複列位相エネルギー砲「ガムザートフ」を放った。
「くそ、避けきれない……ッ!」
スラスターを前回まで噴かす。
敵の攻撃を誘い込む。
セイバーは基本的にヒット&アウェイを得意とする。
セイバーがビームライフルを放つが、陽電子リフレクターの前に効果は無い。
では近接攻撃はどうか。
先ほどと同じ結果だった。
敵の反応速度が恐ろしく速い。
「このままだと、エネルギーが……!」
デュートリオンビーム送電システムを搭載しているセイバーだが、現時点でそのシステムを使うことが出来るのはミネルバのみとされている。
ファーブルには、送電システム用の発信機が搭載されていない。
つまるところ現状のバッテリーで戦うしかないのだ。
このバッテリーが切れた時、勝敗は決まる。
そんなあらぬ心配をしていると、アラートに反応が遅れた。
咄嗟の出来事だった。
シールドで巨大なビームを防いだ。
アンチ・ビームコーティングが成されているため、少しの間なら受け止めることが出来る。
しかしそれもいつまでもつか。
「くそっ!」
悪態をつくルーウィン。
後方のファーブルに少しでも被弾したらシャトルも無事ではない。
そして中にいるフィエナも。
嫌だ。
守り通すと決めた。
いつまでもそばにいると決めた。
だから。
「だから!」
ルーウィンの眼差しがザムザザーを捉えた。
セイバーはその手にサーベルを握り、ザムザザーの頭部を切り裂いた。
東部には陽電子リフレクター発生のための装備が搭載されている。
それを破壊した。
「俺は、戦い抜く! フィエナのために!!」
陽電子リフレクターが無くなれば、怖いものは無い。
ビームライフルとアムフォルタスプラズマ収束ビーム砲を同時に放つ。
「落ちろっ!!」
ザムザザーの胴体を、3つの光が貫いた。
***
戦闘は終了した。
地球軍は撤退していった。
ルーウィンも深追いをするつもりはなく、戦闘終了後すぐにファーブルに帰還した。
コクピットから降りると絶賛の嵐だった。
「よくやった!」
「このっ、やるじゃねぇかよ!!」
そう言ってもみくちゃにされる。
何時からいたのだろう、リゲルがルーウィンの下に現れた。
「助かったよ、ルーウィン」
「そうですか。それは良かった……」
「シャトルももうじきこの艦を離れる。君も、戻りたまえ」
「ええ、分かりました」
ノーマルスーツのまま、その場を後にしようとした。
しかし最後に、言っておく事があった。
ルーウィンは向き直り、床に立つ。
そして敬礼をし。
「ご武運をお祈りしています」
「任せておけ」
踵を返したルーウィン。
その後、ファーブルがどうなったのか彼は存じなかった。
***
地球に帰ってきたのは、夜中の11時のことだった。
家に着いた時、フィエナはすやすやと眠っていた。
「……この状態だと、話すのは明日、かな?」
フィエナをおぶさり、玄関のドアを開ける。
ソファに横にすると、病院で貰った資料をテーブルの上に広げた。
そして意外と使用したザフトのIDカードをポケットから取り出した。
「何だかんだいってこのカード、結構使ったな……」
「ん……ぅ、るー……うぃんさん?」
フィエナが起きた。
寝ぼけているようだ。
「起きたかフィエナ。お疲れ様」
「……家に着いたんですね」
「ああ。悪かったな。宇宙では」
「いえ、約束どおり無事に戻ってきたじゃないですか。それだけで、良いんですよ」
微笑む彼女についついほころんでしまうルーウィンだった。
今日は疲れた。
早く寝よう。
「お風呂、どうしましょう……今からだと遅くて」
「じゃあ一緒に入るか」
「は、え、ふぇ!?」
「そのあと、一緒に寝るか?」
「……はい!」
言った瞬間、フィエナを抱き上げる。
この二人は、今こうしているのが幸せなのだ。
***
次の日。
ルーウィンはファンダル基地にIDカードを返還した。
この日、ザフトのルーウィンはいなくなった。
いるのは、愛する者を守るために奮闘するルーウィン。
そしてフィエナは。
あの病院での手術をあきらめることとなった。
目が見えるようになるのは嬉しいし、大変過ごしやすくなることだ。
でも、今のままでもフィエナは十分だった。
目が見える事が大切なことなのではない。
本当に大切なのは、誰かと一緒にいられるという幸せ。
それが本当に大切なこと。
今のフィエナにはそれがあるから、彼女は手術をしなくても大丈夫と決断した。
そしてこの数ヵ月後。
ルーウィンとフィエナは、北欧フレスベルグで。
再び戦いと遭遇してしまう。
それはまた、別の話。
(Phase-After 完)
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