Phase-09 運命のうねり
「オーブが襲撃を受けた?」
オーブ本国への定時連絡をしていたリエンは耳を疑った。
先日オーブ、いやラクスたちが住んでいる住宅が襲撃を受けた。
コーディネイターの特殊部隊、それもMSを用いての。
「それで、ラクスや他の皆は?」
『無事だったんだが、何しろラクスは酷く落ち込んでいる』
モニター越しのカガリの表情は冴えない。
カガリの話ではその後、キラが出撃して敵MS部隊を退けたようだ。
リエンは脳裏に浮かべていた。
戦争が終わった後のキラは、まるで廃人のように静かだった。
そのキラが出撃した。
世界はやはり、彼らに戦えと言うのか。
「で、キラの乗機がアキトが乗る予定だったライズだったと」
『そうだ。何しろ急だったからな』
「まぁキラが復帰したのなら、オーブの護衛は大丈夫だろうな。俺達はこのままスカンジナビアへと向かう」
『分かった。くれぐれも気をつけてくれ』
通信を切る。
思った以上に、オーブが本格的に戦火に晒されるのが早かったようだ。
しかし、今更ラクスを殺害した所で何か変わるのだろうか。
戦争以外に、何か政治的策略でもあるのか。
「……ま、分かるわけないな。政治家じゃないんだし」
『艦長!』
「どうした、ミリア」
『……』
「……アトレー副官。何かご用でしょうか?」
『8時の方向に敵潜水空母と思われる熱源を感知しました。至急ブリッジへお戻りください!』
この位置からだとカーペンタリアからの空母か。
ブリッジに戻ったりエンがすぐに第一戦闘配備を発令。
MS隊に出撃を命じた。
ザフトにもオーブが地球軍と手を組んだ事は知られている。
おそらくミストラルの艦影を捉えた相手側が戦闘を仕掛けてきたのだ。
「水中戦になる! ビーム兵器の威力は下がるから気をつけろよ!」
「イルミナ、ヴァイオレント発進、どうぞ!」
イルミナとヴァイオレントがミストラル甲板に降り立つ。
「続いてフレア、イェーガー、M1アストレイ、発進どうぞ!」
残りの3機は後部甲板に立ち、敵機に攻撃を仕掛ける。
敵とてこちらのMSが邪魔なはず。
しかし水面からでは狙う事ができないため、必ず浮上する。
そこを狙えば、水中に飛び込まなくても済む。
「敵潜水空母、距離400!」
「バリアント一番二番! コリントス1番から7番、全門装填! 発射!!」
高速で発射される電磁弾丸、そしてミサイルの雨が潜水空母を襲う。
その潜水空母を守るために敵機がミストラルに向けて攻撃を仕掛ける。
「もらった!!」
ヴェルドのフレアの武装が火を噴いた。
迂闊に水上に出てくるから狙い撃ちされるのだ。
その後も、5機のMSの働きでミストラルへの被害は最小限に食い止められていた。
しかし、敵も引くに引けないのか。
援軍としてディンが8機、グーンが10機投入された。
海と空からの波状攻撃に、狙いが中々定まらない。
「上空の敵はこっちに任せろ」
ヴァイオレントのビームソードが唸りを上げる。
重力下での近接戦闘を重視しているヴァイオレントは短時間ではあるが飛行が可能となっている。
そのヴァイオレントの攻撃に次々とディンは迎撃されていく。
その中でも掻い潜ったディンはイルミナ、イェーガーらが撃破していく。
残るは水中の敵。
水中ではビームの威力が減衰してしまうが、このまま仕掛けられていても埒が明かない。
「艦長、2時の方向、距離300に島が見えます!」
「島か……進路をその島へ。敵を迎え撃つ!」
ミストラルの進路がその名も無き小島へと向かう。
餌を追う魚のように敵機がミストラルを追う。
小島に生命反応は無い、無人島のようだ。
「回頭180! ゴッドフリート展開!」
グーンが上陸する。
「ゴッドフリート照準! 撃てーッ!!」
巨大な光線がグーンを貫く。
陸に上がればこちらのものだ。
イルミナ達が動き出す。
次々と撃墜されていくグーン部隊。
先ほどまでの優勢ぶりが嘘のようだ。
「敵艦より熱レーダー誘導! ミサイル、来ます!」
「イーゲルシュテルン、全門迎撃!」
ミストラルに迫るミサイルが落とされていくが、弾幕を掻い潜って着弾する。
揺れる船体。
「ちょっとリエンー。敵艦どうすんのよ。こっからじゃ狙えないわよ」
アイリーンが口を開いた。
アルフの狙撃の腕でも、水面下の敵艦を狙えるほど条件が良いわけではない。
「フエン!」
『あ、はい!』
「今から敵艦の座標データを転送する! やれるか?」
『……頑張ります!』
イルミナのモニターに敵艦の座標が映し出される。
ビームライフルを片手に、陸地を突き進む。
目の前に立ちはだかるグーンが両手からミサイルを放つ。
イルミナの頭部に装備されている「イーゲルシュテルン」がミサイルを迎撃、ビームライフルがグーンの胴体を貫いた。
これでグーン部隊の大半を駆逐する事ができた。
残りは、戦艦。
「はぁぁぁっ!!」
イルミナが高く飛び上がる。
ビームライフルをサーベルに持ち変える。
迎撃用のビームが放たれるが、シールドで受け流し。
サーベルで艦橋を叩き斬った。
そして次に船体を切り刻む。
爆発とともに轟沈する敵戦艦。
突然の襲撃は、こうして乗り切ることが出来た。
戦闘終了後、フエン達がミストラルに帰還した。
「よう、お帰り」
待っていたのはロイドだった。
ブレイズが無い今、彼はこうして待機するしかない。
ブリッジメンバーに加えてもらうのはどうかと言う案も出たが、アルフやアイリーンみたいに何かが出来るわけではない。
「で、ロイドはこれからどーするんだ? 暇をもてあましてさ」
「暫くはしがない艦内掃除の男にでもなりますよ」
「偉いですねぇ」
「そう言う物ですか?」
フエンとエイスのどこかずれたやり取り。
だがそれしかやることが無いのだ。
ロイドにとって、暇な日々が続きそうではある。
***
同時刻オーブ。
オーブ地下に眠るアークエンジェル。
それを眺めるマリューとアンドリュー。
「まさか、またアークエンジェルを起動させるときが来るとはねぇ」
先日のラクス襲撃事件。
事件後、もはやこのオーブに留まるのは難しいと考えたマリュー達。
結果、オーブを出ることとなった。
キラ、そしてカガリもそれを否定する事はなかった。
ただ、これ以上オーブに留まり、戦火に晒されるのがいやなのだ。
「で、カガリはなんて言っているんだ?」
「カガリさんは、ここに残ると言っているわ」
カガリはオーブの長、むやみに国を離れるわけには行かないのだ。
それに、アスランが戻ってくる場所を残しておきたいと言う。
それぞれ散り散りになっていたアークエンジェルのクルーも呼び戻し、再び出港する手立ては整った。
艦長は引き続きマリュー・ラミアス。
副長はアンドリュー・バルトフェルド。
操舵はアーノルド・ノイマン、火気管制はタリダ・ローラハ・チャンドラ3世。
通信にミリアリア・ハウとそれぞれ懐かしい面子が揃っていた。
中でもミリアリアは、戦後の活動として戦場カメラマンの道を歩んでいた。
アークエンジェルから、より戦争の悲惨さを伝える事ができれば。
その想いが強い。
「それに気になるのは……」
アンドリューが差し出したのは一冊の資料。
それは最近になって世界各地で目撃されている一機のMSについてだった。
そのMSが初めて目撃されたのはC.E.72の半ば、月面ノースブレイド基地付近。
たった一機でそのMSは正規軍に相手を挑み、そして適当な時間が経過したら撤退していく。
そして出現場所は大抵が多くのMSが集まっている軍事基地。
「まるで何かのデータを取っているような……」
「流石に鋭いねぇ。ま、何のデータを取ってるかなんて、あちらさんに聞いて見なければ分からないけどね」
世界を回っているのならば、いずれ自分達の目の前に現れるかもしれない。
その時は、全力で相手をしなければならない。
***
涼やかな風が吹く山岳地帯。
ロゴスの集まる屋敷に戻っていたハイウェルとスターダスト。
オーブに行っても戦うわけでもない。
何をしに行ったのかまったく分からない。
スターダストの苛々は募るだけだった。
「あーっもう! イライラするーッ!! 何時になったら戦えるのよ! ちょっと、ハイウェル!」
「もう少し待て。時が来れば動ける」
「それって何時よ! 何時なのよ!?」
むやみに騒ぎ立てるスターダストをよそに、ハイウェルが待ち望んだものが運ばれてくる。
トレーに載っているのは一本の小瓶。
共に乗っている一枚の用紙に目を配る。
「……効果はどれくらい続く?」
「一つで1週間ほどは」
「上々だ」
そして運んできた女性に薬の量産を急がせる。
その薬が何を意味するのかは、ハイウェルしか知りえない。
「ねぇ、何よあの薬」
「一つだけ言えるのは、あれがあれば全てが動き出す。そういうことだ」
「何それ、意味分かんない」
と、その時だ。
ロゴス邸の外が騒がしい。
屋敷にいる老人たちも、何が起こったのか理解できていない。
爆発と轟音、それは戦闘が起きているということを彼らに理解させるには十分の要素だった。
地球軍のウィンダムが飛び、ザフト軍のザクが応戦する。
ロゴスの老人たちはすぐに地下シェルターへと避難する。
その間にも、戦闘は続き。
「いいなぁ……私も戦いたぁい……!」
スターダストが声を漏らす。
その戦闘をただじっと、ハイウェルは見ていた。
***
一機のウィンダムがジェットストライカーを打ち抜かれ、地上へと落ちる。
体勢を崩した地球軍。
すぐさまザフトが攻め込む。
墜落したウィンダムのコクピットから一人のパイロットが這い出る。
地面に落ちた時の衝撃で、目の前が朦朧とする。
声を出す事もできず、助けを呼ぶことも叶わず。
男は気を失った。
その後戦闘はザフト軍の勝利で終了した。
気を失ったウィンダムのパイロット。
彼の前に現れたのは、ハイウェルだった。
戦闘終了を見計らい、外に出てきたようだ。
「無様だな、人というのは」
男を担いで、ハイウェルは屋敷へと戻る。
荒々しく、ベッドの上に寝かせると怪我の手当てを始める。
表情からはその意図を読み取る事はできない。
「何してるの? そんな死にそうなやつなんて放っておけば良いのに」
「いや、利用価値はある」
一通りの怪我の手当てを負え、男の気がつくのを待つ。
「で、何に使うの?」
「うん?」
「利用価値があるって。どういうこと?」
「お前の乗る機体、CODE-αあるだろう?」
乗ることにはなったが未だに一度も出撃していない。
「その兄弟機、CODE-Δのパイロットに仕立て上げる」
「どうやって? 無理でしょ」
「無理じゃない。何、見ていれば良いさ」
男が気付いたのは2時間後の事。
見慣れない様式の部屋に、最初は警戒をしていた。
「アンタが俺を手当てしたと……?」
「そう言う事だ」
「……礼だけは言っておく」
男が俯く。
その顔には悔しさが滲んでいる。
「……悔しいのか」
「あぁ?」
「無様にやられて、悔しいんだろう?」
ハイウェルの声に男は黙る。
それは肯定の証。
ウィンダムに乗れて自分の力を慢心し。
コーディネイターと対等に戦えると意気込んで望んだ戦闘があの結果だという。
悔しさがこみ上げてくるのも無理は無かった。
「力さえあれば……俺はまだ戦えるんだ!」
「ならば、力を貴様にくれてやる」
「何だと……?」
「何者にも負けることの無い、絶対的な力だ。そのためには、今のお前を捨てる必要がある。それでも構わないか?」
「……」
少し間が空く。
このまま負けたまま、生きるつもりはない。
男は、悪魔の誘いに乗った。
「力をくれるのなら、自分を捨ててまで戦い抜いてやる……!」
「契約完了、だな。で、お前の名前は?」
「シュウだ。シュウ・アステン少尉」
シュウ・アステン。
彼もまた、運命のうねりに飲み込まれた男。
彼にたどり着く道の先にあるのは、栄光か破滅か。
(Phase-09 完)
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