Phase-Final  始まりの地で終わる物語。

 C.E71に巻き起こった大戦は、第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦で一先ずの終結をした。

 多大なる犠牲者を出し、悲惨な結果しか残していないこの戦争。

 二度と、起きてはならない大戦。

 戦を抑制するべく、かつての悲劇の地「ユニウス・セブン」において平和条約の調停式が行われた。

 そう、これで「目に見える」戦いはこの世界から姿を潜めていたのだが。

 水面下では相も変わらずナチュラルとコーディネイターの対立は続いていた。

***

 大戦後、ミストラルのクルーは全員オーブへと移りこんだ。

 ミストラルもアークエンジェルとともに回収され、地下のメンテナンスドックに納められている。

 もっとも、この二隻の戦艦が再び戦場に出ないことが望ましい。

 あの大戦から2ヶ月。

 ブレイズのパイロット「だった」、ロイド・エスコールはオーブ連合首長国オノゴロ島の中心街の病院にいた。

 体の傷を癒すため、入院をしていた。

 日々、リハビリに終われる毎日。

 オーブ軍属となった彼にとって、この毎日は忙しくも退屈な毎日だった。

 カガリ・ユラ・アスハの尽力で、ロイド以下ミストラルのクルーはそれぞれオーブ軍属になった。

 ロイド、セフィの両名はオーブ陸軍MS第三隊に。

 リエンとミリア、オペレーターの任についていたヴァイスとリィルはイージス艦を任される。

 彼は今日も、リハビリの間に窓から外を眺めていた。

 体の調子も全快とまでは行かないが、戻りつつある。

「いよいよ、か……」

 自分の左目の辺りをなぞる。

 第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦の折についた大きな傷。

 今の医療技術ならば消す事も出来るのだが、消さないのは忘れないため。

 自分への、忌々しい楔として。

 その傷は消さずに残していた。

「ロイド、入るよ?」

 病室に現れたセフィは、その手に資料を持っていた。

 それは、出撃許可証。

「……ルフィード艦長、凄い怒ってた。あいつはボロボロの体で帰ってきて、また戦いに出るのかって」

「そっか……でも、よく許可が下りた」

「止めたら、もっと酷い事になるって……」

 ロイドの無鉄砲なところはリエンも承知している。

 止めても、無駄だと言う事も。

 立ち上がり、出撃許可証に備え付けられた自分の機体のスペックを確認する。

 GAT-X142、ブレイズ。

 武装は「ショート・バレル・ライフル」、腕部内蔵型ビームサーベル「グロウスバイル」。

 それに頭部に備え付けられた75ミリ砲塔システム「イーゲルシュテルン」にアンチビームコーティングされたシールド。

 かつて、ブレイズの要となっていた「SYSTEM A's」はもう使えない。

 セフィウスとの戦いの際に、システムに異常が生じたのだろう。

 元々ブラックボックスの塊だっただけあり、修復は不可能。

 つまるところ、一番最初にブレイズに乗ったときの状態だと言う事だ。

 この2ヶ月と言う急ピッチで、モルゲンレーテの整備士が直してくれたという。

 かなりの損害率だったにもかかわらず、だ。

「でね、パナマに行くのなら輸送機を使えって。イージス艦は一隻も出せないって」

「ああ、何となくそうじゃないかって思ってた」

 病室を出る。

 付き添いはセフィとオーブ兵数名。

 何しろロイドは病み上がり。

 その上、罠かどうかも分からない敵の誘いに応じるのだ。

 何かあったときのため、彼らは同行する。

 輸送機には既にブレイズが格納されていた。

 2ヶ月の間を経て、この機体に乗りこむ。

 これが、最後の出撃になると良いのだが。

 ロイドの心の中ではそんなことばかりが浮かんでくる。

 輸送機は時間通りにオーブを発った。

 空へと向かい飛翔する輸送機を、リエンは静かに見守っていた。

「本当に貴方という人は……」

 そう言ったのは少し離れたところで見ていたミリア。

 何時もどおりのリエンの考えに、ため息ばかり。

 それも今回は今までとは訳が違う。

 悩みの種は増え続けている。

「エスコール少尉……ロイドを平然と戦いに送り出すなんて!」

「罠かもしれない、と言う事だろ? それなら多分大丈夫だろうって」

 リエンには一つ、可能性があった。

 確かにロイドはエースと言っても過言では無い腕を持つ。

 しかし、敵側にとってロイドは何の価値があるのだろうか。

 要は、ロイドを罠に嵌めてまで倒そうという根拠がないのだ。

 もちろん、可能性が無いわけではないのだが。

「ようするに、俺はアキトを信じてるってことですね」

「む……そう言うわけではない」

 そもそも、セフィからアキトが敵として出撃していた、と聞かされたときは驚いたが。

 その後、アキトは敵対するつもりもない、という事も聞かされた。

 何故、そんな面倒くさい事をしているのかは当の本人に聞くしかない。

「今はとにかく、ロイドとアキトが無事に帰ってくるのを祈るしかない。俺たちにはそれしか出来ないさ」

***

 オーブから、パナマ基地跡までは5時間ほどの道のりだった。

 今日がアキトの指定してきた決戦の日。

 ロイドは、不安に狩られていた。

 本当に、ザフト兵の一人として自分に戦いを申し込んだのか。

 それとも何か別の理由があって、ザフトにいるのか。

 何しろ訳がわからない。

 ザフトに捕虜として捕まって、生きていたのは嬉しいのだが。

 考えれば考えるほど、頭の中の渦は酷くなり、彼を苦しめる。

「ロイド……」

 悩み続ける彼に、声をかけようとするが。

 横から覗いた彼の瞳を見て、声を止める。

 彼の眼は、じっと前だけを見ていた。

 その瞳はいつもの陽気な彼のそれではない。

 鋭い、まるでガラスのようにギラギラとしている。

 戦いたくない、しかしこうして戦いに出向いてしまった。

 その彼のどうにも出来ない心境に対する怒りからか、ロイドの雰囲気はいつもとは真逆になっていた。

「見えたぞ、もう少しで到着する!」

 コクピットからの声に、ロイドが立ち上がる。

 セフィが意を決して声をかける。

「ロイド……!」

「……」

 無言で彼はブレイズに乗り込む。

 着陸態勢の際の揺れに、目の前がぐらつく。

 目の前のハッチが開き、ブレイズが外に出る。

 パナマ基地崩壊から数ヶ月。

 既にガレキの山は撤去されている。

 こんな所で、本当に戦えるのだろうか。

 ロイドは、静かに息をしていた。

 余計な事を考えず、ただひたすらに待ち、集中していた。

 すると、到着から30分ほどが経過した時だった。

 大気圏降下カプセルが上空に現れ、中からMSが出撃する。

 ロイドは息を飲んだ。

 ああ、やっぱり来たのか。

 蒼きMS。

 ゆっくりと地上に降り立ち、向かい合う。

「アキト……!」

「……」

 まずは通信回線を開き呼びかける。

 何故、このような事を、そして今までの事を聞くために。

「アキト、お前……本当に……!」

「ふん……ロイドは変わっていないようだな」

 やはり、アキトは敵としてザフトにいたわけでは無さそうだ。

 相も変わらないアキトの無愛想な様子に、胸をなでおろす。

「良かった……なぁ、俺今オーブにいるんだ。良かったらお前も―――――」

 言う声を遮り、レフューズのイーゲルシュテルンが火を噴いた。

 ブレイズの顔を掠める弾丸にロイドの声が途切れる。

「なっ……」

「……こう言う事だ」

 レフューズがゆっくりとビームサーベルを引き抜いた。

***

 アキトは以前からプレッシャーを感じていた。

 パナマ基地ではロイドを差し置いて、トップの座についていた。

 だが戦いの中でのロイドの成長率は、アキトの日ではなかった。

 アキトが完成された人間ならば、ロイドは未完成の人間。

 最初こそ、アキトはロイドを意識もしていなかった。

 しかし、それも共に戦うとどうだ。

 ブレイズとレフューズ、共に搭載されている「SYSTEM A's」を発動させたり。

 はたまたブレイズよりも性能の高いセフィウス撃破まで漕ぎ着けている。

 もう彼は、自分をとうに超えていた。

 そして自分より強い人間を見つけたとき、挑んでみたくなったのだ。

 追われる人間ではなく。

 追う側の人間として。

「勝負だ、ロイド……!」

「戦うなんて、俺たち仲間じゃ……」

「……その前に俺は人間だ。強い人間に挑んでみたくもなる!」

 レフューズが走る。

 寸でのところで防ぐ。

 火花が散り、コクピットが照らされる。

「戦う必要なんて!」

「……お前になくても……!」

 さらにレフューズのサーベルがブレイズの左肩を薙ぐ。

 アキトは本気で戦おうとしている。

 本気でロイドに勝負を挑んでいる。

 強い人間に挑んでみたくなる。

 先ほどアキトはそう言った。

 ならば彼はただただ自分と戦いたいがためだけに、ザフトに所属し、機会を伺っていたのか。

 そんな馬鹿みたいな話があってたまるものか。

「俺と戦うためだけに、ザフトに!? ふざけるなよ! こっちがどれだけ心配したと!」

「……!」

 レフューズが距離を取る。

 ブレイズの出方を伺っている。

「……もし、お前が戦いたくないとそんな御託を並べるのなら……!」

 レフューズのカメラアイの光が落ちる。

 ロイドは、その現象に見覚えがある。

「そんな御託すら並べられないほどに、倒してみせる……!」

「SYSTEM A's……!」

 発動させた事すらないはずなのに。

 こうもあっさりと物にする。

 やはり、彼は。

「……分かった。それがお前の本気だというのなら、俺も腹をくくるさ!」

 ブレイズがライフルを構える。

 もう、ここにいる時点で戦いたくないなどという寝言は通用しないのだ。

「……やっとその気になったか」

 そうだ。

 それで良い。

 レフューズとブレイズが同時に動いた。

 どちらも極限まで集中力を高め、動き始めた。

 それは、ほぼ同時に。

 レフューズのビームライフルがブレイズへ向かって放たれる。

 右足で地面を蹴り、ブレイズは急旋回。

 閃光を避け、反撃に移るが「SYSTEM A’s」を発動させている分、レフューズの運動性はさらに向上していた。

 まるで攻撃が当たらない。

 ブレイズは頭部を丸ごと交換したため、「SYSTEM A's」を使うことは出来ない。

 この戦いは、純粋にロイドの腕が試される。

 「SYSTEM A's」とアキトの腕が合わさり、今のレフューズは元のスペックをはるかに凌駕した機体へと進化している。

 その手ごわさは、セフィウスと同等か。

 グロウズバイルを展開し、突進するが。

 紙一重で避け、逆にカウンターを喰らう。

 とても兄弟機とは思えない。

「……ぐ、あぁぁ……!」

 模擬戦で何度もアキトと戦ったが、ここまでの攻撃ではなかった。

 さらに迫るレフューズの太刀。

 シールドで防御し、グロウズバイルでレフューズの右腕を切り落とした。

「……!」

「……腕一本、取ったぞ!」

 自然と、アキトは笑みを浮かべていた。

 そうだ、彼はここまで強くなった。

 それは嬉しい事だった。

 近くに自分を超えた人間がいる。

 ブレイズの足が地面を蹴る。

 レフューズの眼前を、土埃が覆う。

 一瞬でも良い。

 一瞬、勝てる要素を作らなければ。

「はぁぁぁぁぁっ!!!」

 グロウズバイルの一撃が、レフューズの頭部を貫く。

 これで「SYSTEM A's」を使えない。

 モニターが落ちる。

 アキトは、このとき初めてロイドに対して敗北というものを味わった。

***

「やっぱりお前は、とうに俺を超えていたんだ」

 そう聞こえてきたのは、レフューズが膝をついたときだった。

 ロイドはがむしゃらに、自分の事を追っていたのだ。

「だからもう俺を追うことは止めるんだ……。俺はお前にとって通過点でしかない」

「アキト……」

「そして俺を倒したからって満足するな……もっと強くなれ。そうしたら、俺が今度はお前を追ってやる」

 今は、今だけはお前が俺の上に立て。

 アキトはそれだけ言うと、レフューズから降りた。

 そして改めてこう言った。

「……俺の負けだ」

 こうなったら一からやり直し、すぐにでもロイドを追い越してみせる。

 そしてまた、ロイドを追わせる立場にしてやる。

***

「……アキト」

「……セフィか。迷惑を、かけた」

 セフィは頷かない。

 首を横に振ることもしない。

 アキトはロイドからこれからの事を尋ねた。

 ロイドもセフィもオーブのMS第三隊にいること。

 リエンもミリアも無事であること。

 カラーズの面々は離れたあの時から消息が分からずにいることも。

 全てを話した。

 一応アキトをこのままオーブへと「連行する」という形となった。

 アキトの事を知らない、輸送機のパイロットが若干眉をひそめる。

 この後のアキトの処置は全てカガリにゆだねる事となる。

 ただ、今はそのことも忘れて。

 しばしの安息の時を過ごす事となる。

***

 C.E.71の未曾有の大戦は終結した。

 しかし、世界から火種が消えたわけではない。

 大戦後も各地では小さな紛争が巻き起こっていた。

 時にC.E73、10月2日。

 世界は再び、戦乱の最中へ――――――――――。


(機動戦士ガンダムSEED DOUBLE FACE C.E.71)


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